函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2016年07月

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗ 知床、ウトロのキャンプ場で5時30分起床。なぜなら今日は日曜日で、遅くなると知床五湖トレッキングは、混みあうのでは?と心配したからです。 まずは、知床の原生林。
image
image
熊でも出そうな雰囲気。それが、のちにホントに出会ってしまう。それも至近距離の20mくらいで。 知床五湖への道へは、午前7時30分にならないと開放しないため、カムイワッカの滝がある砂利道を最初に走る。
image
温泉の滝として知られていて、この滝を登って入浴しに行く人もいた。
image
往復1時間で、ピッタシ開門の時間に到着。 駐車場は、500円必要。 高架の木道が作られていて、観光客は安心して散策できる。
image
image
知床の山々は、雲隠れしていてその全貌をとらえることは出来ない。 往復で30分くらいか?五湖の一つを見ることができた。
image
熊避けの電気柵が巡らせてあるから、大丈夫なのです。
image
その帰り道、道路沿いに熊発見! ズームでとらえました。もちろん車の中から撮影しました。
image
さすがに、ヒグマのテリトリーだけあります。こんなに簡単に発見できるとは! でも、餌は絶対に与えちゃダメですよ! 羅臼への知床峠は、雲海の中で視界ゼロ。ガスっいて、羅臼岳は見えない。40年前に登山したことを思いだしたかったのに・・・。
image
羅臼では、露天風呂の「熊の湯」に入り、行き止まりまで走りました。相泊(あいどまり)が道路の終点。
image
この先は、歩いて行かなくては知床岬まで行けない。が、そこはヒグマのエリアだし、険しい崖が続く海岸線の道。とても行けません。 羅臼の郷土資料館で、羅臼の歴史を勉強。
image
午後は1989年に廃止された標津線の各駅を訪ねました。 まずは、探して探して、やっと見つけた標津駅跡。
image
まずは、図書館前にあった蒸気機関車。そこから歩いてすぐそばに駅があった。 何と!転車台が今も保存されていたのです。
image
image
続いて川北駅跡。ここにも、客車が展示されています。
image
続いて上武佐(かみむさ)駅跡。
image
何と!映画「遥かなる山の呼び声」のロケ地だったのです。 高倉健さんや賠償美津子さん、渥美清さんも出演していて、山田洋次監督のファミリーが総出演してた映画です。 駅のそばには、ハリストス正教会がありました。 明治の開拓期から、ロシア人の司教が赴任して布教していった日本最東端のハリストス正教会だそうです。 函館にもありますけど、ここの開拓地でも伝動活動していたとは!驚きです。
image
中標津の駅跡も見つけましたし、郷土資料館も見学。
image
最後に、本日の寝床は開洋台。中標津の山に位置していて、釧根(こんせん)台地を見下ろせる、360度地平線が見える場所です。
image
image
というわけで、今日は熊と出会い(!)、標津線の駅跡もいくつも発見し、大収穫でした。 明日は何処へ? では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗ 今朝は、雨も上がりまずまずの天気。宿泊場所だった能取湖レイクサイドパーク。
image
image
キャンプ場になっているし、向かい側には広大なパークゴルフ場もある。 実は、明日日曜日に全道大会があるそうで、帯広の方二人が、が金曜日から車中泊して大会に備えていた。私と同じ軽バン。彼らは、早朝からトレーニングしていました。 頑張ってね、と挨拶してお別れ。そこを出て、20分で岬へ到着。 まずは、岬への道から。
image
遠くに見えるのが岬の灯台。 灯台までの道が、また素敵だった。海に向かって、まっしぐら!
image
北を見たら、能取湖の対岸と網走湖が遠くに見えた。能取湖もそうだが、サロマ湖や網走湖、藻琴湖、東沸湖は、みな元々は海だった。そこに砂州が押し寄せてきて湖へ。 海潟湖(ラグーン)と呼ばれる湖で、海水と淡水がある汽水湖だ。だからホタテなど水産資源が豊富の湖でもある。地元の人は、海、浜と呼んでいた。
image
素晴らしい景観で、いろいろな映画のロケも行われた場所でもあり、例えば南極物語とか、中国の映画隊も撮影に来ていたとか。
image
image
朝7時は、誰もいない。観光客も来ておらず、この景観独り占め!散策路を歩いていたら、知床連山がクッキリ!
image
その後網走駅を経由し。
image
網走監獄博物館へ。入場料が1080円と、ちょっと高いが見る価値は十分ある。 急いで見学したけど、それでも2時間はたっぷりとかかった。
image
北海道の開拓の第一歩は、囚人たちが道を開いて進めた。その後に屯田兵、そして本州からの入植者たち。それを改めて知ることになった。 それにしても、すごい監獄だ。
image
厳重な警戒の中でも、脱走した囚人たちがいたとは! 本日の気温34度の中(道路表示にありました)、汗だくになっていろいろな施設を歩いたが、独房だけは鳥肌が立つほどの恐ろしさ。 最後に、監獄のランチを食べました。
image
現在の刑務所の昼飯に出る内容とほぼ同じで、600kcalに押さえているとか。 でも、麦飯のホッケ定食みたいで、美味しかったです。820円なり。臭いメシじゃない❗ 監獄付設の、そのレストランの名は「監獄食堂」。 その後は、網走と釧路を結ぶ釧網線の各駅を巡りました。
image
藻琴駅から各駅ごとに、駅の中にレストランや喫茶店が入っていて、お客さんで込み合っていました。 原生花園駅は、夏の花が咲いていてキレイ。
image
北浜駅にもカレーショップがあって、そこの展望台から。
image
総集編では、すべての駅を紹介しますのでお楽しみに! 最後は、知床斜里駅。
image
現在、知床国設キャンプ場にいてblog作っています。キャンプ場の中をエゾシカが散歩してビックリ!
image
写そうとすると、逃げます。エゾシカは、知ってるのかな? 夕陽が見える場所から。でも、夕陽は見えない。
image
今日一日天気は持ってくれた。明日も晴れて欲しいです❗ 明日は、峠を越えて羅臼へ向かおうかな? では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ応援クリックお願いします❗ 昨夜は大雨で、しかも道の駅・丸瀬布は国道のそばでトラックがひっきりなしに轟音を鳴らせて通過するし、それほど広くない駐車場には一晩中エンジン音を鳴らし放しのトラックがいて、寝床を引っ越しました。車で5分ほどの運動公園駐車場で、閑静だし一人でゆったり出来ました。 さて、本日の1枚目。
image
丸瀬布駅の次の瀬戸瀬駅。石北本線の秘境駅でもあります。なぜなら、時刻表をご覧下さい。
image
1日に上りと下りが2本ずつしかないなんて、誰が利用するの?汽車通の高校生のためのダイヤかな? 次が遠軽駅。名寄本線の終着駅でもありました。今までもblogに登場している駅ですね。
image
名寄本線の中湧別駅は、現在道の駅となってます。そこには列車が展示中。
image
image
雨が激しく降って来たために、道の駅の隣の文化施設に避難し、図書館で時間を潰します。 鉄道関係の図書があったので、学習します。
image
ここで2時間、PC見たり新聞読んだりしてランチタイム。付近のレストランで昼食。 その後は、サロマ湖を周遊し、計呂地(けろち)へ。 ここにも鉄道が展示されているし、駅舎も保存している。
image
image
客車は、ライダーハウスとして活用されている。 駅舎は、鉄道資料室へ。
image
駅長の家もライダーハウス。15年前にここで泊まりました。一泊500円。客車300円。駅長の家には、シャワーもあります。
image
続いて佐呂間町へ。サロマ湖からは離れていて内陸部にある町だが、ここにも佐呂間駅を改装した鉄道資料館がある。
image
蒸気機関車が保存、展示されています。
image
勇網線は、1935年開業、湧別と網走を結んでいました。89、8km、27の駅がありましたが、残念なことに国鉄が民営化された直後の1987年廃止されてました。 佐呂間町には、知来(ちらい)駅も残っています。ゲートボールの集会場として利用されていたが、今は物置になっているようです。 でも、駅の庇が今も残る。
image
続いて、網走市の卯内原(うないばら)へ。 ここにもSLが保存されていて、鉄道資料室もある。
image
image
image
目の前がサロマ湖で、線路跡がサイクリングロードになっている。
image
そんなわけで、昨日から名寄本線の現在も保存されている各駅と、本日は勇網線の駅をそれぞれたどりました。 各地で駅を保存したり、鉄道公園としてSLを展示したりして、昔は鉄道が走っていたんだよ、と子供たちに伝えることが出来ますよね。 それでも、廃止されて30年以上が経過した今、高齢化が進み鉄道のことを体験している方も少なくなってきています。 佐呂間駅の管理をしている食堂のご主人は、どこまでここの管理が出来るか?心配だ、と話していました。 また、計呂地のライダーハウスの管理人も、あと何年出来るかな?と不安顔でした。 すべて地元の方のボランティアですから。 今は、能取湖のレイクサイドパークでblog作成中です。今夜は、ここで車中泊でしょうね。 さて、明日は何処へ行こうかな?それよりも天気が回復して欲しいなぁ❗ では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗ 昨夜は、一晩中すごい雨でした。朝になって道内一円で、大雨警報が発令されていたとは驚きました。 さて、昨夜の寝床は道の駅の西興部(にしおこっぺ)。 誰も車中泊はおらず、独占でした。が、夜半大雨にも関わらず若者たちが10人ほど集まっていて、大騒ぎしていました。夜中でもポケモンGOをしていたのかな? それも、1時間ほどで退散。しかし、こんなに若者がいたとは? 最初の写真は西興部村の上興部駅跡から。
image
駅舎は、鉄道資料室となって保存されていました。
image
143kmもの長大路線だった名寄本線は、1989年、平成元年に廃止。名寄から興部経由で終着の遠軽まで。西興部村は、その途中になりました。 オホーツク海に出て、興部町へ。ここには列車がライダーハウスになっている。
image
15年前に、オートバイでツーリングしていた時に利用していて懐かしい。
image
道の駅に併設されていて、道の駅には興浜北線や名寄本線など、鉄道関係の資料が展示されていた。
image
続いて、興浜北線(興部と浜頓別を結ぶ計画から)の終着駅である雄武(おうむ)へ。 結局、浜頓別へは繋がらず、雄武で終わりの盲腸線。 その雄武の道の駅。
image
展望台からの眺め。
image
image
付近を歩いていたら、駅跡を発見!
image
枝幸と雄武の間、50kmが繋がらず、両方とも1985年に廃止されたのです。もし、結ばれていたら、稚内駅から知床斜里駅までオホーツク海すべてをつないでいたのに。残念なことです。 雄武で生産されているダッタンソバを食べました。美味しい❗
image
紋別へ行く途中で見た、名寄本線の鉄橋跡。
image
その後、紋別市に合併された渚滑(しょこつ)から北見滝上までの渚滑線をたどります。 34、3km・12駅、1923年開業でやはり1985年廃止。 途中の上渚滑駅跡は、交通公園になっていてホームもありました。
image
終点の滝上(たきのうえ)町。まずは、郷土資料館へ行く。 そこには、鉄道関係の資料やSLが展示されている。
image
そして終着駅だった北見滝上駅。駅舎は鉄道資料館になっています。
image
最後は、本日の寝床になる道の駅・丸瀬布(まるせっぷ)の駅。
image
立派な駅舎は、町の図書館や文化施設が入っている建物。 駅表示で、丸瀬布の次の駅が「しらたき」になっているのは、3月26日に下白滝駅、旧白滝駅が廃止されたから。 「HO」を使って、10km山奥の温泉に入り道の駅に戻ってきてblog作っています。昼間は30度を越える暑さになったが、夕方からまた雨。 それでも、今日一日雨に当たらなかっただけでも良しとしよう。 明日は、晴れて欲しいです。満天の星空が見てない。スッキリと晴れてくれる祈ります。 では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ応援クリックお願いします❗ 今、西興部(おこっぺ)村の道の駅でblog作成中ですが、この度始まって初めての雨が降っています。やっぱり、雨男。というより、4日間雨がなかっただけ幸運だったのですね。 さて、今日の1枚目はクッチャロ湖キャンプ場から。薄曇りといった感じの天気模様。
image
1985年に廃止された興浜北線、浜頓別駅を出発して最初の駅は、豊牛駅でした。その駅舎です。
image
31年間も放置されっ放しですので、荒れ放題。 ところが、次の斜内駅は今も健在のような建物で、駅表示の文字もハッキリしています。
image
何と駅で生活している方がいらっしゃる。お話を聞くと、駅舎を払い下げてもらって改造して暮らしている、と。ご夫婦で暮らしていましたが、実は、空知の砂川市にお住まいで、ここを別荘として利用している、と。 道理できれいに整備されていました。 枝幸町と浜頓別町の境にある神威岬へ行く。 今は、トンネルが山の真下を通過しているけど、鉄道も道路も以前は岬経由の道でした。
image
灯台まで歩いて行きました。線路の跡がハッキリと分かる道があります。
image
31年前の線路跡です。 次に、目梨泊(めなしどまり)駅跡。
image
ここのバス停かな?と思ったら、そのとなりの交流センターの建物が駅だったのです。
image
終着の枝幸駅跡は、今はバスセンター。
image
近くに「一級食堂」という名の駅前食堂があったけど、営業していない。店は閉じられていました。
image
一級食堂とは!?面白いネーミングですね。 付近の交通公園を散歩していたら、「北見枝幸駅」の石碑を発見!
image
ここで、しばらくオホーツク海とお別れし内陸部へ入ります。 本来、美幸線が敷かれる予定だった歌登経由の道を美深町へと。 人の気配すらない原野の中を走り、天の川トンネルを越えると美深町。 1985年に廃止された、当時日本1の赤字線だった美幸線の終着駅の仁宇布(にうぷ)。 ここで、トロッコ列車を運転します。5km、40分で料金は1800円。少し高いけど、滅多にない体験が出来る。
image
おっかなびっくり運転しながら撮影。
image
image
途中、鉄橋では狸が出てきて敷きそうになったり(狸の方が逃げてくれました)。熊の糞が落ちていたり。スタッフの人の話では、昨日までなかったもので、今朝の落とし物だそうです。 トロッコのエンジン音がうるさいから、熊は出てこない、と思うけど・・・。 美幸線の石碑がありました。苦労して鉄道を誘致したのに、日本1の赤字と云われて廃止になるとは、悔しいことだったでしょう。
image
他に二つの駅があり、辺渓駅跡は完全に農地へ変わっていました。どこだか全くわからない。
image
そば畑の中にあったはずだが・・・、その向かい側は、黄色い菜の花が一面に咲いていた。
image
最後は、美深駅。ここは宗谷本線の駅として現役です。駅員さんもいて、駅の建物が立派。2階に鉄道資料室があって、美幸線の資料が並べられていました。 3時になって、駅の鐘が鳴りその音が大きく鳴り響きました。美幸の鐘、美しく幸せな鐘だそうです。
image
その後は、名寄から1989年に廃止された名寄本線をたどって下川町、天北峠を越えて今西興部村にいるわけです。 明日晴れてくれるといいな! では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗ 平成元年に廃止された天北線、初日の昨日は音威子府駅から旧浜頓別駅まで訪ねましたが、今日は浜頓別から終着駅の南稚内駅まで訪ねました。 まずは、朝のクッチャロ湖キャンプ場。
image
天北線跡地は、サイクリングロードになっているためその入り口まで走ったが、その前に白鳥の見学地が目に止まった。
image
もっとも白鳥は、渡り鳥だから冬に到来する。もちろん、今は見られず。 浜頓別駅の次の駅だった山軽駅は、サイクリングロードにある。が・・・。
image
熊出没中で、立ち入り禁止! 管理人さんにも云われたが、カメラを撮るにも絶対車から離れないように!と。 最近もクッチャロ湖で、小熊が2頭水浴びしていたとか!各地に熊出没中です。ショック! 次の安別駅を探す。国道から中へ入る道を選び、何とか発見。
image
image
駅舎跡は、休憩所になっていたが荒れ放題。内部も滅茶苦茶。熊でも侵入したのかな?と思うほど。 だから、次の飛行場前駅にも辿れ着けず。 次の浅茅野(あさじの)駅跡は、苦労して発見!ホームが今も残っていました。
image
猿払駅跡は、バスターミナルになっていた。
image
次の芦野駅跡は、廃村の雰囲気漂う中で発見。
image
image
道道1089号線は、四桁で最近出来た道。多分、放置していた天北線の線路跡地を活用して出来た道でしょう。 それにしても、誰も居ない集落と廃校になった小学校が悲しい。 次の鬼志別(おにしべつ)駅跡は、バスターミナル。
image
ここは猿払村の役場があるところで、比較的人家は多い。駅前の手作りパン屋さんで、美味しいパンを買って少し早いけどランチタイム。 小石駅跡は、集落の交流センターの建物になっていた。
image
走っている道は、道道138号線で交通量はほとんどない。ライダーも走らないのは宗谷岬へ行かないからでしょう。天北線の名前すら忘れ去られている。 氷河地形が残る宗谷丘陵の峠を越えて稚内市へ入ると、太陽が顔を出して暑いくらい。 稚内市の最初の駅は曲淵駅跡。
image
建物が保存されていました。ありがたいことです。 次が沼川駅跡。
image
当時の懐かしい写真が展示されていて、廃線前の風景が想像される。 沿線一体は、林業が盛んだった頃で多くの人が従事していた。しかし、外国の安い材木が輸入されると、道内林は太刀打ち出来ず。多くの方が去っていった。あちこちに廃墟と廃村が目につく。それと廃校の多いこと、いくつ見てきたことだろう。子供たちのいなくなった集落は、高齢者ばかり。 次に樺岡駅跡。30年近く前の駅表示が錆び付いて残っていた。
image
そして南稚内駅。ここは宗谷本線の現役駅。
image
明日、浜頓別駅から枝幸駅までの興浜北線(1985年7月廃止)の駅跡を探るため、再びクッチャロ湖キャンプ場へと戻りました。 鬼志別までは同じ道だが、ライダー垂涎のロード、エサヌカ原野の一本道を走りたかったのです。その前に、猿払村の道の駅の温泉で入浴。 道北は、「ho」を使えない温泉多いが、300円だったので安上がり。 そのエサヌカ原野の、まっすぐに伸びた道をご覧下さい。
image
オホーツク海も見えます。 そして放牧地の中の、左右両側草地がいっぱいの道。
image
5日後の7月31日に100kmマラソンが行われるそうで、ここがコースになっています。 こんな道を100kmも足で走るなんて!スゴイ! ということで、再びクッチャロ湖キャンプ場。
image
湖畔の一等地。ベンチも独占。ここでblog書いています。明日は、オホーツク海を南東へ。1933年起工した興浜北線、全30.4km、全9駅を探りに行きます。 それでは、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ応援クリックお願いします❗ 稚内までの鉄道を敷設する時、音威子府から先を天塩川沿いの日本海経由にするか、オホーツク海経由にするかでルート争いがあったそうです。 結局、政治的な力が働いたそうでオホーツク海経由が決定しました。それが今日から訪ねる天北線。大正3年の1914年開業。 最初に、昨夜泊まった天塩川温泉キャンプ場から。
image
キャンプ場の周囲も、一面ソバの畑。
image
昨日、今日と天気に恵まれています。昼間は30度近い暑さで、汗だくになっているけど寒いよりはまし。 長さでは、北海道で石狩川に次いで2位、日本第4位の河川、天塩川を渡ります。
image
音威子府駅の次の上音威子府駅跡から。
image
国道から砂利道を入ってすぐだが、見つけるのに一苦労。 続いて小頓別(しょうとんべつ)駅跡。バス停になっています。
image
続いて、上頓別駅跡。バス停かな?と。
image
しかし、近くの農家のおじいさんに尋ねると、「違う、前の草むらをかき分けて行くんだ」と。背丈ほどの雑草をかき分けて行くと、ありました。昔のホームの跡が。ホームはコンクリートではなく、レールを端に置いて石を積み上げたもの。おじいさんの足元にあります。
image
「わしが子供の頃は、80戸500人位住んでいたんだが、今は7軒だけになってしまった。」と嘆いていました。 戻りますが、上音威子府駅のホームです。
image
敏音知(ピンネシリ)駅跡。
image
松音知駅跡は、しっかりと保存してありました。
image
中頓別駅跡は、バスターミナルとなり、となりに当時の列車が展示されています。
image
寿駅跡には、蒸気機関車が保存されていて。
image
下頓別駅跡にもホームが。
image
浜頓別駅跡は、大きなバスターミナルの建物となっています。
image
そんなわけで、本日の寝床はクッチャロ湖畔。
image
木陰で西日もあたらず、気持ちいい場所。今日は、距離的には70kmくらいだけど、行ったり戻ったりで100km近く走ったかな?明日も天北線跡を探り稚内まで近づきたいです。 何とか旅を続けられそうです。最初は、前回のトラウマがあって心配したけど、大丈夫。薬も持ってきたし、天候にも恵まれて旅しています。 では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ 応援クリックお願いします❗ 最初の写真は、昨夜の寝床の豊浦町の温泉施設の広い駐車場から噴火湾を望みます。
image
隣がキャンプ場になっていて、とにかく広い。国道沿いになる道の駅よりは、快適な車中泊の場所だったけど、初日のせいかなかなか眠れず、寝不足で朝を迎えた。 目の前は海。海浜公園となっている。
image
豊浦駅へ行く。豊浦といえば、ボクシングの内藤大助選手のふるさと。ちょっと、とぼけた人だけど道産子らしくて面白い方ですね。
image
タイトルにもあったように、今日は400km爆走といってもいいくらい、走りました。日曜日ETC3割引の高速を利用しても、札幌まで2200円、札幌から名寄まで2600円かな?それにガソリン代が2回の4000円で、かなりお金を散財してしまった。 途中の写真は、岩見沢のSAだけ。岩見沢駅にもあったけど、ここは馬産地。
image
美深で、チョウザメ館を見学して音威子府駅へ。
image
image
どうしても、ここのソバが食べたかったのです。
image
真っ黒くて、とても美味しい。100%のソバで作っているので、素朴な香りと食べ応え。 駅構内には、廃止された天北線の資料室があって、明日に備えて事前学習。
image
image
というわけで、今日の寝床は音威子府村の温泉があるキャンプ場、天塩川温泉で寝ます。 今日は汗もかいたし、二日ぶりで温泉に入り満足。 ここは、国道から山中に入るので閑静で、お気に入りの場所です。美深もいいけど、あそこはキャンピングカーがかなりいて、家族連れも多い。それに比べて、ここはテントが3張りだけで、静かです。 キャンプ場のそばのソバ畑。一面のソバ、そば、蕎麦。
image
明日は、音威子府から浜頓別までゆっくりと廃線跡を辿りたいと思っています。 では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗ 夏の旅スタートしました。今回は2週間ほどを目処に道北の廃線跡を辿る旅の予定ですが、初日の今日は函館本線のまだ未訪問の駅巡りをしました。 朝9時我が家を出発し、最初の駅は森駅の次の桂川駅。
image
image
実は、148年前の1868年ここの海岸に旧幕府軍の榎本武揚や土方歳三らが上陸した場所なのです。 当時は、積雪30cm、暴風雪荒れ狂う中での上陸、そこから五稜郭目指したのでした。 その時の様子を印す説明板がありました。
image
続いて石谷駅、本石倉駅、石倉駅、落部駅を紹介します。
image
image
image
image
ランチタイムを取った野田生(のだおい)駅。
image
自転車があるのは、汽車通生がいるからです。 続いて、江戸末期に日本最北の関所があった山越駅。
image
渡島地方北部、最大の人口がある八雲町の八雲駅。
image
3月26日に廃止された鷲ノ巣駅は、駅舎は解体されほとんど残っていない。わずかに、ホームがあったであろう場所とコンクリートの建物だけ。
image
山崎駅と黒岩駅。
image
image
秘境駅の北豊津駅と国縫駅。
image
image
中ノ沢駅と長万部駅。
image
image
室蘭本線へ入り静狩駅へ。
image
ここに車を止めて、汽車を待ち小幌駅まで行きます。220円なり。 日本1の秘境駅へは、汽車に乗らなくて到達できないのです。 トンネルの間にある小幌駅は、今は鉄道ファンの大人気駅。
image
image
image
ここで帰りの汽車まで2時間あるので、険しい山道をたどり海岸までトレッキング。
image
image
人を寄せ付けない岩壁続く海岸には、江戸時代初期に、円空が旅していて仏像が6体ある岩谷観音がありました。 洞窟になった場所で、円空は仏像を彫ったのです。彼の足跡は、北海道各地にその仏像の形として残されています。 午後6時静狩駅へ戻り、今は隣の町の豊浦町のキャンプ場で車中泊。海岸に面していて、波の音を聞きながら眠りにつきます。 ということで、いよいよ夏の旅スタートしました❗明日は、高速で一気に美幌駅までいくつもりです。 本日160km、ガソリン1000円、汽車賃440円の計1440円。 では、また!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗


退職後は旅をすることが生き甲斐で、毎年春、初夏、夏、秋に車中泊の旅を実行していいます。
blogのカレンダーをクリックすると、何処へ旅したのかが分かります。

それと、今年は、冬の旅として3月鉄道の旅を加えました。 ただ、家庭の事情もあり長期間も旅は
無理なので、せいぜい2週間から3週間くらいの旅です。だからエリア別に、北海道や東北、中部
地方などを旅していて、中でも2015年の4月の九州への旅は、かなり強硬スケジュールだったと
反省しています。

もっと、のんびりと、ゆっくりと! トランキーノ! あっせんなよ! と。

さて、旅の合間は家庭の仕事や退職後に始めた畑仕事です。
今日は、我が家の畑を紹介します。

全くの素人だった農業。図書館で本を読んだり、専門家に尋ねたりして2年目。何とか今年も収穫
出来ました。 まずは、大きく成長したズッキーニから。
image
バケツと比較しても大きいことが分かりますね。近づいて見ると。
image
黄色い花が咲いている部分に実がなっています。昨日、その中から幾つかを採って、
オリーブオイルで炒めて食べましたが、とても美味しかったです。 無農薬、化学肥料も
使用せずの畑です。40坪ほどの土地を整備して農家さんから良質の土を運んで耕して
います。

ジャガイモ男爵とメークインの2種類植え、葉が枯れてきたものから掘り出して食べて
います。
image
収穫してすぐのジャガイモは、皮が薄く手で剥けるほど。バケツの中でごしごし洗うと、皮が剥けます。
今までに3回塩煮にして、バターを付けて食べました。

トウモロコシは秋まで待たなくてはいけないでしょう。
image
昨年初めて収穫しましたが、採る前に鍋を茹でて採ったトウモロコシをすぐに鍋に入れます。
その間、わずか10秒ほどの早業。 塩を入れて、しばらくして食べ頃を口にすると最高です!

今までスーパーで買っていたトウモロコシとは別物。昨年東京の親戚の子に食べさせましたが、
今までこんな美味しいトウモロコシは食べたことがない、とその味に感激していました。

トウモロコシのとなりにある葉っぱは、ビーツで生で食べれる野菜。
レタスなどとサラダにして食べています。
image
ユウガオはここ数日で大きく伸びてカーポートにくっつきそう。
image
ニンジンも成長してきて、間引いた葉は天ぷらやふりかけにして食べました。
image
エンドウ豆も花が咲いたあとに実が出来て、昨夜の味噌汁の具になりました。
image
ダイコンは、今年2回目。二毛作が出来ます。
既にホウレン草小松菜は収穫し、2回目にチンゲン菜ルッコラを植えていて芽が伸びて
きています。
image
旅の間の畑仕事も楽しみで、我が家で食べるには多すぎるので、ご近所や知り合いに
お裾分けしています。 雑草が見えますね。一雨ごとに雑草が出て来て、採るのに一苦労。

ということで、家にいて時間があれば、晴れ間は畑仕事、雨降りは旅に備えて読書して
います。 23日から「夏の旅」、予定では2週間程度の道北への旅をしてきます。
最近は雨が多く、梅雨のない北海道が雨期に入ったような天候不順で、旅するには
良くない!
晴れの日を祈り、旅立ちます❗

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ⬅応援クリックお願いします❗

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


昨日最後の写真は、豊浦町の大岸駅。そこで、高校生が下車していきました。多分、虻田高校
かな?春休みの期間だったから、部活動でしょう。それにしても汽車通は、時間が限定される
から思う存分部活が出来なくて残念でしょうね。汽車の時刻に拘束されますものね。
DSCF4536



















次の駅が礼文駅。礼文島と同じ字ですが、場所は全然違います。そして、秘境駅の一番
小幌駅
DSCF4537



















奥に海が見えますが、道路はまったくありません。列車しか到達できない駅です。
ここで、下車していく鉄道ファンが数人いました。
DSCF4538



















ここの住民はゼロ。だから、ここで下車する人は鉄道マニアか釣り人くらい。彼らは、次の列車
まで待たなくてはいけない。
自分は下車したかったけど、「東日本・北海道パス」は、今日が最終日だから時間的に無理。
日本1の秘境駅である小幌駅は、次回の旅に持ち越しです。
DSCF4539



















車での到達度はゼロ、秘境の雰囲気はマックス。列車到達度はかなり難関。素通りする普通列車
もあるから時刻表とにらめっこしなくてはいけない。
住民はゼロで、建物はJR関係のものだけ。待合室もない。

まさしく、秘境駅の横綱です!
DSCF4540



















それしても、次に列車までどう過ごすのでしょうか?外は寒いし、雪も深いし、海へ出るには
20分ほど崖を降りなくてはいけないのですから。

トンネルを抜けて、渡島管内に入り最初の駅である長万部町の静狩駅
DSCF4541



















ここは行き止まりの集落。漁業主体の小さな集落ですが、小学校は現在も健在。
以前に訪れた時は、10人に満たない子供たちが元気に学んでいました。
DSCF4542



















列車の終着は長万部駅。ここで40分ほど待ちます。
右から左の列車へと乗り換えるのです。
DSCF4543



















砂原(さわら)経由とありますが、砂原とは、駒ケ岳をぐるーっと一周していく線。
実は、函館本線の大沼・森間は二つあって、勾配のキツイ峠越えの距離が短い本線と海岸線を
走る距離が長い砂原線。
出発した時は、本線だったのでこれはラッキーです。数少ない砂原線を走れるなんて・・・。
DSCF4545



















時間があったので、跨線橋から北方向をパチリ。
DSCF4544



















長万部駅の次の駅の中ノ沢駅。貨車改造の駅舎で、道内にはよくある形。
DSCF4546



















秘境駅の20位以内に入る北豊津駅。昔鉱山があった時は、住民が多く生活していたけど、
今は駅の北側に1軒のみ。国道5号線から砂利道を1キロ入らなくてはいけない場所です。
DSCF4547



















北豊津駅から3つ目の鷲ノ巣(わしのす)駅。3月26日でもって廃止された駅です。北豊津駅同様
国道から山側へ入らなくてはいけなく駅。周囲には人家はまったくない。
DSCF4548



















日も暮れてきて駅には灯りが点いている。八雲高校の生徒たちが下車していきます。
ここの駅の形は、北海道には珍しい瓦屋根の純和風の建物。実は、山越駅には関所が
あったのです。ここは「日本最北端の関所」なんです。
DSCF4549



















八雲町のHPを見ると、1801年亀田(函館市内)にあった関門が、山越へ移され「山越内関門」
となります。ここで蝦夷地への武器持ち込みの取り締まりや、通行人の確認が行われたとの
ことです。1861年に廃止されるまで60年間続きました。

続いて落部(おとしべ)駅。ここでも高校生が6人下車。地元には高校がなく、八雲高校が一番
近い高校だから汽車通せざるを得ないのです。
DSCF4550



















森駅で40分の待ち合わせ。その間に、駅前の阿部商店で名物のいかめしを購入し夕食。
荒々しい駒ヶ岳の姿。中央部分が噴火の跡で大きくえぐられている。
DSCF4551



















もともとは、富士山そっくりなコニーデ型の成層火山だったけど、1929年(昭和4年)の大噴火
によって大きく山の形が変化し、今のようになりました。20世紀国内に起きた噴火の中では、
桜島の大正噴火(1914年)と並ぶものだといいます。

その時は、東南側の鹿部村(当時)には直径5cmくらいの軽石が雨のように降ったそうですし、
風下側だった鹿部村は軽石層が1mも積もった、といいます。それだけすごかった噴火で山の姿も
一変し、このような形になったのです。
DSCF4552



















さて、森駅をスタートした時はもう夜。暗くなってからの出発だったので、せっかくの砂原線も
真っ暗闇の中で、何も見えず。
結局、灯りが見えたのは函館駅
DSCF4553



















駅前のライトアップされた風景が最後の写真となりました。

ということで、春の旅 鉄道で北海道一周の旅もこれで終了です。
7月末の「夏の旅」は、予定では23日(土)に我が家をスタートしようかな?と思案中。
行く場所は、廃止されて20数年経過した天北線を辿ろうかな?と。

道北、音威子府村からオホーツク海を北上し、稚内へ行っていた天北線。それと、美幌駅
から始発した美幸線の跡も辿ってみようかな?と。

ともかく、体調を万全にして旅に出たいです。それまで、また!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


初夏の旅」を終えた今、夏の旅にい出るべく準備していますが、それまでの間今年3月
に旅した「東日本・北海道パス」(7日間1万円 普通列車のみ))で道内一を旅しましたが
、ブログでは最後まで紹介し切れていませんでしたので、その完結編として今日から数日間
紹介することにしました。

旅が3月という事で4か月も以前の話だし、写真の中には雪も出て来て季節外れの場違いな
場面も登場しますが、どうかご容赦を。

まだ使用していない写真が35枚ほどありましたので、それを活用して、3月とはいえ北海道
ではまだ冬の季節を紹介いたします。

春の旅・総集編のブログでは5月末までのことですが、千歳空港駅で終えていました。今日
からは、千歳線で苫小牧へ、さらには室蘭本線で室蘭方面へと順に旅を進め、最後は函館駅
着でもって完結しますので、少しの間ご覧いただければうれしいです。

では、苫小牧駅から。
DSCF4520



















さすがに苫小牧は雪が少ない。駅前にほんの少しだけの残雪。それでも、風は冷たい。
苫小牧も、今こそ「とまこまい」と読んでくれますが、本州では以前は読めない方も多かった
のです。

10年前のマー君こと田中将大投手率いる駒澤大学付属苫小牧高校が全国制覇していから
その名を全国区にした苫小牧。
その名は、やはりアイヌ語で「マコマイ」(山奥に入っていく川)に、沼の意味のある「」を付けて
とまこまいという説や、別にそれとは違う説もありますが、いずれにしてもアイヌ語からきている
のは間違いなし。

函館は違いますが、道内ほとんどの地名はアイヌ語です。
DSCF4521



















さすがにアイスホッケーの町王子製紙チームは、日本1位になったことは何度もあります
からね。高校生チームも日本1をしています。
DSCF4522



















スピードスケートも有名。オリンピック選手を何人も輩出していますね。駒大苫小牧高校からも
橋本聖子選手が出ていますね。

マンホールを見ると。
DSCF4523



















やはり、アイスホッケーの図。背後は樽前山です。1000mちょっとの火山ですが、複式火山で
形はアスピーテ火山(楯状火山)だが、火口の中に溶岩円頂丘(トロイデ)のある珍しい火山
です。

今も噴煙活動をしているため、山頂までの登山は禁止。緩斜面までは許されています。
地図を見ると、山頂部分は苫小牧市、9合目辺りの北側から支笏湖までが千歳市の区域で、
山の南側は苫小牧市。
DSCF4524



















駅前のこのビルは閉鎖中。2016年3月で、人口17.3万人だが駅前は殺風景。

29年前の1977年に開店した地下1階、地上7階建てのダイエー苫小牧店は最盛期は100店
近いテナントが入っていたが、2005年ダイエーは撤退。
その後は、地元道内のスーパーのラルズマートが出店。しかし、それも2013年に撤退し、
ビルは閉鎖中。
5月には、自己破産が正式に決定したそうです。駅前の一等地なのに閉鎖しているなんて
悲しいですね。
DSCF4525



















北口と結ぶ連絡橋から東側を見る。
DSCF4526



















一方西側を見ると、製紙工場の高い煙突から煙が上がっているのは今も操業中の証拠。
苫小牧市は、工業都市であり道内物流の中心でもあります。
DSCF4527



















苫小牧の北口にあるレストランでランチタイム。その後は室蘭本線で西へ、登別駅です。
DSCF4528



















ここから北海道を代表する温泉地の登別温泉までは、バスで山へ行かなくてはいけない。
DSCF4529



















雪がちらついてきてますね。本当に、季節外れの写真で申し訳ありません。
DSCF4530



















ここは室蘭市。人口10万人を割り、今は9万人台。室蘭市も工業都市。
DSCF4531



















でも、胆振管内の支庁所在地。胆振は「いぶり」と読みます。
稀府駅」。
DSCF4532



















そのとなりの駅、最も海に近い駅の一つの北舟岡駅。ホームの前が海ですよ。
内浦湾、別名噴火湾。有珠山・昭和新山・駒ケ岳など今での活発な活動を続けている
火山があるからですね。
DSCF4533



















晴れていれば、対岸に渡島富士の名を持つ駒ヶ岳が見えるのに残念です。
DSCF4534



















ボクシングの内藤大助選手の出身地である豊浦町にある大岸駅
次の次が、秘境駅NO.1の小幌駅
DSCF4535



















ということで、3月に旅したJRの旅の完結編、明日は函館駅まで行きたいです。
では、また!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


6月に旅した「初夏の旅」、いよいよ今回のNO.27でもって最後となりました。
実はもっと旅を続けたかったのですが、この日の夜にパニック障害になり、これ以上旅を
継続することが困難になって断念することにしたのです。
そのことについては、のちほど。

それでは、その夜までの行動です。まずは、津別町の最南端の集落である相生(あいおい)。
IMG_1394



















ここは、1924年開業、1985年3月末廃止の国鉄相生線という地方ローカル線が走って
いました。
石北本線の美幌駅から、林業の町の津別町を経由して阿寒湖方面に向けて南下する
全長36.8kmの、文字通り盲腸線でした。

盲腸線とは、行き止まりとなって他の線と接続しない線のことですが、美幌町(人口2万人)
から津別町(5000人)への、完全に通学列車として運行していたのです。

終着駅は北見相生駅。
IMG_1395



















全線単線で、非電化。駅数は14。もともとは、相生駅からさらに南へ伸びる予定でした。
それは、釧北(せんぼく)峠(釧路と北見を結ぶ)をトンネルで通過し釧路駅まで延伸する
ことを目的に北は美幌からは津別町の相生まで、一方で釧路側からは雄別炭鉱まで工事。

しかし釧路側は、炭鉱閉山で工事は中断し、廃止へ。
そして、とうとう相生線も廃止へ追い込まれたのです。

それでも、津別町は北見相生駅を保存していて、今は道の駅が出来、かつての列車は
ライダーハウスとして活用されています。
IMG_1396



















周辺は農家が数軒あるのみで、これ以上先は原野が広がっているだけ。
まさしく手つかずの原生林の森でした。
IMG_1397


































この日、屈斜路湖から津別峠へ、峠を降りた後は津別町でランチタイム。セイコマで
食べた「大盛かつ丼」が胃にもたれたのか?町の公園でお昼寝。

その後15km以上南下して北見相生駅跡へ。そこで車中泊となったのですが、あいにくの雨。
その時、今までなかったことが発生したのです。

閉所恐怖症のような、過呼吸症候群のような、まさにパニック障害
IMG_1398



















午後、写真を撮影しているころは大丈夫だったのですが、夜になって雨が降り出してきてから
体長が急激に悪化したのです。

狭い車内に息苦しさを感じて、ドアを開けて寝てみることを試みたりしましたが、ダメ。
夜中に、何度も道の駅のトイレに行ったり、雨の中を散歩したりしましたが、寝れず。

とうとう、うつらうつらしながら朝を迎えました。

今回は、一旦帰宅した方が良い、と考え高速を使用して一気に函館まで帰ろう!と。
もちろんS・Aで休憩を取りながら、なんとかその日のうちに無事帰宅できました。
IMG_1399


































自宅のベッドは安らぎます。しばらく静養して、落ち着いてきましたが、多分原因は鼻づまり
鼻が詰まり、呼吸が困難になったのです。それに津別峠からの急な下降で、耳に障害が起きた
こと。さらには、夜間雨が降ったことで湿度が急速に高まり車内が息苦しくなった、ことなども
原因か?と。

どちらにしても、今までなかったことですが、冷静に考えるとこれも老化の一つか?と。
いつまでも若くないのだ、ということを実感しました。

これからは、無理せずにゆっくりと旅をしたいな、と。今までは多少無茶な旅だったかな?と
反省した次第です。トランキーノ!あっせんなよ!ですね。

これ分かりますか?トランキーノ!焦んなよ!
7月19日(月)から始まる新日本プロレスの夏の大イベント、GⅠクライマックスの優勝候補の
一人である内藤哲也選手のことばですね。

プロレスファンなら誰でも分かる合言葉。そう、焦らないで旅を継続することにします。

鼻詰まりも薬で治し、体調を整えて、しばらくしてから再び「夏の旅」に出発する予定です。

というわけで、少しの間の休息をします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。


一昨日のファイターズは、残念ながら16連勝できず敗退しましたが、昨夜は主砲の中田選手が
走者一掃の二塁打で逆転、3-2で勝利しました。最後まであきらめない戦いに感動!

オールスター明けの後半戦は、ホークス相手に優勝目指して頑張ってもらいたいですね。

ところで、BS・NHKの自転車番組「こころ旅」では、昨夜(19:00~19:30)は函館が舞台。
函館西高校への坂道から港を眺める風景が、投稿者からのリクエストでしたたが、火野正平
さんとスタッフは函館の町を紹介しながら走り、おまけにランチはラッキー・ピエロチャーニーズ・
チキンバーガーを食べるというサービスぶり。

実に函館のいい味が紹介されていました。今週(火曜・水曜)はラッピ(函館ではラッピと略して
云っています)ではハンバーガーの割り引き週間で、3個まで購入すると30%オフ、4個から6個まで
が35%オフ、7個以上が40%オフと割安になっています。

我が家では、「こころ旅」をテレビで見て食べたくなり、5個テイクアウトしランチタイム。
普段は1個350円のところ、35%オフだと228円。ちなみにラッキーシェイクは50%オフでかなり
お得でした。

旅人の皆さんへのお知らせ。14日と15日はあんかけ焼きそば(普通で大盛!)も割引で3皿まで
が20%オフ、さらには19日と20日はピザの割引週間。

ラッピは函館とその近郊にしかお店を出さないとの方針だから、道内からやって来るファンも多い
のです。そして今やB級グルメとしては全国区の人気となり、この夏の旅人たちは必ずと言って
いいほど市内各地にあるラッピで食べていますね。

市民としては、ラッキー・ピエロは誇れるものの一つになり、うれしい限りです。

さて、本日の1枚目は屈斜路湖から。
IMG_1381



















摩周駅からは、弟子屈町で洗濯タイムを取り、道の駅「摩周温泉」の近くにあるコインランドリー
で200円で洗濯。その後は、道道717号線で北上、国道243号線、通称パイロット国道で屈斜路湖
和琴半島へ。
中央に見えるのが、湖に突き出ている半島です。
IMG_1382



















屈斜路湖は、日本最大のカルデラ湖。周囲は外輪山で、湖の中に中島があって二重火山
だったのです。形としては洞爺湖のような。

湖の面積としては、日本6位。琵琶湖、霞ケ浦、サロマ湖、猪苗代湖、中海の次。
北海道では2番目。周辺にはカルデラ湖が多くあり、摩周湖や阿寒湖がそう。

平均水深は28.4mでカルデラ湖としては浅い方です。
和琴半島も、以前は島だったけど、背後の尾札部川から流れ出る土砂によってつながり、
陸繋島となって半島となりました。

この辺りは、地理の教材になる場所が多くて、興味津々。生で体験出来て勉強になります。

道北、浜頓別町にあるクッチャロ湖と呼び名は似ていますが、語源は同じ。アイヌ語で「
の水が流れる口」という意味。

キャンプ場にもなっていて、今思えばここで車中泊するか、持参したテントで寝ても良かった、
と。あとで後悔しても始まらないけど、失敗でした。そのわけは、明日お話しします。
IMG_1383



















湖畔を歩き、和琴半島2.4kmのトレッキングを開始します。
湖畔には、自然に湧き出ている温泉があり、露天風呂となって開放しています。
IMG_1384



















といっても、ここは余りにも解放感100%で、入るには勇気が必要ですね。水着を着ていれば
どうってことないけど、裸では・・・。

半島を歩いて行きます。先ほどのキャンプ場が対岸に見えますね。
半島を逆時計周りにトレッキング。
IMG_1385



















木々の間から見える屈斜路湖。さすがに広い!
同じ道内のカルデラ湖、洞爺湖、支笏湖や東北の十和田湖や田沢湖と比べても大きい。
IMG_1386



















歩いていると、湖畔に木造の家がある。どうやらこの建物、温泉施設かな?
IMG_1388



















坂道を降りて覗いて見たら、やっぱり温泉でした。
IMG_1387



















無色透明で、湯加減もピッタリ。手を入れるとちょうどいい温度で、入浴可能。
もちろん脱衣所も湯船も一つだけで、混浴です。

でも歩き始めたばっかりで、これから汗をかくから断念。もったいなかった・・・。

スミマセン。同じ画像を使用してしまいました。
IMG_1388



















ということで、半島一周。その後は、津別峠へ。峠からはさらに山へ登り展望台へ。
そこから見た風景は、最高!
IMG_1389



















左に中島が、右に和琴半島が、奥の山は標津岳(1062m)か?

北を見る。左端が美幌峠。一番高い山が1000mピッタリの藻琴山
IMG_1390



















もう一度和琴半島を見ると、ほとんど島の形をしていますね。背後からの土砂が流れて来て
島とつながったことが理解できます。背後は、扇状地の形をしていて土砂が流れてきやすい
からです。
IMG_1391



















西の方向を見ると、左に雄阿寒岳(1371m)、奥に、今も噴煙を上げる雌阿寒岳(1499m)と
阿寒富士(1476m)が見えました。
両方とも、20代の時に登った山で、今は火山活動が活発で、登れるのかな?
IMG_1392



















最後に南方向。うっそうとした原生林が続いている原野。道東は広い面積に、少ない人口。
だからとても走りやすいです。車で走ると快適だが、これが自転車だと、ちょっと怖いかも?
なぜなら、いたるところに「熊、出没!」の警告板があるからです。
IMG_1393



















ということで、快晴までいかないけど薄曇りの中で、津別峠を後にして津別町へ下りていきます。
急激な坂道で、展望台の標高約1000m付近から下界に下りたので、耳がキーンとなるほど。

まるで飛行機に乗って、降りた時に感じる耳なりみたい。
それが、その日の夜になって体調を崩す原因となるとは、その時はちっとも思ってもいなかった
のです。

明日は、今回の「初夏の旅」の最終回。津別町の1985年4月廃線となった相生線の終着駅、
旧北見相生駅を紹介します。
その夜、今までの長い旅を経験してきた中で初めての出来事をが起こったのでした。
では、また!明日の最終回をお楽しみに!


にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

太平洋岸の町、厚岸町から内陸部へ入ります。今晩の寝床である鶴居村のキャンプ場
目指して北西の方向へ行く、その道は道道14号線。通称厚岸標茶あっけし・しべちゃ)線。
その途中で見かけた太田集落にある、屯田開拓記念館
IMG_1372



















入館料を支払い見学したが、明治開拓期の屯田兵時代の開拓の苦労がよく理解できた。
函館で生活していると、北海道の開拓時代の話は、あくまでも本の話でしかなく、実際に
その土地に生活していないので実感がなかった。

道東や道北にある亜口の郷土資料館などで拝見して勉強になります。

その後は、標茶駅へ。
IMG_1373



















釧路と網走を結ぶ釧網(せんもう)線の駅標茶。標という字が「しべ」と読むのです。
中標津(なかしべつ)や標津(しべつ)の町もあります。一方で、道北には士別という市もあるし、
江別市という札幌のベッドタウンもあります。
アイヌ語を漢字で当てはめて地名にすると、かなり難解な地名になりますね。

今でこそ有名になったけど、長万部町など本州の人は「おしゃまんべ」とは読めないでしょうね。
昔、私が高校生の頃だったと思います。テレビでアナウンサーが長万部のことを「ながまんぶ」
と発音して後から訂正が入りましたけど、普通読めないですね。

ここから釧網線を南下して秘境駅を探します。まずは、秘境駅として有名な五十石(ごじっこく)
駅。
「ごじゅうこく」ではなく、「ごじっこく」です。
IMG_1374



















摩周国道と呼ばれる国道391号線沿いにありますが、周囲には人家はまったくない。
IMG_1375



















ホントに誰が利用するのか?
3月に鉄道の旅をしたときは、まだ雪深く列車の動きに合わせてかエゾシカが数十頭走り回って
いました。釧網線の沿線は、エゾシカが良く目にしました。
居合わせていた台湾人観光客は、驚嘆の大声を出して喜んでいました。

続いて茅沼駅。ログハウス風の駅舎が素敵です。
IMG_1377



















塘路(とうろ)駅
IMG_1378



















無人駅だけど、駅の雰囲気は良い。ここで車中泊使用かな?とも思ったけど、鶴居村まで
行くことにしました。
IMG_1379



















というわけで、鶴居村のキャンプ場にて車中泊。
翌日は、屈斜路湖へ行く予定です。

まずは、弟子屈(てしかが)町の摩周駅。有人駅。
IMG_1380



















以前は、町の名前の弟子屈駅だったけど、観光地として知られている摩周湖にあやかり
摩周駅へ変更。実際、摩周町はありません。

明日は、屈斜路湖を詳しくお伝えします。
では、また!

今日もファイターズ、勝利すること祈ります。昨日は、球団史上初の15連勝。北海道新聞
では、1面の記事にも載るほどです。ファイターズが北海道にやって来て本当に良かったです。

東京にホームをしていた時は、ホームゲームでも東京ドームは閑散としていたし、アウェーの
チームの応援の方が多かったようで、あまりにも気の毒でした。

今や、道民球団となり地元テレビ局始め、NHK北海道でも真っ先に報道するほどの入れ込みよう。
北海道に来てから新庄、小笠原、稲葉、ダルビッシュ、など数々の名選手を生み出してきました。
東京で行うホームゲームでは、以前よりも東京のファンが増えたような気がします。

今晩も18:00から応援します。バッファローズファンには、申し訳ないですけど今日も勝って、
明日も勝って17連勝し、オールスター明けにも勝利してプロ野球記録の18連勝となり、さらに
19連勝目指して欲しいです!

今夜は、メンドーサが投げる番。テレビの前で応援します。



にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ←応援クリック お願いします。

↑このページのトップヘ