γーGTP

 

記憶が途切れた夜と、戻らない朝


いつの日だったのか、もう思い出せない。


曜日も、天気も、何も残っていない。

 

ただ、「道路に寝ていたことがあった」という事実だけが、


後から誰かの言葉によって私の中に置かれた。

 

 

寝たのか、倒れたのか。
その違いさえ、もう分からない。

 

気がついたら朝で、
家族と知人がいて、


私は世田谷区の東京都立松沢病院へ連れていかれた。

 

抵抗した記憶もない。
納得した記憶もない。

 

ほとんど、何も覚えていない。

 

それでも、消えずに残っている二つの記憶


不思議なことに、
あれだけ曖昧な時間の中で、


二つだけ、今もはっきり覚えていることがある。

 

ひとつは、診察結果。

医師が淡々と告げた
γ-GTPが7000を超えています」という言葉。

 

その数字が、どれほど異常なのか、
当時の私は正確には分かっていなかった。

ただ、


「これは普通じゃない」


それだけは、身体より先に心が理解していた。

もうひとつは、夜中の病棟の光景。

向かい側の病棟で、


一人の女性が叫びながら、


窓にしがみついていた。

 

 

夜の闇に響く声


ガラス越しの、必死な手。

怖い、というよりも、


あまりにも現実的で、逃げ場がなかった。

あれは、誰かの発作だったのかもしれない。
苦しみだったのかもしれない。
あるいは、心の限界が形になった瞬間だったのかもしれない。

でもなぜか、
「自分も、あそこにいる」
そんな感覚が、胸の奥に沈んだ。

強制入院という処置
私はそのまま、強制入院となった。
何か月入院したのか、正確な日数は覚えていない。

時間は、溶けるように過ぎていった。

点滴。
検査。
決まった食事。
消灯の時間。

外の世界から切り離された空間で、
私は「飲まない状態」で生かされていた。

それは回復だったのか、
ただの隔離だったのか、
当時の私には判断できなかった。

 

 

ただ一つ確かなのは、
お酒がなくても、私は生きていたという事実。

 

それでも、退院後に待っていた現実


退院したからといって、
人生が変わるわけじゃなかった。

体調は少し良くなった。
数値も下がった。
周囲は「よかったね」と言った。

でも、
お酒をやめることはできなかった。

 

病院の外には、
いつもの生活がそのまま待っていた。

   不安。
   孤独。
   眠れない夜。

 

それらに対して、
私が知っている唯一の対処法は、


やっぱり「飲むこと」だった。

入院は、
私を治したわけじゃない。

ただ、
一度、止めただけだった。

 

γ-GTP7000という数字の、本当の意味
今なら分かる。


γ-GTPが7000を超えるということは、

「気をつけましょう」という段階ではない。
「このままでは死にます」というサインだった。

 

それでも当時の私は、
その深刻さを真正面から受け取れなかった。

 

受け取れなかったのではなく、
受け取る余裕がなかったのだと思う。

 

生きるだけで精一杯で、
未来を考える力が残っていなかった。

窓にしがみついていた女性と、今の私
夜中に叫んでいた、あの女性。

今でも、ふとした瞬間に思い出す。

彼女は、私だったのかもしれない。
声を出せなかった、もう一人の私。

あの窓の向こうに、
確かに「限界の人間」がいた。

 

そして私は、
そのすぐ近くにいた。

 

 

断酒は、一度で成功するものじゃなかった

このブログは、
「断酒に成功しました」という話ではない。

 

私は、
失敗して、
入院して、
それでもまた飲んだ。

それが現実。

でも、あの入院があったから、
私は「戻れない場所」を知った。

道路に寝る自分。
記憶が消える夜。
γ-GTP7000という数字。

もう一度、そこへ行ったら、
次は戻れないかもしれない。

今、書いている理由
だから私は、今、これを書いている。

過去を美化するためでも、
誰かに警告するためでもない。

忘れないために。

そして、
もしこれを読んだ誰かが、
「自分の話かもしれない」と思ったなら。

あなたは、もう一人じゃない。

私も、あそこにいた。
そして今、ここにいる。

 

 

 

 

酒とアセドアルデヒド

アセドアルデヒドという存在を知った日


― 私が私に語りかけるための記録 ―

 

 

ちょっぴり 体がだるい

 

今日は、少しだけ深呼吸してから、書き始めようと思う。


誰かに理解してもらうためでもなく、
正しいことを主張するためでもなく、
ただ、今の私が、私自身に向けて綴る言葉。

 

断酒という言葉を思い浮かべるようになってから、
私は自然と「体のこと」を調べるようになった。

 

その中で出会った言葉が、


アセドアルデヒド

 

難しそうな名前だけれど、
実はとても身近で、
そして、とても静かに体に影響を与える存在だった。

 

アセドアルデヒドとは何か


アセドアルデヒドは、
お酒を飲んだとき、
体の中で生まれる物質。

アルコールそのものが悪いのだと、
ずっと思っていた。

でも実際には、
体がアルコールを分解しようとするその途中で、
アセドアルデヒドが作られる。

つまり、
お酒を飲むたびに、
体は一生懸命に働きながら、
同時に毒性のある物質を生み出してしまう。

 

 

このアセドアルデヒドは、
アルコールよりも強い毒性を持ち、
体にとっては決してやさしい存在ではない。

 

   顔が赤くなること。
   胸がドキドキすること。
   頭が重く感じること。
   気分が悪くなること。

 

それらはすべて、
体が「今、負担を感じています」
静かに伝えてくれているサイン。

 

お酒とアセドアルデヒドの、見えない関係
お酒を飲んだとき、


一瞬だけ、気持ちがゆるむ。

でもその裏側で、
体の中では休むことなく作業が続いている。

 

肝臓は、
入ってきたアルコールを分解し、
アセドアルデヒドを処理し、
それを無害な形へと変えようとする。

 

それは、
私が眠っている間も、
ぼんやりしている時間も、
ずっと続いている。

飲む量が増えれば、
その分だけ、
アセドアルデヒドも繰り返し作られる。

 

「少しだから」
「今日だけだから」

 

そう思っていた私の体は、
毎回、きちんと働いてくれていた。

 

肝臓という、言葉を持たない臓器


肝臓は、
とても静かな臓器。

疲れていても、
苦しくても、
ほとんど声をあげない。

だから私は、


何も感じないことを


「大丈夫の証」だと思っていた。

 

 

 

でも肝臓は、
アルコールとアセドアルデヒド
何度も、何度も処理しながら、
少しずつ負担を溜めていく。

気づかないうちに、
細胞が疲れ、
炎症が起こり、
回復に時間がかかるようになることになる。

怖いのは、
その変化がとても静かに進むこと。

 

なぜ、アセドアルデヒドは残ってしまうのか
アセドアルデヒドを分解するためには、
体の中にある酵素の力が必要。

 

でもその力は、

生まれつき個人差がある

年齢とともに弱まる

疲労や飲酒習慣で低下する

そういう性質を持っている。

つまり、
「お酒に強い・弱い」という話ではなく、
体の中で処理しきれるかどうかの問題。

 

処理しきれなかったアセドアルデヒドは、
体の中にとどまり、
少しずつ影響を残していく。

 

アセドアルデヒドが体に与えるもの


アセドアルデヒドは、
体の中でさまざまなところに影響を与える。

  細胞を傷つけたり、
  老化を早めたり、
  心や自律神経のバランスを崩したり。

理由のわからない疲れ。
眠りの浅さ。
気分の落ち込み。

 

それらは、
決して心の弱さではなく、
体からの小さな声なのかもしれない。

過去の私を、責めないために
この話を書きながら、
私は過去の自分を責めたくはない。

 

お酒に助けられた夜も、
救われた気持ちになった時間も、
確かにあった。

それも、
私の人生の一部。

 

でも今は、
少しだけ視点が変わった。

 

「知らなかった」から
「知った」へ。

それだけのこと。

断酒という選択の意味


断酒は、
我慢や戦いではない。

体にこれ以上、負担をかけないという選択。

 

アセドアルデヒド
これ以上、
自分の体に生み出さないという決意。

 

それは、
自分を大切に扱うということ。

 

今日の私へ


今日の私は、
完璧じゃなくていい。

揺れても、
迷っても、
立ち止まってもいい。

ただひとつ、
覚えていてほしい。

私の体は、
今日まで、
ずっと私を支えてくれていた。

だからこれからは、
少しずつでも、
いたわる方向を選んでいこう。

この文章は、
そのための小さな記録。

また、
私が私に戻るための、
静かな約束として。

お酒 ・・・ 増えてくんです

私は、いつからお酒がないと不安になったんだろう

気づいたら、
冷蔵庫にお酒がないと落ち着かなくなっていた。

 

今すぐ飲みたいわけじゃない。
でも、
「ない」というだけで、
胸の奥がざわっとする。

スーパーでお酒をカゴに入れた瞬間、
少しだけ肩の力が抜ける。

 

ああ、
私はもう、
味や楽しさじゃなく、
安心のためにお酒を求めているんだなって、
うすうす気づいていた。

 

 

お酒がないと不安になる、本当の理由
「依存だから」


そんな言葉で片づけるのは、簡単だけど、
それはあまりにも簡単で冷たい。

 

 

私の場合、
お酒は心の安全装置だった。

 

  ・何も考えたくない夜
  ・一人で抱えきれない感情
  ・誰にも弱音を吐けなかった日

 

お酒があると、
それらが一旦、静かになる。

 

不安が消えるというより、
不安に触れなくてすむ。

だから、


お酒が「ない」と、
不安そのものが、
むき出しになる気がして怖かった。

 

量が増え始めたとき、心はもう悲鳴をあげていた
思い返してみると、
量が増え始めた時期は、
決まって心が限界に近づいていた。

 

  ・ちゃんと笑っていた時期
  ・普通に働いていた時期
  ・周りからは問題なさそうに見えた時期

 

でも、私の中では違った。

「大丈夫」って言いながら、
ずっと・・・・

 

一杯では足りなくなったのは、
お酒が悪いからじゃない。

私の疲れが、一杯分じゃ足りなく

なっただけ。

 

 

心のサイン①「理由がなくても飲みたくなる」

最初は、
「今日は疲れたから」
「嫌なことがあったから」

ちゃんと理由があった。

でもある日から、
理由を探さなくなった。

気づいたら、


時間になったら飲む。
何もなくても飲む。

それは、
心がもう、
日常を保つために必要としていたサインだった。

 

心のサイン②「飲む前から、ほっとしている」


お酒を開ける前から、
もう安心している自分がいた。

まだ飲んでいないのに、
気持ちがゆるむ。

これは、
味でもアルコールでもなく、
「これから楽になれる」という予感に


心がすがっていた証拠。

 

その予感が欲しくて、
量は自然と増えていった。

 

心のサイン③「飲まない自分が、落ち着かない」

「今日は飲まないでいよう」
そう思っても、
夜になると、
なんだかソワソワする。

手持ち無沙汰で、
気持ちが定まらない。

それは、
お酒が好きだからじゃない。

素の自分と向き合う余裕が、もうなかったから。

私は、お酒で何を埋めていたんだろう
静かに問いかけてみる。

 

私は、
何から逃げたかったんだろう。
何を感じたくなかったんだろう。

答えは、
すぐには出てこない。

 

 

でもひとつだけ確かなのは、
私はずっと、
「ちゃんとしなきゃ」
「弱音を吐いちゃいけない」
そう思い続けてきたということ。

 

お酒は、
そんな私に、
一瞬だけ「休んでいいよ」と
言ってくれていた。

 

だから、量が増えた私は、間違っていない
量が増えたことを、
ずっと恥ずかしいと思っていた。

 

でも今なら分かる。

あれは、
心が壊れないように選んだ方法だった。

 

 

不器用だったかもしれない。
健康的じゃなかったかもしれない。

 

それでも私は、
生きるために、
必死だった。

 

お酒がなくて不安な自分へ


もし今、
「お酒がないと落ち着かない」


そんな自分がいたとしても、
責めなくていい。

それは、
あなたが弱いからじゃない。

それだけ、
疲れているということ。
それだけ、
助けが必要だったということ。


私は、
お酒をやめることよりも、
まず、
自分の心に気づくことが必要だった。

量が増えた理由も、
不安になった理由も、
全部、
私が私を守ろうとした結果だった。

この文章は、
過去の私への手紙。

 

そして、
今の私が、
やっと自分に
「分かってるよ」
と言ってあげられた証。

この星の誘惑

お酒との距離が、少しずつ変わっていった話

アルコール依存症の行動の特徴を、自分の経験として ―

お酒を飲み始めた頃の私は、
「依存症」という言葉とは、まったく無縁だと思っていました。

 

仕事のあとに一杯。
週末にちょっと多めに。
嫌なことがあった日には、気分転換として。

 

どれも、よくある話ですよね。
まさか自分が「依存症の行動」をしているなんて、
その時は想像もしていませんでした。

 

でも今、振り返ってみると、
「ああ、あの頃から少しずつ変わっていったんだな」と
思い当たることが、たくさんあります。

 


① 飲む理由が「楽しい」から「必要」に変わっていく

最初は、ただ楽しかったんです。
笑えるし、気が楽になるし、人付き合いもスムーズになる。

 

でも、いつの間にか


「飲みたい」ではなく
「飲まないと落ち着かない」になっていました。

    ・イライラすると飲む
    ・不安になると飲む
    ・眠れないから飲む
    ・何もなくても、なんとなく飲む

 

気づくと、お酒が
感情のスイッチみたいな存在になっていたんですね。

 

自分の気持ちを、自分で整える代わりに、
お酒に任せるようになっていました。

 

 


② 飲む量が、静かに、確実に増えていく

怖いのは、
「急に増えた」感覚がないことでした。

最初は缶酎ハイ1本。


そのうち2本。


気づけば、足りない。

「今日は多かったかな」と思っても、


翌日にはまた同じ量、


あるいは少し多めになっている。

それでも私は、


「まだ大丈夫」
「これくらい普通」
そう言い聞かせていました。

 

 

でも実際には、
身体がアルコールに慣れていく=依存が進んでいく
その途中だったんだと思います。

 


③ 飲まない日を「特別」にしてしまう

依存が進むと、
飲む日が普通で、
飲まない日が特別になります。

「今日は休肝日!」


そう言っている時点で、
もうお酒が生活の中心にあったんですよね。

飲まない日は、
落ち着かない
そわそわする
時間が長く感じる

逆に、
「今日は飲める」と思うだけで
気分が軽くなる。

これも、行動の特徴のひとつだと、
今ならわかります。

 


 

④ お酒を中心に、予定や行動が組み立てられる

いつの間にか、
私の一日は「お酒ありき」でした。

  ・早く帰って飲みたい
  ・明日のことより、今夜のお酒
  ・飲めない予定は断る
  ・飲めない場所には行かない

人と会う理由も、
楽しみの基準も、
すべてお酒を軸に回っていたんです。

 

自分では「自由に選んでいるつもり」でも、
実は選択肢が、どんどん狭くなっていました。

 


 

⑤ 隠す・ごまかす・言い訳が増えていく

アルコール依存症の行動で、
とても特徴的なのが「隠すこと」だと思います。

 

  ・本当の量を言わない
  ・空き缶をこっそり捨てる
  ・飲んでいないふりをする
  ・「今日は少しだけ」と言う

 

誰かを騙したかったわけじゃない。
一番ごまかしていたのは、
たぶん自分自身でした。

「問題じゃない」
「私は違う」
そう思いたかったんです。


⑥ 身体や生活に影響が出ても、やめられない

二日酔いがつらい。
朝がしんどい。
体調が悪い。

それでも、夜になると飲んでしまう。

「明日から控えよう」
「今日はやめておこう」

そう思っても、
夕方になると考えが変わる。

これは意志の弱さではなく、
脳と身体がアルコールを求めている状態
だったんだと思います。

 


⑦ 「やめなきゃ」と思う自分と、「飲みたい」自分が分裂する

一番つらかったのは、
心の中で自分が分裂していく感覚でした。

   ・やめたい自分
   ・やめられない自分
   ・責める自分
   ・開き直る自分

どれも私なのに、
どれも苦しい。

この状態が続くと、
自己否定だけがどんどん強くなっていきます。

 


⑧ それでも、依存症は「誰にでも起こりうる」

今、はっきり言えるのは、


アルコール依存症
特別な人の病気じゃない、ということです。

真面目な人
頑張り屋さん
我慢強い人
優しい人

そういう人ほど、
自分を後回しにして、
お酒に頼ってしまうことがあります。

 


さいごに

もし、ここまで読んで
「少し当てはまるかも」と思ったとしても、
自分を責めないでください。

気づけたこと自体が、
もう一歩なんだと思います。

ここに書いたことは
誰かを決めつけるためでも、
怖がらせるためでもありません。

「ひとりじゃないよ」
「同じ道を通った人がいるよ」

そんな気持ちで、
これからも書いていきたいと思います。

次は、
「なぜお酒は量が増えていくのか」
「やめる・減らす前に必要だったこと」
そんな話を書こうと思っています。

また、続きますね。

 

 

読んでいただきまして

    ありがとうございます

 
 
 

依存症

今日 朝があった

朝をむかえられた

 

アルコール依存症といわれたが

依存症ってなんなんだろう

 

 

― 依存症って、私にとって何だったんだろう ―

お酒の量が増えていったとき、
私はそれを「問題」だとは思っていなかった。

 

むしろ、
「これくらい普通だよね」
「一日頑張ったんだから、飲んでいいよね」


そんなふうに、自分に言い聞かせていた。

最初は、ただの楽しみだった。


一日の終わりに、肩の力を抜くためのもの。
何も考えずに、ぼーっとするための時間。

 

それが、いつからか
「飲まないと落ち着かない」に変わっていった。

量が増えた理由を、当時は考えなかった
少しずつ増えていくから、気づかなかった。


昨日より少し多いだけ。
先週より少し長い時間。

 

「今日は疲れてるから」
「今日は特別な日だから」

 

そう言いながら、
理由はいくらでも作れた。

 

たぶん私は、
考えないようにしていたんだと思う。

 

依存症って言葉に、距離を感じていた
「依存症」という言葉は、
ずっと自分とは関係ないと思っていた。

 

だって、
仕事もしていたし
生活も回っていたし
誰かに迷惑をかけている自覚もなかった。

 

だから、
「私は大丈夫」
そう思いたかった。

 

 

でも、心のどこかで
引っかかる感じは、ずっとあった。

飲んでいるときだけ、静かになった


お酒を飲むと、
頭の中が少し静かになった。

 

不安も、後悔も、
考えすぎる癖も、
いったん横に置ける。

 

本当は、
それが一番ありがたかったのかもしれない。

 

楽しいから飲んでいる、というより
感じたくない気持ちから離れるために
飲んでいた気がする。

 

「やめたい」と「飲みたい」が同時にあった

不思議なことに、
飲みながら「もうやめたいな」と思うこともあった。

 

 

明日の朝のことを考えて、
体の重さを想像して、
また後悔する自分を思い浮かべて。

 

それでも、グラスは空いていく。

 

そのときの私は、
意志が弱いとか、だらしないとか
そういうことじゃなかったと思う。

 

ただ、
飲まない状態の自分に戻るのが、怖かった。

 

依存症って、急になるものじゃなかった

 

いま振り返ると、
ある日突然、何かが壊れたわけじゃない。

少しずつ、少しずつ、
心がすり減っていった結果だった。

 

誰にも言えなかったこと
強がって飲み込んだ気持ち
「大丈夫」と言い続けた毎日

 

それを埋めるように、
お酒がそばにあった。

 

 

私は、お酒に助けられていた時期もあった


正直に言うと、
お酒がなかったら、乗り越えられなかった夜もあった。

眠れない夜
孤独を感じた夜
自分を責め続けてしまう夜

 

そういう時間を、
なんとかやり過ごすために


私はお酒を選んでいた。

 

だから、
全部を否定したくはない。

でも、代わりに失ったものもあった
少しずつ、
朝がつらくなっていった。

 

考える力が落ちて
やる気がなくなって
自分が自分じゃなくなっていく感じがした。

それでも、
やめる決断はすぐにはできなかった。

 

お酒を手放すことは、
自分の支えを一つ失うような気がしていたから。

 

依存症って、私にとっては「叫び」だった
いま思う。

 

依存症って、
「もっと楽に生きたい」
「もう限界だよ」
そういう心の叫びだったんじゃないかと。

 

言葉にできなかった代わりに、
お酒が代弁してくれていた。

まだ答えは出ていない

いや、でているのかもしれない


正直、
今もはっきりした答えはない。

やめることができるのだろうか
距離を取ることが可能なのか

それとも

向き合い続けることなのか

 

 

ただ一つ言えるのは、
私は今、ようやく
「考えようとしている」ということ。

 

それだけで、
少しだけ前に進んでいる気がしている。

 

今日はここまでにします

 

 

この続きは、
「じゃあ、これからどう生きていくのか」
そんなことを、書いていきたい。

 

読んでくれて、ありがとうございます。

終わりを知ったから・・・

 

順〇堂病院の白い天井は、いつも静かでした。

 

個室であるがためか なおさらそう感じました


音も、時間も、すべてが少し遠くにあるような、そんな不思議な感覚の中で、私は医師の言葉を聞きました。

 

 

 

 

「余命は……三か月くらいだと思います」
「ちょうど、クリスマスの頃ですね」

 

余命宣告でした

正直 実感はありません・・・・

 

その言葉は、耳に入ったはずなのに、どこか他人事のようで。


頭の中で何度も反芻してみるけれど、「三か月」という言葉だけが、空気の中に孤立して浮かんでいるようでした。

 

続いて告げられたのは、
「肝不全です」
という現実でした。

 

ああ、やっぱり、そうか。
どこかでずっと感じていた“最悪の答え”が、静かに形になった瞬間でした。

 

それでも不思議と、大きな絶望は来ませんでした。


涙が止まらないわけでもなく、取り乱すこともなく、ただ、


「ああ……そうなんだね」


そんな小さな言葉だけが、心の奥に落ちました。

 

その後、私は別の、普通の病院へ転院することになりました。

 

 

 

最新の医療設備がそろった大きな病院から、少し規模の小さな、でもどこか人の温度を感じる病院へ。

 

墨田区だったような記憶が残っています

 

順〇堂病院を退院する日の朝、窓から差し込む光は、いつもと同じはずなのに、どこか特別に見えました。


「ここを出るんだなぁ」


そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。

 

担当してくださっていた先生は、最後にこんな言葉をかけてくれました。

 

「残りの人生は、田舎でのんびり過ごしてください」

「おいしい空気を吸って」
「おいしいものを食べて」
「ゆっくり、ゆっくりでいいんです」

 

その言葉は、まるで“さよなら”ではなく、“ここから生き直していいよ”と言われているようで。
私は、ただ深く頭を下げました。

 

ありがとうございました、という言葉さえ、うまく口に出せなかったけれど、心の中では何度も何度も繰り返していました。

 

それから一か月後転院した病院を退院。
私は、帰郷しました。

 

 

 

ふるさとの空気は、驚くほどやわらかくて。


胸いっぱいに吸い込むと、肺の奥がじんわりと広がっていくのがわかりました。

 

車窓から見える風景。
遠くに連なる山の影。
季節の匂いを含んだ風。

 

どれもが懐かしくて、そして、少しだけ涙が出そうになりました。

 

「ああ……帰ってきたんだなぁ」

 

その言葉が、自然とこぼれました。

 

それまでの私は、ずっと“何かに追われている人生”だった気がします。


仕事、お金、人間関係、責任、期待…。


休むことは「悪いこと」だと思い込み、立ち止まることは「負け」だと信じていました。

 

そして、気づいた時には、お酒に逃げるしかできなくなっていた自分がいました。

 

 

でも、今は違います。
もう、誰かと競わなくていい。
急がなくてもいい。
うまくやらなくてもいい。

ただ、生きていればいい。

 

朝、窓を開けると、ひんやりとした空気が顔に触れます。


小鳥の声が聞こえて、遠くから車の音が少しだけ届く。


それだけで、「今日も生きている」と実感できるのです。

 

食事も、派手なものじゃなくていい。

「生きるって、こんなに静かでいいんだなぁ」


そんなことを思いながら、私は毎日を過ごしています。

 

余命三か月。
クリスマスの頃。

 

その言葉が、時々ふと思い出されることもあります。
夜、布団の中で、天井を見上げながら、


「あと何日なんだろう」


そんなことを数えてしまいそうになる夜も、正直、ありました。

 

でも・・・


最近は、少しだけ、こうして思えるようになってきました。

 

「明日の命があるかどうか」よりも、
「今日、心が少しでも穏やかだったか」
それのほうが、ずっと大切なんじゃないかな、って。

 

順〇堂病院で告げられた“その日”は、確かに怖かったです。


でも同時に、


「ああ、このままじゃいけない」


そう、心の奥で小さくスイッチが入った日でもありました。

 

私は、まだここにいます。
まだ、息をしています。
まだ、空を見上げることができます。

 

だったら、もう一度、


小さくてもいいから、
自分の人生を、自分の手に取り戻してみたい。
今は、そんなふうに思っています。

 

帰郷してからの時間は、とてもゆっくり流れています。


でも、その“ゆっくり”の中に、私は今まで見落としてきたたくさんのものを見つけ始めています。

光。
風。
匂い。
人のやさしさ。
そして、自分の心の声。

 

 

もし、あのとき余命を告げられていなかったら。


私はきっと、今もまだ、お酒に逃げながら、同じ場所で同じ苦しさを繰り返していたと思います。

 

だから・・・

 


「終わり」を知ったからこそ、


私は、やっと「生きる」ということに、ちゃんと向き合えているのかもしれません。

 

静かな夜がふけていきます。


田舎の星空は、相変わらずやさしくて、少しだけまぶしい。

今日もまた、私は考えています。


生きていることの意味を。
ここに戻ってきた意味を。
そして、これから先の、ほんの小さな希望を。

 

次に書くときは、
この田舎での暮らしの中で感じた“奇跡みたいな出来事”や、
心がふっと軽くなった瞬間のことも、
少しずつ、綴っていけたらいいなと思っています。

 

 

読んでいただきまして ありがとうございます

 

 

 

酒と僕たちの失敗

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第一章:それでも、朝は来る
――――――――――

酒の匂いが、まだ部屋のどこかに残っている。


昨夜の自分が、今朝の空気の中に溶けきらず、壁の隅やカーテンの影に、

薄くへばりついているような気がした。

 

目が覚めたのは、午前五時三十分。


目覚まし時計はもう必要ない。

 

仕事に行く必要も、急ぐ理由も、守るべき予定も、今の自分にはない。

 

ただ、体の奥に溜まった鈍い痛みと、胸の中央に開いた空洞のような重たさが、毎朝の合図代わりになっている。

 

 

窓の外は、まだ薄暗い。


アスファルトは夜の冷たさを引きずりながら、朝の光に少しずつ手渡されていく。

 

その様子を、俺はただ、何をするでもなく眺めていた。

 

「やっぱり、今日も生きてしまったな」

 

声に出すと、その言葉は意外なほど軽く、空気に溶けていった。


死にたいわけじゃない。

 

ただ、生きる理由が見当たらないだけだ。

 

そんな曖昧な場所に、何年も立ち続けてきた。

 

 

 

酒を飲み始めた理由なんて、もう思い出せない。


寂しかったのか、悔しかったのか、逃げたかったのか。


いや、ただなんとなくだったのだろう。

 

最初は、仕事のあとに缶酎ハイを一本。


いつの間にか、二本、三本になり、やがて、酔っていない時間のほうが、少なくなっていた。

 

体のどこかを痛めても、「まあ大丈夫だろう」と笑ってごまかし、

 

検査の結果にも目を向けなかった。

 

家族が何度も何度も、同じ言葉を繰り返してくれたのに。

 

「お願いだから、ちゃんと病院行って」
「こんな飲み方、続けたら壊れるよ」

 

その声は、いつも優しかった。


だからこそ、俺はそれを聞かないふりをした。

 

優しさに向き合うと、自分の弱さがはっきりしてしまう。

 

仕事を失ったのは、ある意味で当然だった。


ミスが増え、遅刻が増え、信用が削れていくのを、俺自身が一番よくわかっていた。

 

それでも、止められなかった。止める方法がわからなかった。

 

いや、本当は、止める気がなかったのかもしれない。

 

家族と別れた夜のことは、今でも夢に出てくる。


静かな病院の一室だった。

 

 

1

順天〇大学病院だったと思う

 

朝になり、薄い光がカーテンの隙間から漏れてきたとき、俺はまだ、みっともなくも生きていた。


それから病院に行き、検査をされ、医者に淡々と告げられた。

 

「このまま飲み続けていたら、本当に壊れますよ。
 もう十分、壊れかけてますけどね」

 

医者の声には責める色はなかった。


ただ、事実だけを冷静に並べているような、白い天井と同じ温度の声だった。
それがかえってこたえた。

 

怒鳴り声も、音を立てて崩れる何かもなかった。

 

家族が面会にきた

 

目の前に出されたのは 離婚届

 

ただ、最後の言葉だけが、針のように今も残っている。

 

「あなたを、嫌いになったわけじゃない。ただ、これ以上、一緒に進めないだけ」

 

その言葉が、理解できるまでに、ずいぶん時間がかかった。


いや、今も完全には理解できていない。

 

ただ、今なら少しだけ、「それが優しさだった」ということくらいは、わかる。

 

すべてを失ったあとの生活は、音がない。


朝も昼も夜も、同じ色をしている。

光は差し込んでいるのに、どこか現実じゃないような、薄い膜の中を生きている感じがする。

 

今日も、誰からも連絡は来ない。


スマートフォンは、ただの黒い板切れのように、机の上で眠っている。


かつては、仕事の通知や家族の用事で鳴り続けていたそれが、今は沈黙だけを守っている。

 

それでも、俺は今日、ノートを開いた。


白いページの前で、しばらく、何も書けずに止まっていた。

 

「今さら、何を書こうっていうんだ」

 

人生を立て直す方法も、成功する物語も、この年齢になってからでは、現実味がない。だからといって、すべてを諦めきれるほど、俺はまだ壊れきってもいなかった。

ふと、ペン先が動いた。

 

――失敗した男の話を書こう。
――名前のない男の話を。
――誰に拍手されることもなく、それでも、息をしている男の物語を。

 

そう思った瞬間、胸の奥で、小さな音がした気がした。

 

俺は、上手な作家じゃない。


比喩も、技巧も、まだ何一つ持っていない。


あるのは、壊れた体と、失った仕事と、離れていった家族と、そして、後悔だけだ。

 

それでも、書き始めるには、十分すぎる材料だった。

「これはきっと、終わらない話になるかな」

 

誰に聞かせるわけでもなく、小さくつぶくだけ。


終わらない物語。成功談でも、感動の再会でもない。

 

転び続ける人生が、ただ、続いていく話だ。

 

 

窓の外が、完全に明るくなり始めた。


朝が来た。

 

今日も、世界は何事もなかったかのように回っている。

 

俺の人生が壊れたことなど、誰も気にしていないとおもう。


それが、少しだけ、救いだった。

 

だから、俺は今日も書く。


酒に溺れたことも、仕事を失ったことも、愛する人を手放したことも、すべて、言葉に変えていく。

 

これは、懺悔でもなく、言い訳でもなく、復活の物語ですらない。


ただ、生き残った一人の人間が、今日も朝を迎えてしまった、というだけの話。

 

それでも、物語は、確かに始まった。

 

白いページの一行目に、こう書いた。

 

――「それでも、朝は来る」と。