通常の投稿はシーズン2に移しましたが、「ユウキの投稿」はこのブログが適していると判断しました。
ひろやんのRC日記シーズン2
https://hiroyanrc.blogspot.com
タイトル通り8年が過ぎ、この世界で過ごしていたら高校3年生
毎年かけ離れた年齢になっていくので、イメージすら沸かない。
「ユウキ、信じられるかい?弟は約束した通り、一緒にラジを付き合ってくれるようになったけど、妹まで付き合ってくれて、しかも、これが結構うまいんだぜ。」

ひろやんのRC日記シーズン2
https://hiroyanrc.blogspot.com
タイトル通り8年が過ぎ、この世界で過ごしていたら高校3年生
毎年かけ離れた年齢になっていくので、イメージすら沸かない。
「ユウキ、信じられるかい?弟は約束した通り、一緒にラジを付き合ってくれるようになったけど、妹まで付き合ってくれて、しかも、これが結構うまいんだぜ。」

【闘病生活から最期の日を迎えたユウキ】
3年半もの間、共に闘ってくれた主治医の最大限の敬意と配慮により、ユウキは自宅で療養していた。
医療スタッフさん達が毎日訪問してくれていて、医療用ベッド、サチュレーションや酸素濃縮器、スパイロメーターなど、病院と変わらない環境も整えていた。
そのため、いつもと違うユウキの変化に、昼頃から気づいていた。具体的には、1回ごとの呼吸が浅くなっていた。
最期の瞬間
この日、初めて死の瞬間に立ち会うことになる。
それまで、誰かの死に立ち会う経験がなかった私は、自宅に通ってくれている医療スタッフの反応を見て、ユウキの最期が近いことを感じた。
徐々に呼吸が浅くなり、動揺が大きくなる中、朦朧としているユウキに、いけないと分かっていても抑えきれず、「しっかりしろ!」と頬を叩いてしまった。
僅かに反応したのは、18時頃だったと思う。
それがユウキの最期の反応だったが、「自分は最期まで何をしているんだ…」と、今も自責の念に駆られることがある。
そして、23時34分。最期の一呼吸。
その瞬間だけ、ユウキは両腕をフワッと上げ、そこから呼吸することはなくなった。
私は、何度もユウキの耳元で「たくさん頑張ってくれて、ありがとう!」と伝えた。それ以外の言葉は、何も思い浮かばなかった。
想像を絶する悲しみ
その後、通夜や告別式などを進めていくのだが、両親を送った時とは比べものにならない過酷なものだった。それは、親として子どもを見送るという、想像を絶する悲しみと向き合う時間だった。
ふと、この気持ちと記憶を書き留めておきたくなり、綴った。
この過酷な経験は、私の世界観を変えたと感じる。
世の中のたいていのことは、もう大したことではないと感じるようになった。それが良いことかどうかは分からないけど。私の中で残った変化だ。
尽きることのない感謝
最愛の息子を失った悲しみは、癒えることはない。
しかし、ユウキは懸命に生き抜いたくれた。
その結果、共に過ごす時間を限界まで残してくれた。
かけがえのない時間は、心に残り続けると思う。
だから今年も節目で強く感じる、「ユウキありがとう!」と。
3年半もの間、共に闘ってくれた主治医の最大限の敬意と配慮により、ユウキは自宅で療養していた。
医療スタッフさん達が毎日訪問してくれていて、医療用ベッド、サチュレーションや酸素濃縮器、スパイロメーターなど、病院と変わらない環境も整えていた。
そのため、いつもと違うユウキの変化に、昼頃から気づいていた。具体的には、1回ごとの呼吸が浅くなっていた。
最期の瞬間
この日、初めて死の瞬間に立ち会うことになる。
それまで、誰かの死に立ち会う経験がなかった私は、自宅に通ってくれている医療スタッフの反応を見て、ユウキの最期が近いことを感じた。
徐々に呼吸が浅くなり、動揺が大きくなる中、朦朧としているユウキに、いけないと分かっていても抑えきれず、「しっかりしろ!」と頬を叩いてしまった。
僅かに反応したのは、18時頃だったと思う。
それがユウキの最期の反応だったが、「自分は最期まで何をしているんだ…」と、今も自責の念に駆られることがある。
そして、23時34分。最期の一呼吸。
その瞬間だけ、ユウキは両腕をフワッと上げ、そこから呼吸することはなくなった。
私は、何度もユウキの耳元で「たくさん頑張ってくれて、ありがとう!」と伝えた。それ以外の言葉は、何も思い浮かばなかった。
想像を絶する悲しみ
その後、通夜や告別式などを進めていくのだが、両親を送った時とは比べものにならない過酷なものだった。それは、親として子どもを見送るという、想像を絶する悲しみと向き合う時間だった。
ふと、この気持ちと記憶を書き留めておきたくなり、綴った。
この過酷な経験は、私の世界観を変えたと感じる。
世の中のたいていのことは、もう大したことではないと感じるようになった。それが良いことかどうかは分からないけど。私の中で残った変化だ。
尽きることのない感謝
最愛の息子を失った悲しみは、癒えることはない。
しかし、ユウキは懸命に生き抜いたくれた。
その結果、共に過ごす時間を限界まで残してくれた。
かけがえのない時間は、心に残り続けると思う。
だから今年も節目で強く感じる、「ユウキありがとう!」と。
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