函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2021年10月

10月31日日曜日、天気は曇りで気温は低く肌寒いから暖房を入れています。昨日とは打って変わった天気。
今日は投票日。自分は期日前投票を済ませていますが、もしまだ行っていない方がおりましたら是非行ってください。今回のコロナ騒動で如何に議員が国民に対して責任を持っているか否かがわかったはずです。
国民に密になるな、飲みに行くな、と言っておきながら自ら銀座の飲み屋へ行っていた議員たち。特にあのアベノマスクがまだ在庫として沢山残っていた事実、何百億円も使用して無駄に終わったことなど、を考えると誰に入れるべきか?自分はそう判断して投票して来ました。未来を託すために、じっくりと考えて投票しましょう。
たかが一票、されど一票。みんなが集まれば社会も変わる、政治も変わる、未来に希望が持てるように!棄権はなさらずに絶対行きましょう!

さて、ここはオンネトー阿寒摩周国立公園に入りますが、この国立公園は釧路管内だけではなく、オホーツク、根室、十勝管内にも入っていて広大な敷地の国立公園になっています。
正面の左の山は雌阿寒岳(1499m)、右の山は阿寒富士(1476m)。やっぱり、こちらの山が富士山にそっくりでした。いずれも要注意の活火山です。
IMG_7540



























若い時に、どちらも登山したことがありましたが、結構キツイ山でした。キャンプ場がありますが、この時期は緊急事態宣言下で閉鎖中。
IMG_7541



























水はとても澄んでいて、きれい!泳げそうですが、もちろん国立公園下ですのでダメです。
IMG_7542



























アイヌ語で「年老いた沼」または「大きな沼」という意味。周囲は2.5km、最大水深は9.8m、平均3mですのでカルデラ湖ではありませんね。カルデラ湖は深さがかなりあるのです。
オンネトーは、雌阿寒岳による噴火で形成された堰止(せきとめ)湖です。螺湾(らわん)川が西から流れていますが、それが噴火でせき止められてできたのです。
函館近郊の大沼と同じですね。大沼は駒ケ岳の噴火によって、その溶岩が宿野辺川などをせき止めて出来ましたからね。
IMG_7543



























そこから歩いて20分ほどの場所がここ。滝のように水が流れていますね。
ここは標高800m地点で、滝の落差はおよそ30m。
IMG_7544



























一見すると泥水のように見えますが、水たまりはとてもきれいで澄んでいます。
IMG_7545



























ここは「天然記念物 オンネトー湯の滝」。
実は、右の方と一緒に歩いてきたのですが、彼は愛知県から来た観光客。あちこちにある「ヒグマ出没」の看板にビビり、道内の人と一緒だと安心だ、といろいろと話しながら来たのでした。もちろん、ここはヒグマのテリトリーだから「出没中」ではなく「生息地」なのです。
IMG_7546



























1953年までマンガン鉱山があって、鉱石が採掘されていたそうです。
温泉も流れていて、一時露天風呂まであったそうです。しかし、特殊な酸化マンガンが生成される現象が発見されたため保護のために入浴禁止へ。ところが・・・。
IMG_7547



























悪い人がいて、ティラピアやグッピーなど熱帯性淡水魚をリリースして、当然ここは温泉が流れてるくらいだから越冬できます。それが増殖し大問題へ。その後、数千匹の外来魚を駆除したといいます。ひどいもんですね。
IMG_7548



























その後は、国道に戻らず砂利道のダートコースを西へ。足寄町の螺湾地区へ。巨大なラワンフキの生産地ですね。牛の放牧地もたくさんあって、さすがに十勝は酪農王国。
IMG_7549



























で、到着したのが道の駅「あしょろ銀河ホール21」。かつて鉄道が走っていました。国鉄時代は池北線。十勝の池田町と北見を結んでいたので。民営化されてからは第3セクターの北海道ちほく高原鉄道の「ふるさと銀河線」へ。それも2006年に廃止されてしまい、今は足寄には鉄道はありません。
IMG_7555



























足寄と云えば、松山千春!道の駅の中に彼のコーナーがありました。
IMG_7550



























彼の身長よりも高い巨大なラワンフキ!2m以上、中には3mもの大きなものも。
IMG_7551



























たくさんのアルバム。有名なのは「大空と大地の中で」ですね。
これって、ファイターズの賛歌でもありますね。今年はダメだったけど、来年は新庄監督の下で歌える日が来るといいなぁ!
中田翔の暴力問題で、彼がいなくなってから逆に上向きになって来たファイターズ。来年はのびのび戦ってもらいたいです。
IMG_7552



























果てしない大空と広い大地のその中で いつの日か幸せを自分の腕でつかむよう 歩き出そう
明日の日に振り替えるのはまだ若い・・・
IMG_7553




























IMG_7556


























 ということで、十勝に入り次回は鹿追へと向かいます。
では、また!


10月30日土曜日、天気は快晴☀️雲一つない秋晴れの日で、気温も20度まではいかないけど、外を動くには最適な15度前後くらいだろうか。日の当たる場所では、20度近くまで上昇していたはずです。
そんな暖かな10月末。家にこもっているのは勿体ない。そこで、久しぶりにサイクリング。津軽海峡に面した大森浜沿いにおよそ10km、函館山最南端の立待岬に近い住吉漁港へ行こう!と。
ほぼ平坦な道なのは当たり前で、砂浜の海岸沿いに道があって、高低差はほとんどないから楽!おまけに今日は無風で、風の心配をする必要がないから、これまた楽!
IMG_20211030_100223
ということで、ゆっくり走って40分ほどで到着。灯台のある防波堤の端に赤い灯台がありました。奥の左端が立待岬。
IMG_20211030_100234
中学生3人組が釣りをしていて、その中の一人は初めて、だといいます。ビギナーズラックなのか?大物が釣れていました。名前は忘れたけど、この魚40cmくらいある大物。他に、25cm大のアイナメも釣れていて、この子釣りにはまるな!と確信しました。
IMG_20211030_100348
無風だから波もなく凪ぎ状態。沖合いもそうで、海峡は穏やか。
IMG_20211030_100518
堤防の上に上がって、ちょっと怖かったけど撮影。右端が汐首岬。下北半島の大間町にもっとも近い場所で、その距離17km。過去には橋を架けて本州と北海道を結ぶプランもあったけど、こんな無風の日は少なく、普段は強風が吹きまくっているから車が通行するのは無理でしょう。
室蘭の白鳥大橋を通過した時でも怖かったのに、17kmも海の上を走るなんて無謀です。
IMG_20211030_100824
こちらは市街地で、オーシャンビューのホテル群がありますね。ハワイ、オアフ島のワイキキビーチのようにホテルが立ち並んでくれれば世界的な観光地になるのだけれで、そこまではいかないか。でも、景観は最高です。
IMG_20211030_100830
ここは一般人でも立ち寄れる岸壁で、沖合いにプレジャーボートを出していた人が戻ってきて、車で運ぼうとしてました。
IMG_20211030_100841

IMG_20211030_100902
ゴム製の船外機付きボートで出ていたんですね。今日だったら揺れることもないし、波を被ることもないから最高の釣り日和だったでしょう。大物釣れたかな?
IMG_20211030_101009
で、漁港から離れて最西端へ。ここが行き止まりです。立待岬の真下になります。
IMG_20211030_102633
湾曲を描くような大森浜海岸。北側の函館湾とは違います。函館湾はフェリーや大型船が出入りする港ですが、こちらは砂浜の海岸。右端に湯の川の温泉街のホテル群。私の家はこの温泉街の端っこにあります。
遠くに三森山がクッキリ!
IMG_20211030_102648
ズームして見たら、釣り船も出ていて船の上で棹を出している人たちが見えました。
全然波がないですね。これじゃ、ここでサーフィン🏄は出来ないですね。普段、波があるときはサーフィンしている人いますからね。
IMG_20211030_102656
で、帰りに函館公園へ。高台に上がり日本1レトロな遊園地をパチリ。最後の行楽の日でもないけど、子供たちが遊具に乗って遊んでいました。
IMG_20211030_104839
紅葉も真っ盛り。
IMG_20211030_104858
公園内の遊歩道も、こんなに素敵!
IMG_20211030_105058
ということで、帰りはあちこち寄り道しながらなので、往復の距離は30km以上で、多分40kmはないでしょう。
今日1日サイクリングでエンジョイしたのでした。
では、また!

追記、帰りにアルペンからデポに名前代えしたスポーツショップへ寄ったら、キャンプ用折り畳みイスが驚くなかれ、何と!320円で売られていたのです。普段は2000円以上する品物ですよ。店員さんに聞いたら、今年の展示品で処分するため格安で販売しています、とのこと。
思わず1個買って、自転車だったから左手に持って片手運転で帰宅したのでした。
他にも格安の商品があったのですが、さすがに諦めました。今日から発売したとのことで、超ラッキーでした。

10月29日金曜日、天気は曇り時々晴れで気温は風が冷たく寒い。夜は暖房を入れています。まもなく11月、あっという間に2021年も過ぎて来年は2022年、令和4年を迎えます。時間が経つのは早いもので、最近は特に時間の経過が早く感じられて、やり残していることをやらなきゃ後悔しか残らないんじゃないか、と焦りを覚えます。旅が出来るのもあと何年か?行きたいところはたくさんあるけど、あとどれくらい行けるか?1年1年が勝負になってきます。来年はしっかりと旅しよう!と。

ところで、来年度のファイターズの監督が新庄剛志氏になりました。これはうれしい!今年は最下位になるし、中田翔の暴力問題もあって暗いイメージが付きまといましたが、来年こそ明るく楽しいゲームを見せてもらいたいです。プロスポーツはエンターテイメント(娯楽)を大事にしなきゃいけません。高校野球のように真面目だけが取り柄じゃダメなんです。新庄のような楽しみ要素は絶対必要です。来年は、そんな意味でもプロの明るく楽しく激しい試合を展開してもらいたいです!そして優勝!それが出来るのが新庄監督、稲葉GMの強力タッグコンビです。来年が楽しみです。

さて、ここは阿寒湖。駐車場からそこへの道のりの途中で、見つけたのが猛毒のトリカブト
過去にはトリカブト殺人事件もありましたね。昔はアイヌの人たちが、ヒグマの狩猟で弓矢にこのトリカブトを塗って射止めたくらいの猛毒です。花だけではなく茎も根も葉っぱもすべて毒です。
IMG_7517


























歩いて10分もかかららずに湖畔へ。なお、駐車場は無料。コロナ前は有料でしたが、やっぱり観光客が来てないから無料にしたのでしょう。
IMG_7518


























コロナ前は、外国人とりわけ中国人が大勢来ていた場所。中国語があちこちで、しかも大声が聞こえていたのに・・・。今は誰一人いません。せいぜい、日本人の観光客がチラホラ。
IMG_7519


























阿寒湖はカルデラ湖。昔の火口です。周囲は外輪山。北海道にはカルデラ湖が多いのです。屈斜路湖、摩周湖、支笏湖、洞爺湖、倶多楽湖(くったらこ)とここ阿寒湖。合わせて6の湖。本州では十和田湖、田沢湖。九州では池田湖。世界的にも珍しいほど北海道に多いのです。
IMG_7520



























湖畔のそぐそばにあるボッケ。泥火山ですね。ニセコの大湯沼はこの巨大な池ですが、とても入浴は出来ません。熱くて熱くて。煮えたぎっているのですから。
IMG_7521



























ボコッ、ボコッと泥が噴出していて、これが温泉になるのかな?
IMG_7522


























阿寒湖と云えば、マリモ
IMG_7523



























最大30㎝にもなるとか。バレーボールやバスケットボールくらいにも成長するんですね。せいぜい野球ボールくらいかな?と思っていました。
IMG_7524


























そして湖畔に立つ山は雄阿寒岳(1370m)。男の山。女性の山は雌阿寒岳(1499m)で、次回紹介するのオンネトー湖にそばにあります。男の山より女の山の方が100m以上も高いとは!最近の女性は身長が高くなってきて、男を越えているのでしょうね。
IMG_7525



























オンネトー湖の雌阿寒岳のとなりは阿寒富士(1476m)ですが、こちらの方が富士に近い形をしていると思うのですが。
IMG_7526



























あちこちにボッケがあります。手を入れたらきっとやけどしますね。もちろん、立入禁止ですので柵があります。
IMG_7527



























中段右側に「エゾトリカブト」があったので、やっぱりトリカブトでした。
IMG_7528


























こんな道を歩くのはうれしい!自然たくさんの遊歩道。
IMG_7529


























阿寒温泉街を歩いて発見したマンホール。これは遊覧船。
IMG_7530


























こちらは鶴とマリモ。
IMG_7531


























スズラン。旧阿寒町時代のマンホールです。
IMG_7532



























この遊覧船の名が「すずらん丸」だから、マンホールのスズランの理由が分かりました。多分、周辺では春、スズランが密集して咲くのでしょう。もっとも、スズランも猛毒の植物ですけどね。
IMG_7533



























湖畔の周囲にはホテルが建ち並んでいますが、観光客は少なく閑散としていて寂しい感じがします。なぜか、悲しいなぁー。モーターボートも暇そう。全然動く気配がない。最近動いていないはずです。
IMG_7534



























乗客が誰もいない遊覧船。今頃(10月末)になって緊急事態宣言が解除されても、寒くて道東への観光客は来ないでしょう。今シーズン12月から2月にかけて、冬に氷や雪のフェスティバルがあるけどたくさん来て欲しいな!難しいけど、コロナ後にたくさん来てもらいたいです。
IMG_7535



























風が強くて、波も立っています。普段は穏やかな湖なんだけど。
IMG_7536



























こちらのマンホールはカラフル。
IMG_7537


























いずれも旧阿寒町時代のものです。

IMG_7538



























最後に、湖畔から車で数分のスキー場。そこの車で行ける地点から歩いて200mくらいで阿寒湖を展望できる場所があるのです。阿寒湖と雄阿寒岳がきれいに見えていました。
IMG_7539


























といういことで、次回は釧路管内から離れて西へ。十勝管内足寄町へ移動し、北海道三大秘湖の一つであるオンネトー湖へ向かいます。

では、また!
 

10月28日木曜日、天気は晴れだったり雨が降ったりで、まさに「秋の空は、なんとか・・・」という感じで目まぐるしく変化しています。気温は寒くもなく、暖房は必要ありません。

さて、浜中町の続きです。ここは、浜中町の市街地から北西に10kmも離れた内陸部。市の中心部は、霧多布湿原と霧多布岬のある島が砂州でつながった海抜ゼロメートル地帯にあって、最近まであった町役場もそこにありました。津波の心配があるので島の高台に移転し新築されましたが、多くの住民は細くて狭い陸繋島の上で生活しています。
でも、内陸部のここも結構人は住んでいます。何せ駐在所の他、コープもあるし中学校もあるのです。
IMG_7508


























駅は無人駅ですが、入口のキーパーはルパン3世。彼が守る駅なんだから大丈夫でしょうね。
モンキーパンチの故郷 はまなか町です。
IMG_7509


























ホームに立つと、除雪車が待機中。もうすぐ出番がありますね。
IMG_7510


























ホームの駅表示板には銭形警部。隣りの駅の浜中はそれほど大きくなく、ここの方が住民の足になっている感じに見えます。といっても、利用者はどれくらいいるのだろう?通学生は汽車通だけど、通勤者はほとんど車でしょうね。
IMG_7511


























マンホールを見たら、「はまなか」の文字はなく「ちゃない」の文字。それとルパン三世でもいるのかな?と思ったら牛さんの絵。確かに内陸部は牧草地が広がり酪農が盛んな地ではあるけど。
そういえば、高級アイスクリームの「ハーゲンダッツ」や乳酸菌飲料の「カルピス」の原料はここで生産されているのです。
IMG_7512


























で、この日は再び旧阿寒町へ戻り道の駅「阿寒丹頂の里」で車中泊。どうも、浜中町の記事が少ないですね。来年は再び道東を旅してもっとゆっくりと旅して浜中町の良さを出していきたいと反省。

ここからは翌日の朝、旧阿寒町の雄別地区の中学校跡。校舎は役になっていて公的施設として使用されているようです。
IMG_7513


























「ありがとう学び舎 夢を育み40年」「布伏内中学校」とありますね。廃校の記念に建てた碑です。
IMG_7514


























1960年に建てられた校舎は今も健在。利用されていて良かったのです。
IMG_7515



























で、その後は阿寒温泉へ。そこのある場所へと歩いて向かいます。
IMG_7516



























で、これ以外も写真を用意していたのですが、自分のパソコンの調子が悪くこれ以上写真をアップすることが出来ません。
時間をかけて修理したいのですが、どうなることやら?自分のPCは中古品で使用し既に5年以上経過。
どうやら寿命が来たのかな?

直りましたら、また復活いたします!

では、また!


10月27日水曜日、天気は曇り。10月の末にしては、暖かい日が続いていて暖房は必要ありません。今年の冬は暖かいのかな?と思っていたら、長期予報では雪に関しては例年以上の大雪とか。除雪するのもしんどくなってきているので、出来れば少ない雪の年であって欲しいです。
さて、我が家の庭の晩秋の花を紹介します。まずは、リンドウ!紫色のかれんな花が咲いていますね。
IMG_20211027_120918
毎年、この時期になると集団で咲いてきます。手入れも必要なく咲いてくれるから楽ですけどね。
IMG_20211027_120907
続いてバラ。年に2度ないしは3度咲くんですね。
IMG_20211027_120926
春にも咲くし、夏も、秋も。さすがに冬は咲きませんね。
IMG_20211027_120935
シュウメイギクも、まだ咲いています。
IMG_20211027_120944
そして畑を見ると、冷涼性の作物ビーツ。大きくなってきました。ピンポン玉くらいから中にはテニスボール玉くらいまで成長しているのもあります。
IMG_20211027_121036
ロシア由来の植物ですから、北海道には最適な環境なのかも?
IMG_20211027_121056
続いてターサイ。
IMG_20211027_121142
ターサイの小さな種1個で、こんなにも大きくなるんですね。炒めて食べると美味しい!
IMG_20211027_121219
トマトはいまだに健在。毎日20個づつ収穫出来ています。でも、キュウリはもう終わり。完了しました。
IMG_20211027_121154
ベビーリーフは、ベビーじゃなくて完全にアダルト。大きく成長しすぎてジャイアントになってしまいました。
IMG_20211027_121211
小松菜は、しばらく放っておいたら虫に食われて穴ぼこだからけ。それでも、新鮮だから美味しいはず。
IMG_20211027_121202
最後に、ピーマン。これも手入れ要らずだから、黙っていても成長して食卓を飾ってくれます。ピーマンは、2本植えたらもう20個以上収穫できました。
IMG_20211027_121255
ということで、今年の夏は暑くて、それが北海道の植物には良かったのでしょう。大豊作の年になりました。今も収穫中ですが、汗水流して農作業したことが結果となって表れるのがうれしいです。
では、また!

10月25日月曜日、天気は快晴で気温も20℃近くまで上昇し、日中は半袖でもいいくらい。さすがに夕方には冷え込んできて上着が必要ですが。
衆議院選挙の期日前投票に行ってきました。次の日曜日が投票日ですが、何故か早い方が良いかな?と思い近くのスーパーでやっていたので、行ったわけです。今まで棄権したことは1回もなく数十回投票をしてきましたが、それは当然主役は国民だからです。自分の1票で決まるわけではないけど、それでも大事な1票。チリも積もれば山となる!で、同じような人がいれば大きな力になる!との思いからです。さて、結果はどうなることか?次の31日の日曜夜に、あまり期待しないで楽しみにしています。

さて、ここは厚岸町。カキで有名な町ですが、ここの場所は江戸時代の三大官寺の一つである国泰寺の境内。三大官寺とは、何度も紹介していますが、19世紀に幕府が蝦夷地でアイヌ人へ仏教布教とロシアの南下政策への脅威から東北の諸藩に守備させ亡くなった武士たちの葬儀などで、伊達の有珠善光寺様似等澍院、そして厚岸国泰寺を作ったのでした。
IMG_7493


























厚岸は、町の真中にもエゾシカが出てきて、普通に散歩(?)しているのです。鹿までの距離は10ⅿくらい。
IMG_7494


























ここでは1頭だけでしたが、いつもは集団でいて5,6頭の時も見かけます。
IMG_7495


























厚岸大橋を渡り、厚岸湖の南側へ。漁村が点在する地区で大黒島小島が見えました。大黒島には野生化した馬が数頭生きていますが、観光客が渡ることは出来ません。
IMG_7496


























こちらは厚岸湾の対岸の先日紹介した歩いてトレッキングして辿り着いた尻羽(しりぱ)岬方面。左端が岬です。
IMG_7497


























小島をズーム。夏場の昆布を集めて干す番屋が数軒見られますね。夏場はここで生活しているのです。さすがに冬場は無理でしょうけど。
IMG_7498


























道道123号線を東へ行くと、琵琶瀬展望台へ。霧多布(キリタップ)湿原が見えます。川は琵琶瀬川
右端に浜中町の市街地が見えていますね。
IMG_7499


























そして、湿原のど真ん中へ。周りは泥炭形成植物群で、畑作も放牧も出来ません。もちろん、冷涼なために米作は出来ず。これは十勝を含めて道東全体に言えることですが。
つまり湿原ですから、何も利用価値がないということで、景観を楽しむことや湿原の成り立ちについての地理的関心を持つことくらいでしょうか?
IMG_7501


























こちらは南側を撮影。逆光ですが、北側と同じ光景です。逆に言うと、人が立ち入り出来ない地域ですので野生動物の聖域なのかも?そんなエリアが日本にあっても良いでしょう!
IMG_7502


























湿原センターを訪ねたら、コロナのせいもあって(この時は緊急事態宣言下)か、閉鎖していました。
この辺りは、今年の3月30日に厚岸霧多布昆布森国定公園に指定されたので、国の管理下に置かれ環境省の管轄になったからでしょうか?
IMG_7503


























国内では58番目の国定公園。道内では6か所目です。ちなみに国定公園は網走、暑寒別・天売・焼尻大沼、ニセコ・積丹・小樽海岸、そして日高山脈・襟裳がありますが、日高山脈・襟裳は国立公園になる予定ですので、今は6か所ですが5か所になりますね。
国立公園に関しては、利尻・礼文・サロベツ、知床、阿寒・摩周、釧路湿原、大雪山、支笏・洞爺の6か所ですが、日高山脈・襟裳を含めると7か所です。一つの県でこれだけ国立公園と国定公園があるのは北海道だけです。元も、広さと自然が豊かな地区だからこそのものですけど、これは道民の自慢の一つです!と大きく胸を張って言えることですね。
IMG_7504


























固い地盤のところだけ段丘が残っていて、あとは海抜0メートル地帯の湿原です。もっとも、元々は海だったところですから当たり前です。
IMG_7505


























それにしても広い!白鳥の飛来地もあって、野鳥を含めて野生動物にはサンクチュアリなのです。
IMG_7506


























そして、浜中町は先日亡くなられた漫画家のモンキーパンチ氏の出身地なのです。
IMG_7507


























モンキーパンチ氏と云えば、何といっても代表作の「ルパン三世」。青いジャケットを羽織る男ですね。そして、右のグラマーな美女は峰不二子さん、他に銭形警部、次元大介、石川五エ門
浜中町では、町のいろいろな場所に描かれているので、次回はそれを紹介します。
では、また!




10月24日日曜日天気は快晴で気温も日向では20度近くまで上昇したのでは?と思わせるほど暖かいな日でした。こんな日に家にこもっていては勿体ない!
たまたま今日は第46回目の郷土資料館での講談会がある、とのことで行ってみました。
IMG_20211024_113921
市立函館博物館郷土資料館は、旧金森洋物店で創設者は渡邉熊四郎(1840~1907)。
彼は、現在の大分県竹田市生まれで、長崎の薬商の渡邉家の養子となります。
幕末の1863年、24歳の時西洋型帆船の箱館丸で箱館へとやってきました。
1869年(明治2年)、函館大町で「洋物店金森商店」を開業し函館を代表する豪商へとなります。
この建物は、1880年(明治13年)金森赤レンガ倉庫群の創業者である渡邉熊四郎によって建てられたものなのです。
IMG_20211024_113845
4代目も熊四郎なので、彼は初代。どちらにしても初めの人は偉い!函館のインフラ=公共事業に多額の出資をして函館発展に努めました。その他、銀行設立や病院、公園も造りました。
IMG_20211024_113444
当時のお店ですね。番頭さんが出てきて「いらっしゃい!」と。
IMG_20211024_112936

IMG_20211024_113008
熊四郎と当時の函館経済界の重鎮たち。
IMG_20211024_112950
金森洋物店の歩みがありましたので、興味ある方は是非ズームしてお読みいただければ!
IMG_20211024_113311
先程の蔵の中にあった千両箱。当時は、現金商売でしたので、大事に保管していたのです。なぜなら、函館は大火のよくあったから、そのままだったら燃えます。そこで、頑丈な蔵を作り金庫に保管したのですね。
IMG_20211024_113354
茶壺まで立派で、高そう!
IMG_20211024_113410
2階に行くと、ミニチュアが展示。
IMG_20211024_102008
当時は、東京以北最大の町だったし、日本国内で10本に入る大都会だったのです。
IMG_20211024_105616

それに英・米・仏・露など各国の外国領事館があって、大勢の外国人が生活していたのですから、もっともハイカラな町だったのでしょう。
IMG_20211024_102018
明治時代に建てられた洋館です。教会もありますね。現在もありますよ。
IMG_20211024_102038
左の方は函館を代表する三味線引き。彼女の演奏でスタートです。
IMG_20211024_102048

IMG_20211024_102315
演題は、「函館と丸井今井、第3回目」と「威臨丸の第2回目」。
IMG_20211024_102837
席は20ほどで予約制。もちろんマスク着用。
自分の席のとなりには螺鈿の椅子で座るとオルゴールが鳴るという驚きの代物。
IMG_20211024_102934
ということで、洋物店の紹介を終わり、荒到夢形さんの登場!函館では有名な講談師で、元高校の教員の方だからお話は上手!
IMG_20211024_103108
前半と後半それぞれ30分ずつで、飽きることなくとっても面白くて、あっという間に終了してしまいました。
IMG_20211024_103114
入館料が高齢者の場合50円。それと料金が500円、だから550円でこんな面白くて素敵なお話を聞けるなんて、最高な時間でした。
次回は、11月28日(日)で、早速予約してきました。
今日は、函館の歴史の講談を聞けて楽しかったのでした。

10月23日土曜日、天気は晴れで気温は最高で13度くらい。でも、日向では太陽の日差しが眩しく暖かい日でした。
そんな秋晴れの日に、いつも出掛けている四季折々に自然を楽しめる香雪園に行ってきました。
IMG_20211023_102158
何度か紹介しているので見た風景ではありますが、秋の紅葉も素晴らしいけど、冬の雪化粧姿も素敵だし、春の桜満開の時期も感動します。
もともとは、個人の庭でした。明治時代の豪商、岩船峯次郎氏が明治31年(1898年)から造成した本格的な「風景式庭園」で、岩船家の別荘として使用されていました。その面積、実に46ヘクタール、14万坪です。
野球が出来るグランドが46個も作れる広さです。
IMG_20211023_102544
名前の由来は、岩船家が大正時代に浄土宗称名寺の檀家総代であった縁から、京都の浄土宗知恩院の貫主が函館へやって来ます。その時に、「雪の中に埋め香る園」という意味で名付けたそうです。
岩船家は、「商売繁盛は住民の皆様のお陰」として、昭和2年(1927年)に市民に開放します。現在は、市民だけではなく観光客にも無料で開放されている道内有数の庭園公園となっていて、函館市民の憩いの場なのです。
IMG_20211023_102729
道産の木材だけでなく、埼玉県・愛知県など本州の樹木も植栽されていて、広葉樹・針葉樹合わせて150数種類の樹木が鑑賞されます。
IMG_20211023_102858
そして、10月16日から11月7日の午後4時から9時までの間までは、毎日ライトアップされています。例年だと、その間に緑のセンター建物内でコンサートなどのイベントが開かれるのですが、昨年今年とコロナでそれはナシなのが残念。
IMG_20211023_103301
それにしても、きれいですね。今日は土曜日ということもあって大勢の市民が訪れていました。
IMG_20211023_103353
今年の夏は例年になく暑かったので、最近の冷え込みで一段と紅葉が映えるようになったのでは?赤、黄色と楓の葉っぱがきれい!
IMG_20211023_103416
ここの広場の周囲は桜が植えられていて、春5月ののゴールデンウイークあたりは満開!春も楽しめるのです。
IMG_20211023_103801
ということで、今日は香雪園をゆっくりと歩いて散策。服装は秋のファッションで、さすがに半袖ではないですよ。でも、歩いていると汗ばむほどで秋の太陽も暖かいです。
午前中は雲ひとつない青空で、散策するには最適な天候でした。
では、また!

10月22日金曜日、天気は晴れで気温は15度前後か?日向では暖かく、歩いている分には寒くはない1日でしたが、さすがに夕方になると冷えてきました。冬に一歩ずつ近づいているんだな、と思う天候です。
さて、最果ての地の小さな小学校だった知方学小学校。「ちぽまない」だなんて、地元の人以外は誰も読めないでしょうね。この辺りには、とても読めない地名がいくつもあって、通過するたびごとに難読地名だなぁ!と思いました。
その知方学小学校からの一本道を辿り、急斜面の坂道を降りるとこれまた小さな漁村の集落。
やはり、昆布を干していますよ。
IMG_7477


























ここも家は数軒。5,6軒しかない土地です。あとは山でしかも崖。
IMG_7478


























沢伝いに小学校のある段丘の上から斜面を降りてきたのですが、道路も細くハンドルを注意深く握って運転。それにしても、よくこんなところに住んでいるな、と感心するばかりです。平らな土地がないのです。この写真を見ても分かるように、斜面を削り取って家1軒が建つスペースを作っているのです。
IMG_7479


























この日の海は穏やかで波一つありません。でも、波消しブロックがあるのは、普段は波があるからでしょう。
IMG_7480


























こんな崖が在ったら、海沿いに道路は造れませんね。昆布森地区の集落は、こんな感じのところばかりです。やっぱり、漁民は海のそばに家を造るのです。丘の上には造らないのですね。すぐに出漁する、海を毎日眺めて観察する、には海のそばなんですね。
IMG_7481


























そして守り神の海の神様の神社。
IMG_7482


























別な道を走ると、尻羽岬(しれぱみさき)への道へ。説明を読むと、ここにも義経伝説がありますよ。
日高から逃れた義経は沖合で猛吹雪に遭い船は座礁し、岩となったとか。その岩が帆掛岩。その岩の上に鳥居があるとか。
IMG_7483


























ただ、そこに至るまでは歩いて20分以上かかります。奥の駐車場に私の白い車が見えますね。トイレもあります。丘の上を歩くので楽ではありますが、風がキツイ!
IMG_7484


























丘を1つ、2つといくつか越えて最果ての地へ。
IMG_7485


























厚岸の大黒島が見えてきました。木々は風の強さを示すように、まっすぐに立ってないですね。
IMG_7486


























それと、風の当たる場所には木は育たず。木々は沢の下の風が当たらない低い場所。
IMG_7487



























IMG_7488


























で、何とか到着。風が強くて帽子が飛ばされないように頭を押さえます。それでも、波がそれほど荒れていないでの、普段だったらどれだけ風が強いのか!
下を見ると、ちょっと怖い!火野正平さんだったら、怖くて近づかないでしょうね。
IMG_7489


























遠くに厚岸が見えています。あとから行きますが、かなりの距離があります。ほとんど平に見えますね。
IMG_7490


























太平洋側を歩いていたら、例の帆掛岩がありました。義経がここの崖を登るなんて、さすがは超人。
IMG_7491


























ズームして見ましょう。やっぱり、岩の上に鳥居がありました。よくぞ、自衛隊の人たちが岩の上に鳥居を作ったこと!
IMG_7492


























といういことで、釧路の最果ての地、昆布森地区を駆け巡ったのでした。
次回は、厚岸の町へと向かいます。
では、また!

10月21日木曜日、天気は朝から晴れ渡る、まさに秋晴れの日。気温も日中は20℃を超える暖かい1日でした。写真は昨日の続きの雄別鉄道資料館です。奥に赤い尖がり屋根が見えていますね。
そして、ここはキャンプ場。黄色と赤のケイトウの花が咲いています。
IMG_7464


























ケイトウは鶏頭のことで、ニワトリの頭に似ているから?名付けられたのでしょうか?
IMG_7465


























テントを張っているライダーの方たちもいますが、自分は車中泊だから道の駅の駐車場で寝ます。ここは温泉もあって、料金510円で入れるし、付属のレストランもあるから手ぶらで行っても大丈夫。
IMG_7463


























翌朝、釧路市の市街地を経て昆布森地区へ。東へ行くのには国道44号線が最短距離だけど、海側を走る道道142号線沿いを走りたかったから。昆布森は名のように昆布の森で、昔は昆布森村でした。沿岸は漁村で、それこそ昆布が採れて名産になっています。
釧路と云えば湿原が有名ですが、ここは海岸段丘が発達していて、標高100ⅿ位の丘の上を道道が走り、急な崖下に小さな漁業のみを行う集落、と言っても数軒しかな集落が点々と存在する地区。その集落を結ぶ道路はなく丘の上の道道から降りなくては辿り着けない集落なのです。
ここはその一つで、急斜面を降りてその集落へ。
IMG_7466


























狭い地に数軒、5軒もあるでしょうか?ホントに数軒しか存在出来ないほどの狭い沢の地。
IMG_7467


























そして、前浜で採れた昆布が干していますね。左の漁船で朝採ってきたのでしょう。
IMG_7468


























高台にあるのが、海の神様を祀る厳島神社。この辺りで海抜30ⅿくらいかな?
IMG_7469


























こんな漁村の集落がいつくも点在するのです。そして、最後の地にあるのが知方学(ちぽまない)小学校です。この辺りは読めない地名が連続していて、どう見たって読めないですよね。
IMG_7470


























釧路町立とありますね。釧路市の東となりの町に釧路町があるのです。同名ですが、釧路市のベッドタウンになっている町(人口1.9万人)です。昆布森村は釧路町に吸収合併されたのです。それは、かなり前のことで1955年(昭和30年)1月1日で、今から66年も前のこと。
IMG_7471


























左の建物は教員住宅で児童の数より先生方の方が多いんじゃないか?と思うくらいの小さな、小さな小学校です。青いバスはスクールバスで、遠くからバス通している児童もいるのですね。
グランドは広い!恐らく一人当たりの面積で云ったら、日本1広いグランドの小学校の一つではないでしょうか?それくらい広い!一周400ⅿの公認トラックが取れそうなくらいの広さです。
この運動会では、保護者の席取り合戦などはありませんね。子供の数の多い学校では、保護者が朝早くから席取りをしてもめるケースもあるといいますからね。
IMG_7472


























伸び伸びと子供たちは遊べるし、走れます!でも、サッカーチームを作れる人数はいないんじゃないでしょうか?その時は先生方も加わるかな?
IMG_7473


























教員住宅があるのは、先生方の住まいが近くになくてはいけないから。この辺りにはアパートとか下宿、町営団地などはありませんからね。
IMG_7474


























このように、沢が深く切り刻んでいて、ところどころで沢を降りていく道があって、その下の海に面した場所に集落があるのです。その道も狭いし急斜面。運転も楽ではありませんし、生活している人は毎日運転していて大変です。
IMG_7475


























ここの小学校の海抜は100ⅿくらいか?保護者の多くは漁業に携わっている方でしょう。グランドに舟が置かれていました。
IMG_7476


























ということで、ここの小学校、実はBS・NHK「こころ旅」で火野正平さんが自転車で訪れた場所でした。それで、私も訪問して見たくなって来たのです。
天気も晴れていて、とても良かったのでした。
では、また!


10月20日水曜日、天気は雨のち曇りで、気温は低く秋も終わりといった感じの天候です。
さて、10月の旅で東北6県を旅してきて私のblogに2日間の休みがありましたが、今日から再開。秋の旅(9月)の道東編がまだ5回でしたので6回目からリスタートします。

前回は、旧阿寒町(2005年10月11日に阿寒町と音別町は釧路市に吸収合併)の雄別炭鉱跡へと向かっていて、布伏内(ふぶしない)の地区で終わりました。今日は、その布伏内地区の残りから。
大きな集会場みたいな建物があり、「消えたマチ 雄別の記憶」とか「雄別炭鉱跡」などの看板がありますね。
ここ布伏内コミュニティセンターは「歴史資料室」になっています。
IMG_7447


























時間が15:30までで、自分が到着した時間は4時近くだったので、当然カギが掛けられていました。もう少し早く来ればなぁ!とちょっとがっかり。
平日の9:30オープンですが、翌々日は朝早く来たので、その時も閉館中でしたので次回の旅の課題ということで、残念。中身を見学するのは次回に致します。
IMG_7448


























近くに立派な校舎の学校。今でも十分使用可能な建物ですが・・・。
IMG_7449


























合併した2005年以降も使われていたのですね。釧路市立と書かれている布伏内小学校です。
IMG_7450


























さらに道を山奥へ進むと、「雄別炭鉱記念碑」なるものを発見!
IMG_7451


























小雨が降り続く中、傘を差しつつ車から降りて歩き、記念碑の裏側へ。雄別炭鉱の想いでの記、なるものが。
道内には、このような昭和30年代から40年代にかけて石炭産業全盛期の頃にこのような炭鉱町があちこちにあったのです。それが石炭から石油へとエネルギー革命が起きると、あっという間に人々は去り、栄えたマチも廃村寸前になりました。夕張に代表するような、そんな町は道内いたるところにあるのです。
IMG_7452


























さらに進むと、これも炭鉱全盛期の遺物でしょうね。何かの建物です。もうじき自然と化してしまうことでしょうね。ここはヒグマのテリトリーで、おっかなびっくり外を歩きます。声を出しながら「熊さん出てこないでね!」と。
IMG_7453


























振り返ると、巨大な煙突が見えました。これも、炭鉱時代のものでしょうね。
IMG_7454


























道路の脇あちこちにこのような建物跡が見えて、昔を想像するとこの辺りは相当人が大勢働いていたんだな、と思わせます。が、今は人一人住んでおらず無人の地です。
IMG_7455


























そこで、道の駅「阿寒丹頂の里」の広い敷地の奥に「阿寒炭鉱と鉄道館 雄鶴」の資料館があるので行って見ました。
道の駅に付属して、サイクリングターミナルの宿泊施設や温泉、さらにはキャンプ場や遊具施設などもあります。この建物は無料で見学できます。
IMG_7462


























閉館前の4:30に入館。じっくりと見れなかったけど、いくつかを撮影。ここは雄別鉄道の資料展示です。釧路・雄別間44.1㎞を走っていた雄別鉄道は1970年4月に廃止されています。もう50年以上も前のこと。
客車の中にダルマストーブが置かれていて、暖を取っています。燃やしているのは、もちろん石炭ですね。
IMG_7456


























先ほどの無地の地だった雄別。かつてはこれほど栄えていた地だったのです。中央に巨大な煙突が見えています。
IMG_7457


























走る列車も、当然蒸気機関車でした。国鉄ではなく、民間の炭鉱所有の雄別鉄道という株式会社だったのです。
IMG_7458



























IMG_7459


























当時の様子がうかがえる写真が道具。
IMG_7460



























IMG_7461


























ということで、雄別炭鉱の一部を垣間見られたのでした。2日後の晴れた日にもう一度訪問していますが、見れた物はほぼ同じでした。
今年の旅は終了しましたが、カメラで収めた写真はかなりありますので、それをもとに総集編を、秋の道東の旅、10月の東北の旅、それと7月の道北の旅もまだ残っていますので、旅に出れない冬期間にアップすることにします。
では、また!

10月17日日曜日、天気は雨のち曇り、時々雨で気温は最高でも8度で最低は5度くらいか?今シーズンの最低気温です。かなり寒い日です。
朝は秋田県鹿角市大湯温泉の道の駅で向かえましたが、車の中から出るのが億劫になるほどの寒さ。といっても、寝袋が暖かいからです。前回の反省から羽毛の真冬用寝袋(アウトドアメーカーのコロンビア社製の羽毛寝袋で、マイナス25度まで耐えれる、とか)を持参してきて、今回の旅では5回ほど使用して非常に暖かくて寒さを感じられなかったほど役に立ちました。

大館市へ向かいます。途中、鹿角市の十二所という、かつては村のあった地区の曲田集落にあるハリストス正教会です。屋根の上の八端十字架を見れば正教会だということが分かりますね。こじんまりした教会ですが、正教会の木造建築物としては日本最古です。
IMG_20211017_075846
北鹿は鹿角市の北だから。これを読むと、信者になった女性がイコン(聖人の絵)を描いているんですね。内部は鍵が掛かっていて、見れず。
写真を見れば素晴らしいイコンの絵でした。
IMG_20211017_075858
大きな鐘もありました。函館にあるガンガン寺(函館ハリストス正教会の別名)の鐘と同じような大きさです。
IMG_20211017_075928
明治25年(1892年)、豪農の信者さんが仲間とともに財産を投じて建設したのです。恐らく、函館で信者となられた方か、その人から教えを受けたのでしょう。なぜなら、函館は正教会、プロテスタントともに日本最初の日本人信者誕生の地だからです。
カトリックは、それこそ織田信長の時代、1549年にフランシスコ・ザビエルの伝動活動で多くの信徒が誕生していて、中にはキリシタン大名までいましたからね。
でも、ロシア正教会やプロテスタントは明治6年まで待たなくてはならなかったのです。もっとも、函館では幕末から信者が生まれていますが。
それにしても、よくぞこの秋田の保守的な地で正教会が建てられて伝道活動が行われたこと!感動的な出来事です。
IMG_20211017_075949
建物自体はこじんまりした、せいぜい30人も入れば満席になりそうな大きさですが、聖堂の上のドームが、これまた木造の八角形で、当時としてはすごい建築技術だったことが分かります。
IMG_20211017_080722
その後は、大館市から青森県へ。平川市から弘前市へ。ここは弘前の大仏公園。
昔の城跡です。戦国時代は、岩手の南部氏が支配していたが津軽氏が奪い取って、それで江戸時代は津軽藩の土地になったのです。
弘前市の最南部の方です。
IMG_20211017_100601
北方向。今日の天気は雨が強くなったり、よわくなったり。たまに晴れると虹がかかったりで、車内はヒーターを入れて暖かいけど、外は寒すぎる、気温だけ見るともう秋の終わりですね。
IMG_20211017_100624
津軽地方の道の駅の物産館で、お土産にリンゴ、ブドウ、ナシを購入。安いのです!函館辺りのスーパーではこんな安さの果物はないです。それほどの安さで、さすがは産地です。
そこでランチタイム。そして、青森港へ。
2:35出航のフェリーで函館へ戻ります。
左に見えるのが津軽海峡フェリー。右に見えるのが青函フェリー。船の大きさが違いますね。内部も全然違います。
値段は、当然右が安い。ネットで予約すると、もっと安い!自分は当然右のフェリーです。
IMG_20211017_130023
今日は風も強いから、海上ではかなり揺れるでしょうね。船の中では、今回の旅を振り返りながらゆっくりと寝ることにします。
IMG_20211017_154421
海に虹🌈が架かっていました❗

13日間、無事故・無違反で無事およそ3500km近い距離を走れ、いろんな土地で様々なことを学びました。地元の人とも何人かとお話しできたし、今回も楽しく旅が出来たことがうれしいです。
ということで、まだ函館市内残り10kmほど残っていますが、まずは2021年10月の旅完了ということで、今年の旅はおしまい❗
総集編はのちほど。では、また!


午前のblogを作った後からも雨足は強くなるばかりで、今日は終日雨模様です。まずは、十和田湖の休屋という場所で、十和田観光の中心地。
IMG_20211016_133017
カルデラ湖の十和田湖は周囲が断崖絶壁で高い場所では600mもの崖もあるなかで、ここだけはちょっとした平野部でホテルが集中しています。
公園もあって散策してみると。
IMG_20211016_133034
この小さな川が左が秋田県、右が青森県の県境なのです。橋が2つの県を行ったり来たりできる、ということですね。
IMG_20211016_133422
歩いて5分ほどで、高村光太郎の作、乙女の像。
IMG_20211016_135443
湖をバックにして写した方がきれい!
IMG_20211016_135518
島がいくつかあって、これも噴火の痕跡です。二重カルデラです。一度ならずに何度も噴火しています。
IMG_20211016_135542
遊覧船が運行されているけど、乗っても景色は良くない。
IMG_20211016_135555
山の中に十和田神社がありました。
IMG_20211016_140249
ということで、今日はずーっと雨、雨、雨。この旅では初日、福島から宮城までの日、そして今日と3日間雨のあって、晴れの日の方が多かったけど、やっぱり雨の日は気分は悪い。
明日は曇りとのことで、何とか無事に帰れそうです。
明日も良い日でありますように!


10月16日土曜日、天気は雨。気温も最低で10度を下回る寒い1日です。
さて、昨夜の三沢市の温泉。料金は何と‼️220円。それが半額チケットを使って110円とは、こんな安い温泉ありませんね。しかもサウナ付きですからね。もっとも、シャンプーとか石鹸は持参しなければいけませんけどね。
IMG_20211015_161420
で、昨夜は近くの道の駅「おがわらこ」で車中泊。小川原湖は太平洋に面したラグーンでもともとは海だった場所が砂州によって湖になった汽水湖です。だからシジミの産地でもあるのです。
翌朝、小雨降る中、七戸町へ。ここには七戸城跡があるのです。
IMG_20211016_081636
今は、公園になっていますが、もともとは南部藩の支藩として城があったそうです。
IMG_20211016_081934
城内を散策。町民の憩いの場になっている公園です。神社もあって、お参りする人も。
IMG_20211016_082807
続いて、八甲田山へ。ここで見たかったものがあったのです。それがこれ!
あの映画「八甲田山死の彷徨」の舞台、青森県の八甲田山連峰です。
IMG_20211016_092918
後藤伍長の銅像が立つ公園ですが、駐車場から歩いて250m。明治時代の軍隊は、近代的な思想ではなく、誤った上官がいると部隊全員が死に直面するということが分かった映画でもありましたね。後藤伍長は何を思うのか?
IMG_20211016_093456
田代平という平原。冬は雪が深い場所でもあります。
IMG_20211016_093513
八甲田山は文字通り、8つの峰の連峰です。一つの山の名前ではありませんね。
IMG_20211016_093518
青森市の市街地が遠くに見えていました。明日は、フェリーで帰ります。
IMG_20211016_093542
紅葉真っ盛りで、雨に濡れた道路を木々が覆っているかのよう。
IMG_20211016_095053
傘松峠は標高1000mを越えています、学生時代、自転車でここを越えたなんて、今では信じられないです。車でもあえぎながら登ってきたのに。
IMG_20211016_101539
素晴らしい紅葉!
IMG_20211016_102556
奥入瀬渓流を散策。遊歩道があって、奥入瀬川の縁を歩けます。
IMG_20211016_113518
全コース歩くと、10kmかかりますが、自分は2、3kmほど散策。雨で濡れ落ち葉で湿った遊歩道は、靴を濡らして靴下までびっしょり。
IMG_20211016_113819
でも、マイナスイオンたっぷりの、気持ちの良い散策路です。
IMG_20211016_113830
雨降りだけど、土曜日とあって歩く人たちもけっこういました。マスクをして歩くのはキツいな!
IMG_20211016_114630

IMG_20211016_115017
そして、十和田湖へ。到着したあたりから雨は止み、曇り空へ。それもつかの間、再び雨☔。強くなって来ました。
それでは、傘を差して乙女の像まで歩きますか。
IMG_20211016_123826
ということで、今日は十和田湖の周辺で車中泊する予定です。近くの温泉に入り体を暖めなきゃ。寒い日が続いているから風邪を引かないように気を付けなくては!
では、また!


10月15日金曜日、天気は晴れたり曇ったりで気温も暑くなったり寒くなったり。時々小雨も。まさに変化激しい秋の空模様です。
まずは、昨日車中泊した田老の三王岩の駐車場から見た朝焼けの景色。
IMG_20211015_054954
太平洋が赤く染まっていて、太陽が上り始めた瞬間です。でも、このような天気は良い兆しではなく、悪くなる心配ありです。
IMG_20211015_055032
それにしても、三陸海岸は景色がきれい!美しい海岸線を堪能しています。
IMG_20211015_055130
7時過ぎに出発し、最初に向かったのは田老グリーンピア。この広大なグランドには、たくさんの仮設住宅があったのですが、震災から10年を経過してすっかり跡形もなくなってしまいました。大勢の方がここで生活していたのですが。2013年4月、最初の「ぼうけんの旅」で訪れていますので、是非お読みいただければうれしいです。
IMG_20211015_080434
鵜の巣断崖の景観。三陸海岸はリアス式海岸ですが、宮古以南は沈降海岸で陸地が沈んで出来た海岸。でも、宮古以北は隆起海岸で土地が隆起して出来た海岸。だから、ここは海岸段丘が形成されています。
IMG_20211015_093356
人を寄せ付けない、高さ200mの段丘が続いています。
IMG_20211015_093630
駐車場からはこのような道を歩いて10分もかかりません。歩きやすい道ですが、「熊出没」の看板有り、まるで北海道みたい。
IMG_20211015_094231
田野畑村で発見した、江戸時代の百姓一揆のリーダーのお墓。江戸時代の3大一揆の一つです。南部藩の圧政に対して立ち上がった農民の反乱です。
IMG_20211015_100326
もう一つは美濃の国で、2つ目は美作の国で、三つ目がここ。
IMG_20211015_100636
島越駅で、宮沢賢治の詩にも詠われています。震災後再建されています。
IMG_20211015_102622
田野畑駅近くにある津波石。こんな大きな石が津波で運ばれて来たのです。
IMG_20211015_105012
もう一つあります。遠くに海が見えていますが、ここの標高は23mで、この高さまで巨大な石が運ばれて来たのです。
IMG_20211015_105205
右端が明治時代の異例碑。新しいのが今回。その間にあるのが昭和8年の慰霊碑で、ここの住民は、3つの津波を体験しているのです。
IMG_20211015_105330
北山崎の海岸美。
IMG_20211015_112705
波が岩に穴を開けていますね。
IMG_20211015_112833
この後は近くの温泉へ。実はこの本、温泉料金が半額になるのです。
岩手めんこいテレビが出版していて、岩手県だけではなく秋田県や青森県の温泉も含みます。
IMG_20211015_134809
ということで、とうとう青森県入り。この後は青森県をじっくりとドライブします。
では、また!

↑このページのトップヘ