はりぼてタコのひとりごと

(旧)なめたらいかんぜよ!タコの毒吐きブログ

オオカミに育てられたほうがよかった

最近になって、1990年代半ばに、イエローストーン国立公園に放されたオオカミについての本を読んだ

 

オオカミの群れ(パック)の暮らし方・習性は、わたしの想像を遥かに超えて、心温まるものだった

 

わたしもオオカミの群れに育てられた方が、よかった

 

そう思えて、今朝、コーヒーを淹れながら、泣けてしまった

 

 

 

 

前科

今、わたしの一番大きな心配ごとは、今年の秋に切れるグリーンカード(米国の永住権)をこれまで通り、無事に更新できるか・・・ということです

 

16年前に「魔が差した」としか言いようのない状況で、飲酒運転で捕まっているからです

 

前回の更新時は、その一件の後でしたが、無事更新できました

が、今の政権では、どこでいちゃもんをつけられるかわかりません

8分間の無料コンサルで相談した、当地の日本人弁護士(英語のみ)さんからは

「多分大丈夫だと思うが、保証はできない」と言われています

 

この心配については、こちらで知り合ってもう20年以上になるほぼ同い年の日本人女性にも話してきました

 

一昨日、ひさしぶりに電話で話した時、彼女の口から「前科」という言葉が飛び出しました

もちろん、飲酒運転で捕まったことを指しています

でも「前科」?

わたしは、その言葉を聞いて、即座に電話を切りたくなりました

わたし本人に対して、使う言葉?

あまりの無神経さに、あきれ、腹立たしく思う気持ちが沸きあがりました

 

彼女も自分で言ってから、その言葉はまずかったと思ったのか、言い直していましたが

もう遅いよ

他に知りたいこともあったので、なんとかその会話を続けましたが

今も、こうして根に持っています

 

気になったので、ネットで調べたら

前科というのは、重大な犯罪だけではなく、スピード違反で罰金を取られた、これも厳密にいえば前科になる、とありました

 

これは意外だったけど、だとしたら、彼女がその言葉を使ったのは、間違いではないということになります

 

でも、普通、友達に面と向かって(電話だけど)そういう言葉口にする?

無神経すぎる

 

そう、彼女はまえのブログにも書いた「エルサルバドルよりまし」といったひとです

 

思いがけないところで、グサッと刺されないようにするには

どうしたらいいんだろう

 

話さなければいいだけですが、他に話す人がいないというジレンマ

 

彼女と話すと、よく感じる困惑と後味の悪さ

 

これって、わたしが毒親育ちだから、妙な反応をしてるんだろうか

円満家庭に育ったひとなら、どう感じ、どう反応するんだろう

平気なのかな

 

Evey Cloud Has A Silver Lining

ポジティブな言葉がけに、モヤモヤした気分になる

そんなこと、ありませんか

わたしは、あります

それも、いつも同じひとから感じます

 

昨夜、同じく在米で、我が家から車で30分ほど東に住む、友人の日本人女性と電話で話しました

20年以上前に、当時の職場で知り合った彼女は、わたしとほぼ同い年

物事にたいするこだわりがあり、日本人にしては、はっきりものを言う性格ですが、鬱に苦しむわたしを避けることなく、時々電話をくれたり、食事に誘ってくれたり、悪いひとではありません

いろいろ助けてもらってるし、会えば会ったで、楽しく過ごせます

 

わたしは今、10月に切れる永住権(グリーンカード)の更新のことが、とても気になっています

政権が変わって、長年のグリーンカード保持者*(10年、20年以上)が複数、空港で入国拒否、拘束・収監されています*国籍はドイツ、フィリピン、ペルー、ラオスなど)

報道された時点(今年の3月頃)では、拘束の理由は明らかにされていませんが、どのケースも過去に逮捕歴(麻薬、横領など)や移民法の違反歴がありました

逮捕歴の最も古いケースは20年近く前、どのケースも逮捕後、必要な処罰を受け、罰金を支払っており、その後、グリーンカードの更新や海外旅行も問題なくできていました

 

最近になって、アメリカの大学で学ぶ日本人留学生の学生ビザや滞在許可証が、スピード違反などを理由に取り消されるケースが相次ぎ、昨日(5月1日)その件に関する注意喚起のメールが、日本の領事事務所から届きました

 

アメリカに住み始めて、ほぼ25年

こんな事態は、初めてです

 

痛恨の極みですが、16年前、わたしは、飲酒運転で逮捕されています

詳細は省きますが、弁護士を雇い、やるべきことはすべてやりました

その後、永住権の更新も無事出来たし、仕事も見つかったし(逮捕歴を申告する必要がありました)日本へも何度も帰国しました

 

今回の更新にあたって、この16年前の逮捕歴がどう影響するのか・・・

まったくわかりません

 

すんなり更新できて「心配しすぎだった」「よかった~」となるのか

更新を却下されて「当局から15日以内に出国するよう通告を受ける」ことになるのか

その違いは、天国と地獄並みです

 

グリーンカード保持者の拘束のニュースを知って以来、この心配について、わたしはこの友人に話してきました

逮捕歴などもちろんなく、クリーンな過去しかない彼女は、当然ながらわたしほど心配していません

 

今週になって、わたしは移民弁護士に連絡を取り、今、彼からの電話を待っています

 

そんなこんなの近況を、昨夜、彼女と話しました

その時に、彼女がこんなことを言いました

 

「最悪のケース(国外退去)になるのはもちろん困るけど、それでもわたしたちが送り返されるのは日本だから、エルサルバドルの刑務所よりは、まだましだよね」

 

確かに、彼女が言ってることに間違いはありません

その通りです

生まれ育った母国であり、平和で民主主義で経済もそこそこ安定していて、なにより日本語で暮らせる日本

エルサルバドルの非人道的な刑務所に放り込まれることを考えたら、天国と言うべきです

 

だけど

この言葉が彼女の口から出たとき

わたしは、うっすらとした不快感が胃のあたりから沸き起こってくるのを感じました

攻撃された時、自分を守ろうとする

そういう反応・・・のような

 

なにかポジティブなことを言おうとする

話をポジティブな方向に向けようとする

どこかよいところを見つけようとする

 

彼女のそういう無意識の「努力」「意図」が、わたしを不快な気持ちにさせた

つまり、話をポジティブな方向へ向けようとする彼女の言葉によって、わたしの「心配する気持ち」「ネガティブな考え」がやんわりと否定されているような

そんな気がしたんだと、思います

                                                                                                   A.C. For Unsplash +

英語で Every cloud has a silver lining(どんな困難な状況にも、必ず良い面がある)と言いますが

これって、誰かから言われるんじゃなくて

自分で気がつく

それでこそ、初めて力が湧いてくる

そんな気がする

 

それとも、他人からわかったようなこと言われたくない

というわたしのひねくれた考えなんだろうか

 

もちろん、彼女に悪気などなく、善意しかないんだと思う

でも、ときに、その善意がわたしの気持ちを逆なでしたり、傷つける

善意だとわかってるだけに、よけいにモヤモヤする

 

日頃から、わたしなどびっくりするほどハッキリものを言う彼女は、考え方に男性的なところがあるな、と以前から思っていた

なぜなら、不満や愚痴をこぼすと必ず解決しようとして、あれこれ提案してくるから

男性によくあるパターンでしょ?

女は、ただ不満や心配ごとに「耳を傾けて欲しい」だけなのに、「解決策」を提案してくる

 

不安な気持ちを、余計なことをあれこれ口をはさまずに聞いてもらえれば、自分の気持ちを「聞いてもらえた」満足感と安心感が生まれて、ほっとして元気が出てくる

そしたら、これからどうすればいいか、自分でちゃんと落ち着いて考えられるようになる

とわたしは思う

 

彼女の性格と傾向に気づいてからは

なるべく彼女に相談ごとを持ちかけないようにしている

でも、実際のところ、同じ土地に住む日本人女性を、彼女以外ほとんど誰も知らない

最後にパートで働いたのは2019年だった

もうずいぶん長いこと専業主婦だから、アメリカ人はもちろん新しい日本人の友達なんてできない

つまり友達と呼べる日本人女性は、今のところ彼女しかいない

なので、どうしても日米の状況を知っている人と日本語で話したい時は、彼女に話すしかないのである

 

誰かにポジティブなアドバイスしたくなる時

それって、誰のため?

相手のため?

それとも自分が不安になるから、その不安を鎮めるため?

でなければ、相手をコントロールしたいから?

 

 

今日はいい日だった

1:51am 今夜は、しばらく眠れそうにない

アタマの芯が、妙に冴えている感じだ

時々、こういう夜がある

朝方、4時か5時頃になって、疲れて眠くなるパターン

 

今日は、年に一度の産婦人科のチェックアップの日だった

女医さんで、もう20年以上診てもらっている

細身で白髪混じりの黒髪のカーリーヘア、さらっと、あっさりした感じのひとで

ここ数年は、ひさしぶりに会う知り合いみたいな感じで、話す

 

診察してもらいながら、近況を話すうち

来年、ここにいないかもしれない、ことを話した

別れ際、もしかしたら、会うのはこれが最後になるかもしれないと思ったので

"I may not see you again, can I give you hug?"
(もう会えないかもしれないから、ハグしてもいいですか?)

と言って、彼女にハグした

 

診察室を出てゆきながら、振り返らずに、彼女は

"I'm sure you will be here next year." 

(来年も必ずここにいるわよ)

と言った

 

これがお別れになるのかもしれない、と思ったら

ちょっと目頭が熱くなりそうになった

 

この女医さんに診てもらえてよかった・・・

 

 

その後、オットとふたりで、いくつか用事を済ませ

裏庭に出たら、ここ数日毎日のように遊びにきている猫が、伸びた雑草の間から姿を現わした

 

この子には、最近、猫缶をあげるようになった

お腹を空かせているから

 

どこかの家で飼われているのか、野良なのか、わからない

 

オットが準備してきたごはんを食べ終わって、おかわり

それでもまだ食べたそうなので、今度はわたしがちゅーるを用意した

それもあっという間に食べ終わって

しばらくしたら、折りたたみチェアに座っているわたしの足元に来て

わたしの顔を見上げた、と思ったら、膝の上に飛び乗ってきた

え?まじ?膝にのってくれるの?

わたしの膝にのって、お腹に寄りかかって、座り込んだ

そのうち、まるまって、眠り始めた・・・

うれしい・・・

 

4匹いた我が家のにゃんず、こんなふうに膝にのってくれる子は、いなかった

ジンジャーは、最後のほう、ベッドにいるわたしの膝に乗ってくれたけど

 

なので、すごくうれしかった

30分くらい、なるべく動かずに、9か月ぶりの猫の重みと温かさを味わった

よほどリラックスできたらしく、途中で、顎をわたしの腿や手にあずけて、左前脚はだらんとさせて、眠りこけてた

気持ちよさそう・・・

 

全然起きる気配はなかったけれど、もう午後6時近かったので、風が冷たくなってきた

ずっとこうしていたいけど、風邪はひきたくない

猫がうっすら目を開けたのをきっかけに、座っていたチェアの上に彼を置いた

寒いといけないから、猫用に使っていたフランネルの生地を持ってきて

チェアの上に敷いて、その上に猫を座らせ、陽があたる場所にチェアをずらした

気に入ってくれたようで、彼はしばらくそこでくつろいでいた

 

冷えたからだを温めようと、お風呂に入り、出てきたときには、猫はいなくなっていた

 

今日は、いい日だった

 

 

 

 

猫のいない冬

1月4日、朝からずっと雨

今日の予報は雨100%

三が日も、午前中や夜は雨が降っていた

 

日本の年明けは(東京近郊)いつもお天気がよかった記憶

 

雨や曇りの日が多い、この土地の冬

お天気に文句を言っても、どうにもならないとわかっていても

やっぱり憂鬱になってしまう

 

そして、今年はうちに猫がいない

一昨年は、12月20日に次男坊猫ホヌが、虹の橋を渡って行った

でも、まだ末娘のジンジャーが一緒にいてくれた

 

そのジンジャーも、去年の7月29日に逝ってしまった

 

なので、この冬は、猫がいない

辛い時、寂しい時、悲しい時、猫たちのやわらかい毛と身体をなでるだけで

心が癒された

 

あの子たちがいない冬

どんより曇った空から、降る雨

憂鬱な気持ちを振り切れない

 

 

 

トラウマだらけ

わたしの人生は、トラウマだらけだった

 

ものごころついてからの子ども時代

中学生、高校生のとき

大学に通っていたとき

社会人になり、OLとして働いていたとき

 

好きな人を探し求めていた時

初体験をした時

 

躁鬱の母の心配をし、閉鎖病棟に入院した母を見舞い

退院してきた母としばらく暮らした時

 

好きだと思っていた男性を頼って、ハワイへ移住した時

学校で出会った今のオットとつきあい始めた時

結婚した時

 

 

そのほとんどすべてが

Too Much, Too Fast, Too Soon

 

わたしの人生は、わたしが思っていた以上に

トラウマまみれだった

 

トラウマにまみれて

もがき、のたうち回ってきたんだ

 

 

 

 

 

はじらい

63年もの長い間生きてきて

これまで、ほんとうの意味で

誰かを好きになったこと

恋をしたことが

あったんだろうか、わたしは

 

なかった気がする

 

いつもいつも、誰かを探してきた

わたしをわかってくれる、誰か

頼りにできる、誰か

わたしを安心させてくれる、誰か

 

 

育った家庭は、わたしの心がほっとできたり、安心できる場ではなく

わたしのこころは、小さい頃から、不安におしつぶされそうだった

平気なフリをしていたけれど

ほんとうは、寂しくて、心細くてたまらなかった

赤ん坊のように、泣き叫びたかった

しっかりと抱きしめて、大丈夫よ、と安心させてもらいたかった

ひと肌の温もりが欲しかった

 

わたしの心は、もうずいぶん小さい時に、凍りついてしまっていて

でも、平気なフリをしていたから

誰もそれには気が付かず

わたしのこころは、ずぅっと凍りついたままだった

 

結婚して初めて、異性に「ときめく」自分に気がついた

オットではなく、彼の同僚やわたしの職場の同僚だった

 

ときめいた男性は、3人

共通点は、どちらかといえば無口で、はにかむように、優しく微笑むひとたちだった

 

もう40すぎていたのに、そのたびに、わたしは「はじらう」ような気持ちを感じた

 

オットもそばにいる場で、急にわたしの手を取って、ゆっくりとしダンスをはじめる、そのひとに

 

ふたりで黙って、かわりばんこに、おもちゃのゲームを動かしながら

そのまま、顔を近づけて、そうっとキスしそう、と感じたひともいた

 

 

職場だったホテルのコンシェルジェカウンターの向こうを

はにかんだような、優しい笑顔をわたしに向けながら、歩いてゆくセキュリティの男性

わたしよりも、うんと若かったはず

彼が通るたびに、胸がときめいた

 

 

わたしは、結婚して、安心して、そこで初めて

そういうことを感じる心のゆとりができたんだろうか

わからない

 

でも、その3人の男性に対して感じた

乙女のような、高校生のような、はじらいとうれしさを

わたしは、忘れることができない

 

 

そして、3人とも、オットとは、まったく違うタイプ、なのだ

 

やっぱりわたしは、結婚する相手を間違ってしまったんだと思う

 

でも、結婚する前は、そんなはじらいとうれしさなんて、感じたことがなかった