
年内最後のお弁当です。(^^;
息子は今日から休みなので、冷蔵庫にあるものかビーフストロガノフを温めて食べる事でしょう。カブを焼いて乗せてみたのは「たまちゃんのお弁当」にあったアイデアです。
今日は時間があるので、「私とカラオケ」の話をしたいと思います。
今でこそカラオケ大好きな私ですが、実はとても音痴でした。と言うだけでは信じて頂けないですよね?
私は小さい頃からピアノを習っていたので音楽が得意でした。特にペーパーテストは100点を取って当たり前、悪くても98点と言う成績でした。(それは音楽だけです)
でも通知表で「5」は取れなかった・・・なぜなら音痴だったから。。。
歌のテストの時、先生のピアノの隣で歌うのですが、歌い終えた後に先生の手帳がうっかり見えてしまいました。他の人は「A」か「B」なのに、私の名前の横だけ「C」と先生が書くのが偶然見えてしまったのです。。。でも、自分でも下手なのはわかっていたので、納得していました。
歌だけでは無いのです。私は跳び箱も飛べず、逆上がりもできず、逆立ちもできません。他の誰もが乗れる自転車すら当時は乗れなかった。。。私はある意味特殊人間、怖がりで誰もが当たり前に出来る事でも自分には出来ないことがいっぱいある・・・特殊人間で、それを痛いほど自分で分かっていたからです。(^^;
なので歌のテストの時は「4」、実技がリコーダーになる時は「5」がもらえました。
話は長くなりましたが、要するに私は徹底的に歌が下手くそだったんです。誰が見ても明らかなほど。
だけど、私は歌が好きだったんです。音痴なのは知っていましたが、それで歌うのを止めることはありませんでした。
それには私の父の影響もあると思います。父は戦後の若かりし頃、バンドを組んで歌っていたそうで、歌が大好き。カラオケ大好きで、いつも夕食の後は父は自宅でカラオケで歌の練習をしているという環境でした。
(だから遺伝的に音痴だったのではなく、不器用なのが歌にも影響していたのかもしれません。)
そう言うこともあり、私の初カラオケは2歳の時、曲名は「別れたあの人」(加山雄三)だったそうです。(本人は記憶にありません。)
次のカラオケは、高校時代になります。カラオケと言っても「なんちゃってカラオケ」です。中学になって、太田裕美ちゃんのファンになり、弾き語りに憧れるようになります。早速楽譜を買ってきて「最後の一葉」「君と歩いた青春」等、ピアノを弾きながら歌うようになるのですが・・・・(マイク届かないのでピアノとアカペラです。)
弾き語りって大変なんです。
楽譜を見て音符通りにピアノを弾かなくてはいけないのに、更に歌まで歌わなければならないのですから・・・そこで私が編み出した必殺技(?)は、楽譜ではなくギターコードを見て、伴奏を適当にオリジナルで弾くという技です。
当時は(探せば見つかったのかもしれませんが)、ギターコードをピアノの鍵盤に直すものがなくて、自己流で解釈したのです。
C → ドミソ
D → レファラ・・あれちょっとおかしい、そうかレ♯ファラなのか!
と言う風に、自分で1つづつ解明して、覚えていきました。
(だから紙はありません。みんな頭の中です。)
それで(実にいい加減なタッチですが)弾くと、音符をいちいち読まないで済むので楽なんですね。それで弾き語りを始め、妹と交代でピアノ伴奏をする人&マイクで歌う人とに分かれて「カラオケごっこ」をするようになります。
楽譜はもう買わず、明星や平凡の付録か、当時「歌謡曲」と言う雑誌もありまして、それで充分でした。
そして、ついに二十歳になり、カラオケスナックデビュー。
父がカラオケスナックが大好きなので、家族で毎週は間違いなくカラオケスナックに行っていたと思います。今思うとシュールな家族だったかもしれませんね。(^^;
そして、当時私を夢中にさせたのは明菜ちゃん。
とにかく朝から晩まで明菜の曲ばかり聴いていたような感じ。「北ウィング」のジャケットの黒いカーディガンを見て同じようなのを買ったり、その後「赤のエナメル」と言うアルバム曲があって、赤いハイヒールも買いました。^^
明菜ちゃんは歌も好きだけど、あのセンス、髪型のポニーテールや、ソバージュ、服のセンスも合わせて、みんな好きだったんです。
なので、スナックで歌う歌も明菜ちゃんが中心だったと思います。
当時明菜ちゃんのカラオケシリーズなる「本人がレコーディングしたカラオケと同じカラオケです」と言う6曲入りのテープのシリーズがあって、それも全部買っていつも練習していました。(その後、キョンキョン、聖子ちゃんのカラオケテープも買って、毎晩練習する私です。)
誰にうまく聴かせようとか、何もないんです。ただ純粋に歌うのが好きだっただけ。
それで巨人が負けそうになると父がやってきて、「(マイクは)お父さんに代わりなさい」とか言いだして、えぇ~みたいな感じだったなぁ。
今じゃありえませんよね、近所迷惑になりかねない。
昭和の良き時代の一コマでした。(^^;
あの頃を思うと、人生で一番楽しい時代だったと思います。
(それからもう一つ楽しい時代が、「今」ですね。)
話がそれましたが、あれだけ音痴だった私も、歌って歌って歌いまくると、これが人並みに歌えるようになるんですね。決してうまくはないけれど「下手だ」と言われることはもうありません。(^^;
私はたぶん、歌が好きでなかったら、カラオケなんて絶対にしない、むしろ大嫌いだったと思います。(性格的にね)
「よく人前で歌えるよね?」
「上手い自慢かいな」
と、私の性格なら間違いなく感じたと思います。だからカラオケが嫌いな人の気持ちも分かっていると自分では思うのです。
これが逆上がりだったら、これが跳び箱だったら、絶対に(人前でやれだなんて)嫌だもの。
でも「歌そのものが嫌い」と言う人を私は知りません。中には歌が嫌いでうるさくて、聴きもしたくない!と言う方も世の中にはいるのかもしれません。
それでも、私はまだそういう人に出会ったことがないのです。
カラオケは嫌い(苦手)だけど、歌は大好き
そういう人がほとんどなのではないでしょうか。。。
そして、その「苦手」と言うのは、実はそう思い込んでいるだけで結構変えられるものだと思うのです。^^
跳び箱や、逆上がりと違い、声を出すこと自体は誰でもしていることだから。。。。そして歌は楽しいのです。
こうすればどうかしら?
と言う提案も無きにしもあらずなので(大した提案ではないですが)
明日書けるかどうか分かりませんが、そのうち書いてみたいと思います。(*^^*)