函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2025年11月

11月30日日曜日、天気は晴れで最高気温は11℃。今日で11月は終わり明日からは12月。時間が経過するのはあっという間で2026年ももうすぐ先にあり、来年は何処へ行こうか?

そんなことを考えるのが長~い冬の間で、まだ車中泊で入っていない四国に行こうかな?とも考えています。
さて、26回目となった秋の旅は、昨年春に行けなかった利根川最上流部にある八木沢ダム
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ダムで形成された湖は奥利根湖という名前です。当然、人口湖です。
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前回紹介した四万温泉から東へ、みなかみ町へ入り上越本線湯檜曽駅手前から県道63号線を北上すること40㎞以上でダム湖へ到着です。
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これ以上北へは行けず、ここが長さは信濃川(367㎞)に次いで日本で第2位の322㎞の利根川の最上流部に当たります。ここより北は、新潟県との県境にそびえる2000m級の山々の越後山脈です。
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ただ夏の期間は降水量が少なかったために、貯水量は春よりはぐっと少なく土の地肌が見えていますね。それは5m以上か?
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10月半ばにしてすでに紅葉が始まっていて、紅葉の葉っぱは真っ赤か。北海道の都市部よりも早い。函館辺りでは紅葉は11月初旬ですからね。
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ダムの突堤に立つと高いのが分かります。高さは131mもあるのだから。
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そしてダムの長さは352mもあって、向こうの端っこまで行く気にはならない。怖いのもあるし。
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下を見下ろすと、怖い。決して高所恐怖症ではないけど、カメラを構えると落ちそうな気がして怖くなるのです。
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よく見ると作業用の橋があちこちに架かっていて、作業員はあんな高さの場所で作業するのかと!感心するのと呆れるのと、自分には絶対できない!と思ったのでした。
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ウーン、見ているだけでもう十分です。これ以上見ていたら吸い込まれそうで怖い!
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右上の野生動物を見ると、熊にカモシカなどいろいろいます。そういえば、昨日かな沼田市の沼田駅のトイレにツキノワグマが出たとか!市街地のトイレにもクマが出てきているのです。ニュースでは朝の通学時間帯で高校生が大勢歩いていたけど、そんな中にクマが出たらパニックでしょう。
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四季折々の写真を見ると、やはり雪解け水を集めた春が一番貯水量が多く、湖面が凍結する冬が一番低いですね。
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ここのダムの目的の一つとして、東京都の水道用水として利用されていて、他には農業用水、水力発電もしていて最大出力16万kwの揚水式水力発電を行っているのです。
現在地は赤色の部分で、高いコンクリートの一番上にいるのが分かりますね。もしものことがあったらとても怖いですけど、春に来た時は積雪のために10㎞手前で通行止めだったから、秋に来れて良かったのでした。
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ホントに貯水量は少ない。5mどころか高さにしたら10mくらい低いくらい。今年は東京都は水道使用制限はなかったのでしょうか?これだけ低いと水道使用を抑えなきゃならなくなるのでは?と余計な心配がします。
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 この日はさらに東へ進み、秋の旅最高の高さである標高1630mの坤六峠を越えて片品村へ。村役場のとなりにある道の駅「尾瀬かたしな」で車中泊したのでした。

翌日は金精峠を越えて栃木県へ入り、さらに山王峠を越えて福島県入りして奥会津の金山町へ。10月16日は終日雨模様で、カメラの写真はゼロ。その日は金山町の道の駅「奥会津かねやま」で車中泊。

次回は、その道の駅周辺を散策して素朴な会津地方を堪能しカメラに収めたことを紹介いたします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月28日金曜日、天気は曇り時々雨で最高気温は10℃。積雪ゼロで、周辺の山々にも雪はなし。今月もあと2日で終わり、2025年も残すところ一月あまりです。来年は、何処へ行こうか?と旅が出来ない冬期間にじっくりと思案中。図書館から借りて旅の本を読んだりネットで調べ物をしたりして、次の行き先を考えています。

さて、ここは群馬県の最北端に位置する中之条町の、さらに北の山の中にある四万(しま)温泉
2つの川が合流して四万川となり下流へ流れ、やがて長さ日本第2位利根川となります。利根川は流域面積は日本1位で、ほぼ関東地方一円がその流域に入るほど。四万川の上流は2000mを越す上越国境の山々で、春はその雪解け水が流れ出ていて水量も多いのですが、今は秋の季節で川底が見える程度の少量の水量です。
無料の駐車場は川の右岸で、50台ほど駐車出来ます。橋を渡って河原に降りる途中にあるのが無料で入れる共同浴場で、2つ扉が見えていますね。左が男湯、右が女湯です。
昨日紹介した「千と千尋の神隠し」のモデルとなった旅館の「積善館」は左の橋を渡り、5分ほど歩いたところにあります。
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マンホールを見ると、鳥の絵と花の絵。中之条町の鳥は「ウグイス」で、町の花は「ヤマユリ」です。
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で、温泉街の奥にあるのが、共同浴場の「御夢想の湯」。無料で入れるからうれしい!ここまで歩くと20分くらいか?あちこち見学しながら歩いて来たので、寄り道しなければもっと早いかも?
左が男湯で、右が女湯。湯船が2人が入れるくらいの広さで、とても熱い!43℃以上ありそうな!
周辺には10台ほどの駐車場有り。
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永延3年というから、西暦だと989年で平安時代中期のこと。時の天皇は66代目の一条天皇の時代です。源頼光の家臣四天王の一人である碓井貞光の夢枕に童子が立ち、四万の病脳を治す霊泉を教えたという伝説から名付けられた古湯でもありますし。
50代目の天皇である桓武天皇により征夷大将軍に任じられた坂上田村麻呂(797年)が北東北地方へ遠征途中で入浴したという伝説もあると云いますから、かなり歴史のある温泉には違いありません。
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熱すぎる温泉に入った後、周辺を散策したら薬師堂みたいな建物を発見!寄ってみましょう。
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日向見薬師堂という名前です。薬師堂は薬師如来を安置する仏堂で、古来より温泉で湯治をするということは病気を治す神であり健康の守護神とされているので、ここの共同浴場のそばに建てられているのですね。
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立派な鰐口がありますね。左側にある仏堂や神社の軒下に吊り下げられていて、参拝者が綱を振って一鳴らす仏具のことです。

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ズームして見ましょう。何で鰐口と名付けられたかというと、鰐(わに~サメのことです)の口が開いたような形だから?だそうです。何処が?と思うけど、神社ではこれか、または鈴が必ずあって、綱を振りながら鳴らしますよね。ここのは、下にある木製の小槌で鳴らす仕組みになっていますが。
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音を鳴らす行為は、「これから参拝します!」という合図でもあり、神仏への敬意を示すものだと云われているものだからだそうです。

お風呂が熱くて熱くて、なかなか汗が引かない勝ったことを覚えています。こんなに熱い温泉はそうない。熱いと云えば、函館の湯の川温泉の銭湯であり我が家から歩いて5分の「永寿湯」(北海道の銭湯料金は500円)がそうです。
湯船が2つあって、一つは43℃の湯。これは我慢すれば入れますが、もう一つは45℃の湯で熱すぎてとてもじゃないけど入れません。ここの温泉はそれほど熱かったので、記憶に残っているのです。

次回は、同じ群馬県の利根川の源流に当たる八木沢ダムへと向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月27日木曜日、天気は曇りのち晴れで最高気温は10℃で、最低気温は0℃。雪は全くなしです。
昨日、函館の冬のイベントのクリスマス・ファンタジー、その最大の名物である20mを越す巨大クリスツリーの話をしましたが、実は昨日函館港の赤レンガ倉庫群に面した海に設置されました。
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本日11月27日、北海道新聞から。

海に浮かぶのは北海道産のトド松で、15万個以上のLEDが装飾されていて、明後日の29日から点灯され、毎夜6時からの花火とともに共演されるから、冬の観光に訪れた皆さんは喜びことでしょうね。

実は以前は、函館の姉妹都市であるカナダの東海岸の町ノバスコシア州の州都ハリファクス市からカナダ産のモミの木が、はるばる大西洋からパナマ運河を越えて太平洋を東から西へ渡り、函館へ運ばれてきていたのですが、コロナ以後なのか最近は道内産の松の木に変わってしまったのでしょうか?
どちらにしても、12月は寒いけど観光客で賑わいそうで市民としてはうれしいです。

さて、秋の旅の総集編24回目は群馬県の山の奥に来ています。前回は岐阜県恵那市旧明智町の明知城跡を訪れたことをお伝えしましたが、その日は愛知県北辺を走り長野県飯田市旧上村の道の駅「遠山郷」で車中泊し、翌日は北上して群馬県入りして妙義山麓にある道の駅「妙義山」で車中泊。
で、翌朝に訪問したのが群馬県の最北部にある中之条町四万(しま)温泉です。

で、ここはその温泉街の中でひときわレトロな建物が目立つ積善館という旅館に来ています。
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かなり年代物の建物ですが、実はここ「現存する日本最古の湯宿建築」だそうです。それをセールスポイントにする四万温泉の数ある旅館・ホテルの中の積善館旅館です。
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そして、ここ宮崎駿作品、2001年公開スタジオアプリ制作の「千と千尋の神隠し」のモデルとなった旅館だったのです。
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元禄7年というから、江戸時代の徳川将軍5代目、「犬将軍」の名を持つ綱吉の時代です。1685年には綱吉が最初の「生類憐みの令」を発しているし、1702年には赤穂事件が起きているその間ですね。その年に建てられたといいますから、320年以上経過している旅館です。
もちろん、今のはその後リフォームされたり、建て直しされていることと思いますが。
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こちらは川を渡った側の建物で、別館かな?
四万温泉の名前の由来は、ここで湯治すれば4万もの病気が治る!という古来からの話から来ているとか。奈良時代の征夷大将軍であった坂上田村麻呂も湯につかった話があるほどです。
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両方を渡り廊下で繋げています。その下を流れる川は上越国境の2000m級の山々から流れてきていて、春は雪解け水で溢れかえりそうになりそう。
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ちなみに旅雑誌の「じゃらん」で調べたら、1泊食事付きで最低23000円からで最高は6万円台もあって、とても車中泊している自分には泊まれない施設です。それだけあったら、2週間は旅できるので絶対泊まらい!
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ここに詳しい説明が書かれていました。
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 旅館街が形成されていて、近代的なホテルもあるし古い旅館もあって一大温泉地と云った感じでした。
なお、ここには無料で入れる共同浴場が3つもあって、その一つである御夢想の湯に入って来ました。ただ、熱くて熱くて43℃以上ありそうな無色透明な湯でした。
駐車場は無料の河川敷にあって、そこからは四万温泉一帯を歩ける広さです。
次回は3つある共同浴場の一つに入浴して来たことを紹介いたします。

次次回は、利根川の源流に当たる群馬県みなかみ町の八木沢ダムへと向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月25日火曜日、天気は今日も晴れで最高気温は13℃と暖かい日でした。ここまま雪が降らない冬が終われば良いけど、そうはいかないでしょう。冬はこれからが本番で、12月になれば雪も降るし寒くなってくるはず。今年も冬はやって来るのですから。

さて、恵那市旧明智町へ来ています。というのも明智町は2004年10月25日に恵那市が周辺の岩村町、山岡町、串原村、上矢作町とともに吸収合併されているのです。
明智町の名所と云えば、大正村明知城(白鷹城)跡
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前回紹介した日本三大山城の一つである岩村城から南西へ8㎞に位置し、標高530mの山に築城された城は1247年の鎌倉時代中期に遠山氏に建てられた城。
よく明智光秀と関係あるのか?と云われるが、中には明智光秀生誕の城という話もあるけど、それは違うみたい。漢字も明知城ですので、違うでしょう。
山城ですので、登るにあたって地元ボランティアにより杖が用意されていますね。
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いきなり急な階段の登りが始まります。岩村城を登った後だったので、結構しんどい。1日に2つの山城を登るのはキツイ!
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で、登ると今は発掘調査が行われていて、工事中。ブルーシートや赤いフェンスで歩ける場所は限られていますよ。
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この辺りは信濃の国と三河の国の国境に位置していて、戦国時代は武田信玄と織田信長の戦いが繰り広げられていた場所で、何回も争いがあったようです。最後は1615年江戸時代初期に廃城となっています。
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結局、明智光秀は現在の岐阜県で生まれたらしいが、特定の場所は不明でここも生誕地らしく「光秀祭りがあるとのこと。が、」同じ岐阜県でも恵那市から西へ30㎞ほどの可児(かに)市明智荘という荘園があって、明智城(長山城ともいうらしい)が残っていて、ここが有力です。
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他にも何か所かあるけど、調べてみても断定できる資料はなかったです。
どちらにしても、あの戦国時代の暴君だった織田信長を暗殺した明智光秀は、ある意味歴史上のダークヒーローでもあって、歴史を変えた人物でもあります。
岐阜県出身であることは確かで、その一つの場所を見学出来たことはうれしかったのでした。

秋の旅は、岐阜県から長野県、そして群馬県へと旅していて、次回は群馬県の山奥にある歴史ある古い温泉からお伝えいたします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月24日月曜日、天気は晴れで最高気温は14℃まで上がり、太陽が出ているところではとても暖かくて冬の季節ではないみたい。最低気温も5℃で朝だけ暖房を付けたけど、すぐに切ってしまい南側のベランダから差し込む太陽の光で十分な暖かさです。
もちろん雪はまったくなくて、このまま12月に突入しような感じでホワイトクリスマスにならないのか?とちょっと残念。というのも、12月に入ると函館では「クリスマス・ファンタジー」が開催され、市内各地でイルミネーションが輝き始め、冬の函館を楽しむ観光客で賑わいます。
雪のない本州の人々や海外では台湾からの観光客は、白い大地と巨大なクリスマスツリーを見て喜びますが、雪がないとガッカリ!
だから、12月に入ってからは少しでも降雪があると良いのです。

さて、女城主の悲劇があった岩村城。日本三大山城の一つでもありますが、下山中に地元が誇る2人の物像があったので寄ってみました。
まずは、この方。三好学さんという男性ですね。
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近代植物学や環境保護の先駆者だったからです。
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環境があって そこに人間が存在する
まさに、その通りです。環境破壊が進む今の時代に、100年も前に環境保護を訴えた人物がいたとは!
彼が今生存していたら、ここ10年ほどの真夏の猛暑をどう思ったでしょうか?まさに自然環境を守らなければ地球が滅んでしまいますよ!
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続いて、そこからすぐの場所にあった門。ここをくぐると。
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奥に見えた建物は、下田歌子さんが学んだ勉学所だそうです。
18歳で上京し、やがて実践女子学園を創立したでした。
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この方も100年ほど前の方で、下田歌子(1854年から1936年)さんは、明治期から大正期にかけての活躍した教育者です。
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下田さんの友人に津田塾大学を創設した津田梅子さんがいて、下田さんは津田さんへ国語と習字を教え、津田さんからは英語を学んだ仲なんだそうです。
下田歌子さんは実践女子大学を創設したんですね。
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父母がその愛児に臨むの心をもって生徒に対すべし
これは教員の心構えを詩っているのでしょう。親の愛情の如く生徒に対せ!と教員へ諭したのですね。
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いやぁ、自分としてはとても恥ずかしい。教員生活38年でしたが、こんな言葉を言われたら返す言葉が見つかりません。心から反省です。
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 最後に、岩村町のマンホール。今は恵那市へ吸収合併されましたが、かつては「女城主の里」だった岩村。お城の形がマンホールに描かれていますね。

次回は、旧明智町へ行き、明知城跡を見学して来ます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月22日土曜日、天気は雲りで最高気温は7℃、最低気温はマイナス1℃。市街地には雪は全くない積雪ゼロで車は夏タイヤでも走行できるけど、日陰では凍結しているところもあるから冬は絶対ダメです。それは北国の人間にとっては常識で、11月から4月までは冬タイヤは必ず履かなきゃならないものなのですから。

さて、ここは岐阜県恵那市の岩村城跡
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城下町は、以前来た時に歩いたので今回はスルーし、2度目の山城へ行くことにします。
日本三大山城の一つである岩村城。他の2つと云えば、奈良県高取町にある高取城と岡山県高梁市の備中高梁城。高梁城へは行ったことはあるけど、高取城へはまだで、いつか行ってみたい!
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こちらは藩校跡らしい。前回訪れた時に、左側に建てられている城資料館を見学しているので、今回はスルーして一気に山頂目指します。なお、駐車場は無料で広くて安心して停められます。
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それでは登って行きましょう。というのは、城の標高は717mだから結構山登りします。正確な築城念は不明ですが、鎌倉時代の中期には存在していたらしいから13世紀にはあったということです。
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最初は石畳のなだらかな坂道で歩きやすいし、杉の木立が太陽を遮ってくれるから日陰で暑くもなく快適なトレッキングになりそう!
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徐々に坂は急になってきますね。さすがは山城です。
別名「霧ケ城」とも云われている通り、霧が立ち込める山城。今回は霧は出なかったけど、気温差が大きい時は霧が発生しやすいのでしょう。
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16世紀後半戦国時代に突入すると遠山氏の居城となるが、東からは甲斐の国の武田信玄が、西からは尾張の国から織田信長が領有権をめぐり争いへ入ります。
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やがて遠山氏最後の領主である景任(かげとう)は信玄の侵攻を信長の助けを借りて退けるが、1571年に病気で亡くなります。嫡男の御坊丸はまだ6歳で幼く、そのた景任の妻(信長の叔母でおつやの方)が城主となる女城主へ。世にも珍しい女性の領主。ただ、おつやの方は武田氏の将である秋山虎繁に城を攻められ落城。何と!虎繁の妻となってしまうのです。
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その後、再び織田氏が攻めて来て落城した時は、信長は景任とともに信長の叔母であるおつやの方を逆さ磔の刑にして切り捨ててしまったのです。何という残虐な刑!信長らしいと云えばそうですが。

ここは本丸。
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結構広い!たまたま地元テレビ局のロケ隊が来ていて取材されましたが、北海道から来ていると知って驚いていました。でも、放送は見れず残念。
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井戸もあります。山の山頂だから兵糧攻めされたら困ります。水は長期戦に絶対必要だから井戸は絶対条件です。
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その信長が宿営した地。
1582年信長は部下の明智光秀を連れて入城したんですね。その80日後に彼に暗殺されるとも知らずに。
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 ということで、ここでも織田信長の残虐性を知ったのでした。彼は歴史上の人物として戦国時代の筆頭ですが、決してレスペクトされるような人物じゃない。もっとも、戦国時代は血で血を争う時代だから、誰しも優しく生きることは出来なかったかもしれない。けれどあまりにも非道なやり方は、とても尊敬できる人物ではない!から、どうして銅像などあるのか理解に苦しむのです。

まぁ、誰でも地元の英雄で全国に知られた人物だから銅像が出来るのでしょうが、信長のやり方を見ると虫唾が走るというか、とても共感は得られないのです。

次回は下山中に知った、ここ岩村生まれの方で立派生き方をした人物を紹介します。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月21日金曜日、天気は午前中は晴れで午後から雨。最高気温は8℃、最低気温は5℃。

さて、岐阜県郡上市旧和良村の道の駅「和良」で車中泊し、道の駅に紹介されていたパワースポットがあったので来てみました。
なお、ここの道の駅「和良」は自分の体験上トップクラスの道の駅で車中泊するには最適でした。
なにせ、とても閑静なのは幹線道から離れている上に交通量は少ない道沿いにあり、清潔なトイレ、フリーWi-Fi、水道もあるし至れり尽くせりの道の駅だったからです。

パワースポットの名は戸隠神社。戸隠神社と云えば長野県が有名ですが、ここにもあるんですね。
赤い鳥居の前には広い駐車場もあって安心。
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境内には神楽の舞台も。ここでお祭りの時は神楽を演じるのですね。
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杉の巨木に囲まれた神楽殿。ただ、ここにも「熊出没 注意!」の文字が。今や全国各地で出没し不安に陥れている熊。熊の出ない地域なんて九州か沖縄くらいなもんで、東京でも奥多摩地方で出ているんですね。
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こちらは本殿で、あとから旅の安全を祈願するために参拝していきましょう。
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横には「重ね岩」なるものがありますが、ここの紹介は後ほど。
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境内の森には何か所に巨岩があって、それぞれがパワースポット。全部を紹介しきれ得ませんが、いくつか写真に収めてきました。
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こちらは結岩。
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これがさきほどの「重ね岩」で、上の岩が重さ42トンで、下の岩は何と!140トンもあります。上の岩は片手で動かせるほどで、辛うじて下の巨岩に乗っかっている状態。どうして重ねられたのか?
それは、神話の「古事記」に登場する「天の岩屋戸」のお話しに関係します。
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天の岩戸神社が天の岩屋とされ、その戸(岩)を開いたのが手力男命(タジカラオノミコト)という名の男の神様。彼が岩を開けて外に放り投げた岩は、宮崎県の高千穂から長野県の戸隠山の麓まで飛んで行ったとか。
ただ、その途中で岩の欠片が落ちたのがここだったのです。
それで、ここのは、天岩屋戸の欠片、つまり重ね岩がある、というお話しでした。
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ここ以外にも、近くのお寺の「念興寺」には「鬼の首」があったり(行ってみましたが、住職不在で見学出来ず、と見学料は350円の看板あり)、各地にパワースポットがあって、興味深い地だなと思った次第でした。

次回は、岐阜県の恵那市旧岩村町にある日本三大山城の一つである岩村城へと向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。


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11月19日水曜日、天気は曇りで最高気温は4℃、最低気温はマイナス2℃で寒い1日でした。昨日降った雪はほとんど融けてなくなったが、風の冷たい外出したくない天候でしす。

さて、恐竜博物館を見学出来なくてガッカリした後は、大野市へ戻り城下町を散策して岐阜県へ向かいました。
国道158号線で東へ向かう途中、ロックフィル工法で造られた九頭竜ダムへ立ち寄ります。
ロックフィル工法とは、大きな岩石と砂で造られていて、日本では珍しいダムだそうです。満杯だと十和田湖に匹敵するほどの面積があるとか。
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九頭竜川は福井県を流れる一級河川で岐阜県の境が源流で、日本海へ注ぐ福井県では流域面積の7割を占める最大の川。長さは116㎞あります。
名前の由来はさすがに恐竜の県福井らしく、平安時代の889年にこの川に白山権現の尊像が現れて、それを九頭のドラゴンが捧げ持ったという伝説に因んでいるとか。ドラゴン、つまり龍ですね。それで、九頭の竜だから九頭竜川!なるほど、ガッテンです。

ダム湖を見るとかなり干しあがった状態で、湖底の一部が見えるくらい。8月9月の雨の量が少なかったのでしょう。
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先ほど面積は十和田湖ほどもあるといいましたが、今の干しあがった状態を見るとその半分ほどか?湖底が露出しているダム湖ほど見苦しいもので、それを見るとやはり人口湖だな、と思うのです。
やはり、自然に出来た湖とは全然違う!
火山の噴火により形成されたカルデラ湖(十和田湖、洞爺湖、支笏湖など)、火口湖(マール (潟湖、一の潟、二の潟、蔵王のお釜など)、
火山の噴火により川が止められた堰止湖(富士五湖、中禅寺湖など)、
砂州によって形成された潟湖(ラグーン) サロマ湖、、十三湖、中ノ海、宍道湖など)
断層運動によって形成された凹地に水が溜まって出来た断層湖(琵琶湖、諏訪湖、青木湖など)
などとは全く違うものなのです。
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九頭竜川という名の演歌もあったんですね。五木ひろしさんが歌う2012年にリリースされた歌で、故郷を流れる川への思いを歌ったものだそうです。調べてみたら五木ひろしさんは福井県の出身でしたが、越前地方ではなく若狭地方の生まれで、直接九頭竜川とは関係ないみたい。もっとも、福井県出身ということで歌ったのかも?
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5m以上も水位が低く、これじゃ水道の制限も行われているのかも?と思わせるほどです。確かに8月9月の夏シーズンは雨が少なかったのでしょうね。
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右側の地面が見える斜面には、その時々の水位が分かります。水平な線が何本もあって、徐々に水位が下がっていったのでしょう。
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で、油阪峠。標高は750mで、無料の自動車道があるけど、ここは旧道を走りクネクネと細い旧国道が面白いくて峠へやって来たのです。東の方向には郡上市の旧白鳥町の街並みが見えています。
下には、自動車道の橋桁も見えていますね。
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 郡上市は、2004年3月1日に八幡町を中心に、大和町、白鳥町、高鷲村、美並村、明宝村、和良村の3町4村が合併して出来た市です。
で、この日は和良村の道の駅で車中泊したのでした。翌朝には和良村にあるパワースポットを訪ねます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月18日火曜日、天気は朝から午後2時まで雪!今年初めての積雪も数㎝。でも午後からは太陽が顔を出して来て、日の当たる部分では雪は融けてアスファルトの路面が見えているから根雪にはならない見込みです。

さて、ここは福井県勝山市。前回は室町時代は宗教都市として栄えた白山平泉寺を取り上げましたが、そこから車で20分もかからない場所にあるのが県立恐竜博物館です。
さっそく、動く恐竜がお出迎え!
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ガオッー」とものすごい雄たけびを上げながら、今にもこちらに迫って来る勢いです。
こんなに勢いがあるのなら北海道に連れて来て、ヒグマと対峙させたいくらいです。
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朝9時オープンなので、時間に間に合うようにやって来ましたが、すでに第1駐車場は満車で、第2へ回されましたが、そこもほとんど満車状態。第3まであります。開館前に既に数百人が行列していて、係りの人が「チケットは予約制です。当日券はありません。」とメガホンで言っています。
こちらはいくら三連休だからと云っても、恐竜博物館程度なら、しかも福井県の小さな都市の勝山市(人口は2万人)なら並ばずに入場できるだろう!なんて浅はかにも気軽に考えていたのです。

ところが、駐車場の車のナンバーを見たら「大阪」、「名古屋」、「神戸」、「姫路」、「和歌山」など関西ナンバーが多いし、関東ナンバーも目につきます。「福井」や「金沢」などの地元ナンバーの方が少ない。
やはり、三連休だから少し遠いところから朝早くに来ていたのです。
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並んでいた数百人の行列は開館と同時に建物に吸い込まれていき、あっという間に閑散へ。
それもそのはず、すべてネットで予約していた皆さんだったのです。売店のパンフレットをみたら「覧料、個人一般1000円、70歳以上500円 事前購入(事前決済)を原則とします。」と書かれていて、自分の簡単に入れると思っていた考えが実に甘かったのでした。
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仕方がないので、周辺を散策することにします。70歳以上が半額の500円だったことはうれしいけど、入れないことには何とも云えず、次回には必ず予約してから来よう!と決めたけど、ここへ来るには相当な距離と時間を要するので、次は何時になることやら?
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パンフを見たら、興味をそそるものばかりで絶対見てみたい!と思わせるものばかり。実に悔しいのでした。
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そのパンフレットから。
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確かに福井県は恐竜の県で、九頭竜駅と道の駅を兼ねた場所にも同じような吠える恐竜が置かれていて、見るだけでも面白い!
チケットを持っている方がうらやましかったです。
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あちこちに恐竜のレプリカならぬオブジェが置いていて、これを見ているだけでも楽しい気分になります。
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 ということで、せっかく恐竜に会えるぞ!と思って行ったのでしたが、残念な結果に終わりガッカリしたのでした。
次回は九頭竜川を上流へ進み、隣県の岐阜県へ向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月17日月曜日、天気は雨で最高気温は朝6時が13℃と高く、時間が経つにつれて低くなり午後8時では1℃。明日の朝はマイナス2℃まで下がり雪も降る予報です。
外に置いているバケツに入っている水は、凍りついているはず。先日も寒い時があって、凍っていましたから。既に車は冬タイヤを履いているし冬服の用意はバッチリだし、何時真冬になっても大丈夫ですが、年を取ってからは寒いのは嫌いになり早く春が来て欲しい!と。若い時分はウインタースポーツが好きだったから冬が待ち遠しかったけど、今は旅が出来る春と秋が好きです!

さて、10月11日は福井県大野市の道の駅「越前おおの荒島の郷」で車中泊し、翌12日にここ勝山市にある白山信仰の拠点である白山平泉寺(はくさん へいせんじへやって来ました。
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富士山、立山ともに日本三大霊山である白山(2702.1m)。奈良時代の717年に越前の僧侶である泰澄(たいちょう)が白山へ登ろうとして、ここに白山を礼拝する拝殿や寺院を建てたのが始まり。
中世の鎌倉時代や室町時代には白山信仰の中核的な寺として一大宗教都市となっていき、戦国時代には48の社、36の堂、6000の院と坊(僧侶の屋敷)が建ち並び、寺領は9万石僧兵は8000人を越えたと云われていたのです。
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ところが、1574年、浄土真宗の一向一揆勢に攻められて敗れ、全山が焼失。その後再興されますが、最盛期の1割ほどで、明治時代に入り神仏分離令では寺が廃されて白山神社と改めたのでした。
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駐車場は10台ほどしかなく朝早く到着したので停めれましたが、1時間後に下山した時には満車でした。坂を登ったここは、拝殿で正面の額には「中宮平泉寺」とあります。
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この日は晴天で太陽が顔を出していたけど、ここは杉の大木が生い茂っていて陽が届かず気温も上がらず。それでも登山ですので徐々に汗ばんできました。
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1574年に一向一揆により焼失されますが、以前のは間口45間というから81mもある国内最大の拝殿があったと云います。現在のは幕末の1859年に造営されたものですね。
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確かに額には「中宮平泉寺」と書かれています。
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そして奥には3つの社があって、こちらは中央の本社。
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1795年に建てられたもの。
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登り口には「熊出没!注意」の看板もありましたので、クマ鈴を鳴らし、ホイッスルを吹きながらの登山です。早朝(午前7時)だったからほとんど参拝者はなし。拝殿から石の階段をさらに登ると、楠木正成公の墓がありました。
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楠木正成と云えば鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇に協力しましたが、室町幕府を開いた足利尊氏と戦い戦死した武将です。ここにお墓があるとは!彼は摂津の国(今の大阪)にある湊川の戦で戦死したはずですが、ここに骨を埋めたのかな?
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確かに「楠正成 墓」の文字が見えますね。
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さらに上には「三の宮」があります。ここは安産の神様を祀っているところ。
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ここまで来るのに相当汗をかきましたが、白山へはさらにここから本格的な登山道が始まります。もちろん白山へは行きませんが、行くとしたらかなりの時間がかかり1日や2日では登頂出来ないでしょう。
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で、下山して来ました。マップを見ると、簡単に登れそうだけど結構疲れますので、行く際はスニーカーまたはトレッキングシューズで。くれぐれもハイヒールとかサンダルでは行かないように!
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下には開祖の泰澄大師の廟があります。
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苔生した境内にある石、これがそうかな?
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ということで、白山平泉寺は歴史好きには一度は行ってみたい場所でしたので、朝早くに見学出来てうれしかったのでした。平安時代後半には比叡山延暦寺の末寺となり天台宗のお寺でしたが、江戸時代には江戸は上野にある寛永寺の末寺となり福井藩主の松平氏の保護を受けていました。
寛永寺もまた天台宗のお寺で、大本山だそうです。
ここ勝山市の近くには曹洞宗の本山である永平寺もあるし、朝倉義景氏の一乗谷跡もあるので、歴史好きには楽しみな場所でもあります。

次回は、福井県と云えば「恐竜の県」なので、ここ勝山市には恐竜博物館があるので行ってみました。オープンする時間は朝の9時だったので、ここからすぐだし間に合うぞ!と急いで行ってみたのですが、大変なことになっていたのです。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月16日日曜日、天気は晴れで最高気温は12℃まで上昇する予報です。

さて、秋の旅の総集編は16回目を迎えて石川県の最南端に位置する加賀市にやって来ました。
そして、ここは加賀百万石の奥座敷であり、開湯1000年、明智光秀が湯につかったと云われる山代(やましろ)温泉総湯です。
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総湯とは共同浴場のことで、旅館に宿泊した観光客も地元の人も誰もが湯につかれるところ。これはあちこちにありますが、ここのはここだけ独立した造りになっているのが特徴的で、湯の曲輪と呼ばれる形です。
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左側に総湯がありますが、周囲はホテルや旅館が立ち並んでいます。
ここは2010年に復元したとか。2階もあって、湯から上がったら、ここでほてった身体を鎮めることが出来るし、見晴らしが良いからゆっくりと通りを歩くと人たちを眺めることが出来ます。
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お風呂屋壁は九谷焼のタイルを使っている豪華な作り!
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かつて明治時代の総湯の写真もありました。結構、人で混みあっていて人気だったんだな、と。
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加賀と云えば、江戸時代は幕府400万石を除くと、約300あった藩の中で最大の藩で、加賀前田家は100万石あり金沢に城を構えていたことは知ってはいましたが、ここが奥座敷と走らなかった。
全国の大名たちは、自分の藩内に温泉を持ち湯治に来ていたんでしょう。
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ただ、大人700円はお高い。2階利用を含むと900円だから、これは高すぎる。
東北辺りや長野県の共同浴場はせいぜい300円で、中には無料で入れるところもあるのに。
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周囲を歩くと、もう一つ別な総湯があってこちらは500円とか。こちらは以前からあった総湯ですね。先ほどのは観光客向けの総湯です。
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芸術家として有名な魯山人が住んでいた家もありました。
魯山人は、書家、篆刻家、陶芸家としてて活躍した20世紀を代表する芸術家で、本名は北大路房次郎(1883年~1959年)。そして美食家としても知られていて、「器は料理の着物」というほど食器制作に情熱を注いだお方。30万点も作品を残したとか。
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そんな魯山人がここで滞在していたとは!
加賀の焼き物と云えば九谷焼が知られていますが、彼はここで陶芸に目覚めたこともあって、ここの「いろは草庵」を建てたのでしょう。
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1915年の秋から翌年の春まで半年間過ごした館です。
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温泉入って、焼き物作って、好きなことをやれるってのは最高で、ここで素敵な時間を過ごしたのでしょう。
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下を見たら、加賀市のマンホールはヒヨコ🐤が3匹。何で?
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次回は、いよいよ福井県へ入ります。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月14日金曜日、天気は晴れで最高気温は9℃。だんだん寒くなっていくのが分かります。来週は函館でも雪が降るらしいけど、積もることはないみたい。旭川ではもう数㎝積もっているけど、道北と道南では距離にして400㎞以上も違うので全然別な気候です。やはり「北海道はでっかいどう!

さて15回目を迎えた秋の旅の総集編は石川県羽咋市の海岸「のと千里浜」の「なぎさドライブウエイ」から。
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日本では数少ない砂浜海岸を走れるところ。波が荒い時は通行止めになるけど、この日はほとんど波はなく走りやすい。
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湿った引き締まった砂浜を歩くことも出来るし、走ることも出来ます。この日はランナーたちもジョギングをしていて、うらやましい!
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たまにはこんな日もあって良いでしょう。砂浜を車で走ることなんてことはないんだから。
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で、走ってから道路に出て、さらに数十㎞南下して小松市へ。読売ジャイアンツニューヨークヤンキースで活躍した松井秀喜ベースボールミュージアムがあったけど、スルーして安宅関跡がある安宅住吉神社へ。
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武蔵坊弁慶の勧進帳を読む場面が銅像になっています。この場面の説明については後ほど。
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ここがそうだったらしい。今は松林の中。
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で、三人がいます。左が義経、中央が弁慶で、右が関守(関所の責任者)の富樫。
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まずは源義経征夷大将軍となった異母兄頼朝に追われ匿ってくれる奥州藤原氏の平泉のあるみちのくへ逃れようとしますが、ここの関所で関守の富樫左衛門尉(とがし さえもんのじょう)によりストップされてしまいます。ここからどうやって逃げようか?
なお、関所は北陸道を通る要所として1182年ごろに設けられたと伝えられています。
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山伏姿の弁慶は機転を利かせて、白紙の勧進帳を偽って読み上げ、さらに主君の義経が咎められていると杖で打つという行為へ。
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それを見た関守の富樫は、その忠義の心にいたく感銘を受け彼らが義経主従であることを知りながらも、関所を通過することを許すのでした。
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これは歌舞伎の「勧進帳」の舞台としても知られていて、有名な関所です。歌舞伎だけではなく、NHKの大河ドラマにもなったこともあって、よく知られている話です。
まさに、日本人が好む判官(ほうがん)びいきの場面です。源義経に同情することに由来して、弱者や敗者に対し同情して肩入れすることの意味ですね。
もっとも、この言葉判官も義経が以前に検非違使(けびいし~京都の治安維持にあたる警察と裁判権を持つ役所で、今なら警視庁プラス裁判所長官か)の尉(じょう)という位にあって、その尉の別称が判官だったとされていて、そこから弱者を応援したり、共感する気持ちを表した言葉としてありますね。

今は違いますけど、昔の高校野球=甲子園では沖縄や北海道のチーム、さらには公立高校のチームなどがよく関西の人たちによって応援されていたのは、この「判官びいき」ですよね。
手前味噌になりますが、今年のパリーグ・ファイナルステージで北海道日本ハムファイターズが王者にして金権球団の福岡ソフトバンクホークスに挑んだ試合などは、見る人にとってファイターズを応援したい!という「判官びいき」だったのでは?
実際に最終戦で負けてしまったから、なおさら敗者を応援する気持ちがあったのではないでしょうか。違うかな?

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月13日木曜日、天気は曇りのち雨で最高気温は13℃になる予報で、晩秋にしたらかなり暖かい。最近は10℃を超えたことがなかったので、13℃まで上昇するなんて何かしら怖い感じもします。

昨日函館では、三週間ぶりに活イカが水揚げされましたが、量は少なくわずかに33㎏で、1㎏あたり何と!3300円と例年の3倍の値段!(競りでの価格で、市場ではその倍くらいか?)。それでも「イカの町 函館」では「釣り堀」も復活して久しぶりに活気が戻って来ました。
我が家でもさっそく手に入いれようと、昨日は近くの鮮魚を扱う地元スーパーの開店時間9時に合わせて行き、朝4時に獲れたばっかりのイカ2はい入りパックを2つ購入しさっそく刺身に。
久しぶりに食べたイカ刺しは、生きの良くてコリコリしたとっても美味しい刺身でした。値段は、想像したよりはそれほど高くはなかったけど、昔のことを知っているので今はイカは高級魚だな!を実感したのでした。
写真は購入したイカです。
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さて、ここは志賀町旧富来町にある巌門(がんもん)と呼ばれる海岸。

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いわゆる海食崖で、冬の荒い波で削られ洞窟が形成された巨大な岩です。一段高いところから入り、ここは出てきたところ。1枚上の写真は出てきた海岸で波打ち際です。
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つまり小さなものはこの写真みたいに穴が空いていますが、巌門はトンネルの通路が数十メートルもある巨大な穴。海によって食われた崖だから海食崖地形です。どれだけ波の力が強いのか!恐るべき波パワーです。
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この日はなぎ状態で、波もなく波の華は咲いていませんが、冬になると強風にあおられて白い華がで泡だらけになるのですから、冬期間の強風がどれだけすごいのか!太平洋側に住んでいる人間にとって、想像がつかないです。
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波打ち際の岩場で釣りをしている人がいますが、これって怖いですね。突然大きな波が押し寄せたら、一気に海に持って行かれますからね。今日は凪だから良いけど、風の強い日だったらとても釣りは出来ないです。
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橋もあって散策路が整備されているから助かります。観光客向けです。無料です。
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旧福浦灯台へ。巌門から約2㎞の距離で、近くの道路には駐車場も整備されていて、そこから歩くこと5分ほどで到着。
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江戸時代前期の17世紀末に出来た灯台で、当時は油を燃やして沖合を通る船に知らせたのでしょう。日本最古の灯台と書かれています。
現存している灯台は1876年(明治9年)に建造したものです。
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「日本燈台」の次に書かれている漢字が温で、次が分からない漢字です。どんな意味があるのか?
多分、日本最古の灯台という意味でしょう。
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ということで、石川県の日本海側は能登半島を含めて断崖絶壁が続く風光明媚なところが多くて、見所満載でした。
次回は今までの石川県の海岸では見られなかった砂浜海岸を見て行きます。そこで偶然ある場所を発見!そういえば彼(歴史上の有名な人物で、供を連れて逃亡者になった方)が生死を分けた場所でした。
それでは、次回をお楽しみに!

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11月11日火曜日、天気は曇りで最高気温は6℃、最低気温は2℃とかなり冷え込んだ日で雪こそ降らなかったけど、寒い1日でした。
さて、秋の旅の総集編は13回目。10月10日の夜は能登島の道の駅で車中泊。11から13日までの三連休の前夜だったので、車中泊する車は多かったです。前日の七尾市旧中島町の「お祭り会館」で係りの方より教わった「明治の館」へ。
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各地で見られる地方の権力者である庄屋だった建物です。廻船問屋や酒造業などで富を集めた室木家の住宅で、257坪の建築物のある超豪邸。
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ただ、2024年1月1日の能登半島地震で建物の大半が崩壊、または一部崩壊して見学は出来ません。ブルーシートが掛けられたまま放置している状態です。何処から手を付けていいのか分からないのでしょうか?それとも、ここよりも他を優先しているからか?
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蔵も一部壊れていますね。壁が剥き出しのところも。
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奥に見える茅葺屋根の母屋を見たかったけど、これじゃ無理です。
明治の館の名前の通り、明治時代に本格的に建築されていて、土地だけで4000平方メートルというから、およそ1300坪の敷地があって、どれだけ富が貯えられたことか!
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目の前が海で、奥の平坦な島が能登島。この海で商いをしていて、ガッチリ稼いだのですね。
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残念ながらしばらくは閉鎖されたままで、この後は復旧されることはあるのでしょうか?
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再び日本海側へ。能登金剛と呼ばれる断崖絶壁が続く美しい海岸線です。遊覧船の出ていますが、見たところ誰も観光客は乗っていなそう。それとも朝早かったから試運転に出かけたのかな?
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この日は天気が悪く、低い雲が垂れ込めどんよりした天候。それでも雨が降らなかっただけましかな?
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 次回は、前々回の「道の駅とぎ海街道」で看板に記載されていた巌門と旧福浦灯台へと行きます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月10日月曜日、天気は曇り時々雨で最高気温は10℃で、最低気温は2℃。今週は0℃になる日もあって、少しずつ冬に向かっているのが分かります。
新聞では、夏は暑くそして冬は今年も豪雪になる地域もあるとか。函館はそうではないのですが、雪の少ない道東・十勝が昨年大雪で大変でしたが、それが今年も大雪になるとか。一晩で1m以上も積もることもあるそうで、湿った雪が1メートルも積もったら雪かきが大変!想像するだけで、真っ暗です。

さて、秋の旅は12回目となります。前回は志賀町旧富来町から「岸壁の母」についてお伝えしましたが、今回は東隣の町である中島町から。といっても、2004年10月1日に中島町は、周辺の田鶴浜町、能登島町と一緒に七尾市に合併して七尾市の一部となっています。
県道23号線を「道の駅 とぎ海街道」から東へ進み「道の駅 なかじまロマン峠」へ寄ろうとしたら、偶然「お祭り資料館」を発見し、寄って見学することにしました。入館料は大人200円でした。
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能登半島のお祭りと云えば、「キリコ」の山車が出るお祭りしか想像つかなかったのですが、ここは能登中島でしか行われていない「枠旗祭り」を紹介している資料館です。
きっと、七尾市に吸収合併される前に完成した中島町の郷土資料館だったところだと思います。何やら巨大な天狗のお面が飾られているのかな?
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枠旗祭りは、収穫を喜び方策を神に感謝するお祭りで、毎年9月に中島町の4か所で行われているとか。
40名ほどの担ぎ手が担ぐ枠に高さ20mを越える深紅の旗を通した旗を掲げて、「イヤサカサー」の掛け声とともに差し上げて練り歩くと云います。
再現ビデオを鑑賞しましたが、それは豪壮なお祭りでかなり賑やか。
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猿田彦の巨大な顔。猿田彦と云えば、猿田彦神社があって「道開きの神」として天孫降臨の道案内をしたという神話があります。天狗も道案内をするから、共通点がありともに異形でそれで、神様の道案内をした神様「猿田彦」の顔を天狗にした!というのがここの天狗なのだそうです。
半分分かったような分からぬような。実は、この日は閉める時間30分前だったので、係りの方がつきっきりで説明してくれたのです。
おまけに、北海道から来た!のが分かると、なおさら詳しく案内してくれて助かったのですが。
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この銀色の矢みたいな物も説明してくれていたんだけど、旅を終えて一月以上経過したらほとんど忘れてしまいました。かなりお祭りに重要な役目をする物だったのですが。
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これは猿?猿田彦から来ているのかな?
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中島町の全集落、各末社から集められた猿田彦面や、羽田、太鼓、お道具類などの祭具が展示。いろんな天狗の顔が面白い。この辺りは秋田の「ナマハゲ館」みたいで、集落ごとにお面が少しずつ違う表情をしているのです。
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それ以外にも、中島町の歴史が紹介されていて、まさに郷土資料館でした。
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ということで、七尾市といっても3つの町村が吸収合併されて七尾市に編入されましたが、20年経過しても郷土を忘れない心を今も持ち続けて、祭りを行っていることは素晴らしいこと!ただ、年々少子化により担ぎ手が減っているとのこと。これは何処でもそうですが、重たいものを担ぐ若手が年々少なくなっています。伝統行事も減ってしまうし、そのうち絶えてしまうかも?悲しいことですが。

この日は能登島へ戻り、2日前と同じ能登島の道の駅で車中泊。
さすがに11日から13日まで三連休だったから、道の駅には車中泊する車は5台以上あって、2日前は一人ぼっちだったのとは違います。ナンバーを見れば、京都や大阪、関東の車も。一番遠いのは私の車ですが。

次回は、再び能登半島の西海岸を走ります。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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