
流紋岩あるいは流紋粗面岩の乙女子海岸。隠岐諸島の地質は島前と島後では微妙に異なる。

島後の西海岸付近の黄色が流紋岩と粗面岩、約550万年前に噴出。
島後の東側の焦げ茶色は、地中で高温高圧にさらされた変成岩の泥質片麻岩、約2億年以上前の三畳紀のものだ。
島前の薄いピンク色は粗面玄武岩、約550万年まえに噴出。
島前の中央の黄色は粗面岩、約550万年前に噴出。
流紋岩・粗面岩・片麻岩・粗面玄武岩などの岩の名前がでてきたが、ここで学校で習う理科をおさらいしておこう。

ポイントは二つ。一つ目は火山岩はさっさと冷え、深成岩はゆっくり冷えるというもの。地上または水中でさっさと冷えたものはだいたい火山岩。地中でゆっくりと冷え固まったものはだいたい深成岩だ。
二つ目は図の6つの岩である流紋岩・安山岩・玄武岩・花崗岩・閃緑岩・斑レイ岩の特徴だ。「石英(セキエイ)」「長石」「カンラン石」の含有量によって呼び名が変わる。鉱物に「二酸化ケイ素(Sio2)」の割合が多くなると図の左側の鉱物になり、色は白っぽくこれによるマグマは粘っこい。鉱物に「二酸化ケイ素」の割合が少なくなると図の右側の鉱物になり、色が黒っぽくこれによるマグマはサラサラだ。ちなみに石英は「二酸化ケイ素100%」である。
長石とは複数の鉱物種を総称する鉱物の名前で、色は白みを帯びた黄色。主にナトリウム・カリウム・カルシウムなどの金属を含む鉱物で、まぁいろいろ混ざっているものと思ってくれればよい。
さて隠岐諸島を構成する岩は、流紋岩・粗面岩・片麻岩・粗面玄武岩と書いた。流紋岩は上で書いた通り、白くマグマは粘っこい。
では粗面岩とはなにか?上の図には載っていない分類で、「二酸化ケイ素」の含有量が少なくアルカリ成分が多いもの。すなわち長石の中のナトリウムとカリウムの含有量が多いものだ。ちなみに長石には「曹長石」「カリ長石」「灰長石」があるが、「曹」はナトリウム、「カリ」はカリウム、「灰」はカルシウムのことを指す。石灰石に「灰」という漢字が宛てられているのも、石灰石=炭酸カルシウムだからだ。
粗面玄武岩はアルカリ成分の多い玄武岩ということ。カリウムとナトリウムに富んだ玄武岩ということになる。
最後に片麻岩だが、これは高温高圧化によって鉱物が変成・再結晶化したものを指す。
まとめると、隠岐諸島の島後の隠岐の島は焦げ茶色の部分は高温高圧化によって変成・再結晶化した「片麻岩」からなり、島の西側には「粗面岩」と「(粗面)流紋岩」で形成されている。島中央には一部粗面玄武岩もある。
一方島前では、ほとんどが粗面玄武岩で島中央にわずかに粗面岩がみられる。
このように隠岐諸島は全体的に粗面岩で覆われた島だ。アルカリ成分の多い岩で覆われていると言い換えてもいい。アルカリ成分の多い流紋岩と玄武岩で出来ている。西南日本には粗面岩や流紋岩が多いようだ。遠く雲仙岳・普賢岳も流紋岩・粗面岩で構成されている。



さてもう一度日本列島の誕生と、隠岐諸島の活動の時間軸を確認する。


隠岐諸島を構成する岩は約550万年前の噴出したと書いた。それは上の図によると最後の600万年前以降の事である。すでにこの頃はほぼ日本列島は完成している。
ここでフィリピン海プレートの動きも示しておこう。

図は300万年前とそれ以降だが、隠岐諸島の岩が造られた時代は300万年前以前であり、その当時のフィリピン海プレートの動きは現在とは違って、ほぼ真北の方向に沈み込んでいた。

東北地方の東西圧縮はおよそ300万年前から現在まで続いている。東北地方の脊椎山脈である奥羽山脈の隆起がはじまったのもこの頃からになる。産総研によると、東西圧縮の引き金を引いたのはフィリピン海プレートの北西への移動にあるらしい。
さて、東北地方や関東地方そして九州地方には火山が多いが、中部から中国地方にかけては現在活動している火山はほぼみあたらない。この謎についても産総研の学芸員はかつてこのように答えていた。
フィリピン海プレートは駿河トラフ・南海トラフ・琉球海溝に沈み込んでいる。そのなかで中部~中国地方あたりのフィリピン海プレートの沈み込みは浅いらしい。火山フロントは、海溝から通常100kmから300kmほど離れた場所にある。海溝軸とほぼ平行に火山が分布している。ではフィリピン海プレートの場合はどうか?このプレートは沈み込みが浅いため、火山フロントが従来のパターンである100kmから300kmの間では起こらない。だから中部~中国地方にかけては火山がすくないと考えられている。
次回につづく