1月20日月曜日、天気は晴れで最高気温は7℃と3月下旬並みの暖かいさ。太陽が出ている部分ではポカポカするくらいで、雪は融けて道路はビショビショになっているところもあります。ただ、朝方はさすがにマイナス気温で、昨日の雨降りだったせいで路面は凍結していたから滑る!滑る。10時を過ぎた頃から歩けるようになりましたが、その前はアイスバーンで歩きにくかったです。
さて、秋の旅20日目は岩手県田野畑村から。前夜は田野畑村の道の駅「たのはた」で車中泊。ここも山田町の道の駅「おいすた」同様に車中泊地としては三ツ星クラス。どちらも国道からは少し離れた場所にあって閑静だし、24時間開放の休憩室があり、駐車場もWi-Fi効いているし、トイレは清潔、そしてどちらも最近出来たばっかりの新しい道の駅なのです。
三陸鉄道の駅巡りは「田野畑駅」へ。大船渡市の吉浜駅と同じくキットカット模様のネスレの応援による絵が描かれています。

ここの駅の別名は「カンパネラ駅」。カンパネラとは宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」の主人公の友人の名前と説明されています。
同時に正義感溢れる主人公、ここ田野畑村は江戸時代後期に発生した百姓一揆である三閉伊一揆の指導者を生んでいて、まさに村の風土にピッタリな性格なのです。

岩手の生んだ詩人、農民指導者でもある宮沢賢治。「雨にも負けず 風にも負けず」のような生き方に共感を覚えるけど、情けないけど彼のようには生きれない自分がいます。でも、岩手県を旅すると、元気と勇気をもらえるのです。だから、岩手県大好きなのです!

駅は標高15mくらいで、2011年3月11日には駅の駐車場まで津波が押し寄せています。ホームは少し高くなっているから無事だったのでしょうね。

続いて島越(しまのこし)駅へ。ここは津波に襲われ駅舎は完全に崩壊し線路もズタズタになりましたが、駅舎は以前よりもより立派になって復活。ここも好きな駅の一つです。

三陸鉄道から離れて北上山地の山側へ。ここはJR東日本の旧岩泉線の浅内駅。2014年4月に廃止されていて10年が経過しているけど、駅舎は残っていてうれしい。

1970年代は、駅周辺には食堂、パチンコ店、旅館、飲み屋などが軒を連ねて大いに賑わっていたとか。

ホームに立つと、駅板はありません。駅舎の青色の屋根だけが目立ちます。

地元の方により駅舎は維持されているのでありがたいことです。

レールもここには残っています。ここへ来る途中も鉄橋があったり、廃線跡を巡る旅は新しい発見がるから面白いのです。

宮古市の茂市駅から始まって31㎞のキロポイント。終点は岩泉駅でした。

蒸気機関車のための給水塔も残されていて、これまたうれしい!蒸気機関車は石炭を燃やして水を沸騰させてそれを動力源にしますが、水はどんどん継ぎ足ししていかなければいけません。岩泉線ではここで水の継ぎ足しが行われていたんですね。

駅の前には日本通運の建物があって、かつてはここで荷物の取り扱いがあったんでしょう。荷物は今はトラックが主でヤマト運輸や佐川急便などあるけど、昔は鉄道駅から日本通運が運んだのです。

最後に、駅のすぐそばにある商店跡。昔は商店が営まれていて、30年位前かな?私はオートバイの旅でここへ寄り店番をしていたおばあさんから牛乳を買いました。一気に飲んだんだけど、見たら賞味期限が切れていて後からお腹を下すという事態になって冷や汗をかいた思い出があります。

あの時のおばあさんは、もういないでしょうね。店も閉じちゃってるし。でも、人は住んでいるみたい。かつては鉱山町として栄えた浅内駅。今はひっそりとした田舎の集落です。
では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。
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さて、秋の旅20日目は岩手県田野畑村から。前夜は田野畑村の道の駅「たのはた」で車中泊。ここも山田町の道の駅「おいすた」同様に車中泊地としては三ツ星クラス。どちらも国道からは少し離れた場所にあって閑静だし、24時間開放の休憩室があり、駐車場もWi-Fi効いているし、トイレは清潔、そしてどちらも最近出来たばっかりの新しい道の駅なのです。
三陸鉄道の駅巡りは「田野畑駅」へ。大船渡市の吉浜駅と同じくキットカット模様のネスレの応援による絵が描かれています。

ここの駅の別名は「カンパネラ駅」。カンパネラとは宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」の主人公の友人の名前と説明されています。
同時に正義感溢れる主人公、ここ田野畑村は江戸時代後期に発生した百姓一揆である三閉伊一揆の指導者を生んでいて、まさに村の風土にピッタリな性格なのです。

岩手の生んだ詩人、農民指導者でもある宮沢賢治。「雨にも負けず 風にも負けず」のような生き方に共感を覚えるけど、情けないけど彼のようには生きれない自分がいます。でも、岩手県を旅すると、元気と勇気をもらえるのです。だから、岩手県大好きなのです!

駅は標高15mくらいで、2011年3月11日には駅の駐車場まで津波が押し寄せています。ホームは少し高くなっているから無事だったのでしょうね。

続いて島越(しまのこし)駅へ。ここは津波に襲われ駅舎は完全に崩壊し線路もズタズタになりましたが、駅舎は以前よりもより立派になって復活。ここも好きな駅の一つです。

三陸鉄道から離れて北上山地の山側へ。ここはJR東日本の旧岩泉線の浅内駅。2014年4月に廃止されていて10年が経過しているけど、駅舎は残っていてうれしい。

1970年代は、駅周辺には食堂、パチンコ店、旅館、飲み屋などが軒を連ねて大いに賑わっていたとか。

ホームに立つと、駅板はありません。駅舎の青色の屋根だけが目立ちます。

地元の方により駅舎は維持されているのでありがたいことです。

レールもここには残っています。ここへ来る途中も鉄橋があったり、廃線跡を巡る旅は新しい発見がるから面白いのです。

宮古市の茂市駅から始まって31㎞のキロポイント。終点は岩泉駅でした。

蒸気機関車のための給水塔も残されていて、これまたうれしい!蒸気機関車は石炭を燃やして水を沸騰させてそれを動力源にしますが、水はどんどん継ぎ足ししていかなければいけません。岩泉線ではここで水の継ぎ足しが行われていたんですね。

駅の前には日本通運の建物があって、かつてはここで荷物の取り扱いがあったんでしょう。荷物は今はトラックが主でヤマト運輸や佐川急便などあるけど、昔は鉄道駅から日本通運が運んだのです。

最後に、駅のすぐそばにある商店跡。昔は商店が営まれていて、30年位前かな?私はオートバイの旅でここへ寄り店番をしていたおばあさんから牛乳を買いました。一気に飲んだんだけど、見たら賞味期限が切れていて後からお腹を下すという事態になって冷や汗をかいた思い出があります。

あの時のおばあさんは、もういないでしょうね。店も閉じちゃってるし。でも、人は住んでいるみたい。かつては鉱山町として栄えた浅内駅。今はひっそりとした田舎の集落です。
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