函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2024年11月

11月30日土曜日、天気は雪が降ったり止んだりの1日中降雪の日。でも、みぞれっぽい雪だから道路は日向では雪は融けていて滑ることはなく安心です。今日で11月が終わり、明日からは12月。間もなく2024年が終了し、来年は2025年。時間が過ぎるのは早いもので、あっという間。車中泊の旅もいつまで出来るのか?それを考えると、あと数年か?時間を大切にしなければ!とつくづく感じる昨今です。

さて、永平寺を拝観後、北へ10㎞走り坂井市へ。ここには江戸時代以前に築城された城で、現在も残っている12の天守の一つである丸岡城があるのです。
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城の周囲を車で走ると、有料駐車場があって、1時間100円だったかな?空いていたのでそこに停めて歩いて坂を登ります。越前大野城と比べると、はるかに坂道は少なく10分以内で登れそう。
坂道を登って天守閣へ行く城は山城が中心で、例えば岡山県高梁市の備中松山城や岐阜県恵那市の岩村城、さらには島根県安来市の月山富田城などは、かなり歩いて登った城でした。今回の旅でも後から紹介しますが石川県七尾市の七尾城なども山城だし、数年前に車中泊したこともある春日山城(新潟県上越市)も山城ですね。
ここは平山城で、山城と平城の中間。高さにすると30mはないでしょう。
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難なく城のある小高い丘の上へ到着。天気も良くて、平日の木曜日にも拘らず観光客もチラホラ。
天守の高さは12.6m、石垣の高さは6m、城山の高さは17mしかなく、30mはありませんでした。
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国の重要文化財としての丸岡城天守閣の説明が詳しく書かれています。
1575年というから450年ほど前のこと。織田信長は越前の一向一揆を平定するため大軍を派遣し勝利。ここ越前の国の土地を恩賞として部下の柴田勝家に与えます。勝家からここの土地を与えられた甥の勝豊は城を築いたのです。だから丸岡城の初代城主は柴田勝豊で、1576~1582年まで務めています。
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その後徳川家康が天下を取るまで安井家清青山家2代(宗勝忠元)、今村盛次と城主が4人替わり、江戸幕府となってからの初代藩主は本田成重(1613~1645)。本多家は4代続いたが、1695年に有馬家の有馬清純へ。有馬家は明治維新(1869年)まで8代続きました。
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大きな石で出来た鯱。高さは1.66mもあったそうです。かなり重そうで、地震が心配。
実は1934年(昭和9年)に国宝に指定されますが、戦後の1948年(昭和23年)に福井地震が起こり城は倒壊し国宝から外されています。きっと、ここの鯱はその地震で落ちたものでしょうね。
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かなり急な石の階段。自分が登っている時、中年の小太りのおばさんがタクシー運転手に手を引かれて、恐る恐る降りて来てました。手摺りもなく落ちたら大けがしますね。
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入城料金は確か460円だったかな?3階建てになっていて、1階からの眺め。
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江戸時代の城下町としての丸岡城と周辺。大きな堀もあったし、天守閣だけではなく、二の丸や三の丸、櫓もいくつかあったんですね。堀の外側には城下町として栄えていたことが分かります。
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石垣の高さは最大で6mもあって、天守閣を攻めるのは大変です。
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今まで行ったことのある城は、北から弘前城、松本城、姫路城、備中松山城、四国では丸亀城、高知城、松山城、宇和島城。残りは彦根城と犬山城の2つのみ。
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梯子に近いくらい急な階段でロープを引っ張りながら昇らなければいけないし、降りるときもロープなしでは怖くて無理で、なにせステップの幅は10cmくらいしかないのですから。これを見て恐れをなしたのか、断念する中年女性の方もいたほどです。
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 次回は、この急すぎる階段?を昇り2階、3階からお伝えします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月29日金曜日、天気は小雪が舞う初冬の天気。ついに本格的に振り出してきた雪は、夜には積もりようになって、明日朝が路面が凍結している危険性がありそうで、車の運転は怖そう。
いくら新品のスタッドレスタイヤを履いていようが、四輪駆動だろうがアイスバーンの道路は誰しもが慎重にならざるを得ない怖さ。明日は土曜日でお休みのところが多いから良いけど、晴れて太陽の力で雪を溶かして!と祈りたいです。

さて、永平寺の3日目です。ここは承陽殿。額の文字は、何と明治天皇の直筆で、道元禅師へと送られたもの。ここは開祖である道元の御真廟です。つまり、もっとも大切な聖地ですね。
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このような部屋はいくつもあって、どれも同じように見えるのは信心深さが足りないから?
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漢字だらけで、何が書かれているのか分かりません。きっと由緒あるものなんでしょうね。
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庭がきれいで、山の中腹に造成された永平寺は、何段にもわたって寺院が建設されていて、全部ゆっくりと見るには時間を要します。歩き疲れもあって、1時間半ほどでギブアップ状態です。
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先ほどの承陽殿の説明です。明治天皇から送られて、と書かれていますが、仏教の一開祖に対して当時の神の領域にあった天皇から額が贈られたということは、よっぽど道元禅師が大事なお方だったのでしょうね。明治時代から700年も昔の人なのに
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森の中の厳粛な雰囲気が漂います。冬の季節は、きっと寒いだろうし観光客も少ないから、森閑としたここは修行する若いお坊さんにとっては厳しい場になるでしょうね。
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大きな山門の仁王像。青い顔が睨みつけてきて、ちょっと怖そう。
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反対側には赤い顔と白い顔。きっと、これらも仏教の中の一つの神様なんでしょうね。よくわからないけど・・・。
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最後に、一番奥の部屋にあった金ぴかの部屋です。豪華絢爛のお部屋といった感じです。
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見学者の中には、ただの観光に来た人とは違って深い信仰心を持った曹洞宗の方もいるでしょうね。
自分の知り合いの中で、一週間ここで修行を積んだ人もいましたから。
ここでは、個人で座禅に参加したい方もいるから受け入れているのです。
日帰りまたは一泊二日の参禅・座禅・朝のおつとめなど。関心あるお方は事前の予約が必要ですので
必要ですので、永平寺のHPを見て応募して見てはいかがですか。

次回は、永平寺から10㎞ほど北へ進み、坂井市にある丸岡城へと向かいます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月26日火曜日、天気は午前中は晴れているが夜には雨のマークが付いて居て、これから悪化するのでは?それでも最高気温は10℃を超えて寒くはない。

さて、ここは永平寺の内部。700円のは拝観料を支払い外靴を脱いでビニール袋に入れて持ち歩きながらの撮影です。カメラは一部を除き撮影オーケーです。
ここの大広間は「傘松閣」という名前がついていますが、左の人物については誰だったのか?は良く拝見しなかったので分からずじまい。創建者の道元ではないようです。もっと、近づいてじっくりと見ておけばよかったです。といっても後の祭りですが。
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天井を見れば、すごい絵が一面に描かれています。
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中庭がいくつもあって、ここはその一つ。立派な庭ですが、防火のための消防施設が真ん中に置かれていて、これは消防法で定められているとはいえ、ちょっと景観の邪魔。
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中庭から見えた山門。1749年というから江戸時代の中頃に建設された建築で、階の上には釈迦如来像五百羅漢像などが安置されています。
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さらに渡り廊下を歩いて上へ。
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僧堂は修行僧の合宿所みたいなところで、座禅・食事・睡眠をとる大切な道場ですね。
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鐘楼と奥には魚の形をしたものは、二つとも寝ている修行僧を朝早く起こすために使われるのかな?
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奥の部屋を見ると、ここで寝起きしているのでしょう。歩いていると若いお坊さんが何人も仕事しているのか、出会いましたから。
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まさに合宿所に相応しい部屋。でも、21世紀の若いお坊さんには耐えられるのか?これじゃ、プライバシーなどは全くないですね。
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小さな鐘楼と太鼓も、目覚ましアラームなんでしょうね。何時に起こされるのだろう?きっと早いはず。朝4時ころ?もっと早いかな?
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祈祷と書かれているから、ここは祈りの場かな?
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山門を正面から見ます。屋根の上にさらに立派な凝った作りの屋根。
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さらに見るべき場所はあります。が、それは次回にお伝えいたします。
先ほど札幌の友人から電話がかかって来て、札幌は積雪が数㎝あるとか。函館は南なので雪は全くなし。今の状態では夏タイヤでも大丈夫なほど。でも、来月に入ると雪は降って、積雪になるかな?

出来れば、雪は積もらないで欲しい!暖かい冬を過ごしたいです(笑)。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月25日月曜日天気は晴れで気温は10℃。前日の日曜日は晴れでも最高気温7℃で、しかも海からの冷たい風が吹き、外を歩くのも完全冬装備。頭には毛糸の帽子を被り手袋をして、インナーはヒートテック、外着は厚手のフリース。ズボンはフリース素材の厚いもの。靴下も厚手の長いものを履いて出かけた先は?というと。

カツオ選手が代表を務める道南リングの今年最終戦を応援するためです。
午後1時半開始は、寒い中で応援に駆けつけてくれた人たちに配慮したため。日の当たる内に終了したいからです。
入場無料の大会は、今年2024年は道南各地で17大会目。今年も道南のあちこちの市町村で行いました。
まずは、カツオ選手の挨拶から。
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リングサイドの椅子席は、協賛してくれたスポンサー席。その周囲に立ち見ですが、およそ200人近い人々が観戦。
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第1試合は、デビュー戦となる黒タイツ姿の斎藤選手23歳。対するピンク色の肌露出度の高い選手は、ベテラン40歳を過ぎた忍選手。
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時には場外戦も。手前の黒シャツ姿はレフェリー。観客席の外側は公園になっていて芝生です。投げられても安全?
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結果は10分間粘ったけど、斎藤選手デビュー戦を勝利出来ず敗退。忍選手の貫禄勝ちでした。それでも十分やっていける力を発揮。道南リング期待の星になれるでしょう!
頑張った斎藤高汰選手でした。
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第2試合は女子プロレス。黄色のコスチュームは今年6月にデビューした松本千穂選手。それに対し白いコスチュームは神田愛実選手で、神田は30歳を迎えた中堅どころの選手。
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デビューしてまだ5ヶ月の松本選手へは、チビッコたちから黄色の声援がたくさんかけられて盛り上がります。先輩の神田選手からの厳しい攻め。松本選手は善戦虚しく敗退。
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ハーフタイムには、チビッコプロレス。小学校3年生以下、10歳未満の子どもたちがリングイン。
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大勢いたため、2部に分かれてそれぞれ10人くらいずつがプロレスラー相手に戦います。
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もちろん、レスラーは本気で戦うわけはなく、3分以内でスリーカウントを取られ敗退です。これはこれで、大いに盛り上がりました。最後に保護者の皆さんが、子どもたちとレスラーをモデルにして記念撮影。
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そしてメインイベントは、赤コーナー地元の英雄のカツオ選手とメキシカンのアレブリヘ選手VS青コーナーはマスクマン同士の神楽選手とエル・ホルネット選手のタッグチーム。
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神楽選手はカツオ選手をリング外へ落とし、場外乱闘。
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メキシコからやって来ているアレブリヘ選手は「寒い!寒い!」とたどたどしい日本語で笑いを誘います。
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最後は、カツオ選手のコーナートップからのダイブで勝利!メデタシめでたしです。
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最後に、エキシビション・マッチとして、デビューしたばかりの斎藤選手と松本選手の3分間の試合が組まれました。斎藤選手のコーナートップからバク転が松本選手へ!
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3分間は彼らにとっては短すぎ。あっという間に時間が経ち、ドロー。
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ということで、今年最後となった道南リングのプロレス試合はこれにて終了となりました。

写真を見てもお分かりの通り、天気は良くて太陽が顔を出していたけど、風は冷たくてとっても寒い日でした。もっとも、試合は熱くて盛り上がったので大盛況だったのでした。
お客さんも大きな声を出したり、手拍子だけではなく手を上げたりして動かして、寒さを吹っ飛ばしていて、見てても暖かいイベントでした。

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11月24日日曜日、天気は晴れだが最高気温でも7℃、最低は0℃と寒い日。外では水溜りに氷が張っていて、風はないけど空気はとても冷たいです。

さて、秋の旅は朝早くに福井市の一乗谷朝倉氏遺跡を見学。その後さらに6㎞ほど北上して永平寺へ。
永平寺のある地区は谷沿いの狭い地で、駐車場が少ない。値段もまちまちで、その中で民家の一部を開放して観光客に駐車場として開放している家へ。1日300円で駐車出来ました。
そこから5分以上、門前町の商店街を歩いてお寺へ行きます。後ろを振り返ると団体さんがゾロゾロやって来ていますね。
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正門へ到着。背後は鬱蒼とした森。境内も多くの木々に囲まれていて、まさに聖地の雰囲気たっぷり。
見ての通り、老いた杉の木に囲まれしっとりとたたずむ禅宗のお寺です。
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永平寺は、福井県永平寺町にあって町の役場のある中心街から南東へ5㎞くらいの山間部に位置しています。背後には大佛寺山(807.3m)があり、その山から永平寺川がお寺の南側を細々と流れ、やがて北へ向きを変えて九頭竜川へと合流し日本海へ注いでいます。
ご覧の通りに、ここは曹洞宗の総本山で、曹洞宗では総持寺(神奈川県横浜市、大阪府茨木市、石川県輪島市の三か所にあり)と並ぶ中心的大本山です。
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永平寺の全景が分かる図を見ると、広大な境内を持ちお寺がいくつもあります。実際見て回ると1時間半以上はかかると云われる広さ。それに階段をたくさん昇らなければいけないし、かなりの体力が必要。今回のblogは、まずは境内からお伝えします。
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正面へやって来ました。ここで入館料を支払います。700円だったと思います。その前に周辺を散策。
結構、海外からの観光客が目につきます。やっぱり、日本の文化に触れたくてやって来るのかのかな?
こんな田舎と云ったら失礼だけど、交通の便も悪いしアクセスの良い京都や奈良と違ってレンタカーで来るしかないような地でも、多くのインバンドが見学していました。
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入り口の前の、ここはお清めの水が流れているところでしょうね。手と洗い口の中をすすぎます。
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境内を歩くだけでも十分な広さ。
ここは鎌倉時代の1244年に創建された、800年近い歴史ある日本を代表する寺院の一つです。道元(1200~1253)が開祖。
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開祖の道元は、ひたすら座禅に徹することを説き、座禅そのものを重視していて、それを仏教用語で只管打坐(しかんたざ)と云います。道元は世俗権力との結びつきを避け、だから奈良や京都から遠いここ越前の山奥を本拠地として厳しい修行を行ったのです。
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座禅を行えるから外国人観光客が多いのかもしれません。50分ほどの日帰り座禅や宿泊して精進料理を食べる1泊2日の体験座禅コースもあるから宿泊施設も完備。詳しくはHPを見ると分かりますよ。
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ここは、まさに禅の道場ともなっているのです。私の知り合いも、ここで一週間コースで修行した方がいますから。まさに体験学習ですね。
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二重の塔も外から見れます。
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2階、3階があるのは宿泊施設でしょうね。食堂もあるようだし。ただ、日帰りの見学者は一部立ち入り禁止の場所がありました。例えば浴場などはダメ。宿泊者のお風呂だから、立ち入ってはダメですよね。
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次回は、いよいよ内部へと向かいます。
以前能登半島を旅した時に、輪島市の総持寺を見学。訪れる数年前に地震があって、修理中のところもありました。今年は元旦の大地震に加え、夏の大雨によるダブルの災害で、とても訪問することは出来ない状況です。だからこそ曹洞宗の総本山として、ここだけは見学したかったのです。

では、永平寺の内部は次回ということで、またお会いしましょう。

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11月22日金曜日、天気は朝方は雨、10時を過ぎてからは晴れ。最高気温は9℃だったが、太陽が出てからは暖かい初冬の天気で雪もなく穏やかな日でした。
前回より数日お休みしましたが、実は母が99歳で亡くなり、その葬儀で私が喪主を務めていたのでblog作成が出来なかったのです。ようやく儀式そのものは終了しましたが、事務処理がいくつも残っていて、多分12月いっぱいまでかかりそうで、慣れないことだからしばらく頭を悩ますことになりそうです。

さて、ここは福井県福井市の一乗谷朝倉氏遺跡。そして、ここは湯殿跡庭園です。
広大な遺跡の中にあって、ここがどのように使用されていたのかは今も不明らしいです。
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高台に上がって撮影。ここだけでも広い敷地であることが分かりますね。戦国時代、有力大名として北陸は越前の国を抑えていた朝倉氏。都の京都を真似て小京都と呼ばれる地であり、保存状態も良く一乗谷は日本のポンペイとも呼ばれています。
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織田信長に滅ぼされた朝倉氏は、但馬の国(今の兵庫県北部)出身で、14世紀南北朝時代に越前に入国。15世紀の応仁の乱で活躍し、朝倉孝景の代に一乗谷に本拠地を移して、越前を治める戦国大名となりました。
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それにしても広い。散策するだけでも1時間以上はかかります。それもほんの一部のみ。背後の山にも登ると1日を費やさなければいけないほどの広大さです。
信長に完全に壊滅され、建物などすべてが破壊された地なのに、よくここまで整備したものよ!と感心します。多額の費用と労力がかかったのではないでしょうか?
一乗谷には重臣たちを集めて住まわせ、能力による登用や国内の人材の育成に注力。だから、ここは政治・経済・文化の中心地でもあったのです。
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5代目の朝倉義景の時代は、一乗谷に豪華絢爛な京文化の花を開かせ、詩歌や絵画などの文芸に優れた戦国武将として世に知られていました。
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中の御殿跡は、その文化の中心の地。全国の戦国大名の中でも朝倉氏はひときわ文化人としても知られていたのです。

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諏訪館跡は、愛する妻の建物だったそうです。
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ここにも広大な庭園が整備されていたのです。
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しかし、信長は1573年に朝倉氏を滅ぼして、一乗谷を徹底的に壊滅したのでした。信長が独裁者だったし、とても文化人とはいえない人柄。例えていうならば、アメリカのトランプ次期大統領かイスラエルのネタニヤフ首相か、はたまたロシアのプーチン大統領みたいなタイプでしょうか?
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我が家の周辺には野良猫が何匹もいますが、その中である大きな黒猫がいて時折周りの猫と「シャーシャー」と甲高い声を出してケンカするのです。そのが夜中に行われると、うるさくてうるさくて!
それで、その黒猫に「プーチン」とあだ名を付けました。嫌われ者の黒猫!相応しい名前なのか、はたまた黒猫でも「そんな名前つけないで!」と叫ぶか?どうでしょうね。
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あちこちにある庭園や館。
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これをご覧ください。すごい広い敷地であることが分かりますね。背後の山の山頂まで城跡だったのですから。小さな川の谷沿いに城下町が形成されていたのです。
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こちらは唯一の有料「当時の街並みを再現した建物群」。もっとも朝9時からオープンだったので、まだ開いておらず。外側から撮影するだけでした。
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それにしても信長は酷いことをしていますね。
1570年に朝倉氏を滅ぼした後、同年本願寺と石山戦争を始めて10年間に及ぶ戦いが起こります。翌1571年には比叡山・延暦寺を焼き討ち、1573年には将軍足利義昭を追放し室町幕府を滅亡へ。
さらに1574年には伊勢長島の一向一揆を平定
1575年には長篠の戦で武田勝頼を敗北させ、82年天目山の戦いで武田氏を滅亡
まさに天下を取りに行っていた矢先の1582年本能寺で明智光秀に襲撃され、全国制覇は未完の内に終わったのでした。
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 ということで、歴史の特に1500年代戦国時代の勉強になりましたね。
次回は、少し北にある曹洞宗の総本山、永平寺を訪れます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月18日月曜日、天気は晴れ時々小雪が舞う初冬の天気です。最高気温は5℃で最低気温はマイナス3℃と、水溜りでは氷が張っている寒さ。これから、どんどん真冬に向かっていくのでしょうね。

さて、秋の旅9日目は福井県の県庁所在地であり、最大の都市人口26万人の福井市の郊外、一乗谷朝倉氏遺跡からお伝えします。広大な敷地で、まずは朝倉館跡から見学します。朝倉氏は戦国大名として北近江や北陸・福井を治めた人物。1560年代から始まる織田信長の全国制覇の前に、立ちはだかったのですが・・・。
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1570年姉川の戦い織田信長により朝倉氏は浅井氏とともに戦ったが敗北し、滅ぼされます。ここ一乗谷はそれまでの100年間、小京都として栄華を極めた地であったのです。
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無料の駐車場、無料で見学できる朝倉氏遺跡。駐車場のマンホールにも「一乗谷朝倉氏遺跡」の文字がありますね。
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当時の織田信長の勢いはすごい!1559年に尾張地方を統一し、翌1560年には桶狭間の戦いの戦いで今川義元を破り、67年には斎藤竜興を破ります。68年には足利義昭をたてて京都に入り、70年に姉川の戦いで浅井・朝倉軍を破ったのです。
では、門をくぐり中へ入りましょう。
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遊歩道は整備されていて歩きやすい。左の見える看板は冒頭の写真の説明板です。
一乗谷というくらいだから、両側は小高い山となっていて谷沿いに町が形成されていました。
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さらに、もう一つの門が。橋を渡ります。
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堀には鯉がいっぱい。
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エサは持ってなかったけど、音を立てると集まってきます。いろんな色の鯉がいて、面白い!
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目の前には広大な緑の芝生。550年前は、ここで何をしていたんだろう?戦いに備えてのトレーニング?
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京都を真似てミニ京都をこしらえた大名は何人もいますね。山口市も大内氏が真似てこしらえたけど、下剋上の世で滅ぼされますね。江戸時代に入ってもミニ京都は全国で造られます。神社仏閣が多く、碁盤の目状の街並みは、昔も今も京都は憧れの町だったんですね。
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次回は、もっと詳しく一乗谷朝倉市遺跡をお伝えしていきますね。
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11時を過ぎたら、空は灰色へ変わり天からはたくさんの粉雪が舞ってきてます。積もりはしないけど、冬の季節になったんだな、と実感。これから長い冬の季節です。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月17日日曜日、天気は曇りのち雨で最高気温は17℃、最低気温は2℃。ニュースでは東京など本州で25℃と、まるで11月半ばの秋の気温ではなく夏のような気温で驚いています。これじゃ、秋の季節はなく長い夏の間に冬があって、かすかに春と秋がある程度。それに比べて北海道は12月~3月初めまで冬、3月半ばから5月まで春、6月から9月半ばまで夏、9月半ばから11月まで秋と、季節感がハッキリしていて、温暖化の今はやっと北海道と北東北が温帯へ、関東から西日本は亜熱帯へと気候区分が変化してきているのでは、ないでしょうか?

さて、秋の旅の8日目の後半。午前中は大野市の越前大野城を見学した後、地図(昭文社のマックスマップル、中部・東海・北陸 10万分の1)を見たら、5㎞ほど北に「勝山城」の表記があり、「歴史上の位置と形状は異なる。高さ日本1の天守閣の内部は博物館」と添え書きがあって、興味が湧いてきたので行ってみました。
石垣に彫られた彫刻は、福井と云えば恐竜!9匹の龍が彫りこまれています。
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名前の通り大野市の北の勝山市にあって、高さ日本1だから何処からでも見れて、とても目立った存在でした。鉄筋コンクリート造りの天守閣は、姫路城に似た模擬天守を持つ博物館となっていて、訪れたこの日はたまたま休館日で、残念ながら入城することは出来ず。
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実際の勝山城は、戦国時代の1580年柴田勝家の一族である柴田勝安によって築城されていますが、明治時代に廃城となり城の建物は取り壊されています。場所も現在の勝山市役所に本丸があったけど、市民会館建設で石碑のみ。その代わりに南西2.7㎞付近に写真のような城を建設したのが1992年で、オープンしてから既に32年も経過しているんですね。高さは57.8mもあるといいます。
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つまり、城のような形をした博物館だったのでした。
ここでさらに地図を見たら、1㎞北に「清大寺」というお寺の説明に「北陸三大仏の一つ越前大仏」と書いてあって、少し興味が湧き、行ってみることに。
広大な駐車場から歩くこと100m以上、目の前には大きな近代的な寺院の建築物が。
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通りの両側には大仏さんがいくつも立ち並んでいます。
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ただ、越前大仏を見るには料金500円が必要で、料金所の前でそこまで見ることもないな、と勝手に判断して見てはこなかったのでした。
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で、この日はその後同じく地図を見て、10㎞西の道の駅「禅の里」に温泉が併設されているのを発見。温泉に入ろう!と行ってみたが、残念ながらこの日は休館日。道の駅は開館していて尋ねたら「福井は水曜日が休みが多い」とのこと。通りで、あちこちでお休みのところがあったので納得したのでした。

結局、前回のblogにも書きましたが、その日は大野市の銭湯で入浴し、道の駅「荒島の郷 越前おおの」で車中泊したのでした。

では、また次回でお会いできるのを楽しみにしております。

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11月15日金曜日、天気は曇りで最高気温は13℃、最低気温は5℃。今日はどんよりした天候だったが、雪の降る気配はなし。ただ、来週はとうとう市街地でも降って積もる予報が出ていて、いよいよ雪かきショベルの出番で、雪かきが待ち遠しい。

さて、秋の旅はいよいよ福井県へ。ここは岐阜県郡上市から九頭竜川へ峠越えして大野市へ入り、越前大野城へ。
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で、ここへたどり着く前に二の丸があります。最初はここが天守閣かな?と勘違い。なぜかというと?
ここへ来るだけでも大変だったのです。何が大変かというと、駐車場から歩いて登らなければいけないからです。
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自分が停めた場所が悪かったのか?他に駐車場があったのですが、いずれにしても大野盆地の中にある標高249mの亀山という名の山の山頂に築かれた城なのです。そこへは歩いて行くしか方法がないのです。写真のような急階段を登ってヒーコラ、ヒーコラして喘ぎながら登頂したのでした。
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階段を登ると、大手門があって、その門の奥に見えたのが二の丸。これだと、疲れ切った身体にはあそこが天守閣だ!と錯覚してしまいますよね。
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入城料は、確か300円だったかな?初代城主は金森長近で、戦国時代の1576年から4年の歳月をかけて城郭を築き、麓には碁盤の目状の城下町を造ったのでした。
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金森長近は室町時代の1524年に美濃の国(岐阜県)に生まれ、18歳で織田家に仕え、8歳だった織田信長の世話係となった人物。当時、相当やんちゃだったろうガキ大将だった信長を世話するのは、大変苦労があったことでしょうね。
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城主はその後いろいろと変わり、江戸時代は土井家が代々大野藩主となり、特に7代目の土井利忠は藩政改革によって藩財政を立て直し、身分を問わず優秀な人材を登用して名君となっています。
秋には天空の城として知られていて、城のある亀山の向かい側にある犬山に登ると、こんな幻想的な写真が撮れそう?でも、こんな写真を撮るのは時間とかなりの体力と忍耐力が必要です。
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3階建て内部は資料館になっていて、いろいろ学習しながら上へと上がって行けるのです。
城そのものは1775年の大火で焼失、現在のは残された図面を参考に1968年に再建された鉄筋コンクリート造りの城です。
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この竹筒は何でしょう?大砲のような形をしているけど、竹で包まれていて、まさかこの穴から砲弾が飛び出すなんて?と想像できないですよね。
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で、読んでみたら木砲という大砲でした。大野藩で使用されたもので、実際か火力不足で貫通力は弱かったが、城の堀を越えて建造物を破壊する程度の力はあったとか。
歴史上では、大坂冬の陣(1614年)で豊臣方が、戊辰戦争(1868年)では伊達藩が使っていて、何と日露戦争(1904~1905年)でも日本軍が追撃砲のように使用したとか!
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大火で焼失したとはいえ、本丸の鬼瓦も残っています。大の字が彫られていますね。
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3階まで上がり外を見ましょう。まずは大野市の西側。この下の駐車場から上がって来たのです。周囲を山で囲まれていて、まさに盆地!夏は暑いでしょうね。
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東側は大野市街地。2024年の人口で3万人というから地方の小都市で、何処もそうだが超少子高齢化のより若者の流出、高齢者の増加、そして過疎化の波に飲み込まれていますね。
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市の奥に日本百名山荒島岳(1523.4m)がありますが、雲がかかっていて半分くらいしか見えないです。荒島岳の麓に道の駅「越前おおの荒島の郷」があり、この日の夜は、そこで車中泊。とても広大な駐車場があり、車中泊としては三ツ星クラスの最適な地。夜は満天の星空で、とても感動したことを覚えています。
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少し北側を見ます。北東の方角です。こちらにも日本百名山の白山(2702.1m)がありますが、雲に隠れて見えず。
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こちらは南側。私が入浴した銭湯はこの地区。市内には3つの銭湯があって、入浴料は490円。他に温泉も数か所。私は亀の湯に行ったが、実はそこで地元の福井テレビからインタビューされたのです。それは「あなたはなぜ、ここの銭湯へ?」という質問で、アナウンサーも函館から来ていることが分かり、驚いていて5分ほど話したのでした。
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南西側が田園地帯。中央の山が、先ほどの天空の城を撮影した犬山で、歩いて登らなければいけません。そこで霧の中の城を写しのですが、シャッターチャンスを待つのが大変ですね。
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ということで、ついに福井県までやってきた今年の秋の旅。自分と同じ名前の大野という町へやって来て、とても感動したのでした。
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では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。


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11月14日木曜日、天気は晴れ。今日も朝夕は冷えるけど、日中は秋晴れの暖かい1日でした。でも来週は雪マークが付いていて、いよいよ冬本番か?と思わせるような天気予報です。まぁ、いつ来ても大丈夫で、用意万端で備えています。

さて、秋の旅は昨日に引き続き奈良井宿からお伝えします。この通りは結構長くて300m以上はあるかな?いや、もっとあるかも知れない。このような長屋の作りの木造建築がずーっと続いているのです。
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そして、ところどころに「飲場」と書かれた看板に示すように水場があるのです。険しい谷沿いに造られた中山道の宿場町。両側の山から湧き出た水がたくさんあるのです。
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これは庚申塚ですね。もともとは中国から伝わった庚申信仰に基づいて建てられた石塔ですが、村の守り神としての役割も果たしているはず。これは全国あちこちにありますね。といっても、北海道は歴史が浅くて庚申塚はほとんど見かけることはありませんが。
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どんどん歩いて行きましょう。この道、300mではきかないですね。
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これは何だろう?小槌で叩くのは大きな木の輪。その中に板があるから、それを叩いて何かを知らせるのでしょうね。「ドンドン」と音を出して「お客さんが来たよ!」とでも知らせるのか?
はたまた、お客が叩いて知らせるのか?木の上にある木製のお馬さんも面白い!
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こちら越後屋は、お蕎麦の食堂です。信州・長野県はソバの産地でもありますね。でも、蕎麦の生産量は北海道が日本全体の過半数を占めているのですよ。各地にソバの名産地があって、例えば出雲戸隠など有名だけど、市場の美味しいのは日本1の産地の幌加内町音威子府村かな?
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最初は雨が降っていたけど、段々小降りへなり、傘を差さなくても大丈夫歩けます。
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10月8日だったけど、今月末の「ハロウィン」に合わせてかぼちゃの飾り物が。
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ここ、着物体験のお店。通りで外国人が多かったことが分かります。アジア人はほとんど見かけなかったけど、欧米人が良く目についたのです。
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このお店の看板が面白い。家具・雑貨・古民具の販売しているんですね。
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ここのお店、漆器店ですが、大きな櫛が素敵です。
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ここは「フレンド」という名の民宿またはゲストハウスかな?
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ここでも水が湧き出ていました。
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 ということで、ここ奈良井宿で1時間以上散策。じっくりと中山道の宿場町を歩いたのは初めて(北海道には宿場町はないですからね)だったので、とても興味深かったのでした。

この日は長野県を脱出して西隣の岐阜県の郡上市の道の駅で車中泊。翌朝はさらに西へ移動して福井県へ。次回は福井県の越前大野市からお伝えします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月13日水曜日、天気は晴れで10℃だが、最低気温は0℃と寒い朝を迎えています。もっとも、雪は降っておらず日が昇るに連れて暖かくなって、家の中では暖房いらずの1日となっています。

さて、秋の旅7日目は10月8日で、長野県塩尻市奈良井から始まります。塩尻市といっても、その区域は細長く国道19号線沿いであり、かつ中央本線沿いに集落があって、奈良井は南端でとなりは木祖村でありかつ木曽町に面している江戸時代は中山道の宿場町だった町です。
観光地として有名な妻籠馬籠はもっと南にあります。
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江戸と大坂を結ぶ道は、東海道中山道。どちらも甲州街道日光街道奥州街道とともに五街道として当時の重要な道。道沿いには宿場町が整い、藩境には関所もあったのです。
道沿いには多くの旅館や民宿、お土産物店や飲食店が立ち並び、にぎやかな通りになっていますが、もっとも私が訪れた時間は午前8時過ぎだったので、まだ人通りは少なかったです。
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では通りを歩いて散策しましょう。野暮な電柱や電線は地下に埋設していて、見た目はスッキリ!
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ところどころで、水が湧き出ていて飲むことが出来ます。冷たくて美味しい!
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道中安全」と彫られた石像には、二人の女性かな?あちこちに、このような道祖神があります。
道祖神は、村の境界や道の分かれ目などに置かれる神様で、村を守る旅の安全を守るなどの役割があるから、これは宿場町として旅の途中である女性二人の安全を祈念したものなのでしょう。
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木製の鳥居があって、地元の古老が草刈りをしたり、花の手入れをしていて微笑ましい。
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さすがに朝早かったせいか人通りは少なかったけど、その中で目立つのは外国人観光客で、それも欧米人のカップルが多い。きっと前夜にここで宿泊して朝散歩に出かけていたのでしょう。
何度か、「Good morning!」の挨拶をしましたから。
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これは草鞋(わらじ)。稲わらで編んだ和製の靴(?)ですね。昔、山登りをしていた時に草鞋を履いて沢登りをしたことを思い出しました。沢登りは水の中を歩くので、濡れるから足袋と草鞋が良いんですね。
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史料館は朝早かったから開館しておらず。
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歩いていて楽しい!まるで江戸時代にタイムスリップしかたのようで、近代的なものは全くなし。写真では奥にアンテナが見えているけど、それ以外は200年前と同じよう。もっとも、その時代のことは生きていないので本やテレビでしか知りませんが。
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さすがに自販機は現代の物ですね。でもカラーは地味な色に統一されていて、派手ではない。よく京都では赤色のお店はないと言われますが、例えばドラッグストアのツルハは、函館でも場所によっては赤色ではなく茶色の店構えをしている店舗もありますからね。
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江島屋の上にある像は何だろう?何かの神様の一人?剣を持っているところを見れば、防犯のための守り神かな?
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臨済宗の大宝寺と同時に、マリヤ地蔵園とあるけど、ここは奥まで行かなかったので分からなかったけど、隠れキリシタンの地でもあるのかな?それともヤとあるから、マリア様じゃないのかも?
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干したトウモロコシと唐辛子が吊り下げられているけど、何か意味があるのかな?
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 次回も引き続き奈良井宿からお伝えしていきます。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月12日火曜日、天気は曇りのち晴れで最高気温は10℃で最低は0℃。ニュースを見てたら本州では25℃を超える夏日続出とか。11月でも夏日の25℃を超えていたら、本当の夏はいったい何度になるのやら?冬は雪が降ったり、霜が降りたり、水溜りが凍ったりするのが季節感があると思うのですが。

さて、秋の旅は長野県に入り飯山城を見学した後、斑尾高原、野尻湖、戸隠高原を経て長野市鬼無里へ。鬼の無い里と書いて「きなさ」と読みます。
ランチを食べた後に鬼無里ふるさと資料館へ。ここは長野市立博物館の別館にもなっている施設。入館料は200円。
広い建物内の最初は屋台や神楽の見学で、祭りで使用される山車や屋台を見れます。こちらは鬼無里神社の屋台。
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特産のの栽培や商業の中心地として栄えた鬼無里では、祇園祭に屋台が引き出されて華やかな祭礼が行われていたとか。時代としては江戸時代から明治時代初期にかけて製作されたもの。鬼無里で切り出されたケヤキなどの材木が使用されています。
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宮大工による木地を生かした「一木彫り」による透かし彫りの龍や唐獅子、牡丹などが屋台の天井や外側に施されています。それはそれは見事な彫刻で、一見の価値ありです。
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ところで、なぜ鬼無里と呼ばれるのか?ここから高校の日本史の学習ですので、思い出してくださいね。
それは一つには672年に壬申の乱天智天皇の弟の大海人皇子が子の大友皇子と皇位継承を争い、一か月の戦いで勝利し天武天皇へ。彼は新しい都を造ろうと土地を探して信濃へ。ところが、里に住む鬼たちが「都なんか出来たら、のんびり暮らせない」と里の真ん中に一夜で山を築いてしまったのです。それに怒った天武天皇は将軍たちに命じて鬼たちを追い払って、それで鬼の居なくなった里、で、鬼無里と。
もう一つは10世紀の平安時代中期のことで鬼女紅葉(もみじ)の物語があります。皇族にして武将だった源経基(つねもと)の寵愛を受けた紅葉という美しい娘がいましたが、奥方に嫌われて追放されて信濃へ。しかし、やがて紅葉は力をつけて地元の盗賊たちと悪事を働き、それが都に伝わり帝は討伐。紅葉は鬼の形相で戦ったが智から付きで32歳の生涯を終えたとか。

それが下に説明している①「遷都伝説」と②「鬼女紅葉伝説」なのです。
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それで、鬼のいなくなった里で、鬼無里となったとか。
もう一つは、古文書に木那佐という地名があったとか。
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いずれにしても鬼無里という地名に興味があって、一度は来てみたい!と思っていたのです。それが今回の秋の旅で実際に訪れて、資料館でさらに学習して資料もたくさんいただきうれしかったのでした。
鬼無里村は2005年1月1日に長野市と合併して長野市鬼無里になったけど、それまでの間長い歴史を持った地だったのです。
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農業や林業が盛んで、その農閑期にはの栽培や畳糸づくり、養蚕も行っていました。土地の85%を占める山林原野ではも生産。戦後は家具や建築資材としても、木材は生産されていました。
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ということで、鬼無里はとってもいいところでした。もっと滞在したかったけど、雨の天気予報で宿泊地を探して離れた地の道の駅へ。次回にもう一度訪れたい!と強く思ったのでした。
結局、この日は長野県安曇野市の道の駅「ほりがねの里」で車中泊。到着した午後4時過ぎから雨が降り出し、夜間中雨降りで朝も降っていました。
次回は翌10月8日長野県南部の木曽路へと行きます。そこで江戸時代に形成された宿場町を訪れ、北海道にはないさすがに歴史のある地区だと、とっても感動したのでした。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月10日日曜日、天気は曇りのち晴れで最高気温は16℃まで上昇。最低は2℃まで下がったけど、夜中だったので暖房の効いている家の中では寒さは気にせず。
先週は初雪が降って近郊の山々は初冠雪で山頂付近は真っ白になっていて、いよいよ冬将軍到来かと心配していたけど、今週は暖かくて冬物衣装は着なくても大丈夫で、秋物で外出。もっとも、そうやって少しずつ冬本番へ進行していくんでしょうね。

さて、積雪のあった札幌では夏タイヤ走行で事故ったケースが相次ぎました。やっぱり雪が降ったら冬タイヤです。そこで、冬支度をした北海道の車など冬の装備を紹介したい、と思います。というのも、以前関西の方から、冬ワイパーで何?って云われたことがあったのです。北国や雪国の人たちには普段使用しているものですが、雪の降らない地方の方には知らないものもあるかも知れません。で、一応写真で紹介しようと思った次第です。

まずは、各家庭では必ず用意しているものとしてママさんダンプ雪かき
降雪量の多い地区ではこれでは足りず、除雪機を購入している方もいますね。函館では年に数回という時もあるし、毎日のように雪かきする時も。今年は少ない年でありますように!と祈りたいです。
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冬タイヤは5年ぶりに交換。新規購入したので、トレッド面は真新しい。ゴムが柔らかくて凍結した路面でもブレーキが利くのです。
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2624の数字は2024年の26週に製造されたもの。6月半ばに生産されたタイヤだから、今年の新しいタイヤです。
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夏用のワイパーと交換した冬ワイパーはゴムが分厚い。雪を払い、氷も飛ばすように大きいのです。
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以前のは3年使用したので、こちらも10月に新規購入。
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車内装備としては、まずは解氷スプレー。フロントガラスに凍り付いた氷を一瞬で溶かすものです。これは絶対必要ですね。
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万が一のためにスコップも。プラスチック製の軽いもので、柄は伸びます。
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ブラシは雪払い。手前のは凍り付いたガラスの表面は削るもの。
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以前は、鍵穴を解氷するスプレーもありました。今は、リモコンで離れていても鍵を開けれますけど。
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 これ以外にも真冬のドライブでは必要なものもあって、それは順次用意するつもりです。
これからの時期は積雪した路面は暖かくなると融け夜間に凍結。そんなアイスバーンの道路では夏タイヤはスリップしてブレーキが利かないし、絶対に冬タイヤに交換すべき。
安心・安全な運転はしっかりと冬装備でしたいものです。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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十一月日金曜日、天気は曇りで最高気温は8℃、最低は0℃と寒い1日となっています。昨日は初雪が降った函館ですが、積雪はなし。札幌では4cm積もり、冬タイヤを履いていない夏タイヤでの走行する車がいて事故が多発してました。北海道は既に冬の季節で、生活が冬仕様でなくては生きていけません。服装はもちろんのこと、家の中の暖房や車も冬仕様で、11月から3月まで(所によっては4月まで)は長い冬のシーズン期間なのです。

さて、秋の旅は長野県へ入り最初の目的地は野沢温泉へ。共同浴場で朝から温泉へと優雅な時間を過ごし、ほてった身体を冷やすためにも涼しい場所へと飯山市へ。日本1長い河川である信濃川の長野県での呼び名の千曲川が流れる長野県最北端の市である飯山市の訪問先は飯山城跡
城跡のそばには高校があって、ちょうど体育の時間で高校生たちのにぎやかな歓声が聞こえていました。広い無料の駐車場から歩いて小高い丘へ登ると、大手門があります。
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江戸時代には門は13もあったとか。ここは復元された門の一つですね。地図を見ると、千曲川が東に流れる天然の要塞のような城構えです。形で云えば平山城です。
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少し歩くと、休憩出来る建物があって、ミニ資料館みたいな部屋もあります。ちょうど紅葉の時期の飯山城をドローンで撮影した場面が見れて良かったです。とってもきれい!
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飯山城の歴史も紹介されていて、城そのものは上杉氏の城の一つで、特に戦国大名として名高い上杉謙信の属城だした。その後は謙信の甥で養子となり上杉家の家督を継いだ上杉景勝が修築して、信濃出陣の拠点にもなっていますね。
その後、上杉家は会津へ移封され、江戸時代ここは数多くの大名たちの城となっています。
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小高い丘の上へと登ってくると、神社があります。神社の奥は断崖絶壁となっていてその奥に千曲川が流れているから、実に良い場所に城を築いたものだと、感心!
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長野県の史跡となっているんですね。飯山市の人口は2万人で、北陸新幹線の駅も城から2㎞程で、市街地の北に位置していて、市民の公園にもなっているようです。子供を連れた若いお母さんも来ていましたから。
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この説明を読むと、ここが軍事拠点の大事な城であったことが分かりますね。ここから越後への交通路の大事な地だからです。
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さぁ、一番高い地へ行きましょう。階段を最後まで登ろう!この上に天守閣があったのだろうか?お城の一番見晴らしの良い場所です。
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ということで、飯山市の飯山城跡を見学して来たのでした。
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 この後は、長野県の山間部を走り、ある場所へ行きます。そこはとても地名が面白い名前なのです。どうしてそんな名前となったのか?
長野県の地図を見た時に、一番興味が湧いてきた場所です。そこへ行くことにします。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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11月5日火曜日、天気は晴れだが気温は最高でも10℃で肌寒い。少し自転車で走ったけど、素手では冷たく手袋が必要で、上着の上にもう1枚外着を着なくてはいけない晩秋の1日でした。

さて秋の旅5日目は午前中に三条市の本成寺と弥彦山を見て、お昼時は旧西山町(2005年5月1日に柏崎市と合併)の道の駅「西山ふるさと公苑」へ。前回のblogで最後に「新潟県で有名な人物は誰?」とクイズのように書きましたが、お分かりですね。
ここには田中角栄記念館があるのです。
実は1年前に来た時は月曜日で休館日。道の駅内にあるすべての建物はお休みでしたので、今回は日曜日に訪問したからリベンジ成功です。
で、その前に腹ごしらえ。「角栄さんの台所」という名のレストランへ。角栄さんが好んで食べていたという地元産の野菜たっぷりの「のっぺ定食」を注文。
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田中角栄記念館の横にあります。ここの道の駅はかなり広く、駐車場は100台は停まれそうで、国道からは離れていて夜は閑静そうで、車中泊には最適な地でしょうね。ここには泊まらなかったけど。
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角さんが愛した「ふるさとの味」であるのっぺ定食は、1200円。おにぎり2個だけで、炭水化物は少なめですが、野菜はたっぷりで栄養満点!美味しかったです。
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食後、田中角栄記念館へ。入館料は400円。内部はカメラ撮影禁止。展示室には秘蔵の書や遺品などあるが、時間にしたら10分程度で見れるので少しがっかり。田中角栄についてはどちらかというと批判的な立場で見ていたので、思ったほどの感動はありませんでした。
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ただ敷地が広いのでゆっくりと散策。生誕百周年とありますが、彼は1918年(大正7年)生まれ。ここ新潟県刈羽郡西山町の大字酒田1540番地で、父角次、母フメの次男として誕生しています。
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中国との関係が深かったので、公園も中華風。こちらは無料で見学出来ます。
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中国といえば、西遊記?登場人物が石像になっていますよ。
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孫悟空
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猪八戒
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三蔵法師とその馬!
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沙悟浄
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彼ら西遊記のメンバーが並ぶ公園の奥には、田中角栄が首相の時に中国を訪問してお土産を持って帰った品々を展示する建物があります。ここも開放されていて入館料は無料。しかも管理人はおらず、無人の建物なのでビックリ!
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ここには田中角栄元首相が中国から頂いた物や購入したものが展示されていて、高価な物はガラスケースに入っているけど、中には手に取て見ることが出来るの物もあります。
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中国の首相は、中国共産党では毛沢東に次ぐナンバー2の周恩来でしたね。
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人民服を着た周恩来と北京空港で握手の写真。日中国交正常化の時でした。
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すごい高価そう!
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天上も豪華!
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金製品の器なども。誰もいなくて大丈夫なんだろうか?盗難される心配がありそうです。もちろんカメラは付いていたけど。
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こちらも方が見応えありました。
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この建物の横には小さな物産館と公共スペースの建物。自由に出入り出来るし、中はフリーWi-Fiが効いていて、学習していた学生さんもいました。自分もここでblogを作成して、この日の分を書き終えました。どうやら、ここが道の駅の本館らしい。
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 で、この日はさらに南下して津南町のJR東日本の津南駅の駐車場で車中泊。
津南駅は駅舎の2階に温泉(600円)があって、入浴後は休憩室はWi-Fiが効いているし、テレビも見れてゆっくり滞在。
駅に着く前に、ネットで調べて最も安いGSで十日町市でガソリン給油。159円でした。
というのは、明日行く長野県は日本で高知県と並ぶ最高値のガソリン価格なので、新潟県で満タンにしよう!と思ったからです。
長野県では入れたくない!だから新潟県で入れたのは正解でした。長野県では188円を最高に180円台ばっかり。車で旅しているとガソリン価格は気になりますからね。青森県が安く山形県は高い。でも、長野県が一番高かったです。もっとも、一番安かったのは我が家の近くの自分がいつも入れるGSで、155円。岐阜県では174円、福井県は170円、富山県は168円、福島県は159円、岩手県で168円、青森県で156円でした。もっとも10月の段階ですし、毎日のように変化するので参考にはならないでしょうが。どちらにしても長野県はガソリンは高いのは事実ですね。

では、また次回にお会いできるのを楽しみにしております。

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