函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2017年03月

午後からの検査は、経衝動エコー検査でしたね。午前9時から水と食事は抜きで、午後1時に左腕には500mlの点滴をしながら、まるで救急患者の如くストレッチャーに乗せられドクターのもとの運ばれました。

担当するのは、主治医の美人の女医さんのKさん。睡眠剤を飲まされたあげく麻酔もかけられ、処置の前に熟睡。すっかり寝てしまいました。

だから、その後の2時間半はまったく覚えていません。気が付いたのは、自分のベッドに戻ってきて、看護師さんたちがいろいろと処理していたとき。

うっすらと目が覚めて、目の前に看護婦さんの顔が。その距離、10cmくらい。

30人以上いる看護師さんの内、女性はほとんど。みんな素敵な人たちばかり。

担当の方は、30才前後の方か?昨日は、彼女によってはだかにされて、おまけにウエスタン・シースを直につけられました。

本当に恥ずかしいのですが、なすがままです。体毛も剃られたし(その担当は20代前半の若い看護師さん)、入院しているからのこそもの。

まな板の鯉状態だから、どうしようもない。
明日、土曜と明後日の日曜は何もないです。

朝の時間に、床屋さんに行ってボサボサに伸びた髪の毛を切手きました。
少しは、身軽になったかな?シャンプーもしたしカミソリもしてくれて、うれしかった。

今日も風呂に入れないそうだから。

夜は、今日から始まるプロ野球のファイターズ応援します。やっぱり、北海道は、ファイターズです。

地元の方は、ご当地のチームを応援しますよね。福岡の方はソフトバンクを!東北の方はイーグルスを!とう具合にね。それぞれの応援、頑張って下さいね。

では、また👋

昨日の心臓カテーテルはしんどかったです。時間にすればほんの1時間ほどだったけど、右腕の手首の動脈にカテーテルを心臓まで入れるのだから。

ベッドに寝ている本人は、何も出来ずただ医者の言葉にうなずくだけ。
「大丈夫ですか?」
「はい」
「痛くないですか」
「(痛いけど、それは口にはせず)何とかこらえています」と。

カテーテルとは、いわば管みたいなもの。それを血管の中に入れるのだから、想像するだけで怖い。

それと、ウエスタン・シースは、コンドームみたいなもの。コンドームは、先っぽを閉じているけど、ウエスタン・シースは先っぽからホースが延びていて、ビニール製のタンクに貯蔵できるようになっている。

以上、昨日説明不足でしたので詳しくお話ししました。

今日は、胃カメラみたいなもので、胃カメラの2倍くらいあるカメラを飲むそうです。
これまた恐怖。胃カメラは今まで3度経験したが、いずれもしんどくて、二度としたくない、と思っていたけど、ここにきてまたか!と情けなくなります。

私の体には、心電図を計るために24時間センサーが3ヶ所に付けられています。
その機械がこれ。

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この機械は、パジャマのポケットに入れていますが、ここから延びる線が3ヶ所、胸に付けられて貼り付けられているのです。

外せることが出来るのは、お風呂に入るときだけ。でも、昨日は風呂に入れなかった。

今日で8日目。来週も検査が続くみたいで、入院生活は辛くなってきました。気力も萎えてきそう。

心臓の手術は、いったん心臓を停止させて胸を開きオペするそうです。何か怖そう~。
どうなるんでしょうね?

では、また!

ついに1週間になった入院は、今日が最大の治療である心臓カテーテル。

朝食後、すぐに準備に取りかかる。まずは、恥ずかしい話だが、昨日剃り残した体毛をさらにもう一度剃る。

もう恥ずかしさを通り越していて、どうにでもなれ!という心境です。それでも、素っ裸になって、ぺニスに道具を付けるときは、羞恥心マックス!

運ばれて、ドクターからまず右腕の動脈にカテーテルを挿入。その跡がこれです。

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動脈だけに、5時間経過したいまでも腕を閉めていてベルトを外していません。

左腕は、朝からずーっと点滴が付けられたまま。

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500mリットルもの量があって何時間もかかりそう。
点滴なんて、今まで風邪を引いたときに3回しかやったことがないのに、入院してからもう何回もしている。

カテーテルをしてから、3時間は安静のまま。ベッドに寝たまま、しかも体勢を動かしてはいけない状態。おしっこが一度出ました。快感でした(笑)。

尿漏れすることなく、無事に成功!
尿に管をつけなくても、ウエスタン・シースからウロバックにスムーズに流れました。

汚すことなく出来るので、これは良いですね。もし、読者の皆さんで、尿道に管を付けるのがイヤな方は、ウエスタン・シースを利用なさるといいですよ。

といっても、健康第一!病院のお世話になることなく人生を旅したい!ですよね。

まぁ、人生の一休みということで、入院生活エンジョイしています(?)。

では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします。 ついに6日目を迎えた入院生活。これが、旅だと、やっと旅に慣れてきたころでツーリング・ハイになれるかな?という辺りですが・・・ところが入院では慣れるどころか、ますます嫌になるばかり。 実は、明日心臓カテーテル検査があります。患者に配布されたプリントでは、「尿道に尿を出すための管を入れます」の項目があって、ビビってしまいました。 あの管ほど恐ろしいものはない。何とかして避けたい!そこで看護婦さんに泣き言を言ったら、ウエスタンシースとウロバックという代わりのものがあるといいます。 早速売店で734円で購入。ナナコで買えました。良かった!尿道に管を入れるのは拒否だったので、代用があって大変助かりました。 11時頃、まだ若い(20代前半と思われる)看護婦さんがやって来て、下半身の毛を剃っていきました。 右足の付け根部分からカテーテルを入れるので、邪魔な体毛を剃らなければいけないのです。恥ずかしいなぁ❗ 時間にして10分あまり、まな板の上の鯉よろしくおとなしくしていました。 いよいよ明日から本格的に検査が入ります。 なるようにしかならないから、天に任せます。神様!助けて下さい! 3日前に運ばれてきた人が、午前中に退院していきました。その方、すごいイビキ!轟音でした!すざましいイビキで、耳栓をしてもうるさい❗👂💥! 彼のいなくなったベッドです。
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カーテンの奥が私のベッド。 ということで、まだ何とか元気にキーボード打っていますが、明日はどうならることやら? 来週も胃カメラや大腸カメラが待っています。検査の目白押しです。しんどいなぁ~。 blog更新していないときは、疲れて寝ているときです。その時は、ご勘弁を! では、また!

とうとう今日で5日目となった入院。今日は3月28日火曜日。

新聞では、「栃木県那須のスキー場で雪崩が発生し、高校生ら8人が死亡」の記事があって、若い命が失われる悲しい出来事の心を痛めました。

16、7歳の、これからという高校生たちが雪崩で亡くなるなんて、余りも悲しすぎます。

さて私の病名は、ひとつは心臓の僧坊弁閉鎖不全症。もうひとつは、甲状腺機能亢進症。

最初に、心臓をオペする予定ですが、それも4月の末とのこと。それまでは、検査漬けの毎日です。

土曜。日曜はお休みで時間をもて余していたが、昨日月曜はCTを始めて撮りました。右腕は、何度も血液検査をして注射しているので、まだきれいな左腕にぞうえい剤を注射しながらのCT。MRIよりは楽に済みました。

その後は、レントゲンと心電図。入院後、これで3度目。何回やるのだろうか?

今日は、午後3時30分からエコーの検査。先週木曜日にやったものです。これで、心臓の欠陥がわかったのです。それを再びやる予定です。

さて、今日の朝食です。

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あっさりしたものですが、オムレツが美味しかったです。ご飯の上に、家から持参した梅干し・ふりかけ・海苔をかかて食べます。そうでないと、白米だけでは食べきれません。

昨夜の夕食には、カレーが出ました。

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カレーライスは大好きなので、美味しく食べれました。ボリュームは少ないけど、好きな食べ物が出るのは嬉しいですね。

朝、体重計に載ったら何と!65kgにまで下がりビックリ!

1月末までは73kgくらいあったのに、それがノロウイルスなどで激減し、8kg以上も下がるとは・・・。

体重の1割以上も下がるとは・・・体力も落ちました。それに身長も低下していました。多分、ストレッチも体操もしてないし、身体を動かしていないから身長も縮むとは・・・がっかりです。

入院していると、色々と考える時間があって、どうしてもネガティブな方向になりますが、ここは前向きに生きなきゃ!

まだまだ未知の土地がありますし、訪ねたい場所もたくさんあります。

今年は無理でも、来年は元気になって再び旅に出たい!

行くぞ!未知なる場所へ!旅は続くぞ!
早く退院するぞ!

3月27日、月曜日。今日も晴天で、春の日差しが南に面した窓に注ぐ。
道路の隅に残っていた雪も、ほとんど溶け夏タイヤに取り換えてもいい季節になりました。

それなのに、病室で一人取り残された自分はミジメな心境です。

今日の朝食は、いつもよりは遅く8時。家にいるときは7時だから、1時間遅れで朝からご飯。

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ヤクルトが付いているが、味気ない食事。完食したけど、美味しさはまったく感じられません。


病院があるのは市街地で、病院のとなりは団地。4階建ての集合住宅が3棟ある。

2階の病室の廊下の窓から、向かいの団地が丸見えです。距離にして30mくらいかな?

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住宅供給公社の団地で、築30年以上の建物。だから空いている部屋もたくさんある。

洗濯物を干している部屋もあるが、空き室も多く見えるから人気がないのかな?

昨日紹介した雪山ですが、はっきり写っていなかったので今日もう一度紹介します。

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私の向かいの部屋に行って、写しました。
向かい側は、北に面していて日差しがない。自分の部屋と違い、景色もいい。

そこで、写しました。

今日は、9時過ぎにレントゲン・CT・心電図を撮り、後はフリーで時間が余りすぎる。

病院生活も飽きてきました。毎日新聞を片隅まで読んでいるけど、身体を動かせないのが苦痛です。

起床した時に、体操・ストレッチしているけど外を歩きたい!走りたい!

支離滅裂な文章でゴメンナサイ。入院は、体も心もネガティブにしますね。

早く、退院したいです。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ 今日も天気は快晴の3月26日、日曜日。 されど、我が心は大暴風雨の荒れ模様の心境です。 なぜなら今日の朝、主治医の先生から「バセドウ病の症状も出ています。血液検査で分かりました。」と聞かされたのです。 ショックの二重奏。最悪の状態となりました。 明日は、CTを撮るそうですけど、気持ちが萎えてしまって・・・立ち上がるまで時間がかかりそう。 まずは、気を取り直して病院の風景を。
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2階にいますが、休憩室から見た雁皮山(700mくらい)と背後の横津岳連峰(1160mほど)。まだ雪がたくさん残っていますね。
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ナースステーションをパチリ。
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多くの男性を含む看護師さんたちが働いています。今日は日曜日にも関わらず、一生懸命に動き回っています。 病棟を1枚。
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循環器科ですので、多くの患者さんは高齢者。私のとなりの方は85才、とおっしゃっていました。私と同様に心臓で、すでに入院38日目です。 最後に、今日の昼食。
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シチューがありますけど、毎食ご飯がつきます。パンやラーメンが食べたくなりました。特に、朝は毎回トーストだっただけに、パンが恋しい。売店でパンを買ってこよう。 売店には毎朝新聞を買いに行きますがに、距離にして200m以上ありいい運動になります。 主治医は、歩いて運動しなさいとアドバイスしてくれました。 ちなみに、私の主治医は美人の女医さんです。 先程説明に来たとき、私は休憩室から借りた滅多にないエロチックなページのマンガ本を開いてました❗ あー、恥ずかしい・・・。

実に暇で暇で、ベッドで寝てばかりいます。
入院生活2日目となった3月25日です。

まずは、私の病室から。

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4人部屋の窓側ですが、南に面していて昼は日差しが強くてカーテンを閉めているほど。さらに暖房の効きすぎで、暑くて暑くて!
部屋の温度が25度なんですよ。暑すぎますよね。

窓を少しだけ、2cmくらい開けています。昨夜もその状態で寝たけど寒くならず、ずーっと開けっぱなしです。

昨夜の夕食は、6時に出ましたが質素!そのものでもの足りません。家で妻の手料理を食べていたのが、懐かしく思いっきり満腹食べたいです。

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シュウマイが2個。ご飯は子供用の茶碗に軽く盛った程度。あとは野菜の炒め物など、やっぱり病人食で、ボリュームは全然足りない。

当たり前ですけどね。ここは病院なんだから。

今日の朝食です。

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ヤクルトが付いていますね。梅干しは、家から持参したもので、ご飯の上に1個れば助かります。

家から、歴史物の固い本持ってきましたが、1冊も読めず。
その代わり、休憩室に退院した患者さんが置いていったマンガ本がたくさんあって、それを読みまくっています。

普段読んだこともないマンガがあるので、珍しく夢中になっています。

それにして、本を読むか有料テレビで高校野球を見るか、外に出れないのが残念で、ストレスがたまりますね。

東北に旅たちたかったけど、当分無理。しばらく病室でおとなしくしています。

ショックで、かなり落ち込んでいます。
でも、なるようにしかならないから、たまには今日みたいなblog作りますね。

では、また!

しばらくご無沙汰しておりました。
3月14日のblogを最後に、自宅で静養していましたが、なかなか心拍数の低下が見られず大きな総合病院で診断を仰ぎました。

それが、昨日のこと。
レントゲンや心電図は異常なし。循環器科の先生は、超音波のエコーをやってみるか!と。
そこで、出たのが僧帽弁閉鎖不全症。心臓の左心房から左心室への弁が壊れ、逆流していてそれで心拍数が増え動悸息切れがする、と。

お医者さんの話では、なかにはそのまま亡くなる人もいるとか、救急車で運ばれるとか、散々脅かされました。

ショックでした!心臓の手術をしなければいけないのです。

そして、今日朝入院。早速MRIに初めて入りました。しばらく検査の毎日。手術は4月末とのこと。

長い!64年間で初めての入院です。生まれた時は、自宅でさんばさんに取り上げてもらったので、赤ちゃんの時も病院ではなかったのです。

脈拍40台のスポーツ心臓だったのに・・・。
かなり落ち込んでいます。明日は、どうなることやら?

ということで、2017年春の旅は病室からでした。とんだ春の旅になりました。

生きることは旅ですが、まさかの病院での旅になるとは!?

明日、元気があればblog作りますが、わかりません。

皆さん、お体十分気を付けて旅をエンジョイして下さい。

旅の第一条件は、健康ですよ!

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三月半ばになっても、一向に春の訪れを感じない函館です。今日は朝から雨。
道路の雪こそ融けたが、気温は上がらず春の花がまだ咲いていません。

それでも、我が家の花壇を見たら春一番の花であるクロッカスが一つだけ小さい
オレンジ色の花のつぼみが見えたし、パンジーの黄色い花が少しだけ開いてい
ていて、春はもう直かな?と思わせています。

早く!来い来い!春! 

さて、山形県庄内地方酒田市。豪商の面影を残す本間家
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その塀だけでもすごい!

日本海沿岸の出羽酒田を起点に、下関経由で商都大坂に至る航路、それが西廻り航路
それを開拓したのが江戸の商人だった河村瑞賢(瑞軒とも 1618~1699)。

酒田は西廻り航路が開かれてから、北前船の拠点として春のなると大小の廻船が港に
出入りし、諸国から荷で大いに賑わったと。

本間家は、その酒田で庄内藩の信頼を得て多額の利益を上げたのです。
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旧本邸の向かい側にあった本間家の別館。ここも大きい!
中は、お土産や酒田の物産を販売していました。

この後、港へ行く。酒田港に面してある「みなと市場」でランチタイムを取りたかったから。
ここには、「さかた海鮮市場」を始め、海に関する資料館も併設されていて、楽しい。
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そこで酒田ラーメンをいただく。

発祥は大正時代の末期の1920年代、中国人が始めた支那ソバ屋らしい。
酒田のラーメンは、自家製麺比率が80%で、これは全国一位とか。

魚介系スープ、「トビウオの焼き干し」を使ったスープだそうです。
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確か500円だったかな?味はたんぱくで美味しい。みそ味こってり系の札幌ラーメンとは
全然違う。
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あっさり系の醤油ベースのラーメン。

ラーメンに関して物申すならば、北海道のラーメンの値段は高すぎる!
観光客価格なのか?1杯が700円以上で、中には1000円近い値のものもある。

西日本を旅して、例えば福岡の長浜ラーメンなどは500円くらいで食べれるところが
多いし、替え玉まであるのにはびっくりした。

各地でラーメンを食べてきたけど、味はいいけど値段が高すぎる北海道のラーメン。
ラーメンは、ワンコインで食べれるくらいがいい。

と、いつもラーメンを食べるときに思います。

お昼ご飯をいただき、エネルギーを補給し山居倉庫へ。
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ここは、米どころ庄内のシンボル的建物。
米の積出港としてにぎわった酒田の歴史を今に伝える。
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白壁、土蔵造りの9棟の倉庫、酒田港から続く最上川の支流新井田川に架かる
橋もあります。橋の名は「さんきょばし」。さんきょとは山居のこと。
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敷地内にある「庄内米歴史資料館」。
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樹齢150年以上のケヤキ36本が連なるケヤキ並木は、とっても絵になる。
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その途中には、神社まで。三居稲荷神社。
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というわけで、酒田の町なかなか歴史ある場所が多く、見どころがたくさんあります。

今も現役活動中の山居倉庫、外の見学は自由ですが内部に入ることは出来ません。
が、その中で一部お土産物屋として開放されているところがありました。

明日は、そこと日和山公園へも行きます。
それでは、また!

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昨夜のWBC(ワールドベースボールクラシック)の日本vsオランダ戦は、すごかった
ですね。何がすごかったかというと、7時過ぎに始まったのが日付が変わる時間近くまで、
実に5時間近くにわたって試合が行われたこと。

延長に入ったこともあるけど、5時間近くも試合を見せられたらいい加減疲れてしまって、
飽きてしまう。
それでも、面白い試合展開でテレビの前で釘付になったが、これで日本が負けていたら
心身ともにガッガリしたことだろう。

野球は、他のスポーツに比べると各段に時間がかかる。サッカーやラグビーみたいに
2時間で終了、というわけにはいかない。せいぜい、高校野球なら2時間台で終えている
が、プロ野球は最低でも3時間。昨日のような延長に入って5時間は、余りにも長すぎる。

テレビの前だから最後まで応援したが、実際に会場に足を運んでいたらどうだっただろう?
最終の電車時間のことや明日の仕事のことなどを考えたら、0時を過ぎてまでスタジアム
にいただろうか?

そんなことを考えた昨日の試合でした。でも、勝利したから良かったです。
明後日のイスラエル戦。イスラエルの選手の内、本国の選手は一人だけで、残りはすべて
アメリカ人。アメリカのユダヤ系選手を集めたチームで、もちろんメジャーの選手もいて
なかなか手ごわそう。

でも、日本代表は勝利して欲しい!勝って世界一の称号を手にして欲しい!
今週も、目を離せない面白い試合を続きますね。ガンバレ!日本!!

さて、今日の1枚目は、昨日紹介した松山城址公園よりさらに山へ上がった場所にある
お寺の總光(そうこう)寺から。
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城下町だった松山町の東麓にあたる場所で、車で数分。14世紀後半というから室町時代
の創建。開山600年余年の歴史を誇る曹洞宗のお寺です。
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入り口のこの門がすごい!
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江戸時代に造られた庭園が、また素晴らしい!
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苔むした参道には誰一人いない。鳥の声しか聞こえない、とっても静かな場所だ。
心が洗われる、というのはこんな場所を云うのだろう。
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続いて、さらに山へと登る。眺海の森と名付けられた広大や山。
頂からは最上川の流れや東北1の鳥海山も眺めることが出来る。
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朝方まで雨が降っていたので、天気はあまり良くない。低く雲が垂れ下がっていて遠くまで
見れないが、庄内平野と最上川は見える。
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山と云っても、ここは丘陵地帯みたいな場所で、尖った山頂はない。
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それでは、酒田市へと行ってみよう。ここでは、見るべき場所がたくさんある。
まずは、駅へ。
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羽越本線の駅。人口10.5万人の都市。江戸時代は、北前船の寄港する港町で、
松尾芭蕉の「五月雨を 集めて早し 最上川」を詠んだ最上川が
日本海に注いでいる港でもある。

まずは、本間家へ。かつては日本一の大地主であり、酒田では早い時期に、
自前の船で北前交易を始めた豪商。

本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と
云われたほどの人物。
殿様以上の権力と財産を築いた家だ。
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入場料は600円だったかな?素晴らしい庭園を眺める。
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太平洋戦争が終わる1945年(昭和20年)まで、ここで生活していたとか。
その後公民館として利用され、1982年(昭和57年)に一般公開された、という。
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本間家の歴史は、江戸時代の前半、1689年(元禄2年)本間家初代久四郎原光が、
本町1丁目に「新潟屋」を開業したことに始まる。

三代目の光丘が千石船による商いを始める一方で、土地改良・水利事業などで
農業を興し、庄内平野を一大米作地帯とした。

その結果、庄内米の集散地として、酒田は大坂へ米を運び大いに繁栄した。
その米を貯蔵する土蔵造りの倉庫群が、今での残っている。

鶴岡の庄内藩主酒田家の信望をいただき藩財政の相談も行ったそうで、まさしく
政治は鶴岡、商業は酒田、という庄内平野の2大都市が出来ていったのだ。

酒田のマンホールを見る。
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北前船と日和山小園の灯台ですね。これは後に行きます。
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ユリの花と日本海の孤島「飛島」ですね。酒田港から市の定期連絡船が出航しています。
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最後に、これも明日紹介する山居倉庫群

明日は、酒田市の観光地巡りと、ご当地ラーメンである酒田ラーメンを食べに行きます。
それでは、また!

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なかなか体力が回復出来ない。やはり、ノロウイルスに感染し体重が4日間で一気に
5KGも落ちたことが原因かも知れない。

毎日少しずつリハビリを兼ねて散歩したりサイクリングしているが、快晴となった今日3月
12日は図書館へと往復7KMほど自転車で走ったが、心臓がバクバクして心拍数がかなり
上昇した。

これじゃ、2017年春の旅に出発することは不可能。車中泊中心の旅で、歩いたり登ったり
の「ぼうけんの旅」は無理だ。3月は、少しずつでも体を動かして体力をつけなくちゃ!

今までにないことで、一人焦っていますが、こんな時こそ「トランキーロ!あっせんなよ!」
の精神で、4月がだめなら5月スタートをめどに体力を回復していきます。

ということで、仕方がない。昨年の春の旅の総集編今回で59回目を迎えましたが、残りも
まだまだあるので続けることにして、次の旅の出発までご覧になってください。

前回は、酒田市の旧松山町にある松山城大手門、下の写真で終わりました。
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桜が散って、地面をピンク色に染めてますね。

鶴岡市に本拠を構える庄内藩の支藩である松山藩。酒井忠勝越後高田藩(上越市)、
信濃松代藩(長野市)を経て出羽の国の庄内藩初代藩主となってきたのが、1622年の
こと。

出羽庄内藩13万8000石の藩主として移封されてきた。その三男である忠恒(ただつね)
が、1647年当時17戸だけの寒村だった中山村に分封されたのが、ここの始まりである。

その後、中山を松山に改名し2万5000石となり、松山城の築城が認められ、大手門に
鯱(しゃち)を上げることが許された。

この大手門、1782年に完成したが、1790年落雷のため焼失。2年後、酒田の豪商本間家
(あとで、酒田市の本間家を訪ねます。江戸時代は、日本一の地主だったとか?)の寄進
により再建されたのが今の大手門。
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もっとも、築城は1781年から7年間費やされたが、完成にまでは至らなかった。

現在、松山城跡は松山歴史公園となって整備されている。
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松山藩酒田家は8代、初代忠恒から8代忠匡(ただまさ)までで、7代忠良(ただよし)の
時代に戊辰戦争を迎えた。もちろん庄内藩とともに奥羽越列藩同盟に加わり、薩長の
新政府軍と戦ったが、敗北。
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完成しなかった松山城の堀。
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公園内には、松山で活躍した人物の像がいくつ置かれています。
例えば、」松山藩の家老だった松森胤保(まつもり たねやす)。

彼は庄内藩の藩校「致道館」で学び、藩政を改革。幕末、薩摩藩邸焼き討ちの指揮を執り、
戊辰戦争では参謀を務めるほどの人物だった。
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それでは、松山文化伝承館へ。確か360円だったかな?
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酒田家に伝わる武具甲冑を中心に、松山藩の歴史を紹介していたり、松山にアトリエを
構えて活動した画家の真下慶治の作品が展示されています。
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大手門のしゃちほこもありますね。

公園内には、松山城址館もあって、こちらは無料。
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能の舞台も作られていて、ここは地元の人たちの発表会などを行う建物。
他に研修室が4つもあって、さすがに文化盛んな土地柄です。
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ということで、明日はここ松山でもう一つの歴史を感じる場所、600年の歴史を持つ
總光寺へと行きます。

では、また!

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鶴岡駅の一つ北側、秋田寄りの藤島駅より今日は始めます。
同じ鶴岡市でも一つ離れると、いかにもローカル駅風に見えますね。
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地面を見てマンホールを確認する。
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日本一のふじの里づくり」とあるが、5月を過ぎて紫色に咲く花のふじ。
その里だったとは・・・。

続いて西袋駅へ。
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複線の電化された路線で、いつも私が訪れる地方鉄道とは違う。
もっとも、青森・弘前・大舘・能代・秋田・由利本荘・酒田・鶴岡・村上と日本海沿いの
年と結ぶ幹線鉄道だから当然なのかもしれない。

電化されてスピードアップし、通勤・通学の大事な交通手段になっている路線なのだから。
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そして余目(あまるめ)駅へ。
ここは羽越本線陸羽西線が合流する駅でもあるから大きい。
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陸羽西線とは、山形県内の内陸部新庄駅と余目駅を結ぶ路線距離43KM、駅数10の
最上川沿いに走るローカル線。全線非電化単線。

陸羽東線というのもあって、そちらは宮城県美里町の小牛田(こごた)駅と山形県新庄駅
を結ぶ路線距離94.1KM、駅数27の、同じく全線非電化単線の路線。
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駅前には、「月山山頂の町」の塔が立っていた。
実際、庄内町のHPを見ると、「月山山頂の町、日本一おいしいお米のふる里」
とあって、地図を見ると信仰の山である月山(1984M)は、山頂で庄内町・西川町・
鶴岡市の3つの自治体で分かれていた。
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駅前にあった歴史ある米倉庫を改装した「庄内町新産業創造館クラッセ」という建物。
パン屋さんや庄内町の特産品、米・野菜果物などなどたくさんのお店があった。
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明日は、余目駅から東へ進路を変えお城のあった旧松山町へ向かいます。
2005年に周辺の町村と酒田市に吸収合併されてしまいましたが、江戸時代は
ここに庄内藩の支藩である出羽松山藩があったのです。

石高2.5万石。戊辰戦争では、本藩である庄内藩に従い奥羽越列藩同盟に加わり
新政府軍に対し戦うが敗北、降伏。時の藩主は10分の1の2500石に減封されている。

その旧松山藩へ。
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ほんの触りだけお見せします。城はすでになく大きな大手門だけが残っています。
城跡は松山歴史公園として整備されていて、明日は資料館などじっくりと見ていきます。

では、また!

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さて、昨日の続きです。期待していた善宝寺鉄道記念館を見学できなかった
のだが、そのお寺を見る価値はありそうだ。
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五重塔もあり、境内は広い。車を寺の駐車場に停めて散策する。
曹洞宗のお寺で、三大祈祷所とか。

創立は平安時代の900年代で、当時は龍華寺と呼び天台宗だった。それもそのはず
天台宗は、平安仏教の開祖の最澄・伝教大師が始めたもので、曹洞宗の開祖の道元
は鎌倉時代の13世紀に鎌倉新仏教の一つとして始められている。

ご存じ、平安時代の初期、遣唐使として唐に仏教を学ぶため派遣された最澄と空海
帰国後、それぞれ比叡山と高野山で天台宗と真言宗という平安仏教を開祖している。

それに対して、浄土宗を始めた法然、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮などは鎌倉新仏教
というが、道元もその一人だ。
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室町時代に入った14世紀前半、曹洞宗の僧が復興し現在の善宝寺となったそうです。
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いろいろな建物が、国指定の重要文化財だったり、有形文化財だったり。

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そんなこんなで、この日の宿泊は鶴岡市の隣町の道の駅で車中泊。夕方から雨が降りだし
夜中は土砂降りの雨。屋根を叩く雨音は、決して子守歌にはならず朝まで起きては寝ての
繰り返しで、寝不足のまま起床し朝の鶴岡駅へ。
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時間は、朝7時過ぎのちょうど通学時間帯。鶴岡市内へ通う高校生、郊外の高校へ通う
高校生らでごった返していた駅。

もちろん写真には高校生を写していない。人が途切れた場面をカメラに収めていました。
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たまたま男子高校生が写ってしまったけど。奥には女子高生も小さく見えますね。
別に高校生だけを狙ってシャッター・チャンスを待っていたわけではありません。

駅前のモニュメントも写したし。
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これは、俵を担いだお百姓さんたちの像。
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庄内平野のお米は、彼ら農民の汗水流した結果のおかげで、私たちは美味しいご飯を
食べれるのですから。

駅の構内にも入り、ハチ公の鶴岡版を見たり。

忠犬ハチ公といったら、秋田犬で有名な大舘駅かな?と思っていたら、ここ鶴岡駅にも
同じようなご主人の帰りを待つ忠犬がいたのですね。
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それなのに、突然二人の警察官から強い口調での職務質問!

p 「今、女子高生写してなかった?」
私「いいえ、駅だけですよ。」

p「昨日、朝女子高生がカメラを構えた男に何枚も強引に写真を撮られた、という
 被害届が出ているんだ。」

私「10分前に来て、駅を写しているだけですよ。」
「何だったら、モニター見てください。」

としつこく迫る若い警察官に、カメラを再生する。それは上に掲載された映像で、
女子高生をアップした写真など1枚もない。絶対ありません!

実際は、もっとキツイ質問もあり、まるで私が犯人で取り調べているかのよう。

というわけで、女子高生を盗撮した疑いをかけられたとても長く感じた10分間でした。

最後に、「雪の降る町を」の発想の地つるおかの碑がありましたので。
あの「雪の降る町を」の歌が、ここで作られたのですか?
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では、また!

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しばらく、数日間ブログ休みましてご心配おかけしました。前回の報告にありましたように
ノロウイルスに感染し、文字通り七転八倒の苦しみで数日間過ごしていました。

体重は激減し(4日間で5kg)、体力はまるで病人のごとく歩くだけでも荒い呼吸。こんな
ことは、生まれて初めてのこと。入院こそなかったけど、寝てばっかりの生活でした。

それも、ベッドに横になったものの寝付かれず、悶々とした時間を無駄に消費する毎日。
今日はやっと、何とか通常のブログ作成が出来るようになりました。

まだまだいつもの調子に戻っていませんが、少しずつ回復していきますので、よろしくお願い
いたします。さぁ、久しぶりのブログ再開!

まだ、終えていない「2016年春の旅」、羽越本線を行くは山形県鶴岡市小岩川駅から。
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羽越本線では、山形県最南端の駅である鼠ヶ関駅から北へ6kmほど行った場所。
日本海沿いを、国道7号線とほぼ並行して走り、道の駅「あつみ」を過ぎた場所。
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続いて「あつみ温泉駅」。
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さらに8kmほど北上して、「五十川駅」。読みは「いらがわ」。五に十と書いて、「いそがわ
と読んだりしますが、ここはいらがわ。
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実は、ここのおよそ5kmほど内陸部に山五十川(やまいらがわ)という集落があり、ここ
でも農村歌舞伎が行われるのです。

2015年秋の旅では、訪問しその場所を確認してきました。毎年5月3日に開催するとのこと、
いつかは実際に見てみたいものです。

続いて小波渡(こばと)駅へ。
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駅の目の前には日本海が広がり、夏は海水浴場となる場所で、夏休みの期間は
海水浴客でいっぱいになる駅でしょうか?

それとも今はみんな車で行くから、駅は閑散としているのかな?
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続いて三瀬(さんぜ)駅
駅から歩いていける場所に、鶴岡ユースホステルがあったはず?今でもあるのだろうか?
昔、20年くらい前ですが、バイクでツーリングしていた時に利用したことがありました。
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駅前の桜の大木は、ピンク色した花が満開。晴れていれば、もっときれいなのにね。
ここの駅は、日本海から2KMほど内陸にある駅。国道7号線と別れて県道334号線で
山側に入った場所に三瀬駅があります。

続いて羽前水沢駅
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羽前大山駅
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そして、鶴岡市の善宝寺鉄道記念館を訪問したくて、国道をそれて善宝寺という
大きなお寺へ。
地図を見ながら苦労してたっとたどり着いた場所だったが・・・。
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フェンスの奥に、古ぼけた鉄道車両が見えますね。
ところが、ここは閉じられていました。なぜ?

通りがかりの恐らく20歳代の若い修行中のお坊さんに尋ねると、
返ってきたことばは、「もう10年以上前に閉鎖されました」という、思わず落胆する
答え。
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もう、がっかりでした。

残念というより、かなり落ち込みました。ショック・・・。

明日は、少し気を取り直してここのお寺を参拝し、境内を散策します。そして鶴岡駅へ。

そして、鶴岡駅で我が旅最大の屈辱を味わうのでした。それは何か?
明日詳しくお伝えします。

では、また!

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