授かりし命をつなぐ道

紫微斗数鑑定をしながら、ヲシテ文献や大自然の法則について研究しています

通信講座のご案内「あめなるみち」~次世代へ繋げていきたい大切なこと~

本日は9月18日(月)敬老の日です。毎年この時期は、もう大分涼しくなってくる記憶があるのですが、今年はまだまだ暑く、そして湿気も非常に高いため、体調を崩しておられる方も多いと思います。どうぞご自愛ください。

さて、こちらをお読みの皆様の中には、お孫さんがみえるかたや、自身の祖父母がご存命のかた、それぞれだと思います。私はどちらにも当てはまらいのですが、昨晩ふと自身の祖母のことを思い出しました。遺品は手元にほとんどないのですが、生前祖母が作った手毬(てまり)が2つだけ、祖母の写真とともに飾ってあります。改めて見ると非常に繊細で美しい模様だと思い、じーっとそれを見つめていました。そうしていると、祖母がこの手毬を一生懸命作っている風景が思い浮かび、数本の糸からコツコツと仕上げていく、そんな緻密な作業はまるで人生そのものだと感じました。既に亡くなった人からそのような気づきを得るということは、祖母の命が確かに繋がっているということなのだと改めて感じた次第です。

さて今回「あめなるみち」~次世代へ繋げていきたい大切なこと~と題して講座を開催させて頂く運びとなりました。先程書いたように、自身の命は誰かに繋がっていくものです(子どもがいてもいなくても)。自分だけが楽しく安全に過ごせてるからそれでいいや、今の家族は安泰だからそれ以降のことは知らないというのは、ある意味「我・エゴ」ですから、自身ができる限り、次世代を生きる誰かのために繋いでいかないといけないと私は考えています。これは決して私個人の意見ではなく、人間が持つ本能でもあり使命でもあると思います。

現代は、財産や土地を残すことに重きを置かれているかもしれませんが、ふとした時に祖母のことや祖母の生き様を思い浮かべて自身の心を新たに、そして穏やかにした私は、非常に大きく豊かな財産を祖母から頂いていると思います。これを無形財産とも言いますが、これを次世代にいかに残すことができるかに私は重きを置きたいため、講座名を以上のようにしました。


期間は1年間で、その期間であれば何度も見て頂くことが可能です。1ヶ月に一度、もしくは複数回動画にて講座を行うのと、補足の必要があったときにはメールか動画、何かの形で配信させていただきます。カリキュラムの内容は長くなりますので、次のブログに掲載します。
講座を受講して頂くと、紙面にてダウンロードできますのでご利用ください。

 

【テキスト】

bookplt.com

 

bookplt.com



その他補足プリント、資料等はこちらで用意します。

講座の概略とオリエンテーションの一部は以下動画をご覧ください。

youtu.be


どうぞよろしくお願いいたします。

blog再開します

かなり空いてしまいましたが、ブログを再開したいと思います。

紫微斗数の鑑定は続けていたのですが、10年近くずっと動きっぱなしだったこともあり、少し心身を休めながら、落ち着いて自分を見つめ直したいと思いました。

そのため諸々の発信や宣伝はしばらくお休みしていたのですが、2026年も迎えて、心機一転をし、blogも再開しようと思います。色々気づきや学びが深まった数年でもあったので、また今後の活動に生かしたいと思います。

よろしくお願いいたします。



紫微斗数鑑定 ご希望の方

【私が紫微斗数の鑑定をしている理由】

・何故、人が生まれてきたのかを伝えたい
・今回の人生において各々がどういうことを果たしていかなければならないかを伝えたい
・命の仕組みを伝えたい
・日常的に色々起こってくる人間関係の仕組みを伝えたい

【どういう方に鑑定を受けて頂きたいか】

・たくさんの情報に触れて混乱している方
・人間関係(親子・夫婦関係や職場・友人関係等)で悩まれている方
・生きていく上で、何をすればよいか分からない方(適職など)
・いつまでも罪悪感や劣等感が続いてしまう方
・これから結婚・子育てを経験される方、現在経験中の方

細かいことを書くともっとたくさんありますが、大きく書いて以上のようなことがあります。
まず生年月日と生年時間から命盤を作成し、現状をお伺いします。
なぜ今のような現状になっているかということを分析し、今後どのようにして生きていけばよいのか、また現在の問題を通して何を学ぶべきなのかということについてお答えさせて頂きます。鑑定に来られる方は、何か躓きがあったり、悩んでいたりする方が多いです。
そういう時こそ一度立ち止まって、自分の人生を整える時期が与えられているのだと思います。紫微斗数を≪占い≫という観点から見ると非常に的中しますが、当たる当たらないだけではなく、今後の人生を歩かれる軸作りの一つにして頂ければ幸いです。


詳細はブログやYOUTUBEの方でも綴っていますので、ご興味ある方はお読みください。
下記の動画をご覧になって鑑定を受けて下さるとより気づきの多い時間になると思います。

 

youtu.be


【鑑定で分かること】

・前世、未完了になっている課題はどこにあるか。
・前世、未完了になっている縁は誰か。
・自分を取りまく人間関係や家族関係
・適職や働き方
・何回も目の前に表れる課題をどう捉えて乗り越えるとよいか
・今後の人生の方向性が整理できる

【対面もしくはzoom(対面の場合は三重県四日市市で行います)】

命盤1枚 50分 10,000円 

(大幅に延長した場合は+5,000円を限度に延長料金を頂きます。)  

(ご家族分追加の場合、1枚につき7,000円)


鑑定ご希望の方は下記を教えて下さい。


お名前、性別、生年月日(西暦)、
出生時間(AM/PM)、出生都道府県       
鑑定で知りたいこと、現在お困りのこと等


【LINE】
下記QRコードもしくは、ID:miki3103

ネクラ(根暗)とネアカ(根明)


ポジティブこそ良いことだとされやすいですが、人間は皆ネガティブな部分を持って生まれてきます。

私が鑑定している欽天四化紫微斗数では生年ABCDという生年四化を使いますが、どなた様の命盤にもこの4つの星が12宮のどこかに入っています。つまり、この4つの星(良し悪しきの意味両方ある)をどう使って、どのように人生を送っていくかが人生の要諦となるのです。

その生年D(化忌)は、前生の債・ネガティブ・執着・拘り・欠点などという意味があります。みんなこの星を持って生まれてきているということは、誰でもネガティブな一面を必ず持っていうということです。逆に生年A(化禄)は、ポジティブ・楽観的という意味があるので、この部分では楽しく、ポジティブに取り組むことができます。

では、D(ネガティブ)とA(ポジティブ)を比べるとどちらの威力が強いでしょうか。

Dの威力の方が圧倒的に強いです。これが原理原則です。前生の負債がある部分ですから、必ずしなければならない、だから強いのです。例えば、生年Dが子女宮に入っていたら、前生子女宮のこと(例えば子ども、生徒、教学)に債を残して自分は死んだと見ます。また生年Dが福徳宮に入っていたら、前生福徳宮に関すること(例えば心の健康、先祖のこと)に債を残して自分は死んだわけです。ちなみに私は子女宮に生年Dを持っているので、今の仕事をしているのだと思います。

やり残していることは、中途半端にほったらかしにできないので、重たい荷物を背負わせ忘れないようにさせるわけです。だからネガティブ、執着という意味があるのだと私は解釈しています。

以上により基本的に人間と言うのは、根暗の要素が誰にでも多分にあります。特に日本人は理由があって、その要素が非常に強い傾向にあります。ですから、無理にポジティブ思考に持っていっても、疲弊する人が多いように思います。

特に学校現場では、ポジティブこそ良いことだ!元気があって主体的であることこそ良いことだ!という風潮に全員をガサーッと持っていってしまうと、ある一定数の子ども、先生たちも当然ついていけなくなります。

では、ネクラ・ネガティブが良いのか?と言うと決してそういうわけではありません。また、ずっと悩んで動けないでいると、自分の命を生かすことはできません。

必ず向き合わないといけないネクラの部分、ネガティブな部分を
どう生かしていくのかということが重要なのです。


例えば、芸術、学問、発明、研究などはDの要素を非常に必要とします。グッとのめり込める人ほど、素晴らしい成果を残します。

一つ例を出すと、アスペルガーと言われる方で特段にすごい成果を残す場合がありますが、これは生年Dを上手に使っているケースだと思います。
私も教育現場でアスペルガーの子どもを教えたことがありますが、凡人では到底無理なのめり込み方、力の発揮の仕方をします。

ただ、理解の仕方、取り組む順序や資料の整理の仕方も独特ですから、バランスや速度、締め切りなど細かいルールやノルマを課してしまうと一気にその子どもの良い部分が崩れ落ちます。

上の例に関わらず、人間は皆、自身の生年Dを上手に発揮することができないと、途端がバランスを崩し人生をこじらせることになります。
ですから私は生年D、(つまりネガティブ・拘り・しにくさ)こそ宝だと主張したいのです。
このようなことがもっと教育の世界で語られることが理想だと常々考えています。(了)

蘇ってくる人たち


桜が咲く少し前に、滋賀県長浜市西浅井町菅浦にある「菅浦湖岸集落」を訪れました。備忘録のつもりで書きます。
菅浦湖岸集落は琵琶湖の最北端にある集落で、平成26年重要文化的景観にも選定されており、眼前には竹生島があります。『平家物語』にも平経正(清盛の甥っ子)が木曾義仲追討の際に、この辺りから竹生島に渡る様子が描かれていますが、水の音だけが延々と聞こえる、まるで時が止まったような本当に静かな場所でした。

 


何よりもここは『ホツマツタヱ』伝来に関わる重要な地域でもあり、今回私は景色を見るというよりも(景色も当然素晴らしかったのですが)、その歴史の一端に触れたくて訪れました。

景行天皇の御代に『ホツマツタヱ』をまとめたオオタタネコの末裔に、和仁估容聡という人物がいます。この和仁估容聡も江戸時代中期に、ヲシテ文献の研究に一生を投じた人でしたが、『生洲問答』(中江藤樹記念館所蔵)という書物を残しています。その中に、この菅浦という地名が出てくるのです。

ちなみにこの『生洲問答』(くにうみもんどう・せいしゅうもんどう)は、和仁估容聡がある人からの質問に答えるという形式でまとめられた、ヲシテ文献の入門書のようなものです。下図を見ると「一人問言」(➡ある人問いて、言うことには)から始まります。

 


これを読み進めていくと、大加茂臣赤坂彦とその息子の和仁估世々彦が登場します。『生洲問答』から読みとれる親子についての事柄が以下になります。

父の赤坂彦は、孝謙天皇・淳仁天皇・称徳天皇に仕えた忠臣であった。道鏡が、我が国固有の古書等(ホツマツタヱやミカサフミもあったはず)を焼失したことに憤慨し、時の女帝、称徳天皇にしばしば諫言申し上げたが、女帝聴き入れ給わず、これ(道鏡)を用ひ給ふ。故に和仁邑(むら)に於いて、自害し亡せぬ。

要は、道鏡が古書を焼いたことに憤慨した赤坂彦は、称徳天皇に諫言したが、天皇はそれを聴き入れずにそのまま道鏡を役職に付けたため、自害したということです。
称徳天皇と弓削道鏡の関係は非常に有名ですね。ここには書きませんが、赤坂彦の言い分など聞き入れるはずもないのは現代に生きる私でも何となく分かります。
しかし命を捨ててまで、古書を守ろうとした赤坂彦に対して、道鏡は脅威を感じ、息子の世々彦を父赤坂彦の生前の官職に任じました。しかし息子の世々彦は、父親の遺志を守り、その官職には就かずに琵琶湖の北端、葛籠尾崎の突端にある菅浦に蟄居隠棲し、姓を和仁估と改めるのです。

以上が父子に関する概略です。

息子の世々彦は、手元に残っている古書を携え菅浦に渡ってきたはずなので、『ホツマツタヱ』が途切れず今の世まで伝わってきているのは、この親子の陰徳のおかげと言ってよいでしょう。

ちなみにこの菅浦は、鎌倉時代から室町時代の古門書『菅浦文書』が大量に発見された場所でもありました。集落内には菅浦郷土資料館(残念ながら冬季12月~3月は休館で中に入れなかった)もあります。

『ホツマツタヱ』を発見された松本善之助先生も、これは絶対に見逃さなかっただろうなとふと思い、松本善之助先生の文書を探してみたところ、やはり目をつけて滋賀県に来県した旨がが書かれてありました。
『菅浦古門書』の多くは現在、滋賀大学附属図書館に所蔵されており、その中にヲシテ文献がまぎれこんでないかを確かめに来たが、何一つ見つからなかったという内容の文章が見つかりました。

「あめなるみち」は天地が貫く限り消えることはありません。人が勝手に作った「みち」(そんなものは「みち」とは言えないのですが)で以て、いくら巧妙に消せたとしても、必ずいつかは表に出て蘇ってくる。つまり、良しも悪しきも露見するということです。
赤坂彦、世々彦の誠がひしひしと伝わってきた菅浦訪問でした。(了)

 

春分の日


今年は、非常に天候が荒れた春分の日でした。
朝から暴風が吹き荒れ、夜になると猛吹雪。
風で車のハンドルがとられないよう帰宅したのも季節外れの良い思い出になりそうです。

しばらく投稿が空いておりましたがYOUTUBEの開設のための準備や、撮影の諸々に取り組んでおりました。

「あめなるみち」というチャンネル名でこの度動画を始めます。
ご登録、ご視聴頂ければ幸いです。

「あめなるみち」を立てて生きてきた原始日本人の姿や、本来の人間の生き方、日本の歴史、『ホツマツタヱ』、紫微斗数、人生におけるあらゆる悩み(人間関係、進路、適職、使命)などなど、あらゆる方面からお話させて頂く予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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