が、全道大会2回戦で、最近の甲子園常連校である、小樽の北照高校と戦い0-3で
敗退しました。一昨日は全道大会で延長戦で初勝利を挙げただけに、残念でし
たが、僅差での敗退だけに、次につながる試合だったのでは?
6月の全国に出場出来る大会の函館予選では、期待しています。応援に行きたい
ですね。特に3年生は最後の大会になるので、全力投球で臨んでもらいたいです!
さて、6月といえば、14日(金)カツオのプロレス大会が亀田福祉センターにてあり
ます。6時から行われ、多分9時近くに終了すると思いますが、応援よろしくお願い
致します。チケット等は連絡して頂ければありがたいです。
今日の1枚目です。喜多方駅です。

ここに来るまでは、山形県米沢市から、大峠という1000m級の峠を越えなければいけない。
昔、私が学生の頃、自転車で峠を越えました。ほとんどが砂利道で、クマでも出そうな道、頂上
近くに少しだけトンネルがあって、丸1日ががりの難コースだったことを記憶しています。今は
1985年9月に3940mの一般道としてのトンネルとしては全国7位の長大トンネルが出来たせい
で、簡単に山形・福島間が結ばれましたが、以前は大変だったのです。
その工事を指揮したのが、あの悪名高い薩摩藩出身の福島県令(今の知事に相当)であった
三島通庸(みしまみちつね)でした。教科書にも登場しますが、明治政府から派遣されて福島県
の県令に着くなり、農民たちを強引に動員して、大峠の工事を強行します。たくさんの犠牲者が
出たそうです。生活に困窮した農民たちは、1882年一揆的な行動に出ました。それが、福島事
件です。当時の農民たちは板垣退助の指導の下、自由党を結成し、各地で権力と戦っていま
した。有名なのは秩父事件ですが、全国各地で農民たちの自由を叫ぶ声が聞こえたのです。
教科書にも出ています。「道路工事をすすめようとした福島県令と夫役(ふやく)の強制に反対
した農民・自由党中心の県会との対立が、大きな騒動に発展した。県令の徹底的な弾圧によって
自由党・農民の側が押さえ込まれた。」と。
日本史の勉強になりましたね。全国を旅していると、各地で「あっ!これ日本史の教科書に出て
きた!」と思わず声を上げる場所もあるのです。

「ラーメンの香りただよう蔵の町」 喜多方ラーメンの店が120店以上あります。

その中の一つ、朝早くから営業していた「まこと」です。が、私には合わなかった。
残念・・・。塩分が濃いと体の調子が良くない、具合が悪くなるのです。食後しばらく
近くの公園で休んでいました。こんなことはしばらくぶりです。これを、妻は「ラーメン病」
と言って笑っていますが、塩分の強い食品を取った時に、たまにあります。
好き嫌いは全くないのですが、今までラーメンを食べた時に何度かありました。

蔵の多い街ですね。

喜多方の南、会津若松のお城です。1868年の戊辰戦争ではここは徹底的に破壊されました。
薩摩・長州を中心とする新政府軍は、イギリスから購入した最新の大砲で城を破壊、敗退します。

さすがに、「八重の桜」の舞台だけに観光客は多い。
若松城(鶴ヶ城)の天守閣。1384年、葦名直盛(あしななおもり)が、ここに東黒川館を築いたの
が始まりといわれ、蒲生氏郷(がもううじさと)が7層の天守閣を築きました。戊辰戦争時、城主は
松平容保(まつだいらかたもり)、彼は京都守護職として、新選組を組織したりし、長州藩を弾圧
したため、戊辰戦争では、逆に徹底的にリベンジされます。会津城の戦いでは1ヶ月の激しい攻防
戦に耐え、難攻不落の名城として知られています。
平成23年3月に天守閣の屋根が赤瓦に変えられ、幕末当時の姿によみがえりました。赤瓦の天
守閣は全国で唯一つだそうです。

堀も立派ですね。
明日は、飯盛山へと向かい、白虎隊について紹介します。朝良い天気ですね。今日は5月の
最終日。明日はもう6月です。夏ですよ!ではまた!














































































































































































