何を食べたかで人生が変わる  

毎日こころ豊かに グルテン・カゼインフリー 米粉・大豆粉・オートミールに助けられて生きている

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娘達の気持ちを受け止める度に親の私の価値観は変わっていく

★娘達から新たな世界を体験させてもらう

主人も私も若い頃から音楽が好き

とは言え

オーケストラに縁はない

 

またオーケストラを観覧するような

上品なタイプでもない

 

主人は野外フェスやライブハウス

ロックやパンキッシュなものに惹かれる

 

飛んだりはねたり

もみくちゃになりながら

音や振動、人の熱を体に取り込み

全身で音を楽しむ

 

かたや私は

ロックやダンスミュージック

きれいで華やかで

気分を高揚させる音を好んだ

 

そしてブラウン管を通して

高品質な音と高画質な映像

音楽を美として楽しむ

 

一人でニヤニヤしながら

音と映像を愛でているこの時間は

誰とも共有しない

 

主人と好きな音は似ていたが

音の楽しみ方は異なった

 

そんな二人の音楽の世界に

コンサートホールのオーケストラ

新しい音の楽しみ方が参入した

 

どこか敷居の高い

上品で優雅で私達とは縁遠い空間

40年以上生きてきて

一度も体験したことのない空間

 

自分達の感覚ではおそらく選ばない

選択肢にすら上がってこない場所

 

次女の”行きたい”という声

次女の喜ぶ顔がみたいという親心

これらがなければ足を運ぶことはなかった

 

次女の”楽しみたい”

”体験したい”という感覚が

私達を新しい世界へと連れて行った

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

ゲームはただの暇つぶしでも娯楽でもない

私達家族4人は次女を筆頭に

ゲームのサウンドトラック

プロのオーケストラが演奏する

とても豪華で優雅な時間を過ごした

 

UNDERTALEというゲーム本来の持つ優しい空気感が

凜とした空間に穏やかで柔らかい音を生み出す

 

観客は子供というよりかは

普通の大人達で溢れていた

私達のような家族連ればかり

という感じはしなかった

 

私達の隣には

とてもオシャレな若い女性が

2人座っていた

 

彼女達も娘達と同じゲームを楽しんでいる

そして楽しむためにここに来ている

 

年齢的にも容姿的にもかなりかけ離れていたが

娘達はUNDERTALEというゲームで

彼女達と繋がっている

 

この感覚がとても私を温かくした

そして安心感を与えた

 

コンサートに訪れたことで

我が家にとって

ゲームがただのゲームでは終わらないことに気づいた

 

ゲームは娘達の生きる原動力で大切なコア(核)

そして

人と繋がるための貴重なツール

 

世の中には”ゲーム依存”なんて言葉があるくらい

ゲーム自体にあまりいいイメージは持たれていない

 

それでも娘達にとっては

無くてはならないアイテム

 

私から見ればゲームだろうがなんだろうが

夢中になれるもの楽しめるものに出会えたことが

なにより幸運でラッキーなことだ

 

子供も自分で自分の現実を変えられる

次女は日常的に家の中だけで生きている

ほとんど外へは出ない

 

そのためどうしたって

次女の世界には私達しかいない

 

他者と繋がる機会もなければ

他者と繋がることも望んでいないため

現時点では家族以外の繋がりは

次女自身がシャットアウトしている

 

そのため自然と杞憂してしまう

 

いつか孤独を感じ

さみしさを募らせるんじゃないか

自分の選んできた道を後悔しないか

 

そんな未確定の未来を想像しては

気を揉む

 

でもコンサートへ行き

行動したことで気がついた

分かってしまった

 

ちょっと外へ出れば

ちょっと勇気をだして動いてみれば

いつだっていつからだって

人と繋がれる

 

一歩外へ出ればそこにはいろんな人が居て

いろんな世界が広がっている

 

望みさえすれば

見ることも

知ることも

体験することもできる

 

次女が心から望みさえすれば

いつだっていろんな世界に出会える

 

自分の価値を低く見積もり

”ダメな自分”で心をいっぱいにしなければ

自分を見失わなければ

いつからだって目の前の現実は

変わっていくし変えられる

 

まだまだ子供で

本人の力だけではできることは限られている

 

だけど今回のように

私達親に望みをしっかり伝えれば

叶えられることが分かった

 

実際数年家から出なかった次女が

自分の好きを追って大阪まで行き

初めて訪れた場所で心を満たした

 

頑なに外に出ようとしなかった次女が

ほんの少しの勇気と行動で

今までの現実を変えた

親の私達が変えたわけじゃない

次女本人が変えた

 

いつもとはちょっと違う選択で

いつもとはちょっと違う行動で

今までとは違う現実を手に入れた

 

これで自分の得たい体験ができる

自分も望めばちゃんと行動できる

と 次女自身が自覚した

 

これは次女にとっても私にとっても

大きな収穫となった

 

停滞期はずっとは続かなかった

次女の中にどんよりと停滞していた時間は約3年 

おそらく長かったような気もするが

少しの晴れ間が

これまでの停滞期間をすっと忘れさせた

 

私にはこの晴れ間が見えたことで十分だった

 

どんよりしたり晴れたり

日々お天気が少しずつ変化するように

私も次女も誰しもがみな

少しずつ成長し少しずつ変化していく

 

毎日毎日表情を変え

感情を変え

気分を変える

 

常に晴れている状態をどこかで望んでいた

それが正しい在り方だと思い込んでいた

 

だからこそ晴れていない状態を異様に怖がったり

否定したりしようとする

 

でも本来いろんな感情、思考が湧き上がり

浮き沈みすることが当たり前で

ずっと変わらない一定のものなんてどこにもない

 

曇ったり晴れたりジメジメしたり

いろんな状態の中を行ったり来たりする

 

そこに良いも悪いもなく

敏感に反応すること自体”ナンセンス”

 

どちらにせよ

どんな状態もずっとは続かない

ただそれだけのことで

たいしたことはなかった

 

これを機に次女に対する将来への不安は

確実に減少した

 

ゼロとまではいかないが

”いつものことね、気のせいかも”

と 軽く受け流せるようには成長した

 

たとえ強く不安を感じたとしても

元々私に持ち合わせている先廻りの癖、気質だ

 

この気質のせいでいろいろ考えてしまうだけ

次女の将来、現実とは違う

そう捉えるようになった

 

そういつものこと

ただの”気のせい”

この言葉が丁度いい!

 

親の私ができることは

次女が選んできた道を絶対に否定しない

そして次女自身に否定させないこと

 

次女が自分自身を否定することのないよう

見守りフォローすることが

私の役目

 

いつもと違う選択

いつもと違う行動

それらが私に与えるものは大きかった

 

娘達の気持ちを聞く度

理解する度

いつもと違う選択が生まれる

 

いつもと違う選択

これを選び取る度に

私の価値観の枠は少しずつ広がっていく

いや、変わっていくという方が正しい

 

もしかすると

子供を育てることは

自分のメンタルブロックを外すことに繋がる

 

親のメンタルブロックを外すために

娘達は私を母親に選んで産まれてきた

とても大切な存在で

私が私らしくを取り戻すのに必要な存在

 

このことを心から感じるようになり

やっと何の抵抗もなく

『生まれてきてくれて ありがとう』

と 口にすることができた

 

でもね

子供は親のために生きなくていいんだよ

いつだって

好きなように

自分らしく生きていいんだ

 

娘達に伝えるように

私は自分自身にも伝える

自分に言い聞かせる

 

娘達を知る度に

娘達の気持ちを受け止める度に

私の価値観はどんどん変わっていく

 

そんな変わっていく自分の心を知れることが

相変わらず楽しい🎶やみつきだ

引きこもりの次女が行くと決めた場所はコンサート会場

YouTubeとゲームに救われた次女

ここ数年ずっと無気力状態だった次女

なんとかできる活動と言えば

YouTubeとゲームぐらい

 

食事をすることよりも

お風呂に入ることよりも

寝ることよりも大切

 

これらの時間を削ることも

削られることもひどく嫌った

 

昼夜逆転とまではいかなかったが

まぁまぁ普通の子供の生活とは言えない

生活を送っていた

 

学校へ行かないと決めたものの

学校へ行かない生き方を受け入れられたものの

家族の中で”学校へ行かない”を選んだ人はいない

身近にロールモデルがない

 

誰も知らない道を

この先一人で進んで行いかなくちゃいけない

 

それを面白がって楽しめるほど

心が強いわけではなかった

そして楽観的にもなれなかった

 

単純に”もう先がない” ”詰んだ”

そう思い込んだ

そして現実を見るのを怖がった

 

経験値の少ない幼い子にとって

学校へ行かないということは

不快の状態からの脱出にはなるが

不安しか残らなかった

 

それなら学校へ行き

皆と同じ生き方をすればいい

そう言ってしまうのは簡単だけど

 

プチッと切れた糸が

簡単には元には戻らないように

次女の心も

簡単には戻れなかった

 

皆と同じようにできない

そして

皆と同じようになりたいわけでもない

 

自分の気持ちを

見て見ぬふりができなくなり

自分を知れば知るほど

苦しくなっていった

 

小さな体で一人で何もかもを

背負い込もうとしていた

 

上手く自分の気持ちを整理し

言語化するのも難しい年齢

 

現状の気持ちを言葉として

吐き出すことができず

のみ込まざる終えなかった

 

そんな自分を

どうにかなだめようと

落ち着かせようと必死

 

グルグル思考からどうにか逃げるために

投げやりになる気持ちを

どうにか落ち着かせるために

現実から引き離してくれたのが

YouTubeとゲーム

 

次女にとっては

この時間が必要だった

次女を守ったのは絶対的に

YouTubeとゲームだ

 

これらがドーパミン中毒、依存

脳に良くないことは重々承知している

 

それでも私達では

次女の気を紛らわせる事も

落ち着かせることも難しかった

だから頼っていた

 

寄り添いたい気持ちはある

だけど側にいれば側にいるほど

追い詰め焦らせるだけ

 

次女は長女とは違い

家族との距離をとりたがった

一人の時間を欲しがった

 

一人になり目の前の映像に溶け込むことで

頭の中を停止させた

 

生活は確かに乱れたが

頭の中の雑音はどこかに追いやられ

できた余白に上書きするかのように

適度な刺激が快として記憶されていった

 

そして

刺激の中の1つが巡り巡り

次女を外へと連れ出した

 

★ゲームが次女を外へと連れ出した

娘達はYouTubeでもっぱらゲーム実況を楽しんでいる

 

人のプレイを観て何がそんなに楽しいのか?

自分でやりたい~ってウズウズしないのか?

 

RPGゲームぐらいしかできない私は

娘達がどんな視点でゲーム実況を楽しんでいるのか

知りたかった

 

娘達は自分がプレイするしないに関係なく

面白そうなものを手当たり次第観る

 

プレイ自体を疑似体験したり

攻略方法を学んだり

キャラの濃い配信者のおしゃべりを楽しんだり

楽しみ方はいろいろ

 

実況動画を観て自分にできるかを判断

ソフトを購入し自分でプレイするまでに考察する

 

そのため自分のプレイに踏み切るのに

1年以上かかるものもある

 

内容は把握済み

ネタバレもいいところ

それでも自分でプレイしてみたいと

感じるんだろう

 

得ている情報の確認体験も

これまた面白いらしい

 

ゲームとはいえ

次女は次女なりの視点で物事を見ている

そして

親の私が感じない視点を山ほど持っていた

 

超絶お気に入りのゲームとなると

ゲーム内の音楽にものめり込んだ

 

そう これが今回

次女を外へ連れ出す動機へと繋がった

 

ゲームのサウンドトラック

オーケストラのコンサート

次女の原動力になったなんともありがたい話

 

今はゲームのサンドトラックを

オーケストラで演奏するコンサートがある

とても豪華で贅沢な時間

 

YouTubeで大好きなゲームのサントラを

何度も聴き入っていた次女

 

大好きすぎて、素敵すぎて感動ものだからと

私にもよく見せてくれた

というより

よく聴かされた

 

それが『UNDERTALE 生誕5周年コンサート』

3時間もあるオーケストラの演奏動画


www.youtube.com

 

次女はこの『UNDERTALE』というゲームが大好き

 

トビー・フォックス(Toby Fox)さんという方が製作した

どこか懐かしいレトロな空気感に

可愛いドットイラストが特徴のインディーRPGゲーム

 

「誰も死ななくていいやさしいRPG」がキャッチコピーの

独特な世界観と個性的なキャラクターが満載の作品

 

次女はこのトビー・フォックスさん自体も好いている

 

ゲームとゲーム内の音楽をほぼ全て一人で製作している

心優しいクリエーターをリスペクトしている

 

次女のUNDERTALEの知識は

『UNDERTALEメールマガジン』から得ている

『UNDERTALE』『DELTARUNE』メールマガジン - Toby Fox

 

公式グッズやイベント情報もここから

 

物欲が少ない次女だが

UNDERTALEのグッズだけは例外

素直におねだりをしてくれる

 

約一年前にUNDERTALEと出会い

あっという間に虜になった

 

ゲームのストーリー、音楽、キャラクター、製作者

いろんな角度からUNDERTALEを堪能

 

YouTubeで見つけた動画から世界が広がった

内にこもりがちだった次女が

少しずつ陽気な空気をまとうようになった

 

そして『自分も行きたい』

『オーケストラのコンサートに行きたい』

素直に気持ちを伝えてくれた

 

もちろん動画は過去のもの

行きたいという気持ちが芽生えた時には

すでにコンサートは終わっていた

 

それでも

次女の動き出した気持ちを消さないよう約束した

 

『次のコンサート情報が入ったら真っ先に教えて!』

『家族みんなで遊びに行こうね!』と

 

引きこもりの不登校児の次女は

UNDERTALEの力によって

少しずつ外へ出かけるようになった

 

★9月14日 大阪のオリックス劇場

不登校になって3年

YouTubeとゲーム三昧の日々も

さすがに飽きてきた頃

 

待ちに待ったコンサート情報が飛び込んできた

 

UNDERTALEの10周年記念コンサート

【公式】UNDERTALE 10th Anniversary Concert | UNDERTALE10周年コンサート

 

いくつかある公演の中で

我が家が車🚗で行けそうな場所

それが大阪のオリックス劇場

 

大阪の公演は9月の3連休だった

 

日帰りで出かけられて

なおかつ

翌日ゆっくり休めるよう

家族みんなに負担にならないよう

14日(日)の13時の公演に決めた

 

このコンサートはとても人気なため

チケットは抽選とのこと

 

外れることもあるがその先の予備は考えなかった

不思議とこの日に行くと決めていた

 

手帳に”コンサートへ行く”とだけ記し

主人にチケットの申し込みをお願いした

 

そこから我が家では

9月にコンサートへ行くという予定がスタートした

 

実際には

6月20日に4人分のチケットを申し込み

7月11日に当選メールが届いた

ここで正式に9月14日に大阪へ行くことが決定した

 

あの引きこもりの次女が車に乗って

2時間半かけて他県まで移動する

 

こんな日が来るなんて・・・

 

少々おおげさではあるが

それくらい我が家では

インパクトのあるイベントだった

 

でもここでも証明された

 

次女は外に出られる

今までは外に出る理由も目的もなかっただけ

 

心から行きたいという気持ちが溢れれば

出かけられる子なんだ

引きこもりでもなんでもないじゃん

 

昔の私からみれば

学校は行かないけどゲームのコンサートへは行く

”はぁ?”って呆れただろう

 

”なんてわがままなで自分勝手なんだ”

”怠けてるだけじゃないの” って怒ったんじゃないかな

 

でも今は

 

わがままに生きられてるって事は

ちゃんと自分に選択肢が与えられて

尊重されているということ

私はちゃんと娘達を尊重できている

 

自分で選択できる世界に作り変え

自分で選んだ結果を体験出来るようになったということ

 

娘達には自分で自分の人生を

クリエイトするんだと自覚してもらいたい

 

そのためには小さなこと

どんな些細な事でも選択させたい

もちろんいずれは大きな事も

 

それが例え親から見たら間違った選択だったとしても

本人が決めた事であれば正しい選択

この体験がしたかったんだね と

今は受け止められる

 

次女の姿を見て生き方を見て

私ももっとありのままに

生きてもいいんだって教わる

 

自分で選択して決めることってすごく楽しい

その反面

人に選択権を取られて勝手に決められることって

すごく不快

 

これって小さな子供もみんな一緒なんじゃないかな

 

よかれと思って決められたことでも

自分の選択を奪われたら

自分は蔑ろにされたと受け取ってしまう

 

今まではそんなことの繰り返しだった

 

私は娘達をずっと蔑ろに扱ってきたんだ

何も決められない

何も分からない

そう思い込んで

 

このことも踏まえて

選択する行為は全てあるべき場所に返す

 

次女は最初は選択権の放棄をしていた

考えたくない、責任を背負いたくない

そんな感じだった

 

でも少しずつ自分で選択する機会が増えると

自分で選択してもいいんだ

できる、大丈夫なんだってことが

経験として積み上がり

選択することに抵抗がなくなってきた

 

不登校を選んだことは不快から逃げるための選択

 

でも今は自分を大切にするために

日々を楽しくするために小さな選択を

積み重ねている

 

選択を他者に任せて

楽しませてくれるのを他者に求めている限り

本当の楽しさって分からない

そう改めて気づいた

 

だから今回のコンサート

普通に私もめっちゃ楽しんだ

 

次女が言い出しっぺで行くことになったけど

自分でもびっくりするくらい楽しめた

 

やっぱり子供ファーストで生活してくると

自分の感情は二の次になる

 

次第に分からなくなるというか感じなくなる

そして私も無表情、無感情に近かった

 

コンサート会場に連れていくことが目的じゃなくて

次女を喜ばせることが目的ではなくて

自分自身がコンサートを楽しんだ

 

誰かのご機嫌取りではなく

純粋にコンサートを家族で楽しめたことが嬉しかった

 

子供の喜ぶ顔が見たい

それが楽しみだってどこかで思い込んでて

楽しんでもらえなかったらどうしようって不安になって

不機嫌な顔をされるとがっかりする

 

でもこの姿

子供から見ると怖いんだよね・・・

責任重大なんだよ

 

楽しさの責任を子供に他者に求めちゃダメなんだ

萎縮させるだけだもん

 

まずは親が楽しまなくちゃ!

子供よりもまずは自分が楽しまなくちゃ!

 

親がクソ楽しんでたら自然と子供に伝染する

子供の気持ちなんて後からついてくる

 

まずは自分がMAXで楽しめる方法を考えないとね

 

そうしないと

子供は自由を感じられない

子供は自由ではいられない

引きこもりの不登校児 自分の感覚を大切にした結果 今がある

★引きこもりの次女 自分の選んだ選択で今がある

今年中学1年生になった次女

ここ数年ずっと家に引きこもっている

 

玄関の扉の向こう、その先

青い空の下に立っている次女の姿を

ずいぶんと見ていない

 

そんな日常が

当たり前のように続いている

 

親の私から見れば少し不自然な日常ではあるが

それはあくまで私の感覚

 

次女にとっては

この上なく穏やかで優しい一日が

淡々と続いている

 

外へ出ると気分が悪くなる

外へ出るのが怖い などのような

不安や恐怖を感じる節があるようなら

別の角度から向き合う必要がある

 

幸い次女はそういった感覚を

感じているわけではない

 

自分が穏やかで平和に過ごせる生活を望んできただけ

そのための環境を自分の行動で築いてきた

 

次女は自分でこの日常を選んでいる

自分の意思で今の状態を選び

自分で環境を整えている

 

すべて次女が望んだこと

 

この穏やかな日常は次女にとってはとてもベストな姿

何も問題はないんだと思うようになってきた

 

というより

こうやって生きるために

私と主人を選び

二人の子供の次女として生まれてきた

 

生まれる前から

自分の人生のシナリオを

彼女が自分で決めてきた

 

ホロスコープや西洋占星術を学んで

この考え方に行き着き信じている

 

そしてこの考え方を採用すると

とても楽だと分かった

 

だって私には1ミリも責任はない

 

親なんだからというプレッシャーを

感じる必要性はどこにもない

 

次女の邪魔さえしなければ

勝手に次女が自分の人生を進めていく

 

今までは

親が子供を導かなければ

親が子供にあらゆる事を教えなければ

親が子供を幸せにしなければ

 

こんな間違った考えを

当たり前だと思い込んでいた

 

でもこのどれもが不要な考えだと分かれば

私がすることは至ってシンプル

 

次女の生き方を邪魔しないこと

好きなだけ自由にさせればいい

これだけだと解釈している

 

★次女は本当に外出ができない引きこもりなのか?

”引きこもり”って簡単に言葉にしてしまうが

その言葉の音は

とても暗くてネガティブなイメージが強い

 

でも次女の”引きこもり”は

私の感覚ではちょっと違う

 

クマが冬に穴蔵でぬくぬく丸くなって

自分の体温で自分を温めているイメージ

とても柔らかくとても優しい空気が流れてる

 

今の次女は

そんなクマの冬眠のようなイメージ

 

自分を大切に

自分を自分で守っている

それが結果的に家の中で引きこもる形

 

引きこもり=自分を大切に温めている

そうダイレクトに想像できるとようになると

心はどんどん柔らかく温かい気持ちになれるのかも・・・

 

 

ところで不登校になりたての頃は

そこまで丸く丸まってはいなかった😏

 

普通に自宅の庭や周辺ぐらいには

なんの抵抗もなく出ていた

 

外は好きな方だったので

庭に出て遊んだりもした

花の水やりもよくやっていた

 

自分の食べたいお菓子を買うために

買い物に同行することも普通にしていた

 

ショッピングモールなどでの買い物は

親の私達に連れ回されるため疲れてしまう

それでも渋々ではあるが同行していた

 

水族館や科学館、美術館に博物館

家族旅行などにも一緒に参加していた

 

それがだんだんといろんな外出を

断るようになっていった

 

不登校児で生きていくことを受け入れ

全面的に娘達の意思を尊重

まるっと受け入れる体制を続けていたら

 

いつの間にか

次女は外へ出かけることが

ほぼほぼゼロ状態

 

庭に出て日光浴でもしよう

ちょっとお買い物にでも行こう

どこか遊びに行こう

 

以前は楽しめていたと思っていたことが

どれも退屈に感じ

家の中でできるゲームの時間が

削られるのが嫌だと言いだし

『行かない』

の一言が返って来るようになった

 

どんな誘いも提案も拒否

外出の話になると途端に億劫になり始める次女

不機嫌になる姿を隠すことはなくなった

 

自分に正直に自分の感覚を優先した結果

家族との時間よりも自分の”快”の時間を大切にした

 

それが結果的に”外出しない”ということに繋がった

 

それでも

外へ出るための確かな理由・目的があるときだけは

外出することができる

 

だから全てにおいて外出できないんじゃなくて

外出する理由・目的がないから

外出しないだけなんだと理解した

 

★外出する確かな理由と目的

絶対的にやらなきゃいけないことって意外と少ない

結構何でもスルーできちゃう

 

それでも

本人がいないと話にならない

親でも代行ができないもの のみ

次女には腹をくくってもらい

外出することに協力してもらう

 

と言っても実際には

そんな大変なことではない

 

とは言え 我が家にとっては

次女が家の外に出ることは

一大イベントになる

 

ここ数年での一大イベントは

予防接種とマイナンバーカードの更新手続き

これくらい

 

一年に1度くらいは

避けられないことが舞い込んでくる

 

スルーできなくもないが

ここはなんとか取り組んでもらいたいがため

必要最低限やらなきゃいけないこととして

しっかりと必要性を説明し理解してもらう

 

こういった類いの外出は

やらなきゃいけない理由が明確

そして本人にとって大切なことであるため

あまり反論してくることはない

 

そりゃ~一発目の言葉は

『え~😒』のふてくされ顔

 

それでも

日頃無理矢理 連れ出されるということがないためか

”しかたないこと” ”やらなきゃいけないこと”

と割り切ってくれる

 

ダルそうな姿で取り組むものの

必死になって連れて行かないと外出できない

という自体にはならないため

思いのほかスムーズに事が運ぶ

 

この体験で次女はあくまでも

外出できない引きこもりではないと分かる

 

明確な理由・必要性がある外出時には

ちゃんと外に出られるという事が判明

 

要するに

100%外出ができない子ではない ということ

それが証明できただけ十分

 

そんなわけで

外出するにも次女にとって納得のいく理由が必要

動機がないことには動けない

 

ということは目的や動機それさえあれば

外出できるというわけである

 

親の私達は当たり前のように

外に出ているけれども

 

外に出たい必要があるから

外に出ているだけで

外に出たくないときは

出ないを選択している

 

おそらく無意識にこの選択をしている

 

これに変わって

次女は家の中が好きで居心地がよく

家の中でゲームをしていることが

楽しいと感じている

そのため家の中に居続けてしまう

 

外に出る必要性もなければ

快適な家の中から出る必要性もない

 

意識が外へ向かはないのは自然なこと

 

だって身近な場所が快の空間なんだから

そりゃ~仕方ないよね

 

それを外出ができないとダメ

家の中に引きこもってばかりではダメ

 

次女の姿を親の価値観の中で

勝手に不自然だと決めつけ

ダメと否定するのが間違っていた

 

自分達の感覚が全て正しいと

思い込んでいる私達がおかしいんだ

 

そう考えるようになった

 

次女は自分の感覚を正直に感じ表現しているだけ

そして自分を大切にしているだけ

これに間違いはない

 

目的さえ見つかれば

今とは少し違った日常に出会える 

きっと

 

これだけのことなんだ

 

★自分に正直な次女でも迷う時もある

それでもここまで外出が少なくなると

本人が疑心暗鬼になりかける

 

度々ポロッと次女の口からこぼれる

 

『外へ出る気に全くなれない』

『外へ出たくない』

『どうして外に出たい気持ちにならないんだろう』

 

私から言わせれば

外に出て行動していることが良いことだと

思い込んでいるから

こういった思考が生まれる

 

だから別にいいんだよ

家の中で楽しめていられるなら

それでいいんだよと伝える

 

それでも次女がこの言葉を口にすると

『じゃ~今すぐ外へ行こう』

『ほら、コンビニでも行こう』って

軽いノリで主人が背中を押し始める

 

次女がポロリとこぼした言葉は

願望ではない

 

おそらくべき思考でポロリとこぼしてしまった

 

だから簡単には次女は動かない

 

そこから”行く?行かない?” の

二人の駆け引きが始まる

 

主人はすぐに

『新しいゲームでも買いに行く?』

『美味しいお菓子でも買いに行く?』と

何かを買ってあげる=エサで釣る行為をする

 

主人側からすれば

可愛い娘には何でも買ってあげたい

喜んでもらいたい

気持ち的にはよく分かる

 

だけどこの方法で次女が動いた試しはない

 

だってゲームなら簡単にネットで買える

今は店頭に在庫がないことなんてザラにある

 

お店に出向いて探し回るのは時間の無駄

そう考える

 

食べたいお菓子は

ママに頼めば買ってきてもらえる

それを分かっているため

自分が外出する必要性は

ほぼほぼない

 

一番簡単に喜んでもらえる

物を買い与える行為は今ではそんなに希少価値はない

 

次女にとっては楽しい時間を削られる方が苦痛

その時間と引き換えにするほどのメリットはない

 

だからいつも主人と話しをさせると

軽いノリで軽い会話で終わってしまい

最終的に

『やっぱり行かない』と言われ行動に移らない

 

そしてその結果

やっぱり外に出たくない

出れないという結果だけが残ってしまう

 

このやりとりで

次女は”やっぱり引きこもりで外に出られない子”

という事実だけを残してしまい

無駄にレッテルだけを貼ってしまう

 

もうこのやりとりね

正直無駄なんだよ

 

だから何かで釣るような誘い方は

逆効果だからやらないでとお願いした

 

そうすると

『いつまで経っても

外出しない子のままじゃない?』って

心配するんだけど

 

私的には”いつまでも”はないと思ってる

だから『観察しよう、大丈夫だから』

っと伝えるしかないなかった

というより言い聞かせるしかなかった

 

不安は不安を呼び寄せる

だから親の私達が不安というフィルターを通して

次女を見ることは決してするべきことじゃない

 

本人が自分の意思で行きたいところを見つけ

出かけるんだと決めない限り

何も変わらない

 

そしてそう思えることが”今”はないだけ

そう 今はないだけで

この先もずっとないわけではない

 

次女にもこれをずっと伝えてきている

 

外出できない子じゃない

現に必要最低限の外出はできている

 

今はまだ外出したい心からの欲求

これが見つからないだけ

 

『なんでもいいよ

やってみたいな!

ここへ行ってみたいな!

そんな場所を見つけたら、教えてね!

いつでも大歓迎するから』

 

そう伝えるしかなかった

そして待つしかなかった

焦らせずその時が来るのを楽しみに待つ

 

これでいいと思っている

 

そして今年の9月

次女の行きたい場所がついに見つかり

家族4人で大阪まで遊びに行った

 

ほらね

外に出られた

 

自分の感覚を大切に

自分の快を優先し続けたら

ちゃんと見つけられたね

 

久しぶりの大阪への日帰り旅行

かなりドキドキしたけど楽しかった

 

家族4人一緒だと

全て楽しい記憶だね🎶

元不登校児 3年ぶりの試験 無事に終わりました😄

★3年ぶりの試験 赤点回避できた!

不登校児の長女

通信制高校のサポート校の生活を維持するため

3年ぶりに試験を受けた

 

3年ぶりの試験は

思いのほか楽勝だった!

 

長女は1週間で10教科を暗記

本人曰わく余裕だったよう

 

実際 先生からの個別の連絡がなかったため

全教科赤点を回避したことになった

 

正直な話

親の私の知る”試験”とは

ほど遠い”試験”がそこにはあった

 

全日制高校と通信制高校

はたまた通信制高校のサポート校

この3者の違いは大きかった

 

そもそも求めるものの差がデカかった

この差を私が理解していなかっただけ

 

長女を通して知り得るまでは

理解できていなかった

 

求めるもの

向かう先の違いが

ここまで大きいとは

 

単純に

求められること

必要になってくることの違い

 

たったこれだけのことだったが

自分の価値感の見直しが

またスタートした

 

私が知っている”試験”とやらは

サポート校には存在しない

 

そして私が知っている”試験”とやらは

もう必要とされていないものなんだと

理解した

 

授業で学んだこと

それらが理解できているのか

 

授業で学んだこと

それらが自分の知識として

使えるものになっているのか

 

そんなことの確認が

”試験”だと思い込んでいた

 

沢山の知識や情報を持ち

必要に応じてそれらを活用する

 

そのために常にインプットが必要とされ

小学校から高校、大学までと知識を詰め込んできた

 

知らないこと

分からないことがないように

いろんな事を学ばされてきた

 

そして沢山の知識を持っていれば

沢山の問題を解決できるんだと思い込んでいた

 

でももうその情報のインプットは必要ない

 

今はネット社会

ネットという膨大な知識の宝庫に

簡単に誰もがアクセスできる今

自分の頭の中に知識を詰め込むことも

知識の宝庫を持つ必要もない

 

使いもしない知識や情報を

いくらインプットしたとて

アウトプットする場は”試験”のみ

 

ワーキングメモリーの無駄遣いでしかない

 

サポート校での短期的な暗記=”試験”

これには意味があるんだろうか

そう感じてしまった

 

おそらく大した意味なんて

 

単純にサポート校に在籍するための条件

高校卒業資格を得るための条件として

”試験”があるだけ

 

勉強させることが目的じゃない

でもこれでいいんだと感じた

 

まぁ元々

サポート校は子供達に

勉強させる気なんてさらさらない

 

長女が通うサポート校は

ゲームを通じて

ゲームを足がかりとして

社会を体験させる場を提供しているに過ぎない

 

みんなそれぞれいろんな目的を持ち

さまざまな理由で

このゲームのサポート校に入学してきている

 

大学受験を考えて入学する子供なんて

そもそもいないだろう

 

入学前の個別相談では

大学の進学率も高いと説明を受けたが

とてもじゃないがサポート校だけの授業で

受験に挑むなんてことは考えにくい

 

試験自体が簡単だから

推薦枠に入れば大学への入学は容易かもしれないが

その先が厳しいだろう・・・

 

 

とりあえず長女にとって

大学なんてまったく眼中にないものだから

大学の進学率の説明なんてほぼ聞き流していた

 

教科学習も試験も

やりたくないけど

サポート校に在籍していたいからやる

これだけのこと

 

勉強ができるとかできないとか

本当どうでもいいことなんだ

 

そんなことが

ありありと味わえた

 

 

まぁ何はともあれ

長女は試験を全て通過した

 

これからも心置きなく

サポート校での生活が満喫できる

 

ちなみに

”試験”に対してそれほど重要視されていないためか

各教科が何点とったのかさえ

本人の申し出がない限り知らされないらしい

 

特に点数にこだわりはないが

3年ぶりの試験

どの程度できたのか知りたい

 

赤点回避が目標だったけど

点数ぐらいは知りたい

 

1週間でどの程度クリアできたのか

バロメーターを知ることは次に繋がる

 

催促しなくても

”知らせてくれよ”

って言いたかった

 

長女は催促するのがめんどくさくて

スルーした

 

でも今回の試験は良い経験になった

 

暗記が苦手だと思い込んでいた長女

自分にも多少の暗記は可能なんだと分かった

これが大きな自信に繋がった

 

やると決めたらやれる

暗記すると決めたら暗記できる

この体感が自然と自信に繋がった

 

赤点を回避したことで

次女に『○○ちゃんは頭いいの?』って聞かれていた

 

長女は『私は頭は悪くないよ』と応え

『やらんだけ!やればできるよ!』

って得意げな顔で返していた

 

このやりとりを見ていて

私は”しめしめ😏”って喜んだ

 

それだけ自分のこと理解していれば

何も心配はいらないね

そう感じた

 

今回の試験で

私の高校生の時の価値観と

今を生きる長女の世界の価値観との差を

マジマジと痛感した

 

”試験”はスクーリングや課外授業と

同じ立ち位置で

卒業するための必要な条件

ただそれだけのこと

 

卒業するための必要な条件の1つであるだけで

それ以上でもそれ以下でもない

 

学んだことをしっかり理解するとか

自分の知識として使えるよう定着させるとか

そんなこともう必要ないんだ

求められていないんだ

っていうのが分かった

 

今必要なのは

自分で課題を作り出し

それに対してどう答えを作り出すか

 

長女は自分の居場所を確保するために

試験を受ける必要があった

 

それに対して自分のできる方法で

自分のできる範囲内で試験に挑みクリアした

そして居場所をキープした

 

これが正解なのかどうかは関係ない

長女がこれでいいと感じれば

それでいいんだ

 

常に自分で課題を作り

常に自分で答えを作る

 

答えを自分で作り出すことに意味があり

このサイクルが人を強くする

 

このサイクルを回し続けるためには

ベースとして”自分はできる”という信念が必要

 

この信念さえあれば

後はどうとでもなる

 

”自分はできる”という信念の育ち方

でもね

今までの経験上感じるんだけど

 

この”自分はできる”っていう信念

2歳児の『敏感期』=『反抗期』を

親がどれだけ邪魔せずに

見守り寄り添えたかが鍵になる

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

protect-rich-mind-body.hatenablog.com

 

結局ここに戻ってくるんだよね

ここがベースになる

 

子供の2歳の『敏感期』の感覚を

どれだけ親が尊重してきたか

 

子供側からすれば

親にどれだけ尊重されてきたか

 

この時点での親子関係が一番のネックになり

その先に影響する

 

この時に『敏感期』を理解せず

子供を尊重できない親が

その先尊重できるようになるかっていったら

まず難しい

 

私のように問題にぶつかり

自分を省みる出来事がない限り

子供は生きづらさをかかえ成長する

 

それくらい重要なこと

 

安心できる場所があり

自分が生きていることを

何も疑わず肯定できることができれば

全ての体験がポジティブなものとして

受け止められる

 

そして自然とさまざまな体験を

子供自らが掴みにいき

遊びながら楽しみながら経験を積んでいく

 

そうこうしながら

”自分はできる”っていう自信と信念を

親の安全地帯の中で

ゆっくりと自由に

子供自身が作り上げていく

 

長女はようやく少し

このフェーズに入ってきた

 

私 よくがんばったよ!

本当 がんばってる!

 

このプロセスにはどうしたって親が必要

子供一人では”自分を信じる”信念なんて

そうそう身につけられない

 

親のバックアップを糧にし

親に見守られながら

信念が少しずつ形となる

 

この役目を親が未熟で放棄したり

上手く担えないと

子供は確実に拗らせる

 

私も上手く出来なくて

拗らせてしまっていた母親の一人

 

だからここ数年

娘達を2歳児と思い向き合ってきた

このプロセスは今もなお続いている

 

やりたいことをやらせ

あらゆる事を全肯定し受け入れる

 

結果として長女の成長する姿を目にすることで

間違っていなかった

これでよかったんだと腹落ちする

 

ちなみに娘達を全肯定するなかで

自然と自分自身をも

全肯定できるようになっていた

 

娘達を尊重するのと同じように

自分をも尊重することができる

 

娘達を大切にするように

自分をも大切にすることができる

 

これ一石三鳥だよね

 

未だかつてないくらい

私は自分が好き

 

長女の姿を見て

私は自分の中にある価値観に気づき

その価値観が本当なのかどうかを

自問自答する

 

長女の行動からも照らし合わせることによって

自分と長女の違いも

あるがままで受け入れられる

お互いの感覚の違いを楽しめる

 

どんどん新たな価値観に出会い

それぞれに新たな価値観が育ち始めている

 

子供を通して新たな世界を見るって

ドキドキもするけどワクワクも大きい

 

そんなわけで

相も変わらず2時間ぐらいゲームして帰宅する

マイペースな長女から新感覚を学んでおります😁

 

子育てというよりは

人間観察が好きなんだろうね

 

他の子供も日々何を考えて生きているのかな

そんなことが知りたいなって思うときが多々あるのは

私が好奇心が旺盛だからだろうか・・・

元不登校児 3年ぶりの試験📝

★元不登校3年というブランク?

ついに試験の日が来た

約3年ぶり

長女は3年ぶりに試験を受けた

 

中学では授業も試験も

何一つ受けたことはない

だから試験勉強の仕方も知らない

 

3年間好きなことだけさせてきた

興味のあることだけにフォーカスさせてきた

自己中に育ててきた!

 

できないこと

やりたくないことは

全てノータッチ

”がんばらない”をモットーに

生活してきた

 

興味が湧かないものには

何をどうしたって取り組めない

 

どんなに頭で理解しようとしても

集中できないし

楽しめない

 

そんな自分を否定するくらいなら

やりたいこと以外はやらなくていい

 

何もできなくてもいい

好きなことを楽しめるだけでいい

それで十分じゃないか

そう腹をくくった

 

長女も次女もそういった気質

変えることはできない

変えることじゃない

 

これが娘達なんだと受け止め

やりたいことにフォーカスし

無理させることは極力避けてきた

 

甘やかしではなく

できること・好きなこと・楽しいことを

素直に感じ続けられるように

育てると決めた

生かしていくと決めた

 

その結果

親子関係は穏やか

本人達の自己否定や劣等感は

最小限に抑えられ

比較的健やかに育っている

 

ただ当たり前だが

中学生並みの学力はない

 

勉強なんて何もしてきてないから

当たり前のように学力は落ちている

いや、ダダ落ち

 

そりゃそうだよね

何も学ばないから

何もないよ

 

かと言って

学力の遅れや低下を恐れて

無理矢理やらせてもなにもならん

時間の無駄

 

本人の意思がない限り

何したって

結局は自己否定や劣等感に繋がる

 

とは言え

口を酸っぱくして無理矢理やらせない限り

子供は学校の勉強なんてやらない

 

興味のないことには

本当に無関心だからね

これが現実だよ

 

だから長女に学力がないのは

当たり前のことで

そんなこと

長女は十分承知の上

 

それでも長女は当たり前のように

普通に試験勉強に取り組んだ

 

なんだやるんだ!?

 

自分で決めたことには

ちゃんとそれなりに責任を持つ

それを長女の姿が証明した

 

 

試験の約2週間前に

”試験対策授業”というものが

1日を通して行われた

 

朝の10時から15時ぐらいまで

みっちりと試験に対しての攻略授業

 

長女にとってはかなり長い時間だったため

『お尻が痛い~』

『疲れた~』ってぼやいてた

 

試験対策の授業では

試験に出る問題と解答のプリントが配布され

どのように攻略するかを学ぶ

 

簡単に言ってしまえば

効率の良い【暗記】方法を教わるってこと

 

先生がね

効率の良い暗記方法を教えるんだよ

生徒が赤点とらんように

それもフレンドリーに😄

 

長女からこの時の様子を聞いたとき

笑ってしまった

そしてホッとした

 

試験に対しての緊張感はほぼゼロ

長女にとってはこれがよかった

 

どうやって覚えるのか

頭文字だけ覚えるとか

語呂合わせで覚えるとか

記号だけ覚えるとか

 

先生らしからぬ教え方がまた面白かったようで

時間は長かったけど楽しんだみたい

 

 

でもね、正直思ったよ🤔

 

えっそんなんでいいの?

試験勉強ってそんな感じなの?

えっ通信制高校の試験って

そんな簡単なの?

 

自分の時を振り返ると

複雑な気分だった

 

私もっと必死に勉強してたよ

どこが出題されても困らないように

ちゃんと理解して覚えようとしてた

 

でも今はそうじゃないんだ

長女の場合はそうじゃないんだ

 

当たり前だけど

自分の過去と比較してもしょうがない

分かってはいるけど

それでいいんだ・・・

って拍子抜けする

 

とりあえず

試験の問題も回答も知らされて

点数の配分も知らされる

やることは

丸っと暗記するだけ

 

30点以下が赤点になる

31点であればセーフ

 

長女は赤点を回避するために

35点を目標に取り組んだ

 

万が一

赤点を取った場合には個別で連絡が届き

追試がある

 

追試はクリアできるまで何度でも

進級できる資格を取得できるまで

追試は続くらしい

 

”赤点クリアができるまで帰れません”

が続くんだよ🤣

 

これが”99%卒業できる”

と言われるサポート校の強みだろう

(憶測だが残りの1%は諦めた結果)

 

まだ赤点になっていないので

正直なところどんな流れかは分からない

 

とりあえず

本人が最後まで諦めなければ

逃げ出さなければ

先生が最後までサポートし

必ず進級、卒業させる

 

とまぁ そんな感じで捉えているわけで

親の私としては

試験さえ受けてくれれば

なんとかなると思ってる

 

赤点だろうが0点だろうが何でもいいよ

試験会場へ行って

試験さえ受けてくれれば・・・

あとは先生がなんとかしてくれる🤣

 

でもね

当の本人は違ったんだ

 

赤点を取って

先生とマンツーマンで指導される事の方が

長女にとってはしんどすぎて耐えられないって

 

そんなの超~恥ずかしいから無理って

カチコチに固まって

頭の中真っ白になって試験どころじゃないって

 

その状況だけは絶対に嫌だから

『赤点は取らん』って意気込んでた

 

自分のできる範囲内で

目標も自分ができそうなところを目指して

しっかりと暗記に取り組んだよ

 

滅多にペンなんて持たないのに

紙に文字を書きながら

ブツブツ言いながら暗記してた

 

試験に対して

”嫌だ~”とか

”もうやめたい~”とか

一切言わなかった

 

それだけで私としては

すげ~じゃん!って

褒めてあげた

 

やるって決めたらやるんだね!

できるんだね!って

言葉にして伝えた

 

暗記は苦手だから

最初少し不安がってた

 

でも試験対策授業を受けたら

やれるかもって感じたらしく

やるって決めたらしい

 

長女は好奇心や感情をベースに

物事を記憶するタイプ

 

単発的な暗記には意味が見いだせないため苦手

そして暗記すること自体にも興味がないため

やったことはなかった

 

それでも自分にとって

この試験が必要と感じた

だからやるんだと決めた

 

やれるんだ!

暗記できるんだ!

 

まじすげ~じゃん!

 

あんなに頑なに勉強してこなかったのに

たった1週間だけど

点数が取れそうなところに目星を立て

長女なりに戦略を立てて暗記したんだ

 

赤点に引っかからない程度に

目標35点以上

計算し計画し試験勉強に取り組んだ

 

マジえらいわ🤩

マジすごいわ😍

 

本人曰わく

私やれる!

自信満々!

 

子供って面白いよね

かわいいよね

 

試験までに2週間という時間があったけど

1週間で全教科暗記した

 

残りの1週間はいつもと変わらない生活を

送ってた

 

すげ~余裕だなって感心したもん

もう少しやらなくていいの?って

まだ時間残ってるよ

って言いたくなったよ

でもプレッシャーは与えたくなかったから

ぐっと堪えた

 

全10教科 1教科あたり20分

短時間だけど1日で10教科の試験がある

 

単純に考えれば試験自体は

難しくないんだろうけど・・・

 

1日に10教科って多くない?

これ普通なの?

ちょっとビックリなんですけど

 

3年間のブランクを考えると

長女にとってはかなりストレスじゃないのかな

 

とは言え

何を言っても仕方ないし

一気に詰め込めるんだよね

ちと心配だけど

長女はお構いなしだった

 

長女の中では

自分はできるって確信してるから問題なかったみたい

(あくまでも35点目標ね)

 

まぁそんな感じで試験が終わった

『簡単だったよ~』って

無事帰宅したよ

 

本人曰わく

『赤点は回避できたはず!』って満面の笑顔

 

この姿が見れただけで私は大満足

 

結果は今週末までには知らされる

赤点者には週末に追試が待っている

 

さて3年ぶりの試験

結果が楽しみだね

どれだけ点が取れたんだろうね

 

でもこれでわかった

 

長女に対して心配することなんて

何もないんだなって

 

やらなきゃいけないこと

本人にとって本当に必要だと

理解していることに関しては

なんとか取り組むんだってことがわかった

 

親があれこれ言わなくても

子供は子供でちゃんと自分の頭で

自分のできる範囲内で

本人なりに壁を乗り越えようとする

 

超えられるだけの力を付けたとき

目の前に壁が現れるんだな

 

3年というブランク???

何も感じなかった

っていうかどうでもよかった

元不登校児の長女 ただいま!絶賛夏休み中!

★元不登校児 ゆるやかにサポート校へ通う

不登校児の長女

4月から通信制高校のサポート校へ

自分の意思で入学し通い始め

今絶賛夏休み中?である

 

4月に入学し

もう一学期が終了

 

サポート校での生活スタイルに

親子共々慣れてきたと思いきや

ちょっとしばし小休止

 

ただいまサポート校自体が”お盆休み”

 

私も長女もあまりよく分かっていないのだが

サポート校には夏休みという長期的な休みは

どうもないらしい

 

7月の中旬に前期が閉講し

そのまま”夏期講習期間”へと突入

 

夏期講習期間は8月31日まで続き

通常とは少し違う時間割で動いている

 

ゲームの授業やゲームの大会

未受講の教科補習の授業

特別課外授業にスクーリングなど

いつもとは違う非日常的な時間が

サポート校には流れている

 

私はてっきり”夏期講習”という名前から

特別補習みたいな授業があるのかと思いきや

どうもそんな熱のこもった教科授業はなく

あるのはほぼゲームの授業のみ

そんな予想外の夏期講習期間

 

そして長女はほとんどサポート校へ

出向かなくなった

 

と言うのも

長女が専攻しているゲーム授業は

夏期講習期間中はどうやらいつもと内容が違うらしく

これがどうもクソ面白くないよう

(長女にとっては)

 

暑い中一生懸命行っても

さほど楽しめないのが目に見えているため

行く気が湧かない

と 言う理由でほとんど欠席

 

そのため長女にとっては

この夏期講習期間は実質

”夏休み”になってしまった

 

まぁこの暑さの中

自転車で駅まで走って行くのは

正直しんどかったから

 

内心ちょっとホッとしている

 

 

長女のサポート校への出席率は・・・

通信制高校と言えば自学自習が基本

いわゆる独学で少ない登校日数でも

卒業できることが最大のメリット

 

全日制の普通の高校のように

昼間学校へ行って

授業を受けるという形ではないため

週5で通うことはおそらくまずない

いや たぶんないだろう

 

ただ長女が入学したサポート校は

ゲームの専門学校のような所

 

ゲームの専門分野の学習と

高校卒業資格に必要な学びの

両方が得られる場所

 

学習カリキュラムは通信制高校を基盤にしているが

サポート校での生活は全日制の普通の高校と同じように

週5で昼間にしっかり授業時間が設けられている

 

ただあくまで通信制高校が基盤にあるため

出席しようが欠席しようが

遅刻も早退も全て自由

なんの縛りもなく

出席日数なんてものもない

 

この縛りのない

自由さを満喫するように

長女は自分自身と相談し

自分にとって必要な授業・受けたい授業

いろんなものを天秤にかけ取捨選択

 

全て自分で出席するかどうかを決めている

私は一切口出ししない

 

長女がサポート校に行くか行かないかは

長女が決めるまで分からない

 

なので少し気分屋な所もあるため

最終決定は前日の夜に下される

 

まぁある程度はこちらでも

長女の気分の流れや

体力を考えれば

おおよその見当はつく

 

私にとって行く行かないよりも

お弁当が要るか要らないかのほうが重要

こちらの方が気になってしまう

 

1限目から出席するのか

お昼からの3限目から出席するのか

 

何限目から出席するかによって

お弁当事情が変わってくるため

長女の予定が決まるまでは

ちょっとそわそわしている

 

まぁそうは言っても

長女のお弁当なんて

サラダとフルーツ

卵焼きと小さなおにぎりくらいなので

大変なことではない

 

それでも要らないって言われると

ちょっとラッキーって喜んでしまう🎶

 

なぜならお弁当作りは私にとって

ちょっとした頑張り事だから

 

まだ早起きしてまで作らなきゃいけない

頑張り事ではないため

精神的には楽だけど

 

ありがたいことに

長女の出発は早くない

 

長女は1限目から出席するとしても

9時半の電車に乗れば十分に間に合う

 

なので私は朝の自分時間を確保できる

 

長女のお弁当作りは

自分を満たしてからでも間に合うため

さほど負担にはなっていない

 

今までで初めて!こんなゆっくりな朝

長女が通うサポート校の1限目は

10時からスタートする

 

このゆっくりめのスタートが

私にも長女にもちょうどよかった

 

朝が苦手な子

遠方から通う子

朝の満員電車 など

さまざまな理由から10時スタート

 

さすが”サポート校”です

 

常に子供達の目線で

子供達に気を配ってくれる

 

これだけのことかもしれないが

この優しさが嬉しい

 

この優しさのおかげで

送り出す親の私は辛くならないし

長女自身も登校するのに

マイナスなイメージがない

 

長女も私も慌てて電車に駆け込む

タイトスケジュールは嫌い

 

かなり余裕を持って行動したいタイプ

なので9時に家を出発する

 

家から最寄り駅の駐輪所まで約10分

そして駐輪所から駅までの数分

二人で軽くおしゃべりし

ゆったりとした気持ちで

9時半の電車に揺られて登校する

 

この時間にもなれば

座れるほどガラ空きではないが

人と人との距離を

適度に保てるくらいには空いている

 

初めての電車通学で

朝の満員電車は嫌だなと考えていたから

ちょうどよかった

特別ストレスは感じていない

 

ただ電車の中は暇

つまらないと言われた

 

なので

YouTubeや好きな音楽を聞けるようにして

もっと快適に通学できるようにしたいと提案された

 

そして

退屈な時間を快適に過ごすためのツールとして

ヘッドホンの購入とスマホデータ使用量の制限解除を

要求された

 

それらで楽しく通学できるのなら大歓迎と許可した

そして今では電車の時間は快適になった様子

 

こういったことが

なんの躊躇もなく

言語化出来るようになったことが

私はうれしかった

 

あとは駅からサポート校までだが

ここの距離は歩いて10分もかからない

ちょうどいい場所にある

人通りも多いから安心

 

とりあえず

電車に乗ってしまえば

あとは電車が連れて行ってくれる

 

私から離れて

一人で電車に乗って通わせることに

多少なりとも心配はあった

 

でもそれは本当最初だけ

 

本人は一度一人で電車に乗って

行きたいところへ行けるということが分かると

自信がついたよう

初めての電車の遅延などにも動揺しなかった

 

 

長女は不登校児だったが

学校が怖いとか

人が怖いとか

そういった理由で不登校児に

なったわけじゃない

 

ただ実質不登校になったことで

外の世界とちょっと疎遠になっただけ

 

ほぼ家の中だけの世界で生きてきたから

親はおっかなびっくりでそわそわするものの

ずっと手を繋いで守ってあげなきゃいけないほど

もうか弱くはないんだと知った

 

去年の6月にサポート校と出会い

毎週ゲームをしに遊びに行っていた習慣から

本人も一人での通学にそこまで不安はなかったよう

 

いろいろ先廻りし

要らぬ情報や経験を持っている親の私の方が

ゴリッゴリに凝り固まった面倒くさい生き物だ

 

でもそんな私を中和させるようかのように

柔軟な子供の長女と次女がいる

 

長女はこれからどんどん

初めてを経験し

多くの壁にぶち当たる

 

でも長女はそれを

一旦ドシッと吸収するだろう

 

そしてそれを長女なりに長女のペースで

溶きほぐしていく

 

そんな気がしてならない

 

約3年間不登校児ということで

かなり頑張ることから遠ざかった生き方をしてきた

 

ゆるゆるで比較的穏やかな生活の中

生きてきた長女

 

そんな長女に特に何かを強いることなく

何の気兼ねなく

気負うこともなく

さほど生活スタイルを変えることもなく

通えているのがこのゲームのサポート校

 

長女は長女なりに

次女に負けず劣らず

自由に生きている

 

そしてそんな自由人でも

サポート校は受け入れてくれる

長女にとってとても相性のいい環境

 

あっそうそう

長女のサポート校への出席率を

計算しようとしたんだけど

よくよく考えたら出席した日数なんて

カウントしてなかった

 

大まかに把握しているのは

週に2、3回の登校

そして

1日だいたい2~4時間の滞在

 

電車の1ヶ月分の定期の元がギリ取れているかな?

くらいにしか登校していない

 

そして登校したと思ったらあっという間に

『今から帰るよ~』ってLINEにメッセージが届く

 

幼稚園児より滞在時間短いんじゃないのって

笑ってしまう🤣

 

だからこの7、8月で学んだ

 

夏期講習の期間は

定期は必要ないと分かった

来年は絶対買わない

なんなら通常でもICカードへのチャージで十分

 

この7、8月は5回も登校していないので

全く元が取れなかった

ちなみにこれには長女も罪悪感を感じていた

 

まぁこれも経験!

 

自分がどれくらい登校する予定があるのか

実際にどれくらい登校しているのか

定期の購入が本当に必要なのかどうかを

この際考えてみようっていう機会になった

 

とりあえず

新学期が始まる9月までは

家でのんびり自分時間に没頭している長女

 

9月には3年ぶりの試験というものにぶち当たる

 

さてどう乗り切るのかな?

楽しみだな🎶😏

今を生きている次女と先回りが得意な母に流れる時間

★自由気ままな次女を見て生まれた疑問

次女は毎朝不規則に一日をスタートさせる

夜型でもなく朝型でもなく

昼夜逆転しているわけでもない

 

特に決まった時間に起きて

決まった時間に寝る

というルールがないだけ

 

自然に目が覚めたら起きて

その時やりたいことをやる

お腹が空いたら食べたい物を食べ

眠くなったら寝る

 

とてもシンプルに

とてもナチュラルに

生きている

 

なんの変哲もない

規則性もない

ゆるやかな時間を生きている

 

これでもかって言うほど穏やかな時間が

次女には流れている

 

不登校児であることを自分で選び

今の生活を選んで生きている

 

肝の据わった

どっしりと構えた姿

 

そんな次女の姿を見ては

これで良かったんだと感じる一方

いつも未来を見て先回りしていた私は

本当にこれで良かったんだろうか?

とも疑問に思う

 

まぁいつも思考が行ったり来たりする

一貫性を貫くことが苦手な私には

よくありがちな思考パターン

 

先回りする癖が押さえられず

今に集中できないため

行ったり来たりしてしまう

 

常に先読みをすることが必要だと

教わってきた

 

いつだって将来のためにと

今を我慢して生きてきた

 

そんな私から見れば

ゆったりと今を生きている

なんとも落ち着いた次女の姿は

少々おっかなびっくり

不安を感じるのも当たり前ではある

 

なんせ私とは感覚が違いすぎる

 

先を見ず今をゆったりと生きている次女

そんな次女とは正反対に

せかせかといそいそと生きている私

 

同じ時間の中で生きているはずなのに

なぜこうも受け取る感覚が違うのか

 

自由気ままなゆったりとした姿を見ては

自分と違う価値観で生きている次女に

不安と焦りを覚える

 

あるがままの次女を受け入れると

決めたにもかかわらず

自分に流れる時間と比較しては

モヤっとしている

 

次女は次女

私は私

 

母親と娘 大人と子供 

区別し境界線を引こうとするが・・・

 

頭では分かってはいるはずなのに

 

要するに腹落ちできていないため

疑ってしまう

 

未来重視がスタンダードなため

今を生きる生き方に戸惑っている

 

次女を羨む感情と

私ばかり先読みし

私ばかり不安な感情をコントロールしようと

もがいている

 

そんな

私ばかり・・・という感情に

後ろめたさを覚える

 

この両方の感情が

セットで押し寄せてくる度

自分の器の小ささに嘆き

自分責めが始まる

 

おそらく私はまだどこかで

格好つけようとしている

 

次女を理解し

次女の生き方をまるっと受け止める

理解のある寛大な母親に

ならなければと思い込んでいる

 

でも本当にそんな寛大な母親に

なれるんだろうか?

 

というか

ならなければいけないんだろうか?

 

はたまた

次女はそんな寛大な母親を

私に期待しているんだろうか?

 

いや期待なんてしていない

 

良くも悪くも親なんて

存在しているだけで十分だ

 

我が家には”家族”という縛りがない

私が元いた家族は

とても”家族”という形に重きをおいていた

 

その家族は健全な家族ではなかったが

常に家族がチームであり、みんな一緒

そんな暗黙のルールが存在していた

そして家族とはそういうもんだと刷り込まれた

 

嫌々ながらも”普通”を強要する父親に

刃向かうことは出来ず

家族という輪を乱さないよう生きてきた

そこに私の意思はなかった

 

それが我が子の出現により

大きく感情が揺さぶられた

 

自分をズカズカと自由に表現する幼い子供

良くも悪くも私の感情を突いてくる

 

正しいとか正しくないとか

そんなことお構いなしに

あるがままの自然体な娘達

 

それを当時の私の間違った価値観が

自由で自然な姿を踏みにじった

 

我慢して親の顔色を窺いながら生きてきた自分を

賞賛するように

正当化するかのように

娘達にも同じ我慢を強いてきた

 

にもかかわらず

そんなクソみたいな母親でも

娘達は非難することなく

受け入れてくれる

 

私の生きてきた環境や背景を理解し

『今まで大変だったんだね、頑張ったね、』と

優しく受け止めてくれる

 

ついこの間まで小学生と中学生だった娘達

母親の頑張りを誰よりも理解しようとしてくれる

本当あり得ないくらいできた娘達だ

 

未熟な私にはなくてはならない存在

私のために生まれてきたんですか?って

考えてしまうくらい私の味方だ

 

次女は私を肯定させるために時間をくれた

娘達は私のクソみたいな価値観を

不登校とともにぶっ壊し

何が一番大切なのか

何が一番必要なのかを

考えるよう仕向けてくれた

 

私に自分の心に向き合う時間を

考える時間を与えてくれた

 

娘達は自分達の中に正しさを秘めている

 

それは他者から見た正しさとは違う

自分だけの正しさ

 

娘達と向き合う度に感じる

思い知らされる

 

誰にでも各々の正しさがあり

誰にでも各々に求めるものがある

 

のんびりとした時間の中で生きている次女も

せかせかとあたふたしながら先回りしながら生きている私にも

それぞれの正しさがあり求めるものがある

 

どちらも正しくてどちらも間違ってはいない

優劣をつける世界が間違っているんだ と

そう 教えてくれる

 

お互いに自分でその状態を望んでいるなら

お互いに別々の時間を生きていたっていいわけだ

 

自分だけの心地よさを追求し

自分だけの時間を大切にしている

ただそれだけのこと

お互いの時間の使い方を比較し

羨んだり焦る必要はない

 

私は私の時間を生き

次女は次女の時間を生きている

 

家族だからと

自分の過去と比較する必要はない

 

次女を私の基準に合わせる必要は

どこにもない

 

どんな生き方だろうと

どうとでも生きていける

 

次女を見ていると

自由気ままな引きこもりでも

十分生きていける

 

何も心配しなくていい

未来は今の延長線上にあるのなら

今を楽しく生きていれば

その先の未来も楽しく生きていける

 

そう思うことにした

そう考えることにした

 

私の未来を見据えて先回りする癖は

悪く言えば不安を生み出すだけだが

良く言えば先読みし予防線を張ることができる

用意周到な特技だ

 

でもそれは私の特技であるだけ

それだけのこと

 

次女との比較材料に使う必要はない

そして自己卑下する材料にする必要もない

 

どんな生き方をしている次女も

受け止めたいと望むのなら

どんな生き方をしている自分自身をも

受け止めてあげなきゃ!

まずは自分ファースト

 

そっかそっか

 

次女や長女を受け止めるのと同じように

心配性のあたふたしている自分も

”これが私なんだ”と諦めて

受け止めてしまえば丸く収まる

 

娘達を大切にしたいと思うように

自分自身も大切にしていいんだ!

 

それがまだできていないから

羨んでしまうだけだ

 

私は無理に寛大な母親になろうとしなくていい

不安いっぱいの先回り癖が得意な私でいい

 

”私は先読みができる母親だから”と

前置きして一緒に受け止めればいい

 

娘達を知ろうとすればするほど

知らなかった自分に気づく

 

否定する感情を全て無くせたら

どんなに楽になれるだろう

 

なんとなく次女から

”ママでも無理に変わる必要はないよ”

”できないものはママにだってできないでしょ!”

”それを認めて!”

そう 言われている気がした

 

次女はいつだって私に多くを求めない

次女への気遣いすら要らないと言われる始末

次女が私に求めるのはほんの些細なこと

 

今求められているのは

『この動画観て!この曲聞いて!』

『このゲーム一緒にやろう!』

これくらいだ

 

動画や音楽は一緒に共有できるんだけど

実は次女の好きなゲームは苦手

 

私はゲーム自体は好きだけど

RPGのゲームぐらいしかできない

要するに下手くそなんだよね

 

それにもかかわらず

次女が誘ってくるゲームは

アクションRPG

これ私にはマジむずい💢マジできん

 

で私の逃げ文句はと言うと

 

『アクション系はね~

マジでケツの穴がキュッってなるんだよね~』

だから

『できないよ~』って笑って逃げてしまう

これで見逃してもらう🤣

 

それでもわちゃわちゃしながら

ゲームしている次女の姿は楽しいから大好き🎶

 

一緒にゲームはできないけど

ゲームの公式サイトを一緒に閲覧したり

ゲームのBGMを一緒に聴いたり

私なりに一緒に楽しめることを探しては

次女との時間を共有している

 

自分の好きを知ってもらえたり

好きを共有できることって本当に嬉しいよね

安心できるんだよね

 

この気持ち 私はよく分かる

 

自分の好きなものを好きでいること

好きなことを”好き”と言える環境 って

マジで貴重で心のオアシスなんだよね💖

 

子供の”好き”はどんなことであれ

受け止めてあげたい

 

子供は親に受け止めてもらえるのが

一番嬉しい🤗