Re:11colors

毎週水曜日更新(2026年1月現在)。模型、日常。面白いことあれば他の日も

Burrows&Badgersを塗る5 (年末年始)

 

これはほったらかすと一生塗らない! と思ったので年末年始に一気に10体くらい塗った。ミニチュアに触れていて思うのは、満足するフェーズがかなり細かくあるということ。買う、作る、塗る、遊ぶといった具合で満足できるのでかなりお得な趣味なんだけども、一方で「買う」だけが回り始めると無限に未着手のミニチュアが増える。せめて塗るまではなんとかたどり着かないと、ふと我に返ったときのズシンとくるものが大きくなる。

 

Burrows&Badgersのミニチュアはあまりにも雰囲気がよく、買うだけのサイクルが回りそうな感じになる。場所は取らないから良いんだけど「本当はこうなる予定のはずなんだ!」という思いだけが頭に増え続けると、それだけでいろいろなことを実行に移すパワーがなくなりそうだった。

 

 

まとめて一気に塗ると群として見たときのデザインの面白さがわかる。インナー、上着といった具合で服を着ている者は上着がビブス状になっていて、そこに色分けの余地があって、自身のウォーバンドを作る際に色を揃えやすい。鎧を着ている人も、盾や鎧の一部の色合いを気にするとかなり仕事に就いている感じが出て具合が良い。反対にそうでない者はならず者だったり、特定の集団に属している様子がないので服装も私服っぽくて色分けの余地がないのだけど、色をなんとなく揃えるとチームの一員という感じがするし、逆に揃えないことで決して意図的に集まっている感じではない様子を出せたりもする。

 

ディテールが細かく入っているわけではない、柔らかな造形が持ち味だけどその分、盾の塗り分けや襟巻のチェック模様などがビシッと決まると完成度がぐっと上がって見えるのも面白い。やれるところを頑張りました。

 

 

かなりの数を一気に塗ったのだけど、紋章の手描きにチャレンジしたり、あんまりピンと来なかったものにいざ色がつくとものすごく良かったりと結構楽しかった。塗りやすさ塗りにくさっていうと、サイズの大小はあまり関係なく、どちらかというと選んだ数匹でどうやって統一感を出すのか? の方が難しかった。

 

 

なんとなく誰が誰と組んでもバラつかないようにしたけど、徐々に苦しくなってくる部分もあり、そこは大手のゲームズワークショップ製品と違ってミニチュアの色のバランスを自分でキュレーションするというやりがいがある部分のように思えた。

 

もう少し塗ろうかな、と思っているので第三便を現在検討中です

 

イギリスから10日くらいで届く通販(日本時間でいうと土曜のAM3時くらいに在庫が補充される)

Burrows & Badgers oathsworn-miniatures.ashop.me

 

あと、Burrows&Badgersのカテゴリを作りました。

<今日の物販>

 

2026年の目標

f:id:nero_smith:20260117095637j:image

 

健康

昨年は一年の半分くらいを体調不良で過ごした気がする。ゲーム会をはじめとして、活動の場が急に増えたから身体が追いついていない感じ。今も少し咳が止まらないんだけどそういうのが結果的に全ての趣味のパフォーマンス低下に関わるので健康は第一の目標です。

 

散髪に頻繁に行く

これがもう一生できない。半年に一回とかそういう風になりがち。やめたいので目標にします。隔月で切るとかでどうだろうか。予約をするって作業がものすごい苦手で、だからこそなんだけど。

 

痩せる

あと5キロ痩せます!

 

ゲーム会を続ける

まだ書けないし一生書けないかもしれないけど、ちょっと面白い方向に状況が変わっているので、そうすると続けること自体に意味が出てきているように思える。反対に「続けることが目的になっていました」なんていって止めることも結構あるけど、現状は続けることが目的です

 

新しいゲームを遊ぶ

今遊んでいるネクロムンダに関しては「わかりたい」という気持ちが結構高い。勝ち負けは大事だが「負けている状況」が三次元的に手に取るようにわかるのがミニチュアゲームの良さだと思う。ネクロムンダをわかるために他のゲームを遊ぶという感じ。

 

推しのミニチュアを作る

昨年は3体。今年も3体作れれば。

 

ヨーヨーを楽しむ

一年近く続くとは思わなかった。体を動かす趣味ってマジで面白くないなって思うことばかりなんだけど、これは面白い。一人でもできるし、結果がすぐに返ってくるのもよい。

 

※金曜更新は気が抜けてし忘れちゃうのでちょっと考え直しますー。火曜かな……とか。

 

 

スケールモデルにおいてウェザリングはどのように受け入れられたのかが知りたい

 

泥汚れを付着させる、油じみやサビを表現する。戦車模型において、リアルさを増すために行われるウェザリング表現は適切な道具もかなりあり、その仕上りは塗料を塗りつけるものとは異なるものがほとんどだ。使い慣れていくことで、泥もサビも現実世界に存在するものにかなり近い表現を行うことができる。

 

それがもたらすのは、「プラスチックに色を塗りました」といった感触とは違う、よく見るものとの接続であり、ある意味ではプラスチックモデルから離れて、より現実世界へ近づけるような手ごたえだ。

 

 

ここ二年くらい、私が関心を持っている塗装は、ファンタジーやSFといった世界のものであったり、人や動物だったりと随分と鉄の世界から離れてしまった。自由に塗れこそはすれ、見栄えとして満足するものを目指そうとすると色の組み合わせのテクニックに頼った方が制作スピードも仕上がりも十分に得られることに気づいた。うすい橙色の肌の下地に薄緑を塗れば、補色対比を活かせるとか、そういった類のもので、実際の絵画でも使われるものも少なくない。

 

 

肌の例は、いわばオレンジとグリーンの対比だ。そこで気づくのは緑色の戦車に浮かぶ茶色やオレンジのさび、または茶系の泥たちだ。そんな風に、各部についた色に対しての関係性を見直してみると「なるほどね」と思うような箇所はいくつも出てくる。なぜすっかりサビに侵食されたジャーマングレーの戦車はやや青みがかったように仕上げられるのか、とか。

 

果たしてウェザリングはいつころ、どんな風に紹介されたのだろう。そして、それを当時の読者はどう受け止めたのだろう。というのが気になっている。実物に迫る、よりリアルな表現と書かれ、それを「本物だ!すごい!」と受け取ったのだろうか。それとも、色の対比のわざを持ち込むことに関しても触れていたのだろうか。

 

 

<今日の物販>