函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2021年08月

8月30日月曜日、天気は晴れで気温は27℃まで上昇し、日の当たる場所では30℃を超えている暑さ。残暑がぶり返してきている感じですが、本州の猛暑日に比べたら風が爽やかで、既に秋風のようです。

パラリンピックは見れば見るほど面白くて、テレビの前に釘付けになります。特にはまったのが車いすラグビーで、エースが函館出身の池崎大輔選手ということもあって、全試合見させてもらいました。車いすがぶつかりあう音はすさまじくて、ワクワク、ドキドキしてあっという間の試合でしたが、3位決定戦では無事に銅メダルを取ることが出来てうれしい!
それと車いすバスケットは男女とも素晴らしく、よく腕だけの力でリングにシュートするなぁ~と感動。さらにブラインド・サッカーは、眼が見えてないのにもかかわらず、ドリブル、シュートをする選手に拍手喝采です。もちろん、陸上や水泳も素晴らしい選手たちで、感動の連続。緊事態宣言で旅に出れない時間ですが、その分パラリンピックで十分楽しませてもらっています。

さて、留萌管内の小平町の小平ダム公園での車中泊。翌朝は晴れて朝から気温は上昇し、この日も30℃を軽く超えて35℃に迫る勢い。ダムの突堤にまで上がる途中の坂道から撮影。
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上まで上がりダム湖を臨みます。この先は、峠を越えて幌加内村へと通じる道です。
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見下ろすと、下に駐車場。恐竜の頭が少し見えていますね。その奥は牧草地で、白いロールが点々とあります。広い公園であることが分かります。さすがは北海道!こんな広大な公園は本州では造れません。
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霧立国道と呼ばれる原生林の中を対抗する車を1台も見かけずに30分以上走り切り、小平町のとなりの苫前(とままえ)町の古丹別(こたんべつ)集落へ。ここには、旧羽幌線の古丹別駅跡がある、と思ってきたのですが、地元の人に尋ねると残念ながら駅は撤去されていて駅跡敷地にはバス停留場が、それもかなり大きく地域の集会場も兼ねている建物でした。実際、高齢者グループが何かの集まりをしていました。ここで、トイレ利用!
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付近を散策。汗が噴き出す暑さだったけど、レンガ造りの建物が多く、これは農協の倉庫ですね。
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煉瓦はイギリス式の積み方で、明治時代の後半以降か?古丹別も昔は栄えていて、多くの農家さんがここの倉庫に生産物を出荷していて保存していたのでしょう。
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苫前の中心街からは5㎞以上も離れているけど、ここは第2の集落。温泉もあるし、ガソリンスタンドもホクレン初め2軒もありました。
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さて、今回の目的の一つである三渓(さんけい)へ行くために道道1049号線を南下。10㎞程南下すると、三渓小学校跡へ。農家が少しある程度で、この路もあとわずかで行き止まりの場所です。
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手前の建物は潰れていますよ。雪の重みで潰れたのか?それとも経年劣化で自然と潰れたのか?
奥のミニ体育館だけが残されています。体育館の中にストーブの煙突があるのは、冬の暖房用です。
でも使われているのかな?使う人いるのかな?
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開校八十周年記念碑とあるけど、何年に開校したのか?いつの頃の記念碑なのか?
奥には携帯会社の中継基地があって、こんな山奥でもスマホが通じるのですから、文明の利器はすごい!
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「粘り強くがんばる子」の看板は倒れたまま。奥に雲梯がありますが、草ぼうぼうで、ここには利用する子供がもういないのです。
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そこからさらに数キロ走ると行き止まり。これ以上先は道路が通じていません。小平町へつながる道が地図上では計画中だけど、いつ建設するのか?多分このままでしょうね。
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ここは三渓、三毛別(みけべつ)地区。今から106年前の1915年(大正4年)12月にここの開拓部落で7人を殺害したヒグマ事件の場所です。
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1頭の巨大ヒグマが集落を襲い、婦女や子供たちを何人も食い殺し、退治をも殺し、さらには通夜の現場まで襲い開拓移民小屋10軒を軒並み荒らしまわった惨劇は、熊害史上世界最悪の結果となったのです。
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冬が訪れた12月9日午前10時半ころに最初の惨劇は始まりました。
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体長は2.7ⅿは2階に届くような高さ!体重は383㎏は人間の男性大人6人分の重さ。この巨大熊がわずか2日間で6人の男女と一人の胎児を襲い殺害したのです。
この事件に関して2冊の本を読みましたので、紹介しておきます。


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次回に続きます。


8月28日土曜日、天気は晴れで気温は25度を越える夏日ですが、風が爽やかで気持ちが良い夏の終わりの日です。
パラリンピックでは、函館出身の二人の選手が大活躍して嬉しい!一人は車椅子ラグビーのエースである池崎選手。予選は3連勝で決勝進出し、初の金メダルが期待されます。
もう一人は、陸上女子400mの辻沙絵選手。予選突破し、リオの銅メダル以上が期待されます。

さて、我が家の畑も終盤に差し掛かり、中には2度目の収穫になったところも。
まずは、枝豆から。ちょうど良い大きさの食べ頃ですね。
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塩して茹でて、食べると新鮮だから美味しい!
たまに来る息子が「冷凍物より、ずーっと美味しい!」と。
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トマトは、毎日このくらい採れます。ミニトマトはおやつ代わり。黄色は赤いのよりも甘い!
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キュウリも毎日収穫!ミニは左のパン粉に漬けて漬け物に。大きいのは生で!
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青紫蘇や。青いのは天ぷらが美味しい!
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赤紫蘇も。赤いのは味噌になります。
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ピーマンも既に5個食べました。天ぷらにしたり、いろいろ食べ方ありますね。
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茗荷もそろそろ収穫時期。
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地面を見たら、出てきましたよ。もうちょっと顔を出して、大きくなったら収穫です。
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ジャガイモの後に、肥料を撒いてベビーリーフの種を、一月後にご覧のように出てきました。生で食べれるから、サラダに、パンに挟んでサンドイッチとして食べます。
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こちらは、ビーツ。葉っぱが小さい内は生でサラダに、土の中の実がピンポン玉くらいの大きくなると、切って天ぷらなどに栄養満点のビーツは、寒冷地向き作物です。
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あと2か月後の11月初めに食べれそう。
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小松菜も小さい内は生で食べれます。
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ベビーな葉っぱは、タッパーに入れて保存。野菜が高騰している昨今、貴重な食べ物です。
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サンチュも毎日収穫。毎朝パンに挟んで食べています。
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ということで、収穫の秋を迎えるに当たって、今が旬の野菜を紹介しました。
農薬を使わないから、ところどころ虫食いがあって、葉っぱに穴が開いている場所もあるけど、それって虫も「美味しい」と思って食べたからでしょう。
栄養があるから虫も寄ってくるのです。
肥料は、牛糞や鳥糞など有機肥料ばかりで、化学肥料は一切使用していません。
雑草駆除は大変だけど、農薬を使わずに鍬やレーキなどの農機具を使って取り除いています。

ということで、これから9月、10月にかけてさらに美味しい野菜を収穫できる喜びがあります。
6月から10月までは自家製の野菜や穀物を食べれるのでうれしいのです。

では、また!

8月25日水曜日、天気は昨夜から雨が続いていて、湿度80%以上の不快指数の高い憂鬱な1日となりそうです。7月は高温が続き晴天の日が多く雨が少ない月でしたが、8月に入り最初は35℃近くまで上昇する暑い日もありましたが、9日を過ぎると雨が多く気温も低く悪天候が続いています。
月別でこんなに違いがあるとは、と驚いていますが、この先9月はどうなるんだ?と少し心配です。早くも今年の冬は暖冬なのか?それとも寒冷なのか?と。

さて、石狩市の厚田区にある道の駅の続きです。
まずは、地元厚田村出身の大相撲43代横綱の「吉葉山」です。身長179㎝、体重143㎏、初土俵は戦前の1938年、入幕が戦後の1947年、引退は1958年。1954年に横綱となっていて、1977年に亡くなっています。
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洋画家三岸好太郎(1903~1934)は札幌の出身ですが、祖父は厚田村の網元でしたので、ここにあるのでしょう。僅か31年しか生きなかった薄幸の画家です。札幌に三岸好太郎美術館がありますね。
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三岸の異父兄にあたる子母澤寛(しもざわかん 1892~1968)は小説家で、厚田村の出身。作品に「新選組始末記」「勝海舟」などあるから時代小説が得意だったのでしょうか?
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厚田区からさらに北上し、浜益区の最初に集落である濃昼(ごきびる)地区。昼でも濃いほど暗い、という意味?それともアイヌ語でしょうか?国道231号線から外れて海岸へ降りる道をたどると寂しい漁村へ。集落は50戸もないし、空き家、廃屋が目立つ。港へ行くと元の網元の家で、旧木村家住宅ののニシン御殿がありました。
1900年(明治33年)に建てられたもので、築121年目です。
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源三郎の館と書かれているけど、閉鎖中。それにしてもかなり凝った作りの家です。
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ここで、東北や北陸からやってきた男衆たちが寝泊まりして、ニシン漁に励んでいたのです。
もちろん、個室などはなく蚕棚みたいな2段の造りで、幅2ⅿほど数十人が一斉に寝れるスペースで、プライバシーなどあったものじゃない。まさにタコ部屋のような過酷な労働環境だったのです。
右の八角形の張り出し窓は応接間で建物は和洋折衷の作り。
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車を置いて集落を歩くと、一番奥に元小学校の建物がありました。今は廃校となっていますが、建物は何かに利用されているらしく現役中。それにしても子供がまったくいなく会う人も高齢者ばっかりで、それもわずかに数人。生活感のある家が数軒しかないような印象でした。
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夏は良いけど、冬は北風が強く雪も多いだろうし、住みずらいだろうなぁ、と感じたのでした。それに、ヒグマの生息地でもあるので時々出て来るのでは?と思うと、ちょっと怖い。
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で、その後はに北海沿いを北上し留萌管内へ入り、増毛(ましけ)町、留萌(るもい)市、小平(おびら)町へ。増毛町で温泉へ入り、小平のキャンプ場で寝ようかな?と思ったらキャンプ場は閉鎖。増毛でもキャンプ場は閉鎖していて、やはりコロナで自治体が営むキャンプ場はかなり閉鎖中のところがあります。
そこで、数年前に一度車中泊した小平ダム公園はどうかな?と来てみたわけです。小平の町から東の山間部へ走ること30㎞あまり、山中にダムがありその下に公園が作られています。トイレもあるし水もあり、とても閑静な場所。
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でも、ここには恐竜がいて、まるでジュラシックパーク?奥に私の車が見えますね。左の建物は清潔なトイレ。
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名をクビナガリュウといって、6500年前から1億4000万年前に生息していた爬虫類。最大で15ⅿだなんて、これは生きて現れたら恐ろしい!1980年代に頭から首にかけての骨が発見されています。
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夜は満天の星空で、天の川も見えたし、カシオペアや北斗七星もきれいに見えて感動!でも誰も来なくたった一人の車中泊でした。
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小平ダムという名。朝から暑く、日が差し込んだ段階で25℃以上あって、もっと暑くなることが予想され、嫌な予感。
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でも、車中泊には最高の場所でした。テントはヒグマの出没の恐れはあるけど、芝生もあるから良いと思いますが、後は自己責任でどうぞ!
もっとも、夜も暑かったので、フロントの左右の窓は全開にして網戸にして寝ましたので、テントと一緒かも?網戸はホームセンターで1つ1000円以下で、2つで購入。窓全体を覆う細かい二重の網で、窓全体を覆うものです。夜間風通しが良く、涼しく寝れます。
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ダム公園から見た山は、もろくて崩れそうな山塊。一部山肌が露出していますね。大雨だと土砂崩れが起きそう?
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数㎞日本海に戻り、達布(たっぷ)という名の集落で天塩炭鉱の跡を発見。達布は今月最高気温39度を記録し、今年の北海道の最高気温でした。内陸の暑い地区です。
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留萌市から鉄道が敷かれていて、天塩炭鉱鉄道が走っていましたが1967年(昭和42年)に廃止されています。
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今は牧草地となっていて、炭鉱の跡などほとんど感じられません。
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道内には、炭鉱跡がたくさんあって、決して夕張だけではないのです。この後も炭鉱跡を探しに行きますが、この日は朝からかなり暑い!
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ということで、次回はさらに北上します。
では、また!

8月23日月曜日、天気は曇りのち晴れで気温は25℃くらいまで上昇し、蒸し暑い日。今日はウォーキングして13000歩、90分歩き汗でびっしょり。それでも500kcalしか消費してなくてガッカリ。
昨夜は、夜通し雷が鳴り響き、うるさくてなかなか寝れず睡眠不足。歩いた後はぐっすりと昼寝をして、夜blogを作成中です。

さて、前回の場所は石狩川河口の「はなますの公園」。石狩川は北海道の母なる川で、大雪山から流れ出た雪解け水が旭川市を通り、石狩平野を北から南へ、そして日本海へと注ぐ長さは日本で第3位の川です。1位は信濃川、2位は利根川ですね。因みに4位も北海道で天塩川です。
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公園の名前の通りに、ハマナスの赤紫色の花が咲いていました。
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石狩川左岸から右岸へ渡り国道231号線で、日本海沿いを北上し石狩市の厚田区にある道の駅「石狩あいろーど厚田」へ。
以前は厚田村でしたが、2005年10月1日、北の浜益(浜益)村と一緒に石狩市に吸収合併され、厚田区となりました。2018年4月27日、道の駅が開業し今では道内では人気ナンバーワンとなっています。

屋上展望台から撮影した北側で、これから向かう浜益区方面。
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一方、こちらは西側で手前には海水浴場でしょうね、海の一部が護岸で囲まれていて、沖に出ないように工夫されています。が、コロナ禍もあって閉鎖中です。遠くに見えるのは積丹半島です。
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ランチタイムには早かったけど、混むことを予想してお昼ご飯に。頼んだのは「ニシン丼とニシンそばの定食」。かつてはニシン漁で賑わった地だけに、ニシンを取り扱った料理です。最近、再びニシンが獲れるようになってきましたが・・・。値段もそれなりですが、美味しさもバッチリでした。
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北前船の最北ルートでもあり、ここからニシンが積み出されていたのです。それを人形で表現しています。食用として活用された他に、ニシンは油を採って、残りは肥料へ。俵に詰めているのは肥料となったニシン粕で本州へ送られ、菜種、藍、綿花などの商品作物の栽培に欠かせない肥料となったのです。
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北前船で運ばれたものとして、主に海産物でニシン粕の他にカズノコ、昆布、干したイワシ、干したナマコなどです。
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郷土を伝える人形もありましたので見ていきましょう。作者は、地元の八田美津さんです。「饅頭売り」ですね。子供の頃に食べた記憶あります。
八田美津さんは、浜益生まれで浜益在住の人形作家。
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紙芝居。やはり、子供の頃によく見ていました。
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小学校へ通うのに、冬は馬そりに乗せてもらって通ったことがありました。
浜益区にはたくさんの果樹園があって、とりわけ開拓使が明治10年に配布したアメリカ産のリンゴの苗木からスタートして、今はリンゴの産地の一つになっています。そのリンゴの秘密がニシン。明治時代は、ニシンのほとんどは食用ではなくニシン〆粕という肥料。それをリンゴ農園に使用して生産したのでした。
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昔は、木の机や椅子でしたね。黒板もあって。今は電子黒板と子供たちはタブレットを操作しても授業ですから、隔世の感がありますね。
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明治11年に創設された濱益小学校の入学式の風景です。今は、子供が激減して、小学校は少なくなっていますね。あちこちで見かける閉校した校舎があまりにも悲しい。
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お母さんたちが茹でているのは何?黄色だったらトウモロコシなんだけど、緑色していますね。樽に漬けているのはなんだろう?
もしかして、緑色のは山菜のフキかな?漬けているのはワラビ?タケノコ?フキ?
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これはおにぎり!美味しそう!!
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馬で耕していますね。道具はプラウという土起こしの道具。
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右の男性が引いているのは、田んぼに稲を植えるための道具で、コロという回転田植え定規で、マス目が付くものです。十字の交差したところに苗を植える道具です。明治20年代に出現し40年代に全国に広く普及したもの。
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ということで、ここの道の駅たっぷりと楽しめます。
もちろん、フリーWi-Fiが効いているし、トイレもきれい!ホテル並みです。
冷房完備で、涼しくのんびりと過ごせそう。
で、次回もここの道の駅を紹介して北へ向かいます。
では、また!


8月22日日曜日、天気は曇りで午後から雨の予報。気温は25度近くあって蒸し暑い日でもあります。
さて、昨夜道南リング主催のプロレスが実に9か月ぶりに開催され、自分にとっても2年ぶりに生観戦だけに、コロナ対策を十分取って出掛けました。場所は、駅にも近い(函館駅から歩いて10分くらい)函館市の営むサンリフレ。昔の旭中学校の敷地を体育館を始め総合施設に変えた近代的な建物です。
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会場は、奥の建物で午後6時半からスタート。スタート前に会場を撮影。広い体育館で、詰めれば1000人近くは入る広さ。でも、今回はコロナ対策で限定100名に、電話かネットで応募し、入口で検温、消毒は万全です。もちろん、マスク着用は当たり前。声だし禁止で、応援は手拍子か足踏み。または自前の応援グッズ。声を出してはいけません!
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席も1m以上間隔を空けて、外の空気を入れて換気対策はバッチリ!外の空気は涼しく気持ちいいくらい。たまに虫が飛んできましたが、それほど気にならず。
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まずは、主催側の道南リング代表のカツオ選手から注意事項と開催に当たっての挨拶。
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第1試合は、2mを越すくらいの背の高い全身真っ黒のコスチュームの左、北海熊五郎選手と斗猛矢(ともや)選手。
熊五郎は、以前メジャー団体に属していましたが、怪我で引退。その後カツオのアドバイスもあって復帰。熊の衣装を着て活動中。岩見沢在住です。対する斗猛矢選手は、登別市の市会議員。赤いユニフォームの坊主姿の男性はレフリー。レフリーが投げられていますよ。
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第2試合は、左東京在住、グラビアアイドルの杏ちゃむ選手と北都プロレス所属の札幌市在住の神田愛実選手の女性レスラーの戦い。
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女性らしいスピード溢れる軽業のしのぎ合い。二人ともまだ20代前半で若いし、動きもシャープ。
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第3試合のセミファイナルは、関東からやって来たヒールの藤原秀旺選手と下にいるのが河原成幸選手。河原は北都プロレス所属。
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体重差が大きく、軽量級の河原選手は飛ばされてしまう。重量級の藤原選手の反則有りの攻撃で勝利!
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最後は、痛みつけられた河原選手。
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そしてメインイベント。左のマグドナルドならぬ魔苦・怒鳴門選手は、名前の通り徳島県鳴門市出身で、日本体育大学でレスリング部の出。
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身長は低いけど、動きが速く変化に富みます。レフリーは道東の遠軽から500km以上走って来た(もちろん車で)ペンギン島田レフリー。
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最後は、ロープ最上段から飛んだカツオ選手の勝利でスリーカウント。
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ということで、久しぶりにプロレスを堪能出来、満足でした。歓声はあげれないけど、拍手と足踏み。グッズで応援。およそ100人のファンとともにエンジョイ出来た2時間でした。

今朝のNHKニュース道内版でも放送されていました。

8月21日土曜日,天気は晴れで気温も25℃を超える夏日で残暑がきつい日です。それでも、大雨の降り続いている西日本と比べたら、災害もないしのんびりと過ごせる地に感謝です。函館はコロナ感染者も毎日のように出ていますが、札幌や旭川のような緊急事態に陥っていないから少しは安心ですが、それでも気を付けて生活しなくてはいけないのは当然のこと。ワクチン接種済ませてもマスク着用は日常のことで、今年も昨年同様になかなか旅に出れません。

さて、まだ感染数が少なかった7月の旅、ここは神恵内村から当丸峠(610ⅿ)を越えて、積丹半島の北側を臨んだ展望台から。山また山の積丹半島はヒグマの生息地でもあり、ここを自転車で通るなんてのは怖いです。
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海岸に降りると古平町。毎年、ここの水産会社から「辛子明太子」を購入していますが、ここのは特別旨く、他と比べると段違いに違います。左側の巨石は何か?というと。
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セタカムイという名の巨石。ここには伝説があって、漁に出て遭難し帰らぬ主人を待ち続けた犬が石になったというアイヌの昔話です。IMG_7094



























確かに、鳴き声を上げている犬のように見えなくもないが・・・。
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そして、ここの昔のトンネルは大勢の犠牲者を出したのです。豊浜トンネル事故と云って、1996年2月10日に旧トンネルが崩壊、たまたま通行中のバスがあって、高校生を含めて20名が死亡したのです。
現在は全長2228ⅿのトンネルが完成して安全に通行できますが、積丹半島の海岸線は崖が連続していてトンネルが多く、その中には古い時代のトンネルも多いのです。
何せ、20世紀の間は積丹半島の南側は、道路がなく通行できなかったのですから。
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西側を見ると、トンネルが見えますね。右側には古い時代(通行止め)の、左側に現在のトンネル。その奥には古平町。さらには積丹町があり、平らな平野部はどこにもないのです。
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その後は、余市町、小樽市、札幌市の海岸線を通過して、石狩市の石狩川河口へ。河口には石狩川が上流から運んできた土砂が堆積し、砂州が形成されています。現在は、はまなすの公園という名の広大な地へ。
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名の通り、ハマナスが咲いていて木道が整備され、歩いて突端まで行けます。それでは歩いてみましょう。
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チョットした高台から石狩川の下流が見えてきました。日本海まであと1㎞くらい。
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末端まで歩くとかなりありそう。気温は30℃を超えていて、汗が噴き出るので途中までに留めておきます。
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振り返ると、遠くに小樽市や積丹半島が見えます。この日の波は穏やかで海水浴日和ですが、どこの海水浴場も閉鎖していて、遊泳禁止です。数少ない北海道の海で泳げる日なのに、実にもったいない日です。
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川渕まで来ました。周囲はアシやヨシの植物が茂り、少し風もありますね。対岸は石狩市で広い石狩平野が広がっていています。
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思ったほど水はきれいではなく、汚れている川。300㎞も流れてくれば汚れるのは当然か?臭わないだけでも良いのかな?本州では、河口付近では臭う川も多いですからね。
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ハマナスの実がなっていて、ミニトマトみたい。
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この後は、石狩市を北上し留萌管内へ向かいますが、それは次回へ!
今夜は、道南リングの久しぶりのプロレスを観戦(会場はサンリフレ 午後6時半から)してきます。CF(クラウドファンディング)で集めた資金で無料開催する道南リングは実に1年ぶりかな?
では、また!

8月19日金曜日、天気は晴れで気温は27℃まで上昇し、久しぶりに夏の暑さが戻ってきた感じがする日でした。明日も晴れだから、うれしい!8月上旬は30℃を超す日が毎日で猛暑の夏かな?と思ったのもつかの間、オリンピックの閉会式が終わった日から20℃前後の夏にしたら寒い日が続き、このまま秋へ突入か?と思わせるほどで、雨の日も多かったのですが、やっと残暑の夏らしい天気になってくれて、良かったのでした。

さて、ここは寿都町の歌棄(うたすつ)寿都は日本1風の強い町の一つで、湾沿いに風力発電のプロペラがいくつもありますね。1989年(平成元年)、日本で初めて風力発電施設を建設した場所でもあるのです。
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ズームして見ましょう。写真だと止まって見えるけど、実際は「ブーン、ブーン」とうなりを上げてプロペラが回っています。
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歌棄には、鰊御殿があることで知られていて、道路を挟んで向かい側には巨大な建物!これすべてニシンで儲けた網元の豪華な御殿です。
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忍路(おしょろ)、高島及びもないが せめて歌棄 磯谷まで  
これ、民謡の江差追分の一節。忍路と高島は小樽地区の地名の一つで、歌棄と磯谷は寿都の地名。その間には積丹半島があります。地図を見ると分かりますが、小樽からは半島をグルーっと回らなければ寿都には行けません。
実は、この歌の内容はラブソングとか。積丹半島の神威岬はアイヌ人たちにとって神聖な場所で、江戸時代は女人禁制の地でした。愛する人がニシン漁の大漁場の小樽へ出稼ぎに行くが、そこまでは行けない。せめて歌棄、磯谷まで見送りたい・・・。そんな悲しい女性の心を歌っているのですね。
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寿都町の市街地は対岸で、右端は弁慶岬。弁慶の像があります。
それにしても、雲一つない青空と青い海。汚れは全くない海です。
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歌棄は、これもアイヌ語で「オタ・シュツ」から来ていて、「浜の草原が尽きる砂浜に掛かる辺り」という意味があるらしい。寿都も「シュプキッペ」、「矢柄に用いる芽のある川」という意味とか。
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橋本家住宅は1879年(明治12年)に完成、総工費は7万円とか。大正時代の平均的な豪邸が3000円というから、その20倍以上もの多額の建設費をかけて超豪華絢爛な家を建てたのです。
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ニシン御殿またはニシン番屋ですが、ここには網元や多くの漁師たちが寝泊まりしていました。
橋本家は、元々は北陸、福井の廻船問屋で、この地でさらに大きく儲けたのでしょうね。
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さらに少し進むこと800ⅿで、もう一つのニシン御殿。こちらは佐藤家。明治3年の1870年築の建物とか。
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国指定の史跡 旧歌棄 佐藤家 と書かれていますね。
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岐阜・富山の有名な大工さんの集団が建て、骨組みには釘一本使用されていないとか。
佐藤家の先祖は、江戸時代後半の文化年間(1800年代初め)に、福島から松前に渡り、文政年間(1818~1830)に松前藩の場所請負人となり、ニシン漁で儲けたのです。
場所請負人とは、松前藩が商人に対し場所(ある地区)の経営を請け負わせて、利益は商人のものだが、その代わり運上金(税金または賄賂?)を受け取る仕組み。商人たちは、アイヌ人たちをだましてぼろもうけしていたのです。
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日本海沿いの海岸線は山が海に迫り険しい崖が形成されているから、道路のかなりがトンネルです。トンネルを抜けると岩内町の雷電温泉へ。右端は弁慶の刀掛け岩。巨人の弁慶の刀は、そんなに大きかったの?
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崖の上に雷電温泉のホテルがいくつかありますが、しかしいずれも廃業し廃墟寸前の状態です。今はどこも営業していないのです。
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岩内町から泊村を経て積丹半島の南側に位置する神恵内(かもえない)村へ。
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神恵内村の道の駅「オスコイかもえない」で車中泊するために、ここまでやってきたのです。ここもニシン漁の村でしたが、現在はニシンは獲れず超高齢で過疎化が進み、人口は2021年7月で805人だから、道北の音威子府(おといねっぷ)村に次いで道内では2番目に人口の少ない自治体です。
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どらごん太たつ姫はエゾシカでしょうか?
ホタテとアワビとカキ、鮭とナマコ、ウニも描かれていますね。岩は神威岬かな?
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ここは道路沿いですが、夜間は走行する車はほとんどなく、とても閑静。しかもfreeWi-Fiが効いているから安心してスマホを見れるのです。同じような車が1台(帯広ナンバー)、自分よりも高齢の方で、しかもドイツ車のフォルックスワーゲンのキャンピングカーで一人で来ていました。

次回は積丹半島を縦断して半島の北側に向かうことにします。

では、また!

8月18日水曜日、天気は昨夜からの大雨で気温も低く、今日は1日家にこもりっきりの日となりそうです。久しぶりの大雨で、畑にも水溜りが出来るほどのたくさんの雨が降っています。
高校野球の甲子園も中止、それどころか2校がコロナ感染のために出場辞退にまでなっていて、今年で2年目を迎えて増々感染者が増え続けていて、このままだと来月までに200万人を突破するのでは?(8月18日現在で118万人)と思われるほどの怖さです。ワクチン接種をしても、今まで通りの生活スタイルで過ごさなければならず、一体いつになったら元通りになれるのかは、全く見通しがたちません。どうなるんだ!日本は、世界は!

と嘆いていても始まりませんので、感染に十分気を付けながら生活せざるを得ません。いつも通りにblogを進めていくことにします。
一旦帰宅してから再び出発したのが、この写真の日付で分かるように7月14日。フランス革命記念日にリスタート。最初の1枚目は、八雲町の山越駅から。道内では珍しい、どうやら和風の建築物ですね。
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江戸時代の日本最北の関所で、18世紀末に蝦夷地が幕府の直轄地になって箱館からここへ移されたのでした。
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駅舎内には、当時の模型が展示。噴火湾沿いに道が出来ていて、ここで通行手形をチェックしたのです。
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当時の見取り図もありますが、山越の名は、山を越すから来ているのでしょうね。
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箱館から山を越して八雲、長万部へ。確かに今も山を越して鉄道は走っています。山とは駒ケ岳のことでしょう。箱館から噴火湾へ出るには駒ケ岳を越さなければ出れませんからね。
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この日は長万部町のキャンプ場(市街地から車で数分で、東京理科大の長万部キャンパスを通り過ぎたところ)で車中泊すようかな?と考えていたけど、ここはキャンプ場閉鎖。この後、あちこちでキャンプ場閉鎖の憂き目に遭うのです。やはり、役所が感染防止のためにキャンプ場閉鎖をしたのでしょうね。野外だし、密にならないから良いと思うのですが、中には集団で酒を飲んで酔っ払うという感染の恐れもありますからね。
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ここは個人利用は500円だったはずで、閑静でトイレもきれいだしとても人気のある場所だったのですが、残念です。ところで、長万部は「おしゃまんべ」と発音するのは分かりますよね。今では、長万部の名は全国区になっていますからね。
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続いて隣町の黒松内町へ。ここはブナの森が広がる自然豊かな町で「日本でもっとも美しい村」連合、それは北海道では江差町美瑛町、青森県では佐井村、長野県では大鹿村とか、全国で100以上の町村が加盟しています。
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町の木でもあるブナ、その北限の町でもあるのですね。
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駅舎は大きいのですが、無人駅です。駅前を歩いても活気がなく、商店街はシャッターが降りている店もいくつかあって、地方の町では当たり前の光景が展開されていて悲しい。
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マンホールは、ブナの葉と鳥はクマゲラか?
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となりの寿都(すっつ)町にある温泉へ向かう途中で偶然発見した、かつて存在した寿都鉄道湯別駅跡。1920年(大正9年)に開業。以来1968年(昭和43年)まで寿都町と黒松内町間の16.5㎞を5つの駅で結んでいた全線非電化単線の私鉄鉄道でした。
まさか、ここで見かけるとは!驚きです。
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湯別会館という地区の会館の前にありました。
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ということで、この日は湯別の温泉に「HO」を使って半額で入り、その後は積丹半島の神恵内村の道の駅で車中泊することになったのです。それについてはまた次回へ!
では、また!

8月17日火曜日、天気は曇りで気温は25℃くらいまで上昇し蒸し暑さがある日です。明日は前線の影響で大雨の予報ですが、こちらの大雨と云ってもせいぜい数十㎜程度で、数百ⅿⅿも降る本州の雨と違ってほんのお湿り、という感じです。本州を旅して大雨に遭遇したことは何度もありますが、雨の降り方が尋常じゃなく恐怖すら感じたことがあります。これって、年間降水量の差なんですね。
よく地図帳に付録として最後のページあたりに掲載されていますが、北海道は日本の中では一番降水量は少なく、地域によって違いはありますが、九州の2分の1ないしは3分の1です。冬の降雪量は、乾燥した雪なので、北陸辺りの湿った雪と違い大した量ではないのです。
それと良く調べると、九州辺りでは乾季と雨季があって、月別では8倍も違い地域もあるのです。夏と冬の差がはっきりしています。九州を旅するなら少し寒いけど冬の乾季!雨に降られるリスクはほとんどないでしょうね。

さて、大沼キャンプ場から東の方角へ10㎞ほどの鹿部町道の駅へ。温泉が湧きだす道の駅です。奥の温泉パイプが見えるのでお分かりですね。
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ここが道の駅。鹿部町と云えば、今年のオリンピックの野球で、日本チームは金メダルを取りましたが、チームの投手として3試合で登板し防御率0,00の活躍をした新人のです。伊藤大海投手(駒大苫小牧高校 甲子園出場→駒澤大学→1年で中退し苫小牧駒澤大学)の出身地です。それと若くして亡くなりましたが、元横浜、近鉄のピッチャーだった盛田投手(函館有斗高校 甲子園出場)の出身地でもあるのです。
漁師町だから、ナチュラルなパワーが子供たちにあるのかな?

お店で売られているのはほとんど海産物で、中には函館で製造されたものも。
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ここは温泉が噴き出している場所として知られていて、だから「温泉蒸し処」なるものも。
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別府や草津など、温泉地にはよくある場所ですね。
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噴火湾に面していて、晴れた日には遠く室蘭の町や羊蹄山なども見れますが、この日は遠くは空気が重く見えず。冬ならば、空気は澄んでいてはっきり見えることでしょう。
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ここの特徴は、温泉が吹き出し公園になっていること。ある一定時間になると湯が噴水のように噴き出すのです。ただ、入場料は300円だったかな?取られるのですが・・・。
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ところが、奥の遊歩道を歩いて登るとその場所が見えるのです。わざわざ、料金を払う必要がない。
中を歩いている人たちがいるけど、彼らは払ったのでしょうね。
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ズームして見ると、ここが噴き出し口で、時間が来ると温泉が噴き出すのです。もっとも、何時なのかは分からず。5分しましたが、あきらめて帰りました。
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この後は、南茅部地区のキャンプ場へ行ったら、草ぼうぼうでしかも「熊出没」の看板あって、断念。いったん帰宅して後日再び旅に出たのでした。
ということで、次回の7月の旅16からは道北の旅をお伝えします。
では、また!

8月15日の終戦記念日は、曇り空で気温は20℃くらいで夏にしたら寒いくらい。それでも、本州・九州の豪雨が無いだけでも良しでしょうね。北海道は北へ行くほど晴れわたっていて、道南だけが
曇り空。西日本では豪雨で洪水も出たりで被害甚大です。降水量の差もありますが、この3日間で降った前が1000mmを超す地域もあるとか(佐賀県嬉野市)で、函館の1年分の雨の量だから想像もつかない雨です。つくづく降水量の少ない地域で良かったなぁ~、と思います。
被害に遭われた方にお見舞い申し上げますと同時に、亡くなられた方もいてお悔やみ申し上げます。

さて、中山峠を越えて北斗市に入り、北海道新幹線の新函館北斗駅。ここは旧渡島大野駅で、旧大野町。上磯町と合併して北斗市へ。そして、2016年3月26日に新幹線がここまでやってきました。ホントは、函館駅まで来るはずだったのに、なぜか田んぼのど真ん中に出来た駅です。函館駅まではここで乗り換えて15分かけて行かなくてはいけないのです。
駅前の郵便ポストに何か載っかかっていますね。 
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北斗市のゆるキャラの「ズーシーホッキー」ですね。はこだて未来大学の学生のデザインによるゆるキャラでホッキ貝をもとに、地元ブランドのお米「ふっくりんこ」の握り寿司をイメージして考えたとか。いわゆる「キモカワ」ですね。気持ち悪いのと可愛いの間かな?
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うれしいことに!土方歳三さんがいましたよ。中山峠では二股の戦いで新政府軍から勝利を収めていますからね。
新幹線は、とあるアルバイトで50回以上乗車していて、2018年3月あたりのblogを見れば何回もここの駅や「新青森駅」が登場しています。新函館駅と新青森駅の間を1日に3回、それを何日も行ったり来たりで、津軽海峡の底を何度も往復したのです。もっとも、ほとんどがトンネル区間で、外の景観を楽しむ!なんてのはありませんでしたけどね。
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北斗と云えば「北斗の拳」。主人公ケンシロウの像があって、作者の原哲夫さん了承ののものです。
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コロナに対して「お前はもう死んでいる!」とケンシロウは指さしているけど、現実はコロナは何度も復活して、人類を苦しめています。ケンシロウ!立ち上がって、お願い!退治して‼
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他に、上磯町出身の歌手「三橋美智也」さんのコーナーもありますが、今回はパス。
駅からちょっと歩くと古民家がありました。
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農家の住宅の安藤家。1910年というから今から100年以上も前の茅葺住宅です。
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昔懐かしい茅葺の農家。昔、農村部にははこんな家がたくさんありましたね。
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大沼では「HO」を使って温泉に入り、大沼キャンプ場へ。一月前と比べて、客入りはもっと増えています。キャンプ場は広大な芝生で、テントはまばらですが、それぞれディスタンスを保ってテントを張っているのでしょう。
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曇り空の中で、穏やかな湖面の大沼です。
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最近のコロナ感染者数は、全国で1日に20000人超えていて、北海道も400人台。東京は5000人超えが毎日でちょっと多すぎるのでは!と思うほど。函館の感染者数も1日二けたで、市民以外にも観光客やお盆で帰省した人もいます。湯川の温泉街のホテルも毎日駐車場は函館以外のナンバーであふれていて、レンタカーもたくさん。きっと本州から大勢の観光客が来ているのでしょうね。
観光客が来るのは函館の経済にとっては良いのですが、感染者数が増えるのは怖い!多くの方がワクチン接種済ませればいいのですが、そうもいかないのかな?困ったことに、打つのが嫌だ、という人もいますからね。
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2年も続くと人々の間に厭世気分が増幅し、自殺者も増えているし、専門家のアドバイスを無視する人も出てきます。自分も旅に出たいけど、しばらく様子を見た後に出発しよう!と考えていますが、いつになることやら?
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ということで、この日、ここで車中泊せずに別な場所を目指して東へ行きます。それはまた次回で!
では、また!

8月13日金曜日、天気は曇りで気温は最高でも20℃とか。今まで暑い日が続いていましたが、急に秋になった感じです。暑い時は窓を全開にして、タオルケットだけで寝ていたのに、ここ数日は窓は完全に閉めて、軽い羽毛布団で寝ています。あの35℃近くまでいった灼熱の夏はどこへ行ったのやら?
もっとも、来週から再び30近い暑さが続く予報です。まだ8月の半ばなのですから、暑い日が当然あるはずですよ。

さて、厚沢部町の山の中で、北斗市と峠で隣接する富里地区。昨日は、北斗市へ続く山道、梅漬峠の手前でゲートが下ろされていて通行止めのところで終わりましたが、その帰り道で道路から約100mほど奥にまるで日本昔はなしに登場するような古民家発見!
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車で行けなくもないけど、Uターンできなくなったら困るので歩いて行きます。両側は右ジャガイモ畑。左は水田でしょうか?
藁ぶき屋根の古民家で、廃屋になって数十年?少なくとも十年以上は経っています。手前のホームタンクが錆び付き傾いています。
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裏側に回ると、窓枠がアルミサッシであることが分かりますね。北海道の家は、窓枠は樹脂サッシ(プラスチック)がほとんどで、アルミサッシは熱伝導率が高いので、最近の家(冬に冷気が窓枠から侵入するため、樹脂だと寒さが伝わらず)は使用していません。少なくとも30年以上前に付けられたアルミサッシ窓。その以前は木枠の窓だったはずです。
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屋根の一部に草が繁っているし、壁の土がむき出しです。板が剥がれ落ちていますよ。割れているガラス窓もあるけど、当然のように窓は薄い1枚ガラス。今日の北海道の家は、寒さ対策で2重(2枚ガラス)、または3重(3枚ガラス)の窓です。
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富里地区の小学校跡。相当以前に廃校になったのでしょう。木造の朽ちた校舎です。右側にトイレがあるけど、屋根に取り付けた換気用の屋根がこれまた古い!
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それにしても広大な畑。厚沢部は純農村地帯なのです。
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これまた廃校となった須賀地区の小学校校舎。
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奥の校舎は、崩壊しています。冬は豪雪地帯だから雪の重みで潰れたのでしょうね。
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こちらは木間内地区の小学校跡。小さいけど体育館だけは残されていて、地区で利用されているのかな?
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中山峠を越えて北斗市へ向かう途中、鶉ダムの中ほどに碧血碑がありました。
函館の碧血碑は、箱館戦争で戦死し放置されていた旧幕府軍の兵士たちを葬る石碑でしたが、こちらはどうやら違うみたい。
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旧幕府軍と戦った松前藩兵士たちを葬る碧血碑でした。この辺りを稲倉石と呼んでいて、古戦場だったのです。ここで敗北したために館城は陥落したと書かれていますね。
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旧幕府軍を徳川脱走軍と呼んでいますね。ダムが完成する前はダムの湖底を箱館へ向けての道があったのです。ダムは30年ほどかけて完成しましたが、建設当時と比べて役目はほとんどなくなっていて、このような公共工事の無駄があちこちであるのは税金を捨ているようなもので、本当に無駄ですね。
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地図を見てお分かりのように、江差町と北の乙部町に挟まれた形で海には面していません。だから、漁業者はゼロ。その代わり産業は農業・林業関係者が多く、農村地帯なのです。
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水をたたえるダム。農業用水用ダムです。
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ということで、次回は峠を越えて北斗市へ戻り、北海道新幹線の新函館北斗駅へ向かいます。
寒い1日になりそうな、あまりの急激な変化に体が付いていけるのか?稚内では最低気温2度とか、当然インタビューされた人は「ストーブを焚いた」と答えていました。30℃から一転一桁へ。
1週間前のマラソン・競歩競技、今週行われていれば棄権者も出ず良い記録も出たのでは?天気に文句を言っても仕方がないですけどね。
では、また!

8月11日水曜日、天気は曇りで気温は20℃を少し上回る程度で、今までの暑さはどこへ飛んで行ったのやら?まるで秋の気配漂う雰囲気です。オリンピック閉会式が終わった翌日から、久しぶりの雨が降り昨日は大雨で被害も出ているようで、そして今日は半袖では肌寒いような気温。
7月に旅した道北の中川町は、朝の気温が何と8℃とか!7月は35℃を超えた猛暑日でしたが、この差は一体何?と云いたくなるほどです。東京など本州では40℃になろうか、と云うほどの暑さなのに!
もっとも、来週からは暑さが戻り30℃になるとか。まだまだ8月の前半ですからね。

さて、館城址の巨大な門をくぐって、農村地帯を少しばかり走ります。周囲は広大なジャガイモ畑。
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そこに現れたのが館城址の看板。小さな藩であった松前藩にとって、旧幕府軍は巨大な軍事力を持つ群であって、とても敵うものではなかったのです。
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道路を挟んで東側が桜を植えた公園。でも、栗の木公園の名もありますね。
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平成になってから国の指定を受けていますね。それまでは、町の管理下にあったのかな?昭和の時代の末期頃に訪れたことがあったけど、その頃は今のように整備されてなかったような?
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結構広い敷地ですが、わずか2か月余りの間の突貫工事で造った城、いや砦だったのです。
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道路の向かい側は、アヤメが咲いていてキレイな公園になっていますね。上に上って行けば展望台があるようだけど、以前行った時は見晴らしは良くなかったような?
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館城址の大きな石碑があったけど、字が細かすぎて読めない。書かれていることは、説明板と同じでしょうね。城址の周囲は畑で、農作業をしている方もおりました。
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水がなければ生きていけないから、当然井戸はあったでしょう。
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三上超順は松前藩の兵士で、力持ち。旧幕府軍に対し、大いに抵抗したそうで、彼の力持ちを示すのがこの丸い石。右の巨石を持ち上げたとか?今だったら、重量挙げの選手としてメダリストになれたかも?
でも、このような力持ちを示す大きな石は、各地に残っていますね。
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桜の公園では、例年祭りも開催されていたけど、去年・今年と中止に追い込まれています。どこも祭りは2年連続で開催されていないですね。
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ということで、館城址は戊辰戦争での松前藩が急遽こしらえた、旧幕府軍に対しても城址でした。が、簡単に落城してしまったのです。松前藩主は命からがら船で津軽に逃げ去り無事ではありましたが・・・。この当時、トップはいち早く逃げ延びるのですね。徳川慶喜のように、戦場に部下たちを残してさっさと逃げ帰ったり(鳥羽伏見の戦い)。そういえば、IOCのバッハ会長も銀ブラしてさっさと
帰国しましたね。選手は外出禁止で、選手村から出た人は処分されていますが、バッハは不問ですか?
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周囲の畑です。一面、ジャガイモはじめ様々な農作物を栽培していて、この辺りを美瑛・富良野並みに宣伝すれば観光地化されなくもないと思うのですが。厚沢部のパッチワークとして!
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ところどころに、ラベンダーなどを植えたりして育てればキレイになるはずです。
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レンタルサイクルがあって、観光客が走れば絵になる光景だと思うのですが・・・。少し上りはあるけど、富良野辺りの上りに比べれば大したことはない。自転車で走れる上りですよ。火野正平さんだったら、鼻歌歌いながら楽に登れますよ。
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富里地区から、北斗市の湯ノ沢地区への道道は閉鎖されていました。途中で土砂の恐れありかな?それとも熊の出没中?昔は自転車で峠越えしたことがあったのですが。
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今日は久しぶりのお墓参り。お盆の時期だと混みあうのでいち早く済ませてしまいました。案の定、駐車場は空いていてゆったりとお墓を掃除しお参り。コロナ下で息子たちは2年連続来れませんが、何とか済ませました。
それにしても、寒いくらいの今日の天気。本州は猛暑日を報道していますが、北海道はいっぺんに秋が来たかのようです。先週までの暑さが懐かしいくらい!

では、また!

8月10日火曜日、天気は昨日から台風崩れの温帯低気圧によって雨。それも警報レベルの大雨ですが、乾ききった畑に降った雨は水が浸透しても水たまりができないほどで、今までどれだけ乾燥していたかが分かります。
オリンピックが終わり、今日からは高校野球ですが、さすがにテレビを見るのに疲れ切ったので、地元のチームしか応援しながら見るだけです。この17日間で、スポーツの醍醐味を十分に味わいました!というのが本音です。

さて、江差町・上ノ国町と見て、今夜の寝床の隣町の厚沢部(あっさぶ)町へ。ここにはいつも利用している無料のキャンプ場と毎度「HO」で紹介されている無料の温泉があるからです。
その前に、明日見学予定の館城跡を学習するために、厚沢部町郷土資料館へ。地元の人は無料、それ以外は大人200円。図書館と体育館を備えた総合施設の中にあります。
厚沢部の名前の由来は、やはりアイヌ語ですね。「アッ・サム・」(楡皮のそば)または「ハチャム」(桜鳥)といった説があるとか。
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人口3600人ほどの小さな町ですが、ここには戊辰戦争の戦いがあった、ある城跡があるのです。
館城のコーナー。
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1868年(明治元年)、松前藩は戊辰戦争ではどちら(薩長の新政府側か徳川の旧幕府側か)に付くかもめますが、結局新政府軍側に付きます。
本拠地の松前の城は海に近く、強力な海軍力を持つ旧幕府軍から艦砲射撃を受ける恐れがあることから、内陸部に新しい城を建設することにし、当時五稜郭にあった新政府の箱館府に願い出て、厚沢部の館で工事を着手します。
僅か、2か月ほどの突貫工事で完成した館城、下はその全体模型です。城というよりは砦の陣屋みたいな建物ですね。
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厚沢部の歴史と当時の人物が紹介されています。
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旧幕府軍が東北での戦いで敗北し、箱館へ逃げ延びてきて五稜郭を占拠し、松前城攻撃をします。松前藩主は敗北し館城へ移動するも、降伏はせず。旧幕府軍はそんな松前藩に対し1868年(明治元年)11月15日館城攻略し、1時間ほどの激しい銃撃戦に続き、白兵戦へ。結果、城は落城し、松前藩兵士は敗走したのでした。
詳しくは、翌日に城跡を見学しましので、その時に紹介します。
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郷土館には、伝統芸能や昔の生活の様子などを展示していて、十分楽しめます。
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キャンプ場では、知られていないのか?誰もおらず一人で車中泊しました。もっとも、「熊出没」の看板があり、6月いっぱいまで閉鎖中でしたので、利用者もいなかったのでしょうね。
温泉、コンビニ(北海道ではセイコーマートのことです。)、道の駅、キャンプ場ともに車で5分程度の場所にあるから、非常に便利。それに道の駅は国道に面していて夜間うるさいけど、キャンプ場は100mほど森に入っているので、とても閑静だし星空もクッキリ!

翌朝の農村部。厚沢部はメークインの里をうたい文句にしているけど、ジャガイモだけじゃない小麦も盛ん。こちらは春小麦ですね。穂が青々していて、秋に収穫時期を迎えることでしょう。
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道路向かい側も春小麦。どちらも端っこまでは100m以上、いや200mくらいはありそうかな?
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こちらは、さすがのジャガイモ畑。メークインの産地だけありますね。我が家でも、ジャガイモ(きたあかり)はすべて収穫して日陰で乾燥させ物置で保存中。2日前はその一部を塩煮にして、バターやイカの塩辛、、キムチ、松前漬などを付けて食べて美味しかったです。
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こちらはトウモロコシ畑。方言では「キビ」とか「とうきび」とか「もろこし」とかいろいろあるけど、もぎたてを食べると、売っているのと全然味が違います。初めて我が家の畑で収穫した時の味は格別でした。
最初に鍋で水を沸騰させていて、菜園でもぎ取ったとうもろこしを入れて5分ほど。スーパーで売られているのはどんなに地元でも数時間は経過しているでしょうけど、我が家のはもいでから1分以内の数十秒だから味は新鮮で抜群でした。今年は栽培していませんが、来年は再開する予定です。
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館集落に入り、公園で一休み。片隅に神社がありました。農村部だけに五穀豊穣を願う館稲荷神社ですね。でも、草ぼうぼうで、手入れはなされていないのかな?
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本殿までのわずかな道のりも蜘蛛の巣が張られていたり、祭りの舞台も閉じられていてしばらく使用されてないみたい。ここも高齢化がかなり進んでいるからでしょうね。
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公園もパークゴルフ場になっていて、芝生は整備されているけど利用者はおらず。どこも同じだけど、整備しても超高齢化が進むとパークゴルフも出来ない、やらない高齢者だらけになるのです。
以前、ゲートボールが流行ったけど、今はゲートボールをやる高齢者もいなくなり草ぼうぼうになっている状態ですね。トイレも蜘蛛の巣が張られていて、難儀。きれいにすれば、ここ車中泊に最適な場所なんだけね。
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道道634号線を道路が尽きるところまで南下しよう!とまさにヒグマのエリアで糞が道路に落ちている誰も通らない道を走ると突き当りへ。
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通行止めのポールの向こうは草刈りも行われておらず、上ノ国町の湯ノ岱へ通じるのは何時のことやら?
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で、次回はいよいよ館城跡へと向かいますが、道路にも館城址の門があって興味津々。
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激しい雨がずーっと降り続いています。しばらくぶりの雨ですが、農家の人たちにとってはいいお湿りでしょう。もっとも、これ以上降って災害になったらダメですが。
8月も3分の1が終了しました。まだまだ暑い日が続くでしょうが、乾いた土壌には水分が必要。でも、今週いっぱい雨マークが付いていて、これまた心配です。

では、また!

8月8日日曜日、天気は晴れ時々曇りで気温は30℃。昨日は函館の気象観測史上最高の33.9℃まで上昇し、外の空気は息苦しいほど。昼時の炎天下で計ったら45度もありました。
旭川では38℃を超えて、北海道最高気温とか。そんな中で札幌市でマラソンが行われて、昨日の女子では15人の棄権、今日の男子は30人の棄権が出て、如何に真夏の屋外でのスポーツ、特に長距離のレースは危ないかが分かります。スポーツは秋!東京では10月か11月くらいがベストシーズンではないでしょうか?

さて、江差町から自転車で上ノ国町へ戻り、最初に訪れたのが天の川の左岸にある洲崎神社
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実は、ここに洲崎館跡があるのです。後に子孫が松前藩主となる武田信広が築いた城、というより砦ですね。
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そして、ここは上ノ国小学校発祥の地砂館小学校跡でもあったのです。現在は、松前街道と呼ばれる国道228号線沿いに新築移転されて、立派な校舎が建てられていますが、昔はここにあったのですね。
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向かい側を見ると、巨大なビニールハウス。ここは、日本最大級の食品メーカーのカゴメの系列のトマト栽培の工場。この中でトマトの生産を行っているのです。この工場のお陰で上ノ国町では、仕事が見つかり、採用される人も増えて助かっているとか。
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車を置いている場所へ戻る途中、再び天の川に架かる橋を横切ります。ご覧のように、人工的な堤防はなく、自然堤防の川でゆったりした流れのまま日本海へ注いでいます。
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道の駅への途中、ここにも勝山小学校跡の石碑がありました。ここも廃校となり、上ノ国小学校に統一されています。
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ここは、国の重要文化財の上國寺(じょうこくじ)。開基は1443年というから室町時代で、北海道有数の古刹。
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本堂は、1757年に建てられた北海道に現存する仏堂建築では最古のものだそうです。
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そのとなりにあるのが、上ノ国八幡宮。本殿は、国の指定文化財です。
1473年に武田信広が勝山館内に城の神として創建した社で、本殿は1699年の建立。道内に現存している神社建築では最古のものに属するとか。
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付属する倉庫には、様々な松前家の家宝などが収納されています。
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さらに、そのとなりは旧笹浪家住宅及び付属の土蔵で、国の重要文化財になっています。笹浪家は江戸時代中期の1700年代初めから続いたニシン場の網元で、この建物は1857年に家の土台替え、翌年には屋根斧葺き替えを行った記録が残っていて、建物そのものものは18世紀前半の建築物であることが分かっています。
北海道に現存する民家では最古に属する建築物で、置石屋根が往時の佇まいを偲ばせています。
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自転車を車に積んで、車で高台へ。夜明けの塔があるタワーの展望台から、6月に見たハート形の菜の花畑を見たら、菜の花はすっかり枯れてしまい緑の芝生一色へ。巨大な風力発電のプロペラがいくつもありますね。これもを見ても風の強い地域なのでしょう。
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左端にカゴメのトマト工場。上ノ国町の中心地は、天の川に沿った沖積平野であることが分かります。何千年もかけて、川が上流から運んだ土砂が堆積して肥沃な平野を形成しているのです。上ノ国はコメの生産地でもあります。
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一方、豊な海の資源に恵まれた漁業の町でもあるのです。昔は二シンが豊漁でしたが、今は育てる漁業。いろいろな魚や海産物を育てているのです。
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夷王山(いおうざん)(159m)が見えています。その下には夷王山墳墓群が発見されていて、室町時代の墳墓600余基が分布していることが最近分かってきつつあります。
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ということで、上ノ国は和人上陸の地であり、中世の世を今に伝える町でもあるのです。
豊かな森と天然の良港に恵まれ、日本海北方交易の拠点として栄え、長い歴史を重ねてきた上ノ国町。
見所はいっぱいです。

次回は、隣町の農業の町、厚沢部(あっさぶ)町を紹介します。
先ほどまでオリンピックの閉会式を見ていました。スポーツは、見ているだけで感動の連続です。今回は、政治の世界でいろいろなスキャンダルがあったり、オリンピックを運営する側のいやらしいほどの商業主義を見せられて、まさに「スポーツを金儲けの手段として利用する」悪い連中がいた、ことがハッキリとしました。もちろん、アスリートたちはスポーツマンシップにあふれた人たちだっただけに、彼らを利用する連中に嫌悪感を覚えましたが、何はともあれ無事に終了したことが良かったでした。

では、また!

8月6日金曜日、天気は朝から晴れで気温は今日も32℃を超えるみたい。連日の真夏日で、しかも雨が降らずだから、農家の皆さんは今年の農作物のそろそろ始まる収穫の心配をしていることでしょう。
これだもの幌加内の白い蕎麦畑は、今年見れないのは当然か?それどころか、収穫も昨年よりは減少する恐れも出てきているとか。一雨欲しいところです。
昨日から、札幌で競歩とマラソンが始まりました。昨日は夕方に男子20km競歩、今朝は5時から男子50km競歩でしたが、選手の皆さんは暑さと湿度に参っていたようです。今朝ライブで見ていたら、50kmを!(走らずに)早歩きで4時間を切るスピードで、すべて歩き通すなんて、人間技ではないみたい!自分は40代の時までマラソンをしていましたが、ピークでも42kmをせいぜい3時間半を切ればいいくらいでした。走るスピードよりも歩くスピードの方が速いなんて!驚きです。
札幌の人たちへ「観戦しないで、自宅でテレビを見てください」と云っても、一生に一度のオリンピックで、しかも世界の強豪が競うのを自宅の近くで見れるのなら、誰だって生観戦に行きますよ。自分だったら、絶対行っていたと思います。

さて、江差の町中の「いにしえ街道」から見た、丘の上にある旧江差爾志(にし)郡役所江差町郷土資料館です。ここは以前見学していたので、今回はパス。
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その昔、興盛を極めた建造物が海岸沿いの下町に多く、そのまま残されていました。21世紀に入り江差町は、「歴史を生かす街づくり事業」として街路を整備し、「いにしえ街道」として歴史の香りが漂う街並みがあります。
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電柱や電線が地下に埋めてあり、地上に出てないのが良いですね。景観を大事にするには、電柱・電線は邪魔ですからね。パリやロンドンは100%地下に埋蔵されています。

こちらはニシン漁全盛時代を今に伝える廻船問屋の中村家。国指定の重要文化財の旧中村家住宅です。
地名は中歌町。中村家は、江戸時代から日本海沿岸の漁師を相手に海産物の仲買商人を営んでいた近江商人大橋宇兵衛が建てたもので、総ヒノキアスナロ切妻造りの2階建て。
江戸時代は近江商人は、全国各地で商いを営んでいましたからね。江差まで進出していたのです。
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以前は、左側一番下の奥は国道ですが、そこが海で、波打ち際だったそうです。入館料は300円ですが、ここも以前に見学しているのでパス。
古風な歴史的建造物が連続していますね。
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旧桧山爾志郡役所の下にあるのが江差町会所会館で、無料の休憩所です。
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マンホールは、カモメと瓶子岩、開陽丸と日本海の荒波と、江差のシンボルが描かれていますね。
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こちらは京都の香りを残す北海道子弟有形民俗文化財の旧家の横山家で、代々受け継がれてきた鰊御殿です。こちらも見学済みでしたのでパスしましたが、コロナのせいか休館中でした。
160年以上前の建物で、江戸時代末期に建てられたもの。ニシン漁最盛期の建造物です。
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その斜め向かい側にあるのが、姥神(うばがみ)大神宮。創建は1447年頃と伝えられています。
室町時代7代将軍の足利義勝の頃で、各地で百姓一揆が続発していた時代です。
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手水舎が花を浮かべていて、可愛い。
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京文化を伝えるものとして、京都の祇園祭をまねた山車のミニ版が展示中。
北海道最古の神社(函館の船魂神社も北海道最古を名乗っています)で、江戸時代から山車を祭りで披露していたのでしょう。
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渡御祭といって、江差の町の夏(8月9日から11日)はこれで大いに賑わうのですが、昨年今年と中止になっています。
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江差人の血が騒ぐ北海道最古の祭りである姥神大神宮渡御祭は、370年以上前の江戸時代前半の1650年代から始まります。毎年のニシンの豊漁で景気の良好な江差で、神様に感謝したのが始まり。
町あげての豪華絢爛の祭りで、7000人の江差にこんなに人がいたのか!と大勢の人が見に来るのです。
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もっとも、江差に人が住み始めたのは12世紀末辺りで、鎌倉時代の初めの頃。平泉の藤原家の一族が、この地に上陸してからとか。江戸時代日本海航路の北前船の交易路の最北端の町で、人口は4万人を数えたとか。商業の町、文化の町として発展し「江差の5月は江戸にもない」とうたわれたのです。

ということで、次回は上ノ国町へ戻り(再びミニサイクルで、日本海沿いを南下)、町の文化遺産を紹介します。
暑い日が連続していて、夏バテ気味です。外を歩いたり走ったりの運動は出来ていません。外に出るだけでも、うんざり!毎日熱中症アラートが警報として出されていて、バテバテです。

皆さんも夏バテしないように、酷暑の夏を乗り切りましょう。

では、また!

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