函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2018年10月

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今日で10月は終わりで明日から11月が始まりますが、北海道では11月は秋ではなく冬の季節。
間もなく平地でも雪が降ることでしょう。山では既に冠雪があり、紅葉も終わっている場所もありますが、函館では紅葉はこれから。そのうち、見どころをまた紹介しますね。

さて、岩内スキー場で、源氏の家紋である「笹りんどう」が隠刻されているとされる巨岩は、岩に上がって詳しく探してみたものの、家紋は発見できずで、やっぱり伝説はそのままそーっとしておいた方がいいのかな?と。無理にこじつける必要はない!と判断。

その帰り、小雨が降った直後なので、きれいな虹が岩内の空に出ていました。
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小高い丘の上にあるパークゴルフ場で、トイレタイムして空を見上げたら、ご覧のように半円の虹!
まさしくレインボーブリッジ!。サイモンとガーファンクルの名曲「明日に架ける橋」の如しです。
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晴れ渡った岩内町の風景。向こうには、これから向かう積丹半島が見えています。
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地図を見たら、隣町の泊村にマウンテン・ゴリラ岩がある、との記載あり。国道229号線沿いにあり、発見!遠くにあり、かなりズーム(30倍くらいか?)して、やっと撮影。三脚はないので、少しボケていますが、確かにマウンテン・ゴリラです!
おでこ、鼻、あごがハッキリと分かりますね。
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続いて、義経伝説の一つの兜岩へ。
旧国道に入り少し行ったところです。対岸に今までたどって来た岩内町の弁慶の刀掛け岩からの雷電海岸が見えています。
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この辺り積丹半島西海岸の景勝地は、カブトラインと呼ばれています。
そのほぼ中央部にあるのが、カブト岬
実は、ここに義経の兜が岩になった、という伝説がある「兜岩」があるのです。
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それが、左上の岩のことなのか?どうかは分かりませんが、この辺りであることは確か。
旧国道のトンネルが塞がれていますね。現在は、長大トンネルが完成しこの古いトンネルは用がなさなくなったからで、旧道はここで行き止まり。

この地を訪れた義経が、世話になったお礼にアイヌの首長に金の兜を送って去った、といいます。
首長は、それをこの岬の洞窟に大切に保管していたが、そのありかを誰にも教えずに亡くなりました。
どうか忘れないで欲しい、という気持ちから岬に兜の岩を表した、と伝えられているそうです。
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この日は、さらに北上し神恵内(かもえない)村へ。西海岸の道の駅「オスコイ!かもえない」で車中泊。道の駅から見た岩内町方向の海岸です。
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ここの道の駅は、24時間トイレが開放されている上に、きれいな洗面所、さらにWi-Fi完備。
目の前の国道229号線は、夜間はほとんど交通量なし、という最高の条件。天気も良く車中泊するには十分な場所で、同じような車は4台ありました。札幌ナンバーの他に、中には和歌山ナンバーも。

夜間、トイレタイムで空を見上げたら、満天の星空でカシオペアや北斗七星などキラキラ輝いていて、満足!明日への鋭気をもたらす天空でした。
明日は、いよいよ積丹半島の突端へと向かいます。

では、また!

今日のコタローです!
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昨夜は、とっても寒かったね。ブルブル!でも、お母さんの布団に潜り込んで寝たから暖かかったよ!
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今朝も寒かったから、お父さんが見かねて暖房を入れてくれたんだ。
床暖は、暖まるまで時間がかかるからその間毛布にくるまって寝よーっと。
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スヤスヤ・・・。寒さに弱いコタローです。毛布の中はあったかいなぁー!
朝からオヤスミナサイ! また明日ねー。
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10月も明日で終わりの30日火曜日、天気は雨。昨日から雨模様で、夜は雷も鳴っていました。秋も終盤で、紅葉はピーク、ということは近いうちに雪が降るかな?と思って遠くの山を見たら白化粧

夕刊を見たら、「横津岳で初冠雪、平年よりも5日遅く」の記事があり、やはり昨夜はかなり冷えたのです。もうじき、平地でも初雪があることでしょう。

昨夜はかなり寒かったので、雪へと変わったのでしょう。さすがに、夏からの薄い掛布団と半袖半ズボンのパジャマでは、夜は寒いかったです。今日は、衣替えしなくちゃ。

さて、国道229号線沿いにある岩内町郷土館。駐車場脇にあるのが、「野生ホップ発見の地」の碑。
碑のそばで、実際にホップが栽培されていたそうです。入館料200円を支払い中へ。
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岩内と云えば、1954年の大火がすぐに出てきます。昭和29年9月26日と云えば、台風15号により函館湾で青函連絡船の洞爺丸が沈没死者1361名、行方不明者400名を出した海難史上最大の事故を引き起こした日です。

同日、岩内でも大火が発生し、市街地のほぼ8割・焼失3298戸が焼失、被災者16622名、死者35名、負傷者551名、行方不明者3名を出した戦後の大火災では、地震による出火を除けば鳥取、飯田に次ぐ全国で3位となっているほどです。

それから64年、写真展を開いていて当時の惨状を垣間見ることが出来ました。
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それと、その2つの事故を併せてある小説が、水上勉により誕生し、映画化もされましたね。
それが「飢餓海峡」。高倉健さんも出ていたとは、知らなかった!

小説は読み、とても感動しました!場所が岩内、函館、下北半島など旅して知っている地名がバンバン出てきて、想像がついたからです。
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この絵は、1856年(安政3年)4月27日、松浦武四郎はアイヌの人たち(スイドとサケノロカ)と和人(庄内塩越村の常吉と松前富次郎)の4名を伴い、寿都町の磯谷から雷電海岸を越えて岩内の地に立った場面を描いています。
一番右端に、昨日紹介した弁慶の刀掛け岩が見えますね。一番高い山は雷電山(1211m)でしょう。

なお、同年少し離れた場所の茅沼(かやぬま)で石炭が発見され、翌年の1854年には松前藩と箱館奉行所により開発したこともあるのです。
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日本最初物語として、野生ホップだけではなくアスパラガスの栽培もありました。
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岩内は、北海道最初の水力発電だけではなく、函館に次ぐ2番目の馬車鉄道、町費日本最初の漁港建設など、誇れるものがあるんですね。
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ここの館長さんに話を伺うことができ、ニセコ岩内スキー場に、源氏の家紋である「笹りんどう」が隠し彫りされている巨岩がある、という話は本当かどうかを確かめました。

今回の旅の目的は、「北海道における義経伝説を追う」であること、それと身分を明らかにすると、何と館長さんは友人の「義経・弁慶ロマンの会北海道 岩内支部長」を紹介し、電話をかけてくれ会わせてくれました。

郷土館から車で5分もかからない場所で、支部長さんに会い、教えられてスキー場へ。
シーズンオフのこの時期、たまたま一人の若者が作業中でした。
彼もその「笹りんどうの隠刻石」のことは、知っていて案内され、あそこだ!と。
そこは、ススキが一面生い茂った野原。彼が言うのは「やぶ蚊と蛇には気を付けて!」と。

ススキをかき分け、かき分けて巨岩の下へ。何とか上に這い上がって探してみたが・・・。
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どれが「笹りんどう」なのかは分からず。
事前に函館中央図書館で、家紋を調べて「笹りんどう」はどんな形をしているのか?は分かっていましたが、この巨岩のどこにあるのかは、残念なことについに分からずじまい。
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ネットで調べた義経伝説には、「1988年5月、岩内町スキー場ロッジ前斜面にある大きな石に、源氏の家紋である「笹りんどう」が隠し彫りされているのが発見され、拓本を取る作業に成功した。」

発見者は、「義経・弁慶ロマンの会北海道」副会長の金沢一哉さん(札幌在住)で、かねてから伝説の地に義経の隠刻を探し続けていて、薄い青色で着色していた。」と。

確かに、薄い青色はありましたが、どう見ても笹りんどうには見えず。しばらく佇んでいたが、断念しました。
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スキー場だけに、岩内湾をはさんで遠くに泊村の原子力発電所が3基見えました。現在は稼働していない状態ですが、この先も稼働などして欲しくない!道民の大半は、それを願っています。
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汗をかいた後は、「温泉博士」を活用しスキー場のすぐ下にある、いわない温泉旅館の「おかえりなさい」へ。
入浴料800円のところが無料でした。1回で元(「HO」は600円)は取れましたね。
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ということで、岩内町には昨日の分を含めて義経・弁慶伝説はいくつもありました。
この後は積丹半島へ進み、モテ男義経とアイヌの娘との恋物語がある場所へと!

それは、明日! では、また!

今日のコタローです。
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寒くなってきて、今日のコタローは動きが鈍い!
コタツもないし、家は暖房入れていない!  ネコは寒さに弱いんだよー!
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だから、今日は省エネで、体を動かさなかったよ。
昼間は寝てばっかりのコタローです。早く春になーれ!その前に最初の冬が来るんだね。
雪って、どんなものなんだろう?冬ってどれだけ寒いのだろう? 冬初体験だよー!
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今日10月29日月曜日、夜から激しく雨が降っています。今日は、多分1日中雨模様でしょう。と思っていたら、午前10時過ぎには太陽が顔を出して来ました。

雨と云えば、秋の旅で島牧村で車中泊した日の朝も大雨でした。この写真も雨の中で写したもので、かなり強く降っていました。
さて、ここ島牧村の海岸の名は?というと、江ノ島海岸です。南側のせたな町方面を見ています。
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一方、逆の北側方面は、寿都町方面。きれいな砂浜に降りたかったが、雨が強くて車の前で写しただけです。
ここの海岸は、メノウなどきれいな石が良く発見されていて、何度か来ている海岸ですてきな石を何個か拾って持ち帰ったこともあります。

ここの名前、鎌倉の近くの江ノ島海岸と同じ名ですよ。
平家を壇ノ浦で勝利し滅亡させ、兄頼朝のいる鎌倉へ凱旋帰国しようとして、その手前の腰越でその頼朝により差し止められます。
義経と弁慶は、蝦夷地に渡り北上してここへ来たときに、「あぁー!ここは鎌倉の江ノ島海岸に似ているきれいな砂浜海岸だ!」と、名付けたのでは?
これは私の勝手な想像、いや妄想です・・・。
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そして、寿の都と書いて「すっつ」と読む寿都町に到着。ここは、市街地の外れにあるその名も
弁慶岬。灯台もあって、日本海へ灯りを発しています。
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灯台の前にある公園には、凛々しい姿で立つ弁慶像が!ちょうどハマナスの赤い花が咲いている時期で、3.6mあるその巨大な姿は、なぜか少し淋しい雰囲気も漂わせていますよ。
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この像、1988年(昭和63年)4月に建てられたもので、今年で30年。台座には、この地で援軍を待っていた弁慶の気持ちを表す「想望」の文字が記されています。

裏を見ると、「衣川の難を逃れ、義経とともに津軽から海を渡り、この地へ。ここではアイヌの人たちとともに暮らし、毎日岬の先端に立って援軍である常陸坊海尊を待っていた。が、いつまでたっても援軍は来ず。さらに北の雷電を目指した。」と。
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そして、背後にある小高い丘「二つ森」。ここにも弁慶伝説があります。
いよいよ旅発つとき、お世話になった地元のアイヌの人たちに、弁慶は秘蔵の金の銚子と盃を取り出して、二ッ森の白の花咲くキキョウの根元にそっと埋めた、といいます。

彼は、「必ずや生まれ変わって戻る」ことを約束し、さらに「これを掘りだす者は、天罰が下るだろう!」と言い残して雷電方面へ去っていったのです。
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ようやく雨が上がって太陽が顔を出してきた弁慶岬。弁慶像と二ッ森です。
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弁慶と同じコースとたどり、雷電を目指す途中、寿都町の歌棄(うたすつ)にて、稲穂岬と恵比須神社。
寿都湾をはさんで対岸に弁慶岬を見る。この辺りは、明治時代ニシンの豊漁で賑わったところ。
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湾の奥には、風力発電の風車が何基も立ち並んでいますね。
ここは、風の強い地域で、冬には波の華が開く場所でもあります。波の華って、知っていますか?
風の力で波が泡立ち、花のようになる現象です。
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ニシン御殿もあって、昔は相当華やかだった地域です。
江差追分の歌詞「忍路高島 およびじゃないが せめて歌棄 磯谷まで」と書かれた歌碑があります。
最盛期は、寿都は人口3万人が住んでいた、といいます。それだけ繁栄した時期があったのですね。
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蘭越町を通過して岩内町へ。日本海沿いは荒々しい断崖絶壁の海岸が連続し、トンネルをいくつも通ります。
岩内町に入り、最初の地域が雷電海岸。右端に見えるのは、弁慶の刀掛け岩。その岬を刀掛岬と呼びます。義経・弁慶一行は、しばらく雷電に滞在している間、弁慶はしばしば磯釣りを楽しんだといいます。
それにしても、弁慶は片時も離さない刀ですが、一休みした時に近くの岩をチョイっと一捻りして、刀を掛けたのです!?
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「或る女」・「カインの末裔」などで知られる作家の有島武郎の碑がありますね。
ニセコ町には、彼の記念館もありました。
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廃墟となった雷電温泉ホテルです。ここ雷電の地名も義経伝説の一つ。

義経一行は、ここ雷電でアイヌの首長チパと戦い囚われの身に、勝利したアイヌたちは祝おうとしたら祭壇が崩れ、これは義経を捕らえた神罰と悟ります。その後は義経一行を手厚く介抱し、そのうちチパの娘のメヌカと恋仲へ発展。(この後、さらに何人ものアイヌの娘が義経と恋に落ちます。義経モテ男ですよ!)
元気を回復した義経は、さらに北へ。出発の時、メヌカを慰め「来年にきっと帰る、それまでの別れだ。」と。メヌカも「来年まで待っているわ。」
二人の交わした言葉の「らいねん」がいつしか「らいでん」の地名になったといいます。

ホントかねぇー?
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サーフボートに乗った4人が刀掛け岩の裏側へ行こうとしていますね。
裏側には、武器屋財宝が眠っている不落の洞窟があるのです。
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刀掛け岩を海沿いに南に回れば、内部の高さ16m、幅4m広い場所では20m、奥行き80mまで確認されている洞窟、そこにアイヌの首長チパが隠した武器・財宝が眠っているという伝説があります。

底知れない穴があって、そこは義経と別れ1年経っても帰って来なかったことを悲しみ、投身自殺したメヌカの「悲恋の穴」と呼んでいるとか。
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真ん中に見える赤っぽい岩、これが弁慶の薪積岩(まきつみいわ)と呼ばれている岩。
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下からズームしたら分かりやすかったです。
力持ちの弁慶、ここに来たのは4月の終わりでも、気温は低く寒い。そこで、暖を取るために薪を切って積み上げたがそれが化石となった、といいます。
ウーン、ここまで来ると信憑性が下がりますなぁー。単なる形状節理の岩のような気がしますが…。
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眼下には、弁慶トンネルが見えています。横には、かつての旧道があって、険しい道のりだったのことが偲ばれますね。
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ということで、寿都町と岩内町に入った途端、いくつもの伝説がありましたね。
岩内町では、この後「義経・弁慶ロマンの会北海道 岩内支部」の会長さんにお会いすることも出来、
いろいろとお話を伺うことも出来ました。
さらには、岩内町に残る伝説の場所も教えていただき、訪れることに!

それは、また明日! では、また!

今日のコタローです。
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トイレをしている時は、神妙な顔をしているコタローです。
トイレの砂と呼ばれる木のチップ材で、濡れた部分だけ小さなプラスチック・スコップですくって、
燃やせるゴミとして捨てれます。

コタローは、5か月目に入るよー。体もドンドン大きくなってきたよ。
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よく遊び、よく寝て、よく食べる!これ生きていく上で、絶対大切なこと!ネコの3か条だよ。
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その後は、外を見たりのんびりとしているんだ。落ち着くことも必要だからねぇー!
慌てたらいけないよ!のんびり、ゆっくり暮そうね!
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一昨日の話ですが、NHK総合で夜「72時間」という番組ありましたが、我が函館のソウルフードの店「ラッキーピエロ 昭和店」が取り上げられていて、ビックリ!

お店に3日間張り付いて食事している人にインタビュー、観光客もたくさん来ていて大いに盛り上がっていました。
ラッキーピエロは、まさしく函館のB級グルメの顔でもあり、市民も気軽に利用するリーズナブルなレストラン。今でも観光客に知られているはずですが、全国放送されたことでもっともっと知名度が上昇して、ここに来るのが目的!みたいな人が増えると思います。地元の店がNHKの全国放送で取り上げられるなんて、とってもうれしいですね。

さて、昨夜の日本シリーズ、カープとホークスの熱戦は、総力戦の死闘となり延長12回2ー2のドローで、終了時間は午後11時を過ぎていました。見ている方も大変!
それにしても、ベンチ入り全員を使って、しかも両チームピッチャー15人も投げて、選手は疲労困憊でしょうが、今夜も楽しみ!夜6時過ぎからテレビの前ですが、両チームを応援します!

さて、秋の旅に戻り八雲町熊石区にあるお寺、その名は門昌庵。道南霊場と書かれていますよ。
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このお寺は、道南ではかなり有名。江戸時代、松前藩との関係で、ここの住職さんが関係している事件が起きているのです。
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扁額には、道南霊場とありますね。
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それは、この説明を読むと分かります。
ここの開祖の柏巌峯樹禅師は、江戸時代の初期の1633年越後に生まれ、35歳の時に松前藩の菩提寺である法幢寺(ほうどうじ)の住職へ。法幢寺に関しては、松前での出来事(10月13日 「秋の旅 5」) で紹介していますね。

ところが、当時の松前藩はお家騒動が勃発中、柏巌禅師はそのトラブルのさなか陰謀に巻き込まれ、
熊石に流刑され、挙句の果てに1678年に斬首されます。

しかし、死の直前に読経すると天変地異が連続し、藩は天罰と恐れ手厚く葬った、とか。
以上が、門昌庵事件の顛末です。
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柏巌禅師のお墓もありました。
〇に❖の松前家も家紋も見えますね。元々は武田信広から始まってますからね。
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熊石区からせたな町大成区へ。有名な親子熊岩
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アイヌの伝説には、人や動物の化身として岩になったというものがたくさんありますね。
この親子熊岩を読むと、この先の義経伝説にも岩となった物語がいくつかありそうで、明日以降大いに期待が持てそうです。
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この日は、さらに親子熊岩の奥に見える北海道本土最西端の尾花岬がある大成区都地区へと行きます。
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日本海を見ると、沖合に奥尻島が見えました。まだ訪れていない地なので、いつか近くうちに行きたいな!その距離、およそ40kmくらいか?
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せたな町は、2005年9月1日に周辺の瀬棚町、北桧山町と大成町が合併して成立し、町役場は北桧山に置かれていて、ここには支所があるだけ。
でも、ここには郷土資料館と図書館があり、じっくりと学習できます。
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ここの図書司書の方が、とても親切で関係したいろいろな本を提供してくれたり、挙句コーヒーまでごちそうになりました。やっぱり、地方の方はのんびりしていて優しくていいですね。旅をするなら、都会よりも田舎です。人がギズギズしてなくて、ゆったりしているからです。都会の人たちは忙しすぎます。

時間がのんびりと流れています。

ここを出発する頃に、小雨が降り出してきました。資料館の周辺を散策すると、郡役所跡の碑があって、その昔ここにその建物があったことがうかがえます。

来年は、現存する郡役所を訪ねる旅をしていみたい!と、この冬に調べて計画しています。
東北地方に多いので、2019年春の旅は、「東北の郡役所を訪ねて」がテーマかな?

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そのとなりにあった久遠(くどう)中学校の碑。
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この日も温泉へ。道南の秘湯である臼別温泉へ。国道229号線から離れて、山間部へ4kmほど入った場所にあります。もちろんスマホは圏外。管理人もおらず、寸志を入れる箱があるだけ。当然、熊のエリア、生活圏です。
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何と!江戸時代に菅江真澄も風呂に浸かった秘境の湯です。
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ここにも伝説がありました。それは、口は耳まで裂けた怖ろしい形相をした巨人伝説。
まるで、ノルウェーの森に住む妖精のトロールみたい!
深い森林で生活していて、自然を超えた力を持つ彼らは、森と妖精に敬意を払う人には幸運と富をもたらすが、無視すると災いをもたらすという伝説があるといいます。

ここも、同じような伝説があり、と菅江真澄は書いています。
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ゆったりと湯に入った後、雨の中をせたな町を通過して、今年ヒグマ出没騒動で全国的ニュースとなった島牧村へ。
土砂降りとなった中、道の駅で車中泊です。広い駐車場には、数台の道外ナンバーの車と何か所にも掲示していある「熊出没中!」の注意を呼びかける看板。

この雨じゃ、ヒグマも出ないでしょう!?と勝手に想像し、屋根を叩く雨音を子守歌代わりに、グッスリと眠りにつきました。

では、また!

今日のコタローです。
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昨日は、遅くまでテレビを見ていて、こっちも付き合わざるを得なかったよ。
何やら野球というものをやっていたけど、テレビに向かって大きな声を出していたね。
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カープの選手が、1塁から2塁へ盗塁失敗したのが何度もあったけど、下手だねぇー!
コタローだったら、あっという間に2塁へ盗塁しちゃうよ!簡単だよ、相手の股間を潜り込めばセーフよ!きっと、あの盗塁失敗が勝利できなかった理由の一つだと思うよ。

夜も遅いから眠くなってきたよー。一足早く寝ちゃうよー。
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家の中は平和だから、隙だらけ。お腹を見せても安心!
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野球というのは、長いーねぇ。一体何時までやってるの?朝になっちゃうよ!
さぁ、夜食を用意してね。
鯉も、鷹も、コタローには無縁の存在だよ。無敵のネコ族は、鯉も鷹もやっつけちゃうぞー!、と夢の中・・・。
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10月27日土曜日、天気は朝から小雨で風が強い。今日、明日は今までの秋晴れの晴天じゃないみたい。
昨夜は、ラグビー日本代表が世界選抜と戦う試合を見ていましたが、勝てる試合でした。

28-31と3点差で敗退しましたが、バックスの福岡堅樹選手の素晴らしい走りもあって最後トライを上げれば逆転!か?と大きな声を上げて応援して(テレビの前で)いましたが、最後はノッコンでノーサイド。

でも、十分戦える内容でした。この後ニュージーランドと戦うので、勝利するとすごいことになりそうですよ。来年ワールドカップが楽しみです。

さて、先日といっても10月14日(日)ですが、第29回目(通算すると166回目)の「函館ぶら探訪」へと出かけてまいりました。

今回のテーマは「西部地区の発祥の地碑巡り」で、幕末から明治、大正期にかけて函館の先人たちが、
日本で北海道で初めて花を開かせた事柄を巡ること。日本初の〇〇、というのを西部地区の坂を上り下りしながら発見していくわけです。
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一番最初に訪れたのが、NHK函館放送局(JOVK)誕生の地
南部藩陣屋が置かれていたことから南部坂という急な坂道を登り、ロープウェイ横へ。
南部藩敷地に、1932年(昭和7年)2月6日から1967年(昭和42年)までNHK函館放送局が建てられていましたが、今はそれを示す碑のみ。もちろん、当時はラジオ局のみですね。

札幌では、1928年(昭和3年)6月5日に放送開始していますから、北海道では2番目。なお、日本初は1925年(大正14年)7月12日に東京愛宕山からラジオ放送が開始されています。
(「JOVK‘s History 函館放送局年表」より)

調べて驚きました!
1934年(昭和9年)の11月に、湯の川市営球場(現在の湯川中学校グランド)で、日米野球をラジオ放送していたのです。当時のアメリカチームには、ベーブルースルー・ゲールックらが、かたや日本チームには沢村栄治や函館在住のキャプテン久慈次郎捕手らがいて、超豪華メンバーだったのです!
同年3月の函館大火の慰問も兼ねて、わざわざ函館までやってきたのです。
その生中継をラジオでしていたとは!

我が家からすぐ近くで、私も在籍したことがある中学校のグランドで、ベーブルースらが試合していたなんて、今だったら考えられないことですよ!
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振り返ると、1958年(昭和33年)に開業した函館山ロープウェイが。今月は点検中とのことで9日から運休中。知らずに観光客が訪れていて、ガッカリしていますよ。でも、大丈夫。代行バスが運行されています。といっても、ロープウェイからの眺めが最高なんですね。
125人という定員は、日本最大の乗客を乗せることのできるロープウェイです。
3分で山頂へ、夜景は香港、ナポリと共に世界3大夜景
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その上にあるのが元町配水場
函館水道発祥の地」とありますが、1889年(明治22年)に横浜に次いで日本で2番目の近代的な水道が誕生したのです。
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後ろに見える広い広場の芝生の下に、巨大なプールのような貯水槽がありますが、その水は函館山からの水ではありません。9km離れた旧亀田市赤川地区にある笹流ダムから、高低差を利用して動力に頼らずに水を引いてきているのです。
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主宰者の中尾仁彦さんが左手を添えているのは、共用水栓でカギで蛇口が開閉される仕組みです。
当時、飲料水を求める市民が手桶を持参して行列が出来たそうです。まるで、地震などで水道が止まった時に、自衛隊の給水車に集まる様子みたいなものですね。
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続いて、遺愛幼稚園の建物へ。1913年(大正2年)築で、日本最古の現役幼稚園建築物で、卒業生には作家の亀井勝一郎、今東光、今日出海らがいます。
南隣はロシア正教のハリストス正教会、北隣は函館西高校でその前の坂が日本一の坂の八幡坂(「日経スタイル エンタメ!何でもランキング」から)、東側には元町カトリック教会がある函館では1,2位を争う観光地で、多くの観光客で賑わっている通りでもありますね。
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続いてしばらく歩いて弥生小学校前へ。1907年(明治40年)6月から3か月間、石川啄木が代用教員をしていたことでも知られています。月給は12円だったそうです!(「啄木の函館」竹原三哉著 紅書房)。
その前庭にあるのが「北海道警察発祥の地」の碑。ここから道警が生まれていったんですね。
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続いて函館湾側へ移動して、箱館郵便役所跡地へ。江戸時代は、松前藩の沖の口番所が設置されていたところで、今の税関みたいな建物だったのです。その後、1872年(明治5年)3月に郵便役所が出来、北海道で最初の郵便事業となります。

その後この場所は、函館水上警察署、函館西警察署を経て、現在は臨海研究所の建物となっています。
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このオブジェ、シロクマではありませんよ。白い熊だそうです。つまり白色のヒグマです。
ここは、北海道第一歩の地碑。なぜなら、ここの隣に東浜桟橋があって、そこは青森港からの連絡船が着いた旧桟橋があった場所です。
1876年(明治7年)に、明治政府は旅行を自由に許可します。その際、北海道上陸の地として指定されたのがここだったのです。
もっとも、桟橋と云っても水深が浅く青森からの船は沖合に止めて、はしけで人も荷物も陸揚げされたといいます。
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続いて大勢の観光客がいる赤レンガ倉庫群へ。
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ここは、日本初の気候測量所が置かれていた場所。
1872年(明治5年)に日本で最初に気象観測を始めたのです。2位は東京で3年後の1875年。3位は札幌で1876年(函館地方気象台のHPから)。
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そして、最後に高田屋嘉兵衛資料館前へ。そこには、高田屋の造船所があった場所で、嘉兵衛は自費で海を埋め立て1804年に造船所を開設しているのです。北海道初の造船所でした。
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うっすらと、造船所跡地の文字が見えますね。
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ということで、函館には日本1、北海道1最初の、という建物や事業があることを知りましたが、これらは1854年日米和親条約で、下田とともに開港したことが理由の一つでしょう。

幕末から明治にかけて多くの外国人が来函し、定住。彼ら欧米人は、母国の文化をそっくりと函館で実施していったのです。例えば、気象観測だったり西洋料理だったり。
公園を造ったのもその一つ。江戸時代には、市民のための公園などはまったくなかったのです。イギリス領事のユースデンが「病人には病院が必要、健康な市民には養生のための公園が必要」と、住民と共に公園造りをしたのです。

そんなわけで、西部地区には日本初や北海道初の発祥の地碑がいくつもあることを再発見!
大いに勉強になりました!

では、また!
今日のコタローです。
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朝早くから暴れまくり!絶好調のコタローです。
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動いた後は、腹減った!わき目もふらずパクパク。
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運動した後は、とりわけ美味しいぜぇー!
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食後は爪とぎして、ガリッ!ガリッ!と。
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食べ残しもいっぱいあるけど、誰もコタローの食事を盗らないから大丈夫!
食べたいときに食べるんだ!コタローは、ライオンみたく大きくなるぜ!
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今日10月26日金曜日、晴れ。でも、夜から雨。昼間は半袖でも汗ばむほどの天気で、10月の末とは思えない暖かさです。来週からは山では雪のマークもありますが、市内はまだまだでタイヤ交換も来月で間に合うでしょうね。

ここは、千畳敷砲台跡地で、戦闘司令部があった場所。
さて、この要塞は役に立ったかというと、答えはNO!
日露戦争開戦後、津軽海峡でロシア艦隊から日本の船舶に損害を与えたが、函館山要塞からの攻撃はなし。なぜならロシア艦隊へは距離がありすぎて射程外で、一発も砲撃したことはなかったのです。
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しかし、要塞の存在があるおかげで函館港は攻撃されることはなく、存在するだけで意義があったのかな?
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その後大砲は撤去されましたが、大正に入りアメリカを仮想敵国として海と空からの攻撃に対し、函館と青森の両港を守り、津軽海峡における敵艦隊の航行をストップさせるために、再び津軽要塞として再整備されています。
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しかし、航空機を相手とした実際の戦いではまったく役に立たず、1945年7月14日と15日函館はアメリカ軍の空襲を受け、甚大な被害を受けています。
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函館要塞建設直後の、19世紀も終わりの1899年(明治32年)に要塞地帯法は帝国議会で制定され、以後終戦後の1946年(昭和21年)までおよそ半世紀間、函館山は一般者の立ち入りは禁止されていたのです。
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21世紀にもなり、軍事要塞はどんどん風化していき、危険な状態にもなってきています。
ここは、20年前までは内部へ入れましたが、現在は危険なため閉鎖されていますね。
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皇太子殿下がやって来た場所ですが、その時代はというと?裏側を見ると。
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明治40年と彫られています。1907年のことです。日露戦争終了して2年後のことですね。その5年後には大正時代が始まりますから、皇太子とは大正天皇のことですね。
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帰りは、旧登山道のつつじ山コースを通り、下山。
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戦時下は、この道を軍用車両が走っていたのでしょうか?車が1台やっと通過できる幅です。
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間もなく登山道終わりという1号目あたりにあった函館要塞時の貯水槽
ここ飲料水を貯めて水を飲んでいたのですね。
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ということで、山麓へ。麓には函館山ふれあいセンターという案内所があり、そこにはパンフなどが置いているし、休憩所もありきれいなトイレもあります。

そこで、山の図を見ているYouを発見!

Youは何しに函館山へ? 若いキュートな女性でした。話してみると、クルーズ船でやってきて、今日は停泊し、フリータイム。函館山を登山しに来た、と。
このコース(つつじ山コース)だと、約40分、スローペースだと1時間。などなど、色々とお話し。
アメリカからやって来た、とのこと。

とても、可愛らしい女性だったので、疲れた体を隠してもう一度登ろうかな?とも一瞬思ったけど、下山してきたことを知っているだけに、それはダメですね。

ウーン残念・・・。

では、また!

今日のコタローです。
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遊び道具が欲しいコタローです。先日この羽がついたネズミを食いちぎってしまって遊べなくなっちゃったので、今日買ってきてもらったのです。
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だから、うれしくてうれしくて、コイツと遊んでんだよ!鈴も鳴るから楽しいなぁ。
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とにかく動きが早くて、なかなかスマホのカメラを押せません。
シャッターチャンスがないのです。押して改めて見たら全然ダメだったり。
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寝ている時は上手に写せるけど、動いている時は無理。1秒だりとも静止しないのです。
階段を登るのは、ほんの1,2秒。スタッ、スタッと駆け足でまったく追いつけません。
階段上りは、人間よりもはるかに速い!そんな競技があればチャンピオンですよ!
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走っている時は、まったく無理。何せ、ものすごいスピードで走りまくるのです。
人間は追いつけない速度です。最近はタックルまでしてくるんだから。ドシーンとぶつかってくるのです。まるでラグビー選手のコタロー!
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昨日は久しぶりの雨とはいえ、それは午前3時から9時までの間まさに予報通りで、それ以降は天気が回復し秋晴れの空へ。そして、今朝も。今午前5時40分起床しblog作っていますが、東の空が少しずつ明るくなりだし、間もなく太陽が顔を出す時間です。うれしいことに、今日も秋晴れの快晴!

そんな好天気が連続する先週の、とある日に再び函館山登山にチャレンジ!今回は一番距離のある七曲りコースから地蔵山へ。いゆわる全体を函館山と称しますが、一つ一つのピークに名前があって、地蔵山は牛が寝そべっている形(臥牛山の別名がある函館山)の尻尾の方。つまり南端の頂き側です。

潮見中学校は、西部地区の子供たちが減少し、統廃合により地区唯一の中学校である青柳中学校と名前が変更。その校舎の横の道に駐車し(駐車可能な道路です。)、歩いて500mの函館八幡宮へ。
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この階段の数108段あるんですよ。数えたことあります。神社なのに、大晦日お寺の年越しの鐘=煩悩の数(過去・現在・未来の×死×苦108)と同じ数です。
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市電でめぐる函館100選」の、これまた偶然か108ページに「函館八幡宮は、1445年に河野政通が現在の元町公園下に、函館の名前の由来となった箱型の館を築いた際、守護神として八幡神を祀ったことに始まる」と。

現在の建物は、大正年間の造営で築100年以上です。新年は函館最大の初詣の名所として、大変な賑わいとなっている神社です。その境内を突っ切り、箱館戦争の旧幕府側の戦死者を祀る碧血碑を横に見ながら歩くと、標高100mくらいか、木々の間から市街地が見え始めます。
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市道谷地頭17号線沿いを歩き、七曲りコース入口と書かれた案内板からから登山開始。いきなりこんな本格的な登山道へ。
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七曲りとはいえ、実際には九十九折りの道のように、くねくねと27か所のカーブを曲がっていて、地蔵山山頂までは一汗、二汗かきます。市のパンフによると、このコース「体力鍛錬篇」で「一番起伏が激しいコース」だそうです。
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いきなり視界が開けたら、真っ青な海と空。ここは、地蔵山見晴所。下に鞍掛山(113m)の山頂の見えています。遠くに見えるは亀田半島でマグロ漁で有名な漁村戸井地区の山並みです。突端は汐首岬
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テレビ塔やアンテナ群がある場所を通過して、千畳敷見晴所へ。ここには、トイレ・水道・東屋があり休憩出来ます。景色も抜群、風も爽やかで、疲れた体が癒されますね。
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ズームして見ると、函館湾の奥、津軽海峡フェリー乗り場(奥に青森行のフェリーが見えますね。)の手前、大型船停泊用埠頭の港町埠頭に巨大大型豪華客船が停泊していました。

この船、アメリカからの超富有層の客を乗せたクルーズ船で、実は下山後麓の登山口でこの船から登山しに来た、若くてビューティフルな女性と出会ったのです。これから山頂へ登ると云っていて、しばらく会話しましたが、詳しくは次回で。
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ロープウェイが到着する函館山山頂の御殿山(334m)が、北の方向に見えています。
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この日もきれいに市街地が見えました!いつ来ても癒される風景だし、函館山は、まさに函館のシンボルです。もし函館山がなかったら、市の魅力はない!といっても過言ではないでしょうね。
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要塞のあった函館山は、戦前登山禁止でした。市民は、写真撮影はおろかスケッチすら許されず、おかげで自然は保たれましたが。その目的は、商業港である函館港を守るため。一般にほとんどの要塞は軍港を守るためですが、函館は違います。

時代は、1895年の日清戦争終結時後で、ロシアとの戦争を想定し津軽海峡の防衛強化が目的でした。
1898年から4年間費やし大小5か所に砲台が建設されたのでした。
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ここに津軽海峡を通る軍艦に向けて大砲が設置されたのですね。
詳しくは、次回で紹介します。

では、また!

昨夜のコタローです。
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昨日も暴れまくり、疲れ切ってウトウト。でも、昨夕もボクを見学に来たキレイな女性がいたんだ。
やっぱり、コタローは男だから美しい女子に弱いんだ!

家の中で走り回っても限りがあるなぁ、思いっきり外を走り、そして自由になりたいな!
でも、野良として生きて行く自信はないし・・・。考えると眠くなっちゃった。
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一晩眠って、朝でニャーオ。朝日がまぶしいぞぉー!朝から腹減って、飯をたらふく食べてから、口直しに燕麦の草を咬んじゃうぞー!
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美味しい!というより、咬んでお腹の中に入れて、胃の中に入った毛玉を吐き出しやすくするんだって!
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ウーン。あんまり美味しくないや。どっちかというと、不味い!ペッ!
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おっー!庭の餌台にハトがスズメの餌を食べているぞ!
なんだ、あの大きな鳥は!ケンカしたら勝てるかな?ちょっと怖そう・・・。やっぱり窓から眺めるだけにしよう。
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じゃ、またニャー!

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今日10月24日水曜日、朝から久しぶりの雨模様です。しばらく晴天が続いたので雨の朝を迎えるとは!いつも朝起きると、東の空から太陽が顔を出していたので今日は悲しい朝です。

さて、昨日の秋の旅特別編の続きです。船魂神社からの帰り道。まずは、元町公園へ。
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素晴らしい天気でしょう。まさしく青空を見上げると真夏のよう。でも、外国人観光客、とくに中国人の方たちの服装を見ると中には真冬のような恰好、ダウンを着ている女性もいます。若い男性の方は半袖の方もいて、千差万別です。

それにしても、9.6の地震後東アジア系の観光客は途絶えたとかと云われていますが、どうしてどうして中国系は多い。台湾からの観光客もいるのかな?言葉が同じなので、見分けがつきませんね。

後ろを振り返ると、函館山を借景にして函館市公会堂がありますが、残念なことに現在修復工事中のために内部への立ち入り禁止です。外観だけしか見れません。
まだ、観光シーズンなのに、ここだけではなく函館山へのロープウェイも、検査中のため1か月ほど動いていません。大勢観光客が来ているのに、もったいないですね。
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山麓から下山し、これまた大勢の観光客で賑わう金森倉庫群。よく観光ポスターで知られている場所ですね。
右端のは、私の愛車ですよ。たまたま市内を走るバスが来ました。ピンク色の車体が、また素敵ですね。
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さらに走り、ともえ大橋(湾岸道路)に沿って高架橋の上を走ります。自動車専用道の横に歩行者・自転車道もあります。函館駅付近へ。湾側には、1965年から1988年まで23年間現役だった青函連絡船2代目摩周丸が横付けされ、博物館として公開されています。
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函館山とポッカリと浮かぶ人工島の緑の島。8月に、GLAYの5万人野外コンサートが行われた場所です。
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こんな感じの道で、しばらく緩やかな登りでした。
左側はホテル群で、最近はさらに高層ホテル群が建設中で、駅前周辺はホテルで埋め尽くされそう。それと残念なことが、駅前のシンボル的存在だった棒二森屋デパートが、来年3月で閉鎖されるのです。
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函館山とは逆側を見ると、湾沿いに並ぶ工業地帯があります。
海岸町船溜とその奥に中央埠頭、その先に万代埠頭と続きます。
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この先、数キロ走り橋から降り市内を縦断し、今度は逆側の大森浜へ。
津軽海峡に面した砂浜海岸です。
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キラキラとした水面、暑いくらいの陽光、とても10月とは思えないほど。海峡を隔てたずーっと遠くに下北半島が見えていますね。沖合に見える黒い岩礁地帯は、実は波除ブロックで、ここ大森浜は波の浸食作用があって砂浜が削られているのです。それで、波除ブロックを投げ入れたのですが、美観上からも波の下へ。でも、干潮時には頭が見える時もあるのです。
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ここは遊泳禁止地区。潮の流れが速いのと、直ぐに深くなっているからですが、実にもったいない海岸です。この一帯遊歩道を整備すると、観光客も歩いて楽しめると思うのですが・・・。湯の川温泉街から石川啄木公園を経て函館山山麓の住吉漁港まで、約8kmの散策路、名付けて啄木ビーチロード
時には、波打ち際に降りて砂浜で水遊び。泳ぎは出来なくても、足を海水につけることは出来ます。
とっても、素敵な良い海岸なんだけどなぁー!
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ということで、特別編終わり。今日のコタローです。
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ここのところ、絶好調のコタローです。走るスピードも以前より増し、今だったら桐生選手よりも速く走れるよ!10mだけの競技だったら、マジ!コタローの方が絶対速いよ!
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でも、時々家のお父さんやお母さんの邪魔をして怒られるんだ!そんな時はさっさと逃げるが勝ち!
誰も追いつけないからね。脚は速いに限るね!

でも、遊びすぎて眠くなっちゃた。
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どんな時でも、どんな場所でも寝る。これ、ネコの特権。1日に20時間は寝ているんんだからネ。
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じゃ、お休みニャーさい! 今日はどんな夢を見るのかな?
そして、起きたらまた食うぞー!


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今日10月23日火曜日、朝から晴れです。10月に入ってから毎日のように秋晴れの好天気が連続していて、アウトドアには最高の天候です。雨は夜中に通り雨程度にザァーと降ったことはあったけど、昼間はまったくなし。道南地区に関して今年の10月は、旅には最高の季節だったのではないしょうか?

さて、11月9日金曜日に「函館の歴史を学ぼう会」から講演を依頼されまして(実は今年6月にも函館高齢者大学でも講演を2回してきました。内容は、もちろん旅に関してこのことですが。)、それが
タイトル「北海道における義経伝説を追う」という、まさしく今回の旅そのもの!

で、早速函館市内にある義経伝説の一つである船魂神社へ行ってきました。
なぜなら、講演は私のブログを映してお話しするからです。何度か来たこともある船魂神社ですが、今回は講演に沿って写真撮影。快晴の昨日、愛車(チャリですよ!)でひとっ走りして行ってきました。

北島三郎の母校でもある函館西高校の隣に位置しています。階段のすぐ横は、西高校の駐輪場ですがここに来るのは坂を登らなければならず、大変!最後は押しでしょうね。

急坂を登り、境内へ。
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函館山山麓の元町にある北海道最古の神社で、文字通り航海の安全を守る海の神様です。
早速、義経の里と銘打っているだけに義経登場ですよ。観光客向け写真撮影用の顔出しパネルですね。
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これが、義経伝説を物語る石です。
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祀られている石と、その横には義経伝説を伝える図がありますね。「蝦夷実地検考録」の絵からでしょうか?
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説明を読んでみましょう。
1189年4月に自刃したことになっていますが、「1190年津軽より渡る最中に逆波で沈む寸前、船魂明神の奇跡が起こり上陸を果たす。喉が渇き水を欲している時に、童子神が現れ清水を湧き出させた」と。
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同じような内容の、こちらは函館観光協会の大きな立派な説明板。
水が湧き出た岩は、童子岩と呼ばれてきたが今は泉の跡すらない、と。
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でも、神社は商魂たくましく願い事を書いた紙をこの水の中に入れると叶う!と。
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それは、水に溶ける祈願符で1枚100円。筆記具がない人のためにボールペンまでありましよ。
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社殿は新しい建物で、最近再建されたのでしょうね。
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これが、弁慶の足跡と云われている大きな石。笹と比べてみても凹んだ幅は50cm以上あります。
石をも凹ます巨漢の弁慶、その足はどれだけでかいのか!そういえば、江差町鴎島で見た弁慶の草鞋の足跡は1メートルくらいありましたね。
まぁ、弁慶の巨漢を物語るものは全国各地に残っていますからね。
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泉の水は枯れてしまったが、ここは水道の水がこんこんと流れています。
奥には、ステージもあってお祭りでは催し物が行われるんですね。
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最後に境内をうろついていた野良かな?ネコちゃんたちを紹介して、「今日のコタロー」はお休みします。
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親子でしょうか?連れ添って散歩中。前を行くのが母親で、後ろが子猫。

この子も子猫なんだけど、怪しい目つき。怪しくないよ、警戒しないで!後ろにも子猫がいますね。
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幼い子猫は、まだ生後2か月くらいかな?足を踏ん張ってこちらを睨んでいますね。
恐くないよ、子猫ちゃん! この日は子猫に話しかけて撮影。観光中の若いカップルが振り返って、不思議そうな顔をしていました。不審そうな顔かな?
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では、また!

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今日10月22日月曜日、昨日はパリーグの覇者である西武ライオンズが2位のソフトバンクホークスに敗退し、日本シリーズへは行けず。出来ればカープとライオンズの1位同士の戦いを見たかったけど、それもそんなルールがあるのだから仕方がありませんね。
今年は中立的な立場でテレビ観戦します。

さて、縁桂を後にして乙部町を走ると、廃校となった空地へ。
既に校舎は解体されていて草地へなっています。
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草茫々の校門をくぐると、錆び付いた鉄棒があって、かつては子供たちがここで遊んだんだな、と想像します。校門には、学校名を記したプレートはなく地域の名前から富岡小学校かな?と勝手に名を付けます。
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国道へ向かう道すがら、「こもないの水」を発見。乙部には、5か所の湧水があってこのように整備されています。
水温は9~10℃と年中安定していて飲料可能な天然水で、ここで持参したポリタンク5リットルを満タンにしました。
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道の駅「ルート229元和台(げんなだい)」へ。
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漁港の奥には、海のプールが見えますね。環境省選定の「快水浴場百選」の一つである元和台海浜公園海のプール」です。オープンして30年近く経つのでしょうか?オープン直後に我が家の子供たちを連れて行ったことがありますが、駐車場がいっぱいでたくさんの人で賑わっていました。

が、30年も経った今は閑散としています。もちろんこの時期は海水浴は出来ないけど、それにしても渡島半島の日本海側は観光客が少な過ぎる。
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レストラン元和台の前にある桂の古木。
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横の説明板には、こんなことが書かれていました。
乙部町は義経伝説の地として知られ、その昔九郎判官義経が兄頼朝の軍勢に追われ乙部に隠住していた。
静御前が義経を追ってやってきたこと、再開できず無念に涙して義経の名を呼びながら川に身を投じたこと。町内には九郎岳、姫川、姫待峠、竹森の伝説由来の地名があること。
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桂の古木は、義経が九郎岳を越えて行ったことを知っているのでしょうか?
でも、樹齢700年としても1189年の衣川の戦い前後のことです。まだ芽の段階で、桂の赤ちゃんだった時代のことです。
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南を見ると、昨日までの江差町や上ノ国町の山並みが見えます。
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可笑内と書いて、「おかしない」と読みます。アイヌ名ですね。
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秋田県の秋田内陸縦貫鉄道にも「笑内(おかしない)駅」がありましたね。何か意味があるんですよね。
乙部町を北上し八雲町熊石区へ。かつての熊石町で、熊石歴史記念館へ。入場料は300円。
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熊石には、江戸時代の歴史上の人物が何人も来ているんですね。
蝦夷地を測量し調査した間宮林蔵。仏僧の木食。北海道と命名した松浦武四郎も。
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円空は上ノ国町にも仏像を残していましたし、江戸時代の旅人、菅江真澄日持上人も。
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残念ながら、熊石には義経に関する伝説は残っておらず。
ということで、さらに義経伝説を求めてせたな町大成区、島牧村へと北上します。
が、この辺りから雨が降って来て不安な点も・・・。雨にも負けずに義経を追っかけよう!

では、また!

今日のコタローです。
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昨夜は、過激に暴れまっくて家のお父さんから怒られてしまった。調子の乗り過ぎて部屋の中を縦横無尽に走り回り飛び回り、ついにはお父さんの仕事中のパソコンのキーボードに飛び乗ったたら、せっかく作っていた文章が滅茶苦茶になった、とか。
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でも、コタローには全然関係ないや!暴れた分疲れたニャー。
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あぁー、眠い!眠い!(この牙で刺された右腕の傷跡は、いまだに赤く腫れあがってるし痛いのです~家のお父さんより)
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コタローは幸せネコだニャー。
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今日10月21日日曜日、今日も朝は快晴で連日続く秋晴れの日。しばらく雨が降ってなく乾いた空気で、
湿度も30%程度。カラッとした過ごしやすい気候です。
日中の気温は15度前後で、サイクリングやトレッキングなどアウトドアをするには最高の天気です。

さて、厚沢部町(あっさぶ)を出発しおとなりの乙部(おとべ)町へ。
ここは姫川
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北海道が管理する二級河川の姫川の説明には、「乙部に逃れていた九郎判官義経を追って来た静御前は、ついに義経に会えず川に身を投じた、いつしかその川を姫川と呼ぶようになった。」と。
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道の公式説明版にも書かれているということは、いくら伝説とはいえ、北海道がその伝説を認めたということですね。北海道には、自治体が認めた義経伝説が110か所もあるとか。
それだけ、昔から信じられてきたのでしょうか? それはアイヌの伝承として言い伝えられてきたことが、住み着いた和人たちの間でも長いこと義経伝説として保ち続けてきたのでしょう。

近くには、閉校となった姫川小・中学校がありました。
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これから向かう乙部岳(1016.6m)、別名九郎岳は低く垂れこめる雲の中で見えない。
ここは姫川の中流のじゃがいも畑。昭文社の北海道道路地図10万分の1を見たら、乙部岳の連峰を成す1km南の頂きが九郎岳(969.7m)と書かれていたけど、どちらにしても同じ山並みで対してかわりはなし。
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途中で、こんな説明板も。名馬「越の浦」は、明治14年に明治天皇の巡幸時のお召し馬だったそうです。
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既に舗装路は絶え、砂利道へ。そんな険しい道を数キロ走って登山道入口へ。でも、ここからさらに姫待ち峠へ。峠から歩いて山頂へ向かうが、自分の軽バンでは、この道路は難しい。ここで諦めることにしました。
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こんな険しい道が連続するし、もし対向車が来たら交わすことは困難な道。
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姫川は、澄んだ水でとてもきれい。魚もいるだろうが、ヒグマの出没も怖い!
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一旦戻り、義経の祖父を弔った山の竹森を見る。
乙部で過ごした義経の胸に去来するのは、で兄頼朝に捕らえられ首を討たれた祖父のこと。祖父六条判官為義の霊を弔い、この小高い山に碑を建てたといいます。義経は、この山を祖父の名にちなんで「六条の森」と呼んでいたが、今では竹森と云われていて、地図にも竹森(192.7m)と表記しています。

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乙部で暮すこと2年間、その間に義経会いたさに静御前が北上し乙部までやっとの思いでたどり着きました。が、義経はその目前で乙部岳を越えて噴火湾へ。それでも、静御前のことを思い峠でしばらく待ったのか?峠の名前は姫待峠。これも地図に記載されていて、道の名も姫待林道
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乙部岳の麓には見どころいっぱいあって、ここもそう。2本の桂の木がつながっている縁桂へトレッキング。往復で1時間ほど要します。
こんな素敵な道ですが、誰も居らず熊の出そうな雰囲気の中を行きます。
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登って歩いて20分以上。汗かいて発見!
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高さ20m、樹齢は500年という桂の木が2本植えられていて、途中でまるで握手するかのようにつながっています。
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そんなわけで、乙部町にも義経伝説ありました。明日は、ここ乙部でさらにもう一つの義経伝説を発見!道内には110か所の義経伝説があるといいます。とりわけ津軽から渡ったわけだから道南にはおおいはず。
この先、日本海沿いを走るとさらに出てくることでしょう。

では、また!

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昨日も今日も秋晴れの晴天で、このところしばらく晴れマークが続いています。でも、昨日の朝は今年一番の冷え込みで、最低気温4、7℃で寒い。間もなく冬の到来が予想されます。

さて、江戸時代末期から明治にかけてニシン漁で繁栄した江差町。3番目の訪問先は旧関川家別荘
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関川家の名の由来は、越後の国、今の新潟県関川郷から来ているんですね。
いにしえ街道の外れで、市街地の少し郊外にありますが、土地が広い。別荘だけあって、庭も広大。
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ここも天井が広いですね。
江戸時代から明治30年代まで、江差で様々な商売を営んでいた関川家。この建物も同時代に建てられたもの。蔵は当時の調度品などの展示室となっていて、豪商であったことが偲ばれます。
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広々とした庭。一部は町へ寄贈されて町民の公園として利用されています。
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江差で莫大な利益を上げた後は、東京へ去った豪商。ニシンが永遠に獲れないこと、栄華には終わりがあることを知り去ったのでしょう。
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江差町での見学を終え、もう一度上ノ国町へ。やり残したこと、それは道の駅もんじゅで「てっくい丼」を食べること。これが、そうです。美味しそうでしょう。
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てっくいの語源が書かれていますね。
活きの良さから「手を咬む」⇒「手を食う」⇒「手喰い」⇒「てっくい」と呼ばれるようになった、
ヒラメのことです。
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食後は、上ノ国町を散策。
上國寺(じょこくじ)は、1443年というから室町時代の創建された道内でも1,2位を争うほど古いお寺です。
本堂は国の重要文化財に指定されていて、道内に現存する仏堂建築では最古だそうです。
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上ノ国町は、道内で唯一中世をリアルに体感できる町としてしてアッピールしています。
道内で最初に和人が上陸し、江戸時代に松前藩が出来る前まで政治・経済の拠点だった上ノ国。

名も「上ノ国」と、そこを流れる川は「天の川」。
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旧笹浪家住宅は18世紀初めから続いたニシン場の網元の家。
北海道に現存する民家では最古です。屋根に置き石をしていて、当時の佇まいが偲ばれます。
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上ノ国八幡宮は、1473年松前藩の藩祖である武田信広が創建した社。
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ここの本殿もまた、道内現存する神社建築では最古です。
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〇に❖の家紋は、松前藩の家紋でしたね。
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ゆっくりと上ノ国町を散策した後は、町経営の温泉へ。昨年12月に古くなった建物から新装した花沢温泉は、なんと入浴料200円。安い!露天風呂もあるし、のんびりと風呂につかりました。
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その後は、厚沢部町へ戻り同じ場所で車中泊。土橋レクの森キャンプ場。無料のキャンプ場です。
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ということで、「てっくい丼」を食べて満足の1日。明日は北上し乙部町で義経伝説第5弾、第6弾を見つける予定です。

では、また!
今日のコタローです❗
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とにかく食べるのに夢中。最近は体がドンドン大きくなり、ついに3kg超え。
それに伴い食欲大増進中です。1日3食だけではなくおやつに中食、それに夜食。
それでも、太ることはなくスリムな体をますます大きく、動きはシャープで家の中を、それはすべての部屋、風呂、トイレの中まで動き回っています。
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食べた後は、外を見て睡眠へ。
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時々庭を通る野良猫と対峙しても、ノラの方はコタローをシカト。無視して通り過ぎていきます。
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あとやることは、遊んでもらって、また食べて寝て。夜は元気に走り回って、と。
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寝相の悪いコタローは、この後椅子からずり落ちてしまったのです。
それでも、床でゴロゴロ。5分後食べ残した朝飯をまた食べます。
あー、腹減ったー。
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10月18日木曜日。今日も秋晴れのいい天気、でも朝方はかなり冷え込み薄着では寒い。午前中は厚着をしてエアコンの暖房をつけたほど。それでも、太陽が顔を出してくるとみるみる間に気温は上昇し、昼間外で農作業をしていると汗ばむくらい。

峠では凍結しているみたいで、遠出するドライバーはもう冬タイヤに履き替えた方もいることでしょうね。

さて、この素敵な建物は旧檜山郡爾志(にし)郡役所で、現在は江差町郷土資料館
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白い壁と緑の縁取りはとってもキレイ!
前庭には、土方歳三の「嘆きの松」があります。
自軍の最新鋭軍艦の開陽丸が目の前で座礁し、嘆き松を文字通り肘で叩いたところ折れ曲がったという松の木です。それにしても、高さ1mくらいのところで90度曲がって伸びていますよ。
どれだけ土方ががっかりしたことか、少しは分かるような気がしますね。
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この建物、北海道庁の出先機関である郡役所と警察署の業務を執り行う建物として1887年(明治20年9に建造。道の有形文化財に指定されています。

現在は、江差の自然・考古・歴史・民俗などを知る江差町郷土資料館として活用されています。
入館料は300円だけど、他に旧中村家旧関川家別荘の3館合わせて見学すると500円で済むので、当然500円支払います。
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警察署も兼ねていたので、当然当時の留置所がありますね。1965年(昭和40年)まであったという留置所。覗いて見ると。
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うわぁー狭い! 扇状になった小部屋で、とにかく狭すぎます。
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こんな所には入りたくない!
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当時の取調室です。恐そうな検事!
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北海道初の「日本遺産」に認定された江差町。
江差の五月は江戸にもない、と云われたニシンの繁栄が息づく町江差。

今の人口は確か9000人を切ったとか、最盛期は4万人以上でした。JR江差線も2014年5月に廃止され、函館と結ぶ公共交通機関はバスのみ。車がなければ生活できません。

この錦絵を眺めると、当時は波打ち際に家がビッシリと並んでいてニシン漁で繁栄していたことが偲ばれます。鴎島とはつながっていませんね。後で聞いたら、陸繋島ではなく人工的に埋め立ててつなげたそうです。
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高台にあるから、海が良く見えます。土方の心境は如何に!
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左の建物が旧中村家で、豪商でした。最盛期は、この家が海の直ぐそばで地下が船の倉庫だったといいます。つまり、舟屋だったのです。それが、戦後埋め立てられ国道が出来、さらに家々が建てられています。歩いて中村家へ。
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江戸時代から日本海沿岸の漁師を相手に海産物の仲買商を営んでいた近江商人の大橋宇兵衛が建てています。越前石を積み上げた土台に、総ヒノキアスナロ(ヒバ)を主材料とした切妻造りの二階建てで、当時の問屋建築の代表的な造りだそうです。
天井が高い!
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眼の前の道は、歴史の香り漂う「いにしえ街道」。明治初期まで、北前船によるニシン漁とその取引、そしてヒノキ材交易で栄えた町です。その栄華を誇った問屋蔵や商家、町屋などの建造物がそのまま残っている通りです。
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電柱がなくて見通しが良い。最近建てられたものもありますが、歩くと最盛期の雰囲気が漂って来ます。
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中村家を横から見ると、奥行きがあって地下1階が舟屋だということが分かりますね。
それにしても奥行き長い!どれだけ広い建物なんだろう。
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ということで、江差の町、見どころたくさんありますね。この後もまだまだ見て行きます。
では、また!



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昨年は京都市に次ぐ2位でしたが、今年は1位を奪還し過去10年で5度目の1位!

ブランド総合研究所が発表した2018年市区町村別の魅力度、それは認知度、居住意欲度、観光意欲度、自然度、教育・子育て指標や果てはドラマや映画・アニメの舞台になっている指標まで全84の項目で、20代から70代までの男女3万人からの有効回答の結果です。
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ご覧のように、ベスト10には道内の札幌市、小樽市、富良野市と4つの都市がランクイン。
これだけ見ると、どちらかというと観光都市ランクのような気がしますね。でも、様々な点から魅力を探っている調査で、函館市の場合は、観光意欲度は断トツで1位だったそうです。
産品購入意欲度は2位。これは、海産物、乳製品、野菜・フルーツ、スイーツなどが新鮮でなおかつ美味しいからでしょうね。
自然が豊かという指標では9位。

ドラマや映画・アニメの舞台になっているの指標は3位。
今までは食に関する分野で高い評価を得ていましたが、テレビCMや外国映画の舞台にもなっている函館の町並みが支持をえたのでしょうね。

ただ、残念なのは教育・子育ての指標は、1000都市中で962位とほとんど最下位で、これはかなり厳しい!大学が少ない、若者にとっては就職や遊びの場がないなど、魅力度に欠ける指摘です。
また、新幹線が開通したにも関わらず、交通の便に関する指標では146位と意外と低い。
市街地まで車で10分という極めて短距離な交通の便の良い空港を持つけど新幹線駅は遠い、というのも低かった理由の一つでしょうか?
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都道府県別では北海道は10年連続で1位は、旅行しに行きたいNO.1の地でしょうが、定住したい、働きたい地であれば最高なんですが、実際には冬の寒さにためらう人が多く、あくまで憧れの地ということで1位になっているのかもしれませんね。

それにしても人口25万人の町が、100万都市の京都や札幌、神戸、横浜、仙台を抑えての1位とは市民の一人として嬉しいことですし、誇りでもあります。
出来れば、この先移住希望者がたくさんいて、人口増加につながればもっと良いのですが・・・。

今日のコタローです。
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ホームセンターで「猫の草」を購入。えん麦の草だそうで、コタローはむしり取って遊んでいます。決して食べるわけではないが、草を噛むことで何か良いことがあるのかな?
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BSの「岩合光昭のネコ歩き」に夢中のコタロー。
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画面に登場するネコにとても興味があるみたいで、寝ていてもムクッと起き出してテレビの前に行きます。
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コタローが見やすいように、椅子を用意しその上に座り鑑賞中。
仲間だと分かるのでしょうね❗

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10月16日火曜日、天候は晴れ。今日も秋晴れの良い日でした。
昨夜は、ファイターズ・ファンの悲しみの日。クライマックスシリーズでソフトバンク・ホークスに敗北したからです。テレビの前で応援していたけど、相手チームのホームラン攻勢に敵わず、負け。
今年の全日程が終了し、後はパ・リーグのライオンズになるかホークスになるか分からないけど、どちらにしてもパを応援するだけです。
それと、今日はサッカー日本代表がウルグアイと対戦する日。今夜もテレビの前で声を出しましょうか!午後10時、結果が出ました。世界ランキング5位のウルグアイに4-3で勝利!大したもんだ!!

さて、厚沢部町の土橋レクの森キャンプ場での車中泊は、朝方の寒さで目が覚めました。内陸部の森の中は、気温の寒暖差が激しく昼間は暑くなっても、夜間から日の出前までグッと冷えこみ3シーズン用の寝袋では寒すぎ。やはりこの時期冬用の寝袋持参でなければ、と後悔。

それでも、深夜のトイレタイムで夜空を見上げたら、満天の星で感激!大地震のあった9月6日以来の天の川が見れました。

ここは、江差町鴎島。
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10mほど沖にある瓶子岩は瓶(びん)を逆さにいたような形。それは、神から授かった瓶子の水を海に注ぐとニシンの群来がやって来たから。
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鳥居は最近のものなんですね。建立400年を記念して2015年というから3年前に建てられた鳥居。
海抜20m、周囲2.6kmの無人の小島は江差のシンボル的存在。桧山道立自然公園の特別区域に指定されています。今日は、島一周をするつもり。
なぜなら、島には義経伝説が2つあるからです。
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名所案内を拡大すると、①の馬岩は昨日紹介済みですが、⑩の弁慶の足跡があるとは知らなかったのです。
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ということで、早速鴨島散策を開始。まずは、夕日の展望灯台の名の灯台へ。
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そして、灯台から東西南北を見て見ましょう。まずは、北の方角を見ると、奥尻島からのフェリーが江差港へと来ていますね。手前は千畳敷と云われる釣りの名所の岩場。
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江差~奥尻間のフェリーは、ハートランドフェリーという会社。片道2時間20分要します。
背後に見える街並みは、八雲町熊石区で最も高い山は遊楽部(ユーラップ)岳(1277m)。
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南西方向に、渡島大島。火山島で無人島。最高峰は江良岳(732.4m)。奥尻島は北西の方角だけど、なぜか写真を撮らず。
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真南には、これから向かう鴎島の南端と10km先に上ノ国町の風車群。
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東の方向は、江差町の市街地。手前は芝生のキャンプ場になっています。
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ただし、荷物は島の手前の駐車場に停めてから自分で運ばなければいけません。
それも、階段を100段以上登ってここへ。かなりきついキャンプ場ですが、それだけにロケーションは抜群!自転車で日本一周中のチャリダーが、荷物を運んでいる最中でかなり難儀していました。
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歩くこと15分で、弁慶の足跡へ到着。これ、下に見える穴みたいのが弁慶の草鞋の跡だそうです。
信じるか信じないかは、あなた次第。弁慶の足跡は、全国にありますね。函館の北海道最古の神社である船魂神社にも弁慶の足跡の岩がありました。かなり大きくて、弁慶の足のサイズって、40㎝くらい?
ジャイアント馬場よりもデカそう!

でも、ここの弁慶の草鞋のサイズは1メートルはありそうですよ。
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字が薄く読みにくいですが、要するに弁慶の草鞋(わらじ)の足跡が残されている、ということです。
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ここは、台場の跡地。これも箱館戦争の戦跡です。
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鴎島最南端に到着。この日は、かなり暑くTシャツ1枚でも汗ばむほど。日差しが強い!
遥か沖合に渡島大島の島影が見えますね。直線距離で80km近いから、かなり遠い。
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最南端から結構戻り、江差の街並みを見る。波もなく穏やかな日和で、歩いていてとても楽しい。
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後ろを振り返ると、かなり歩いてきたことが分かります。
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崖っぷちを除いたら、義経伝説の馬岩が見えました。馬のお尻もクッキリ。
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最後に、先ほどのフェリーが折り返し奥尻島へ行くのが見えます。
奥尻には、まだ一度も行ったことがないので、近いうちに訪れてみたい。
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ということで、江差町鴎島には義経伝説の馬岩だけではなく、弁慶の足跡まであったとは!驚きです。
この後は、再び上ノ国町へ行き昨日食べそこなった「てっくい丼」をランチに頂きますが、それは明日。

では、また!

今日のコタローです。
余りのイタズラをしたためにお仕置きで、給湯器の上へ。高さ180㎝以上ある高い場所で、さすがに怖くて降りれません。ビビッているコタローです。
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高くて下を見たら怖くなったコタローです。
ウェーン!泣き声を鳴らすコタローは高所恐怖症ではないけど、降ろしてくださーい。
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怖いよー。
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今まで一番高い場所にいるなぁー。いくら何でも降りれないや。
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助けて下さい。もう悪いことはしませんから。
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しばらく、置きっぱなしにされて泣き声を出し始めたコタローでした。5分後に下に降ろしたら、再び暴れまくりイタズラし放題。コタローは善悪の判断が出来ません。
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