ウォーキング
埼玉県川越市の西武新宿線南大塚駅から分岐していた3.2キロの貨物支線、安比奈(あひな)線の廃線跡を辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com peepooblue.hatenablog.com 川越市池辺で森の中に消えていく線路跡。 線路の左手の野道を行く。トノサマバッ…
1925年に開通し、1963年に運行休止となり、列車が走らないまま54年間も放置され、2017年に正式に廃止された西武鉄道の貨物専用線、安比奈線の跡を歩いて辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 埼玉県川越市の南大塚駅から線路跡に沿って歩き始め、入間…
もうずいぶん前からその存在が気になっていた西武鉄道の安比奈線。そんな路線を知っている人がどれぐらいいるのか分からないけれども、西武新宿線の終点・本川越駅のひとつ手前の南大塚駅から分かれる貨物線で、僕が安比奈線を知った時にはもう運行休止とな…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の埼玉県和光市にある吹上観音に参詣した時に歩いた道筋を辿った話の続き。御茶ノ水駅から歩きだして、川越街道の下練馬宿(練馬区北町)まで来て、ここで川越街道から分かれ、吹上道に入ったところから。 peepooblue.ha…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の埼玉県和光市にある吹上観音に参詣した道筋を辿った話の続き。御茶ノ水駅から歩き始めて、旧川越街道を行き、板橋区上板橋と練馬区北町の境までやってきた。御茶ノ水駅をスタートしたのが9時40分頃で、今の時刻が13時4…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文化十三年閏八月二十日(1816.10.11)に埼玉県和光市にある吹上観音に参拝した道筋を辿った話の続き。御茶ノ水駅から歩きだし、豊島区池袋本町までやってきたところから。 peepooblue.hatenablog.com 旧池袋村の鎮守、氷…
江戸の侍・村尾正靖(1760‐1841、号は嘉陵)の江戸近郊日帰り旅の記録『江戸近郊道しるべ』のルートを辿るシリーズ。今回は埼玉県和光市の吹上観音である。嘉陵が出かけたのは文化十三年閏八月二十日。現代の暦では1816年10月11日のこと。嘉陵はこの時、数え…
東京のゼロメートル地帯、江東デルタを散策した話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 江東デルタを横断する小名木川にある扇橋閘門を見た後、小名木川に沿って東へ歩く。ボラの仔らしき小魚がものすごくたくさんいる。 横十間川との交差点にある人道橋のク…
今日の東京は気温が上がり、都心の最高気温は31.1℃。今年初めて真夏日となる。郊外ではもっと暑くなり、練馬で32.3℃、八王子では33.5℃。今年もまた暑い夏になるのだろうか。 さて、日曜日(18日)に東京の江東区内を散策した話の続き。 東京のゼロメートル地…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文化十(1813)年八月二十八日に今の足立区花畑にある鷲大明神(大鷲神社)に参詣したルートを辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 鷲大明神の参拝を済ませた嘉陵が家路を急いだ道を辿る。途中から往路とは別ルー…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が今の足立区花畑にある鷲大明神(今の大鷲神社)に参詣した道を辿った話の続き。千住宿を出て、日光街道から下妻道に入り、江戸時代にはなかった荒川を千住新橋で越えたところから。 peepooblue.hatenablog.com 両岸の堤防…
江戸の侍・村尾正靖(号は嘉陵、1760‐1841)の江戸近郊日帰り旅のルートを辿るシリーズ。今回は足立区花畑にある大鷲神社である。当時は鷲大明神と呼ばれていた。 これが何年の旅だったかは明記されていないが、「正靖十二三の比、先考と共にここに遊ぶ、今…
4月12日(土)に高尾山に行ってきた話の続き。 大混雑の山頂では足を休めることもなく、奥高尾方面に下り、小仏城山をめざす。 一丁平の桜並木も見ごろは過ぎかけていたが、それでもいつもより人が多い。 ここでおにぎり休憩にするつもりだったが、通過。 45…
3月30日に隅田川界隈を散策した話の続き。最終回。 peepooblue.hatenablog.com 台東区橋場の妙亀塚を見た後、浅草方面へ歩き、隅田川の河畔に出る。 カロライナジャスミンとスカイツリー。 スポーツセンターのプールで羽を休めるユリカモメ。 対岸の墨田区で…
3月30日に隅田川周辺を散策した話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 向島百花園を出て、子育地蔵堂前に戻る。ここから墨堤通りの東側に昔の墨堤の道が残っている。その堤に並行する下の道を行く。風情のある家並みが残っていて、まもなく白髭神社に行き当…
3月30日に浅草を起点に隅田川周辺を散策した話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 墨田区向島の言問団子で一服した後、隅田川の岸辺に出てみた。 ちょうど桜まつりが開催中。 水上バスも満員。 屋形船も出ている。対岸の台東区側でも祭りが行われ、賑やかな…
3月30日に浅草隅田川から向島にかけて隅田川周辺を散策した話のつづき。 peepooblue.hatenablog.com 墨田区向島の三囲神社をあとにさらに北へ行く。 「海抜0.3m」という表示がある。海抜は東京湾の平均海面からの高さであるから、満潮時には海面より低くな…
3月30日、日曜日。浅草を起点に花見客で賑わう隅田川周辺を歩いてきた。 朝の東京は曇り空。浅草の水上バス乗り場には外国人観光客らの大行列ができている。この時点では「春のうららの隅田川~♪」という感じではなかったが、この後晴れてくる。 浅草から吾…
3月23日に神奈川県秦野市にある弘法山に登ってきた話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 小田急線秦野駅をスタートして、弘法山公園入口から浅間山(196m)を経て、権現山(243m)までやってきた。ここまで駅から50分弱。展望台からは霞んではいるが、富…
本日、東京の桜(ソメイヨシノ)が開花したと気象庁が発表。うちの近所の桜もちらほらと咲き始めた。 昨日(3月23日)、神奈川県秦野市の弘法山に登ってきた。小田急線の車窓からも見える低山で、前から知ってはいたけれど、なかなか足が向かなかったが、ふ…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文政三年三月四日(今の暦では1820年4月16日)に上目黒村(現在の目黒区上目黒)方面に散策に出かけた道筋を辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 麻布十番からスタートして仙台坂を登り、南部坂を下り、広尾から祥…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)の日帰り旅日記のルートを辿るシリーズ。今回は目黒である。 江戸近郊道しるべ 現代語訳 (講談社学術文庫) 作者:村尾嘉陵 講談社 Amazon 江戸近郊道しるべ (東洋文庫0448) 作者:村尾嘉陵 平凡社 Amazon 「文政三年辰陰暦三月…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が文政十一(1828)年十月に新曾村(埼玉県戸田市新曽)にある妙顕寺に参詣した日帰り旅日記のルートを辿った話の続き。最終回。 peepooblue.hatenablog.com 目的地の妙顕寺に着き、娘の出産のために頂いていた安産の護符を…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が孫娘が無事に生まれ、母子ともに健康であることの御礼参りに新曾村(埼玉県戸田市新曽)の妙顕寺に参詣した道筋を辿った話の続き。 peepooblue.hatenablog.com 有楽町線護国寺駅から歩きだして、中山道を北上し、戸田橋で…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が『江戸近郊道しるべ』に書き記した文政十一年十月十八日(今の暦では1828年11月24日)、孫娘が無事に生まれたお礼参りで新曾(にいぞ)村(埼玉県戸田市新曽)の妙顕寺に出かけた道筋を辿った話の続き。 peepooblue.hatena…
江戸の侍・村尾嘉陵(1760‐1841)が新曾村(埼玉県戸田市新曽)の妙顕寺に参詣した道筋を辿った話の続き。中山道の日本橋から二里目にあたる平尾一里塚(現存せず)までやってきたところから。 peepooblue.hatenablog.com この一里塚付近は明治維新の新政府…
江戸の侍・村尾正靖(号は嘉陵、1760‐1841)の江戸近郊日帰り旅の道筋を辿るシリーズ。今回は埼玉県戸田市まで足を延ばす。 文政十一年戊子十月十八日。今の暦では1828年11月24日。この日の日記の最後に「正やす時に六十七歳」と書かれているが、嘉陵は宝暦…
先日、江戸の侍、村尾嘉陵の江戸近郊散策記『江戸近郊道しるべ』の「志村に遊ぶ」の足跡を辿るため、板橋区の志村周辺に出かけた。最寄りは都営地下鉄三田線の志村坂上駅だが、あえて埼京線の板橋駅から旧中山道を歩いた。その時に通った中山道最初の宿場町…
江戸の侍、村尾正靖(1760‐1841、号は嘉陵)の江戸近郊散策記の足跡を辿るシリーズ。久々の今回は板橋区志村周辺である。 「文政元戊寅葉月十二日、志村に遊ぶ」 現代の暦では1818年9月12日、嘉陵は数えで五十九歳である。なお、この日の記録は現代語訳の「…
昨日の日曜日、また高尾山に登ってきた。 すでに紅葉シーズンも終わって、日曜日の高尾山にしては、人は少なめ。といっても、登山者が世界一多い山であるから、人がいないわけではない。いつもの大混雑ではないが、普通に多い。 1号路を登る。すぐに大きな…