ヴェーヌスとの言い合いの後、ついにタンホイザーはヴェーヌスを讃える歌の3回目を歌う。
3回目(31:58)
Stets soll nur dir, nur dir mein Lied ertoenen!
あなただけ…私が歌いかけるのはあなただけです。
Gesungen laut sei jetzt dein Preis von mir!
あなたの賛歌を高らかに歌いましょう!
Dein suesser Reiz ist Quelle alles Schoenen,
あなたの甘美な魅力は、あらゆる美のみなもと。
und jedes holde Wunder stammt von dir.
優しい奇跡は全てあなたから湧き出す。
Die Glut, die du mir in das Herz gegossen,
私の心に注ぎ込まれた愛の灼熱よ。
als Flamme lodre hell sie dir allein!
あなただけのために赤い炎となって燃えよ!
Ja, gegen alle Welt will unverdrossen
そうだ、私は全世界を敵にしてもひるまず
fortan ich nun dein kuehner Streiter sein.-
これから私はあなたの勇敢な戦士になります。
音楽的には1~3回目は、歌詞の6行目までの旋律はほぼ同じ。3回目の7行目の歌詞である「Ja, gegen alle Welt will unverdrossen 以下」の旋律だけは1~2回目の旋律とは異なっていてしかも引き込まれる旋律です。そしてこの歌詞はこれから現実に起こることを予言しているものです。
その直後
bei dir kann ich nur Sklave werden;
あなたの元では奴隷になるほかはない。
kann wedenは可能性を含んだ言い回しだが、nurがつくので他の可能性はなく必然的にそうなると言っている。
nach Freiheit doch verlangt es mich,
(私の内から)自由への欲求が湧き上がる
これはドイツ語講座にもなりますが
ich verlange nach Freiheitと
es verlangt mich nach Freiheitではニュアンスが異なる。
前者のichから始まる文は、自分の意志・理性による欲求であるが、後者のesから始まる文は、内なるものから湧き上がる感情・衝動によるものです。しかし西洋人はFreiheit(自由)という概念が好きらしい。
33:30
O Koenigin, Goettin! この旋律は、3回繰り返される。
Lass mich ziehn! これも3回繰り返される。
これは前述したように伏線です。
どういう伏線かというと、のちにも解説するがここではヴェーヌスベルクに滞在したタンホイザーが去るというシーン。しかも幸福の時は過ぎ去って、飽き飽きして倦んでいるいう場面で去るときにLass mich ziehn!(行かせてくれ)と言う。これに似てるやり取りはのちにも出てくる。そしてかつて愛したヴェーヌスをO Koenigin! と呼ぶのも伏線です。
さて、ヴェヌスはキレてしまいます。
hin zu den kalten Menschen flieh,
vor deren blödem, trübem Wahn;
der Freude Götter wir entflohn,
tief in der Erde wärmenden Schoß.
(34:21から)
動画での訳
行けばいい、冷たい人間どものもとへ
そいつらの汚れた狂気を逃れて
歓びの神々である私たちは
ぬくもれる大地の懐深くに身を隠したのよ。
とあるが、3行目以降は誤訳だと思う。つまりder Freude Goetter wir....からの訳だ。
der Freude Goetter wir、これは歓びの神々(である)我々は、と訳しているが、
ドイツ語では文法上はこの表記をしない。der Freude Goetterとwirを一緒のものとして、またはwirを説明するものとしてder Freude Goetterと書いたと訳しているが、
中高ドイツ語(古語のようなもの)の詩的な文章において
der Freude Goetter wir entflohn tief in der Erde wärmenden Schoß.は、以下のように変換できる。
Wir entfflohen den Goettern der Freude tief in den waermenden Schoss der Erde.
つまりder Freudeのderは2格である。(Freudeは女性名詞)
GoetterはGottの複数形であるから、そもそもder Freude Goetterは定冠詞としておかしい。entfliehen+Dativ(3格)は「~から逃れる」という意味なので、den Gotternのdenは複数形の3格(die der den die)。
したがって、
Wir entfflohen den Goettern der Freude tief in den waermenden Schoss der Erde.
この形は正しい。そしてtief以下の文章もtief in der Erde wärmenden Schoß.ではなくてtief in den waermenden Schoss der Erde.となる。schossは男性名詞derであり、tief in+
Akksativ(4格)は「深く~の中へ」を意味する。大地の温かな胎へ(ふところ)となる。
訳すとこうだ。
歓喜の神々から逃れて、私たちは深く大地の温かな胎の奥深くへ降りていった。
こうなるとwir(私たち)はなんであるかが見えてくる。それは人間達と訳すのが自然であろう。「人間達は歓喜の神々(ヴェーヌスのこと)から逃れ、深く大地の温かな胎の奥深くへ降りていった」。Schossは懐・胎・子宮などのニュアンスを持つ言葉。
さらにentflohn 振り切って逃げ→tief in Schoss 下へ、内へ、という上から下へという空間的垂直軸の移動を示す動詞が思想を表しているともいえる。つまり神々が上位で、tief inの人間は下位。支配と被支配の構造が発言からも見える。
意訳としては
「私たちは歓喜の神々の支配から逃れ、天上ではなく、大地の温かな胎、人間の生の奥へと身を沈めたのだ。」
となる。
これはヴェーヌスがキレで、
Ich geb' dich frei,- zieh hin! zieh hin! (34:00)
自由などくれてやるわ 行けばいい!行けば!
Was du verlangst, das sei dein Los!
あなたが望んだのだから、その報いを運命として受けなさい!
zieh hin! zie hin!
行けばいい!行けば!
Hin zu den kalten Menschen flieh,
冷たい人間のもとへ
vor deren bloedem, truebem Wahn
ここにも同じ中高ドイツ語の詩的な表現がつかわれていて、現代調にすると。
Flieh vor deren bloedem,truebem Wahn
hin zu den kalten Menschen
となる。つまり訳として正しいのは
「あの愚かで陰鬱な妄念に囚われている冷たい彼らの世界へ逃げるがいい」
となり、この彼らのことを話題にしたあとで、
der Freude Goetter wir entflohn tief in der Erde wärmenden Schoß.
がくるので、wirは人間達をさし、かれらは歓喜の神々から逃げ、深く大地の温かな胎の奥深くへ降りていったとなるわけです。
つまり、ヴェーヌスは皮肉というか呪った言葉をタンホイザーに吐いているわけです。お前(タンホイザー)もあの人間どもと一緒だと。
ところがです。この解釈をA解釈とすると、これらのヴェーヌスの歌詞からはB解釈が同時に生まれそうです。
Wir entfflohen den Goettern der Freude tief in den waermenden Schoss der Erde.
我々(人間)が、歓喜の神々(ヴェーヌスではない高貴な神をここでは想定している)を逃れ、地下深く暖かい胎の中に降りて行った。
暖かい胎の中とは、ヴェーヌスベルクのことです。なにしろSchossとは子宮や胎や懐をさす言葉であり、まさにヴィーナスの丘たるヴェーヌスベルクは直訳すると女性の性器であり、神々から逃れあたたかい子宮におりていく。と解釈することができるわけです。(B解釈)
このあとヴェーヌスはこの外には救済はない!といっている。つまりB解釈でいえば、一度ヴェーヌスベルクに堕ちた限りはもう救済はない!という、まるで第二幕で領主たちや第3幕で教皇に言われたようなことを突き付けています。
ワーグナーの言葉選びからして、このあたりの歌詞は意図的にどちらともとれるような表現にしている。Schossなどという言葉選び、tief in der Erdeなどの表現をみれば、A解釈よりもむしろB解釈のほうが強く感じる。
この直後からのヴェーヌスの歌詞(34:40)
Zieh hin,Betoerter! Suche dein Heil,
suche dein Heil- und find es nie!
ここから先はドレスデン版とパリ版では大きくセリフ内容にも変更があるので、ちょっと省略。だがパリ版に挿入されている新たな歌詞もあるので、ここはワーグナーの思想的な解明のためには、本当は詳しくやらなければならない箇所なのだが、手を広げ過ぎて現在手一杯である。音楽的には手直しした箇所はヴェーヌスの旋律がドレスデン版よりも美しく仕上がっているとだけ書いておこう。
ドレスデン版ではすぐに聖母マリア様!とさけんでヴェーヌスベルクからでられるのだが、パリ版ではもうちょっと長くかかる。
補足する点としては、ヴェーヌスがその直前に呪いをかけるシーンがあることを付言しておく。すなわち
so sei verfluchet von mir das ganze menschliche Geschlecht!(35:54)
Nach meinen Wundern sann vergebens suchet!
Die Welt sei oede, und ihr Held ein Knecht!-
ヴェーヌスはここで呪いの言葉を言いますが、これはまさに人間の性を言っているようにおもえます。あたかもヴェーヌスがこのような呪いを過去にも人類にかけたからこそ、人類はこの性からのがられないというように読めますね。
次回は脱出したあとから。第一幕がまだ終わってないのにその4まできてしまった。
次回からすこしスピードアップすることにしますか。











