
涙が出て話せなくなった私のこと
過去の私は、誰かに自分の気持ちを話そうとすると、涙が出てきてしまうという状態でした。
本当は、本音を話したいし、話してすっきりしたい。
なのに、話そうとすると、喉が詰まって、涙がどんどん出てきてしまって言葉にならなくて。どうしようもありませんでした。
当時は、どうしてそうなるのか分からず、泣いてしまう自分自身が嫌だったし、泣かずに気持ちを伝えたいのに結局涙で言葉がうまく出なくて、本当に苦しい思いをしていました。
今思うと、あれは、過度に「我慢」しすぎていたからだと思うのです。
- 涙が出て話せなくなった私のこと
- 環境の変化と“我慢”の積み重ね
- 喉の違和感と、原因が分からなかった日々
- 限界を知った瞬間
- 心が苦しくなる環境を変えるためにした選択
- 同じように苦しんでいる人へ伝えたいこと
環境の変化と“我慢”の積み重ね
私がその状態にあったのは、看護師を辞めて、ハンドメイド作家として進もうとしてから2年ほどだった頃からでした。
仕事の環境が違うことや、ハンドメイド作家として頑張らなければというプレッシャー、そして、一緒にハンドメイドをしていた兄とのやり取りの中でストレスがかかっていたことが原因に挙げられると思います。
看護師の仕事が見つからず、路頭に迷っている中で、兄から誘われてレザークラフトを始めたのは良かったものの、売上が上がるようになるまで数年時間がかかりました。
兄も個人事業をしていたし、私は何の趣味もないところからのスタート。
そういう状況で、少しずつ時間をかけて形にしていきました。
けれど、なかなか思うように飛びぬけて売れたり、人気が出るということもなく、兄も私も焦っていた時期がありました。
兄と話すときは、できるだけ穏便にすませたいと思う話でも、お互いの焦りが衝突してピリピリしてしまったり、思わぬことを言われたりして。
でも、私は兄に誘ってもらった身だからと、自分が言いたいことをどんどん我慢するようになりました。
しばらくは、それでどうにかなったのですが、私はいつの間にか自分の思いを口にすることが怖くなってしまい、言いたいことをグッと飲み込むクセがついてしまいました。
ある時、兄から「最近、なんか言いたそうにして息を吸うけど、そのまま飲み込むクセあるよね?なんで?」と聞かれて、初めて自分が言いたいことを我慢しているのだと気づいたのです。
喉の違和感と、原因が分からなかった日々
そのあたりから、喉の奥に何か物が詰まったような感覚が抜けなくて、風邪をひいたりアレルギーのせいなのかと病院で診察してもらったものの、異常なし。
この感覚は、いったい何なのだろう?と分からないままでした。
それからしばらくして、体に異変が起き始めました。
家事の合間でも、これから寝ようと目を閉じたときも、起きてすぐでも、傷ついたときのことを何度も思い出してしまい、そのたびに胸が痛くなって涙が出るようになりました。
思い出したくないから、何も考えないようにしているのに、どうしてもつらかった時のことを思い出してしまう。
どうしてこんなに何度も思い出すんだろうと、本当に苦しかったです。
限界を知った瞬間
それまで、心配させまいと夫にも話していなかったけれど、ようやくそのとき話してみようと思い、
「ちょっと聞いてほしい話があるんだけど…」と、言った途端、喉の奥が詰まって言葉が出なくなって。
涙がどんどん出てきて、話せない状態になってしまいました。
夫も、それまで普通に過ごしていた私が急に泣き出したのを見て驚いていました。
全部吐き出せたら、すっきりするだろうと思ったのに、胸の内を話すことさえできなくて、どこにも持って行きようのない思いがどんどん膨らんで、とても苦しかったです。
結局、それから、何度もチャレンジしたけれど、誰にも話すことができない状態が続きました。
本来ならば、そこまで苦しいならば、病院へ行くのが正しい判断だったのだろうけれど、私はどうしても「こころの病気」だと診断されるのが嫌だったんです。
(ここでも、我慢してしまっているんですよね。)
自分が選んだ道なのに、自分で苦しくなって、そこで病気だと言われてしまったら、もう立ち直れない気がしたから。
だから、私は、自分の道を自分で切り拓こうと思いました。
心が苦しくなる環境を変えるためにした選択
兄から離れて、ひとりでやってみよう。
ものすごく大変な道なのは分かっているけど、誰にも気を使わず、ひとり黙々とやりたいことをやろうと決めて、独り立ちすることにしました。
それから、2年ほど時間をかけてのどの奥の詰まりは取れていきました。
当時は、何が原因だったのかなんて、本当に分からなかったけれど、今なら分かる気がします。
周りと調和を取ろうとして、自分の思いをぐっと押し込めて我慢していたからだと。
兄と険悪になりたくないという思いや、何かあったときは自分が悪いのだから、ただ我慢すればいいと思っていたけれど、そうすべきではありませんでした。
我慢せずに、素直に思いを伝えたら良かった。
つらいなら、休むと言えばよかった。
そんなふうに、少しでも、自分の逃げ場を作ったりして、我慢するのが当たり前じゃない状況を作っていれば良かったと、今なら思います。
けれど、その渦中にいるときは、険悪になりたくないばかりに、どうしても相手の顔色を窺ったり、嫌われたくないと思ったり、理解ある大人のふりをしてしまい、なかなか本音が言えませんでした。
私の場合、元々つらいときに誰かに頼ることに慣れていなかったことで、益々、状況が悪化してしまったのだと思います。
自分の心を開いて、誰かに正直に思いを話すことが習慣としてなかった私は、夫にさえ素直に思いを話すことができなかったくらいです。
だから、苦しいときに、誰かに頼って話すことができるのであれば、必ず話した方がいい。きっとそういう人は、この記事は読んでいないと思うけれど…
同じように苦しんでいる人へ伝えたいこと
もし、私と同じように、何かを我慢しすぎて、誰かに話したくても話せなかったり、話したいのに涙が出てきて声にならないときには、ノートに思いを書き連ねるというのもとても効果があります。
誰にも読ませるものではないので、文章がぐちゃぐちゃになったり、言葉が強くなったりしてもいいんです。
とにかく、自分の内側にあるものを全部出し切るつもりで、思ったこと感じたことを全部書いてみてください。
最初は、どれだけ書いても全然効果がないように感じるかもしれませんが、書いていくうちに、自分がどう感じているのかが分かるようになるし、何が原因でそうなったのかも見えてくるようになります。
もしかしたら、「こんなこと思っているなんて」と自己嫌悪に陥ることもあるかもしれないけれど、その思いを否定したりせず、「そんなふうに思っていたんだね、本当につらかったよね」と、出てきた思いを全部受け止めてあげてください。
口に出すのが恥ずかしいのであれば、心の中で、そう唱えるだけでもいいんです。
置いてきぼりになってしまった自分を迎えに行き、思いを受け止めて、心の中で抱きしめるのです。
そうしたことを、何度も何度も繰り返していくことで、傷ついた心が少しずつ自分で受け入れられるようになっていきます。
我慢するというと、何だか美徳のように思われがちですが、長い時間をかけて積もり積もったものは気づいたときには大きな塊となり、なかなか自分で壊していくのが難しくなっていきます。
心は体とは違って目に見えない存在だからこそ、自分で早いうちにケアしてあげなければ、健康な状態を保つことはできません。
私自身の実体験から、どうやってその状態を抜けていったのかをお話しましたが、もし、この方法をやってみても心が晴れないときには、私がいつでもお話をうかがいます。
つらいこと、不安なことがあるけれど、どうしたらそれがなくなるのか分からないときや、本来の自分を取り戻したいときには、お役に立てると思います。
ひとりで抱えているときほど、気持ちは言葉になりにくいものです。
涙が出ても、うまく話せなくても大丈夫。
必要なときに、そっと寄りかかれる場所として「おはなし会」を開いています。
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