もう本でも読むしかない

仕方ないので本でも読む。SF・文学・人文・漫画などの書評と感想

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奈落の新刊チェック 2025年12月 海外文学・SF・現代思想・哲学・歴史・溺れる少女・おふとんの外は危険・隠喩としての病い・イギリス現代思想入門・脱走論・クィアな時間と場所で・沖縄社会論ほか

月初恒例と言いつつ最近はすっかり中旬更新となったこちらの新刊チェック、今月はぎりぎり上旬かと思いきやもはや中旬でしょうか。まあとにかく今月も面白そうな本が目白押しです。この記事を作っていて楽しいのは個々の新刊だけでなく、やはり各著者や訳者の過去の刊行物を拾っている時です。みなさまもどんどんリンクをクリックしてもらえればと思います。(ちなみにアフィリエイトではないです)

 

2012年に発表され、ブラム・ストーカー賞ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞を受賞したサイコロジカル・ホラー。アイルランド出身でアメリカ在住の作者は他にローカス賞世界幻想文学大賞も受賞している。入手困難だが他に『ベオウルフ: 呪われし勇者 (小学館文庫 キ 2-1)』の邦訳あり。訳者は他にスラデックチク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク (竹書房文庫)』を手掛ける。 

 

様々なジャンルで活躍する韓国の作家による奇想短編集。本作が初の邦訳となる。訳者は同文庫より刊行のチョン・ボラ『呪いのウサギ』、『ポン・ジュノ映画術: 『ほえる犬は噛まない』から『パラサイト半地下の家族』まで』など手掛ける。 

 

韓国の新世代作家によるクィア短編集。本作が初の邦訳となる。訳者の近訳書に『巫女 配信者シャーマンとハヨンの悪霊事件簿』『カウンターウェイト (ハヤカワ文庫SF)』『極めて私的な超能力 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』など。 

 

詩人としても活躍するアメリカの作家による、2017年に邦訳が刊行されていた長編が白水uブックス入り。やはり詩人を主人公とした小説。訳者は2025年に計5冊も訳書を刊行しており、他にパワーズプレイグラウンド』、カウフマン『アントカインド』、ララミ『ムーア人による報告 (エクス・リブリス)』、エヴェレット『ジェイムズ』。 

 

すべての見えない光 (ハヤカワepi文庫)』(同訳者により邦訳)でピュリッツァー賞を受賞した作家の2021年の長編。歴史と場所を超えて語り継がれる本の物語とのこと。訳者の近訳書に『ブリス・モンタージュ (エクス・リブリス)』『物語ることの反撃 パレスチナ・ガザ作品集』『ハーレム・シャッフル』『アクティング・クラス』など。 

 

カフカベケットと並び称される20世紀ロシアの「幻の作家」の選集が刊行開始。『ポトゥダニ川 (群像社ライブラリー)』『幸福なモスクワ (ロシア語文学のミノタウロスたち)』『チェヴェングール』などの邦訳が近年刊行されている。工藤順・古川哲編訳。 

 

19世紀ドイツで発見された謎の人物カスパー・ハウザーを題材にした小説が岩波文庫から。訳者の近訳書にシーラッハ『午後』、ヘッセ『シッダールタ (光文社古典新訳文庫)』、ラーベ『19号室 〈刑事トム・バビロン〉シリーズ (創元推理文庫)』『17の鍵 〈刑事トム・バビロン〉シリーズ (創元推理文庫)』、ホフ『牡猫ムルの人生観』ほか多数。 

 

ブローティガンが生前最後に残した、1985年に『ハンバーガー殺人事件』として邦訳されていた小説が改訳して文庫で復刊。近刊に『ここに素敵なものがある』『ブローティガン 東京日記 (平凡社ライブラリー)』など。訳者は他に『リー・ミラー: 自分を愛したヴィーナス』を手掛ける。 

 

かぐやSFコンテスト出身、吉川英治文学賞新人賞受賞、芥川賞候補作家の新刊。他に『箱庭クロニクル』『海岸通り (文春e-book)』『嘘つき姫』がある。 

 

創元SF短編賞出身作家の、同賞優秀賞受賞作を含む作品集。他の作品に『ギークに銃はいらない』。 

 

弔いのひ

弔いのひ

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ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作『ここはすべての夜明けまえ』でデビューした作者の二作目。 

 

8人の主人公を描いた2022年の単行本が文庫化。近刊に『ピエタとトランジ (講談社文庫)』『私は幽霊を見ない (角川文庫)』『ぼくは』『来世の記憶 (角川書店単行本)』など。下記記事もご覧ください。

藤野可織『ピエタとトランジ』 無敵の二人は変化に抵抗する - もう本でも読むしかない 

 

長編でも短編でもなく、コント、掌編、ショートショートなど様々な名前で呼ばれる「ごく短い小説」から日本近代文学史を考察する試み。他の著書に『小説家、織田作之助 (阪大リーブル71)』など。 

 

ソンタグの代表作が文庫化。近刊に『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』『写真論』『イン・アメリカ』など。訳者の近訳書に『チャーチル――不屈の指導者の肖像』『新装版 放浪者メルモス』、著書に『シャーロック・ホームズの世紀末』『文学の福袋(漱石入り)』など。 

 

資本主義リアリズム』で知られるマーク・フィッシャーを中心に、大衆文化と関わりの深いイギリスの現代思想を紹介する論集。レイモンド・ウィリアムズ、ポール・ギルロイ、レイ・ブラシエなど登場。
フィッシャーについてはこちらもどうぞ。

マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』 資本主義の外部はどこにあるのか? - もう本でも読むしかない 

 

イタリアのアクティビストは、「脱走こそ、唯一可能な倫理的選択にして合理的戦略である」と唱える。訳者は他に同著者の『フューチャビリティー: 不能の時代と可能性の地平 (叢書・ウニベルシタス 1101)』『大量殺人の“ダークヒーロー"――なぜ若者は、銃乱射や自爆テロに走るのか?』『第三の無意識: ウイルス時代の精神空間』も翻訳。ほか近刊に『蜂起』など。 

 

生誕100年を記念した?新たなドゥルーズ入門が平凡社新書より。著者の近刊に『ミルトン・エリクソン〈新装版〉: 魔法使いの秘密の「ことば」』『オッペンハイマーの時代 核の傘の下で生きるということ』『絶滅の地球誌 (講談社選書メチエ)』など。檜垣立哉による同タイトルのちくま新書もあるので注意。 

 

こちらは単行本で刊行のベルクソン入門。著者の共著に『ベルクソンー諸学と協働する哲学 (ワードマップ)』『人生の意味の哲学入門』など。 

 

フーコーの初期に見られ、後に退いた「狂気」のテーマを追求する。他の著書に『危険な人間の系譜-選別と排除の思想』『司法精神医学と犯罪病理』など。精神医学関連の共著・編著多数。 

 

デュシャン 運命のデザイン

デュシャン 運命のデザイン

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デュシャンの作品をタロットカードに当てはめて語っていくという異色のデュシャン論。写真家でもある著者の近刊に『ヒルマ・アフ・クリント』『写真論――距離・他者・歴史 (中公選書)』『現代色彩論講義 本当の色を求めて』など。

 

ベンヤミン関連書を複数刊行している著者による本格的な論考。近著に『燃エガラからの思考 記憶の交差路としての広島へ』『断絶からの歴史 ー ベンヤミンの歴史哲学』『ヴァルター・ベンヤミン: 闇を歩く批評 (岩波新書 新赤版 1797)』など。 

 

言葉では捕捉できない「情動」をキーワードに、脱構築精神分析を駆使してモダニズムのテクストを読む。他の著書に『情動とモダニティ: 英米文学/精神分析/批評理論』『日本表象の地政学: 海洋・原爆・冷戦・ポップカルチャー (成蹊大学アジア太平洋研究センター叢書)』『死の欲動とモダニズム―イギリス戦間期の文学と精神分析』、訳書に『心の革命――精神分析の創造』など。 

 

日本を代表するカント研究者による『判断力批判』の考察が文庫化(単行本は2017年)。近刊に『哲学史にしおりをはさむ』『極限の思想 サルトル 全世界を獲得するために (講談社選書メチエ)』『源氏物語=反復と模倣』など。訳書に作品社の『純粋理性批判』ほか三批判書、岩波文庫の『存在と時間』『全体性と無限』『物質と記憶』など。

 

80年代より活躍する批評家の選集が2冊同時刊行(1月に第3巻も)。近刊に『〈真理〉への勇気 現代作家たちの闘いの轟き』『ドゥル-ズ・映画・フ-コ-』『三島由紀夫とフ-コ-〈不在〉の思考』、訳書にシェフェール映画を見に行く普通の男 (エートル叢書 20)』など。 

 

映画監督2人と批評家による、演出をめぐる対話。濱口竜介の近著に『他なる映画と 1』『他なる映画と 2』、三浦哲哉の近著に『自炊者になるための26週』『サスペンス映画史 新装版』など。下記記事もご覧ください。

三浦哲哉『映画とは何か フランス映画思想史』 映画そのものの感動とは何か - もう本でも読むしかない  

 

「大都市規範(メトロノーマティヴィティ)」、「クィアな時間性」などの概念を提示したクィアスタディーズの重要著作が邦訳。他の訳書に『失敗のクィアアート 反乱するアニメーション』がある。訳者は他に『感情のアーカイヴ トラウマ、セクシュアリティ、レズビアンの公的文化』『柔らかな舞台』を手掛け、著書に『クィア・シネマ 世界と時間に別の仕方で存在するために』『クィア・シネマ・スタディーズ』がある。

 

ゴダールヒッチコックの作品を分析しつつ、フェミニズム映画批評の可能性を探る。他の著書に『映画と身体/性(日本映画史叢書 6)』、共著に『映画女優 若尾文子【新装版】』『男たちの絆、アジア映画 ホモソーシャルな欲望』など。 

 

イタリアの歴史学者が現在のガザについて語る。他の訳書に『一人称の過去 歴史記述における〈私〉 (ポイエーシス叢書 76)』『ポピュリズムとファシズム: 21世紀の全体主義のゆくえ』『ヨーロッパの内戦 炎と血の時代1914-1945年』など。訳者の著書に『ふたりの世界の重なるところ (シリーズ〈哲学への扉〉)』がある。 

 

ドイツ-イスラエルパレスチナ関係についての論集。浅田進史・板橋拓己・香月恵里編著。 

 

2024年に急逝した著者の遺稿集が一周忌を期して刊行。他の著書に『ヤンキーと地元 ――解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち (ちくま文庫)』、共著に『〈生活-文脈〉理解のすすめ:他者と生きる日常生活に向けて』『地元を生きる―沖縄的共同性の社会学』『最強の社会調査入門』などがある。 

 

2017年に刊行された単行本が、書きおろしを加えて文庫化。他の著書に『海をあげる』がある。 

 

美学者による、「性的である」ということの分析。他の著書に『なぜ人は締め切りを守れないのか』『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために (講談社現代新書)』がある。 

 

本来は別のものである「議会」と「民主主義」がいかに結びついたのか、その起源となったイギリスの事例から読み解く。著者の近著に『世界史のリテラシー イギリス国王とは、なにか 名誉革命』『君主制とはなんだろうか (ちくまプリマー新書)』、共著に『帝国で読み解く近現代史 (中公新書ラクレ 827)』など。 

 

古代からルネサンスまでの歴史を建築学の視点から語る。他の著書に『世界の夢のルネサンス建築』『盛期ルネサンスの古代建築の解釈』、訳書に『イタリア・ルネサンス建築研究』がある。 

 

ビザンツ帝国とその周辺についての2006年の単行本が文庫化。入手困難だが訳書に『ビザンツ帝国史 (文庫クセジュ 870)』などがある。 

 

講談社選書メチエより、ケルト研究の現在を知らせる一冊。他に『民衆画と詞書』『民衆画の世界: 欧州と東アジアを比較する』『ケルトの解剖図鑑』『興亡の世界史 ケルトの水脈 (講談社学術文庫)』など。 

 

2010年の単行本が文庫化。訳者は他にカルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』『世界は「関係」でできている: 美しくも過激な量子論』『規則より思いやりが大事な場所で 物理学者はいかに世界を見ているか』など手掛ける。 

 

2009年の岩波新書が文庫化。近著に『物語伝承論』『物語の近代――王朝から帝国へ』『後醍醐天皇 (岩波新書)』、編著に『説経節 俊徳丸・小栗判官 他三篇 (岩波文庫)』など。  

 

 

ではまた来月。

菊地章太『儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間』 儒・仏・道が混じり合う庶民信仰の世界

三つの宗教の複雑な関係を軽妙に語る

 

今回紹介する講談社学術文庫儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間』の著者、菊地章太は比較宗教学を専攻、またフランスでカトリック神学を学んでおり、東西双方の信仰に関する著作を発表している。本書もまた、儒教、仏教、道教という複数の信仰が混じり合った状況について書かれたものだ。

実は私は中華圏にそれなりの年月にわたり住んでいて、しかし、当地の信仰についてはわからないことが多いと思っていた。街中でよく見る寺院は道教のものに見え、でも仏像も祀られていたりする。ときどき孔子廟もある。寺院の前で合掌して頭を下げている人々をよく見るけれど、特定の信仰を持っているかというとよくわからない。

そのような印象を持っていたので、本書冒頭の一文には膝を打つ思いがした。

本書の著者と編集者は、大学でそれぞれフランス美術、フランス文学を学んでいた「フランスかぶれ」だったというところから話は始まる。

 

山崎さん(本書の担当編集者)が言うには、若いころはヨーロッパの文学や美術に関心があり、本を読んだり展覧会を見たりした。ヨーロッパにも旅行した。そうしているうちに、ヨーロッパ文化の大事な柱はキリスト教ギリシアだと思うようになってきた。さて、中年になってから中国の古典にも興味を持つようになったが、その根っこに何があるのか考えてみても、なんだか漠然としていてよくわからない。儒教なのか仏教なのか道教なのか、つかみどころがない。だからこの東アジアのなんともすっきりしないもやもやを解きほぐしてくれる本があったらいいのに、というのだ。
そんな本があるなら、まず私が読みたい。
やっぱり大それた企画である。でも西洋かぶれが東洋をちょっとのぞいてみたら、……という感じでなら少し書けそうな気が、そのときなにげなくしてきたのだから、その浅はかさがあだとなる。こうなったら浅はかついでだ。いちばん言いたいことを言ってしまおう。
東アジアの思想空間はシンクレティズムの花園なり。──これが結論。
シンクレティズムとは「ごたまぜ」という意味である。儒教と仏教と道教がごたごたまぜまぜになっている。純粋ではない。けれどゆたかさがある。そしてこれこそが宗教というものの現実の姿ではないか。
概論風の論述では退屈してしまうので、つまみ食いのように儒・仏・道シンクレティック思想空間に分け入ってみたい。
(「はじめに」より)


この部分で、私は一気に「これぞ私が読みたかった本だ!」と引き込まれてしまった。編集者の言うこの「もやもや」は、まさに私が中華圏での生活で感じていたことにも通じていると思う(私は中国の古典などには詳しくないですが)。

そして、実は東アジアにおいては、この「もやもや」してしまうような「ごたまぜ」こそが、本来の姿なのかもしれない。

なお引用部分の文章は、とても講談社学術文庫とは思えないくだけた文体で書かれていますが(すいません)、本書は全編を通じてこの調子で書かれているので大変読みやすいです。

 

シンクレティズムと「三大ピラミッド」

 

本書の第一章では、上記で語られたシンクレティズムについてより詳しく解説される。

シンクレティズムとは、もともとはヨーロッパの古代末期、地中海世界にオリエントの文化が入り込んだ時代についてよく用いられる言葉で、特にキリスト教ローマ帝国の国教となる以前における、諸宗教の乱立と融合を指す。

また、ヨーロッパの思想の根源となるキリスト教ギリシア思想についても、両者は最初から混ざり合っていたことが語られ、そもそも宗教の現実の姿はシンクレティズムなのではないかと述べられる。

ここで著者は、東アジアの宗教思想についてのわかりやすいイメージを提供する。

かつてオランダのチュルヒャーという中国学者が、中国における仏教と道教について提唱した「ふたつのピラミッド」というモデルがあるという。著者はこれに儒教を加え、「東アジアの三大ピラミッド」と名付けてみる。

共通する底辺を持ちつつも、頂点は別々である三つのピラミッドを想像してもらいたい。頂点に近づけば三者の違いは明確だけれども、底辺に近づくとその境界は曖昧になっていく。

このピラミッドの上層と下層は、そのまま社会の上層と下層を表す。つまり、社会の上層にいる人々にとっては儒教・仏教・道教は別々の宗教であるものの、庶民的な信仰のレベルに近づけば近づくほど、それらはシンクレティズムとして混ざり合っていくというのだ。

このイメージはとても鮮烈で、また私自身の実感とも合致しているように思え、とても印象に残った。

 

第一章で概論を述べた後には、いよいよ儒教・仏教・道教それぞれの話に入っていく。
先の引用部分のすぐ後には、本書の執筆方針として「章ごとに儒・仏・道の重点は少しずつ異なるけれど、儒教が中心になったら次の章は仏教かはたまた道教、というふうに心がけた」と書かれており、読者はまさに三つの宗教の間を行ったり来たりすることになる。

読み進めるうちに、だんだんどれがどの宗教の話なのかわからなくなり、ある意味では読者もこの三者の混交を体験できるというわけだ。

第二章では理想とされる親子関係にかかわる儒教道徳について。第三・第四章ではゾロアスター教ヒンドゥー教が仏教に与えた影響や、その仏教がインドから中国へ伝わる際に蒙った変化など。第五章では道教における「呪い」の考え方について……などなど、多彩な話題が次々と、軽妙に語られていく。

東アジアの思想空間をめぐる「ごたまぜ」の旅を、ぜひ体験してもらいたい。

 

そのうち読みたい

同じ著者による、三つの一神教についての本。合わせて読むとよさそう。

 

以下は同著者による、東アジアの宗教についての著書の数々。

 

次の一冊
pikabia.hatenablog.com

古代における宗教や思想の混交、シンクレティズムについて書かれた本では、以前紹介したこれが印象に残っています。

 

pikabia.hatenablog.com

こちらではルネサンスの時代における古代思想の復活と、ギリシア思想とキリスト教の融合について詳しく書かれています。

 

pikabia.hatenablog.com

中国哲学についてはこの本が面白かったです。

奈落の新刊チェック 2025年11月 海外文学・SF・現代思想・哲学・歴史・死者たち・夢遊の大地・絵画について・想起のトポグラフィー・セレブの誕生ほか

さあいよいよ年の瀬ですが、皆様2025年にやり残したことはございませんでしょうか。ないわけないですよね。今年もたくさんの面白そうな新刊をチェックしてきましたが、来年もチェックしていきたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。では11月分の気になる新刊チェックです。

 

現代ドイツ文学で最重要とも言われる作家の2016年作。1932年を舞台に、ハリウッドに対抗して日独合作の映画が制作される。他にデビュー作『ファーザーラント (ドイツ文学セレクション)』の邦訳あり。訳者はこれが初の訳書か。 

 

国書刊行会《アフリカ文学の愉楽》第二弾。モザンピーク出身作家の、映画化もされたデビュー作。訳者は他に『カランヂル駅――ブラジル最大の刑務所における囚人たちの生態』『移民の町サンパウロの子どもたち』など手掛け、編著に『ブラジルの歴史を知るための50章 エリア・スタディーズ187』など。(モザンピークはポルトガル語圏) 

 

平凡社のテーマ別アンソロジー、今回はユートピア文学。ユゴーモーパッサン、ド・リラダンからコンドルセタルドまで、小説ではない文章も収録。同シリーズの近刊に『障害文学短編集 (997) (平凡社ライブラリー 997)』『雪女・吸血鬼短編小説集 (平凡社ライブラリー995)』『中国奇想小説集: 古今異界万華鏡 (平凡社ライブラリー992)』など。 

 

国際ブッカー賞最終候補にもなった韓国の作家の異色短編集。訳者は他に『ポン・ジュノ映画術』も手掛ける。 

 

昨年、『無限病院 医院』にて初邦訳となった「中国SF四天王」の一角による2004年の代表作。訳者の近訳書に『蘭亭序之謎 上 大唐懸疑録シリーズ』『人之彼岸【ひとのひがん】 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』、編訳に『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー (ハヤカワ文庫SF)』『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』など。 

 

中国のノーベル賞作家の代表作が岩波文庫の上下巻で復刊(以前は『赤い高粱』『続 赤い高粱』という二冊だった)。他に『豊乳肥臀 上 (平凡社ライブラリー)』『白檀の刑 (上) (中公文庫 モ 9-1)』『犬について、三篇』『莫言の思想と文学: 世界と語る講演集』『莫言の文学とその精神 中国と語る講演集』など。訳者は他に『北京の風物: 民国初期』など手掛ける。 

 

創元SF短編賞出身作家の最新作は、異界に繋がる商店街の話。近刊に『宿借りの星 (創元SF文庫)』『奏で手のヌフレツン』『金星の蟲 (ハヤカワ文庫JA)』『るん(笑) (集英社文庫)』など。 

 

ブラザーズ・ブラジャー (河出文庫)』などで注目を集める作家の最新作。謎を秘めた寄宿学校の物語。近刊に『人間みたいに生きている (朝日文庫)』『ネバーランドの向こう側』など。 

 

本屋大賞にもノミネートされた作者の2023年作が文庫化。近刊に『春のこわいもの(新潮文庫)』『深く、しっかり息をして 川上未映子エッセイ集』『夏物語 (文春文庫)』『水瓶 (ちくま文庫)』ほか。 

 

Deluxe Edition (文春文庫)』に続く2022年の短編集が文庫化。ほか近刊に『ブラック・チェンバー・ミュージック上【毎日文庫】 (毎日文庫 あ 2-1)』『オーガ(ニ)ズム 上 (文春文庫)』など。
こちらの記事もどうぞ。

阿部和重『ニッポニア・ニッポン』 冷静な筆致で描かれる、歪んだ思考回路 - もう本でも読むしかない  

 

韓国文学を紹介する出版社クオンを立ち上げ、ブックカフェ〈CHEKCCORI(チェッコリ)〉をオープンした人物による著作。他に『ちぇっくCHECK+ 創刊号: まるごとチョン・セラン』がある。 

 

「締め切り」を切り口に現代社会の構造を探る哲学的試み。他の著書に『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために (講談社現代新書)』、編著に『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』がある。 

 

ジル・ドゥルーズ講義録」シリーズの第一巻。1981年に行われた、絵画についての講義を収録。近刊に『尽くされた』『哲学の教科書: ドゥルーズ初期 (河出文庫)』『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』(同訳者による)など。訳者の近訳書にンベンベ『黒人理性批判 (講談社選書メチエ)』、ベケットどんなふう』、アルトーロデーズからの手紙 (アルトー・コレクション 1)』など。訳者近著には『パガニスム: 異教者のエティカ』『アンチ・ダンス 無為のコレオグラフィ』『非有機的生 (講談社選書メチエ)』など。

 

同じくドゥルーズの初期ヒューム論が初めての文庫化。訳者は特にハイデガー研究などで知られた木田元。 

 

カントに厳しく批判されたカントの弟子が師を批判し返した一冊。他の邦訳に『人類歴史哲学考(一) (岩波文庫)』(全5巻)『人間形成に関する私なりの歴史哲学 (マテーシス古典翻訳シリーズ III)』など。訳者の他の訳書に『力 美的人間学の根本概念』、著書に『「われ感ず、ゆえにわれ在り」の美学-ドイツ啓蒙主義における「感情」と「感覚」の系譜-』がある。 

 

マルクスフォイエルバッハ田辺元などに立ち返りながら、「生むこと」の思想を批判する。他の著書に『高群逸枝の夢』がある。 

 

多くの著書をもつグラフィックデザイナーによる、「かたち」の人類史。近刊に『ZERRO[ゼロ] 増補新装版: 形に魅せられて集めた記号・暗号・符号・文字など 121項目の観念部品型録』『書物とデザイン』『グラフィック・ビートルズ』『宗教とデザイン』『戦争とデザイン』など。 

 

ホロコーストの記憶をいかにして留めるかについて、文化論・都市論の視点から考える。これが初の単著となる。訳書にアライダ・アスマン『想起の空間 文化的記憶の形態と変遷 新装版』『想起の文化: 忘却から対話へ』、ヤン・アスマン『文化的記憶 古代地中海諸文化における書字、想起、政治的アイデンティティ』『エジプト人モーセ 〔ある記憶痕跡の解読〕』などがある。 

 

これまで『欧州の排外主義とナショナリズム―調査から見る世論の本質』『ナショナリズムと政治意識~「右」「左」の思い込みを解く~ (光文社新書)』などを刊行している著者による、ナショナリズムの詳細な入門書。 

 

フィリピンにおけるろう者の歴史から、「聞こえる社会」を問い直す。著者にとって初の著書となるもよう。 

 

イリノイ大学の教授による、2024年刊行のジェンダー史入門が邦訳。訳者にとっては初の訳書のようだ。 

 

解釈学、構造主義、ナラトロジーなど、様々な種類のテキストについての「読む技法」を改めて紹介。著者近著に『樋口一葉赤貧日記』『同性愛文学の系譜 日本近現代文学におけるLGBT以前/以後』『生きるために読む 死の名言』など。 

 

1978年の革命に始まる現代イランの歴史が中公新書で。他の著書に『戦争の記憶と国家――帰還兵が見た殉教と忘却の現代イラン』『イランにおける宗教と国家 -現代シーア派の実相-』、共著に『『サトコとナダ』から考えるイスラム入門 ムスリムの生活・文化・歴史 (星海社 e-SHINSHO)』など。 

 

19世紀、ロシア帝国支配下ポーランドで生まれた言語学者による、マイノリティと社会問題についての論文集。訳者は他にバーリンロシア・インテリゲンツィヤの誕生 他五篇 (岩波文庫)』、『赤いナデシコ《職業革命家》ア-シャの回顧録』、『ヤコブソン・セレクション (平凡社ライブラリー)』など手掛け、著書に『生きることとしてのダイアローグ: バフチン対話思想のエッセンス』『言語学のアヴァンギャルド (叢書記号学的実践 31)』など多数。 

 

2020年単行本の文庫化。日本史上3人目の公許女医であり、その後ドイツに留学した高橋瑞の評伝。著者近著に『明治のナイチンゲール 大関和物語 (中公文庫)』『月経と犯罪: “生理”はどう語られてきたか』、編著に『国境を越える日本アナーキズム』『社会運動のグローバルな拡散: 創造・実践される思想と運動』など。 

 

国史の大家が残した「アジア史」についての論文を集成。ほか近刊に『素朴と文明の歴史学 精選・東洋史論集 (講談社学術文庫 2689)』『大唐帝国-中国の中世 (中公文庫 み 22-24)』『アジア史概説 (中公文庫 み 22-23)』『水滸伝 - 虚構のなかの史実 (中公文庫 み 22-22)』など。 

 

ウィーナーから始まり、多彩な分野に影響を及ぼしたサイバネティックスの全容を網羅した決定版。著者の近著に『〈情報的世界観〉の哲学:量子コンピュータ・メタヴァース・生成AI』『ヴァーチャル社会の〈哲学〉――ビットコイン・VR・ポストトゥルース』、訳書に『ニュースピークからサイバースピークへ―ソ連における科学・政治・言語―』など。 

 

近代の始まりとともに登場したセレブリティの歴史と、社会との関わりについて。著者は雑誌『アナール』の編集長も務めた。松村博史・井上櫻子・齋藤山人訳。 

 

スプラッター映画の魅力の背後に資本主義世界の生を見る研究。原題は『Splatter Capital』。訳者の近訳書に『天界の戦い (扶桑社BOOKSミステリー)』『スティーヴン・キング大全』『ブッカケ・ゾンビ (扶桑社BOOKSミステリー)』、近著に『ホラー小説大全 完全版』『怪異猟奇ミステリー全史(新潮選書)』『スティーヴン・キング論集成: アメリカの悪夢と超現実的光景』ほか多数。

 

ではまた来月。

『フィツジェラルド短編集』 代表作「氷の宮殿」「バビロン再訪」など収録の傑作集

野崎孝訳による、フィッツジェラルドの代表作を集めた短編集

 

さて、今回紹介するのは新潮文庫から出ている、野崎孝訳によるフィッツジェラルドの短編集『フィツジェラルド短編集』(表記に注意)なのですが、実はフィッツジェラルドの短編については過去にも紹介しております。

 

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上記記事で紹介した小山高義『若者はみな悲しい』とこの『フィツジェラルド短編集』は、どちらもベストセレクションと言える内容ですので、これからフィッツジェラルドの短編を読んでみようかなという方はどちらを手にとってもよいと思います。

名作グレート・ギャツビーと通じる世界を描いて人気が高いと思われる2篇「The Rich Boy(金持の御曹司)(お坊ちゃん)」「Winter Dreams(冬の夢)」は、両方に収録されているので安心です(上記の記事で紹介しています)。

そして、下記記事では野崎孝と小山高義(そして村上春樹)による訳文を比較しておりますので、どちらを読むか迷う方はぜひ参照ください。

ざっくり言うと、野崎訳の方がクラシックな味わい、小山訳の方が現代的な読みやすさがあると思います。

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さて、『グレート・ギャツビー』に通じるような、20世紀初頭アメリカの裕福な青年を描いた傑作「The Rich Boy」と「Winter Dreams」については最初にリンクを貼った『若者はみな悲しい』の記事を読んでいただくとして、今回はそちらには収録されていない傑作を紹介することにしましょう。

 

氷の宮殿(The Ice Palace 1920年発表)

主人公はアメリカ南東部ジョージア州に住む19歳のサリー・キャロル・ハッパー。裕福な家に生まれたサリーは地元の生活や友人たちとの関係に満足しつつも、北部ノースカロライナ州出身のハリーと婚約する。

サリーを憎からず思う幼馴染は「ヤンキー(北部の人間)」なんかと結婚するなんて、と嘆くが、サリーは南部の穏やかだが停滞した暮らしから抜け出したくなったのだ。

 

「そうなのよ、クラーク。それにあなたはこの町が好きだし、変化を望んでもいない。ものを考えようとしないし、前進したいとも思わない。そうでしょ?」
彼は頷いた。サリー・キャロルは手をさしのべて、それを彼の手に重ねた。
「クラーク」彼女はやさしく言った。「わたし、あなたに変ってほしいと言ってるわけじゃないのよ。今のままのあなたってすてきだと思う。あなたの中にあって、あなたを駄目にしそうなものを、わたしはむしろ、これから先も愛し続けると思うの。過去に生きているところも好きだし、昼も夜もあくせくしないでいつものんびりしてるところも好き。そして何事にも無頓着で鷹揚で」
「でもきみは行っちまうんだろ?」
 「ええ――あなたと結婚するのは無理なんだもの。わたしの胸の中にはあなただけの場所があって、そこには他の人を絶対に入れなかったんだけど、でもこの町に縛りつけられるとなるとわたし、落着いていられなくなりそうなの。きっと、なんていうかなあ――自分がいたずらに磨り減ってゆくような、そんな気がするんじゃないかと思うのよ。わたしには二つの面があるのよね。一つはあなたの好きな、睡たそうにしてる古いわたしだけど、同時に一種のエネルギーみたいなものがあって、これがわたしに思い切ったことをやらせるの。わたしのこういう面が役に立つような場所が世界のどこかにあるかもしれない、そしてわたしがもうきれいでなくなったときでも、こういう面はなくならないで、それまでと同じように役に立つのじゃないか――そんな気がするのよ」
(「氷の宮殿」より)

 

サリーが、訪ねてきた婚約者ハリーとともに墓地を訪ねるシーンは印象的だ。サリーは南北戦争で死んだ南軍の無名戦士たちの墓の前で涙ぐむ。サリーは彼らが「この世でもっとも美しいもの」のために戦い、死んだのだと考え、はっきりと言葉にはできないものの、「ああ、ハリー、ここには何かがあったのよ、たしかに何かがあったのよ! あなたにわかってもらうことはできそうにないけど、でもあったことに間違いないわ」と告げる。サリーはここで、北部出身のハリーに、どうにかして自分の育った世界のことを知ってもらおうとするのだ。

この短編は、一人の女性の恋愛と結婚の物語でありつつ、同時にアメリカの南部と北部の違いについての物語となっている。この後サリーは婚約者とともに北部ノースカロライナへと向かい、そこで様々な経験をする。そこは彼女が育った南部とは別の世界だ。

読者は主人公の目を通して、それを経験することになるだろう。

 

バビロン再訪(Babylon Revisited 1931年発表)

フィッツジェラルドと言えば、アメリカとヨーロッパが空前の好景気に湧いた1920年代の作家であり、「ギャツビー」を始めとした、その時代を鮮やかに描いた作品で特に知られている。その中でこの「バビロン再訪」が重要なのは、これが1929年に始まった大恐慌の時代、「祭りの後」を描いた短編だからだ。

35歳のアメリカ人である主人公チャーリーは、1年半ぶりにパリを訪れている。リッツ・ホテルのバーでかつての友人たちの消息を聞いても、故国に帰ってしまった者たちばかり。好景気の終わりとともに、パリに集っていた外国人たちはそのほとんどが去ってしまったのだ。

 

チャーリーは、パリがまるで空っぽ同然になってるのを知っても、実は、それほどがっかりしなかったのだけれども、リッツ・ホテルのバーがひっそりとしてるのはいかにも異様で、不吉な感じさえもした。もうアメリカ風なバーではなくなっている──ひとりでにマナーに気をくばったりなんかして、いわば自分のうちにいるような気がしないのだ。もとのフランスのバーに戻っているのである。この森閑とした空気は、タクシーを降りたチャーリーが、ホテルの従業員入口のところでボーイを相手に雑談しているドアマンの姿を見たときから感じたことであった。ふだんの彼なら、八面六臂の活躍をしているはずの刻限なのだ。
廊下を通ってくるときも、かつてはやかましいほどにぎやかだった婦人用の化粧室から、たった一人、それも退屈そうな声が聞こえたばかりであった。廊下からついと曲がってこのバーに入った彼は、昔からの癖で、まっすぐ前を見すえながら二十フィートほどの緑の絨毯の上を足早に歩いていったが、カウンターの下の足かけのレールを片足でふまえて振り返った。そうやって部屋の中を見渡した彼の目にはしかし、片隅で拡げていた新聞の紙面から、二つの目がちらりとこちらを見上げるのが見えただけであった。チャーリーは、マスターのポールがいないかと思って尋ねてみた。ポールは、あの株価が上昇を続けた強気市場の後期には、特別に注文して作らせた自家用車に乗って出勤してきたものであった。もっとも、最寄りの街角で車を降りるだけのたしなみは失ってなかったけれども。そのポールがしかし、今日は田舎の自宅の方に行っていて、代りにアリックスがいろいろな消息を知らせてくれるという。
「いや、もういい。近頃は自重してるんだ」チャーリーは言った。
アリックスは、そういうチャーリーをほめ上げながら「二、三年前にはずいぶんお盛んでしたけどねえ」と言った。
「大丈夫、この習慣を守ってみせるよ」チャーリーは言った「もう一年半以上も続いてるんだ」
(「バビロン再訪」より)

 

チャーリーがパリに戻って来たのは、とある事情により、義兄夫婦の家に預けていた娘を迎えに来るためだった。

プラハで事業に成功し、酒も絶ったチャーリーは、今こそ娘との生活を取り戻そうと義兄夫妻の家に向かう。しかし義姉のマリオンは、チャーリーの過去の行状から彼を信用しておらず……

景気の良かった時代と現在とのパリの変化とともに、かつてのパリを謳歌したチャーリーという一人のアメリカ人男性の物語が徐々に語られていく。

時代の変化と人間の変化、変わるものと変わらないものの有様が、悲哀をもって描かれた忘れがたい短編だ。

 

 


なお、文庫で手に入るフィッツジェラルドの傑作集には、村上春樹訳によるフィッツジェラルド10 傑作選』もあります。収録作など、詳しくは下記の記事をどうぞ。

pikabia.hatenablog.com

奈落の新刊チェック 2025年10月 海外文学・SF・現代思想・哲学・歴史・ペンテレージア・侵蝕列車・月光の仕事・ネクロポリティクス・哲学のホラー・ポストヨーロッパほか

 こちらの新刊チェック、新刊というからには以前出ていたものの文庫化や復刊よりも、初めて出た本の方を前に出して紹介するようになんとなくしているのですが、しかし考えてみれば大半の読者にとっては、文庫化や復刊で目の前に現れた本は新しい本なのだと思います。出会った時が読み時。そして手に入らなくなった本を新たに刊行してくれる出版社のみなさまありがとうございます。というわけで10月の気になる新刊チェック。

 

 ハリウッドの大プロデューサーを主人公としたフィッツジェラルド未完の遺作の、村上春樹により新訳。ほか近刊に『村上春樹 翻訳ライブラリー ある作家の夕刻 フィッツジェラルド後期作品集』『フィッツジェラルド10 傑作選 (中公文庫)』(いずれも村上訳)など。
フィッツジェラルドの訳文比較はこちら。

『グレート・ギャツビー』冒頭の翻訳3種類を比べてみた 野崎孝・小川高義・村上春樹訳 - もう本でも読むしかない 

 

19世紀ドイツの劇作家クライストの悲劇が新訳で。過去には1991年岩波文庫、2020年論創社単行本あり。近刊に『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇 (岩波文庫)』など。訳者の近訳書にゲーテ若きヴェルターの悩み/タウリスのイフィゲーニエキットラー書き取りシステム1800・1900』、編著に『ノモスとしての言語 (シリーズ ドイツ語が拓く地平 3)』共著に『ハインリッヒ・フォン・クライスト──「政治的なるもの」をめぐる文学』などがある。 

 

 『侍女の物語』でおなじみアトウッドの、1977年の初の短編集。1989年に出ていたものの復刊となる。邦訳の近刊に『ペネロピアド 女たちのオデュッセイア (角川文庫)』『老いぼれを燃やせ』などがある。訳者の手掛けた近刊にショーン・タン『遠い町から来た話』『クリーチャー 絵、スケッチ、そしてエッセイ』、ルシア・ベルリン『楽園の夕べ ルシア・ベルリン作品集』『すべての月、すべての年 ――ルシア・ベルリン作品集 (講談社文庫 へ 11-2)』など。訳者の近著に『死ぬまでに行きたい海 (新潮文庫 き 52-1)』などがある。 

 

 2024年に発表されたばかりの、イギリスの新鋭のデビュー作であるスチームパンク小説。訳者は『ウィッチャー カラスの十字路 (ハヤカワ文庫FT)』『ウィッチャー 嵐の季節 (ハヤカワ文庫FT)』などウィッチャーシリーズを手掛け、ほか近訳書に『TOUCH/タッチ』など。 

 

 他に『いずれすべては海の中に (竹書房文庫)』(同訳者)『新しい時代への歌 (竹書房文庫)』が邦訳されているSF作家の2023年の短編集。訳者の近訳書に『シナバー 辰砂都市 (創元SF文庫)』『折れざる槍 (創元推理文庫)』『いろいろな幽霊 (海外文学セレクション)』など。 

 

 翻訳家でもある幻想小説作家の、出産を題材にした最新作。近刊に『遠の眠りの (集英社文庫)』『鏡のなかのアジア (集英社文庫)』(芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞作)、近訳書『キャンディハウス』『あたらしい名前 (ハヤカワepi文庫)』『地下鉄道 (ハヤカワepi文庫)』などがある。 

 

 1993年にデビューし2度の芥川賞候補となった、文芸批評家でもある異色作家の自選傑作集が国書刊行会より。近作に『変声譚』『幽明譚』など。文芸批評の著作に『推薦文、作家による作家の』『はじめての文学講義――読む・書く・味わう (岩波ジュニア新書)』『未完の小島信夫』などがある。 

 

 2002年に刊行された、ブローティガンの翻訳者による評伝が文庫化復刊。近刊に『新装版ペルーからきた私の娘』『砂漠の教室: イスラエル通信 (河出文庫 ふ 20-1)』『イリノイ遠景近景 (ちくま文庫 ふ-54-2)』などがある。訳書の近刊にはモリソン『タール・ベイビー (ハヤカワepi文庫)』など。 

 

 カメルーン生まれの哲学者による、死と権力についての考察。本書が初の邦訳となる。訳者の近訳書に『ノーマ・フィールドは語る――戦後・文学・希望 (岩波ブックレット 781)』『東ドイツのひとびと: 失われた国の地誌学』など、編著に『アジアの戦争と記憶』などがある。 

 

 全米批評家協会賞などを受賞したブラック・フェミニズムの書。他に同訳者による『母を失うこと ──大西洋奴隷航路をたどる旅』の邦訳がある。訳者の近訳書に『誰にも言わないと言ったけれど (「黒人の炎」を受け継ぐために ―― 黒人神学の泰斗、その人生のすべて)』、著書に『音盤の来歴: 針を落とす日々』『それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと』などがある。 

 

 カリブ海マルティニーク島出身の、「ネグリチュード」という概念の生みの親である詩人の日本初の評伝。他の著書に『周辺からの共和主義「天国に一番近い島」の現在』がある。セゼールの著書としては『帰郷ノ-ト/植民地主義論』など。 

 

 2011年に刊行された「宇宙的悲観主義」についての哲学書で、「哲学のホラー」3部作を構成する最初の1冊とのこと。著者の初の邦訳となる。訳者はほかにグラント『シェリング以後の自然哲学』、『述語づけと発生 (叢書・ウニベルシタス 1134)』などを手掛け、著書に『人間ならざるものと反政治の哲学』『ポスト・ヒューマニティーズへの百年:絶滅の場所』などがある。 

 

 アガンベンの「ホモ・サケル」シリーズの最後の1冊(たぶん。よく増えるので)の邦訳。ほか近刊に『最初の哲学、最後の哲学: 形而上学と科学のあいだの西洋の知 (991) (平凡社ライブラリー 991)』『現実化しえないもの――存在論の政治に向けて』(以上同訳者)『目的のない手段』など。訳者の近訳書にカッチャーリ『ヨーロッパの地理哲学 (講談社選書メチエ 819)』、ギンズブルク『自由は脆い』『純粋行為としての精神の一般理論 (シリーズ・古典転生)』、著書に『歴史をどう書くか――カルロ・ギンズブルグの実験』『独学の思想』など。 

 

 フランス現代思想の代表的な思想家の入門書となる論集。マラブーの近刊には『泥棒!: アナキズムと哲学』『抹消された快楽: クリトリスと思考 (叢書・ウニベルシタス)』『偶発事の存在論: 破壊的可塑性についての試論 (叢書・ウニベルシタス 1116)』などがある。編者は同シリーズの『ジャック・デリダ「差延」を読む』も手掛けている。
マラブーについては下記記事もどうぞ。

カトリーヌ・マラブー『泥棒!アナキズムと哲学』 哲学者たちはなぜアナキズムを盗んだのか - もう本でも読むしかない 

 

 技術の哲学で知られる香港出身の哲学者の2024年作。他に『芸術と宇宙技芸』『中国における技術への問い: 宇宙技芸試論』など。訳者は同著者の『再帰性と偶然性』を手掛ける。 

 

 日本独自編集による、ベンヤミンの研究において著名なドイツの哲学者による論集。他に『他自律―多文化主義批判のために (暴力論叢書 2)』の邦訳あり。編訳者の訳書にガブリエル『なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)』がある。 

 

 本書がデビュー作となる著者による、本格的なアガンベン研究。 

 

 バタイユの代表的な翻訳者によるWEB連載をまとめたもの。近刊に『増補 シュルレアリスム ――その思想と時代 (ちくま学芸文庫サ-20-2)』『モーツァルトの至高性: 音楽に架かるバタイユの思想』『バタイユ 魅惑する思想』 など。
下記記事も参照ください。

酒井健『バタイユ入門』 現代思想に繋がる、「理性」の批判者 - もう本でも読むしかない 

 

 マルクス主義・フランス現代思想の研究で知られる著者の大部の論集が2分冊で刊行。近刊に『フーコーの〈哲学〉 真理の政治史へ』『ランシエール:新〈音楽の哲学〉』『ルイ・アルチュセール-行方不明者の哲学 (岩波新書)』などがある。 

 

 インド文法学者による異色のソシュール論。他に『ことばと呪力 ヴェーダ神話を解く』『神の名の語源学』『バッティの美文詩研究: サンスクリット宮廷文学とパーニニ文法学』 訳書に『パーニニ文法学講義』などの著書がある。 

 

 ドゥルーズニーチェスピノザ等について書いてきた著者による哲学入門。近著に『内在性の問題』『残酷と無能力』『すべてはつねに別のものである:〈身体ー戦争機械〉論』『スピノザ『エチカ』講義: 批判と創造の思考のために』など。 

 

 否定的に語られることの多い共依存という概念を、現実の複雑な人間関係の中から考え直す。他の著書に『歪な愛の倫理 ――〈第三者〉は暴力関係にどう応じるべきか (筑摩選書)』『共依存の倫理―必要とされることを渇望する人びと―』、共著に『狂気な倫理――「愚か」で「不可解」で「無価値」とされる生の肯定』がある。また訳書にギリガン『抵抗への参加──フェミニストのケアの倫理──』。 

 

 『Blue』が芥川賞候補となった作家・歌人によるアロマンティック/アセクシュアルについてのエッセイ。小説の近刊に『見晴らし台』『無垢なる花たちのためのユートピア (創元文芸文庫)』『奇病庭園 (文春e-book)』、歌集に『人形歌集 舟もしくは骨』『星の嵌め殺し』『人形歌集 骨ならびにボネ』など。
『Blue』については下記記事を参照。

川野芽生『Blue』 割り当てられた性と、社会と、自分自身についての対話たち - もう本でも読むしかない 

 

 60年代から活動してきた新左翼は、なぜ80年代に反天皇制を掲げてテロに走ったのか。著者は他に『宮内庁長官 象徴天皇の盾として (講談社現代新書 2776)』『比翼の象徴 明仁・美智子伝 下巻 平成の革命』『象徴天皇の旅: 平成に築かれた国民との絆 (889) (平凡社新書 889)』などを手掛ける。 

 

 中島梓を手掛かりに、「やおい/BL」と「1968年」の繋がりを明らかにする野心作。他の著書に『明治期泉鏡花作品研究: 「父」と「女」の問題を中心に (近代文学研究叢刊 63)』がある。 

 

 フェミニズムからの美術史批判の古典が文庫で復刊(単行本は1998年刊行)。他に同訳者による『女・アート・イデオロギー (ウィメンズ・ブックス 11)』の邦訳がある。訳者の近著に『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説: 1980年代英国「ブラック・アート」運動の研究』。 

 

 アメリカのリベラリズムに関する古典で、別タイトルで1994年に邦訳されていたものの新訳。訳者の近著に『アメリカ外交の歴史的文脈』『アメリカ外交史』など。 

 

 近代神経学の祖と呼ばれるシャルコーについての2007年の研究書が決定版として文庫化。著者の近著に『病いのリアリティ 臨床民族誌の系譜』『病いは物語であるー文化精神医学という問い』、訳書に『マッド・トラベラーズ――ある精神疾患の誕生と消滅』などがある。 

 

 『国家に抗する社会』で知られるフランスの人類学者の代表的な民族誌が文庫化(単行本は2007年刊行)。ほか近刊に『国家に抗する社会国家をもたぬよう社会は努めてきた: クラストルは語る』『政治人類学研究』など。訳者はほかに同著者の『暴力の考古学』、『ブックマップ 現代フランス哲学』など手掛ける。

 

 2000年に刊行された、シュタイナーの翻訳者による入門書が文庫化。著者近著に『『社会の未来』を読む シュタイナー社会論入門』『『社会問題の核心』を読む シュタイナー社会論入門』『人智学的共同体形成論 シュタイナー社会論入門』など多数。

 

 デビュー作『聖なるズー (集英社文庫)』が話題となった著者による新作ノンフィクション。 

 

 日本による植民地支配下のアジア各国における古書店主たちを追ったドキュメント。2007年に刊行されたものの増補新版。

 

ではまた来月。

山尾悠子『飛ぶ孔雀』 詩的な秩序が支配する、緻密な幻想文学

泉鏡花文学賞日本SF大賞芸術選奨文部科学大臣賞の三冠に輝く小説

 

幻想文学幻想小説という言葉があるけれど、そう呼ばれるのにこれ以上相応しいものは他に思いつかない……と思ってしまうのが、今回紹介する山尾悠子の作品だ。

1975年にSFマガジン誌上でデビューしつつも、その作品は狭義の「SF」の範囲にはとても収まるものではない。今回紹介する『飛ぶ孔雀』は2018年に刊行された、泉鏡花文学賞日本SF大賞、そして芸術選奨文部科学大臣の三冠に輝く小説で、あまり賞に寄せて作品を語ることは慎みたいと思いつつも、幻想文学として、SFとして、そして「芸術」としての大きな評価を得た記念碑的な作品だと言えるだろう。

 

と、このように始めてはみたものの、この小説を紹介することはとても難しく、途方に暮れてしまう。本作がどのような小説なのか説明しようとしても、はっきりとしたあらすじを述べることも、その全体像を要約することも、とてもできそうにない。

 

一応、基本となる筋はある。本作は大きくふたつの部分に分かれていて、「飛ぶ孔雀」と題された前半は、舞台となる街で開催される「大寄せ」、つまり大規模な茶会と、そこで行われる奇妙な試練について語られる。大勢の客が集まった広い庭園で、スワミツという二人の女子高校生が、手に持った火を絶やさぬように目的地まで向かうのだ。

そして後半は「不燃性について」と題され、路面電車の運転士と恋に落ちるKと、山頂の頭骨ラボで働くことになる劇団員Qの二人が中心となる。Kは姿を消した恋人を探しながら、Qは彼を取り巻く人物たちに翻弄されながら、それぞれ奇妙な冒険に放り込まれる。

 

これが一応の概要なのだけれど、それらの語りはどんどん脱線し、別の話題が割り込み、いつしか全く関係ない話になっている……と思ったら唐突に元に戻る、というようなことの繰り返しで、読者はしじゅう煙に巻かれたような気持になる。

登場人物についても同様だ。主要な登場人物たちは故意に区別しづらい名前(タエとトエ、ミツとセツとリツ)やアルファベットだけの名前(KやQ)がつけられ、その関係性は複雑に入り組んでいるようでもあり、ぜんぜん関係ないようでもあり、時に人物が入れ替わっているかもしれず、とにかく心もとない。

さらには空間もどこかおかしい。主な舞台は太い川に挟まれ多くの橋が渡された街、温水プールや広大なダクト地帯をそなえた地下空間、山頂にある頭骨ラボと湯治場などなのだけれど、どう考えても空間が伸び縮みしていたり、ありえない場所同士が繋がっていたり、はたまた石が成長するなどという描写もあり、物理的な法則はとっくに消滅しているかのようだ。

空間が歪んでいる以上、時間もただでは済まない。描写の順序は頻繁に前後し、出来事の時系列を追うだけで手いっぱいというか、しまいには複数の時間軸を同時に読み進めるほかなくなってしまう。

 

ここまで読んで、それは物語と呼べるのか? 果たしてそんな小説が面白いのか? と疑問に思う人もいるかもしれない。けれど、読んでみるとこれがとにかく面白く、そして強力な物語を感じさせるのだ。

まず第一に挙げなければいけないと思うのは、作者の圧倒的な文章力、表現力だ。書評ブログで「文章がうまい」と言っても仕方がない気がするけれど、こればかりはどうしようもない。だって、文章がうますぎるので……

余計なものが削ぎ落され、大量の情報が短く圧縮され、そして磨き抜かれた山尾悠子の文章は、決して読みやすいものではなく、読者にもエネルギーと集中力を要求する。でもその甲斐はあるのだ。そのような文章によって喚起される強烈で豊潤なイメージ、圧縮された意味、複雑に絡み合った文脈が、前述のようなとらえがたい物語に、確固たる存在感を与えるのだ。
 

ひがし山


橋をひとつ渡るたびに、確実にちからは増す。
まだ子どものヒワは密かにそう考えていた──期待、歓喜、充足、そのどれを取っても間違いのないことで、橋を渡ることと川を越えることのどちらに主眼があるのかよくわからない。ちからとは何であるのか、またそれをどのように使うのかもわからない、 それでもたまの外出でくるまに乗せられるとき、前方に橋が近づくと、ああ、と自然に声が出る。走るくるまのスピードとともにやわやわとした白い炎に包まれるような感覚、 それから川舟の帆柱が見え、水上に横たわる町のすがたが見える。
「けんちょうの屋上に旗が立ってる、二本」
その種のことをヒワが口にすると、同乗者のあいだにさっと緊張が走る。
「ああそうだねえ」
「ひいは勘がいい」
「ひのまるの旗と三角の旗」
さらに言ってみる。小さいヒワの意想内では大きな事態が忙しく進行しているのだ。
──しかしここ最近は大人たちの様子が違っている、社中の当番札が回ってきているとやらで忙しいらしく、充実のあまりうっすらと涙ぐむヒワのことは体よく放置されているのだった。


(「Ⅰ 飛ぶ孔雀」のうち「ひがし山」冒頭部分)

 

飛ぶ孔雀、火を運ぶ女Ⅰ
川中島Q庭園での夏の大寄せが、夜に至って魔界と化すこと。意外に孔雀は飛ぶ。その烈しい風切り音は泥棒避けとして充分に有効である。盗みの対象はこの場合、火、だった。 夜の回遊。
「導きの書はこの『灰之書』ですよ、お忘れなきように」赤い細縁眼鏡のP夫人が言う。 巴の灰形を描いた素焼きの半田を手に持っていて、表面には底取りと長火箸が筋交いに置かれている。その様子はいつもと違い、まるでスポットライトが当たっているかのようだ。
続けて数人がそれぞれの台詞を口にする。
とらじ・・・がここにいれば面白かったのに、残念だねえ」ことら・・・社長が上腕二頭筋僧帽筋三角筋の隆起した肌を仕舞いながら言う。仁王立ちのきものの裾には若い娘たちが鈴生りになって、うっとりと目を潤ませている。
「ちっバンカーかよ」スワンが言う。スワンは三本白線の制服の女子高生であり妹でもある。部活の制約があるので、スカート丈は不本意ながら穏当な膝丈になっている。
「釜の火を絶やした以上、わたしは眠るしかないのですね」離婚したばかりの腺病質の若せんせいが言う。そしてほんとうに眠ってしまう、火の到着を待ついばら姫のように。 
空洞君・・・は石灯籠であるので、何も喋らない。いくら待っても喋らない。たぶん待っている限りは。
飛ぶ孔雀は飾り羽根を畳み、下から茶色の風切り羽根の列をあらわして烈しく飛翔する。苛烈な羽音、艶やかな光沢のある青い首を低く伸ばし、闇の奥から不意をついてあらわれる。その目は狂気であり凶器、異形の縁取りは血の赤。
夜の芝、夜の増殖。


(「Ⅰ 飛ぶ孔雀」「飛ぶ孔雀、火を運ぶ女Ⅰ」より)

 

 

 
そしてまた、この小説の中に描かれている事物は、一見して無秩序に、でたらめに並べられているように見えるかもしれないけれど、実際にはそうではない。区別しづらい登場人物、意味のわからないエピソード、変形し伸縮する時空間──そういったあれこれは、明快で単純なストーリーに奉仕しないというだけであって、それらはある一定の、独自の秩序によって配置されている。それはおそらく、論理ではなく詩的なイメージの秩序のようなものだ。

無意味で無秩序に見えるものごとの繋がりは、連想や類似、色や形、象徴や寓意の秩序によって、確固たる──しかし、不定形の──世界を構成している。

その世界の形には正解がなく、無数の謎はきれいに解けることは永遠にないのだけれど、読者は無数の要素の曖昧な繋がりをいくらでも読み込み、再構成し、その謎と戯れることができる。何度読み返しても、そこには新しい物語が読み取れることだろう。

 

この小説は、はっきり言ってしまえば読みづらい小説だ。まず第一に、文章があまりに濃密なので、読むのに精神力を使う。第二に、はっきりとした物語の軸が無いので、読んでいて迷子のような気分になる。

でも、ひとたびこの世界を受け入れて、思い切ってその中に飛び込んでしまえば、これほど豊かで楽しい経験はない。

じっくり読み込んでもいいし、断片を拾って読むだけでもいい。(普通の意味で)明確な物語がないということは、読者それぞれの楽しみ方を許す小説だということもできる。
この幻想小説の傑作をぜひ体験してほしい。

 

 

※出版社サイトの特設ページに掲載された、本作の人物相関図。この図自体の意味の分からなさが、本作の特徴を見事に表していると思います。

https://books.bunshun.jp/mwimgs/b/9/1500/img_28892672295e73d7b965df741dfa92c1558741.jpg

祝『飛ぶ孔雀』文庫化! 幻の著者エッセイ&人物相関図 『飛ぶ孔雀』スペシャルペーパー再録 | コラム・エッセイ - 本の話 (元ページ)

 

※こちらは、作者による日本SF大賞受賞時のコメント。ぜひ読んでほしい内容です。

第39回日本SF大賞 受賞のことば - SFWJ:日本SF大賞

 

次の一冊

『飛ぶ孔雀』の8年前、2010年に刊行された掌編集。15篇を収録。いずれも作者の美しい文章と濃密な幻想を楽しめる。『飛ぶ孔雀』と雰囲気が近いのは「水源地まで」「ドロテアの首と銀の皿」あたりだろうか。

 

長いブランクを経て、2003年に刊行された連作短編。5編の短編がゆるやかに繋がり合い、いくつものイメージや断片が重なり合った圧倒的な幻想が立ち上がる。

 

こちらは山尾悠子が選んだ作品を収録した、幻想文学作家・須永朝彦の傑作選。驚くほど耽美に描かれた、吸血鬼や美少年の世界を味わえます。

 

そのうち読みたい

こちらはまだ読んだことのない、作者の初期作品選。いずれ読みますが、もったいないので後の楽しみに取ってあります。

奈落の新刊チェック 2025年9月 海外文学・SF・哲学・現代思想・歴史・オベリウ・台北人・候景・人魚紀聞・〈私たち〉とは何か・食権力・アナキズム・福音派ほか

短い秋が早くも終わろうとしていると聞く今日この頃ですがいかがお過ごしでしょうか。熱帯に長く暮らしているので、今後日本に帰ったとしても季節の変わり目に耐えられる気がしません。みなさまぜひお気を付けください。そんなこんなで9月分の気になる新刊チェックです。
 

1920年代ロシアで結成された伝説の文学サークル「オベリウ」の作家たちの作品を集めたアンソロジー。編訳者の近訳書に、同グループで活躍したダニイル・ハルムスの『言語機械 ハルムス選集』、著書に『理知のむこう ダニイル・ハルムスの手法と詩学』など。

 

チェコジートコヴァーという地域に実在した、「女神」と呼ばれる女性たちの姿を描いた小説。訳者はチェコ文学を専門とし、近訳書にクンデラ誘拐された西欧、あるいは中欧の悲劇 (集英社新書)』、アイヴァス『もうひとつの街 (河出文庫)』、チャペック『マクロプロスの処方箋 (岩波文庫 赤774-4)』、ハヴェル『通達/謁見 (東欧の想像力 20)』、著書に『翻訳とパラテクスト: ユングマン、アイスネル、クンデラ』など。

 

国書刊行会の「新しい台湾の文学」叢書から2008年に出ていた本の文庫化(同シリーズからの文庫化は初)。台湾を代表する国共内戦によって台湾へと逃げ延びた人々を描く短編集。他の邦訳に、入手困難だが『Nieh-Tzu (げっし)  新しい台湾の文学』『最後の貴族 (徳間文庫 は 12-1)』 訳者の訳書に『空山 風と火のチベット (コレクション中国同時代小説 1)』、共訳書に『星雲組曲 (新しい台湾の文学)』『鹿港(ルーカン)からきた男 (新しい台湾の文学)男』、編著に『パパイヤのある街 台湾日本語文学アンソロジー(日本統治期の台湾人作家による七篇の日本語文学作品を収録)』、著書に『中国の民衆と生きたアメリカ人 アイダ・プルーイットの生涯

 

ラフカディオ・ハーンに関わった3人の女性が語る物語が文庫化(単行本は2022年)。作者はサイゴン(現ホーチミン)生まれアメリカ在住で、数々の文学賞を獲得している。他の邦訳に『ブック・オブ・ソルト』。訳者の近訳書に『ミルドレッド・ピアース: 未必の故意 (ルリユール叢書)』、編著に『精読という迷宮: アメリカ文学のメタリーディング』など。

 

1922年に刊行されたヘッセの長編が古典新訳文庫で。近刊に『ヘッセ詩集』『ヘッセの読書案内: 世界文学文庫、他二編 マテーシス古典翻訳シリーズ』『地獄は克服できる』 訳者は同作者の『デーミアン (光文社古典新訳文庫)』も手掛けるほか、近訳書にラーベ『19号室 〈刑事トム・バビロン〉シリーズ (創元推理文庫)』『17の鍵 〈刑事トム・バビロン〉シリーズ (創元推理文庫)』、ホフ『牡猫ムルの人生観』、ブレヒトセツアンの善人/三文オペラ』、ケストナーケストナーの戦争日記 1941-1945』ほか多数(ほんとうに多数)。

 

6世紀の中国で「宇宙大将軍」を名乗ったという実在の人物をテーマにしたSFアンソロジー。大恵和実・藤吉亮平編、十三不塔・林譲治など参加。

 

好調に刊行されている平凡社ライブラリーのテーマ別海外文学アンソロジーシリーズ。フォークナー、ヘミングウェイ、オコナー、ギャスケル、ロレンスなど収録。監訳者による編著に『イギリス文学入門[新版]』など。

 

どこかで叫びが

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ゲット・アウト』『アス』『NOPE/ノープ』で知られる映画監督のジョーダン・ピールが編纂した、黒人作家による書きおろしホラー小説の短編集。監訳者の訳書にソルニット『説教したがる男たち』『わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い』、著書に『アメリカン・クライシス──危機の時代の物語のかたち』など。

 

1947年にデビューした、日本幻想文学史上の「幻の作家」の短編選が中公文庫より。2019年の『メーゾン・ベルビウ地帯: 椿實初期作品』のほか、過去に何度か作品集が刊行されている。

 

1R1分34秒(新潮文庫)』で芥川賞を受賞した作家の、2021年の野間文芸新人賞受賞作が文庫化。近刊に『生活』『私の小説』(川端康成文学賞芸術選奨文部科学大臣賞受賞作)『生きる演技』(織田作之助賞受賞作)など。

 

デビュー作『ハンチバック (文春文庫)』で芥川賞を受賞した作者の第二作。『ハンチバック』は2025年10月現在、仏メディシス賞の最終候補に挙げられている。(11/5に発表)

 

2022年に電子書籍のみで刊行されていた作品が物理書籍化。作者の6年ぶりの単行本となる。新版の付録として「時間SFガイド20」を収録。他の小説に『なめらかな世界と、その敵 (ハヤカワ文庫JA)』、編著に『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙 (ハヤカワ文庫JA)

 

作家・批評家である作者の、2007年の『神野悪五郎只今退散仕る』を大幅加筆の上改題。小説の近刊に『愛らしい未来』『ブルックナー譚』『不機嫌な姫とブルックナー団 (講談社文庫)』など。

下記記事で著書・編著書を紹介しています。

 

アガサ・クリスティー完全攻略〔決定版〕 (クリスティー文庫)』で日本推理作家協会賞の「評論その他」部門を受賞した著者による、闘う女性を主人公にした翻訳ミステリガイド。

 

多くの邦訳書のある人類学者インゴルドが、「強い教育」ではなく「弱い教育」を唱える。これまでの訳書は『世代とは何か』『応答、しつづけよ。』『生きていること』『人類学とは何か』『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』『ラインズ 線の文化史』など。訳者の共訳書に『ソウル・ハンターズ――シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』、著書に『「シェルパ」と道の人類学』など。

 

フランスの気鋭の哲学者による、「〈私たち〉」という概念の政治的・哲学的な分析。これまでに『7』(小説)『激しい生: 近代の強迫観念』の邦訳がある。 関大聡・伊藤琢麻・福島亮訳

 

飢えさせる権力、という視点から、第一次大戦から現在のガザの虐殺に至るまでの「飢餓という暴力」の系譜をたどる。第一次大戦期ドイツを扱った『カブラの冬: 第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆 (レクチャー第一次世界大戦を考える)』の続編的内容とのこと。『[決定版]ナチスのキッチン: 「食べること」の環境史』で特に知られる著者の近刊に『生類の思想: 体液をめぐって』『植物考』『歴史の屑拾い』など。

 

晩年のマルクスにおける、アジアやアフリカ、南アメリカへなど非西洋社会への接近を辿る。2015年に刊行されたものの新版。著者には他に『ヘーゲル弁証法とレーニンの哲学的両義性 ─西欧マルクス主義への可能性の探求─』の邦訳がある。監訳者の共編著に『資本主義を超える マルクス理論入門』『危機に対峙する思考』など。

 

日本列島という地理的な条件から、日本独自の哲学を立ち上げる試み。他の著書に『幕末的思考』『「大菩薩峠」の世界像』、訳書に『明治維新の敗者たち』、共訳書に『メタフィジカル・クラブ――米国100年の精神史【新装版】』など。

 

近年のアメリカで影響力を増している福音派の歴史を50年代から辿る。本書が著者の初の単著となる。

 

戦前から戦中にかけて、当時の社会規範から外れて中国大陸や南方での仕事に就いた女性たちを追う。著者は2020年に『非国民な女たち 戦時下のパーマとモンペ (中公選書)』でデビュー。

 

戦間期の京都における、差別が固定化される空間として被差別部落在日朝鮮人集住地、遊廓を取り上げ、そこで行われる差別と当時の経済との関わりを追う。著者は2020年に『定年後にもう一度大学生になる 一日中学んで暮らしたい人のための「第二の人生」最高の楽しみ方』という本を刊行しており、その後の研究の成果が本になったようだ。

 

50~60年代に活躍した草間彌生田中敦子福島秀子という3人の芸術家を取り上げ、新たな美術史を立ち上げる。2019年に刊行されたサントリー学芸賞受賞作を増補改訂文庫化。著者は美術関連の論集などに多数寄稿している。

下記で著作を紹介しています。

 

1988年に刊行されていたものが文庫化復刊。著者は1910年生まれのオランダの外交官・東洋学者・推理小説作家という人物で推理小説の邦訳も多数。『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで (中公新書)』が話題となった柿沼陽平の解説つき。

 

リミナルスペース

リミナルスペース

  • 作者:ALT236
  • フィルムアート社
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ネットを中心に広まった「リミナルスペース」の美学を詳細に掘り下げる。著者はYoutubeを中心に活動するフランスのクリエイターとのこと。訳者はほかに『ピエール・エルメ語る マカロンと歩む天才パティシエ』、共訳でソフィ・カル『限局性激痛』など手掛ける。

 
 
ではまた来月。