高校の「数学」再編へ AIの学び重視しA、B、Cの区分なくす方向(朝日新聞) - Yahoo!ニュース
へーっていう感じだ。
まあ高校数学のこの分類は受けた時代で人によっても違うくらい変わってきていると思う。しかし、それにしても、なんだか国会議員が平然と”三角関数はいらない”みたいなことを言ってしまうことと、この再編が関係しているのかどうかが気になるところだ。どうも与党や官僚(方角系)の皆さんは数学というと、面倒だという頭があって、そんなことわかrなくても自分たちみたいに立派に社会生活はできてるぜ、という感じがあるようにみえてしょうがない。
まあ基礎的なことが云々は別にして、現在の数学の体系は、やはり戦後宇宙開発や原子力開発、工業の発展といったものに寄与するために作られているのだと思う。じゃあそういう目的はもなくていいのか?疑問だ。ぜひとも日本数学会などで、つまらないとおもわず、海外の教育体系を紹介してほしいものだと思う。ここで問題なのは米国のような国は、一般と専門的にやろうとしているひとで大きな違いがある可能性があることだ。両方を紹介しないといけないと思う。で日本のいまだに50人学級前提の教室で同じことができるかですね。先生の数も問題になるでしょう。
また、ここで大きくは”データサイエンス”に寄与する人間のことをいっているのかもしれませんが、これは社会的な需要というものもあります。思い返せば1970年代くらいからずーっとコンピュータと経営のリンクについては言われてきたと思いますが、日本ではここまで行われておらず、何回かのブームもいつの間にか、終わっています。それは政治などが大きく関与して、それはコンピュータにはわからないので当然そうなるわけですが、日本の会社というのが、合理性ではなく、政府、銀行の意向などに従っていたうえではしょうがないことでしょう。これが、銀行が米国の圧力で骨抜きにされて、株式市場が海外にも開放された結果、いろいろとひずみはでているわけですが、一言でいえば、妙に米国の圧力がもろにくるようになったのが現在なのでしょう。ということで、経営も説明責任をよりもとめられるとなると、コンピュータなどでの合理的(?かどうかは別にして)な理屈をつけるひつようはあると。でも皆さん見ているように米国も大口の政治献金を行うひとたちに有利な政策などを作ってるので、どうかということはあるし、トランプ氏の関税なども一応の根拠は示すけど結構適当と、米国でも数字を使っている、数学っぽく見せていはいても、結局は適当だということでしょう。
そうなると、日本の数学教育を変えると政府が思うような人材が多数生まれるのか、なぞですね、、、
ついでですが、米国のIT業界にはさまざまな背景を持った人がいて、むしろ日本よりも宗教について深く考えていたり、社会についていろいろと発言する人は多いように見えます。例えばTexの開発で有名なクヌート氏の著作などを見ると、彼のやっていることは信仰とリンクしていることがわかると思います。そういう意味では先日の佐伯啓思氏の文章はなおさらどうかと思うのですけどね。