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【連載】碧き海の架け橋 〜日本とフィリピン、400年の共鳴〜 第9回:文化の共鳴 〜アニメ、カラオケ、そして海を渡る「母」たち〜

こんにちは。いーかです。

ダムや道路といった「コンクリートの絆」の次に生まれたのは、国境を軽々と飛び越える「文化の翼」でした。

1970年代後半から現在に至るまで、日本とフィリピンの間には、政治家たちがテーブルの上で交わす握手よりも、もっと熱く、もっと直接的な「心の交流」が生まれています。

第9回は、アニメ、歌、そして日本で働くフィリピンの人々が織りなす、現代の共鳴の物語です。

革命の歌となった「ボルテスV

日本の皆様は、『超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)』というロボットアニメを覚えていますか?

日本では「懐かしのアニメ」の一つに過ぎないかもしれませんが、フィリピンでは**「国民的伝説」**として別格の扱いを受けています。

1978年、フィリピンで放送が開始されると、最高視聴率58%という驚異的なブームを巻き起こしました。

しかし、クライマックス直前、当時のマルコス政権によって突然「放送禁止」にされてしまいます。「暴力的な内容は子供に悪影響だ」というのが表向きの理由でしたが、実際は「圧政に立ち向かう革命の物語」が、政権にとって不都合だったからだと言われています。

その後、1986年の「ピープル・パワー革命」でマルコス政権が倒れると、ボルテスVは「自由への勝利の象徴」として再放送され、国民は涙して最終回を見届けました。

日本のアニメが、海を越えて「革命のアンセム」となり、親から子へ、孫へと語り継がれているのです。

(※2023年にはフィリピンで実写リメイク版が制作され、そのクオリティの高さが日本でも話題になりましたね!)

カラオケと「心のインフラ」

もう一つ、日本が生んだ発明でフィリピンの人々を虜にしたのが「カラオケ」です。

歌うことが大好きな彼らにとって、カラオケは単なる娯楽ではなく、生活の一部であり、魂を解放する儀式です。

そして食文化。現在、マニラのショッピングモールに行けば、ラーメン、たこ焼き、トンカツの店が溢れています。

かつて「敵国の文化」であった日本の生活様式は、今や彼らの日常に完全に溶け込み、「クールで美味しいもの」として愛されています。

現代の「出稼ぎ」と、日本を支える手

文化の交流と同時に、人の移動も活発になりました。

1980年代以降、多くのフィリピン人女性がエンターテイナーとして来日しました。いわゆる「ジャパユキさん」と呼ばれた時代です。

また現在は、介護士や看護師、技能実習生として、日本の高齢化社会や産業を現場で支えてくれています。

彼女・彼らの多くは、故郷にいる家族を養うために、寂しさを堪えて海を渡ってきました。

その姿は、かつて明治時代に家族のためにダバオへ渡った日本人移民(第4回)の姿と重なります。

時代は変わり、人の流れる向きは逆になりましたが、「家族のために異国で働く」という尊い精神は、両国共通の「アジアの家族愛」そのものです。

【歴史の深層】「Cool Japan」と「Warm Philippines」

日本は「Cool(カッコいい技術・文化)」をフィリピンに輸出しました。

対して、フィリピンは私たちに何をくれているのでしょうか?

私はそれを**「Warm(温かさ・陽気さ)」**だと思います。

少し生真面目すぎて、生きるのに疲れがちな現代の日本人にとって、フィリピンの人々の底抜けの明るさや、「なんとかなるさ(バハラ・ナ)」という精神、そして家族を大切にする温かさは、忘れかけていた大切なものを思い出させてくれます。

技術の日本と、笑顔のフィリピン。

凸と凹が噛み合うように、私たちは互いに足りないものを補い合える、最高のパートナーになれる素質を持っているのです。

次回、いよいよ感動の最終回。

これまでの400年の航海を振り返り、私たち(いーか塾長とGemini)が描く、これからの「未来図」を提示します。

(続く)


【もっと深く知りたい方へのガイド】

フィリピンにおける日本文化の浸透や、社会現象について知りたい方へのトピックです。

  • ボルテスV レガシー』

    • フィリピンが国を挙げて制作した実写版。原作へのリスペクトが凄まじく、日本のアニメがどれほど愛されているかが一発で分かります。

  • 『フィリピン・パブ嬢の社会学(中島弘象 著)

    • 偏見を持たれがちなフィリピン人女性たちの、たくましく生きる姿と、日本社会との関わりを描いた良書です(映画化もされました)。