一昨日まで雨続きだったオークランドですが、昨日はお天気に恵まれ広々としたガーデンでのパーティーは、気さくで心のこもった、なかなかステキなものでした。
ふと、移住前のまだ香港にいる頃、こんなメルマガを配信していたことがあったのを思い出しました。
あれから丸4年。
移住して3年半。永住権も取得し、間違いなくここで生涯を終えるつもりでいる現在、あの時の「国家意識」(とまぁ、ずい分大仰な表現~´ー`A)と、今の率直な想いとがまた違ったものになっているのに気づき、知人や友人との気軽なおしゃべりの合い間合い間にも、感慨深いものがありました。
「西蘭みこと、この地に眠る」気満々なんですが、こんな風光明媚なところ、高いっ><;でしょうね~。善(10歳)など早くも心配してます。「ボク、そんなにおカネないんだけど」→)大学でアジア近現代史を専攻し、「華僑」と呼ばれながら実際は移住先に定住していった華人(「華裔」と呼ばれることも)たちの足跡を追いながら、第二、三世代目が自分たちのアイデンティティーに激しく悩み、自分のルーツを確立していこうとする姿を“学問”として学んだ経験がありますが、20数年も経った今になって、その苦悩の片鱗がおぼろげに“実感”できた気がしました。
それでも私も夫も、海外に出るまでの22年は日本で過ごしているので、日本人としての確たるアイデンティティーがあります。しかし、香港生まれの子どもたちが、将来のどこかの時点で自分のアイデンティティーを深く考えることがあっても不思議はないということも納得できました。
個人、国家、民族―――
こうした意識は日々の生活には不必要なものでしょうし、平和な暮らしの中でそんなことを意識しながら暮らしている人はごく稀でしょう。しかし、人生のどこかで、自分と違う価値観に対峙し、ぐっと踏み込んだり、踏ん張らなくてはいけないような時にこそ、こうしたものが自分の中でどこまで確立されているかが、ものを言うように思います。
この部分ががっしりした人は、どこに在っても誰に対してもその人で在り続け、コンプレックスも奢りもなく、無名であっても平凡であっても、堂々と等身大の人生を歩むのでしょう。まさに、
「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」の理想像です!
第一世代として、英語がヘタでもTT、物慣れなくてもTT、
せめて物怖じしない後ろ姿だけでも、子どもの脳裏に残ってくれれば・・・。(英語が拙くて物怖じしないと、子どもの目には時として
ものスゴ~く図々しく見えたりするらしいですが~;_;)
そう思うと読者の方に教えていただいたこの映画、
ますます観・た・い><!
おぉ~っと、祝賀パーティーの話から大きく脱線´ー`ゞ
元に戻らなそうなので、今日はこれにて~。
皆さま、よい週末を!