
「年年歳歳花相似たり」という言葉がある。
中国の唐の詩人である劉希夷の詩『代悲白頭翁』にある一節だ。
それに続いて「歳歳年年人同じからず」とあり、自然の変わらぬ姿に比して、人の世の無常を歌っている。
しかし、「花だって毎年同じように咲くわけじゃないぞ」と言いたくなるような光景を身近な場所で見た。
私の家の近くにある岸和田天神宮だ。
この神社の正門ともいえる南の鳥居の脇に2本の梅の木がある。
鳥居のすぐそばに濃いピンクの花をつける八重の梅が、その隣に淡いピンクの花をつけるしだれ梅がある。
ここ数日、八重の梅の花が次々に開き見頃を迎えたが、しだれ梅はまだちらほらと咲いているだけだ。
「あれっ、順番が違うんじゃないか」と思った。
去年はしだれ梅が先に咲いたような気がして、このブログを調べてみた。
やはりそうだった。
去年は2月24日に「知らなかったしだれ梅」を載せ、3月5日の「梅の選手交代」で、しだれ梅から八重の梅への主役交代を書いた。
岸和田天神宮の2本の梅は、去年と違う形で咲いた。
それを見ている私は、1つ年を取っただけで、何も変わっていないといっていい。
梅を見ながら、「人も花も自然界の一員だ。それほどの違いはない」と思った。




