双極性感情障害と私の回復ノート

あたらしい朝に向かって、一歩ずつ進む坂道のように。

共生社会のこれから――“私”から“私たち”へ

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

「共生社会」という言葉を耳にすることが増えました。障害の有無だけでなく、病気、年齢、国籍、働き方、家族の形――あらゆる違いを前提にしながら、生きていく社会のことです。しかし、この言葉は“理念”として語られることが多く、実際にどうしたら実現できるのかをイメージしにくいのも事実です。私自身、双極性障害を抱えて生きる中で、共生社会という言葉に「期待」と「距離感」の両方を抱いていました。

共生社会の出発点は、“私”の世界から一歩外に踏み出すことだと思います。自分が抱える困りごとや弱さを隠すのではなく、必要な場面では「助けを求めてもいい」と思えること。それは簡単なようで、とても勇気のいることです。精神疾患を抱えていると、どうしても「迷惑をかけてしまうのではないか」「理解されないのではないか」という不安が先に立ち、口を閉ざしてしまいます。私も長いあいだ、“私の中だけで完結させよう”としすぎて、苦しみを大きくしてしまったことが何度もありました。

けれど、“私のために助けを求める”という行動は、実は社会を“私たち”へ広げる最初の一歩でもあります。誰かが声をあげることで、同じ苦しみを抱えている別の誰かが「話していいんだ」と感じられるようになる。その連鎖が少しずつ社会の空気を変えていきます。共生社会は政策や制度だけで作られるものではなく、ひとりひとりの経験と行動の積み重ねから生まれるものなのだと思います。

また、共生社会を考えるうえで忘れたくないのは、「支える側」と「支えられる側」は固定されないということです。今日、私が助けてもらう側であっても、明日は誰かを助ける側になるかもしれない。双極性障害を経験したからこそ、同じように揺れている人の言葉により深く寄り添えることがあります。弱さは劣っている証拠ではなく、分かち合いの入り口になることもある。そう気づいたとき、自分自身の姿が少しずつ変わっていきました。

“私たち”という視点に立つためには、社会の受け皿づくりも欠かせません。就労の場が多様化していくこと、家族ではなく社会全体で支え合う仕組みが整うこと、精神疾患への理解が進むこと。そうした環境があって初めて、個人は自分のペースで社会と関われるようになります。私が就労B型という選択肢に救われたのも、まさに「中間の場所」があったからです。一般就労に戻るための階段ではなく、“その人がその人らしく働ける場所”として社会に存在していることに意味があります。

共生社会は、完璧さを求める社会とは対極にあります。誰もが強いわけではないし、安定しているわけでもない。病気になることもあるし、立ち止まることもあります。そんな当たり前の人間らしさを受け入れ合いながら生きるために、社会はもう少し柔らかくていい。効率や生産性だけでは測れない価値を認める柔らかさこそ、共生社会の核心だと感じます。

そして何より、当事者が自分の言葉で語ることは、共生社会の未来を形づくる大きな力になります。声を上げた瞬間に、沈黙が対話へと変わり、“個人の経験”が“社会の学び”へと変化していくからです。私も小さな声ではありますが、このブログを通して少しずつ発信を続けていきたいと思っています。「私はこんなふうに生きている」と言える社会は、きっと誰もが安心して暮らせる社会につながっていくはずです。

共生社会の本当のスタートラインは、遠い未来ではなく、今ここにあります。“私”の世界から、“私たち”へ。小さな一歩を丁寧に積み重ねながら、そのつながりの輪を広げていけたらと思います。