函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2015年04月

いよいよ最終日となった春の旅、お目覚めは秋田県北秋田市の鷹ノ巣の道の駅。
朝寒くて、5時前には目が覚めていた。朝の気温は3度。辺り一面霧の中だ。きっと、昨日は気温が日中20度を越えるまで上昇し、そのため地面は暖かいが夜になって空気は冷たい、その温度差が早朝濃いガスとなっているのだろう。
まるで、寒い日の露天風呂みたいなもので、外気の温度と、風呂の温度差がありすぎて、湯気がもうもうと上がっている現象と同じですね。
6時まで、寝袋の中で縮みあがっていた。

さて、ここには日本1の大太鼓がある。

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大太鼓の館、でも9時を過ぎないと開館しないので見れず。
どれだけ大きいのだろうか?

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このくらい?世界1と書いてあるよ!

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駅巡りを始めます。まず最初は、「大滝温泉駅」。子供の時に、親と一緒に温泉旅館に宿泊し記憶がありますが、どこの旅館だったか分からず。
次に、となりの「十二所(じゅにしょ)駅」。
ここは大人になって、バイク旅でこの無人駅で駅寝をしたことがあります。
もう20年以上も前のこと。懐かしくて訪ねて見た。

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大滝温泉駅は、昔は駅員さんがいたけど、いつの頃からか無人駅になっていた。
十二所駅も駅舎が新しく建て直されていた。自分が駅寝したころとは、全然違う。

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やっぱり、情緒を誘う駅舎は西日本に多い。木造の古くからあり、地元の人たちに愛されて来た駅舎、残念ながら東日本には、特に雪国では木造は持たないのか?
やはり、冬季間凍結しない、積雪がない、などの条件が伴わないと100年以上も長持ち出来ない、のだろう。
北国、雪国の宿命か?

さて、進路を北東へ。まだ積雪のある十和田湖へ。

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標高631mの発荷(はっか)峠から。

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1枚では収まりきれない、雄大な十和田湖。
標高400mにあり、湖の周囲は44kmの二重式カルデラ湖。
空気は、とても冷たい。展望台には5分もいられない。
湖の左岸の国道454号線を通る。
雪がまだ溶けずに残っている。それでも、樹木の周辺は木の暖かさで雪が溶け、新緑の草が生えてきている。新しい命の誕生だ。

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突然、カモシカが目の前に現れた。逃げないで、じっとこちらを見つめている。
しばしの間、お見合い♪
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この歓迎には驚きました。うれしいですね!

698mの滝ノ沢峠から、再び十和田湖を。

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土曜日だが、さすがにまだ積雪があるこの時期は、観光客が少ない。
弘前へと向かう国道の両側には、まだ2m近い雪が積もっている。

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しばらくの間、この雪の回廊を走る。
所々で、雪が溶けて水溜まりが出来ていて、車は水浸しになる。

平野部に出てからは、雄大な津軽富士の名を持つ岩木山(1624,7m)が見え、平行して走る。平野の中にある巨大な山、コニーデ型火山だ。
津軽といえば、岩木山だ。晴れた日には函館からも見えるからね♪

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桜が満開です。今年は例年よりも早い。

そして、最終地となった青森市。フェリー乗り場です。

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青函フェリーに乗り、4時間で函館市へと。
何とか無事、無事故・無違反で22日間の旅を終えることが出来ました。
全走行距離5600km、実に長かった!
いやいや、家に到着するまで油断禁物!
我が家に着いて無事帰還だからね。
春の旅、今まで拙いblog読んでいただきありがとうございました。
春の旅は、これにて終了!

昨夜は、満天の星とまでは云わないけど、北斗七星や南の地平線近くに午後8時頃オリオン座が見えるなどきれいな夜でした。
そんな朝は寒い。朝方は、もう1枚羽織るほど冷え込みました。やっぱり、東北に入ったんだな、と改めて寒さで感じた次第です。

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さて、今日の1枚目。場所は、鶴岡市で、鼠ヶ関から山間部に入った集落で、写しました。
この集落はどん詰まりで、この先はまだ積雪があり通行止め。
仕方なくUターンしたら、その場所にあった看板。日本国という名前の山なんて、珍名ですね。
温海町は旧名で、温海温泉で知られているが、鶴岡市へ合併されました。

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小国という集落で、小国城跡がある、というので行って見たら地元の古老は山の上にある、という。道が整備されているか、どうかは分からぬ、と。
山頂へ行くのは断念したが、ふと足元を見たら、カタクリの花があちこちに。
これはキレイ!
山の花が一斉に咲いていました。

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鶴岡市から新庄市へ。途中、最上川を上流へと道を進める。

「五月雨を 集めて早し 最上川」

芭蕉は、ここでも詠んでいますね。

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奥羽本線、山形県最北端の駅、何と読みますか?

答えは、下の写真をご覧下さい。

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この辺り、険しい山々があり、昔、修験者が山から崖下を覗きこむ鍛練をした、という。
そこから、のぞき→及位となったそうです。

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峠を越えて、秋田県へ。
美郷町(みさとまち)、良い名前ですね。美しいふるさとです。
ここを自転車で走って見たかった。ただ、風が強かった。それでも、サイクリング!
上の写真は、ここは水の町、あちこちに湧水がある。殿様も飲んだ、という涌き出ている水。

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そして、ここは羽州街道の町でもある。

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酒を醸造している会社、かなり古くから造っていそうだ。家の構えが、その歴史を感じさせる。

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ちょうど、桜が満開。

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今回旅をスタートしたのが、4月4日。東北地方は、桜のまだつぼみの段階で、それが帰って来たころ、三週間で満開となりました。
4月10日頃は、中国地方で満開、あちこちで桜祭りが行われていた。九州ではもう散ってしまっていた。帰りの中国地方島根・鳥取も桜は終わり、北陸も少しだけ残っていたり。
明日戻る北海道は、これから咲き始めます。
日本は広いなあ!

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大仙市から角館を通り、北秋田縦貫鉄道沿いに走る。マタギの里の阿仁合(あにあい)の峠は、まだ雪がたくさんあった。雪の冷気を含んでいる空気が冷たい。

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鷹ノ巣で「温泉博士」を使い入浴。
今晩は、最後の車中泊です。
明日、青森まで走り、夜には久しぶりに我が家に戻れそうです。
今日まで、春の旅22日間で5400km走っています。
明日も安全運転で、ラストランしよう。

では、また明日!

今日4月23日(木曜日)、今夜の寝床となった山形県、鶴岡市の鼠ヶ関にあるマリンパーク駐車場にて、コーヒーを飲みながら、今日1日を思い出してblog書いています。
最初に、5分前の夕日をご覧下さい。

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きれいでしょう。今日の日本海は、波もなく風もない穏やかな1日でした。
荒れていると、こうはいかないでしょう。先週までの荒天だと、カメラも向けられないほど厳しい姿を現し、まして冬の日本海は人を寄せ付けない荒々しさを持っている。

さて、昨夜は富山県砺波市の道の駅で車中泊。
町の中心部で、国道に面していて騒音がひどかったが、何とか寝ることが出来た。これも経験の賜物か?
何度も車中泊して、安眠できるコツが身に付いたのかも?

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砺波市から高速を使い、富山市の渋滞を避け、県境の親不知海岸で国道8号線へ。
断崖絶壁の風光明媚な海岸は、駐車場もなく写せず、仕方なく穏やかな海岸線を写す。

南端の糸魚川市の道の駅「能生(のう)」は日本1の道の駅の規模じゃないか?と思う。

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とにかく広いのだ。裏に回ると、日本海を見渡せる駐車スペースがあり、キャンピングカーなど何台も停めてあった。
昨夜は、ここまで来たかったのだが、時間がなく断念したが、いつかここで車中泊したいものだ。

蟹を中心に、魚介類を販売する市場もある。
2013年5月の旅では、牡蠣を買って食べています。

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子供の遊園地もあったり、海の資料館もあったり、大きな風力発電のプロペラも回っている。芝生も広い。次の上越市の道の駅の「うみてらす名立(なだて)」も大きい。名立は温泉も宿泊施設も備えているほど。

それにしても、南西部の糸魚川市から北東部の村上市までは、長い。実に長いのだ。
途中、100万都市、政令指定都市となった新潟市を避けて高速を再び使用しても村上市に到着したのが午後4時だから、全く北海道を除けば、一番南北に長い。
南米のチリみたいだ。南北に細長く、その距離は世界1の国だ。
日本では、新潟県!

上越市、柏崎市を過ぎて出雲崎町へ行く。
ここは江戸時代の僧、良寛さんのふるさと。

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そうえいば、松尾芭蕉も訪れていた。

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「荒海や 佐渡に横たふ 天の川」
1689年に詠んでいます。芭蕉が星を詠む、とは珍しい。

そして、ここは天領であった。つまり幕府の直轄地。佐渡島から金・銀が運ばれる港であり、ここから幕府へ運ばれた。
その「天領時代館」と、日本で最初に石油が発掘された場所なので「石油記念館」もあったので見学。

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ここは石油公園。そんな名の公園もあるんですね。

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ここから高速を利用して村上市へ。「温泉博士」で入浴後、笹川流れのきれいな海岸美を楽しみながらドライブ。

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道の駅で、特急が素通りしたので、パチリ。

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羽越本線の桑川駅でした。
そして、ついに東北へ。今回の旅の最初の宿泊地だった鼠ヶ関へ。
もう一度、さっきの夕日よりも5分後に写した夕景。

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というわけで、明日は秋田県かな?
旅も終わりに近づいています。最後まで安全運転で行きます。
8時を過ぎて、空には満天の星★、今回最高の天気ですね。今まで雨降りが多かったからね♪
では、また明日!

今日は、朝から晴天だったが、気温はかなり冷え込んだ。吐く息が白いほど。
まずは、昨日車中泊した道の駅の余部から。

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昨日も伝えたように列車転落事故で、6名の方が犠牲となっています。怖い話です。40mも真上から列車が落ちてくるなんて、亡くなられた方は全部女性で、真下の工場で働いていたのです。
合掌。

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その駅まで歩いて登って行きます。結構、きつい登り。その途中で鉄製の橋桁を発見。これは、最近完成した「空の駅」だ。

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残念ながら、鍵がかかっていて空の回廊を歩くことは出来なかった。
駅のプラットフォーム。

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山陰の海岸は、断崖絶壁ありきれいな砂浜あり、さすがに国立公園に指定されているだけある。

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どこの海岸線も美しいが、道が狭くクネクネとまるで蛇のように曲がっているので運転するのも気を使う。
それでも、何ヵ所かビューポイントを撮影。

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余部から海岸沿いに近畿地方最北端の経ヶ岬(きょうがみさき)へ。京都府の丹後半島の突端。
ここには、100選になっている灯台がある。

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駐車場から山道を歩くこと10分で到着。

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ここから見る日本海もまたきれいだ。

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今日のドライブコースはこんなところを走る。海岸の断崖に造られた道。苦労して開削したのでしょう。

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そして、丹後半島で見たかった伊根町の舟屋。

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ここも寅さんのロケが行われている。石田あゆみがマドンナ。寅さんが彼女の実家に泊まります。

道は狭く、古くからの町並みが続く。道路側から見ると。

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裏に回って船を停める場所を見ると。内海で波が全くない。

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心が休まる光景ですね。気持ちが和みます。
ここのオバアちゃんが「今日はぬくう、ぬくう」と云う。ばあちゃんが脱ぐ?
止めてくれ!勘弁してや!
ぬくい、温いということですね♪
確かに今日は温かい。

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昼過ぎてから訪れたのが、超有名な観光地、天橋立。
本来は、観光客が大勢いる観光地はスルーして来たのだが、日本三景のうち、ここだけは見ていない。そこで、行って見て来ました。やっぱりお金がかかる。駐車料金だけで500円。リフトで傘松公園まで660円。
それでも、やっぱりきれいでしたね。日本三景だけある。

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傘松公園から、股覗きしたけどカメラを上手に撮影出来ず。普通に立って。

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ほとんど同じ写真。関西のオバチャンたちの元気のイイコト!感心しますね。

ここで自転車が活躍しました。5000本の松が植えられている砂州の上(約3,5km)を走って来ました。気持ち良い!

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踏み固められた土の上なので走り易い。対岸に渡り周辺もサイクリング。

最後に、この土地の(宮津市)のマンホールを撮影。

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カラフルなのが良いですね。

宮津から舞鶴へ、そこから高速に乗り、夜8時近くになって富山県の砺波市の道の駅に到着。
さすがに疲れました。そろそろ春の旅も終盤に近づいています。
九州は鹿児島県の離島である甑島からの折り返し、我が家までは長い道のりです。

明日も良い天気ですね。明日は何処か?
それでは、また明日!

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ  応援クリックお願いします。 余部(あまるべ)は、漁業主体のの集落で、現在は兵庫県美方郡香美(かみ)町の行政区分になります。 山陰本線沿いの中でも指折りの難所で、山と山の間の谷間の集落で深い谷に橋梁が架けられています。
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日が沈む夕方に撮影しましたが、今日は風がほとんどなく、普通に鉄道は運行されていますが、強風が吹くと運休するときもあるのです。 そして、橋梁といっても、コンクリート製の頑丈な橋ですが、実は以前この40m以上も高い橋を運行していた列車が強風のために、下へ落下し真下にあった工場を直撃し死者が何人も出たのです。 そんな橋梁です。
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写真の下に、当時の鉄製の橋の一部が置かれていますが、考えただけでも恐ろしいことです。 左下に、仏様の像がありますが、その時の悲劇の慰霊碑です。 今、その橋の真下で車中泊しています。 明日は、空の回廊と呼ばれる余部駅を見学に行く予定。 今日で、地図の「中国・四国道路地図」は終わり。明日からは「関西」編に入ります。 10万分の1地図、何冊も持って来ておりいつ東北編になるか、青森で今回の旅は終了です! 明日も晴れてくれることを、祈ります。

やっと太陽を拝めたといっても、それは午後から。それまでは曇り空の肌寒い天気で、朝の気温は一桁台。
そこで、着替えの中に、ヒットテックのロングTシャツがあったことを、思い出し着込んだ。だが、それが午後から仇となる。気温が一気に上昇し、暑くて着替える羽目になる。
まぁ、それでも太陽さんと会えたのは南島原の原城以来、それだけでもうれしい。

さて、朝の道の駅から宍道湖を。
まるで、海です。とても湖とは思えない。もっとも、元々は海、砂州によって形成されたラグーン(潟湖)ですね。隣の中ノ海もそう。
海水が入って汽水湖になっていて、シジミの養殖で有名ですね。東の十三湖、西の中ノ海。

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ここから、松江市内の朝の通勤渋滞に巻き込まれ、おまけに市内中心部で駐車場探しに苦労し、とうとう諦めて美保の関へ。
ここには、灯台がある。

美保の関は、江戸時代に北前船の寄港地として多いに栄えた港町。その町から3kmほど離れた場所の岬の突端に灯台があった。

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残念ながら伯耆富士の名を持つ大山は、雲の中で見えない。

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今でこそ、寂れた港町になったが、当時の面影を偲ぶ路地裏を歩く。

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青石畳通りと名付けられた昔の通り。そこには、昔ながらの商店や旅籠があった。

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資料館があって、無料。見学したら、相当江戸時代は繁栄していた。その証拠に、ここには美保神社の総本山がある。

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出雲大社の日本1の注連縄にはかなわないがそれでも大きい。
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見学の時、何か神事が行われていたのか、宮司さんと巫女さんが席についていた。

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その後、境港へ。もう鳥取県だ。有名な橋をわたる。が車を止める場所がなく、撮影は断念。

ここは、なんと言っても水木しげるのふるさとで、水木しげるロードがある。
そこにあるもの、といえば。当然これです。

町全体が、妖怪の町、といっても大袈裟ではない。

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駅からして、こうなのだ。でも、こうやって町起こしをするのは良いことですね。

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800mほどのロードを往復して見ました。

あるある、歩くのが楽しくなる。お店も妖怪風。

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鬼太郎もいました。別バージョンの鬼太郎もいたのでアップします。

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通りを、歩いていたら、本物の妖怪が現れた。これにはビックリ!

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水木しげる記念館もあって、修学旅行の高校生も来ていた。

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とにかく楽しい通りでした。ここで1時間はゆっくりと、歩きお昼となった。

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境港市は、漁業の町としても有名。昼は、市場で
美味しい魚料理を食べようと、漁師の食堂へ行き、海鮮丼を食べる。やはり、その土地のものを食べないとね。と、時々贅沢なランチ。
でも、普段は質素ですよ。なにせ、車中泊の貧乏旅行。

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米子への道は、夜見ヶ浜、砂州の海岸線です。

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やっと、晴れて来て、大山が見えた。旅の6日目の朝にも頂上付近が見えたけど、全貌を見ること出来た。

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最後の写真は、山陰最古の駅舎の御来屋(みくりや)駅。

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ここも木造駅舎としては、有名な駅の一つです。
なかなか良いでしょう。駅の漢字が昔の字ですよ。

というわけで、その後はハワイ温泉(羽合にあるので、そう名前をつけたそうです)に、温泉博士を使い、入浴。
鳥取砂丘は車で素通りしたため、写真はなし。
今日の寝床は、これまた鉄道ファンなら知っている余部鉄橋のある余部の道の駅。

それでは、また明日!

昨夜は、激しい雨だけではなく暴風が吹きまくり、車中泊している自分の車が引っくり返るんじゃないか、と心配になったほど。
まさに暴風雨の夜でした。
出発してから、雨の日がダントツに多い。4月は西日本では雨季なのですか?
年間降水量を見ると、4月はそう多くはないのに、毎日のように降っている。
それとも、今年は梅雨の時期が早まったのかな?

まず、萩市の市場に併設されている道の駅を朝6時過ぎにスタート。
ホントは萩市も見学したかったけど、この大雨じゃね、スルーしました。大田(おおだ)市の温泉津(ゆのつ)へ。
ここは、寅さんの第13作品目「男はつらいよ 恋やつれ」が撮影された場所。
マドンナには、再び吉永小百合さんが登場しています。
最初に、温泉津駅を。タコ社長と妹の桜と寅さん3人が柴又へ帰るシーンが撮られている。

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このプラットフォームで、三人が立っていました。
温泉街を見ましょう。寅さんは、温泉街の「後楽旅館」で番頭として働いていました。

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実は温泉街は駅から車で5分ほどかかる。

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ここの温泉街は、山形県の銀山温泉に雰囲気が少し似ている。

江戸時代からある、古びた湯治場で道は狭いし建物もかなり古いものが多い。

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大正時代の建物も残っていて、ここの共同浴場の一つになっている。あちこちの古い温泉場にありますね。

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この薬師湯もそう。350円で入浴できる。

冒頭、恋した子持ちの女性が働いていたのが、ここの焼き物の里。
登り窯は何ヵ所かで見たが、ここのは驚いた。何せ15段のと10段のと二つも残っていて、今でも焼いているのだ。

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この窯元、こんなに大きいのです。

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これは、全部で15段あります。5年ほど前岡山の旅で、備前焼の人間国宝となっているお方の窯元を見学する機会がありましたが、それでも5段ほど。(2013年5月か6月のblogにあります)この15段にはビックリしました。

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これは、一番下の正面です。横を見ると。

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こんな感じで一段ずつ上に上がっていくのです。

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薪を積んでいる、ということは今でも焼いているということです。

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最後にもう一度、15段の窯を上から見ました。すごいものを発見!ですよ。

しかし、雨が降り続けている。いつまで降るのか?もういい加減にして欲しいですね♪

雨の中を移動。島根県東部へ。出雲大社を見よう、と。20年前に一度来たことがあったけど、もう一度確認。

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最初に、旧大社駅。
そこからさらに車で5分ほどかけ、駐車場に停めてから歩いて10分。

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まずは、本殿。注連縄の大きさが、以前と少し細くなったか?と思ったが、違っていました。
その隣の神楽殿に日本1の大きさの注連縄がありました。

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やっぱり大きい。

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お参りしていた人では、若い女性が目につく。それもそのはず、ここは縁結びの神様。良縁がありますように!と祈るのでしょう。
私も、3人の男の子と二人の甥子に良いお嫁さんが来ますように!と祈って来ましたよ。

参道にはたくさんのお土産屋さんが軒を連ねていたけど、その中で見つけたものが、これ。

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「のどくろ」です。
あの島根県出身の世界的テニス選手の錦織圭選手が食べたい!と言っていたやつです。
買わなかったけど。

最後に、一畑電鉄の出雲大社駅で、電車発見。

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明日晴れれば、この鉄道の駅巡りをしたいけど、天気模様はどうでしょうか?
それでは、また明日!

今日は、山口県萩市から島根県松江市まで。宍道湖が見える一畑電鉄の、とある駅のそばの道の駅で、雨の中ですけど車中泊。

本日も雨でした。それも1日中、しかも風を伴っての、まるで台風襲来の最中に移動しているかのよう。
まったく、今回の旅は天候には恵まれていない。ほとんど雨降り、1日中晴天だった日はほんの2,3日しかない。
雨男と云われるが、しかし、2013年4月と5月の旅はほとんど晴天で、雨が降った日は数えるくらい。今回と逆です。その時は、晴れ男だったのに・・・。2013年4月と5月のblogをご覧下さい。毎日晴天でした。

さて、雨の日は写真が少ない。絶景も雨には勝てない。
それでも、数枚紹介します。

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「長崎は今日も雨だった」
長崎の南島原市の道の駅を、朝7時に出発。諫早市から高速に乗り、佐賀県、福岡県を通過し、関門海峡の橋の上から撮影。ご覧のように1台もなく、慎重に写すことが出来た。
もちろん、走っているときは写さないけど、減速し停めて撮影。日曜日の午前中にもかかわらず、全く走っている車がなかったのが幸いしました。

下関市のICの小月で高速を降りて、下道へ。国道491号線で長門市へと向かう。
途中の貴飯峠(240m)。読みは分からず。
ひどい国道で、国の道じゃなくて、酷道(ひどいみち)だ。

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五家荘を走った国道445号線もそうだったし、三桁国道は、本当に国の道路なのか?と思う。
軽自動車1台がやっと通過出来る幅で、これで対向車が来たら交わすことは出来ない。

天気の良い日に、この橋を見たかった。

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角島(つのしま)大橋です。
以前に、日本一周人が写した写真で、快晴の橋を見た時は感動したものです。白い砂浜と明るいブルーの透き通るような海。
それが、今日は強風で傘が役に立たない。ずぶ濡れになりながら、レンズも雨に打たれて数枚撮影。

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橋の南側を写す。

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キレイな砂浜が広がっています。一方、北側は。

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島が幾つか見える。それ以外にも晴れていれば景色の良い場所が何ヵ所もあったのに・・・、やっぱりオレは雨男。
こんな時は、温泉にでも入ろう。というわけで、「温泉博士」を活用し、黄波戸(きわど)温泉交流センターへ。

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露天風呂で雨に打たれていました。

日本海に沿って走る国道191号線を北上し、長門市へ。
長門市は金子みすずの出身地。児童文学の詩人、みすずの記念館を訪れたかった。

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上は、仙崎駅。駅の前の通りが金子みすず通り。

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実家が本屋さんだったそうで、手前の建物がそう。奥に記念館。

しかし、長門市でご飯を食べよう、としたらどこもない。お店はシャッターが降りて、寂しい限り。
結局、萩市まで走り道の駅にあった海鮮料理屋へ。雨の中で贅沢な夕食をとることとなりました。

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ちょっと豪華に。こちらの魚を中心に店のオススメ定食を。

blog創っている間も、車が揺れるほど強風が吹いています。もちろん雨も強い。今夜は大丈夫なのか?
明日は晴れるのか?
明日も雨の予報が出ているが・・・。

暇なので、ガソリンの値段を比較しましょう。
甑島が一番高い。1リットル160円。高速道路の中も高く150円。
他は140円とか、今日の長門市で130円。やっぱり函館の我が家の近くのGSが一番安い。1リットル125円ですからね。

ではまた明日!

本日も何とか天気は持ちました。時々、ポツリポツリと雨が降った時があったけど、薄曇りの1日でした。
車中泊した長島の道の駅。

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黒の瀬戸海峡にある。九州本土阿久根市と長島の間には大きな橋が架かり、下は渦潮が巻く険しい瀬戸だ。

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天草島へ渡るフェリー乗り場へと走る途中、何やらジャガイモ畑のような。
しかし段々畑となってて、何の栽培かな?と疑問にも思いながら走っていた。

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すごい段々畑でしょう。近くに寄って見たら、やっぱりジャガイモだ。でも今の時期に収穫?

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農家の人に尋ねたら、12月に種芋を植えて4月の今が収穫、このあともう一度生産する、と言っていました。

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種芋は北海道から仕入れている、とのこと。北海道では、これから種芋を植える時期なのに、やっぱりこちらは暖かいのだ。全然時期が違う。しかも二毛作を行えるなんて、雪のない地域は、種まきが早いな。

それと、古墳の看板をよく見かけた。
その一つへ行って見た。

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森の中へ入って行ったら、古墳があった。日本史の教科書によく出てくる支石墓(しせきぼ)だ。

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見たことあるでしょう。こんなのもありましたよ。

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まさに石の棺そのものですね。
時代は、文字通り古墳時代、紀元後3世紀辺りか?

8時30分のフェリーで、天草へ。もう熊本県だ。

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天草の下天草島。牛深では、ちょうどお祭りの日で、人でいっぱい車も多かった。
お祭りをスルーし、まずは教会へ。

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崎津教会。町のシンボル的存在で、優美・華麗なゴシック造りの教会です。

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今日の旅のテーマは、カトリック殉教の地を歩くです。ここ天草と長崎県島原は、江戸時代隠れキリシタンの地。
戦国時代の末期、織田信長に許され宣教師たちが来日し布教。しかし、徳川幕府はそれを許さず、最大の悲劇「島原の乱」が起き、3万人以上の人たちが殺されてしまいます。
その軌跡をたどります。
崎津教会の内部。とても厳かで、聖なる場所。

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次に訪れたのが大江教会。

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小高い丘の上に建つロマネスク様式の白亜の教会です。

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そして、島の最北端にある富岡城跡。ここは、1637年の天草四郎時貞が率いた「島原の乱」、農民たちの一揆を取り締まった幕府側の拠点。

悪徳大名の重税に対し反乱したのだが、ここでは幕府側は残酷にまで弾圧している。3300人の首が埋葬されている千人塚があるのだ。

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多くのカトリック教徒が弾圧され、殺されていったのです。

ここから見た苓北(れいほく)町。陸繋島で、城は高さ68mの山の上にある。

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浅瀬では、青さを養殖している。北海道にはないが、海草でワカメみたいなものかな?
城跡は資料館になっていて、そこの学芸員さんが詳しく説明してくれました。
函館の陸繋島とは比較出来ないが、ここも同じ地形です。
そして驚いたことに、隣には砂嘴(さし)まで形成されていた。

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そんな富岡城跡。

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そこから、再び30km以上走り、鬼池という地名の港から長崎県南島原市の口之津へ、再びフェリー。

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4時30分を過ぎて最後に訪れたのが、原城跡。
ご存じ、天草四郎たちが最後に立て籠り、徹底抗戦した城。88日間に及ぶ戦いの最後は壮絶で、幕府側は兵糧攻めをする。最後は3万8000人以上のの農民たちは飢えて亡くなっていったのです。

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石垣も崩壊しているし、一部は地元のお百姓さんたちの畑にもなっている。

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奥に見える高い山は、噴火した雲仙岳。

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天草四郎時貞のお墓もありました。

そんなわけで、今日は鹿児島県から熊本県へ、さらに長崎県へ、移動はフェリーで、カトリック殉教の歴史を知る旅でした。
日本に於けるキリスト教の、涙の出るほど悲しいまでの歴史を、少しだけでも垣間見られたかな?と、感じた1日でした。

それでは、また明日!

blogを書き上げた午後8時過ぎ、激しい雨が降って来ました。
どれだけ雨が降るのか? はたまた自分は最強の雨男か? う~ん、ショックです。(;_;)

にほんブログ村 旅行ブログ 日本一周へ 応援クリックお願いします。 帰りのフェリーは、全く揺れることなくほぼ凪ぎの状態で、本土へと渡ることが出来て、まずはホッとしています。 昨夜は、瀬瀬野浦で中村さんのご自宅で宿泊出来て良かったです。 昨夜も、またしても夜半から雨、屋根を叩く音がして、またか、と気持ちが萎えましたが、朝起きたら快晴、やっと晴天の元で旅が出来たことに安心しました。 お世話になりました。甑島の皆さん! 本当にありがとうございました! さて、長浜港からのフェリー。
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自衛隊の関係者ですね。甑島には、基地がありますからね。ガメラと渾名される巨大なパラボラアンテナが山の山頂に設置されている関係で、基地の維持・保安で何十名かの隊員さんが勤務しています。 その移動かな?やっぱり春は、転勤・移動の季節。 多くの中間たちが見送りに来ていました。
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ご覧のように、甲板に出ても大丈夫。揺れがないから、安心してカメラを持つことが出来ました。 海の上だから、少し風は強い。それでも船酔いすることなど全くありません。 見てわかるように、ほとんど凪ぎでしたね。 断崖が荒々しい。海岸の風景が、とってもキレイだし驚嘆する美しさだ。 これだもの、国定公園に指定されたのは当然だ。
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下甑島から九州本土のいちき串木野市へ。 うっすらとだが、対岸が見える。ひときわ高く見える山は桜島かな?南端のは野間岳だろうか? 3日間滞在した甑島とは、これでお別れ。
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いちき串木野市に上陸後、東城町の温泉へ。 温泉博士を活用して入浴。 その後は、北へ向けて走り、今夜の寝床は、長島の道の駅。 長島とは、鹿児島県阿久根市と橋が架かって道路が繋がっています。 到着は、すっかりと日が落ちた7時過ぎ。 8時を過ぎた今、上空を見ると、星がいっぱい。 今回の旅では、初めて! 北には北斗七星が(当たり前です)、一方南側にはオリオン座が見えた。今年初めてのオリオン座。 中央にひときわ目立つ3つの★★★。 明日も晴れるといいなぁ! ではまた明日!

柳田邦男か宮本常一も来ているだろうか?まさにこの島、民俗学の宝庫です。
歴史一つ見ても縄文時代から続いてきているし、人々の言葉も決して薩摩弁だけではなく、長崎の言葉も入っているという。
家々の造りも独特、多くの人と話し、すべての集落へ行きフィールドワークして、ここの文化をもっと知りたい。

もう少し滞在していろいろ見聞を広げたいが、時間が無限にあるわけではなく、そろそろ帰らなければいけない。

それでは、本日これまでのことを。

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この慰霊碑、昭和20年10月10日、台風の襲来により土石流が発生、18名の方が犠牲になられたのです。
昨夜、中村さん・区長さんと話した中で、この土石流のことが話題になりました。中村さんのおじいさんが記したノートを読んでいただき、その凄まじさいがリアルに表現されていた。
すごい台風だったのです。
終戦から、わずか2ヶ月余りの出来事です。
そこから、最後に見たナポレオン岩。

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高さ120m以上、岩の上には松など木が生い茂っている。
まさに、ナポレオンの帽子みたい。鼻筋も尖っていて目も開いて見ているようでしょう。
まさしくフランスの英雄、皇帝ナポレオン1世の横顔です。

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お世話になった中村さんにお礼を言い、握手して別れました。瀬瀬野浦をあとにして、次の集落へ。廃校となった学校が目に付いた。

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片野浦の子岳小学校。平成24年度に閉校している。

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山を越えて、手打集落へ。

海がキレイ!やっと快晴、南の海らしい姿を見れた。

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今回の旅で、2回目となる自転車。今日は快適!大して登りもないし、風も心地好い。

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白い砂浜は、まるで沖縄のビーチのよう。日射しがギラギラしている。

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南国の太陽が、初めて眩しいと思ったほど。

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港があるだけに、取り調べもしなくてはいけない。今でいう税関のような場所。薩摩藩が設置したのです。
奄美大島では、薩摩藩はものすごい収奪をしたけど、ここではどうだったのでしょうか?

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手打小学校。全校児童は30人ほど。でも、子供たちの声がカワイイ!
やっぱり子供の声が聞こえて来なくてはネ!

途中、林道に入り海岸線の崖を走る。何回か崖崩れがあって、脇にそれたり、デコボコの道で底を擦ったりして、何度か恐怖を味わったけど、長浜へ。

海がとってもキレイでした。

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最後に、今日のフェリー乗り場のある長浜の集落を神社がある高台から写しました。

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では、次は本土に上陸後、夜再びblog創りますネ!

昨夜は、島で知り合った方の家で、ビールや焼酎をごちそうになりblog創ること出来ず、慌てて朝に創っています。
さて、昨日の1日。

到着したその日の夕方、散歩していて西山小学校の近くでお話した中村さんです。長いこと、東京は足立区で中学の校長先生をしていた方で、退職後にふるさとの甑島へUターンし、自宅を建設する予定とのこと。

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島の歴史の詳しい方で、それもそのはず歴史の先生だったのです。
郷土史にも精通いており、いろいろとご説明していただきました。

その後は、手打(てうち)の郷土資料館を案内してくれました。

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まずは、昔道路がない時に歩いて山を登り、長浜の港まで苦労して行った道を紹介。こんな登山道を何時間も歩いていったのですから、すごい!です。

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さらに、峠の上から見たナポレオン岩。

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手打の集落へ。まずは、手打の郷土資料館。南国の建物をイメージさせている。

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1600年の始めにフィリピンのドミニク会から派遣させた宣教師たちが、ここに寄って布教活動しているのです。

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郷土資料館の近くあった森進一のお母さんの実家です。「お袋さん」の石碑が建っていた。
知ってしますか?森進一、演歌歌手ですよ!

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武家屋敷通りは、歩いていて気持ちが、とても落ち着くのだ。生け垣が素敵で、寅さん最後の作品でリリーさんが住んでいた加計呂間島が登場するが、その雰囲気にそっくりだ。
北海道には、ない植物や木々、いいなぁ!

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中村さんがごちそうしてくれました。
その時食事したオムライスと、同席した郷土資料館の方。

地域協力隊の一人として、鹿児島から来ているとのこと。若い人が頑張っているのを見ると、うれしいです。

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島で唯一の信号。

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手打の港です。昔は、フェリーが来ていたそうです。

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海岸線は男性的で、険しい。

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今年3月末、国定公園となっった甑島。
下甑島の一番北へ。現在中甑島への橋を建設中。
上と中は橋で繋がっているので、下と繋がれば三つの島が一つに繋がります。

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最後に、断崖絶壁の険しい崖。恐竜時代に形成された海食崖。

高さは120m以上もある。人を寄せ付けない厳しさがある。

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というわけで、甑島でも1日、のんびりと過ごすことが出来ました。昨夜は、中村さんのご自宅に招待され地区の区長さんとお酒を飲みながら、遅くまでお話し、宿泊までしました。寝袋で、ゆっくりと寝ることが出来、朝食までいただきました。
ありがとうございました!

今日の2時35分のフェリーで帰路につくことにします。
それでは、また明日!

フェリーは動きました。しかし、内港でも揺れ外港へ出た途端、大揺れさらに大揺れ、船酔いなどしたことなかったのに、船内ではグダッと横になって休んでいました。
なにしろトイレに行くのに、立つと体がぐらぐらと激しく揺れ動くのです。
船内での1枚。

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船室から写しましたが、あまり情景が理解出来ない写真です。ホントは、波が窓まで打ち寄せているのです。
だから、甲板に出て写真を撮るなんてことは、自殺行為。東シナ海の藻屑になってしまう。

我慢して、耐えて1時間30分、まず上甑島へ到着。
里いう名の集落です。島では一番大きい町で、たくさんの人が待ち構えていました。

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離島といえば、3年前の夏、長崎県の対馬と壱岐へ行った時のことを思い出します。あの時は、研修で行ったため、団体旅行のようなものでしたが、今回は個人旅。しかも車中泊しながらの、最果てまでの旅、気持ちの面では全然違います。

そして下甑島へ。長浜という港で下船し、車で30分かけて山を越え瀬々野浦へ。集落の名は、こちらでは、シンヌウラと呼んでいます。

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峠を降りる途中の展望台で、ついにナポレオン岩を見つけました。
感動の瞬間です!
これを見るために、はるばる北海道から車で走って来たのだから。うれしいなんてものじゃない。心の底から「最高!」と叫びたいです。

瀬々野浦の集落全体が見えた。かつては、1000人以上の人口があったのだが、過疎化と高齢化で今は115人だという。

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かつて西山小学校に赴任された校長先生が「皇帝ナポレオンの横顔に似ている」と話したことからナポレオン岩の名が誕生したそうです。
それまでは、沖瀬(ちゅうせ)と呼んでいたといいます。

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今から3年前に閉校となった西山小学校へ行って見た。

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昭和10年には、全校の児童が352名もいた、という。すごい数ですね。近くにいたおばあさんと話したら、昭和30年代でも200名はいた、といいます。それが、今では中学生が1人、小学5年生が1人いて、ともにスクールバスで長浜の小・中学校へ通学している、と。

ここから見たナポレオン岩も綺麗でした。

一番高い場所にあって、町全体が見渡せる。家の形が沖縄の家と似ていて、やっぱり南国だな、と感じます。

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明治13年に創立された西山小学校。
平成24年度で閉校しましたが、この石垣は一人が積み始めた1個の意思から始まり、最後には集落全体の力を集めて9年の歳月をかけて積み上げた、そんな歴史がある石垣です。

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この日は、旅初めて民宿に宿泊しました。
民宿「浦島」といって、夕食が魚を中心とした料理で豪華でした。

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最後に、東シナ海に沈む夕日とナポレオン岩をもう一度見て、感動の1日を終えることにします。

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ついに念願かなった甑島、ナポレオン岩。はるばるやって来た甲斐がありました。
まさに最果ての島、といっても言い過ぎではない。
自分にとっては、もう二度と来れない土地だと。
最後に、天は味方してくれました。
揺れに揺れて船酔いしたけど、欠航しなくて良かったです!

では、また明日!

今朝も、大雨。
出発してから毎日雨が続いていて、朝6時に目が覚めたときは太陽が顔を覗かせていて、今日は大丈夫!と安心したものの、すぐに豪雨となりました。
その豪雨の中を、車中泊した道の駅「樋脇」を出発し、甑(こしき)島へのフェリーが出ている、いちき串木野市へ。40分もかからずに港のあるフェリー乗り場に到着した。

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車両を運ぶフェリーは、いちき串木野市から11時20分発の予定です。ちなみに、乗客だけを運ぶ高速船は北にある薩摩川内市から出港していますが、が!、待合室にいた若者に聞いたら「今日は欠航、フェリーは動いているらしいから、いちき串木野市のフェリー乗り場へ行きなさい、と云われ、タクシーで来た。」と話していました。

そうなのです!海は非常に大荒れでした。

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岸壁にさえぎられた港内でも、波が激しい。
空は厚く黒い雲が覆い全体が暗く、おまけに雨を伴った風も強い。

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時々、晴れ間が見えて日が一部だけど差すときがあるが、フェリー岸壁の上にある吹き流しをご覧下さい。

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ものすごい強風です。出港出来るのか?どうか、職員の方に聞いたら、一応向こうの島からは出たので11時前には到着する、折り返し島へ出港する、とのこと。
ただし、その時の状況次第では、取り止める時もある、と話していました。
今、駐車場で車の中でblog創っていますが、キーボードを打っている最中にも、強風で車が揺れるのです。左右にユラユラ、というよりゴーゴーと、車がひっくり返るんじゃないか?と怖くなるほど。
だから、もし、欠航となったら諦めるしかない。
せっかく、ここまで来たのに・・・。

公園では、キリシマ・ツツジがきれいに咲いています。

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花は雨にも負けず、風にも負けずに、健気に花を咲かせていて強いですね。

20年ほど前に、平凡社から出版されている「太陽」の別冊で「日本の秘境100選」という本を読んだ時、思わず心が揺さぶられるページに出会しました。
それが、甑島のナポレオン岩。高さ120m以上もの高さの、海上に突き出ている、それこそナポレオンの横顔そっくりな岩島でした。
いつかは、行って見てみよう!
「見なずに死ねるか!」の気持ちです。

ただ、自然には勝てない。この荒天の中、待つしかありませんが、いつまでも待てない。
ここしばらくこの天候続きそうだから、もし11時20分の船が欠航になったら諦めます。
家庭の事情で、いつまでも旅を続ける訳にはいかないのです。

今回の「春の旅」、天はわれを見放したか?
もう二度と来ることはないここ鹿児島の港の地、
リベンジなど出来そうにない。
神様!どうか荒れる海を静めて下さい!
祈ります!

さて、甑島へ渡ることが出来るのか?
はたまた欠航となって諦めて帰路につくのか?
それは夜のblogで答えます。
現在9時48分。10時20分には、乗船手続きが開始される予定です。

それでは、またのちほど !

道の駅「五木村」で車中泊するも今朝も小雨模様。それでも午前中は晴れてくれて、人吉市内を初めてサイクリング。自転車を持ってきて良かったです。

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まずは、人吉駅と我が愛車です。
午前中は暑いくらい。市内を走り、人吉城へ。天守閣も櫓もない、城跡だけですけど、結構城内は広い。

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三の丸から市内を眺めます。
日本三大急流の一つ、球磨川が東から西へと流れている。

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その後は、肥薩線の素敵な木造駅舎を見学する旅へ。
まず、最初に大畑(おこば)駅。

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駅舎の中には、まるで幸福駅(帯広郊外の旧広尾線の駅で、愛の国から幸福へ、で有名でしたね)のように名刺がたくさん貼られている。すごい数で、四方の壁すべてに貼ってある。

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続いて、隣の駅で肥薩線最高地点の700mを越す高さにある矢岳(やたけ)駅。

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たまたま特別列車がやって来た。ここで、10分間休憩するという。

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とてもチャーミングなアテンダントさんが二人もいた。

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一緒に撮りませんか、というので私と写したのもありますが、それは恥ずかしいのでパスしますね。
続いて真幸(まさき)駅。真の幸せ、ということで愛のベル(鐘)がプラットフォームにある。

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ここでもスイッチバックしながら特別列車が入って来ました。
かなり豪華な列車です。

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駅の間は短い距離なのだが、車でいくとかなりの遠回りをしなくてはいけない。
この三つが肥薩線の3大秘境駅。でも、鉄道マニアの間では有名な駅で、訪問する人もいる。
矢岳駅へ行くのが、一番大変でした。

大畑駅と矢岳駅は熊本県人吉市、真幸駅は宮崎県えびの市。
そして、木造駅舎としては、文化財にもなっている二つの駅を見学するために鹿児島県へ。
ついに最南端まで来てしまった。もちろん、沖縄が最南端ですが、今回の私の車での「春の旅」は鹿児島が折り返し点、ここでUターンするので、鹿児島が南端なのです。
予定では、明日いちき串木野市からフェリーで甑島へと向かいます。

さて、薩摩横川駅。

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建てられてから115年ほど経過している駅舎で、国の文化財にもなっているほど。
かなり大きい建物です。

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撮影していたら、ここにも先程とは別な特別列車がやって来ました。

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この二つの特別列車、以前テレビで拝見して覚えていましたが、人気なんですよね。各駅で、休憩して鉄道の旅を楽しむことが出来ますね。

最後に、ここを訪れたかった。
嘉例川駅です。

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良い味出していますよね。北海道にはない、歴史を感じさせる古い駅舎、懐かしさと哀愁があります。110年以上も耐えてきたのは、やはり降雪がないこと、屋根に積雪すると痛みます。
それに凍結すると板は割れるし、長持ちしない。
暖かい地方だからこそ1世紀以上も耐え続けてきたのでしょうね。

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というわけで、今日は肥薩線の5つの駅を訪ねました。列車に乗ると、わずかに2~3時間くらいかな?もっと少ないかもかも。
でも、駅舎とその周辺を見たかったのです。そこへ辿り着くまでの道のりも楽しみたかったし。

今夜は薩摩川内市の道の駅。7時を過ぎたらやっぱり雨が降ってきた。ほとんど毎日雨降り。
4月にして、西日本はもう梅雨ですか?
北海道、函館の天気を毎日チャックしていますが、毎日晴天の日が続いていますね。
こっちは、どうして雨ばかりなのか?
やっぱり、自分が雨男?だからか・・・。

ではまた明日!

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