明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
約1年ぶりのブログ更新である。2025年は育児に苦戦してなかなか自分の時間を作れなかった。読書の機会もめっきり減ってしまった。
年末年始くらいは積読を消化せねばと手に取ったのが、昨年のノーベル経済学賞(以下、経済学賞)受賞者の一人であるフィリップ・アギヨン他著の『創造的破壊の力』だ。
というわけで、今回はこの本の簡単なメモと感想になる。なお、私はこの分野の専門家ではないので、素人目線であることはご容赦いただきたい。
意外だった25年の経済学賞
本の内容に入る前に、今年の経済学賞について簡単に振り返っておく。
今年の受賞者はジョエル・モキイア教授、フィリップ・アギヨン教授、ピーター・ホーウィット教授の3氏だった。授賞理由は「イノベーション主導の経済成長の解明(for having explained innovation-driven economic growth)」だ。
授賞理由を細かく見ると、モキイア氏とアギヨン氏&ホーウィット氏という感じで分かれている。前者は「技術進歩を通じた持続的成長の前提条件の特定」、後者は「創造的破壊を通じた持続的成長の理論」だ。
創造的破壊(Creative destruction)というのは、イノベーションで生じる経済の新陳代謝のこと。新技術の登場で既存の技術は古くなり、新しい企業が力をつけ、雇用や事業も古いものから新しいものへと「取って代わられる」。そうしたプロセスのことを指す。
ノーベル賞発表前にはXなどで受賞者予想が飛び交うものだが、今回は(私含めて)的中した人はいなさそうだった。(というか、18年受賞のローマーとかなり分野近いし、なんか昨年のアセモグルとかとも雰囲気近くね……)
経済成長の謎を探る旅
本の内容に入るが、まずイメージをつかむために第1章冒頭の文を引用する。
本書は経済史を通して世界を見る旅に出る。この旅では、創造的破壊というレンズを通して経済成長の謎を探っていきたい。
「経済史を通して」とあるように、本書では実際の歴史を踏まえて、イノベーションと経済成長の関係性を論じている。難しい数式の変形を追って迷子になる心配はない。また、単に理屈をこねくり回すのではなく、主張のほとんどはデータに基づく実証研究を根拠にしている。
本の分量はそれなりにあり、密度も濃い。ここでは気になった点だけに大胆に絞り込み、下記の流れで整理する。
- 創造的破壊と成長との関係(産業革命の謎とモキイアの研究)
- 創造的破壊は望ましいのか(雇用、不平等、幸福との関係)
技術だけでは成長につながらない
著者が論じる成長モデルは、シュンペーター理論の次の3つのアイデアが下敷きになっている。
ここで肝心なのは、技術だけで成長が起きるわけではないということだ。技術と制度が結びついて成長につながるというのがポイントである。
なぜ産業革命は中国で起きなかったのか?
本書ではこうした観点から、1820年ごろから起きた世界の急激な経済成長(テイクオフ)のメカニズムを説明している。

「いやいや、産業革命があったからでしょ?」と思われるかもしれない。だが、そのためには次の二つの疑問に答える必要がある。
第一に、産業革命以前の発明(車輪や印刷術など)と何が違ったために、前例のない成長をもたらしたのか。第二に、なぜ人口が大きく増加し、発明もあった中国ではこうした成長が見られなかったのか。
こうした疑問に答えようとしたのが、アギヨンと同時に経済学賞を受賞したモキイア氏である。彼は科学と技術が歩調をそろえて進化したことが産業革命の特徴だとした。この進化の土壌となったのが「制度」である。
当時の欧州では知的共同体である「文芸共和国」や百科事典が発展しており(知識の普及)、各国による激しい競争があった。特に英国は財産権の保護で先行していて、発明家の権利が認められていた。
ちなみにググってみると、下記のようなアンサーも見つけた。いろいろ要因は考えられるようだが、やはり英国の知的財産権についても言及がある。
創造的破壊は望ましいか?
イノベーションが経済成長にとって重要であることに異議を唱える者は少ないだろう。しかし、その影響は多角的な視点から考える必要がある。著者らは先行研究や自分たちの研究をもとに、予想される懸念に対してどういった答えが考えられるか提示している。
雇用を奪うか?
新技術には常に「雇用を奪う」という懸念がつきまわる。本書の中では、16世紀に発明された靴下編み機が「臣民から仕事を奪い、乞食に貶め、破滅に追いやる」(エリザベス一世)ことが懸念されたという興味深いエピソードも紹介されている。

シュンペーターの創造的破壊という概念そのものも、雇用が短期的に失われることを示唆している。技術の急速な進歩によって取り残される既存企業が出てくるためだ。
データは何を示すか。著者らの研究*1では、工場単位で自動化の度合いを計測し、数年後の雇用に与える影響を調べている。その結果、自動化率が1%上昇すると、雇用は10年以内に0.4%増えていることがわかった。同様の結果は、産業レベルでも得られたという。
この結果をどう解釈すべきだろうか。著者らは「自動化の推進は競争力を強化し、市場シェアの拡大、雇用の増加を伴う」としている。一方で、自動化が十分でない企業は撤退が必要になり、雇用が減ることになる。
格差を助長するか?
イノベーションは経済全体のパイを増やすのかもしれないが、不平等を加速させてしまわないか。著者らは見る不平等の指標によって結果は異なると主張する。
一つは、上位層への所得の集中度に着目するアプローチだ。実際のデータを見ると、イノベーションが活発な州ほど最上位1%の所得比率が高まるという、強い正の相関関係が観察される。
もう一つが、子世代の所得が親世代と同水準にとどまるかに着目するアプローチだ。「動的な不平等」、「社会的移動性」と表現される。社会的移動性が低い場合は、子世代と親世代との所得の相関が強く、「成り上がり」が難しいことを意味する。社会移動性が低い国は、国全体の所得格差も大きい関係にあることが知られている*2。
これまでの研究からは、イノベーションが社会的移動性を高めることが示唆されている。つまり、イノベーションは確かに「富めるものがますます富む」側面があるが、「成りあがる機会も増やす」側面があるということだ。
これは直観にもあまり反しない気がする。創造的破壊が生じれば、既存企業に代わって新規参入した企業にチャンスが回ってくる。著者らによれば、そうした新規企業は従業員の訓練や技術開発にも積極的に取り組む傾向にあるため、低スキル労働者であっても成り上がりのチャンスが出てくることもあるかもしれない。
幸福になるか?
雇用のところで、イノベーションにより一種の「勝ち負け」が生じることを見た。これは「創造的破壊」という二項対立(創造VS破壊)からしてもそうだ。
では、イノベーションは私たちの幸福度にはどう影響するだろうか。著者らは生活満足度などを聞いている世論調査のデータを用いて、創造的破壊との関係を分析している。
まず、創造的破壊が進むほど失業などの現在の不安が高まることが分かった。一方で、将来の生活満足度については明確にプラスの影響があることが示された。新技術により将来的に新しい雇用が生まれることを期待しているためだ。
目先の不安については、失業の影響を抑えるような政策対応によって緩和することが可能だと説いている。ここでは詳述しないが、デンマークの労働市場政策フレキシキュリティの有効性を著者は強く訴えている。
生成AIの影響や如何に?
以上、『創造的破壊の力』を読んでの簡単なメモ書きであった。本のごく一部を切り取ったメモになってしまったことはお詫びしたい。
メモついでに安直な感想を述べるならば、やはり生成AIの影響が気になるところだ。本書が出版されたのは21年(日本語は22年12月)。チャットGPTが世に出たのが22年11月ごろだから、本書には生成AIの話は登場しない。
生成AIは再び経済成長の「テイクオフ」を実現するだろうか。先進国各国が生産性の低迷に直面する現状では、楽観的な見通しを持つのはなかなか難しいかもしれない。
最後に、この本を読んで私は少し励まされた。私のような科学者でも技術者でもない文系人間にはイノベーションを生むことは難しい。だが、持続的な成長へとつなげていくには制度面での整備が重要だ。そういったところに、少しでも何か貢献していければよいのだが。
*1:
*2:
横軸に所得格差の大きさ(ジニ係数)、縦軸に社会的移動性の低さ(世代間所得弾性値)をとって先進国をプロットすると、きれいに右肩上がりになる。これは、格差社会を描いた物語として有名な小説の名前を冠して「グレート・ギャツビー曲線」と呼ばれている。

この記事の解説がわかりやすい。


