原浩「火喰鳥を、喰う」読了。
作者ははらひろしじゃなくてはらこうと読むのね。映画が公開されたばかりで今が旬と言える作品。ちなみに出版は2020年。

主な登場人物は私・久喜雄司、妻の夕里子、祖父の保、母の伸子、夕里子の弟の亮、信州タイムス記者・与沢一香と玄田誠、夕里子の大学時代の同窓生・北斗総一郎。
太平洋戦争中に南方で戦死した大伯父・久喜貞市の手帳(日記)が届けられた。マラリアと飢餓に苦しみながら部下と密林を逃亡潜伏した様が記されていて、中でも火喰鳥を狩って食べることに強い執念をみせていた。それが叶わず貞市は敵に見つかり戦死したのだが、あるきっかけから存命説が浮上して次第に現実が侵食されていった。
人生の分岐点が違ったものであればどうなっていた?信じる力で時間の流れを違ったものに出来るのでは?バックトゥザフューチャーやシュタゲ風味のこのホラー作品はそれらの二番煎じ感を否めなかった。「」書きの台詞以外の情景描写や心象風景のト書きが克明で、最近は台詞ばかりのライトノベル的な小説に慣れていたので読み取るのにやや骨が折れた。
夕里子のキャラがとても魅力的で、読み進むうちに彼女の雄司を真っすぐ愛する芯の強さは揺るがないと信じきっていた。この作品に落胆した人はきっとそこ、女神の様な絶対的な存在と捉えていたのに普通の人間に過ぎなかったガッカリ感はとても大きかった。
※ ※ 以下ネタバレします ※ ※
南方戦線、飢餓とくれば最終的に狂った人間たちはどんな凶行に走るか?これはもう定番の方程式で誰もが思い描くストーリーだと思う。予想通りそのネタが使われてはいたけれど、そこは少し曖昧にしてあって主題はそこじゃなくて前述のガッカリ感を伴うパラドックスなのだろうなぁ。
終盤の密林に潜伏している場面で「私」が違う人になるのは深い意味があるのだろうか?現実を侵食される過程での単なる走馬灯だったのかそれとも。その際に「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」と貞市が手帳に記したのを目にしている。つまり火喰鳥を喰って貞市は超常的な力を手にした可能性がある。或いは火喰鳥に喰われて貞市と入れ替わったか。でなければ火事場の馬鹿力で片付けられない豪腕になった説明がつかない。全てはここから始まったように思う。
ところで千弥子のお腹の子の父親は誰?ストーリーに関係ないから省略されたのか、北村総一郎と割り切りの関係で妊娠したとか、それなら結婚報告って非常識だけれどサイコパスな彼なら平気でやりそうだしチャコなら笑って祝福しそうだし。いや、まさか貞市おじいちゃんと・・。そして産まれて来る子が逆襲の雄司だったりして、ってそれじゃあ魔界転生に侵食されてるか。なんて、勝手に破天荒な続編を作ってしまいそう。
とまれ、これを映画化ってよくそんな冒険に踏み切ったなぁ。チープな特撮で描いてしまったらトンデモないガッカリな作品に成り下がる。逆に言えば良質な特撮と演出なら大化けもあり得るけれど多分ムリ。山下美月が演じるので原作と同じく「夕里子だけは良かった」という感想が溢れそうで心配。
でも、佐伯エコエコアザラク日菜子は気になる。