単気筒ライダー(だった男)のひとりごと

愛犬と CB400SSライダーだった前期高齢者の日々

アカベコが消えた日

 

午前6時半に出発して、30分ほどで川霧が立ち込める最上川峡に至る。

予報を観て、今日の往路は表も裏も雨の心配はないと踏んで出て来たんですけど。

 


 

今のところ、シールドを濡らす水滴が視界を妨げるほどじゃない。

ひと山越えた鳴子温泉辺りまで行けば、空も明るくなると思う。それまで降らないで。

 


 

やたら喉が渇くのでガムを買おうと赤倉温泉近くのコンビニにバイクを停める。

なんだ、なんだ? お祭りですかあ・・・商売繁盛!! わっしょい!わっしょい!

 


 

最上町富沢地区の富沢まつり、コンビニ近くの富山馬頭観音の祭礼だそうです。

小さな集落だけど、威勢のいい若者がいっぱいいて、初老の目には頼もしく見える。

県境越えの一時間は、霧とも雨ともつかないお湿めりの中、濡れながら走った。

 


 

国道4号を北上、岩手県に入ってすぐ旧道に下りると「鬼死骸」に遭遇する。

鬼滅の刃ブームの頃、ここの "鬼" にも人が集まったんだよ」

何年か前にキクちゃんに教えられて以来、初めて「鬼死骸」にバイクを停めた。

 


 

名の由来を記してはいないが、明治八年までこの辺りは鬼死骸村だったんだって。

道路の向かい側には「奥州街道入り口」の看板もある。

栗駒山の代わりに「真柴歴史散歩」でもしてみませんか。

 


 

「あと何台来るんだっけ? Oka のバイクはもっと中に入れて」

えっ? お花畑の中ですかあ、不釣り合いな風景に、相棒に代わりボクが少し照れた。

想定していた10時を10分ほど過ぎて、無事、コン先輩んちに到着。

 


 

ボクが着いて間もなく、美味しい珈琲をいただいているところにガン先輩も到着。

試合会場は水沢インターの近くだっけ?・・・、今度はヤスから電話が来た。

秋田から来るヤスは、まっすぐ試合会場に行くと言って電話を切った。

 


 

「ヤスもここに来て一緒に昼食して、みんなでグランドに行こうよ」とキクちゃん。

ヤスにはまた戻るような話なので、ヤスを納得させるのはガン先輩しかいない。

四人分の「たらこパスタ」が食卓に並んだタイミングで、先輩の支持通りヤスが到着。

ワイワイ、ガヤガヤの昼食会の後、ヤスの車に、ボク等三人が乗り込んだ。

 


 

キックオフには10分ほど遅れて、オサムが待つグランドに到着した。

オサムから「開始後1分で早くも7点いれられた」のメールが車中のボクに届いた。

そうだろうな、試合内容ですかあ・・・、ボク等OBにそれを話す気力はない!

 


 

ここはキクちゃんの言葉を借りましょう。

タックルしないんだね、もうバテてるみたい、スクラムがバラバラだね・・・とか。

足がつってグランドに大の字で女子マネの処置を受けている姿には、言葉がなかった。

 


 

皮肉にも、新調したというユニフォームから「アカベコ」が消えていた。

それも新調したのはファースト・ジャージだというから・・・ボクには理解不能

そのことには、コン先輩んちに帰ってからも、みんなで首を傾げた。

 


 

岩手大学ラグビー部のジャージは、「黒」に「アカベコ」なんだってばさあ!

上腕の赤の三本線は、全国地区対抗大学ラグビーを制した回数を意味してるんだぜ。

愚直に猛進するアカベコは、「縦は楯に通ずる」の岩手大学ラグビー部の象徴なのに。

 


 

ボクだけじゃない、ガン先輩もヤスもオサムも、みんな胸に去来するものは同じ。

ましてやあの試合内容だもの・・・ブッツン!!と、何かが音を立てて切れた。

そろそろ、潮時なのかなあ。

 


 

でも、ボク等はこれからが本番、その前に記念写真をば・・・、慰安旅行みたいだね。

ボク等の近くで観戦していた女性にシャッターを切ってもらった。

女性に、岩大の関係者の方ですか?と尋ねたら 「岩手不惑の関係の・・・」

じゃあ、フクシ君の・・・、そうだ、フク君に挨拶してから帰んなきゃあ。

キミとかオオモリが指導して強くしてよと言ったら・・・そりゃそうだよな。

 


 

コン先輩んちでの宴会は、何もかもキクちゃんに準備してもらいました。

ボクお勧めの「鷲乃尾」をオサムが持参した。

どこの酒なの?と訊くから、ボクが「鷲乃尾」を知ったきっかけから説明・・・おい!

誰も聴いてねーじゃん! 「おめの話は、長げーーんだよ」とキクちゃん。

 


 

開宴は確か4時半前だね。のどの渇きに抗しきれず、グラスからは泡があふれ出す。

先付けは冷奴、もつ煮、それからホヤ・・・とてもご馳走の全ては思い出せないよ。

カツオが新鮮で美味しかったなあ! あの「いかり」を彷彿させるお点前だねえ。

 


 

いつもの如く、そのほとんどは楽しかった記憶の陰に隠れて思い出せないなあ。

ただ、狭小空間の中で生きるボクに、それってなに?的な「今情報」は興味深い。

仙台、秋田、盛岡、一関、みなさんが住んでるところの話題も楽しいしね。

 


 

個性豊かだったラグビー部の先輩たちのエピソードは不朽の名作だよ。

椅子にふんぞり返る後輩の前で、先輩が立って話す・・・、現役時代はありえないね。

でも、こんなんでも、誰一人、ガン先輩にタメグチでは話さないところは流石だね。

 


 

さあて・・・誰に掛けようかな、オサムの電話魔が始まったぜ。

誰に掛けたっけ? 福井のケンジと京都のアライ、秋田のアネもかあ。

ボクもケンジには、先日ムスメ家族が恐竜博物館に行った話をしたような・・・

 


 

盛岡とラグビーとの出会いは偶然だったけど、それだけに幸運なことだったんだね。

当時は、それなりに悩みながらのラグビーだったけど、心身ともに鍛えてもらった。

50年過ぎても、ここでボクの我儘な性格は矯正されて奥サンの元に帰るんだ。

「奥サンも喜んでいると思うよ」とキクちゃんに言われた。

ずぼしです。二の句が継げません。

 


 

翌日、じゃあ、またねえ。元気でねえ・・・と、みんなそれぞれ帰っていった。

生涯幹事のボクは、次はいつにしよう、また集まってくれるかなあと考えている。

アカベコを傍にブログを書いていたら、あの「部旗」のアカベコが脳裏に現れた。

試合会場にいつも翻っていたあの部旗はどうしてしまったんだろ・・・・

でも、もういっかあーーー 老兵は死なずとも、ただ消え去るのみですよ。