とうに還暦を迎え、人生の終
盤に入っているせいか、年々
死というものを身近に感じる
ようになってきた気がします
叔母の訃報に接し、切なさと
同時に、誇らしいような羨ま
しいような、前向きな感情も
湧いて来るのを感じました。
やることをやり切った人にだ
け、お迎えが来るんだな、と
長い長い闘病の末の91歳の大
往生だけに、今生を卒業して
いく姿を間近に目にしたよう
ふと思い出したのが、移住前
の勤め人時代の香港のオフィ
スの光景でした。調査部とい
う終わりのない情報を追う部
署ゆえ、仕事も終わりがなく
残業が恒常化していました。
しかし、誰もが自分の意思と
判断で仕事を進めており、定
時に帰るのも居残るのも自由
情報量を増やし、内容の精度
を高めようと思えば思うほど
時間がかかっていきました。
残業中に席を立ち、ふと誰が
帰り、誰が残っているのかに
気づくあの感覚が蘇りました
「○○、帰ったんだ」
漠然と残業仲間と感じていた
同僚の姿がなく、パソコンが
落ちているのに気づいた時に
感じる、仄かな羨ましさを思
い出したのです。やることを
やり切った人への憧憬でした
シーンと静まり返るオフィス
に響く、残った者たちが叩く
キーボードの音。諦めたり、
翌日に先送りして帰ることも
できましたが、なかなかそう
はできない者が黙々と働き続
け、そんな姿が生き続ける自
分と重なるような気がします
今の自分は「生きる」という
仕事が終わらず、まだまだお
迎えが来ない状態のようです
今日は降ったり止んだりの1日

最後にご褒美の虹🌈