前回掲載した千秋町佐野の龍光寺から、車で東へ1~2分程の千秋町佐野字弁財天浦に鎮座する「厳島社」、今回はこちらを掲載します。

鎮座地は青木川右岸の千秋中学校北側にあたり、すぐ脇を青木川が流れています。
社頭は、車道から少し奥に入った場所になり、分かりにくいかもしれませんが、小さな森と朱の鳥居が目印として分かりやすい。
実は、8月に加納馬場の熱田神社を訪れた際に立ち寄る予定でいましたが、尋常じゃない暑さにスマホやナビがご機嫌斜めで場所もよく分からず諦めた神社です。
因みに熱田神社は、この道路を東に進み、交差点を越えた左側に社頭を構えています。

上の地図、左は明治時代で、佐野集落の東、青木川右岸のマーカーが鎮座地になります。
地図上では周囲に住居はみられず、鳥居の印は描かれていませんが、青木川沿いの田畑の中に位置します。

車道から社頭の眺め。
小さな杜の入口に朱も鮮やかな両部鳥居を構えています。
車止めはなく、普通車ならなんとか通れる道幅です。

社頭の眺め。
鳥居左側を進むと右側に駐車余地がありました。

両部鳥居。
小型ながら、島木と笠木の反りが綺麗な均整のとれたものです。
鳥居は大きく神明鳥居と明神鳥居の2種類に分けられます。
最上部の笠木や島木とその下の貫、それを支える本柱で構成されます。
貫が本柱を貫通しているものが明神鳥居、貫通していないものを神明鳥居と覚えていればいいでしょう。
神社など格式(個人的に嫌いな識別基準)をうたうことはあっても、鳥居の形をもって格式が高い・低いをうたうことはないと思います。
両部鳥居は、本柱の前後に控え柱を設け、本柱につなげた構造で、安定感があり、優雅な立ち姿が、個人的にとても気に入っています。

「厳島社 15等級 旧無各社
鎮座地 一宮市千秋町佐野字弁財天浦3308
祭神 市杵島姫命
由緒
創建は元禄2年(1689)2月5日という。
明治5年5月据置公許となる。
例祭日 4月15日
社殿 本殿 神明造
崇敬者数235人 」

額は厳島社。

鳥居を過ぎ、神橋を渡るとやや鬱蒼とした参道の先に社殿が姿を現します。

社殿正面全景。
正面に石造の蕃塀も構えています。

社殿は蕃塀と祭文殿と思われる建物と、その先の本殿で境内社は見当たらなかった。
蕃塀は昭和61年(1986)に寄進されたもの。

祭文殿から本殿の眺め。

妻壁に掛けられた「厳島神社」の額。
祭神の市杵島姫命は、本地垂迹では弁才天と同一神とされ、佐野字弁財天浦の地名もここからきているのかも。

本殿。
青木川が流れ、周囲を田んぼに囲まれたこの地に、水を司る弁天を祀るのは、自然な選択と言えるだろう。

三本の鰹木と外削ぎの置き千木を施した板宮造で、彫飾りの施された脇障子が付く。

社叢左側からみた社殿全景。
参道から受ける印象は鬱蒼としたものでしたが、田畑に面した西側は意外にスッキリとしています。

参道に戻り社頭南側の眺め。
明治頃の地図では田畑だけだったこのあたり、景観はすっかり様変わりした。
変わらないのは青木川の流れと厳島社だけだろうか。
一宮市千秋町佐野『厳島社』
創建 / 寛永13年(1636)
祭神 / 市杵島姫命
祭礼 / 4月15日
氏子域 / 千秋町佐野
所在地 / 一宮市千秋町佐野字弁財天浦3308
参拝日 / 2025/10/13
龍光寺・髙須社から厳島社 / 龍光寺から南に向かい突き当りを左折、青木川に架かる橋の左手前の森。龍光寺から約400m、移動時間1~2分。
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過去記事
・一宮市千秋町『 熱田神社』