死ぬくらいしか選択肢がなかった時期、クラウドワークスに助けられた話
今週のお題「10年前の自分」
時間の流れは早いもので、どうやら個人事業主になって10年が経ったらしい。病気を患い、社会生活の多くを行えなくなったのが大体11年~12年前だろうか。その頃は今と比べて遥かに生活を維持するのに必要な金が少なかったので、貧乏な家であったが両親に支えてもらう形を取れた。と言いたいところではあるけれど、その後数年、知らず親が繰り返し利用していた得体の知れない複数のクレジットカードローンや元々抱えていた借金の山を前に何度となく破産を打診する数年を過ごしたことを思い返せば、大分無理が生じていたと言わざるを得ない。
貧しい人間ほど金の管理能力が貧しく、何度痛い目を見ようと何ら改善に向かうことはないと身をもって理解したのもその頃である。ただでさえ病気で自身の精神を保つのに苦労していた時期に、そうした状況に置かれた日々は、今思い返しても鬱屈とした気分になる。もっともそのクレジットカードローンと借金の問題は幾分鎮静化した一方で、相変わらず金の管理一つできないのは前述の通りなので、今なお親を起因とした金の問題には度々ぶつかっている。親だけならばまだしも兄弟も大差ないのだから、家族揃って馬鹿ばかりと言わざるを得ず、労畜の死後、これらの人々には一銭たりとも相続したくないと思わずにいられない。
さて、冒頭の話に戻ると、10年前と言えば個人事業主になりたての頃である。満足に働けなくなった時分、親に食わせてもらわざるを得なくなった一方で、親の金銭能力のなさ自体は理解していた。何せ貧しい家である。そこそこの大学に行けた実績を持ちながら半ば進学を諦めた身なので、そんな食わせてもらう期間は長く持たないと思っていたし、長く続けてはならないと思っていた。だからこそ、体調が悪化の一途を辿ったわけだが、とはいえある種そうしたこの身が危機的状況に陥った中で置かれた危機的な環境のお陰で、金を稼がなければならないと満足に動けない状態ながらも行動できたと言える。そして、その時分に行動できたからこそ今がある。
一企業としてクラウドワークスを素晴らしい会社だとは思わないけれど、当時の労畜と言おうか、労畜の人生にある種の救いを与えてくれたのは、間違いなくクラウドワークスである。ランサーズも使いはしていたが、ランサーズは忖度なしに言って金を稼げるサービスではなかった。崇高な理念を掲げ、利用者を代弁するかのような振る舞いをしていたけれど、はっきり言って利用者にとって大きな益が出るような中身でなかった。今尚業績が奮っていると言えないのは、さもありなんと言った印象である。
労畜はクラウドワークスにもランサーズにも投資しようと思わないけれど、例えばPLの成長という観点だけで考えれば、間違いなくクラウドワークスの方が優れていると感じる。「クラウドワークスは、発注案件の報酬単価が極めて低いから稼げない」、「クラウドワークスは受注者の便益を軽んじている」などといった声が昔から声高に叫ばれているし、それ自体は労畜も思いはするけれど、結局のところ重要なのは単価より一定の期間で総額どれだけ稼げるかである。その点において、金を稼ぐためにしっかりとコミットする人間からすれば、クラウドワークスは金を稼げるサービスであり、ランサーズは金を稼げないサービスだった。そしてそれは、両者の売上の差に直結する。
もっともクラウドワークスが成長しているのはM&Aを上手くやって来られたからであって、クラウドソーシング事業単体を見ればランサーズと言う程には違わないだろうといった話もあろう。仮にそうだとしても、ビジネス面においてユーザーがより金を稼げるプラットフォームを創り出す力の差があるかどうかは、結局のところトータルで見たときにも差として生じるわけで、寧ろ昔からその点に力を持っていたからこそクラウドワークスは今尚手を変え品を変え成長できており、ランサーズは余りパッとしていないという結果の差が分かれているのでないかと思いはする。
労畜は、両者ともに消えると思っていたわけだけど。取り分け生成AIが登場して以降は、着実に死んでいくサービスだと思っていた。蓋を開けてみたら、案外そうでもなく、寧ろ生成AIが登場したからこその発注が見られていて、そうか、世の中なんてそんなものかなどと思いはしている。総量としては間違いなく減っていっているのだとは思うにせよ。
また話を戻すと、社会生活一つ満足に行えなくなり、半ば自暴自棄になっていた当時の労畜にとって、金を稼ぐという目的は悪くない気晴らしになったし、社会復帰の芽を得る上で重要な存在になった。読者の多くは今一想像できないと思うけれど、たった1円を稼げることに喜びや救い、希望を感じるなんて瞬間がその時分、確かに在った。その1円が10円になり、100円になる。100円の仕事を100件やれば10,000円になる。そんな細やかな積み重ねが、当時の労畜にとってはどうしようもなくありがたかった。
何せ、言葉一つにろくに話せず、他者との会話なんてしようものなら死にたくなるほどに体調がイカれるような時分だ。声も対面コミュニケーションも一切せずに、ただ黙々と作業を積み重ねれば金が積み上がっていく状況にはありがたさしかなかった。時代に恵まれたし、テクノロジーに救われた。心からそう思っていた。不満がなかったと言えば嘘になるけれど、それでもそうした機会を得られる場を提供してくているクラウドワークスには感謝するばかりだった。一応ランサーズに対してもである(とはいえ、ランサーズには見切りをつけていた面があり、あまり使わなかった)。
当時は、仕事ならば何でもやった。仕事をすればするほどに次の仕事が舞い込んでくる。気付けばクラウドワークスで出会ったクライアントから別のクライアントを紹介されて発注先が増え、10社程度のクライアントを掛け持つような状況になった。最終的に1社を中心に空き時間で数社対応する形に落ち着けたが、仕事が途絶えない状況が続いたことは、救いになった。もっとも仕事ならば何でもやったため、受注の過程で多くの詐欺師を見る機会に遭遇しており、仕事以外に時間が消えることも少なからずあった。幸いその手の連中、連中の手口については予め読み解ける程度のリテラシーを持っていたので躱せていたが、一方で見なくても良い世界を垣間見たのは事実で、それが良かったのか悪かったのかは何とも言えないものがあった。
3-4年目くらいからは、地元企業に雇用されるよりも遥かに多くの所得を稼げるようになり、お陰で貯蓄も僅かであるが貯まり、生活面は確保された。10年前、稼ぎ出した頃には想像も出来なかった生活面の安定を獲得できたのだ。それは当時の環境があってのものだし、クライアントに恵まれたためであるし、とりわけ昨今のマーケットの環境を見るに再現するのは困難に思えるので、運が良かったと言える。もっとも不安定な体調を抱えながら朝起きてから深夜眠りに就くまでの大半の時間を仕事に費やした労働量があって、初めて成し得た結果ではある。
新型コロナウイルスの騒動があって、仕事量自体に大きな減少はなかったものの、環境の変化からか稼ぎ方、あるいはクライアントを変える必要があり、迷い悩んで便チャーに席を置いたのが良い選択だったかどうかは未だ評価に悩むものの、さりとてそのお陰で選択肢が広がった面はあるので、機会があれば取り敢えず乗っておくのが大事なのだろうと思いはする。思えば遠くまで来たものだと言えるほどに、別の世界に辿り着いたわけでないにせよ、死ぬくらいしか選択肢が思い浮かばなかった11-12年前。何とか1円ずつから稼ぎを積み個人事業主へと歩み始めた10年前の兎に角苦しかった時期を思い返せば、随分と気持ち楽な状況に至れたと思う。
体調は未だ不安定で、病気は一向に治る気配を見せず、予断を許さない状態ではあるにしても、当時の頃に戻らないように、少しずつ色々なものを積み重ねていきたいものである。これを書いている間に月が変わってしまったので、2025年最初の更新が2月になってしまった。去年、もう少し何とかしたいと書いた気がしないでもない中、結局ほとんど書けなかったけれど、何だか今年も更新回数は少なく推移しそうな予感がする。もっとも昨年の記事作成総数自体は、200件を超え、兼業ライターである点に鑑みれば、その制作本数はかなりのものだと思うのだけれども。
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