世界一くわしい革花の専門書

革花(かわはな・レザーフラワー)の作り方や染色・成形などの技術記録とあわせて、革花作家としてものづくりを続ける中で、生きづらさから少しずつ抜けていった心の変化や考え方を綴っています。心を整える視点や日々の気づきを、暮らしと制作の記録としてまとめたブログです。

このブログは、革花作家としてものづくりを続ける中で、私自身が生きづらさから少しずつ抜けていった 心の変化や気づきを記録しています。 革花の技術の話も心の話も、どちらも「生きること」の一部として綴っています。

※「世界一くわしい」とは、一人の作家が歩んできた過程と気づきを、 技術と心の両面から、できる限り丁寧に残しているという意味で使っています。

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ハンドメイド作家が語った“模倣の苦しみ”と、私が考えた作家のプライド

※この記事は「革花作家|販売と心の記録」シリーズの第11話です。

▼ 第10話はこちら:

迷走から革花へ──目標が生まれた瞬間

あの出来事は、今でも忘れられない衝撃だった。

レザークラフトを始めて2年弱。

イベントに出展するのも慣れて、顔見知りな作家さんとの繋がりもでき、以前は憂鬱だったイベントが楽しみになった頃のこと。

地元の人たちが集まるイベントでよく会う作家さんと話す機会があった。最初はお互いの近況報告をしていたのだが、話を聞いているうちに、その人の表情が少しずつ曇っていくのが分かった。「何かあったの?」と聞いたとき、私は耳を疑うような出来事を知ることになった。

地元イベントの様子。このとき聞いた話が、今も忘れられない衝撃でした。

イベントで聞いた衝撃の事実

話は遡って、数か月前。

地元で開催されたバザーに出展したときのこと。その作家さんの元に訪れたお客さまが、商品を見て「可愛い!」と興奮していたそうだ。しかし購入する気配がなく、少し不審に感じていると、そのお客さまは商品の作り方を尋ねてきたという。

販売しているものだし、オリジナル作品なので詳しくは教えられないと伝えると、「これ、真似して作ってもいいですか?」と聞かれたらしい。作家さんは「自分だけで楽しむのであれば…」と遠回しに答え、その場は終わった。

ところが1か月後、別のイベントで再びその人に会ったとき、今度は出展者として参加しており、そこには「真似していいですか?」と聞かれた作品がそっくり並んでいた。しかも価格は大幅に安く設定されていて、来場者はそちらを多く選んでいたという。真似した側が堂々と販売し、真似された側がモヤモヤする――その構図に、とても傷ついていた。

模倣される作家の苦しさ

自分で試行錯誤して作ったのに、どうしてこんなことをするのか。イベントに出展するのが怖くなったと、その作家さんは話していた。

私はすでにネット販売を始めていたこともあり、SNS上で似たような話題を見かけてはいた。けれど実際に対面販売でもそんなことが起きていると知り、衝撃を受けた。ものづくりは【自分の世界を表現する手段】だと考えていた私には、到底理解できないことだったし、作家としてのプライドはないのだろうかとさえ思った。

私が考えた“作家としてのプライド”

ハンドメイドでは似た作品ができてしまうことはある。それでも本来、その人が時間をかけて作れば“その人らしさ”が表れるはずだし、感銘を受けても模倣までするのは許されないことだ。

ただ不思議なことに、そういう時ほど模倣した人の方が堂々としていて、模倣された側がモヤモヤして終わることが多いようにも感じた。

結局、自分で考え、自分の力で形にしたものは簡単には真似できない。だからこそ堂々としていればいい――そう思った。

模倣された作家さんも「たしかに似ていたけど、私のものとは全然違って見えた」と話していた。模倣は模倣でしかないし、そこから新しいものを生み出すことはできない。どんなに真似しても、その人にはなれないのだから。

模倣されると人間不信になりそうになるけれど、それでも自分の手から生まれるものは私にしか作れない、と当時の私は思っていた。どんなことがあろうとも、自分の中から生まれるものづくりを続けようと心に決めた出来事だった。


第12話

 

この記事は、「革花作家|販売と心の記録」というカテゴリの中の一編です。
2017年に革花を始めた当初からの、販売の葛藤や気づき、そして自分自身と向き合ってきた過程を時系列で記録しています。
革花作家|販売と心の記録

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