長野旅行記

東尋坊

東尋坊 柱状節理で有名な東尋坊。柱状節理とは 柱状節理(豊岡市観光公式サイトより) こんな6角形の柱が連なる岩体。このような構造は日本中や世界中にあり、久米島の畳石、韓国済州島の大浦柱状節理、華厳の滝や北海道層雲峡などにあり、溶岩(火成岩)が…

金沢城

金沢城 もともとは本願寺の尾山御坊。尾山城と名前を変え、最終的には金沢城という名前におちつく。 城址であり天守は17世紀初頭に落雷により焼失 辰巳用水 説明にもある通り、犀川の水を逆サイフォンによって二の丸まで通している。当時の水道管は玉川用水…

金沢の東山界隈

金沢東茶屋街 糸魚川から新潟、富山を抜けて石川県の金沢へ。茶屋街といだけあってお茶を喫する店が多い。 茶屋の中 茶屋遊び 中庭 にほんブログ村

フォッサマグナ

フォッサマグナ。大地溝帯。大地の裂け目。ナウマン象でおなじみのナウマン先生が命名したというもの。要するにユーラシアプレートと北アメリカプレートの境界である。嘘かホントかは知らないが、日本列島は2000万年前に中国大陸から分離して、日本海が形成…

輪蔵

善光寺にある輪蔵。チベット仏教のマニ車と同じもので、一周まわすと経典を全て読んだことになるようだ。マニ車がいつ成立したのかは分からない。1人で回すことになるが、結構重い。

善光寺

去年の7月の写真。長野県善光寺。神社仏閣の建築には、妻入りと平入りと2種類の様式がある。建物の妻側(切妻)から入ることが出来る建物を妻入り、建物の横から入るのを平入りという。ここでは神明造は平入り、大社造は妻入りということになる。両方とも古代…

海津城(松代城)

海津城の城代は甲陽軍鑑を記した高坂昌信。後に森長可の手に渡り、松平忠輝が入城し、よくわかんない城主を経て、真田信之(幸村の兄であり昌幸の子)が城主となる。武田→織田→豊臣→徳川→真田となり、明治維新まで続く。この地は千曲川と犀川に挟まれており…

川中島合戦場

川中島といえば第4次川中島の合戦である。赤いピンが川中島古戦場。北の黄色い星が善光寺。西の黄色い星が茶臼山(信玄の本陣)南に黄色い星が2つあるが、右側が海津城(現松代城) 左側が妻女山(謙信の本陣)ジオラマを見てもこの通り。真ん中を南から北に流れ…

諏訪大社2

神社のことを調べると、どうも奈良時代の格式、平安時代の格式、そして明治時代の格式で結構違ってきている。明治になると神宮や大社が乱発し、その価値が落ちる傾向にあり、戦後になるとその価値の既存が著しい。しかしながら平安時代においては、神宮や大…

諏訪神社

中央高速の諏訪ICで降り、諏訪大社上社本宮を訪ねた。【諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖周辺4か所にある神社。式内社(名神大社)、信濃国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。神紋は「梶の葉」。 】【諏訪大社は「上社本宮 」…