歴史
旧国鉄相模線にかつて存在した西寒川支線(寒川~西寒川、1.5km、1984年廃止)の線路跡を辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 寒川駅から一般道を500メートルほど歩き、支線の跡が本線から分かれるところから線路跡が「一之宮緑道」として900メート…
西武鉄道安比奈線の廃線歩きに味を占めての第二弾。今度は旧国鉄相模線の西寒川支線の廃線跡を訪ねてみた。 神奈川県の茅ヶ崎と橋本を結ぶJR相模線にはかつて途中の寒川から分かれて西寒川に通じる支線(通称・西寒川支線)があり、相模川の砂利などの貨物…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の埼玉県和光市にある吹上観音に参詣した時に歩いた道筋を辿った話の続き。御茶ノ水駅から歩きだして、川越街道の下練馬宿(練馬区北町)まで来て、ここで川越街道から分かれ、吹上道に入ったところから。 peepooblue.ha…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の埼玉県和光市にある吹上観音に参詣した道筋を辿った話の続き。御茶ノ水駅から歩き始めて、旧川越街道を行き、板橋区上板橋と練馬区北町の境までやってきた。御茶ノ水駅をスタートしたのが9時40分頃で、今の時刻が13時4…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文化十三年閏八月二十日(1816.10.11)に埼玉県和光市にある吹上観音に参拝した道筋を辿った話の続き。御茶ノ水駅から歩きだし、豊島区池袋本町までやってきたところから。 peepooblue.hatenablog.com 旧池袋村の鎮守、氷…
江戸の侍・村尾正靖(1760‐1841、号は嘉陵)の江戸近郊日帰り旅の記録『江戸近郊道しるべ』のルートを辿るシリーズ。今回は埼玉県和光市の吹上観音である。嘉陵が出かけたのは文化十三年閏八月二十日。現代の暦では1816年10月11日のこと。嘉陵はこの時、数え…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が書き残した日帰り旅日記『江戸近郊道しるべ』の道筋を辿るシリーズ。今回は埼玉県川口市の善光寺参りである。上野駅からずっと歩いて善光寺に到着し、その日は川口駅から電車で帰った。嘉陵は善光寺の後、川口から舟で対岸…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)の日帰り旅日記『江戸近郊道しるべ』で嘉陵が歩いた道筋を辿るシリーズ。今回は今の埼玉県川口市にある善光寺まで行く。上野駅から歩き始めて、当時は荒川の渡し場があった荒川区西尾久の小台橋までやってきた。昔の豊島郡上…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の埼玉県川口市にある善光寺に参詣した道筋を辿っている。 上野駅から歩き始め、根岸の里を抜け、日暮里(にっぽり)駅前までやってきたところから。 peepooblue.hatenablog.com 「日ぐらしの里(荒川区西日暮里)の山下…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)の江戸近郊散策記の道筋を辿るシリーズ。今回は埼玉県川口市の善光寺である。 長野・善光寺、甲府・善光寺と並び「日本三大善光寺」とも称された川口の善光寺は平等山阿弥陀院と号する真言宗智山派の寺である。鎌倉初期の建…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)の江戸近郊散策記録の道筋を辿るシリーズ。今回は「中野長者」伝説にまつわる土地をめぐった文政元年八月二十六日(1818年9月26日)の紀行。 peepooblue.hatenablog.com 旧角筈村(いまの新宿区西新宿)の熊野十二社をあとに…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が書き残した『江戸近郊道しるべ』の散策記の道筋を辿るシリーズ。今回は中野の成願寺から新宿の熊野神社にかけて中野長者伝説にまつわる土地をめぐっている。文政元年八月二十六日(1818年9月26日)のことである。 peepoobl…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)の江戸近郊日帰り旅の道筋を歩くシリーズ。今回は新宿区から中野区にかけて、いわゆる「中野長者」伝説にまつわる地を散策。 嘉陵が出かけたのは文政元年八月二十六日。現代の暦では1818年9月26日。嘉陵は数えの五十九歳。こ…
江戸の侍、村尾嘉陵(1760‐1841)が今の東京都足立区の北端に近い花畑(当時の花又村)にある大鷲神社(鷲大明神)に参詣した道筋を辿った話の続き。参詣を終え、綾瀬川の東岸沿いに家路を急ぐ嘉陵の足跡を辿りながら、江戸時代にはなかった荒川(荒川放水路…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文化十(1813)年八月二十八日に今の足立区花畑にある鷲大明神(大鷲神社)に参詣したルートを辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 鷲大明神の参拝を済ませた嘉陵が家路を急いだ道を辿る。途中から往路とは別ルー…
4月29日、昭和の日に神奈川県の大磯界隈を散策した話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 湘南平からの360度の眺望を存分に楽しんだ後、丘陵の尾根伝いに東へ歩く。現在時刻は11時40分。 すぐに「曽我十郎 硯水の池」というのがある。 鎌倉時代初期の「曽我…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文化十(1813)年八月二十八日に今の足立区の北端近くにある鷲大明神(大鷲神社、花畑七丁目)に参詣した道筋を辿った話の続き。鷲大明神に着いたところから。神社は綾瀬川沿いに北上してきた道から左へ入った場所にあるが…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の足立区花畑にある鷲大明神(今の大鷲神社)に参詣した道を辿った話の続き。千住宿を出て、日光街道から下妻道に入り、江戸時代にはなかった荒川を千住新橋で越えたところから。 peepooblue.hatenablog.com 両岸の堤防…
江戸の侍・村尾正靖(号は嘉陵、1760‐1841)の江戸近郊日帰り旅のルートを辿るシリーズ。今回は足立区花畑にある大鷲神社である。当時は鷲大明神と呼ばれていた。 これが何年の旅だったかは明記されていないが、「正靖十二三の比、先考と共にここに遊ぶ、今…
3月30日に隅田川界隈を散策した話の続き。最終回。 peepooblue.hatenablog.com 台東区橋場の妙亀塚を見た後、浅草方面へ歩き、隅田川の河畔に出る。 カロライナジャスミンとスカイツリー。 スポーツセンターのプールで羽を休めるユリカモメ。 対岸の墨田区で…
3月30日に隅田川周辺を散策した話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 向島百花園を出て、子育地蔵堂前に戻る。ここから墨堤通りの東側に昔の墨堤の道が残っている。その堤に並行する下の道を行く。風情のある家並みが残っていて、まもなく白髭神社に行き当…
3月30日に浅草隅田川から向島にかけて隅田川周辺を散策した話のつづき。 peepooblue.hatenablog.com 墨田区向島の三囲神社をあとにさらに北へ行く。 「海抜0.3m」という表示がある。海抜は東京湾の平均海面からの高さであるから、満潮時には海面より低くな…
中目黒にある目黒川の船入場。目黒川を運河として水運に利用するため、船が入って来られるように昭和十二(1937)年に完成した。今は船が入ってくることはないが、ここまでは海水が遡上し、潮の干満の影響を受ける感潮域である。 船入場で見かけた水鳥たち。…
東京は今日も暖かな一日。20℃を超えた昨日ほどではなかったが、都心の最高気温は19.6℃。朝の最低気温も8.5℃。 昨日は庭で今年初めてヒキガエルを見たのだが、なぜか睡蓮鉢の中にいた。どうやって入ったのか、というか、登ったのか。侵入経路が謎である。とり…
昨日の東京はうららかな晴天だったが、今日は曇り空で、午後、雨も少し降ったりする。 鉢植えで育てているあんずの花が咲き始めた。梅とあんずの交雑種だといわれる豊後梅の花とそっくり。昨年は初めて1個だけ実がなり、シロップ漬けにしたのだったが、今年…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文政三年三月四日(今の暦では1820年4月16日)に上目黒村(現在の目黒区上目黒)方面に散策に出かけた道筋を辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 麻布十番からスタートして仙台坂を登り、南部坂を下り、広尾から祥…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)の日帰り旅日記のルートを辿るシリーズ。今回は目黒である。 江戸近郊道しるべ 現代語訳 (講談社学術文庫) 作者:村尾嘉陵 講談社 Amazon 江戸近郊道しるべ (東洋文庫0448) 作者:村尾嘉陵 平凡社 Amazon 「文政三年辰陰暦三月…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文政十一(1828)年十月に新曾村(埼玉県戸田市新曽)にある妙顕寺に参詣した日帰り旅日記のルートを辿った話の続き。最終回。 peepooblue.hatenablog.com 目的地の妙顕寺に着き、娘の出産のために頂いていた安産の護符を…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が孫娘が無事に生まれ、母子ともに健康であることの御礼参りに新曾村(埼玉県戸田市新曽)の妙顕寺に参詣した道筋を辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 有楽町線護国寺駅から歩きだして、中山道を北上し、戸田橋で…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が『江戸近郊道しるべ』に書き記した文政十一年十月十八日(今の暦では1828年11月24日)、孫娘が無事に生まれたお礼参りで新曾(にいぞ)村(埼玉県戸田市新曽)の妙顕寺に出かけた道筋を辿った話の続き。 peepooblue.hatena…