6月30日金曜日、天気は曇りで午後からは雨の予報です。気温は最高でも23℃ほどで、決して暑い日ではなく逆の肌寒いくらい。
今日で6月は終わり1年の半分が過ぎたことになり、明日から7月。2023年の後半が始まります。時間が経つのは早いもので、2023年はもう半年が経過したのです。
さて、ここは岩手県陸前高田市の気仙川の右岸にて昨日の続きです。
川沿いにあるここは、今泉天満宮。小さな社がありますが、以前あった本殿は津波の被害にあって破壊されたのでしょう。ご神木だった大きな木の根元の高さ3mほどだけが残っています。
今泉とは、この地区名のことで、気仙川の右岸地区です。

小さな本殿は震災後に再建されたものです。

この人物はどなたでしょうか?地元の関係者ですね。

天満宮だけあって、牛さんがいますよ。でも、参拝者がいないか少ないので頭は撫でられておらず、テカテカではないのが悲しい。

少し歩いて大きな家を発見!石碑も大きい!ただものではない感じです。

門の外から撮影。母屋はすごい立派です。庭も造成中。

奥の蔵も大きい!これだけで立派な家です。

道路を挟んで向かい側は工事中。「岩手県指定有形文化財 旧吉田家住宅主屋復旧事業」とあります。
その下に、気仙大工左官の技で甦る仙台藩大肝入(おおきもいり)屋敷とあります。
左の図をズームします。

震災前にあった吉田家の住宅だったんですね。江戸時代は伊達家仙台藩の大肝入屋敷だったのです。

大肝入とは、村方役人の最上位に位置する役職で、地方きっての有力者が藩から任命され代官の命令を受けて、地区の行政・司法・警察などを掌握していた人物です。つまり、ここの地区最大の権力者だった人。その人物の家がここだったのです。

津波で破壊されたこの旧家を復元する作業を、今ここの大工さんや左官さんたちがしているのです。屋根がすごい!

現在住まわれている家も震災後に建てられたもので、これまた立派な家ですが旧家もすごい!

気仙大工は、昔ながらの家造りや北前船の造船などに携わる専門家で、以前佐渡島を旅した時に小木という町で、北前船を復元した実物を見たことがあります。

周囲をフェンスが覆っていますが、所々に見える場所があったりして見学者にもカメラ撮影を許してるのでしょう。

周囲を歩くと100m以上はあって、あちこちで撮影出来ます。屋根は全面茅葺屋根で、曲がった家の部分を作業中。

クレーンで運んだものを屋根の一番上に付けているところですね。

これだけの大きさだから、クレーンで運ばなければ載せられませんね。ここだけで5人がかり。

後ろを振り返ったら、小高い丘の上に神社があったので登ってみます。

急な階段がありますね。

古めかしい神社の本殿は、ここまで津波が襲寄せてこなかったので残っているのでしょう。

諏訪神社という名。彫り物がすごい!

ここの境内から旧吉田家の工事が見えました。気仙川の一部も見えていますね。津波が押し寄せた時は、海からさらには川の氾濫もあってこの辺り全体が大きな被害を受けたのです。

この地区だけで23名が犠牲になられたのですね。上八日町は今泉地区の一つです。

この旧吉田家大肝入屋敷の工期は約4年がかりで、完成は2025年5月を予定。復元する母屋は木造2階建てです。
ネットで調べてみたら、当時の気仙郡は広く今の陸前高田市、大船渡市、住田町、釜石市唐丹まで含む24の村々に当たり、それらを治めていたのが吉田家だったのです。
明日は、陸前高田市の郊外にあり北上山地の700m弱の山を登ったことを紹介します。
では、また明日!
← ランキングに参加しています。よろしかったら応援クリックお願いします。
今日で6月は終わり1年の半分が過ぎたことになり、明日から7月。2023年の後半が始まります。時間が経つのは早いもので、2023年はもう半年が経過したのです。
さて、ここは岩手県陸前高田市の気仙川の右岸にて昨日の続きです。
川沿いにあるここは、今泉天満宮。小さな社がありますが、以前あった本殿は津波の被害にあって破壊されたのでしょう。ご神木だった大きな木の根元の高さ3mほどだけが残っています。
今泉とは、この地区名のことで、気仙川の右岸地区です。

小さな本殿は震災後に再建されたものです。

この人物はどなたでしょうか?地元の関係者ですね。

天満宮だけあって、牛さんがいますよ。でも、参拝者がいないか少ないので頭は撫でられておらず、テカテカではないのが悲しい。

少し歩いて大きな家を発見!石碑も大きい!ただものではない感じです。

門の外から撮影。母屋はすごい立派です。庭も造成中。

奥の蔵も大きい!これだけで立派な家です。

道路を挟んで向かい側は工事中。「岩手県指定有形文化財 旧吉田家住宅主屋復旧事業」とあります。
その下に、気仙大工左官の技で甦る仙台藩大肝入(おおきもいり)屋敷とあります。
左の図をズームします。

震災前にあった吉田家の住宅だったんですね。江戸時代は伊達家仙台藩の大肝入屋敷だったのです。

大肝入とは、村方役人の最上位に位置する役職で、地方きっての有力者が藩から任命され代官の命令を受けて、地区の行政・司法・警察などを掌握していた人物です。つまり、ここの地区最大の権力者だった人。その人物の家がここだったのです。

津波で破壊されたこの旧家を復元する作業を、今ここの大工さんや左官さんたちがしているのです。屋根がすごい!

現在住まわれている家も震災後に建てられたもので、これまた立派な家ですが旧家もすごい!

気仙大工は、昔ながらの家造りや北前船の造船などに携わる専門家で、以前佐渡島を旅した時に小木という町で、北前船を復元した実物を見たことがあります。

周囲をフェンスが覆っていますが、所々に見える場所があったりして見学者にもカメラ撮影を許してるのでしょう。

周囲を歩くと100m以上はあって、あちこちで撮影出来ます。屋根は全面茅葺屋根で、曲がった家の部分を作業中。

クレーンで運んだものを屋根の一番上に付けているところですね。

これだけの大きさだから、クレーンで運ばなければ載せられませんね。ここだけで5人がかり。

後ろを振り返ったら、小高い丘の上に神社があったので登ってみます。

急な階段がありますね。

古めかしい神社の本殿は、ここまで津波が襲寄せてこなかったので残っているのでしょう。

諏訪神社という名。彫り物がすごい!

ここの境内から旧吉田家の工事が見えました。気仙川の一部も見えていますね。津波が押し寄せた時は、海からさらには川の氾濫もあってこの辺り全体が大きな被害を受けたのです。

この地区だけで23名が犠牲になられたのですね。上八日町は今泉地区の一つです。

この旧吉田家大肝入屋敷の工期は約4年がかりで、完成は2025年5月を予定。復元する母屋は木造2階建てです。
ネットで調べてみたら、当時の気仙郡は広く今の陸前高田市、大船渡市、住田町、釜石市唐丹まで含む24の村々に当たり、それらを治めていたのが吉田家だったのです。
明日は、陸前高田市の郊外にあり北上山地の700m弱の山を登ったことを紹介します。
では、また明日!
← ランキングに参加しています。よろしかったら応援クリックお願いします。

















































































































































































































































