こんばんは、美姫です。
「AIとわたしの音楽帖」へようこそ。
今日のテーマは、AI音楽がカントリー・チャートで1位になったという衝撃のニュースから始まって、結局、これからの**人間の音楽って何?**という、かなり深いところまで掘り下げた話です。
🚨 2025年11月、Billboardを揺るがした「AIカントリーソング」
この議論のきっかけは、2025年11月にアメリカで起きた実話です。
あるカントリーソング「Walk My Walk」が、BillboardのCountry Digital Song Salesチャートで堂々の1位を獲得しました。SNS、特にTikTokで大バズりし、「いい曲!」と誰もがシェアした結果です。
しかし、後になって判明したのは、この曲が100% AI生成だったという事実。
そこから世界中で大炎上しました。
- 「魂がない」
- 「アーティストの努力を踏みにじる」
誰もがそう怒ったのですが、よく考えたら変なんですよね。だって、AIだとバレる前は、誰もが感動して、お金を払ってダウンロードし、チャートで1位になっていたのですから。
ここで見えてくる、恐ろしいパラドックスがあります。
- AIだと知らなければ、みんな普通に感動していた。
- 知った途端に、急に価値がゼロになった。
これって、まるで手品の種明かしと同じ現象です。冷凍ピザを「手作りだ!」と思って美味しく食べていたのに、「実はチンするだけでした」と言われた瞬間、「急に味が薄く感じてきたわ」と評価を変えてしまう、あの感じ。
この現象こそが、音楽の価値が**「作品の完成度」から「制作の背景」**へとシフトしていることを示しています。
🎨 写真が絵画を殺さなかったように
この炎上劇から、私は一つの大きな結論にたどり着きました。
AIが奪うのは、「完璧な曲を作る競争」だけ。
これは、過去の芸術史を振り返ると明らかになります。
19世紀、写真が発明されたとき、写実的な絵画は「もう必要ない」と言われました。しかし、絵画は死ななかった。それどころか、印象派、表現主義、抽象画と、完璧な写実を捨て、新しい道を切り開いたのです。
音楽も、今、同じ道を辿り始めています。
AIは、完璧なカントリーソング、完璧な70年代ABBAサウンドを瞬時に作れます。だからこそ、人間はもう完璧を目指すのをやめる。
👑 人間に残された「不完全さ」という武器
では、人間がAIに勝てる、人間にしか生み出せない音楽とは何でしょうか。それは、失敗や醜態、つまり不完全さです。
人間だけが持つ、かけがえのない要素は以下の通りです。
- ズレてるのに気持ちいいグルーヴ
- ジェームズ・ブラウンやD'Angeloが体現した、わざとじゃない、身体が勝手にズレる奇跡の感覚。AIは「わざとズラす」ことはできても、この「自然なズレ」はまだ真似できません。
- 老いやハプニングが織りなす一期一会
- 老いて声が震える瞬間。ライブで機材が壊れるハプニング。観客と喧嘩するかもしれない生々しい緊張感。
- 生身の人間だからこその「醜態」と「熱量」
- YMOが40年前に示唆した、身体性を伴う音楽のルーツ。完璧さよりも、感情の荒々しさ、泥臭さ。
🌍 これからの音楽は「二層構造」になる
AIの登場により、音楽の消費はハッキリと二つの層に分かれます。
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レイヤー |
特徴 |
価値基準 |
担当者 |
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1. 日常BGM層 |
プレイリスト、カフェ、TikTokなどの日常を彩る音楽。 |
完璧で、気分に合えばそれでいい。 |
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2. 人生を賭ける層 |
推し活。アーティストを人生の一部として追いかける音楽。 |
「この人じゃなきゃダメ」という唯一性。 |
人間にしかできない失敗や熱量を持つアーティスト。 |
つまり、これからのアーティストが目指すべきは、
万人に100点を取る音楽はAIに明け渡して、
100人に1000点を取れる音楽だけが、人間に残る。
売れることより、誰かたった一人でも狂わせること。それが、これからのアーティストの勝負になるはずです。
✨ 写真史のパラドックスから見える未来
最後に、写真史の面白いパラドックスを一つ。
写真は「完璧な写実」の役割を奪った後、人間は逆に**「写真以上に写真らしい絵」**を描くスーパーレアリズムで逆襲しました。
音楽もきっと同じ。
いつか、AI以上にAIらしい、完璧で無機質な音楽を人間が作り上げ、それが「人間の狂気」として最高額チケットになる日が来るかもしれません。
でも、私はそれでもやっぱり、
ズレてるのに気持ちいい、
老いて声が震える、
今日は機嫌が悪くてステージで文句言ってる、
そんな、生身の人間の音楽がずっと好きでいたいなと思います。
AIが1位を取った日、人間の音楽は終わらなかった。
ただ、ようやく本当の戦いが始まっただけです。