クロアチア旅行記2008年8月

旅程一覧表 目次

リンクをクリックしてください。1:クロアチア旅行記12008年09月04日 00時27分40秒 | クロアチア旅行記2008年8月2:下界の雲2008年09月04日 01時54分46秒 | クロアチア旅行記2008年8月3:北極海2008年09月04日 02時09分17秒 | クロアチア旅行記2008年8月…

旅の終わり(十二日目:9月2日)

9月2日。この日の午後6時に飛行機は出発する。昼頃、首都ザグレブに到着。市内を短く観光した後、飛行場に向かう。レンタカーを返したのが午後二時ごろ。この十二日間の全走行距離は3960kmであった。 山火事あり、コソボあり、ギリシャ無謀走破ありの弾丸旅…

再びプリトヴィッツェ湖群国立公園 (十一日目:9月1日)

プリトヴィッツェ湖群国立公園内にあるホテル「イェゼロ」に泊まる。今日一日は、まるまる国立公園の観光である。写真はスラブ系(?)のお姉ちゃん方である。若い白人の女性は流石に綺麗である。 湖面にエメラルドグリーンの領域がある。太陽光の直射に照ら…

今回の旅行の集大成ともいえる一日 (十日目:8月31日)

この日の空は抜けるような快晴。全旅程の中で一番空がキレイな日であった。この日の予定は、またもや移動である。目指す目的地は、クロアチアのプリトヴィッツェ湖群国立公園である。そこは、旅行の二日目で訪れた場所だが、撮影的に思い残しがあったのと、…

モンテネグロの夜

例によって弾丸行軍で、アルバニアの国境を通過してモンテネグロへ入国。自国は夜となっていた。写真はアドリア海沿岸にある豪華ホテル「スヴェティ・ステファン」の夜景である。夜なので全景が良く分からないと思う。次回に朝の写真をUPします。 我々はこ…

アルバニア

この国の歴史もなかなか凄い。アルバニアは第二次世界大戦末期、ソ連とレジスタンス運動によって、ナチスドイツを追い出して国土を回復する。首相に就任したエンヴィル・ホッジャは筋金入りのスターリン主義路線を採る。彼は、東ドイツのウルプリヒトと勝る…

アルバニア入国 (九日目:8月30日)

ギリシャ北東部の町イオアニナを朝一番で出発し、ついにギリシャ―アルバニア国境に到着。ここでギリシャ側のチェックで時間がかかる。係官が女性だったという事もあるが、アルバニアはかつて欧州の最貧国といわれた鎖国国家であった。今でも経済状況は苦しい…

アテネ2

結論から先に言うと、ギリシャ行き計画は一言でいうと「もったない事をした」である。ギリシャにはメテオラ修道院がある、それは知っている。ギリシャにはミコノス島がある、それも知っている。パルテノン神殿以外のギリシャ神殿も数多くあるだろう。しかし…

アテネ到着

アテネに午前10時頃到着。車を降りるとすごい湿気と熱気を感じる。湿度は日本並みである。ヨーロッパは全体的に空気が乾燥しているが、ギリシャは例外で蒸し暑い。ギリシャは地政学的にはヨーロッパの端に位置する国である。トルコは小アジアと呼ばれており…

コソボ首都プリスティナ

例によって写真はビデオから落とした静止画。 コソボ首都プリスティナまではあと30キロ程。運転していると、奇妙な光景が飛び込んでくる。なんと、夜遅くのコソボの道端にヒッチハイカーがいるではないか。世の中には我々の予想を遥かに超える猛者がいるもの…

コソボ潜入

本日の写真も全てビデオから落とした静止画である。 「Eos5D写真三昧」というタイトルのくせに、前回に引き続き5Dの写真を一枚もUPしていないのであるが、この8月28日~29日の二日間の行軍は、私にとって記録的な大強行軍であり、ほとんどの時間を運転に費…

事故渋滞

画像は地図以外は全てビデオから落とした静止画である。 渓谷を抜けると雨が降り始めた。そして大渋滞に陥る。原因はトラックの接触事故で、30分以上も足止めを食うことになった。折角ギリシャ行きを決めて、走り出した日だと言うのについていない。渋滞で途…

渓谷の風景

画像はビデオ動画から静止画におとしたもの。 岩場の渓谷を走る。岩山の頂上までは車のフロントガラスに納まらない。それほど切り立っている。にもかかわらず、落石防止のネットはまったく無い。ネットが無いほうが写真的に映えることも良く分かる。しかし、…

Moraca渓谷を走る。

渓谷をただひたすら走る。 ひたすら走りまくる。

山火事

モンテネグロの首都ポトゴリッツァから、北に走ること30キロ。渓谷を車で走っていると、山の中腹から湯気のようなものが立ち込めている。よく見ると、それは煙で山火事が起こっているのだ。そういえば、クロアチアで山火事注意の看板をいくつもみた。そして…

強行軍の始まり1 (七日目:8月28日)

前日の閣議決定(?)の後、私は地図とにらめっこをして、今後のギリシャ入りのルートの検討に入った。一応おおまかに立てたルートの計画は、以下の様なものであった。 まずモンテネグロの首都Podgoricaを通過し、E65-E80号線を北上し、Moraca川沿いの渓谷を…

Cetinjeにて一泊

Lovcen山の麓で日が暮れたので、近郊で宿を探す。Cetinjeの町で、3人部屋で80ユーロ(約13200円)というものがあったので、そのホテルで一泊することにした。写真はビデオから落とした画像で、Cetinje中央部である。 画像は同じくビデオからのもの。Cetinje…

山頂の建物

石造りの建物の内部はこうなっている。二つの石造は、モンテネグロの典型的な伝統衣装をまとった男女という事だった。 そんな事よりも気になるのは、写真の右下にいる子ネコである。 ・・・寝てる。ちょうど段差があるところで寝てる。この段差の場所ではか…

Lovcen山頂に到着

山頂付近の駐車場に到着し、あとは徒歩で山頂に行くしかない。山頂へは駐車場から石階段を登っていかなければならないが、これが結構キツイ。およそ300階段くらいは登ることになる。平地なら大したことはないのだが、ここは海抜1500メートルくらいあるので、…

コトル近郊の山「Lovcen」へ

コトルの城壁沿いの山道を登って、城塞まで行きたかったのだが、家人の「あんなに歩くところは勘弁してくれ」という反対にあって、やむなく断念。そこでコトル近郊にある山「Lovcen」頂上まで車で登ることにした。写真はその途上からのものである。湾の右側…

コトル到着

モンテネグロの名所コトルに到着。 モンテネグロに入ると、運転マナーがクロアチアとはまるで違うことに気付く。 一言でいうと、クロアチア人の運転は荒い。飛ばし屋が多いし、クラクションはやたら鳴らす。これがモンテネグロに入ると、車はあまり飛ばさな…

モンテネグロ入国 (六日目:8月27日)

8月27日。この日はいよいよクロアチアの国境を越え、モンテネグロ共和国に入る。入国審査は実にアッサリしたものだった。さて、この国はつい2年ほど前まで「セルビア・モンテネグロ」と呼ばれ、現在のセルビア共和国と連邦を築いていたが、2006年に国民投票…

ドブロブニク旧市街の夜景

昼間と同じ通りを夜に撮影。時刻は夜中の12時を既に回っている。それにしては人が多い。地面は濡れているわけではない。昔からの人の往来の多さの為に、地面の石は磨かれてしまっているのである。それが夜のライトに反射して、このような写真になるのだ。 こ…

アドリア海の真珠 ドブロブニク2 (スルジ山)

既に時刻は午後3時、太陽は西側に傾きつつある。この建物の写真は東側なので順光になっていて、空が一層青く見える。 時系列はバラバラになるが、旧市街散策の前、午後2時ごろにドブロブニクの向いにある山「スルジ山」に車で登る。スルジ山頂上までは徒歩の…

アドリア海の真珠 ドブロブニク

クロアチアのハイライト、アドリア海の真珠と謳われた町ドブロブニク。文字通り海に浮かぶ町であり、海の要塞でもある。旧市街には車を乗り入れることは出来ないので、旧市街手前の有料パーキングで車を止める。この日は火曜であるにも関わらず、パーキング…

ドブロブニクのホテル

前日のホテル争奪戦が教訓になって、この日は昼の2時頃にはホテルのチェックインを済ませる。写真はホテルの部屋からの眺め。

看板

走行中よく目に入る看板である。おそらく山火事注意のサインか、あるいは焚き火禁止のサインか、それとも両方かのいずれであろうと思われる。ダルマチア地方の7月と8月は一年の中で一番降雨量が少なく、しかも乾燥しているので、マッチ一本火事の元である。 …

ストンの町

車はストンに向かう。この辺りはカキの養殖が盛んであるらしい。写真の中に写っているブイは、おそらくカキを養殖しているものだと思われる。ただの湾の入り江に過ぎないが、海が青い。 ストンに到着。山頂には城塞がある。オミシュの町でも見たが、相変わら…

国境越え(五日目:8月26日)

五日目の最終目的地は「アドリア海の真珠」とも謳われているドブロヴニクである。しかし、ドブロブニクがある南ダルマチア地方は、ボスニア・ヘルツェゴビナによって分断された飛び地である。南ダルマチア地方に行くには、ボスニア・ヘルツェゴビナ領内を越…

ホテル争奪戦(四日目)

四日目の夕方、おそるべき事態が起こった。なんとホテルをあたれどあたれど満員だというのである。omisから海岸線沿いに走り、町や集落でホテルをあたる。軽く10軒くらいのホテルに「今日は満員です」と門前払いを食う。8月25日は金曜でも土曜でもない。クロ…