岡山に住んでいる者が「寒くなりましたね」と言うと、怒られるかも知れませんね。特に暑さに滅法弱い私にとっては冬の寒さはあまり苦になりません。しかし、それは命の危険を感じるほどの寒さにならない岡山の気候に恵まれていてこそのことと思います。
岡山市で記録した歴代最低気温は昭和56年2月の「-9℃」 だそうです。マイナス2桁の気温を記録したことのない地域に住んでいたら「寒さに強い」などと戯言を語る輩も現れるということです。それでも、夏の瀬戸内特有の暑さは耐え切れないものがありまして、まさに「溶ける」のではないかと思わせる酷暑です。『溶解人間issan』とよく言ったものです。
温暖と言われる瀬戸内沿岸にも冬は来ます。12月の声を聞くと「寒い」と感じる日が増えてきますよね。

ということで、ちょっと箸休めです。冬に聴きたい歌謡曲「氷雨」です。
日野美歌の歌唱でビッグヒットを記録したのは昭和58年のことでした。実は最近、若い方との話の中で「氷雨」も「日野美歌」も知らない、聞いたことないという声を聞いて衝撃を受けたのです。
しかし、この曲は元々は佳山明生のデビュー曲で昭和52年12月に発売されたシングルレコードです。作詞作曲は尾道市の百島出身のとまりれんです。「とまり」という芸名は島の「泊」という地区名からつけたとされています。現在は百島に在住して創作活動を続けておられるそうです。
「氷雨」のプロットは佳山さんの考案によるもののようです。

いわゆる大人の悲恋を唄ったこの曲は、演歌ではありますがフォークソングの佇まいを感じられるものなので、力強さよりも軽さが必要になります。サビまでの部分は語り掛けるような歌い方が大切とされています。サビ前までは力を込めず感情を入れないで歌うことが望ましい。そして、サビの「この胸」からの1フレーズに感情を入れて、「帰りたくない」で最大限に感情を盛り上げること。そして、最後の「忘れたいから」は軽くリズム重視で歌うとよいと、とまりれんさんが歌唱指導されています。
昭和57年10月には箱崎晋一郎、12月には日野美歌によるカバー・シングルが発売されて競作になったこの曲は3作累計で売り上げ150万枚の大ヒット曲になりました。
印象深いのは日野美歌さんの歌声ですが、個人的には佳山明生さんのオリジナル歌唱が好きです。
カバー曲の方が有名になるということは業界ではよくあることで、「中の島ブルース」や「まちぶせ」などがその典型例です。そして、これらの曲も私個人としてはオリジナルの方が好きだと感じています。
「中の島ブルース」
「まちぶせ」
最後は蛇足になりましたが、最近ではBSの歌謡番組でしか中々視られない昭和歌謡にも時々耳を傾ける時間を持ちたいものです。
それだけ年を取ったということなのかも知れませんが・・