2002年11月6日、ウェリントンのセントポール教会でバリ爆破テロの犠牲者への追悼記念式典が開かれました。
ヘレン・クラーク首相も出席し、「ニュージーランド・へラルド」(インターネット版)で関連記事を読みながら、「死者3人の国にしては、随分大掛りなものだなぁ」と感心しました。
ところが、よくよく読んでみると"The service for the 184 people -- including three New Zealanders"とあり、キウイの犠牲者のためだけではなく、亡くなった184人すべての人に捧げる追悼だったのです。最大の犠牲を出したのが隣国オーストラリアだったことが、首相まで参加する大規模式典となった理由の一つだったかもしれませんが、98%が外国人のためとなる弔いに、何百人もが集うことに心を動かされました。
他にも首相が参加するほどの追悼式典を開いた国があったのかどうか知りたくて、ネットで検索してみました。いくつかのキーワードで試しても引っかかってくるのは、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスの3ヵ国ぐらいでした(イギリスはニュージーランドより遥かに多くの犠牲者を出しています)。
ただし各国の元首は追悼声明を出しており、ブッシュ米大統領は「無実の命を顧みない、自由世界を身動きできなくさせる敵に対しともに立ち向かおう。(中略) 平和を守り世界をより自由にすべくテロと戦おう」(10月19日のオーストラリアへの追悼声明より)と呼びかけています。
しかし、私はクラーク首相の「悪をもってしても挫くことができなかったのは、例えそれが爆破後の悲劇的に短い一瞬であったとしても、生き残った人々の尊厳と勇気です。(中略)あの(爆破の)時点まであった成功、笑い声、生きる喜びは決して失われることはありません」という追悼の言葉がより心に響きました。
首相としてよりも、この不幸を悼む残された者の共通の声として、犠牲者を称え、その魂を慰め、人類全体へ毅然と呼びかける姿勢は、「平和のために戦う」という聞こえは良くとも、ややもすれば新たな人殺しを容認する発言よりも、深く静かに共感を呼ぶものでした。戦い以外の解決を探るためにも、心からLOVE & PEACE
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【2025年のブログ移行時の追記】
バリ爆破テロの最終的な犠牲者は202人。うちオーストラリア人は88人、インドネシア人38人、イギリス人28人、キウイ(=NZ人)3人でした。
中国返還後とはいえ、大勢のイギリス人や英連邦諸国の人がいた香港。こうした人たちの間でラグビーは最も人気のスポーツです。
夫も当時は社会人クラブでプレーしており、このバリテンスにも行っていました。幸いにも事件のあったクタには行っておらず難を逃れましたが、何人もの英連邦諸国からのチームメートを失いました。