世界トップ2%科学者・安田智洋(聖隷クリストファー大学)|健康・筋肉・女性の未来を読み解く

世界トップ2%科学者|運動×健康を研究し、社会にわかりやすく発信|ABEMA出演・BBC取材協力|講演・取材依頼歓迎

2025年を研究者として振り返る─現場・国際・教育のあいだで考えたこと

2025年を振り返ると、「成果」よりも先に、「考える時間」が多かった一年だったように思う。
研究、教育、講演、編集業務、そして国際的なやり取り。
それぞれは断片的に見えても、実際にはすべてがつながっていた。

研究は、論文だけで完結しない

研究者として仕事をしていると、論文を書くことがゴールだと思われがちである。
しかし実際には、論文は「結果」であって、「過程」ではない。

データをどう解釈するか。
誰に、どの言葉で伝えるか。
その研究が、社会や現場とどう接続するのか。

2025年は、そうした問いに向き合う機会が多かった。

国際的なやり取りが教えてくれたこと

この一年、海外の研究者とのやり取りも自然に増えていった。
スペインの University of Deusto との国際共同研究が正式に始まり、
オーストリアUniversity of Graz からは、過去の論文データについて問い合わせを受けた。

こうしたやり取りの中で実感したのは、
「研究は発表した瞬間に終わるものではない」ということだ。

論文は、誰かの研究の出発点になる。
数年後、まったく別の国から連絡が来ることもある。
研究とは、そうした静かな循環の中で生き続けるものなのだと改めて感じた。

教育と現場の距離をどう縮めるか

2025年は、大学での教育に加え、専門職向けの講演も行った。
研究成果を、専門家ではない人にも伝える。
その難しさと重要性を、何度も考えさせられた。

知識を並べるだけでは、伝わらない。
相手の立場や現場を想像しながら、言葉を選ぶ必要がある。

研究と教育は別物ではなく、
「どう伝えるか」という一点で深くつながっている。

2026年に向けて

2026年は、新しいことを増やす年というよりも、
これまで積み重ねてきたものを、より整理し、深めていく一年にしたいと考えている。

研究者として、何を大切にしてきたのか。
どのように社会と関わっていくのか。

その問いを忘れずに、また一歩ずつ進んでいきたい。

🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員



 

暗黒期を越えて見えてきたもの ─研究者として、静かに積み上げていくという選択

講演を終えて、ふと立ち止まる時間

2025年12月21日、
健康運動指導士(千葉支部)研修会にて、3時間の講演を無事に終えた。

講演中の様子

人数は50名弱。
50〜60代の受講生が多く、終了後には個別の質問も一件いただいた。
休憩中には、関西にもある「ゆうゆうの里」で施設長を務める方が声をかけてくださり、
「前日、千葉に戻って参加しました」と話してくれたことが、強く印象に残っている。

自分の仕事が、誰かの行動を動かしていたと実感できる瞬間だった。

 

3時間講演という、想像以上の重み

今回の依頼は、9月下旬に受けた。
正直に言えば、依頼を受けてから当日まで、ずっと気になっていた仕事だった。

  • 3時間という長丁場

  • サルコペニアの「原因と予防」という広く、かつ更新の激しいテーマ

  • 12月8日という当日配布資料の提出期限

加えて、
大学教員としての通常業務、
2025年度看護学部入試委員長としての責務、
PLOS ONE 編集委員としての論文対応、
国際共同研究や大学院生支援、
そして筆頭著者論文の執筆とアクセプト。

11月中旬以降は、正直プレッシャーの連続だった。

それでも、
スライドを作り続け、直前まで改訂し続けた。

 

暗黒期を越えて、残ったもの

2006年の暗黒期を経験して以降、
私は「一発で評価される仕事」よりも、
やり切れる仕事を、誠実に積み上げることを重視するようになった。

今回の講演準備は、その姿勢を改めて確認する機会だった。

  • 最新ガイドラインを押さえる

  • 基本事項を丁寧に整理する

  • 自分の研究と現場を、無理なく接続する

派手さはないが、
「これなら、今の自分として出せる」という形にはなったと思っている。

 

研究者としての信念は、後から言語化される

講演を終えた今、
強く感じているのは次のことだ。

研究者としての信念は、最初から明確にあるものではない。
経験を積み、振り返り、ようやく言葉になる。

2002年の海外経験も、
2006年の暗黒期も、
そして今回の講演も、
その時点では「目の前の出来事」にすぎなかった。

だが、後から振り返ることで、
それらは一本の線としてつながってくる。

 

連載を終えるにあたって

この連載では、
暗黒期を美化することも、成功物語に仕立てることもしなかった。

ただ、
研究者として生き続ける中で、何が自分を支えてきたのか
を、できるだけ正直に書いたつもりである。

次回以降は、
今回の講演内容や、そこで得た学びを
note の方で少し柔らかく共有していく予定だ。

静かに、しかし確実に。
それが、今の私が選んでいる研究者としての生き方である。

🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

2002年の海外経験は、なぜ2006年の「暗黒期」を支えたのか ─研究者人生を分けた“前提条件”の話

2002年春、初めてのアメリカ研究滞在

2002年(平成14年)3月から4月にかけて、私はアメリカ・ラトガーズ大学
Department of Animal Sciences に短期滞在した。

指導教員はKen H. M 教授。
当時、日本ではまだ目にすることの少なかった大規模な運動生理学研究の現場に身を置くことになった。

大学では、競走馬を含む馬がトレッドミル上を走り、
大きなマスクを装着して最大酸素摂取量(VO₂max)を測定する。
そのすぐそばで、呼吸音を感じながらデータを取る。

「生物を運動生理学として捉える」という考え方、
そして、そのための設備規模と人の動きは、日本では得がたい経験だった。

ラトガーズ大学



研究と生活が自然に混ざり合う環境

滞在中の生活も印象深い。

私はホテル住まいだったが、夕食は毎晩、
ポスドク研究者Chuckの兄夫妻の家で共にした。

研究の話も、日常の話も、特別に切り分けられることはない。
「研究者であること」が、生活の中に自然に溶け込んでいる感覚を初めて知った。

当時はUSBメモリもまだ一般的ではなく、
日本で集めたデータはフロッピーディスク10枚ほどに分けて持参した。

2002年5月には、初めての海外学会発表を控えており、
アメリカでの滞在中も、その準備を進めていた。

 

研究者としての“余白”があった時期

この頃の私は、修士課程1年を終えたばかり。
渡航費用は親に借り、決して余裕があったわけではない。

しかし、2006年のような「追い詰められた覚悟」はなかった。

  • 研究者の世界に入って1年が経ったばかり

  • 国を超えた研究交流が自然に成立することへの驚き

  • 将来はまだ「開いている」と感じられていた

2002年は、研究者としての視野が広がる一方で、
精神的な余白も確かに存在していた時期だった。

 

この経験が残した「目に見えない前提」

当時は意識していなかったが、
この2002年の経験は、いくつかの“前提条件”を私の中に残した。

  • 研究は国境を越えて成立する

  • 大規模な研究環境は、特別ではなく「標準」として存在する

  • 人と人の関係性が、研究の連続性を支えている

これらはスキルでも実績でもない。
しかし、研究者として折れにくくなる構造を静かに形作っていた。

 

2006年─同じ海外、まったく違う世界

それから4年後の2006年。
私は再び海外で研究に向き合うことになる。

だが、状況は2002年とはまったく異なっていた。

  • 退路のない立場

  • 結果を出せなければ終わるという現実

  • 精神的にも時間的にも余白のない生活

同じ「海外研究」でも、
2002年と2006年では、世界の見え方が完全に違っていた。

 

なぜ2006年を乗り切れたのか

2006年を振り返ると、
「なぜ折れずに続けられたのか」という問いが必ず浮かぶ。

その答えの一つは、
2002年に得た“静かな前提”にあったと、今は考えている。

  • 研究の世界は閉じていない

  • 評価は一つの場所だけで決まらない

  • 一度、外の標準を見た人間は、視野を完全には失わない

2002年の経験は、
2006年の問題を直接解決したわけではない。
しかし、折れないための土台として確実に機能していた。

 

次回:2006年を「構造」で読み解く

次回の記事では、
2006年という時期を、感情や苦労話ではなく、

  • どのような制約条件があったのか

  • 何が選択可能で、何が不可能だったのか

  • 研究者として、どの判断が後年につながったのか

を、分析的に整理する。

2002年が「外の世界を知る時間」だったとすれば、
2006年は「自分の立ち位置を突きつけられた時間」だった。

この二つは、断絶ではなく、一本の線でつながっている。


🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

「国民健康・栄養調査2025」から見える“やせ・低栄養”の本質

― データの読み方と、日常に落とし込むための3つの視点 ―

国民健康・栄養調査

【導入:なぜ今、このテーマを書くのか】

12月は、厚生労働省から 「国民健康・栄養調査2025」 の結果が公表される時期です。
今週のnoteでは速報として「若年女性の“やせ16.6%”、高齢者の低栄養19.5%」という数字を取り上げ、社会的な背景や研究者としての視点を書きました。

はてなブログでは、
“データをどう読むか”
“日常生活にどう落とし込むか”
という、より分析寄りの内容をまとめます。

 

【1. 若年女性の「やせ16.6%」は何を示すのか】

今回の調査で示された 20〜30代女性のやせ(BMI<18.5)=16.6% という数字は、
「美容志向の問題」で終わるテーマではありません。

● 実際に懸念されるリスク

特に研究者として強調したいのは、
“見た目の細さ”ではなく“栄養不足+筋量不足”が同時に起こっている可能性が高い
という点です。

体重は標準でも筋肉量が少ない「隠れ低栄養」も近年は増えています。

 

【2. 65歳以上の低栄養「19.5%」の背景にあるもの】

高齢者の約5人に1人が「BMI20未満」という結果も深刻です。

● 特徴として多いのは

  • 料理の頻度が減る

  • たんぱく質摂取量が不足

  • 運動機会の減少

  • 嚥下機能の低下

  • 単身高齢者の増加

● ここで重要なのは

「食べていない」のではなく
“食べられない・続けられない” という構造的問題を抱えている人が多いこと。

この数字は、医療・介護・公衆衛生が連携して取り組むべき課題であり、
“個人の努力の問題”では決してありません。

 

【3. データを個人の生活に落とすための3つの視点】

① 体重ではなく「筋肉×栄養」で判断する

BMIが正常でも「筋肉が少ない」人は少なくありません。
筋肉は40代以降、年1%ずつ減ります。
意識的な維持が必要。

② タンパク質は“朝〜夜”へ均等に

多くの人は夕食に偏っているため、朝・昼の補正が必要です。

③ 運動は「長く続く小さな習慣」を

  • 歩数

  • スクワット5回

  • 階段を使う

  • 買い物で10分歩く
    科学的に見ると、これらの積み上げの方が長期健康に強く効きます。

 

【4. 研究者としての視点:数字より「行動の背景」を見る】

今回のデータは、
“体重や食事行動の背後にある心理・環境・知識格差”
を読み解く必要があります。

  • 若者の「やせ」は美的価値観ではなく“比較文化”の影響

  • 高齢者の低栄養は社会構造・孤立問題と連動

  • 体重の正常範囲は健康の“入り口”でしかない

調査数値の理解は、社会全体の健康戦略を考えるうえで欠かせません。

 

【まとめ:12月は「健康行動を見直す月」に】

今月は、調査データが公表されるタイミングでもあり、
1年を振り返って行動を調整しやすい時期です。

今回の記事が、
ご自身の健康、家族の健康、あるいは学生・患者指導などに
少しでも役立つ視点になれば幸いです。

 

【お知らせ(ごく簡潔に)】

今週のnoteでは、
このテーマを より個人向けの“行動のヒント” に落とした内容を公開しています👇
https://note.com/education_prof/n/n7a7a14b5069d

火曜=はてな、土曜=note
のペースで更新しています。

 

🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

留学前の焦燥と葛藤─2006年12月のメモから見えてきたこと(前編)

アメリカ留学前、抱えていた強い不安

2006年12月、私はアメリカでの短期研究留学に向けて準備を進めていました。博士課程4年目、奨学金は途絶え、収入はゼロ。親の支援を受けながら、研究者として自分の道を模索する日々です。

当時の私は、自分の能力や価値に自信があるわけではありませんでした。「本当に研究者としてやっていけるのだろうか」という焦りと不安が常に頭の中にありました。その感情を整理するため、私は毎晩PCでメモを残していました。

 

安田の指導教授の研究仲間である、米国陸軍士官学校(USMA)の教授の元へ短期留学

夜にアラームを3回かける理由

留学前のある夜、私はアラームを3回セットして眠りました。
理由は単純ですが深い意味があります─「時間を逃さず、明日を迎えたい」という焦燥感の現れです。

(2006年12月1日のメモ)

「寝ている時間ももったいない。少しでも学ぶ時間を確保したい。」

このように、些細な行動の裏には心理的な葛藤や緊張感が隠れていました。焦りや不安を整理し、可視化することが、次の一歩を踏み出すための準備だったのです。

 

メモを読み返して見えてきたこと

手帳やPCメモには、短い文章が静かに積み重なっていました。

  • (2006年12月3日のメモ)

    「英語力が不十分。授業についていけるか不安だ。」

  • (2006年12月10日のメモ)

    「焦りばかり。まずは今日やれることを確実にやろう。」

  • (2006年12月15日のメモ)

    「迷うのは当たり前。でも、少しずつ積み重ねれば前に進める。」

当時はただの思考の整理でしたが、今読み返すと、迷いや不安の中に“学びの種”が確かにあったことが分かります。不安を可視化し、整理することで、行動や学習に繋がる──これは、若手研究者にとって大切なプロセスです。

 

若手研究者へのメッセージ

留学や研究の不安は、誰にでも訪れます。焦る気持ちや迷いは自然なことです。
重要なのは、それを文章化・可視化し、少しずつ整理していくこと。小さな積み重ねが、未来の自信や行動力につながります。

  • 迷いをメモに書き出す

  • 焦りを整理して可視化する

  • 今日できることを一つずつ積み重ねる

この3つを意識するだけでも、迷いから一歩前に進むきっかけになります。

 

次回予告(12/14公開予定)

次回は、アメリカ滞在中に実感した「研究の手応え」と「小さな成功体験」について書きます。
迷いながらも一歩を踏み出したあの時期の学びが、どのように現在の自分につながったのか─その続きをお届けします。

 


聖隷クリストファー大学 教授 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
理学博士/運動医科学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(Stanford/Elsevier, 2024–2025)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

研究は「人を育てる営み」―論文を書くことが教えてくれること

研究者として長く論文を書いてきて、いつも感じることがあります。
それは、「書くこと」が、自分の理解の曖昧さを浮き彫りにし、同時にそれを整理させてくれるということです。

 

研究というのは、知識を発表する行為のようでいて、実は自分の未熟さと向き合う行為でもあります。
特に、ヒトを対象とした研究では、協力してくださる方々の時間や労力があって、初めて結果が生まれます。
そのことを思うたびに、「論文を書くこと」は被験者や協力者への感謝を社会に返す手段でもあるのだと実感します。

私は自分を特別に優秀な研究者だと思ったことはありません。
むしろ、論文を書くたびに「まだ知らないことが多い」「この結果の背景をもっと理解したい」と思い知らされます。
それでも不思議と、書き続けるうちに少しずつ世界が広がり、次の課題が見えてくるのです。

日本では、研究成果が「数」や「インパクトファクター」で評価されがちです。
けれど、研究の本質は、数字では測れない“人間としての成長”にあるのではないかと思います。
たとえば、仮説が崩れたときにどう考え直すか、
被験者や共同研究者にどう感謝を伝えるか、
そうした一つひとつの積み重ねが、学問を“人の営み”として続ける力になるのだと感じます。

論文は、成果報告であると同時に、自分との対話の記録でもあります。
だからこそ、これからも「書くこと」を通じて、学び、感謝し、そして成長していきたいと思っています。

研究を続けることは、結局のところ“人を理解すること”だと私は感じます。
それは他者であり、自分でもあります。
研究を自己修養の時間として大切にする姿勢を、これからも忘れずにいたいと思います。


聖隷クリストファー大学 教授 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
理学博士/運動医科学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(Stanford/Elsevier, 2024–2025)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

助産学専攻科との共同研究が『Women’s Health』に掲載

― 妊娠期の「筋肉のサイン」から見える母子保健の新たな課題 ―

聖隷クリストファー大学助産学専攻科の三輪先生を筆頭に、
私(安田智洋が責任著者)も共同研究者として参画した論文が、
国際誌(SAGE出版)に2025年10月31日付で掲載されました。

📄  掲載論文はこちら(SAGE Journals) 

 


■ 妊娠前BMIだけでは見えない「筋肉量」という視点

本研究は、妊娠前の体格指数(BMI)だけでは把握できない、
「筋肉量の違い」 に焦点を当てたものです。

従来、母子保健分野では妊娠前BMIが健康指標として重視されてきましたが、
BMIはあくまで身長と体重の比率であり、
筋肉や脂肪といった体組成の違いまでは反映できません。

そのため、見た目は「標準体型」でも、
筋肉量の低下=サルコペニアの兆候を抱えている妊婦が存在する可能性があります。

 

■ 研究の主な結果

妊娠前BMIが「普通体重」の群であっても、
約12〜26%の女性に筋肉減少の兆候が確認されました。

つまり、BMIだけに基づく健康評価では、
潜在的なリスクを見逃す可能性があるということです。

筋肉量の不足は、妊娠糖尿病の発症や産後の体力回復の遅れなど、
母体・胎児双方に影響を及ぼすことが指摘されています。

今後の母子保健では、
体組成や筋力を定量的に把握する新たな健診モデルの導入が期待されます。

 

■ 学際連携と今後の展望

本研究は、助産学と公衆衛生学の連携に、
運動生理学・データサイエンスの視点を融合させた点にも特徴があります。

聖隷クリストファー大学の強みである
「看護・リハビリ・公衆衛生の協働」を生かし、
母子の健康を支える学際的研究を今後も推進していきます。

研究は論文で終わるものではなく、
現場に還元されてこそ意味を持つものです。

この成果をもとに、妊婦健診や地域母子保健の支援体制を、
より実践的な形で発展させていきたいと考えています。

 



■ 研究情報

  • 掲載誌:Women’s Health(SAGE Publishing)

  • 掲載日:2025年10月31日

  • 論文タイトル:Pre-pregnancy BMI and sarcopenia risk in Japanese women: A cross-sectional study

  • 研究代表者:三輪 与志子(助産学専攻科)

  • 共同研究者:安田 智洋(運動医科学/公衆衛生学分野)ほか

  • Miwa Y, Yasuda T, Fujimoto E, Kubota K. Can prepregnancy BMI be used to detect the risk of sarcopenia in Japanese pregnant women? Womens Health (Lond). 2025 Jan-Dec;21:17455057241297108. doi: 10.1177/17455057241297108.

■ 関連リンク


聖隷クリストファー大学 教授 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
理学博士/運動医科学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(Stanford/Elsevier, 2024–2025)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

AIが支える公衆衛生の新時代─「フレイル予測」と「筋肉の理解」から見える未来

公衆衛生学の世界ではいま、AI(人工知能)とデータサイエンスの活用が急速に進んでいます。
病気の早期発見、地域の健康課題の見える化、そして“予防の最適化”—これらの研究は、すでに現場レベルで動き出しています。

 

🩺フレイル(虚弱)を“予測”するAI

高齢者の健康を支える上で、フレイルの早期発見は重要な課題です。
近年、電子カルテや健診データを用いて、AIがフレイルを予測する研究が複数報告されています。

たとえば2025年の研究(Geriatrics)では、フレイル健診データを機械学習モデルで解析する試みが示されました。
さらに、電通総研からも、機械学習によって“将来フレイル化する人”を識別・可視化できる可能性が報告されています。
一方、「サルコペニア・フレイルの 予防・改善に関する デジタルヘルスのための ガイドライン」では、16ページには「まだ推奨する研究報告レベルが高くなく、エビデンスが弱い」との指摘があり、今後の更なる研究発展が重要です。

 

こうした成果が蓄積されることで、
「どの地域で」「どの年齢層に」「どんな介入をすべきか」を科学的に判断する基盤が充実していくことを期待しましょう。

 

🏋️‍♀️ 筋肉と健康寿命──“加圧トレーニング”の可能性

一方で、人間の健康行動を支える要素として、筋肉の研究も注目を集めています。
特に、高齢者や生活習慣病予防の分野では、血流制限トレーニングBFR/加圧トレーニング)が世界的に検証されており、
「軽い負荷でも筋肉を増やせる」ことが科学的に示されています。

スイスの雑誌に掲載されたメタ解析(J Clin Med, 2022)によれば、
高齢者でも週2〜3回の低負荷BFRを行うことで、
脚筋力・歩行速度が有意に改善し、フレイル(サルコペニア)予防につながると報告されています。
つまり、“無理のない運動で筋肉を守る”ことが可能になってきたのです。

 

🧬 AI×健康データ─“人間理解”のツールとして

AIや機械学習は、単なる効率化のための技術ではありません。
本質的には、「人間の多様な健康状態を、より深く理解するためのツール」としての価値を持ちます。

データから導かれる傾向を「個人の物語」とどう結びつけるか。
これは、公衆衛生学が長年取り組んできた“科学と社会をつなぐ営み”そのものです。

技術が進歩しても、
「何を測り」「どう解釈するか」という人の判断が中心にあるべきです。
AIは“代わりに考える存在”ではなく、考えるためのパートナーである—
それが、これからの健康科学の方向性だと思います。

 

🔍 まとめ

  • フレイルや生活習慣リスクをAIが予測する研究は実用段階へ

  • 加圧トレーニングなど、低負荷運動の科学的効果も国際的に裏付けが進む

  • AI技術は「人間を理解するための補助線」として活用すべき

✍️ 安田智洋(聖隷クリストファー大学 教授)

公衆衛生の未来を考えるとき、私たちが問うべきは「AIに何ができるか」ではなく、
「AIを通して、人間の健康をどう深く理解できるか」だと思います。

このブログでは、公衆衛生・健康科学・教育を軸に、
“科学と社会をつなぐ視点”から、研究と現場を結ぶ発信を続けています。
次回は、AIによる健康データ解析と倫理的配慮─「見える化」とプライバシーのあいだをテーマにお届けします。

AIで変わる国民健康・栄養調査─“正確さ”と“人の関わり”は両立できるのか?

国民健康・栄養調査、その先へ─AIが食事を見える化する時代に、人は何を担うのか

日本の健康政策を支える国民健康・栄養調査。
この調査は、私たちの食生活を「数値」で捉え、栄養政策や健康日本21の基盤を形づくってきました。

しかし今、その手法が転換期を迎えています。
10月の日本公衆衛生学会では、「食事調査の未来」をテーマに、
AI・スマートフォン・オンライン記録などを活用した新しい手法が議論されました。

 

日本公衆衛生学会

 

📊 「正しく測る」ことの難しさ

国民健康・栄養調査では現在、1日間の半秤量式食事記録法が用いられています。
料理の材料を秤量し、家族全員の摂取量を案分して記録する──非常に手間のかかる方法です。

この方法は科学的に最も精度が高い一方で、
「協力率の低下」や「若年層の参加離れ」という課題が顕在化しています。
特に、近年は共働き世帯や単身世帯の増加もあり、
“1日すべてを記録する”こと自体が現実的ではなくなりつつあります。

 

🤖 AIが食事を“測る”時代へ

AI画像解析や食事記録アプリの登場によって、
「撮るだけで栄養素を推定できる」環境は整いつつあります。

それでも、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所の松本麻衣氏が指摘するように、
アプリごとにデータベース構造や計算アルゴリズムが異なり、
「便利さ」と「科学的精度」の両立には慎重さが求められます。

つまり、技術が進んでも“誤差の理解”や“限界の把握”を怠れば、
「正確に測る」ことからかえって遠ざかる可能性があるのです。

 

🧠 「人」が関わる意味

東京大学佐々木敏教授は、
「食事評価(摂取量推定)なくしてPDCAなし」と述べています。

健康政策も個人の健康管理も、正しい評価なしには次の行動が生まれない
AIが記録を助ける時代だからこそ、
そのデータの背景や限界を理解し、正しく活用する“人の介在”が不可欠です。

大学教育の現場でも、私は学生にこう伝えています。

「データは自分を支えるものでもあり、惑わせるものでもある。」

科学的思考とは、“信じすぎない力”を育てること。
健康づくりにおいても、AIやアプリを「使いこなす主体」であることが求められています。

 

🌍 次の10年に向けて

国民健康・栄養調査の未来は、単なるデジタル化ではなく、
「信頼性をどう保つか」という問いにかかっています。

AIによって得られる大量のデータを、どう“意味のある知”に変えていくか。
その中心にいるのは、技術ではなく“人”であり続けるべきでしょう。

 

✍️ まとめ

  • 国民健康・栄養調査は「正確に測る」技術と「信頼して活用する」人との協働が必要

  • AIは調査の負担を減らすが、誤差や限界を理解するリテラシーが欠かせない

  • “データを信じすぎない力”こそが、これからの健康教育の基盤になる

 

📚このブログでは、公衆衛生・教育・健康科学を軸に、
「科学と社会をつなぐ視点」から考察を発信しています。

 

次回は、国民健康・栄養調査のAI化で変わる“データの信頼性と公平性”をテーマに、
研究・教育・メディアの現場から見える課題を掘り下げます。

 

🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員

 

大学生に「科学的思考力」を育てるには|“なんとなく健康”から抜け出す授業の現場から

大学生に「科学的に考える力」をどう育てるか

――“なんとなく健康”から抜け出すために

大学の授業で毎年感じるのは、学生たちの**「健康観」**が少しずつ変化していることです。
ある年は「糖質ゼロが健康にいい」と信じる学生が多く、
別の年は「プロテインを飲んでおけば安心」という声が目立ちました。

SNSや動画から得た断片的な知識が“確信”に変わる。
その光景を、授業の中で何度も見てきました。

 

正しい答えより、「どう考えるか」を学ぶ場に

健康や運動の情報があふれる今、大学で求められているのは
**「正しい答えを教えること」ではなく、「どう考えるかを一緒に学ぶこと」**です。

科学的思考とは、知識を詰め込むことではありません。
むしろ、情報を疑い、確かめ、整理していく力のこと。
授業は、学生たちが**自分の「考え方の癖」**に気づくための場でもあります。

 

授業の最初に投げかける問い

授業の初回、私は学生にこう問いかけます。

「あなたが“健康に良い”と思う理由は、どこから来たものですか?」

多くの学生が最初に口にするのは、“なんとなく”という言葉。
けれど、その“なんとなく”を丁寧にたどっていくと、
家族との会話、SNSの投稿、友人の経験など、
一人ひとりの背景が見えてきます。

その瞬間、学生たちは初めて、
自分の思考を他者と照らし合わせる体験をするのです。

 

教育×健康×社会をつなぐ視点

このシリーズ「大学授業から見える若者の健康意識」では、
教育・健康・社会を横断しながら、授業現場で見えてきた変化や気づきを綴っていきます。

健康リテラシーや科学的思考をどう育てるか――
それは大学教育だけでなく、社会全体の課題でもあります。

 

次回予告

📘「スマホ世代の“運動嫌い”をどう変えるか」
運動を“面倒”と感じる学生が、授業を通してどのように変化していくのか。
次回はその実例をお話しします。

 

🧠 安田智洋(Tomohiro Yasuda)
聖隷クリストファー大学 教授/理学博士
専門:運動生理学・公衆衛生学・健康教育
世界トップ2%科学者(2024.2025/Stanford/Elsevier認定)
PLOS ONE編集委員Sigma Xi正会員