8月30日月曜日、天気は晴れで気温は27℃まで上昇し、日の当たる場所では30℃を超えている暑さ。残暑がぶり返してきている感じですが、本州の猛暑日に比べたら風が爽やかで、既に秋風のようです。
パラリンピックは見れば見るほど面白くて、テレビの前に釘付けになります。特にはまったのが車いすラグビーで、エースが函館出身の池崎大輔選手ということもあって、全試合見させてもらいました。車いすがぶつかりあう音はすさまじくて、ワクワク、ドキドキしてあっという間の試合でしたが、3位決定戦では無事に銅メダルを取ることが出来てうれしい!
それと車いすバスケットは男女とも素晴らしく、よく腕だけの力でリングにシュートするなぁ~と感動。さらにブラインド・サッカーは、眼が見えてないのにもかかわらず、ドリブル、シュートをする選手に拍手喝采です。もちろん、陸上や水泳も素晴らしい選手たちで、感動の連続。緊事態宣言で旅に出れない時間ですが、その分パラリンピックで十分楽しませてもらっています。
さて、留萌管内の小平町の小平ダム公園での車中泊。翌朝は晴れて朝から気温は上昇し、この日も30℃を軽く超えて35℃に迫る勢い。ダムの突堤にまで上がる途中の坂道から撮影。

上まで上がりダム湖を臨みます。この先は、峠を越えて幌加内村へと通じる道です。

見下ろすと、下に駐車場。恐竜の頭が少し見えていますね。その奥は牧草地で、白いロールが点々とあります。広い公園であることが分かります。さすがは北海道!こんな広大な公園は本州では造れません。

霧立国道と呼ばれる原生林の中を対抗する車を1台も見かけずに30分以上走り切り、小平町のとなりの苫前(とままえ)町の古丹別(こたんべつ)集落へ。ここには、旧羽幌線の古丹別駅跡がある、と思ってきたのですが、地元の人に尋ねると残念ながら駅は撤去されていて駅跡敷地にはバス停留場が、それもかなり大きく地域の集会場も兼ねている建物でした。実際、高齢者グループが何かの集まりをしていました。ここで、トイレ利用!

付近を散策。汗が噴き出す暑さだったけど、レンガ造りの建物が多く、これは農協の倉庫ですね。

煉瓦はイギリス式の積み方で、明治時代の後半以降か?古丹別も昔は栄えていて、多くの農家さんがここの倉庫に生産物を出荷していて保存していたのでしょう。

苫前の中心街からは5㎞以上も離れているけど、ここは第2の集落。温泉もあるし、ガソリンスタンドもホクレン初め2軒もありました。

さて、今回の目的の一つである三渓(さんけい)へ行くために道道1049号線を南下。10㎞程南下すると、三渓小学校跡へ。農家が少しある程度で、この路もあとわずかで行き止まりの場所です。

手前の建物は潰れていますよ。雪の重みで潰れたのか?それとも経年劣化で自然と潰れたのか?
奥のミニ体育館だけが残されています。体育館の中にストーブの煙突があるのは、冬の暖房用です。
でも使われているのかな?使う人いるのかな?

開校八十周年記念碑とあるけど、何年に開校したのか?いつの頃の記念碑なのか?
奥には携帯会社の中継基地があって、こんな山奥でもスマホが通じるのですから、文明の利器はすごい!

「粘り強くがんばる子」の看板は倒れたまま。奥に雲梯がありますが、草ぼうぼうで、ここには利用する子供がもういないのです。

そこからさらに数キロ走ると行き止まり。これ以上先は道路が通じていません。小平町へつながる道が地図上では計画中だけど、いつ建設するのか?多分このままでしょうね。

ここは三渓、三毛別(みけべつ)地区。今から106年前の1915年(大正4年)12月にここの開拓部落で7人を殺害したヒグマ事件の場所です。

1頭の巨大ヒグマが集落を襲い、婦女や子供たちを何人も食い殺し、退治をも殺し、さらには通夜の現場まで襲い開拓移民小屋10軒を軒並み荒らしまわった惨劇は、熊害史上世界最悪の結果となったのです。

冬が訪れた12月9日午前10時半ころに最初の惨劇は始まりました。

体長は2.7ⅿは2階に届くような高さ!体重は383㎏は人間の男性大人6人分の重さ。この巨大熊がわずか2日間で6人の男女と一人の胎児を襲い殺害したのです。
この事件に関して2冊の本を読みましたので、紹介しておきます。


次回に続きます。
パラリンピックは見れば見るほど面白くて、テレビの前に釘付けになります。特にはまったのが車いすラグビーで、エースが函館出身の池崎大輔選手ということもあって、全試合見させてもらいました。車いすがぶつかりあう音はすさまじくて、ワクワク、ドキドキしてあっという間の試合でしたが、3位決定戦では無事に銅メダルを取ることが出来てうれしい!
それと車いすバスケットは男女とも素晴らしく、よく腕だけの力でリングにシュートするなぁ~と感動。さらにブラインド・サッカーは、眼が見えてないのにもかかわらず、ドリブル、シュートをする選手に拍手喝采です。もちろん、陸上や水泳も素晴らしい選手たちで、感動の連続。緊事態宣言で旅に出れない時間ですが、その分パラリンピックで十分楽しませてもらっています。
さて、留萌管内の小平町の小平ダム公園での車中泊。翌朝は晴れて朝から気温は上昇し、この日も30℃を軽く超えて35℃に迫る勢い。ダムの突堤にまで上がる途中の坂道から撮影。

上まで上がりダム湖を臨みます。この先は、峠を越えて幌加内村へと通じる道です。

見下ろすと、下に駐車場。恐竜の頭が少し見えていますね。その奥は牧草地で、白いロールが点々とあります。広い公園であることが分かります。さすがは北海道!こんな広大な公園は本州では造れません。

霧立国道と呼ばれる原生林の中を対抗する車を1台も見かけずに30分以上走り切り、小平町のとなりの苫前(とままえ)町の古丹別(こたんべつ)集落へ。ここには、旧羽幌線の古丹別駅跡がある、と思ってきたのですが、地元の人に尋ねると残念ながら駅は撤去されていて駅跡敷地にはバス停留場が、それもかなり大きく地域の集会場も兼ねている建物でした。実際、高齢者グループが何かの集まりをしていました。ここで、トイレ利用!

付近を散策。汗が噴き出す暑さだったけど、レンガ造りの建物が多く、これは農協の倉庫ですね。

煉瓦はイギリス式の積み方で、明治時代の後半以降か?古丹別も昔は栄えていて、多くの農家さんがここの倉庫に生産物を出荷していて保存していたのでしょう。

苫前の中心街からは5㎞以上も離れているけど、ここは第2の集落。温泉もあるし、ガソリンスタンドもホクレン初め2軒もありました。

さて、今回の目的の一つである三渓(さんけい)へ行くために道道1049号線を南下。10㎞程南下すると、三渓小学校跡へ。農家が少しある程度で、この路もあとわずかで行き止まりの場所です。

手前の建物は潰れていますよ。雪の重みで潰れたのか?それとも経年劣化で自然と潰れたのか?
奥のミニ体育館だけが残されています。体育館の中にストーブの煙突があるのは、冬の暖房用です。
でも使われているのかな?使う人いるのかな?

開校八十周年記念碑とあるけど、何年に開校したのか?いつの頃の記念碑なのか?
奥には携帯会社の中継基地があって、こんな山奥でもスマホが通じるのですから、文明の利器はすごい!

「粘り強くがんばる子」の看板は倒れたまま。奥に雲梯がありますが、草ぼうぼうで、ここには利用する子供がもういないのです。

そこからさらに数キロ走ると行き止まり。これ以上先は道路が通じていません。小平町へつながる道が地図上では計画中だけど、いつ建設するのか?多分このままでしょうね。

ここは三渓、三毛別(みけべつ)地区。今から106年前の1915年(大正4年)12月にここの開拓部落で7人を殺害したヒグマ事件の場所です。

1頭の巨大ヒグマが集落を襲い、婦女や子供たちを何人も食い殺し、退治をも殺し、さらには通夜の現場まで襲い開拓移民小屋10軒を軒並み荒らしまわった惨劇は、熊害史上世界最悪の結果となったのです。

冬が訪れた12月9日午前10時半ころに最初の惨劇は始まりました。

体長は2.7ⅿは2階に届くような高さ!体重は383㎏は人間の男性大人6人分の重さ。この巨大熊がわずか2日間で6人の男女と一人の胎児を襲い殺害したのです。
この事件に関して2冊の本を読みましたので、紹介しておきます。


次回に続きます。








































































































































































































