記憶が途切れた夜と、戻らない朝
いつの日だったのか、もう思い出せない。
曜日も、天気も、何も残っていない。
ただ、「道路に寝ていたことがあった」という事実だけが、
後から誰かの言葉によって私の中に置かれた。

寝たのか、倒れたのか。
その違いさえ、もう分からない。
気がついたら朝で、
家族と知人がいて、
私は世田谷区の東京都立松沢病院へ連れていかれた。
抵抗した記憶もない。
納得した記憶もない。
ほとんど、何も覚えていない。
それでも、消えずに残っている二つの記憶
不思議なことに、
あれだけ曖昧な時間の中で、
二つだけ、今もはっきり覚えていることがある。
ひとつは、診察結果。
医師が淡々と告げた
「γ-GTPが7000を超えています」という言葉。
その数字が、どれほど異常なのか、
当時の私は正確には分かっていなかった。
ただ、
「これは普通じゃない」
それだけは、身体より先に心が理解していた。
もうひとつは、夜中の病棟の光景。
向かい側の病棟で、
一人の女性が叫びながら、
窓にしがみついていた。

夜の闇に響く声。
ガラス越しの、必死な手。
怖い、というよりも、
あまりにも現実的で、逃げ場がなかった。
あれは、誰かの発作だったのかもしれない。
苦しみだったのかもしれない。
あるいは、心の限界が形になった瞬間だったのかもしれない。
でもなぜか、
「自分も、あそこにいる」
そんな感覚が、胸の奥に沈んだ。
強制入院という処置
私はそのまま、強制入院となった。
何か月入院したのか、正確な日数は覚えていない。
時間は、溶けるように過ぎていった。
点滴。
検査。
決まった食事。
消灯の時間。
外の世界から切り離された空間で、
私は「飲まない状態」で生かされていた。
それは回復だったのか、
ただの隔離だったのか、
当時の私には判断できなかった。

ただ一つ確かなのは、
お酒がなくても、私は生きていたという事実。
それでも、退院後に待っていた現実
退院したからといって、
人生が変わるわけじゃなかった。
体調は少し良くなった。
数値も下がった。
周囲は「よかったね」と言った。
でも、
お酒をやめることはできなかった。
病院の外には、
いつもの生活がそのまま待っていた。
不安。
孤独。
眠れない夜。
それらに対して、
私が知っている唯一の対処法は、
やっぱり「飲むこと」だった。
入院は、
私を治したわけじゃない。
ただ、
一度、止めただけだった。
γ-GTP7000という数字の、本当の意味
今なら分かる。
γ-GTPが7000を超えるということは、
「気をつけましょう」という段階ではない。
「このままでは死にます」というサインだった。
それでも当時の私は、
その深刻さを真正面から受け取れなかった。
受け取れなかったのではなく、
受け取る余裕がなかったのだと思う。
生きるだけで精一杯で、
未来を考える力が残っていなかった。
窓にしがみついていた女性と、今の私
夜中に叫んでいた、あの女性。
今でも、ふとした瞬間に思い出す。
彼女は、私だったのかもしれない。
声を出せなかった、もう一人の私。
あの窓の向こうに、
確かに「限界の人間」がいた。
そして私は、
そのすぐ近くにいた。

断酒は、一度で成功するものじゃなかった
このブログは、
「断酒に成功しました」という話ではない。
私は、
失敗して、
入院して、
それでもまた飲んだ。
それが現実。
でも、あの入院があったから、
私は「戻れない場所」を知った。
道路に寝る自分。
記憶が消える夜。
γ-GTP7000という数字。
もう一度、そこへ行ったら、
次は戻れないかもしれない。
今、書いている理由
だから私は、今、これを書いている。
過去を美化するためでも、
誰かに警告するためでもない。
忘れないために。
そして、
もしこれを読んだ誰かが、
「自分の話かもしれない」と思ったなら。
あなたは、もう一人じゃない。
私も、あそこにいた。
そして今、ここにいる。




























