片道書簡のラブレター

大切な人を思い浮かべながら手紙を書きます。

2024-07-01から1ヶ月間の記事一覧

自己優先の重要性

人生の中で一番忙しく自分の時間が取れなかった時期を通り過ぎて、今は自分だけの為に時間を過ごしている。 今までは窮屈な毎日の自分が当たり前の日常になっていた。 仕事の時はお客さんの都合、家族の時は家族の都合、うまく帳尻を合わせて誰かの都合を優…

インドの女性と料理の関係

インドにて街中や外を出歩く女性は男性と比較すると圧倒的に少なく感じる。 男性優位の封建的な社会であること、カースト制の区分などの決まり事も複雑に絡みあっているのだろうと想像する。 事情はそれだけではなく、料理に大変時間がかかるので家にいて料…

南インド発の映画を見に行く

今日は異常な暑さで、部屋から出るのが怖かったけれどインド先輩に勧められた、マイスール発のチャーリーというインド映画を観に行くことにした。 マイスールから戻ってきたばかりなので、あの空気感をまだまとっているうちに観ておきたかった。 マイスール…

電話通話の終焉

電話が鳴るとビクッとする。 この数年前までは電話といえば仕事の上ではクレームや厄介ごとの事後処理や、親の介護の方面では施設で熱を出したとか、何かしらの緊急判断を迫られる問題の電話だったから。 そのころの大体の電話は思いがけない良くない知らせ…

夏の虫刺されについて

私は虫に刺されることはあまりない。 都会で生活していればせいぜい寝床のダニに食われるぐらいだろう。 子供の頃は平屋に住んでいたので家の中に蚊が入ってきた。 蚊取り線香を焚くぐらいでほかの対策は別段とらなくても十分であった。 母の故郷へ行くと、…

好奇心と食い意地

食べることは楽しい。 お腹が空いていなくても食欲がなくても、おいしい物が目の前にあったら、食い意地が出てくる。 食い意地の汚い奴。 私から食べる楽しみと取ったら生きる楽しみの75%位は無くなってしまうだろう。 食べることは好奇心の一つなのだ。 …

変わりゆく街の記憶 チカン注意

子供のころ家族で暮らしていた町に行った。 駅から家までの道、いつも通っていた道、たまに通る道、懐かしいようでいて随分変わってしまったような景色。 この通りは狭くて樹木も多く暗い通りだった。 昔昔、小学一年生の春、中学生ぐらいの男子に囲まれてパ…

暑い日のミニマム・クッキング

この暑さで食欲が湧いてこないのだけれど、突然おなかが減る。 買い物に行っても何を仕入れたらよいものか、献立のアイデアも浮かばず、料理をする気も起きない。 こんな時は面倒くさいので、一機に作り置きをしておいておなかが減った時に食べられるように…

暑さと冷えの葛藤

暦の通りまさに大暑ということで東京はエアコン無しに暮らせない。 ほとんど一日中を室内でコントロールされた温度の中で過ごす。 街の商店街も大型店舗もいつもより人気が少なく感じるのは皆家に閉じこもっているからだろうか? 東京に来た観光客もこの気候…

手洗いと天日干しの洗濯屋

朝6時から始まるインドのヨガの道場までホテルから15分ぐらいバスに乗る。 早朝5時30分ではまだ暗くまだ人々の動きはないけれど帰りのバスの窓からの景色で、地元の人たちの暮らしの断片を見るのが面白かった。 ある場所から洗濯場の広い作業場の脇を通る。 …

インスタグラム・エイジ

沢山の人たちと一緒に旅行して、ほどんどの人達は皆写真を撮ることに関して猛烈にまめなことに気が付いた。 一般的に女性はお写真を撮るのは熱心な人が多いが、今回はツアーの人達はどんな時でもお写真の時間をたっぷり取ってスマホで激写していたので,その…

旅の道連れ

旅に行くのに目的の方向性が一致している人達と行くのは楽しい。 今回の旅はヨガの聖地に行ってヨガをするのが目的であったので全員初対面の人であっても楽しく毎日を過ごすことができた。 毎日一緒にレッスンに通い、毎日ごはんを一緒に食べ、買い物に行っ…

軍服を着た関所

海外旅行で一番疲れるのは目的地までの飛行機移動。 チェックインと荷物預け入れ、そして手荷物検査、出国手続きと成田や羽田はスムーズだったが、インドの機内搭乗までの手続きは何度もボーディングパスやパスポートを見せなければ成らない関門が何度もあっ…

南インド料理

インド料理=カレーという既成概念がある。 日本で食べるインドカレーとナンは南インドでは見つけることはなかった。 南インドはお米が主食で長っぽそくてパラパラしたお米を使った、炊き込みご飯のビリアニ、炊いたご飯に牛乳やヨーグルトを揉みこんでおじや…

エアインディア機内事情

行きは成田からエアインディアでデリーまで国際線、そしてデリーからバンガロールまで国内線に乗る。 帰りはバンガロールからデリーへ国内線、そしてデリーから成田へ国際線に乗った。 機体はやはり古いのだろう。 古いと言うよりも客室設備の修理メンテナン…

非合理的な解

無意識の自分や、自動的に判断したり行動したりする自分、そんな自分が知らない自分がどんな人間なのかを知るためには、現在の環境からかけ離れた場所に行くのが手っ取り早い。 宇宙に出て地球を眺めるのは難しいけれど、海外に出て過ごすこと、積極的に現地…

インドのトイレ

インドのトイレについてインド旅行する前に日本人は心しておかねばならない。 まず、トイレットペーパーは3つ星以上のホテル、レストランなら外国人向けのお店以外では設置していないことを覚悟しておく。 しかもトイレットペーパーの紙質は良くない。 芯が…

マイソール宮殿内

今日はマイソール最後のヨガレッスン。 汗だくになって終える早朝レッスンは満たされた気持ちになる。 レッスンを終えた後朝ご飯を食べて、午後はマイソール宮殿の内部を見学しに行く。 内部は細部までお金のかかった細工、象牙による象嵌細工や大理石の床、…

マイソール、旅の最終日

日本を出発して随分経ったように思うが、マイソールは明日1日で終わる。 ヨガのクラスも明日の朝でお終い。 やっと馴染んできたご近所やホテルの従業員、バスの運転手、登場人物とは明日でお別れと思うと感傷的になってしまう。 次また会えるかどうかはわか…

カオスなインドの道路

インドの道路は無法地帯。 牛さんは悠々と道路のど真ん中を歩いているし、中央分離帯などでまったり座り込んでいることもある。 住宅地にもヒョッコリのっしのっしと歩いていたり、また飼牛のような牛も自分勝手に自由に散策、餌を探して雑草などモグモグや…

マイソールにて朝のルーティン

朝4時20分の目覚しで起きる。 鼻うがいをして、目薬を差しヨガウエアに着替える。 熱いコーヒーを少し啜って部屋を出ると、まだ外は真っ暗で人はいない。 このアシュラムに一緒に来た方たちは、先生と言われる方たちばかりなので、この場所は虎の穴なのだ。 …

マイソール朝ごはんの定番

南インドの朝ごはんはバラエティに富んだラインアップ。 日本ではカレーと一括りに言っているけど南インド料理と言いたい。 毎朝の定番、イドリというお米で作った可愛い蒸しパン。 お豆を発酵させて膨らませたドーナツ状の揚げパンのワダ。フワフワしたがん…

マイソールの目玉

マイソールといえば宮殿、インドの宮殿といえばマイソールパレスと言われるらしい。 ここに来たからには宮殿にいかない理由はない。 ましてや日曜祭日のみ日が暮れる頃からライトアップがある。 ライトアップは近代的な下から照らし上げるような演出ではなく…

マイソールのアシュラム

今日は今回の旅の最大目的のヨガ道場(アシュラムと呼ばれる)所へ朝4時半に起きて6時のレッスンへ向かう。 ヨガの先生ばかりのツアーなので皆さん知識も熱量もただならぬ方たちばかりで、私のような入門者は恐縮してしまう。 ドキュメンタリー映画の聖な…

一日の長い移動

国際便で東京からデリー、そこからバンガロールへ国内便へ乗り換えの時間が2時間あるかないかで慌てふためく。 家を出てからの一日は長かった。 ようやくホテルのベッドに横になったのは翌日の3時。 バンガロールのホテルのシャワーはなかなか熱くならずそれ…

エアインディアで諦めた事

今日は何十年ぶりかでJR成田エクスプレスに乗る。 エアインディアでデリーに行くために。 若い頃は少しでも安くと成田には京成ライナーに乗っていったものだが、今はできるだけ羽田発のフライトを選ぶようになったのは体の負担を節約したい年齢だからだ。 イ…

殺気立ったラッシュアワーの電車にスーツケースと一緒に乗車すること

久しぶりに成田空港発の飛行便に乗る。 成田空港へ行くのにリムジンバスか成田エクスプレスか京成スカイライナーのいずれか。 一番早くて乗り換え移動が少ないのはリムジンバスだが、あいにく住まいから最寄りの駅には無く、新宿発のバスに乗るか、成田エク…

日常を離れる

一日を取り留めなく過ごすのは簡単なことだ。 朝起きてコーヒーを入れて目薬を差し、トイレに行って体重測定をし、洗濯機を回し、片付けをしながら掃除機がけをして、食器を洗い、洗濯ものを干してメールをチェックし、新聞を読む。 ここら辺で一段落。 ゴミ…

ミニマム・サイズのパッキング

南インドの旅の出発までそろそろカウントダウンになってきた。 持っていくものをスーツケースに入れいく。 なるべく荷物は欲張らないように、かといって後から持ってくれば良かったと後悔しないように、あれこれシュミレーションしながらまとめていく。 私の…

共存共栄の境界線 悪は存在しない

悪は存在しないという映画を観にいった。 私たちの身の回りに起こりうる地域社会の発展と自然の没落についての小さな亀裂を見るようなお話だった。 自然と人間の共存共栄は混じり合って仲良くすることではなく境界線を守りあって配慮することなのだと改めて…