久々に本を読んだ。正確に言うと、読んでいたのだけど、ようやく読み終わった。半年もかかっている。
この夏、暑すぎて本を読むことさえままならない(といういいわけ)状態のときに、ぼんやりとしていても読めそうなものを探そう、と思ったら、結局子供の頃から読んでいるこの人の本にしていた。大変読みやすい。読み慣れている、ということかもしれない。読んでいるとドキドキしたり、不安になったりする本がある一方で、この人の本はそういうことが一切なく、展開に安心感もある。この人が書くものに対する、私の信頼感といえる。今まで読んできたこの人の児童小説(YA)、SF、大人向けの小説を積み重ねて、かけあわせて、混ぜあわせたら、たしかにこんな話ができあがる気もする。登場する人物の誰が一番自分に近いかによって、この本の感じ方は変わるのではないかな、と思う。
なんだか久しぶりにこんなに美しい文章を読んだ。美しい、という感情はとても個人的なもので、私の主観の美しいが具現化したら、たぶんこういう文章になるのだろう、と変に感動してしまった。言葉の選び方、並べ方、その言葉によって表現するもの、この人が見えているもの、それらすべてが美しく思える。私を通して見えているものと、この人が見ているものが同じでも、見ている部分、感じるものが変わることを、まざまざと感じる。とてつもなく視点がクリアだな、と思う。漢詩にまったく興味を示してこなかった私ではあるけれど、ちょっとここはひとつ、何か読んでみようかしら、なんて思ってしまう。
相変わらず変(すごい褒めている)。最初の変愛小説集を読んだときも、変な話がいっぱいあるなあ、と思ったものだけれど、世の中にはまだまだ変な話が溢れている。これからももっと、ちょっともう受け入れがたい(現実には既に受け入れられない話もあるけど)、というような話が生まれてくるとしたら、人間ってやっぱり変な生き物だよなあ、と思う。変な人がいっぱいいることにちょっと安心するし、そういう変な話を書いてもいいんだ、と思うと、気持ちが楽になるなあ。しかし、こういう変な話を作る想像力を持つことって、相当難しい。想像力の限界はどこまであるのか、変な小説を探してみたい。
下2つの本は青森に旅行に行ったときに買ったもので、青森はやはり変な出会いを沢山与えてくれる、変な場所なのだなあ、と改めて思う。これはとてつもなく褒めている。