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新橋駅から歩いて烏森神社を経由した先に、直江鶴吉(中村鴈治郎)が経営する洋裁店がある。最近、店は閑古鳥が鳴いていた。娘のまり子(若尾文子)は亡き母に代わって家を切り盛りし、婚期を逃している。そんなとき、まり子に縁談が舞い込んでくる。相手は幼馴染の五郎(川口浩)だった。一方、洋裁店では埒が明かないと考えたまり子は、店を改築しておにぎり屋を始める。
変化を描いた話と言えるだろうか。鶴吉の店はまったく流行らず、集金人の取り立てから逃げ回る日々。不動産屋からは店の買収を持ちかけられ、まり子の元には縁談が舞い込んでくる。店は閑古鳥が鳴き、まり子は行き遅れている。親子は人生を打開すべく、どうにかしなければならない。
鶴吉は腕のいい仕立て屋だったが、今は既製服の時代で彼が作るようなオーダーメイドは古かった。彼はすっかり過去の人になっている。店を売って隠居するのが現実的だろう。一方、まり子は直江家の母として家を切り盛りし、『晩春』の原節子と化している。もういい歳だし、いつまでもここにいるわけにはいかない。父親との共依存を断ち切り、一刻も早くお嫁に行く必要がある。
鶴吉によると、おにぎりは「お袋が握るもの」だという。つまり、おにぎり屋を開いたまり子は母のメタファーなのだ。彼女はこの時代には珍しく常に和服を着ており、父や弟(瀬川雅人)の世話をしている。おにぎり屋は宣伝の甲斐もあって繁盛することとなった。おにぎり屋の描写で面白いのは、セクハラが横行している点だ。たとえば、鶴吉と懇意の田代社長(伊藤雄之助)はまり子と結婚したがっており、仕事中の彼女の手を握ってくる。はっきり言ってキモいおっさんである。ところが、まり子はそれをやんわりといなして終わらせている。女性が接客業に従事するとはこういうことなのだろう。男性の侵襲的な暴力は避けられない。
その後、二人の酔客(森田学、夏木章)がまり子に絡んでくるが、そこは従業員の三平(ジェリー藤尾)が追い払っている。その際、三平は暴力を行使していた。ここの殺陣はなかなかしっかりしていて、予想以上に本格的な暴力シーンになっている。日活アクションみたいなことを大映もやっていたのが意外である。
ドラマを揺るがすのがみどり(叶順子)の存在だ。彼女は鶴吉が芸者に産ませた私生児である。大阪にいたはずが、母の死を機に上京してきた。今は劇団でダンサーをしている。みどりはまり子の腹違いの妹になるが、同時に五郎を奪う恋敵でもあった。まり子は五郎にプロポーズをするも、五郎はみどりに惚れていたため、それを断るのである。まり子と五郎は幼馴染であり、みどりはつい先日ぽっと出てきた女だった。つまり、これはBSS(僕が先に好きだったのに)の女性版なのだ。好きな男を後から出てきた女に取られる。結ばれるべき相手と結ばれずに終わってしまう。まり子は失恋のショックで酒を飲み泥酔するが、このときの若尾文子の演技は瞠目すべきである。チャーミングな若尾がますますチャーミングになっていた。
さすがにこのままでは後味が悪いので、村田(川崎敬三)と新たな恋の予感を仄めかして幕を閉じる。しかし、この村田もまり子を強引に押し倒していてなかなかやばい(まり子が押しのけて未遂に終わった)。昭和の時代はこれが男の甲斐性とされていたのだろうが、女の視点に立つと、男の侵襲的な暴力に恐怖を感じる。
冒頭のまり子のナレーションは導入部として最高で、新橋駅から烏森神社を経由して洋裁店に至り、ぱぱっと家族構成を説明する。軽快なテンポで思わず引き込まれる導入部だった。まり子のユーモラスな語り口が素晴らしい。映画におけるナレーションのお手本のようだった。
