プラスチック米の旅行記

休日と有給を駆使して個人旅行しています。

タシケント空港は、空港に入るために2回セキュリティチェックがあった。

普段ならあとは帰るだけなのでゆっくり待つだけだが、今回は姓名逆の搭乗券なので、チェックインカウンターで説明をしなければならないという余計な手間をつくってしまっていた。
 だからカウンターが開くまでは、本当に落ち着かなかった。多分、乗せてくれるだろうとは思いながらも、面倒な係員に当たるかもしれないし、もし搭乗拒否されたら、エミレーツの当日か翌日の片道搭乗券を買うかとか、最悪の事態も考えながら過ごしているうちに、アシアナ航空のカウンターの準備が始まった。

長蛇の列になるまでに事情を説明する方が得策だろうと考えて、早めにカウンター前で待つことにする。そして、搭乗手続が始まると、4つのカウンターが開き、相手は女性の係員だった。

パスポートを渡しながら、正直に事情を説明すると、
『ah, given name and family name. Ok. Don’t worry 』
と言ってパスポートの名前のところを指でさしながら『逆ね』のジェスチャーをして、すぐに対応してくれた。その瞬間、何かが体から抜けたように身軽になったような感覚だった。

出国審査で顔写真を撮られ、荷物検査を経て、無事制限エリアに。
 ちなみに、出国審査では滞在登録の紙切れを持って並んだのに、全く聞かれることはなかった。他のブースでも見せている人はいなかったので、怪しい人や抜き打ち的な感じで見るのだろう。旅の途中でもらい忘れたという人も、あまり気にしなくていいように思う。
 逆に荷物検査は入念だった。多くの人が靴を脱がされたり荷物を開けられていて、プラ米はズボンのポケットをまさぐられ、小さなレシートが1枚出てきてしまった。笑顔で通してくれたが、あれは『俺は何でも見つけられるぞ』という、どや顔だった。

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制限エリアに到着して、最後のウズベキスタンビール。10日ぶりに姓名逆搭乗券の不安から解放されたビールは、どんなビールよりも美味しかった。

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制限エリアは、飲食もお土産も高いが、思いのほか充実している。

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免税の袋に入れてもらうのを忘れて、仁川の乗継の荷物検査で没収されたクワス。


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ウズベキスタンのアパレルブランド『7 SABER』。ロゴマークが日本語の『て』に似ていることから、一部界隈では有名になった。タシケントやサマルカンドでも見て、シャツでも買おうかと思ったけど、結局今回は買わず。生地もしっかりしていて質は良さそう。


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欧州や日本と違い、沖止めのバスのドアが開くと無秩序に群がる。


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で、下で待機させられる。カオス具合はまだマシ。


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機内食。


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日本時間に直すと、夜中の2時に出発して朝の8時に仁川に着く。その間、機内サービスとか色々やっていると、即寝られる人以外はほぼ徹夜。欧州便なら、最後の方にさすがに疲れてどこかのタイミングで寝るけど、寝そうになる頃には到着する感じで、帰りはしんどかった。海外旅行は近いから楽というわけではない。

仁川に着いたのが朝8時過ぎ。帰りの便まで6時間。とりあえず、寝れる場所を探して寝ることにした。一瞬目が覚めたりまた眠ったりを繰り返していたら、あっという間に12時になっていた。

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ビビンバや焼肉定食の良いにおいがしてきたものの、何となくパスタが食べたかったので、ガーリックパスタを頼んだら、これがまたパンチの効いたパスタで、にんにくの塊がゴロゴロ入っている。眠気も一気に飛んでいった。

今回も結局、韓国に入国せず。

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なかなか飛行機が来なかったが、韓国まで帰ってきているので、特に気にすることもなく携帯をイジって待っていた。

搭乗後も出発が遅れた。どうも関空が大雨らしく、関空には2時間近く遅れて到着した。関空からのバスも事故渋滞で、結局、家に着いたのは予想より3時間遅れになった。

というわけで、無事に帰ってくることができた。

元々の予定は中東か欧州だったが、円安と国際情勢の影響で、昔から行ってみたかったウズベキスタンに変更した。似たような国としてトルコが思いつくけど、トルコほど鬱陶しいほどのガツガツさはなくゆったり過ごせた。ただ、やはりネックなのは交通機関の不便さ。鉄道の本数、バスの少なさ、白タク。これさえこなせばウズベキスタンは楽しめると思う。

残すはサマルカンドからタシケントに戻り、一泊して日本に戻るのみ。

駅に戻るには、サマルカンド駅から乗った73番のバスに乗るのがいちばん安いが、旅行の終盤で疲れていたので、宿の前からヤンデックスでタクシーを呼ぶ。

タクシーの運転手は、ここにきて初めてロシア人っぽい人だった。無口ながら駅までは安全運転。ウズベキスタンに来て、タクシーに恵まれているのか、意外とみんな普通の運転(日本ならアウト)。

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サマルカンド駅構内。ソ連感のある柱と、明るいステンドグラスが印象的。

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構内は、他の駅より土産物屋や売店が若干充実している。

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アムダリヤ川をまたぐ鉄橋は見たけど、こんなかっこいい陸橋あったかな?。

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電光掲示板の表示。分かりづらいが電車の本数自体が少ないので、迷うことはあまりない。

サマルカンドからタシケントまでは、ブハラからサマルカンドの時と同じウズベキスタンの新幹線アフラシャフ号に乗った。前の座席には老齢のアメリカ人旅行者が、そしてプラ米の隣には、その夫婦が雇った若いウズベク人の通訳が座ってきた。

顔が会いお互い挨拶を交わすと、通訳の彼が『どこから来たんだ?』『ツーリストか?』と聞いてきたので、これはウズベク語を使うチャンスと思い、
『men yaponia danman』
と切り出すと、彼は目を丸くして驚き、
『ウズベク語しゃべれるのか!』
『少し』
という会話が続いた。

すると彼は周りのウズベク人に、俺の隣にウズベク語を話す日本人がいるぞと言いながら、近くの乗客に自慢し始めたのでかなり焦った。斜め前のおばさんも挨拶しにくるし、数秒会話しただけで、こんなことになるとは夢にも思わなかった。

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一等車ではパンとコーヒーが配られる。

隣の通訳は前に座るアメリカ人夫婦の世話をしながらも、自分にも話しかけてくれる。日本の写真を見せろというので、色々な写真を見せあい話をした。食いつくようにスマホの写真を見てくれたし、これから行くタシケントや途中通過する町々の話を聞かせてくれた。底抜けに明るい青年だった。今思えば連絡先でも聞いておけばよかったなあと思う。


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ウズベキスタンの鉄道は、今回の旅行中は全て定刻到着出発で、何なら欧州の近郊線より全然しっかりしていた。本数が少ないのはさておく。

列車がタシケント市内へ入ると、通訳はアメリカ人夫婦の荷下ろしのために、2人の大きなスーツケースと自分のボストンバッグを早いうちにドア付近に移動し始めた。一方で、自分は、ホテルの迎えが本当に来ているんだろうかと思いながらタシケント市街を見ていた。ヒヴァの田舎から列車を乗り継いで首都まで戻ってきた者にとっては、タシケント南駅、タカマチ駅と通り過ぎてタシケント北駅に入っていくあたりは、何となく品川から東京を走っているような感覚だった。列車は定刻通りに到着した。

ホームで荷物整理を始めるアメリカ人夫婦と通訳等と挨拶を交わして、1人出口に向かうと、すぐにホテル名を書いたカードを持って待ってくれているタクシーの運転手が目に入った。

駅からホテルまでの間、プーチン大統領が来ることもあり、ロシア国旗が至る所に掲げられていて、警察も多く見かけた。あとで聞くところによると、この日の空港は遅延が多かったらしい。そういうわけで、最終日も無事に宿に到着した。


最終日。

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ホテルで朝食を食べたあと、スーツケースを預かってもらい、夕方まで外出。

まずは、スーパーでばらまき用のお土産を買い足したりして過ごした。オロイバザールまで行き昼食を食べようと考えたが、ホテルの近くにセルフサービス式の食堂を見つけていたので、そちらに入った。

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トルコのロカンタ的な店。欲しいものを順番に取ったり盛ってもらったりして、最後はレジで払うシステム。ご飯やスープなどをもうちょっと欲しい時とかは『yana bitta(もういっぱい)』などの単語を覚えていると便利。必要な単語はどこの国でも似ているなあと、つくづく思う。

近所の人や仕事の休憩で入ってくる人が多く、外国人は皆無だった。


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昼食。ひたすらピラフを食べているようだが、味は異なる。

このあと、大戦後の日本人抑留者の墓地近くまで歩いてみたが、入り口が分からずに引き返した。多分、もっと奥だったのかも。

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軽い夕食。たまたま入ったのがトルコ料理店で、チャイが無料で付いてきた。

このあとホテルに戻り、スーツケースを受け取り、再びヤンデックスを使いタシケント空港に向かった。

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Registon Saroy Hotel の中庭。受付は地下にある。レギスタン広場に近く、ホテルまでに小さな商店やレストランがあり、立地はとても良い。

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このような路地を下るので、夜遅くになると街灯がほとんど無くかなり暗いが、他にも中小の宿泊施設が点在しているので外国人の通行も多く、それほど危なさは感じなかった。

まず朝イチで、サマルカンドツーリストインフォメーションセンターを訪れた。日本人スタッフと現地スタッフの方等で運営されていて、ここで現地発のツアーもたくさん申し込める(前日までには申し込みが必要)。また、ウズベキスタンだけでなく、タジキスタンなど近隣国へのツアーや情報も詳しく教えていただいた。

ウズベキスタンに入って、タシケント、ヒヴァ、ブハラと片言のウズベク語、ロシア語、英語で過ごしていたので、久しぶりに日本語で会話できたのも嬉しかった。

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↑家で撮影。

センターでは貴重なディナモサマルカンドのユニフォームなどのグッズを買う事ができる。ここに行ってユニフォームを手に入れるのを旅の後半の楽しみの一つにしていた。ちなみに購入は現金のみでした。

続いて、バザールやモスクを通り越してシャーヒズィンダ廟群へ。レギスタン広場と並んで、よく観光写真にも取り上げられる所。

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ヒヴァでもブハラでもタイルの色は一枚ずつ違うが、ここでも同じく絶妙な色使い。サマルカンドの史跡の規模は圧倒的に大きくなる。

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日差し強いのに、鮮やかな色を保ち続けるのは大変だろう。

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西欧よりかなり近い地域のはずなのに、もっと遠い世界にいる感覚。

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パンチングマシーンが流行りなのか、数台見かけた。ずっと見ていたら、お前もやってみろと勧められたが、絶対記録更新できるわけもなく笑われるだけなので断る。ウズベキスタン、声かけられそうと思ったら期待を裏切らず絶対誘ってくれるところは、トルコとかあの近辺と同じ💦。

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外国で日本とそっくりなナポリタンを見たの初めてかも。まさかウズベキスタンにあるとは。

この皿のデザイン最も見かけた気がする。今度行く機会があれば買って帰りたい。金箔がレンジに使えないので難点だが。

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ライブセットは動きそうになく、サマルカンドは近いうちに訪問しようと決意し、入場しなかった。

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訪れた順序は異なるが、ハズラティヒズルモスク。ここの建物はちょっと雰囲気が違った。


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天井の装飾がチベットかインドか、別の地域の要素も感じられた。

ここのモスクの北側の駐車場のところに無料のトイレがある。←助かった。

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グーリ アミール廟。個人的にはここの青の色が気に入った。

このあと、観光客があまり行かなそうな市街地をぶらぶら歩いてみたが、サマルカンドも他の旧ソ連地域と同じで、建物の区画が広く取られていてとにかく広い。久しぶりに歩き疲れた。最初からタクシーで遠めのところまで行き、そこから歩いて戻る方が良かったと後悔した。

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何の変哲もないビルも地味にソ連感を残している。
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ひたすら、この組み合わせ。

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トゥボルグはハイネケンなみにどこでも見かける。

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店内で飼われている鳥。やたらくちばしでつつき合っていると思ったら、どうもキスをしていたようで、結局こうなった。

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一仕事終えた後の食事。

このあと、ホテルから近い場末のレストランでもう一杯ビールを飲んでホテルに戻った。

ホテルに戻ると、フランス人の夫婦が中庭で、市場で買ったというウズベキスタンのワインを飲んでいて、一杯グラスについでくれた。フランス人も褒めていたし、確かに美味しかった。2人はトルコからウズベキスタンに来たらしく、日本にも行ったことがあると教えてくれた。かなり年配の夫婦で、あの年頃まで個人旅行できる元気に過ごしたいものだが、なかなか難しいだろうなあと思う。

楽しい一日を過ごしている間、実は翌日泊まる予定のタシケントのホテルからメールが来ていて、空き時間にやりとりをしていた。


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いくつかの文は省くが、大体こんな感じでやりとりをした。ようは、泊まる予定のホテルが水のトラブルで泊まれなくなったので、同系列の違うホテルに送迎するから到着する場所と時間を教えて欲しいとのこと。元々、チョルスーバザール近くに泊まる予定だったのが、タシケント南駅近くの場所になってしまった。立地が悪いのでキャンセルも考えたが、最後は帰るだけだし、メールの返信も速く親切なホテルだったので、送迎を頼むことにした。

しかし、何度もトラブルに遭っているから気にもとめなかったが、初めての一人旅のような場合なら焦っていたと思う💦。海外あるある事案だった。

つづく。

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