函館発  ぼうけんの旅

旅が大好き!2013年4月から始めて「ぼうけんの旅」は今年で12年目に突入。 車中泊中心の貧乏旅行の旅、今年で72歳を迎えいつまで続けれるのか?今のところ体力・気力はバッチリ。 いよいよ「2025 年ぼうけんの旅」は4月「春の旅」からスタートです!

2025年が明け今年は73歳を迎えて、体力的には厳しくなってきている車中泊の旅。いつまで出来るのか?まずは75歳を過ぎるまでは続けていきたい!と。未知の地を訪ねて、行くぞ!軽バン一人旅の始まりです。

2014年02月

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 さて、今日は終点「湯の川」から数えて4番目の電停、「駒場車庫前」です。文字通り、駒=馬
の場所の前、ということで、隣には競馬場があります。日本最初の競馬が行われた函館競馬場
のことです。競馬に関しては、次回詳しく紹介しますが、ここは実は1934年(昭和9年)の函館
大火により車庫や整備場が移動してきたので、先にあった競馬場の名を使用した町名、駒場町
の車庫、で名付けられました。
もともとは新川車庫というのが函館駅の近くにあったのですが、大火で新川町は壊滅的火災で
焼失したからです。この火災についても、以前「函館慰霊堂」の建設で紹介しています。
なにせ、世界中に知られた函館大火の犠牲者は2166人、慰問のためにその年来日したオール・
アメリカン・メジャーリーガーたちと全日本代表チームが初冬の11月、わざわざ函館で試合を組ん
だほどです。来日した選手はベーブ・ルース、ルー・ゲーリックら。日本側には沢村栄治、スタル
ヒン
らがいて彼らは湯の川の温泉旅館に宿泊しました。
この項も、年末に詳しく紹介していますので興味のある方は、是非閲覧していただければうれしい
です。

 さて、まず電停です。
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車庫を見ましょう。
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雪で汚れた車体を洗っていました。

何台も待機していますね。
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ここには、碑も建っていました。
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下の案内文をズームしましょう。
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最初馬車鉄道からスタートしたのですね。そして1913年(大正2年)電車へと変わり、今や
函館の重要な観光資源の一つにもなりました。
1日あたりの乗客数は約18000人。環境にやさしい電車は、二酸化炭素排出量が自動車の
20%といいます。
レールの幅は、馬車鉄道の軌道をそのまま利用したため狭軌の1372mmを採用していて、
この幅は函館と東京だけです。だから、東京の中古電車の購入したわけですね。
その他の都市の路面電車の軌道はJR在来線と同じ1067mmが9か所、新幹線と同じ標準
軌道の1435mmを採用している都市は7か所となっています。
近くを見ましょう。
私の卒業した幼稚園。
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湯の川カトリック幼稚園。車庫の隣にあります。私が2回目の卒園なので、創立は1955年。
私は1952年生まれ、1956年4月に入園し、2年間学び1958年3月6歳で卒園していますので
創立は1955年なはずです。来年で創立60周年を迎えることになりますね。

以前テレビで紹介された日本1安いガソリンスタンドです。
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この時は151.8円。カード会員だと2円引きで149.8円。今日2月28日、先ほど入れて来ましたが
146.8円でした。今150円を切っているのは全国的に見ても珍しいのでは?もっと安いスタンドが
ありましたら、教えていただければうれしいです。
歩いていて函館を名所を紹介するマンホールがありました。
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五稜郭で縁取りした公会堂ですね。
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市の魚(?)に定められたイカですね。

ということで、明日は「競馬場前」を紹介します。それではまた明日 

昨日に引き続いて公告電車を見ましょう。

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なんと、昨日話した以前私が勤めていた学校法人の電車が目の前を横切りました。
正面に回ると、こんな感じ。

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2年連続継続して広告出しているんですね。

それ以外の電車もありました。これは地元の金融機関、「函館信用金庫」。

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「はこしん」と呼ばれていて、その名がそのまま付けられていました。
広告のない電車もあります。これは確か、東京の都電の中古を30万円で購入した電車のはずです。ただ、輸送代が90万円かかったそうで、それでも格安の購入だった、という昔の新聞記事を覚えています。

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そういえば、東京で学生時代を過ごしていた時、遠い親戚にあたる家を訪問したことがあり、旧国鉄、今のJR王子駅で下車したら、都電が走っていて驚きました。東京でも函館と同じ路面電車が走っているんだ!! と。もっとも東京の方がいち早く電車が走っていましたが、当時はおのぼりさん、18才の田舎から出てきた少年には、すべてが珍しい光景だったのです。

もっと、市電を探るためにカードを購入しました。イカすカードといいます。

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1000円ですが、1080円分使用出来ます。80円のお得ということ。パンフレットももらって来ました。

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ここでは、まだ紹介していない復元チンチン電車の箱館ハイカラ號がありました。

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実は、これ台車は1910年(明治43年)に製造されたものですが、車体は1993年(平成5年)に復元製造して完成させています。

さらに、珍しい除雪電車。ササラ電車と云います。

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台車は1920年(大正9年)に製造されたもので、1934年(昭和9年)の大火で焼失した客車を補うために、当時の東京市電から購入しています。当時、東京市だったんですね。1938年(昭和13年)から除雪電車として改造し使用していて、今も現役です。

花電車と呼ばれる装飾電車もありますよ。1936年(昭和11年)に「函館どつく」で製造された電車を改造し、函館港まつりの期間中のみ走行しています。8月1日から7日までの1週間のみ限定走行、残念ながら私たちは乗車不可です。

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今までとこれからの電停を紹介します。

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終点の湯の川からまだ三つ目ですね。

というわけで、これからも電停を次々と紹介していきますのでお楽しみに!!

ではまた明日

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きました。今のPC3年目に突入し、どうも調子が良くない、逆らうようになってきました。
どうやら、反抗期に入ったような?いやただ、ことらのメインテナンスが悪いだけでしょ
う・・・。
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 さて、今日は広告電車について詳しく紹介します。3日前に広告電車のことを少しだけ
紹介しましたが、実は調べた結果多少違っていたことが分かり、今日は訂正と詳細をお
知らせします。

 一番目に紹介するのがこれ。
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函館を代表するスイーツのお店。「スナッフルズ」。ケーキ始めチーズオムレットが有名で、
最近は全国に知られるようになりました。正面の「顔」を見ましょう。こんな顔?
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広告料金は年間120万円(税別)でした。つまり、月10万円とのこと。それ以外に塗装や
ラッピング費用が、中身によって80万円から100万円程度あり、さらに解約した時に元に
戻すための復元作業代20万円を契約時に支払うことが条件になります。
これは、2013年(平成25年)10月現在の料金ですので、今年4月から消費税の8%アップ
に伴い、料金体系は変わるかもしれませんね。

この電車は、函館の和菓子のメーカーである「函館千秋庵(せんしゅうあん)総本家」。
元祖「山親父」のせんべいも知られていますが、どら焼きも有名です。1860年創業ということ
ですから、実に150年以上の歴史があるのですね。開港からわずか5年後に創業したわけで、
函館の企業の中では歴史のある古株の一つですね。
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1975年(昭和50年)から車体広告が登場しましたが、現在は全国的に人気が高く広告主が
順番待ちをしているとのことで、その数10を越えることがあります。それだけ人気があるわ
けですね。

なぜ、人気なのか?その秘密は、函館では映画、テレビドラマ、旅番組、CM、ポスターなど
のロケーションが非常に多く、その1シーンに登場すれば一躍全国に知られ宣伝効果が飛躍
的に高まるというのがあります。だから、全国的な企業もあるのです。例えば、これ。
日本最大の証券会社の「野村証券」です。時速30kmほどの速度で走っているので、シャッター
チャンスを逃し遅れてしまった。スミマセン。
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続いて全国チェーンのパチンコ店の「マルハン」。
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などなど、全国的企業もありますが、地元の企業にとっては函館のシンブル的存在である
市電を自社ブランドで飾って市内を走ることが、一つのステイタスになっていることです。
だから、市内の会社では広告電車を走らすことがブームなのです。現在一般の営業車両
30台のうち、箱館ハイカラ号などオリジナル・カラーの運行がある5台以外の25台に車両
広告が成されています。だから、広告のない電車もあったのですね。
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公的機関も広告もあり、北海道警察やこの電車、「函館けいりん」。函館市が経営しています。
さらに、これは「みんなで築こう 人権の世紀」と書かれたのは法務局かな?お堅いところが
なかなか粋なことをしますね。
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地元の水産会社である「長谷川水産」ですね。何日か前にも「ハセガワストア」の広告もあり
ましたね。あのGLAYおすすめの「焼き鳥弁当」で有名な。
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なんとNHKまで広告していますよ。NHKのどーもくんです。
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顔を見ましょう。
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右の2は系列の番号。バリアフリーのノンステップ車なので、車椅子マークが付いています。
日本語だけではなく、もちろん英語を始め中国語、台湾の漢字、ハングルで書かれています
ね。たくさんの外国人が利用しているからです。「百」は昨年開業100周年を迎えた意味から
です。


そんなわけで、函館市電がいかに人気があり広告主になりたい企業が順番待ちしている
ことがお分かりになったことでしょう。私が以前勤めていた学校は、私立でしたので広告
電車を1年間走らせていました。学校法人の名前で宣伝しており、それは学園全体のパン
フレットやポスターにも利用されていて、大いに宣伝効果があったはずです。大学などは
全国から学生を募集するわけですから、函館の市電を利用してその広告電車を1ページ
載せるだけで効果抜群!まして表紙を飾れば、まるで旅のパンフかのよう!?

ということで、今日は広告電車の一部を紹介しました。今日紹介しきれなかった電車は、その
うちこのブログでも紹介します。もしかしたら、あなたの会社が登場するかも知れませんね。

それでは、また明日   

 湯の川温泉電停から歩いて300mほどにあるのが、市民会館前。ホントは、市民会館が
完成してから出来たので、電停の中では一番新しい。市民会館が出来る以前は、先の湯の
川温泉電停か、この先の駒場車庫前で下車し、歩いて来なければ行けなかったからだ。
この電停が出来たお陰で、歩いて直行出来るようになった。
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市民会館と隣接する市民体育館はどうなっているか?というと。
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現在、公園を取り壊し、新会館と体育館の建設中でした。奥に見える左側が市民会館。上の
写真が市民体育館。
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2年後の2016年に完成とのこと。この写真、電停前にあった、札幌市民生協の湯の川店の
2階屋上駐車場から撮影しました。

市民体育館には思い出がたくさんありますが、一つは1981年(昭和56年)のプロレス大会の
ことです。新日本プロレスが全盛期のころ、なんと5600人という超満員札止めのレコードを打
ち立てたのです。初代タイガーマスクVS小林邦明、長州力も登場し、メインイベントにアントニ
オ猪木・藤波辰巳・ハルクホーガン組VSラッシャー木村・アニマル浜口・名も忘れた外国人レ
スラーの6人のタッグ・マッチでした。
2階席も満席、立ち見もいっぱいの・・・という私の偏見と独断のノスタルジックな思い出でした。
プロレス・ファン以外の人は何云ってんの?という白い眼で見る感じでしょうね。笑って下さい。

その市民生協です。
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3階までありますが、汚れた窓越しに写すよりも、2階の屋上の方がきれいに写りました。
2階の文教堂の本屋と一緒にレンタルビデオショップのGEOがあります。時々、準新作・
旧作を1週間1本50円という安値でレンタルする時があり、映画ファンとしてはうれしい限
りです。夜の長い冬には、レンタルビデオで日本を、世界を知れますからね。

生協の隣のビル、TIUビルの2階にあるのが「LONG  WALK」というイギリス
直輸入卸業のお店です。紅茶・アンティークジュエリー・雑貨・ツアープランなどとにかく
イギリスに関することならお任せのお店。
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経営者の方です。
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お姉さんがイギリスに嫁ぎ、何度も渡航し英国商品の販売などを手掛けるようになったのです。
お茶も飲めるようになっています。
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広くはないけど、イギリス直輸入の商品がびっしり。
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なかなか素敵なお店ですね。

ここの電停の近くには、こんな建物も。
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国立の視力障害センターといって、障がい者の方に自立の支援を行っている施設です。
今は雪に埋もれていますが、歩道には黄色の点字マークで道を示したり、横断歩道は
音楽で知らせる、周辺の学校教育はノーマライゼーションと云って障がい者とともに生活
するための授業が行われています。
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全寮制で、全国各地から集まっています。
近くの鮫川公園も雪で埋まっています。5月初旬、桜の花がきれいに咲きほころびますが、
、まだまだ春は遠いですね。
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では、また明日 


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たらコアラの絵を押して頂ければ、うれしです。

 さて、昨日スタートした路面電車の旅、今日は二つ目の湯の川温泉電停を紹介します。
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その前に、終点の「湯の川」から歩いてここまで来ましたが、湯の川の名物を二つほど紹介
します。
一つは、超レトロな温泉銭湯。大正ロマンあふれる山内温泉「長生湯」です。
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中はさすがに写せません。今度客が誰もいない時にカメラに撮りたいですが、常連の
高齢者がいつもいて、しかも長湯。いつになるかは分かりません。なにせ、名前が長く
生きる湯と書いて、「ちょうせいゆ」なのだから。
もう一つの名物。団子屋の「銀月」。
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ここは美味しいです。昔からここの三色団子が大好き。あんこ、しょうゆ、ごまの三つの
団子。スイーツの美味しい函館の中でも、和菓子の美味しい素敵なお店もあるのです。

海岸線から直線距離にして約500mくらいだが、松倉川と鮫川の沖積平野で出来た平坦な
土地だから、海抜5m。満潮時は、ここまで海水の波が押し寄せることもあります。だから、
カメモも飛んでいます。
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温泉街の中心はここ。ホテル、旅館に行くにはここで降りて歩いて行くのがベスト。終点の
「湯の川」では行き過ぎてします。ここで、下車し海側に、つまり南の方角へ行くと海岸沿い
に何軒ものホテルが連なっています。
日本一空港に近い温泉街」を謳い文句にしているここ湯の川温泉は、函館空港から車で
5分の距離。バスでも10分かかりません。
温泉旅館協同組合に加盟している大手の旅館・ホテルで21軒。未加盟の民宿などを入れる
と30軒以上の宿泊施設と日帰り入浴施設(温泉銭湯)が5軒ほどあります。

ちなみに、温泉ランキングでは全国15位。旅行会社の日本旅行が選んだ温泉地ランキング
ベスト100では、1位は草津温泉(群馬県) 2位湯布院温泉(大分県) 3位登別温泉(北海道)
4位黒川温泉(熊本県)  5位指宿温泉(鹿児島県)  6位下呂温泉(岐阜県)  7位道後
温泉
(愛媛県)  8位有馬温泉(兵庫県)  9位別府温泉(大分県)  10位が城崎温泉(兵庫
県)と出ていました。いずれも知名度抜群の温泉街ですね。

無料で利用出来る足湯もあります。
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ここに、歴史が書かれていましたので紹介します。
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大正時代に「千人風呂」と呼ばれる日本一の大浴場があったそうですね。

最近は韓国、台湾からも観光客が大勢来ているので中国語やハングル、もちろん英語も、
そしてロシア語の表記もしています。この古い写真の橋は鮫川に架かる橋ですね。
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今だと、木造ではなくコンクリートの頑丈な電車も通る立派な橋。
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碑も建っていました。
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函館は毎年500万人が訪れる国際的な観光都市ですが、そのうち宿泊客は300万人。
大雑把に言うと、1日1万人近い人が観光客として市内に滞在していること。人口27.5
万人の函館市だが、実質は28.5万人といっても差し支えない。300万人のうち、湯の川
温泉に宿泊する観光客は180万人。120万人は函館駅周辺か五稜郭地区。湯の川の
1日あたりの宿泊客は約5000人。湯の川で消費してくれるわけだから、経済効果はとて
つもなく大きいことが分かる。

第一次世界大戦が終わった1918年(大正7年)には、函館駅から、湯の川温泉まで海岸線
を通る日本初の有料道路が開通したのです。当時は東京以北最大、仙台や札幌をしのぐ、
日本の都市では10位になるほど繁栄していたことが分かりますね。
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湯の川遊園地」が出来て、動物園、人工滝、竜宮城など巨大エンターテイメントな場もあった
のです。
明治の頃(19世紀末から20世紀前半)は、「函館の奥座敷」と云われた湯の川温泉は豪商たち
の別荘が立ち並び、鉄道馬車で多くの人たちを運び賑わっていたのです。1950年代(昭和30年
代)の北洋漁業が盛んだったころまでが華でした。全国から集まる船員たちが、出航する日の朝
まで食べて飲んで、芸者さんたちと豪遊していたのでした。私が子供のころのこと、芸者さんの集
まる建物、「検番」に化粧の濃い芸者さんがたくさんいたことを覚えています。

というわけで、今日も日本1がいくつも出て来ました。
明日は、隣の電停、と云っても距離にするとわずかに300mくらいの「市民会館前」を紹介します。
それでは、また明日 

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最初にランキング・ポイントが点く「日本一周」を持ってきました。最近PCの調子が悪く、思う
ようにブログを作れず落ち込んでいましたので、これで直ってくれれば良いのですが・・・。

 さて、函館市電、全国に20もない路面電車のことですが、それを一つ一つ旅して行きます。
その第一弾。終点にある「湯の川」から見て行きます。
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場所はどこか?というと、市街地の東、で扇形に広がった函館市の右手小指の辺りかな?
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光が当たりすぎて良く見えないけど、赤でマークされたところです。
紫色が電車の路線です。

たまたま電車が入って来ました。
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これも広告主がいる電車ですね。「市民の台所」と書かれていますが、どこの会社かな?
地名は湯川(ゆのかわ)と表記されますが、電停つまり電車の停留場の名は「湯の川」です。
幕末に蝦夷地の隅々まで探検した松浦武四郎「蝦夷日誌」に「湯川」と書いており、一般
的には「の」が付きませんが、観光客に分かりやすく「湯の川」としているのでしょうね。

湯の川というくらいだから、当然温泉があります。
今から約550年ほど前の1450年ころというから室町時代にあたりますね。木こりが、この地で
湧き湯を見つけ腕の傷を癒した、という伝説があります。
湯川温泉発祥の地」の碑もありました。
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その木こりが、お礼に建てた祠がここに建つ湯倉神社の起源となります。
さらに時代が過ぎて、江戸時代前半の1653年、難病を患った松前藩主9代目の松前高広
幼名を千勝丸が、湯倉神社の境内に噴出している温泉に入浴したところ全治しました。
母の清涼院はそのお礼に社殿を建て直し、黄金の薬師像と中国の金で製造された鰐口を
贈りました。それはいまでも社宝として残っているそうです。鰐口というのは、お賽銭箱の上
にある金属製の太鼓のようなものですね。よく下がっている太い紐を引っ張ると、カーン、カ
ーン鳴りますね。ワニグチの意味はアリゲーターのマウスから来ているのかな?
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そうえいば、湯川商店街ののお祭りを「千勝祭り」といいますが、それはこの松前藩9代の
千勝丸から由来するのですね。
語源にも書かれているように、「ユベツ」、湯の川の意味で、「湯の流れる川」から来ていま
すね。

それでは、湯倉神社を見ましょう。
まず、案内板がありましたので、読んでみます。
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先に紹介したことが書かれていますね。
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朱塗りの大きな鳥居へと階段を登ります。
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1869年の戊辰戦争最後の戦いである箱館・五稜郭の戦いでは、旧幕府軍総裁榎本武揚
傷病兵を温泉療養させるとともに、自らも入浴し、「ここを100尺(30m)も掘り下げれば50度の
温泉が湧き出る」と言い残しています。
あの新選組副隊長の土方歳三も、ここの湯に浸かったのです。それを思い出して、温泉に入る
ことにしよう。
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本殿の隣には「御神木」がありました。
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「千勝祭り」に使用する御神輿もあります。
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近づいて見ましょう。
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立派な神輿ですね。七福神の中の二人が鎮座していますね。誰でしょうか?大黒様?
布袋様?教えていただければありがたいです。

最後に稲荷神社も。まるで、京都稲荷神社のミニ版。千本鳥居の百分の一かな?
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というわけで、今日は終点の「湯の川」電停を紹介しました。
明日は一つ上って「湯の川温泉」を見て行きます。それでは、また明日

2014年現在、路面電車は全国でわずか20都市ほどしか走っていません。かつて、先進の
都市交通機関だった路面電車は、1932年(昭和7年)には65都市で市内のメインストリートを
走っていたのに。
東京以北では、札幌とここ函館だけです。
函館の路面電車は、1897年(明治30年)に登場した馬車鉄道を引き継ぐ形で、北海道初
の路面電車として1913年(大正2年)に走り始め、2013年(平成25年)6月に開業100周年
を迎えました。RIMG2980























下の写真は広告主のある電車。昨日紹介した函館B級グルメの代表ともいえるハセガワ
ストア
が広告主になっていますね。あのロックバンドのGLAYが大好きな「焼き鳥弁当」を
売っているお店です。市内に10店舗ほど出しています。
上の写真は、まだ広告主がいませんね。1台1年契約で100万円ということですから、観光
都市函館を1年間走らすなら良い宣伝効果がある、と思いますが。企業の広報部の方は
如何ですか?
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電車の車庫のある「駒場車庫前」にある「函館馬車鉄道記念碑」には、たくさんの撮り鉄ファン
が来ています。なにせ、東京、札幌、函館以外では豊橋、富山、高岡、福井、京都、堺、岡山、
広島、高知、松山、長崎、熊本、鹿児島くらいしか走っていないのですから。
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1時間にどのくらい走っているのでしょうか?下の時刻表をご覧下さい。ピークの時は
10分に1本の割合かな?やはり通勤・通学のために午前7時から午後6時までの間は
1時間に5本は走っていますね。東京と違って、夜が早い函館では午後7時以降は少な
いですね。最終が21時47分とは、早すぎますね。でも安心下さい。ほぼ並行してバス
が23時ころまで走っていますので。
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このような、低床のバリアフリーの電車も走るようになりました。ラックル号という名で走って
います。
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そんなわけで、明日からは一つずつ電車の停留場、電停を紹介していくことにします。
そrでは、また明日 


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12月中は、この壁にたくさんのサンタクロースがよじ登っていたのに、年が明けると一人も
いなくなってしまった。また、今年の12月まで会えないのかな?
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西波止場という名のお土産屋さん。やっぱり、海産物が人気かな?函館はイカの塩辛やスルメ
始め水産加工の会社が多く、競って生産していますからね。私が勤めていた時は、担当が就職
指導部だったので、市内外の水産会社によく顔を出していました。つまり、「我が校の生徒を採用
しませんか?」と。
市内には100社以上の会社があるはず。いずれも中小企業ですが、中には全国に販路を広げて
有名な企業もあります。人手不足を補うために、中国人研修生を採用している会社も。
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正面のホテルは「ラ・ビスタ ベイ 函館」 何度も紹介しているますが朝食日本1の
ホテルです。

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全国に誇る函館のB級グルメ、函館および近郊限定のラッキーピエロ長谷川ストアが並んで
建っています。ラッピと呼ばれるファーストフード店は、ハンバーガー始めカレーライスなど様々
な商品を用意し、今では遠く札幌からの車で食べに来る客も多いといいます。
一方、これまた地元の長谷川ストアの「焼き鳥弁当」はあのGLAYお気に入り。昨年の緑の島
野外ライブで全国に知られ、シーズンは観光客の長い列が絶えませんでした。市内には、10
くらい店舗を開いているので、他を利用した方が時間を無駄にしなくて済みますね。

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カリフォルニアベービー」は映画「居酒屋兆治」で高倉健加藤登紀子がよく登場していた
お店。伊丹十三、大原麗子、田中邦衛、ちあきなおみ、平田満、池部満、大滝秀治なども出
演していました。
1983年の作品だから、もう30年以上もの昔の話。人気メニューは「シスコライス」。調べたら
1992年の邦画「いつかギラギラする日」でもロケに使われたそうな。
映画では、今と違って観光客が来る以前の寂れた金森倉庫群が主な舞台。今でこそ函館観
光の人気スポットになっているが、1983年だとホラー映画の舞台になってもおかしくないほど
廃れていました。
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歴史的建造物が立ち並ぶ周辺。ガラス工房などもあります。

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旧茶屋亭。明治末期の海産商の店舗で、当時の港町函館の隆盛を伝える典型的な
和洋折衷の建築物です。1988年函館市の伝統的建造物に指定されています。
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そんなわけで、金森倉庫群周辺を歩いて見ました。ここ数日、日中はプラス気温へなり、積も
っていた雪も少しずつ融け始めてきています。でも、朝方はまだまだ冷えている。今日もマイ
ナス10度まで下がっていて、起床する前にタイマーでストーブを焚いているから起きれるもの
の、依然として寒い冬のままです。
まぁ、春は必ず来るのでそれまでの辛抱ですね。それでは、また明日 




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 昨日の続きです。金森倉庫の中はショッピング・モールとなっていて何十店も入って
います。
こんなキャラクターのところも。彼の名前はユメール君。
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右の男の子はポストになってる。何のポストか?というと。
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クリスマスカード専用ポスト。
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サンタクロースの歴史が書かれていました。
ここのコーナーでは、サンタメールの小物類がたくさん売られていました。
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カップルばかりで暑い室内を出て、函館湾を見に外へ行こう。
ここに、先月12月26日朝まで、高さ20mの、カナダ・ハリファックス市からプレゼント
された大きなクリスマス・ツリーがあったのだが・・・。
今はなくなっている。
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ひと月前の昼間の光景。
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クリスマス前の夜。無数のLEDで彩られている。
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というわけで、金森倉庫群のこの一か月紹介しました。
明日は壁をよじ登るサンタクロースが片づけられた倉庫を見ながら周辺を歩いて見ましょう。
12月のブログでは、サンタクロースが何人も壁をよじ登っていましたね。今はすっかり消えて
しまった。そして、凍てつく寒さだけが函館の町を覆っています。
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それにしても、寒さが厳しくカメラのバッテリーがすぐに消耗し、充電マークが点く。氷点下以
下になると、バッテリーの消耗度は激しく、さらに冷えると作動しない時も。
カメラに寒さは禁物です。暑くてカメラが動かない、ということは聞いたことがないけど寒くて
シャッターが押せない、というのはよくあること。それよりも指がかじかんで上手に押せない。

そんな、寒い季節の2月もあと1週間。早く3月になって欲しいなぁ。

それでは、また明日 

 12月にクリスマス・ファンタジーが行われた港へと歩いて行きます。幕末から明治時代
にかけて造られた倉庫群があります。北洋漁業が衰退した時期は、廃墟のようになって
いましたが、バブル期前後あたりからか、全国から観光客が押し寄せるようになり、今も
台湾・韓国など海外からもたくさんの観光客がきています。 
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レンガ造りの倉庫群がいくつも並んでいて、その中に入って見ることにしましょう。
この建物がいいかな?
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さすがに1月半ばだと冬シーズンも終盤、「SALE」が行われていますね。柵で囲まれた
向こうの入り口から入ることにしよう。
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雑貨屋さんがいくつもお店を出していますね。
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25周年、ということは1989年かな?出来た年は。こんなゆるキャラも。
イカは函館市の「魚」ということになっている。けどイカは魚に分類されないはず?
でもイイカ!?
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これは、何だろう?時計のような?オルゴールのような?ホントに何だろう?
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久しぶりに来たので、新しいものが多い。お店も新規参入のもあるのだろう。
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おっ、地元のスイーツ、スナッフルズの店だ。ここは美味しい!!特にチーズオムレットが。
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北海道を代表するチョコレート・メーカーのロイズもある。ロイズは千歳空港のミニ工場まで
あるし、資料館まで用意してお客さんを楽しませている。チョコレートの原料のカカオや製品
が出来るまでの過程を詳しく、分かりやすく説明している。チョコレートが食べられるような
なった歴史も紹介している。近代ヨーロッパの貴族たちの嗜好品として、食されるようになっ
たのですね。  しかも無料。さすがに千歳は大きいだけある。

明日も、ここから紹介します。では、また 

 開国する前の箱館に、1769年淡路島(現在の兵庫県洲本市)の農民の子として生ま
れた嘉兵衛がやって来た。漁業に従事し、廻船に乗る。船頭となり、資金を貯めさらに
廻船業者として財を成した彼は、蝦夷地経営に乗り出し1797年箱館の地にやって来た
のだった。
 近藤重蔵、間宮林蔵、最上徳内など江戸幕府の役人たちと接触し、信用を得て蝦夷
地交易を許可されたのが19世紀の初め。彼は箱館の北洋漁業の基礎を築いた功労者
である。
 今はロシア領となっている国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島の北方領土で漁場を
開き、アイヌの民を雇って漁法を教え、彼らの生活向上に資した。
 1806年、箱館は大火で町の大半が焼失した時、嘉兵衛は被災者の救済活動と復旧
事業を率先して行う。井戸掘り、道路の改修などまさにインフラを自己資金で行ったのだ。

 そんな嘉兵衛の資料館が西部地区にあります。
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1801年、33歳の時に幕府から苗字帯刀を許されて、「高田屋」を名乗るのは、大火の5年前
だった。
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蔵の前に「造船所跡地」の碑ああるけど、嘉兵衛は兵庫から腕利きの船大工を多数呼び寄せ、
幕府の船である官船始め多くの船を建造していったのです。
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日本初のストーブ使用の碑もありますね。
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1811年、ゴローニン事件が起きます。日本史の教科書にも登場するので知っている方も
多いと思いますが、幕府が根室でロシア軍人ゴローニンを幽囚した報復として、嘉兵衛は
国後島で捕えられます。嘉兵衛は翌年帰国しその後も箱館のために尽力しますが、1827
年59歳で死去しました。

近くに二階建てバスがありました。知らなかったです。こんなのがあるなんて
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というわけで、今日は開国前の箱館を発展させる基礎を創った江戸時代の海商、廻船業者
の高田屋嘉兵衛を取り上げました。彼の銅像は、市電通りの宝来町電停付近、函館山を見
上げる護国神社の坂に建っています。なぜなら、そこは嘉兵衛の旧宅があったところで、今
は高田屋通りと呼ばれている場所だからです。
生誕地の兵庫県洲本市には高田屋嘉兵衛翁記念館、高田屋嘉兵衛公園もあります。いつか
は訪問してみたい。

それでは、また明日 

 以前お伝えした「赤毛のアン」のグリーン・ゲーブルズのレストランです。
カナダの作家L・M・モンゴメリが1908年に発表した児童文学の長編小説ですね。グリーン・
ゲイブルズは直訳すると「緑の切妻屋根」という意味ですが、孤児院暮らしだったアン・シャー
リーが、11歳でカスバート家に引き取られてからクイーン女学院を卒業するまでの少女時代
5年間住むことになる家のことです。
つまり、このレストランのように緑色の切妻屋根のことですね。
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作家モンゴメリが、生まれ育ったカナダ東海岸のプリンス・エドワード島も冬はこんな雪が
積もっているのでしょうか?おそらく寒い地域ですので、雪質はサラサラ雪で軽くてホンワカ
な触感だ、と思います。というのもこの近くのノバスコシア半島のハリファックス市は函館の
姉妹都市だからです。同じような自然環境と五稜郭の城郭を持つ都市として姉妹都市の関係
を結びました。毎年クリスマスの季節、ハリファックスから届く高さ20mのモミの木にイルミネー
ションを付けて函館では「クリスマス・ファンタジー」としてお祭りしています。

 日本で一番美しい坂道の「八幡坂」を下から見上げます。
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函館山を望む真下にありますね。正面の坂が、函館西高校へと続く坂道。坂の右側の上には
ロシア国立極東大学の校舎があります。きれいな素敵な坂道ですね。

 こんなビアホールもあります。まるで大正時代のレトロな建物ですね。
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そして、創業1879年(明治12年)4月北海道初の西洋洋食店を開いた「レストラン五島軒」。
初代社長となった若山惣太郎氏が、市内末広町に開業しましたが屋号は初代料理長の
五島栄吉氏に由来します。
 日本で初めてコーヒーが出された店であり、日本初のカレーライスが提供されています。
現在のカレー味は、初代料理長が函館ハリストス正教会でロシア料理を習得したことから
始まり、大正時代に2代目料理長の若山徳治郎氏が、帝国ホテルで修行し会得したものに、
地元の食材を生かしてアレンジしたものです。
料理の本場、フランスとの交流に長年携わってきたことからレジオンドヌール勲章を受けて
います。
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教会かな?と思ったらこんな素敵な建物のレストランもありました。
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南部坂を登ると、南部藩陣屋跡があります。南部藩、つまり盛岡藩のことですね。幕末、開港に
伴い治安維持などの目的で幕府は南部藩に命じ、藩から人手を出して警護に当たったのです。
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そこは旧NHKのあったところでもあります。
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NHK函館放送局誕生の地、と出ています。
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というわけで、雪の函館・西部地区の、今日は素敵な建物・坂道などを紹介しました。
では、また明日 




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 未知なる土地への憧れ、それが旅へと心を動かしますが、それの原点と言えるものが
12歳の時、小学校6年生の時のことです。友人と自転車で遠く離れた親戚の家まで、峠を
二つ越えて行きました。地図もなく、一度行ったきりのバスの旅を思い出しながら一本道を、
吹き出す汗を気にせず必死にペダルを踏みしめて・・・。そんな少年時代のほろ苦い出来事
を思い出します。砂利道だった当時の道、埃だらけになりながら、おまけに当時の自転車に
は切り換えなどなく、重い車体、足がやっとペダルに届く大きな大人の自転車。ただひたすら
坂道をこいで、親には内緒で出かけた疲れて苦労ばっかりした休みの日の思い出。


 昨夜BS・NHKで、それを思い出したのがこの映画、音楽。
12歳の少年4名が、1泊二日のキャンプに出掛ける。誰にでもある少年時代の秘め事。
子供だから出来る、小さなぼうけんの旅。それがこれ。








それでは、昨日の続き、大沼国定公園を見ます。タイトルにあるように白鳥の湖
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ここは、大沼と小沼が繋がっている部分で、水が湧いているのか、それともここいら辺は
川の流れが速くて凍らないのか?ここだけが氷結していない。だから、白鳥を始め、渡り
鳥が毎冬やってくる。餌やり台もあって、パンなどの餌をやる人も。
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向かいの山は吉野山。標高500m弱の小さな山だが、私が若かった時はよくここへスキーを
しに来ていた。かなりの急傾斜で怖い思いもしたけど、腕も磨いたものここ。今はリフトも撤去
されて、木が生い茂っていてスキー場には見えないけど。
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というわけで、今日は大沼、小沼の冬に飛来する渡り鳥を紹介しました。
では、また明日 



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   良く晴れた日の大沼駒ヶ岳です。
函館の25kmほど北に位置する大沼国定公園は函館市の隣町である七飯(ななえ)町
あります。ちょうど北緯42度にあり、東経は140度40分。1958年(昭和33年)7月に指定さ
れた国定公園で、大沼・小沼・じゅんさい沼と渡島富士の異名を持つ駒ヶ岳(1131m)を
含んでいます。
函館より車で約50分、列車だと函館駅から特急で20分でJR北海道(今、国会でも取り上
げられて問題となっていますね)函館本線の大沼公園駅から歩いて5分のところです。
 さっそく、雪の大沼と駒ヶ岳をご覧下さい。
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駒ヶ岳はもともと、富士山と同じきれいな形をしていました。円錐状のコニーデ型(成層)火山
ですが、今も活動が盛んなため爆発による崩壊により、山頂部は特異な姿となっています。
南側の大沼から見た駒ヶ岳は、剣ヶ峰と呼ばれる槍のように尖った部分が左側に見えます。
ここが最高峰ですが、北の噴火湾沿いから見るともう一つの山頂(砂原岳 さわらだけ)が見
え、きれいなコニーデ型に見えます。中央部は噴火活動のためにパックリと裂けていますが。
ただ、今も活発な、気象庁が指定している要注意火山の一つになっていて登山規制が行われ
ています。
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標高が140mの地にあるので積雪量も多いし、淡水だけあって、大沼の水もガチガチに凍って
いる。厚さは1m近くあるのではないだろうか?
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見渡す限りの平原は、実は大沼の湖だが、一面氷結している。右のなだらかな斜面は、
駒ヶ岳の北斜面で、緩やかだが確実に標高を上げて山頂に達している。
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大沼・小沼は駒ヶ岳の噴火による土石流が山麓の凹部をせき止めて形成された溶岩堰止湖
です。だから、もともとは川の一部だったので、水深は浅く最大で14m。カルデラ湖のように100
m以上もの深さはないですね。形成された要因は富士五湖や中禅寺湖と同じですね。

 ところで、日本三景は、宮城県の松島京都府の天橋立広島県の宮島。この三つはよく知
られていますね。実は、この「日本三景」と呼ばれるようになったのは、江戸時代の初めのころ
の1643年江戸前期の儒学者の林春斎(はやし しゅんさい)が、彼の著した本「日本国事跡考
で「松島、天橋立、宮島」を取り上げ、三景としています。

 それから270年近くたった1915年(大正4年)、出版会社の実業の日本社主催による新日本三景
の選定が行われ、全国からの投票により次の三つが選ばれました。
一つは静岡県の三保の松原。昨年富士山とともに世界遺産に選定されましたね。
二つ目に大分県中津市の耶馬溪
三つ目に北海道南部の大沼と駒ヶ岳が選ばれたのです。
というわけで、新といっても今から99年も前のことですが・・・。
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子供たちが並んでいるのは、モーターボートや貸ボートに乗ろうとしているわけではありま
せんよ。湖は完全氷結しているので、これに乗るためです。
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楽しいそうですね。

 湖には噴火により出来た溶岩による島が126個もあり、いくつかは橋で結ばれています。
駒ヶ岳の噴火は、大きなものでは1929年(昭和4年)6月17日で、山林や耕地の被害が
甚大で、死者2名、負傷者4名、牛馬の死136頭が記録されています。
 最近では2000年、小噴火が複数回起き、噴煙高度2000m以上が数回。
2011年、気象庁が噴火警戒レベル1、噴火レベルの継続を発表。入山規制があり、山頂部
の剣ヶ峰の登山は禁止されています。
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晴れていても、気温はマイナス10度近く。頬を刺す風は冷たいよりも痛いほど。
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というわけで、今日は大沼からお伝えしました。大沼、と云っても全国にいくつもあります。
ここのは函館近郊の大沼です。
また駒ケ岳、と云ってもこれまた渡島駒ヶ岳よりも有名な駒ヶ岳がたくさんありますね。
ここのは、標高1000mチョットのミニ富士山です。

明日も、大沼から渡り鳥を紹介します。

それでは、また明日  


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 イギリス政府が函館の領事館を閉鎖した1934年は、どんな年だったのでしょう?
その前年の1933年3月日本は、国際連盟を脱退しています。なぜならば、2月に対日満州
撤退勧告案を採択しているからです。つまり、1931年9月に柳条湖事件を起こし、満州事変
が始まります。翌32年満州国を建国しますが、世界は認めません。32年10月国際連盟から
派遣されたリットン調査団は、日本のやらせ、である報告書を公表。それに対して日本政府
は33年、3月に国際連盟を脱退したのでした。
1933年、ヨーロッパでも危うくなります。1月にドイツではヒトラー内閣が出来、10月には国際
連盟を脱退します。1934年ヒトラーは総統と首相を兼任し、35年3月再軍備宣言、ユダヤ人
を徹底的に排除しようとします。あのアウシュビッツに象徴されるようなユダヤ人迫害が始ま
ります。日本も34年12月ワシントン海軍軍縮条約を廃棄し、戦争への道を突っ走ります。
 1934年前後はヨーロッパで、アジアでファシズム国家が戦争へと、駆り立てていた時代でし
た。
 そして、第二次世界大戦へ、史上最悪の犠牲者が出た最悪の歴史となるのです。

 1855年の開国から箱館は、外国人が多数定住し、国際貿易港として発展、外国人を区別
することなく友好関係を保ってきましたが、この1934年前後の日本はどうやらそれを維持する
ことは出来なくなったのです。だから、イギリス政府は領事館を閉鎖し撤退したのです。
 
 もう、二度と戦争はしないで欲しいです。ツリーの短冊の願い事の中に、「世界が平和で、
争いごとが起きないように祈ります!
」というのがあったけど、本当にそう思います。
Peace  and    Love    愛と平和を!鎖国を解き放した
函館から世界中に発信します。


 さて、その旧イギリス領事館を見ましょう。
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白壁に青い窓枠が映えます。まるで、ギリシアのエーゲ海風の色彩ですね。
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観音開きの窓。北海道の窓には、雨戸がありません。本州に初めて行った時に、驚いたのが
雨戸。窓の外に窓全体を覆う戸があったのにはびっくり!夜、縁側は大きな雨戸で閉めて真
っ暗になったのも驚き。最近は、雨戸のない家も多いでしょうが、昔初めて見た雨戸に生活文
化の違いを感じ戸惑いもありました。それと、瓦屋根の多さ。北海道でもお寺などは瓦屋根で
すが、一般家庭では少数。あらゆる点で住環境の相違に驚きました。
そうそう、掘りゴタツを知らず、足を入れた途端に足が沈みテーブルの角に頭をぶつけそうに
なったことを鮮明に覚えています。1975年3月の、まだ何も知らない未熟な18歳の時でした。
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現在旧領事館は、
① 展示室~領事執務室、家族居室など当時の様子や体験アイテムを楽しむことが出来る。
② 開港ミュージアム~開港の歴史や文化を展示パネルで紹介しており、楽しく学ぶことが出来
         る。
③ ショップ・カフェ~英国調の雰囲気の中で、英国直輸入のグッズのショッピングやティータイム
         に。
④ ブライダル~イギリス式庭園の空気漂うローズガーデンで挙げる領事館結婚式。夏はたくさん
         のバラが咲きほころびます。
と、なっています。夏のバラが時期に、もう一度紹介します。

庭にあった、面白い木。
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何という木なのだろうか?まるで、ツララのように枝が下に垂れ下がっている。ズームして見よう。
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不思議ですね。

隣のペリー像に行って見たら、坂で子供たちがソリ遊びをしていました。
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雪だるまを作ったりして、北国の子供たちは元気です。雪が降れば、どこの子供たちもエンジョイ
しますよね。世界中一緒!
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坂を歩いて、メインロードに着いたら除雪車がやって来ました。こんなふうに除雪しています。
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 というわけで、今日は日本が安全で、安心した旅が出来る幸せを感じました。私たちが旅を
出来るのは戦争のない社会だからであり、二度と戦争が起きないことを願い、世界の平和と
愛を祈ります。世界中の人々と仲良く、フレンドリーに。そして争いはしないで、と叫びます。

それでは、また明日     

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