今日で5月が終わり。明日は6月1日。わたくし実は、明日で66歳になります。
昨年の今頃は、最悪のコンディションで心拍数が常時120前後。ただ歩くだけで心臓は
バクバク。
食欲もなく体重は15kgも落ち、今まで履いていたズボンはずり落ちるくらいにがふがふ。
精神的にも相当参っていました。
それを思えば、今は体が動けるし短期間だけど旅にも出れます。生きているだけで幸せですが、
行きたい場所へ旅をしたい!と夢を持てるので、それが生き甲斐になっています。
花を見て、美しいなぁ!と感じる。最高にハッピーなことです。
ということで、昨日の続きです。

正門を入ってすぐに藤棚があり、今が旬。紫と白のフジの花が咲き誇っています。

多くの観光客が競ってカメラを構え、シャッターを押していますね。


右側に高さ5mくらいの石垣があって、上から見ることが出来ます。

それが、この写真。石垣の上にさらに土盛りしてあって、下からは高さ7mほどあるでしょう。

両側に高い石垣があるのは、敵が攻め込んで来た時に、下を通過する敵兵を上から迎え撃つ
ことが出来るからでしょうね。

せっかく、函館山山麓の現在の元町公園にあった奉行所を函館湾から艦砲射撃が届かない
距離の内陸部の亀田地区、つまり現在の五稜郭に移転したのですが、しかし時代の変化は
激しく、幕末のイギリスの戦艦からの大砲は十分飛距離(3km)があったのです。

新政府軍を味方したイギリス艦隊により、奉行所は狙われたのです。

一番高い場所からは、当時市内が一望出来たとか。
再建されたけど、それでも当時の建物全体の3分1だけです。

ツツジも、とってもきれい!

快晴のこの日、横津岳連峰の山並みもきれいに見えました。

それでは、裏門から帰ることにします。奉行所を周り、裏の橋へ。

裏門橋に記されていた人物の名は、五稜郭を設計した武田斐三郎のひ孫の方の文字が書かれて
いました。

詳しくお知りになりたい方は、これを拡大してお読みいただければ嬉しいです。
クリックすると拡大しますよ。

最後に、橋の上から堀を撮影。あまりきれいとはいえない水ですが、大きな鯉や小さな鯉に
混じって亀までいますよ。

昔(戦前)のことですが、付近の学生はこの堀で水泳していたとか。
近くに函館商業高校があって、前身の旧制中学時代の写真集を見ると、生徒たちは泳いでいた
のです。

それと、冬は全面凍結するから氷を取り出していたとか。厳冬期には厚さ数十センチにも
なり、それを氷室で保管し夏場に売り出していたとか。
今では想像も出来ないことですが、よっぽど水がきれいだったのですね。
もちろん、今は遊泳禁止の立て札がありますよ。
では、また!













































































































































