交流は求めず、想像に徹する。エリックサウス・稲田俊輔さんの「ひとり飲み哲学」

インド料理店「エリックサウス」のオーナーであり、⾃他共に認める外⾷好きの稲田俊輔さんに「ひとり飲み」の魅力を教えてもらいました。


ドラマや雑誌で特集が組まれるなど、人気が高まる「ひとり飲み」。ひとり飲み客に愛されるお店には、どのような特徴があるのでしょうか。

おひとりさまメニューを提供するなど、ひとり客を歓迎するお店としても人気の「エリックサウス」のオーナー・稲田俊輔さん。日頃からさまざまな飲食店をめぐり、ひとり飲みを通して店の味、世界観を楽しんでいます。

「ひとり飲みは、お店の世界観に集中できる」と語る稲田さんに、ひとり飲みだからこそ得られる醍醐味、ひとり飲みのマイルールについて伺いました。

稲田俊輔さん

稲田俊輔さん

和食、ビストロ、インド料理など、さまざまなジャンルの飲食店を立ち上げた後、2011年、東京・八重洲に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛ける。著書に『食いしん坊のお悩み相談』『おいしいもので できている』(いずれもリトルモア)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社)、『ミニマル料理』『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(いずれも柴田書店)、『料理人という仕事』(筑摩書房)など。
X:@inadashunsuke

お店という映画の「脇役」として楽しむ。稲田さんのひとり飲み流儀

――プライベートでは頻繁にひとり飲みをされているようですね?。

稲田俊輔さん(以下、稲田さん):そうですね、お酒を飲む時は基本、ひとり飲みです。

――ひとりで飲むお店の選び方や選定基準はありますか?

稲田さん:僕の場合、「料理がおいしいこと」が最優先です。お酒が楽しめても、料理がイマイチだと足が遠のいてしまいます。

これはおそらく、ひとり飲み以前に「ひとりごはん」が好きだからなのだと思います。

学生の頃からよく定食屋さんに行って、ひとりでごはんを食べていたんですが、そこにビールをつけたら、それはもうひとり飲みですよね。

「ひとりごはん」の延長線上に「ひとり飲み」があるので、自ずと「おいしい料理」が欲しくなる、というわけです。

――おいしい料理があること以外に、例えばひとりでいて居心地が良い、ということもひとり飲みをする際に重要だと思いますが、いかがですか?

稲田さん:個人的には、ひとりで居心地の悪いお店なんてそうそうないと思っているんです。つまり、ひとり飲みしやすい、しにくいという感覚は、お客さんの思い込みにすぎないケースも多いんじゃないかと。一見、デート向きに見えるレストラン、みんなでワイワイ楽しむ雰囲気のお店も、実はひとりで心地よく過ごせたりするんですよね。

ただ、これは僕がお店の世界観に溶け込むことこそ、居心地の良さだと考えているからなのかもしれません。僕はお店の雰囲気に応じて、ちょっとずつキャラを変えるのが好きなんです。

にぎわっている雰囲気のお店であればその喧騒を楽しみ、黙々と酒に対峙するようなお店であればその静寂に浸る。

――「お店の世界観に溶け込むことが居心地の良さにつながる」という感覚はすごく面白いですね。お店の世界観に溶け込むために、どんなことをして過ごすのでしょうか?

稲田さん:具体的に何をする、ということはないのですが、隣で飲んでいる常連さんや目の前で忙しく立ち回っている店員さんの姿を眺めていることが多いですね。

何気ない会話にすごく味があって、まるで映画のなかに入り込んだ気分になります。事件は起こらないけど、淡々と会話が流れていくような映画ってありますよね。それに近い。

あくまで主役は大将であり常連さんですが、お店が長年築き上げてきた世界観を全身で浴びることで、自分もその映画の脇役として立ち会う。そんな感覚を楽しんでいます。

――観客ではなく「脇役」という立ち位置が面白いですね。

稲田さん:とはいえ、時にお店側が「脇役」にさせてくれないこともあります。夜は居酒屋になると聞いて訪れた、とある定食屋でのこと。僕が一番客で飲み食いしていると、常連さんがぼちぼちとやってきて。人が増えるにつれて、空気が少し変わってきたなと思ったら、途中から突然カラオケタイムが始まってしまったんですよね(笑)。

大将もママもマイクを持つ展開になり、しまいには「お兄さん、何歌う?」と話しかけられて。そのときは思わず電話がかかってきたフリをして退散しました。

普段はそういうお店を「カウンターの濃い店」と呼んで避けているのですが、その店はカウンターもなかったので見分けられませんでしたね……。

――(笑)。お店では、他にどんなことをして過ごしているのでしょうか?

稲田さん:メニューを隅々まで読んでいます。メニューはそのお店の歴史を雄弁に物語るシナリオですから。そのお店が創業した当時の料理のトレンドは何だったんだろう、途中から追加されたメニューはどれだろうと想像したり。特に、世間では「絶滅」したメニューを見つけると、この店では愛されているんだなと感じます。

例えば、和食が主体の老舗酒場のメニューに、ホワイトアスパラの入ったコンビネーションサラダとか洋食っぽい料理が載っていたりすると、出自は洋食屋さんだったのかな……とか。

そして、それをふくよかなおじさんが諦め顔で食べていたりすると、医者から「野菜を食べなさい」って言われているのかな……と想像したりして。それはもう僕にとって完璧なひとり飲み空間ですね(笑)。

――すごく楽しそうに過ごされている様子が目に浮かびます。これまでの質問と少し近そうですが、ひとり飲みをするときに気をつけていることはありますか?

稲田さん:一番はお店の世界観を大事にすることですが、その次にお店の利益が出ているかどうかを気にします。ひとりで行くことによって、お店が基準とする客単価を下げたくないと思っているので、しっかり飲み食いするか、あまり注文できないならさっと切り上げるかのどちらかにしているんです。

ただ僕の場合は、長いこと飲食業界にいるので、客単価をすぐ計算できますが、普通はなかなかできないですよね。

そういう意味では、お店側からある程度情報を伝えてあげる必要があると思います。「ひとり飲みOK」であれば、それを明確にしたり、「うちはこういうお店です」というお店のスタンスや推奨する楽しみ方をお客さんへ開示した方がミスマッチも発生しません

――お店がそうした情報を開示できれば、ひとり飲み歓迎の店も見つけやすそうですね。

稲田さん:そうですね。僕もお店を探す時に「食べログ」のようなレビューサイトで、「ハーフサイズ」や「小ポーション」のメニュー、「ハーフサイズできます」といったお店側のメッセージの有無を見て、ひとり客を歓迎しているかどうか判断しています

お店側の発信がなくても、レビューのなかに「オーダーするとハーフサイズに対応してくれる」などのコメントを探して判断することもできます。

ちなみに「食べログ」には、ひとり飲みができるお店を中心にレビューする「ひとり飲みの達人」がたくさんいて、その達人のプロフィールからひとり飲みにピッタリのお店を芋蔓式に見つけられたりします。

お酒に合うのは「飲める汁」。「汁飲み」の技術

――今日は東京の大塚にあるネパール料理店「カスタマンダップ」に来ています。稲田さんもよくひとり飲みで利用されるそうですね。ネパール料理はお酒のつまみの宝庫だと伺いました。

稲田さん:ネパール料理って、食材や調理法はインド料理に似ていながらも「酒に合う」設計になっているのが特徴なんです。素朴だけど力強い味わいで、どこか日本の和食、特に田舎料理に近い懐かしい感覚があります。スパイスはたくさん使われているのですが、あくまで素材を引き立てる脇役に徹している。

さまざまなスパイスで味付けされた野菜、豆、干し肉と米の乾物「チウラ」がのった「ネワリカザセット」(ランチドリンク付き・1,120円)。じんわりと辛いスープ状のカレーとチウラを一緒に食べる

カップに入った白いお酒は、ネパール民族伝統のお酒「チャン」(グラス・600円)。爽やかなどぶろくのような味

宗教的な背景からインドの人は表立ってお酒を飲むことはありませんが、ネパールの人は真逆で、お酒が大好き。お酒が日常に根付いているから、こういう味になっているのでしょうね。

――今回、オーダーした料理について教えてください。

稲田さん:おつまみを盛り合わせた「ネワリカザセット(ランチドリンク付き)」(1,120円)と、「スープモモ」(750円)をオーダーしました。スープモモのように「飲める汁」は、ひとり飲みの良きパートナーだと思っています。

ネパール版の小籠包「モモ」を、ごまの濃厚なコクが溶け込んだスパイシーなスープとともにいただく「スープモモ」(750円)

粉で作った生地をピンポン玉状に揚げた「プリ」に、じゃがいもや香味野菜などの具を詰め、そこに辛酸っぱい汁を注いで食べる「パニプリ」(650円)。「モモのスープもパニプリのスープも出汁やブイヨンがきいているわけではなくて、酸っぱくて辛い。スープと言うよりむしろ、“謎の汁”なのがいいんです」と稲田さん

「うーん、汁とお酒の相性は最高ですね!」

――汁をつまみにお酒を飲むんですね!

稲田さん:僕は酒のつまみとして、いつも汁を求めています(笑)。瞬時においしさが口の中いっぱいに広がり、それがスッと消えていく。それをすぐさま追いかけるように酒を飲む。そのリズムがいいんです。だから、和食で飲むなら居酒屋より割烹で飲みたい。割烹料理は炊き合わせなど、「汁もの」のオンパレードですから。

居酒屋のメニューは固形物中心になりがちですが、ごく稀に妙に汁にこだわっている店がある。そこは確実に行きつけになりますね。例えば、大塚にある「なか川」というお店は、炊き合わせにこだわっているので通っています

――他にお酒のつまみになる「飲める汁」はありますか?

稲田さん:フレンチだとスープ・ド・ポワソン(魚のスープ)、オニオングラチネ(オニオングラタンスープ)など、酒を飲まずしてどう食べればいいんだっていうくらい、いいつまみがあります。

イタリアンではミネストローネやズッパ(具だくさんのスープ)でしょうか。イタリアンにはアンティパストミスト(前菜の盛り合わせ)もありますから、ひとり飲みが捗りますね。

あと、鰻屋さんで飲むときは、最初に肝焼きと肝吸いを頼みます。

――汁以外でひとり飲みの定番メニューはありますか?

稲田さん:先ほど少し触れましたが、「定食飲み」はよくやりますよ。巣鴨や大塚などにある「ときわ食堂」(編注:庚申塚、駒込にも店舗あり)は定食をバラした単品メニューがあって、唐揚げが1個単位で頼めるんです。メンチカツハーフ、お刺身単品もある。個人的に気に入っているのは「本日の煮物」と「ばくだん」(編注:納豆、とろろ、マグロの刺身が一つの丼に盛られた料理、巣鴨駅前店のみで販売)。ある程度、飲んで、最後にご飯・味噌汁・漬物のセットを頼んで、残ったつまみでごはんを食べるのが定食飲みの醍醐味です。ばくだんはつまみとしても、ごはんの友としても最高なんです。

「ソロ懐石」「ソロフレンチ」もあればいい。 稲田さんが考える、これからのひとり飲み

――改めて、ひとり飲みの魅力はどんなところにあると思いますか?

稲田さん:食べること、飲むこと、そしてお店の世界観に集中できるところだと思います。以前、仕事柄会食の多い方が、気に入ったお店は必ずひとりで行くとおっしゃっていたのを聞きました。複数人で行ってもお店の全てを楽しめないからと。その感覚にすごく共感できます。

もちろん、シチュエーションによっては食事中の会話も大事ですが、料理やお酒の味に集中したい場合、会話がノイズになることもあると思うんです。

だから、誰かと一緒に飲みに行くときも、ひとり飲み派同士だと心地いいんですよ。向かい合って食事しているけど、ひたすら飲んで食べて、お店の空気を感じて、ここぞという場面で少しだけ会話をする、みたいな(笑)。

――ご自身の店づくりにも、ひとり飲み好きの視点は反映されているのですか?

稲田さん:もちろんです。「エリックサウス」は、ひとりでは行きづらいとされていたインド料理店では珍しく「おひとりさま大歓迎」のスタンスを掲げており、レストラン形式の店舗でもおひとりさま専用メニューを用意しています。

接客時も、自分たちから話しかけることはありません。お客さんが話したそうにしているときは、話しかけやすい空気をつくって、お客さんから会話がスタートできるように工夫をしています

僕が飲食店をはじめた20数年前には、「お客さんに積極的に話しかけるべし」といったマニュアルも広まっていましたが、今の時代にはフィットしないと思うので。

――そういえば、以前Xで「ひとり飲みに時代が追いついた」とポストされていましたね。
稲田さん:そう思いますね。お店側ではタッチパネルオーダーなど注文のインフラが整ってきましたし、お客さん側もSNSで離れた人とつながったり、過剰な声かけを好まない人が増えたりしています。そうした一つひとつの変化が、ひとり飲みに適した環境を形づくっているように思います。

お店側が変化に応じて設備投資したり、柔軟な経営ができるようになっていくと、ひとり飲みはもっと浸透していくのではないかと思います。

――最後に、理想の“ひとり飲み店”をつくるとしたらどんなお店にしますか?
稲田さん:「ソロ懐石」「ソロフレンチ」があったらいいな、というのをずっと考えています。懐石やフレンチは、最も料理に集中したい分野であるにもかかわらず、お店の雰囲気や方針などの理由から、ソロで楽しむのが「最も難しい」と言えます。

ラーメンチェーンの「一蘭」にあるような“味集中カウンター”方式(編注:隣席との間に仕切りがあるカウンター)でもいいし、タッチパネルで好きなときに好きなものを好きな量オーダーできる回転寿司方式でもいい。誰にも邪魔されず、料理に没頭できる空間をつくりたいです。もし誰もやらなければ、自分でやるしかないのかな……。お客さん側で楽しみたいので、誰かにやってほしいんですけどね(笑)。

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カスタマンダップ

【取材先】

カスタマンダップ
住所:東京都豊島区北大塚2-7-9 第33東京ビル 5F
TEL:03-5972-4474
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取材・文:花沢亜衣
撮影:是枝右恭
編集:はてな編集部