本日は「防災の日」、
ご存知のように95年前に発生した関東大震災にちなみ制定された日ですね。
しかし月日は流れ当時のことを知る人もいなくなり今は地震災害というと阪神淡路大震災か東日本大震災を連想する方がほとんどだと思います。
この夏、過去の記事で紹介した通り秋田に出掛けましたがその帰り道に福島県の海沿い、浜通りと呼ばれるエリアに少し立ち寄ってみました。
興味本位の野次馬根性があったことは否定しませんし常磐線の不通区間がどうなっているのかも興味がありました。
しかし一番の目的は10年前まで毎夏のように出掛けた南相馬市(当時は小高町)の現状を知りたいという想いが一番でした。
10年前には無かった常磐道の南相馬ICを降り原町の市街地に入りましたがお盆だからか交通量も多くラーメン屋やカラオケ店には多くの車が停められみな夏休みを満喫しているように見えました。そこにはごく普通の生活しかありません。
しかし国道6号に出て水戸方面へ向かい小高区に入ると様相は一変します。
沿線から人の気配が徐々に消え明かに異様な雰囲気を感じるようになりました。
そして10年前の思い出の場所のそばへ来たときその光景に言葉を失いました…
過去を知らない方ならこの写真を見てもよく理解出来ないかもしれません。
しかし、ここにはかつて集落があり田んぼに稲が実るありふれた日本の田舎の風景があったのです。
背後にあった松林は津波で破壊され10年後の今は巨大な防波堤が作られているのが判ると思います。
数年前に避難指示が解除されていますが人の気配はなく風の音と20羽以上のシラサギの群れがのんびりと羽を休めているだけでした…
その後、国道6号に戻り帰宅困難地域にも少し足を踏み入れてみました。
福島県 浪江町付近
国道6号線より撮影した常磐線の踏切の様子です。
遮断機の前にバリケードが建ち立ち入ることは出来ません。
それどころかこのエリアでは未だに車外に降りる事も窓を開ける事も許されていないのです…
それでも常磐線の復旧工事は進んでおり錆びて傾いた架線柱の隣に真新しいコンクリートの柱が建てられもうすぐ架線が張られる様子でした。
そして予定通りならば来年にも全線で運転を再開できる見通しだそうです。
しかし沿線を走って感じたことはもはやゴーストタウンなどと生易しいものではなく「街が死んでしまった」、これだけです。
今までテレビやネットでも映像は見てきましたが実際に現地で目にした現実とはあまりにも乖離がありただ茫然とするばかりでした。
この街が再生出来るのか私には判りません。
自分に何が出来るのかも答えが見つかりませんでした。
心に重い闇を抱えたまま現地を後にすることになりました…